Journal of Information Processing and Management
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Analysis of research output from Japan's universities by language
Sachi ITO
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2013 Volume 56 Issue 8 Pages 525-535

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著者抄録

日本の学術情報流通に特有な言語の問題を議論するための基礎的なデータを示した。日本と海外の文献データベースをマッチングして,日本の大学から生産される科学・技術・医学分野の学術文献を使用言語の観点から分析した。その結果,日本の大学研究者は原著論文には英語を使用し,解説的文献や短報・予稿等には日本語を使用する傾向にあることがわかった。また,英語の原著論文数は最近10年の間増加しておらず,大学が英語での研究成果発信を重視する傾向は,大学研究者の全体的な論文生産数には現時点で反映されていないことが明らかとなった。

1. はじめに

研究開発活動は,「新たな「知」の創造やイノベーションによる新産業,新市場の創出等を通じて,経済社会の持続的発展や国際競争力の強化をもたらす源泉」1)である。特に,企業の研究開発費は日本全体の研究開発費の約7割2)を占めており,そのさらなる活性化を促すことは,イノベーション創出の基盤を強化し,成長力の強化や持続的な経済成長につながると考えられている1)

経済産業省の調査3)注1)によると,国内企業においては,「研究開発の高度化・複雑化,成果を出すことの難しさ,時間や費用の増加により,自社内での研究開発自体が相当困難」であり,「基礎研究を社内で行う必要性が理解されにくい状況」にある。これらの状況を受けて,非常に多くの企業が大学から基礎的研究の知見を得ることを期待している注2)が,実際には「自社のテーマと合う研究者が少ない」,「誰と組めばよいかわからない」ということ等が問題となって,産学間で効果的な知識移転が行われているとは言い難い。

科学・技術・医学分野(以下「STM分野」という)における大学の研究成果は,主に学術論文や短報,予稿などの原著的文献ならびに,文献レビューや総説・解説記事などの解説的文献(以下,これらを総称したものを「学術文献」という)によって発信される。

学術文献の流通範囲は,その使用言語によって大きく異なる。日本の学術文献には,学術研究の世界において実質的な共通語となっている「英語」と,母国語である「日本語」という2つの言語が使用されている。学術文献が日本語で書かれた場合は,他の国々で読まれることはほとんど期待できず,英語で書かれた場合には,国内においては同じ分野を中心とする一部の研究者にしか読まれないという状況が生まれる4)

既往研究においても日本の学術情報流通における言語の問題は「重要な論点を含む」5),「根深い問題である」6)として議論の必要性が指摘されている。しかし,実際に学術文献に使用される言語に着目して日本の学術情報流通の実態を調査した研究はこれまでにほとんど存在しない。「学術文献の使用言語」は非英語圏固有の学術雑誌の属性7)であり,また個々人の言語能力の向上により解決しうる要素と位置づけることもできるため,この問題を検討すること自体が避けられてきたと考えられる。

以上の背景を踏まえ,本稿では日本の学術情報流通に特有な言語の問題を議論するための基礎データを示すことを目的とする。

まず,2章で大学における研究成果の発信と企業における研究成果の受信の現状について述べたあと,3章で研究成果の発信に影響を与える要因を言語以外の要素も含めて整理する。そして,4章で大学の研究成果として生産される学術文献数を言語別に計量した結果を示す。

2. 産・学における学術情報流通の現状

2.1 大学における研究成果の発信

近年,大学は業績評価制度の導入等により,国際誌への投稿を重視する8)傾向にある。また,日本学術会議科学者委員会9)においても,「我が国の評価システムとの関係で,意欲的な若手研究者が論文発表の場を海外の学術誌に求める」傾向にあることが指摘されている。

実際に,ある国立大学の業績評価制度の実態と業績評価における論文投稿の位置づけをみてみると,第1期中期計画(2004年度~2009年度)10)では研究評価の実施及び評価結果を研究の質の向上に活用するための具体的方策として「学内評価委員会は,論文発表数,インパクトファクター,サイテーションインデックス注3),招待講演数,海外共同研究数,受賞件数等,各研究分野の特質に適した研究成果の指標を検討し,各部局はこれを活用して,自己点検・評価の実効性を高め,研究水準の向上を図る」ことが掲げられ,第2期中期計画(2010年度~2015年度)11)でも,研究実施体制等に関する目標を達成するための措置として,「各部局は論文発表数,論文の被引用件数,招待講演数,海外共同研究数,受賞件数等,各研究分野の特質に適した研究成果の点検・評価を通して,研究水準を向上させる」ことが明記されている。さらに,第1期中期目標期間に係る『学部・研究科等の現況調査表 研究』12)をみると,すべての学部・学科において研究水準を表す指標に教員の原著論文の生産数が使用されていることがわかる。また,ほぼすべての理系学部・学科の指標に,「査読誌」という記述に並んで「国際一線級雑誌」,「インパクトファクターの高い国際誌」など,その論文が掲載されたジャーナルの格を強調するような記述が確認できる。これらは他の国立大学においてもおおむね同様の記述がなされている。

大学の業績評価制度へのインパクトファクターの関与については,科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施した「第3期基本計画期間における科学技術の状況変化に関する定点調査ワークショップ(2011年)」13)においても,「大学における研究評価は相変わらず論文で行われている。その際,論文1本,2本と数えるのではなく,インパクトファクターを付けて議論するようになった。つまり,良い雑誌に論文が掲載される必要がある」という現状が述べられており,その関与の強さが示されている。インパクトファクターは,特定の1年間において,ある特定雑誌に掲載された「平均的な論文」がどれくらい頻繁に引用されているかを示す尺度であり,一般に,その分野における雑誌の影響度を表す。そのため,インパクトファクターを単純加算して,組織や個人の研究評価に利用することはできない14)。それにもかかわらず,インパクトファクターは大学の研究業績評価の場でしばしば用いられている。また,Web of Science(Thomson Reuters社)という海外の文献データベースに収録されたものにしかその値は付与されず,その文献データベースの収録対象になるには,そこに収録されている学術文献からの引用が必要となる。つまり,インパクトファクターが付く学術雑誌は,多くの学術雑誌で使用されている英文誌が主であり,日本語の学術文献を掲載した和文誌にインパクトファクターが付く可能性はまったくないわけではないが,その可能性は極めて低い。

このように,大学では研究業績の評価指標として原著論文などの学術文献が使われており,特にインパクトファクターの高い海外誌,すなわち英語による研究成果の発信が重視されている。

2.2 企業における研究成果の受信

次に企業における研究成果の受信状況についてみていく。

国内外の学術情報流通を取り巻く問題として,「学術雑誌の価格高騰」がある。この問題は,シリアルズ・クライシス(雑誌の危機)と呼ばれ,「極例を挙げれば,自分で執筆した論文が掲載された学術雑誌を所属する大学図書館で閲覧できない」15)という事態を引き起こした注4)。このような状況を受けて,日本の大学図書館は2000年頃から海外誌に対する購買力および出版社との交渉力の強化を図ることを目的とするコンソーシアム(図書館連合体)を形成した16)注5)。コンソーシアムの形成により,電子ジャーナルの包括的なパッケージ契約(ビッグディール)が主流となり,大学における海外誌へのアクセス環境は急速に向上した。コンソーシアム活動を担う人材の育成や非購読料モデルの可能性追求など新たな課題17)はあるものの,大学の電子ジャーナルによる海外誌へのアクセシビリティは比較的安定しているといえる。

一方で,企業の海外誌へのアクセス状況は芳しいものではない。河崎ら18)は2008年に企業における電子ジャーナルや海外誌の利用状況についてアンケート調査注6)を行い,企業の海外誌購読タイトル数が10年前と比べて減少を続けている現状を報告した。この状況は,安部ら19)による2011年の調査注7)においてもほとんど変わらず,海外誌の購読タイトル数の減少は,自社の研究開発力や競争力への低下につながると考えられていることが明らかにされている。

渡辺20)は,企業の情報部門に所属する立場から,海外誌の価格高騰について言及し,その具体的な対応策として複数の事業所・部署で重複購読している海外誌を中心に電子ジャーナルへの切り替えを行ったり,社内ポータルサイトの運営によって電子ジャーナルにアクセスしやすい環境作りに努めたりすることなどを挙げている。しかし,これらは大学図書館のコンソーシアムが実現した対応策に匹敵するものとは言い難い。日本医学図書館協会(JMLA)や日本薬学図書館協議会(JPLA)のように,企業が加入できるコンソーシアムも存在するが,営利を追求する企業にとっては,コンソーシアム参画に大学のそれとは異なる困難さが伴う。渡辺は,コンソーシアムの利点は認識しながらも,「(コンソーシアムに)入会することで購読タイトル数の維持などのリスクが課せられる点もあるので,自社にどの程度のメリットが見込めるかは検討の必要がある」と,企業として慎重にならざるを得ない状況を述べている。また,学術情報は研究者のモチベーションの基点であり,学術雑誌の価格高騰によって利用できる学術情報が制限されてしまうことは,企業研究者の発想,好奇心の芽を摘むことにつながると指摘している。

このように,企業は大学と比べて,海外誌を利用するための環境が未整備であり,英語による研究成果の受信に限界があることがわかる。

3. 研究成果の発信に影響を与える要因

2章では,大学が海外誌すなわち英語での研究成果発信を重視する一方で,企業はその英語文献を十分に利用できる環境にない現状を示した。

本章では,研究者が研究成果を発信する際にどのような要因によって学術文献の種類を選択し,投稿先を決定しているのかを整理する。

ノーベル化学賞受賞者の野依21)は,「科学研究の成果は学会ならびに学術誌を通じて伝えられるので,信頼に足る学術誌が表現の場となります。一流の研究者は,自信作を最もよい国際学術誌に発表しようとし,また読者が価値ある情報を求めて一流誌を購読しようとすることは,極めて自然なことです」と述べている。

また,2010年の科学技術白書22)は,日本の大学研究者は研究者間で評価の高い国際的な学術誌に投稿したいという傾向を持っていると述べている。

1は,研究者が学術文献の種類や投稿先を決定する際の動機を,外的要因と内的要因に分けて示したものである。内的要因とは,年齢,ポジション,研究能力などその研究者の個人的な要因である。例えば年齢やポジションに関しては,研究歴の長い研究者の方がその分野をレビューするような学術文献を執筆する機会が多くなるであろうし,研究能力に関しては先述の野依の発言からもわかるように,研究成果の自信度によって投稿する学術雑誌に違いが生じることが考えられる。一方で,外的要因とは,評価,研究費,専門とする研究分野や所属組織,共著者など,その研究者が置かれている時代や制度等にかかわる要因である。評価に関しては,例えば同分野の専門家によるピアレビューや,所属組織の評価指標による影響が考えられる。研究費については,研究費採択を決定する場面で使用される指標や,研究費獲得後に助成機関が求めるアウトプット指標に影響を受けるだろう。また,研究分野によっては投稿先がある程度慣例として決まっている場合もあるだろうし,所属組織については,各組織の役割や使命等にも影響を受けると考えられる。共著者がいる場合には共著者の意向も反映されるだろう。

図1 研究成果の発信に影響を与える要因

また,その研究成果を主に誰に伝えたいかということも投稿先の決定に影響を与える。近年,研究活動への参加者の拡大(研究者・技術者の量的拡大,企業の研究所など大学以外のさまざまな研究機関への研究人材の拡散)は著しく23),知識の“受け手”が多様化している。そのため,自分の研究成果をターゲットとする読者層に確実に届けるためには,学術文献の種類など受け手を意識した投稿先の使い分けが必要となる。

このように,研究者は学術文献を通じて研究成果を発信する際に,さまざまな内的・外的要因によって学術文献の種類を選択し,投稿先を決定している。そして日本などの非英語圏においては,これらの要因に,「言語」という要因が加わる。

森岡7)は,使用言語は学術情報の流通のされ方に大きくかかわるとし,「英語以外の雑誌は,国際的な情報流通では役割を果たせず,英語誌と英語以外の雑誌では違う性格を持つようになっている」,「使用言語は,それだけで学術雑誌の持つ属性のかなりの部分を決めてしまう」と述べている。

つまり,言語は学術文献の流通範囲を決定する重要な要素であり,研究者が投稿先を決定する際にも大きな影響を与えるものであるといえる。

以上をふまえ,次章からは,日本の大学における学術文献の生産実態を言語に着目して分析する。

4. 文献データベースを用いた分析

4.1 分析の概要

日本の大学で生産されたSTM分野の学術文献を定量的に把握するために,Elsevier社のScopus(以下「Scopus」という)と,科学技術振興機構(JST)のJDreamII注8)のうちJSTPlusファイルおよびJMEDPlusファイル(以下「JDream」という)を用いて,「大規模国立大学」が生産した学術文献のデータセットを作成し,学術文献の種類および使用言語の違いに着目した分析を行った。

大規模国立大学とは,国立大学のうち学生収容定員1万人以上,学部等の数がおおむね10学部以上の大学法人(学群,学類制などの場合は,学生収容定員のみ)をいう。北海道大学,東北大学,筑波大学,千葉大学,東京大学,新潟大学,名古屋大学,京都大学,大阪大学,神戸大学,岡山大学,広島大学,九州大学の13大学がそれに該当する24)

4.2 データセットの作成

文献データベースは,収録基準や書誌記述・索引基準等がデータベースごとに異なるため,複数の文献データベースをマッチングして精緻な統合データを得るためには多大な労力を要する。そのため,学術文献の生産量などを計量する際には,単一の文献データベースを用いることが多い。

一方,本稿で定量的に明らかにしたい事象は,従来の計量書誌学研究の多くが対象にしてきた「国際比較」ではなく「日本単独の学術文献の生産実態」である。現在,日本で発行されるSTM分野の学術雑誌のうち,海外の文献データベースに収録されているものは5%に満たないと言われている25)。そのため,従来の計量書誌学研究で頻繁に採用されてきた海外の文献データベースのみを利用するという方法ではその動向を十分に把握することが難しい26)

そこで,今回は主要な海外誌に掲載された学術文献を網羅的に収録しているScopusと,主に国内誌に掲載された学術文献を網羅的に収録注9)しているJDreamを採用し,これらの書誌をマッチングしたデータセットを作成して分析を行った。収録範囲の異なる2種類の文献データベースをマッチングすることにより,これまで英語文献を中心とする限られた範囲でしか明らかにされていなかった日本の大学における学術文献の生産実態を網羅的に把握し,学術文献の種類や使用言語別の生産状況について分析することを可能にした。

根岸27)は2つの文献データベース(ただしどちらも海外の同じ制作者によるもの)の書誌データをマッチングしてデータセットを作成し,日本の学術論文と学術雑誌の位置づけを定量的に分析している注10)。本分析では根岸と同様の手法によりScopusとJDreamの書誌データ注11)をマッチングし,データセットを作成した。

2はデータセット作成に使用したScopusとJDreamの収録誌数と重複率を示したものである。

図2 SCOPUSとJDreamの収録誌数と重複率

2013年6月時点でのScopusの収録誌数注12)は20,355誌,JDreamの収録誌数注13)は14,150誌であり,両方のデータベースに存在するものは4.305誌(重複率12.5%)である。なお,今回作成したデータセットにおける文献単位でのScopusとJDreamの重複率は9.6%であった。

なお,学術雑誌の出版状況はめまぐるしく,新刊・廃刊が常に生じている世界であり,それらを収録する文献データベース自体も戦略や予算などに応じて収録する学術雑誌の変更や追加を行っている。計量書誌学的分析の結果にはこれらの影響が少なからずあることを認識しておく必要がある。

4.3 分析の対象

本分析では,2000年,2003年,2006年,2009年の4か年(以下「対象4か年」という)に生産されたSTM分野の学術文献を対象とした。

また,使用した学術文献の種類注14)は,①原著論文,②短報・予稿等,③解説的文献の3種類である。

1に示すとおり,①と②は研究,開発,調査の結果を報告する原著的文献としての性格を持つ学術文献であり,その中でも①は研究成果の詳細を記述し章立てしたもの,②は研究成果を迅速に伝えるための速報的要素が強いもの,として区別している。③は,科学技術,新製品,構造物などを解説または評論した学術文献をいう。

表1 分析対象とする学術文献の種類

5. 分析結果

5.1 大規模国立大学の学術文献数

3は,大規模国立大学が生産した学術文献数の年次推移を示したものである。

図3 大規模国立大学の学術文献数推移

全体としては2000年に127,850件だった学術文献数が,2009年には180,568件に増加(10年間の年平均増加率3.9%)している。また,使用言語別にみると,日本語は2000年の83,014件から2009年には120,518件に増加(10年間の年平均増加率4.2%)し,英語は2000年の44,688件から2009年には59,479件に増加(10年間の年平均増加率3.2%)している。

4は,大規模国立大学の学術文献数を1に示す学術文献の区分に従って集計し,その生産数および構成比を示したものである。原著論文,短報・予稿等,解説的文献の生産数は2000年から2009年にかけて,いずれも増加しているが,特に短報・予稿等の増加が著しいことがわかる(10年間の年平均増加率6.6%)。また,短報・予稿等が全体の生産数の半数以上を占めており,その割合は年々高くなっている(2000年;47.8%→2009年;60.1%)。一方で,原著論文の構成比は低くなっている(2000年;38.9%→2009年;29.8%)ことから,学術文献の全体生産量が増加する中で,短報・予稿等のシェアが増し,原著論文のシェアが減るという構造的変化が起きていることがわかる。

図4 学術文献の種類別生産数および構成比

5.2 学術文献の種類による使用言語と生産数の違い

学術文献の種類による使用言語の違いや生産数の違いを明らかにするために,学術文献の種類別にみた使用言語別生産数と使用言語構成比を2および3に示す。

表2 対象4 か年の総生産数における日本語文献と英語文献の構成比(学術文献の種類別)
表3 日本語文献と英語文献の生産数推移(学術文献の種類別)

2は,対象4か年の総生産数における日本語文献と英語文献の構成比を学術文献の種類別にみたものである。原著論文では日本語が33.9%・英語65.9%,短報・予稿等では日本語が78.6%・英語が21.2%,解説的記事では日本語が90.9%・英語が9.0%となっており,学術文献の種類によって日本語と英語の使用率に顕著な差が生じている。

3は日本語文献および英語文献の生産数の推移を学術文献の種類別に集計した結果である。2000年から2009年までの10年間における各学術文献の平均増加率は,日本語については原著論文2.4%,短報・予稿等5.6%,解説的文献0.7%,英語については原著論文0.1%,短報・予稿等11.0%,解説的文献2.6%となっており,ほとんどの学術文献が生産数を伸ばす中,英語の原著論文の生産数はほぼ横ばい(0.1%)で推移している。

6. 考察

近年,大学では研究業績の評価指標等として,海外誌すなわち英語による研究成果発信を重視し,それを大学研究者に求める傾向にある。一方で,多くの企業ではそれらの海外誌にアクセスできる環境になく,研究開発力や競争力への影響が懸念されている。

研究者が学術文献を通じて研究成果を発信する際には,さまざまな内的・外的要因に影響を受けてその種類を選択し投稿先を決定しているが,中でも非英語圏である日本においては,「言語」という要素がその決定に非常に大きな影響を及ぼしている。また,近年,知識の“受け手”が拡大・多様化したことにより,研究者が研究成果を発信する際には,同分野の限られた専門家に向けた場合と,立場や分野が異なる人々に向けた場合など,ターゲットによって学術文献の種類や投稿先を使い分けている可能性がある。

これらの事象が定量的にも現れているかを把握するために,国内外の異なる文献データベースを書誌マッチングしてデータセットを作成し,日本の大規模国立大学から生産される学術文献数を使用言語の観点から分析した。その結果,大規模国立大学の学術文献数は,2000年から2009年の10年間において増加しているが,学術文献の種類別のシェアを見ると,短報・予稿等のシェアが増し,原著論文のシェアが減るという構造的変化が起きているということがわかった。また,日本の大学研究者は原著論文には英語を使用し,解説的文献や短報・予稿等には日本語を使用する傾向にあり,目的や伝達したい内容によって学術文献の種類や使用言語を使い分けていることが定量的にも示唆された。これは,根岸ら28)の言う「論文では,その趣旨・内容からして「国内向き」と「国際向き」の仕分けがおのずと生じ,非英語圏では,論文の記述言語がこれに応じて使い分けられているという状況」を表していると考えられる。

また,日本語の原著論文の生産数は増加しているものの,英語の原著論文についてはほぼ横ばいで推移していることも明らかになった。この結果は,大学が英語による研究成果発信を重視する傾向が,大学研究者の全体的な論文生産量として現れるほどには影響を及ぼしていないという可能性を示している。この点については,直近年での分析を重ねていくことにより明らかになるだろう。

また,研究分野によって結果に差異があることも考えられる。1991年に日本学術会議が行った研究者への意識調査29)注15)では,「研究論文は主として日本語で発表するか」,「研究論文は主として外国語で発表するか」という2つの問いに対する研究分野別の回答は,それぞれ5に示すとおりであり,分野ごとに異なっている。このことからも,研究分野別の分析が必要であると考える。

図5 日本語と外国語の論文発表に対する研究者意識(分野別)

2章で述べた企業の海外誌へのアクセシビリティの問題がある中で,今後,大学の海外誌(英語)による研究成果発信が増加した場合,大学の知が国内企業にますます伝わりにくくなる可能性がある。一方で,大学から産業界への知識移転は,学術文献の種類や使用言語を使い分けることにより,ある程度保持されてきたとも考えられる。今回は,大学の研究成果に着目して調査分析を行ったが,今後は,これら研究成果を受信する側としての産業界に着目した調査・分析を行う必要があるだろう。

7. おわりに

本稿は,大学から産業界への効果的な知識移転を目指して,日本の学術情報流通における言語の問題を議論するための基礎的データを示した。

今回は概観を示すためにSTM分野全体での分析を行った。今後は,今回得られた結果にさらなる考察を加えるために,研究分野別の分析を行う予定である。またそのための取組みとして,文献データベースごとに異なる索引ルールで付与された研究分野分類を,分析時に統一化できるコンコーダンステーブルを構築する予定である。

日本の学術情報流通を考えるうえで重要な要素である「学術文献の使用言語」の問題を,十分に議論するために必要な調査・分析を引き続き行っていきたいと考えている。

本文の注
注1)  研究開発を行う日本企業907社(業種・規模を限定しない)へのアンケート調査および日本企業12社,海外企業7社へのヒアリング調査による結果を報告している。

注2)  この調査では8割近くの企業が大学から「基礎的研究の知見」を得ることを期待している。

注3)  引用された文献をもとにして,その文献が誰によってどのような学術雑誌で引用されているかを知ることができるIndexのこと。

注4)  2000年には,日本学術会議から「電子的学術定期出版物の収集体制の確立に関する緊急の提言」が報告されている。

注5)  2011年4月には,国立大学図書館協会コンソーシアム(JANUL),公私立大学図書館コンソーシアム(PULC)が連携し,大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)という新たなコンソーシアムが誕生している。JUSTICEの主な目的は,バックファイルを含む電子ジャーナル等の確保と恒久的なアクセス保証体制の整備を推進することにある。

注6)  2008年12月実施(有効回答数678)

注7)  2011年2月-3月実施(有効回答数507)

注8)  2013年4月からはJDreamIIIとして株式会社ジー・サーチから提供。

注9)  学会名鑑(2009年冊子版)に登録されているSTM分野の査読付き学会誌1,293誌のうち,JDream収録誌による網羅率は96.4%。ただし収録を行っていない年も存在する。

注10)  根岸の研究が調査・分析の対象としている論文は,「日本から海外誌に投稿された英語論文」であり,「日本語の論文」はほとんど含まれていない。そのため,根岸の目的である日本の外国語論文の自国発信率や海外流出率の状況は明らかにできるものの,日本で生産されている学術論文の全体の状況をとらえることはできない。

注11)  未索引記事を除く。

注12)  Scopusタイトルリスト:http://files.sciverse.com/documents/xlsx/title_list.xlsx, (accessed 2013-06-18)うちActive誌に限る。

注13)  JDream収録誌一覧:http://jdream3.com/guide/inclusion.html, (accessed 2013-07-29).

注14)  Scopus Document Type:http://info.sciencedirect.com/scopus/scopus-in-detail/content-coverageguide/metadata, (accessed 2013-07-29). JDream 記事区分:http://pr.jst.go.jp/jdream2/onlinehelp/APP6.html, (accessed 2013-07-29).

注15)  1990年2月-3月 30代~ 40代の若手研究者対象(配布2,038名,有効回答数1,869件・97.5%)

参考文献
 
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