Journal of Information Processing and Management
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Evidence-Based approach to decision making
Yuko ITO
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2014 Volume 57 Issue 3 Pages 213-215

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文部科学省では「科学技術イノベーション政策における政策のための科学」の事業を2011年度より実施している。これは,「科学技術イノベーション政策において,客観的根拠(エビデンス)に基づく合理的なプロセスによる政策形成の実現のため,政策形成プロセスの進化と,関連する学際的学問分野の開拓を目指した取り組みを推進する」1)ことを目的とする。

粗く言えば「“勘と度胸の政策立案”に代わるツールが必要になっている」ということである。私は,事業の推進にかかわっていることもあり,“エビデンス”(客観的根拠)とは何か,情報をどう使うとエビデンスになるのか等を模索していた。その際に,3冊の本に出会った。

意思決定にエビデンスを用いることが提唱されるようになったのは比較的最近のことである。これは,科学・技術が社会生活に浸透したということとともに,インターネットを通じて必要なデータを迅速に獲得することが可能となったという,情報の高度化がもたらしたものである。

たとえば,「エビデンスに基づく医療(Evidence-Based Medicine: EBM)」は,論文等の書誌情報のデータベース化や無料公開が進み始めた1990年代から盛んに言われるようになった。EBMは,患者の治療に関して医師が判断を下す際に,その時点での最良のエビデンスを良心的に・明白に・賢明に利用することである2)とEBM提唱者の1人のSackett氏は記している。医療のエビデンスとは,統計学的手法で大規模な臨床データを分析した結果などが該当する。

現在,医療以外にも,かつては社会的慣習や専門家間のコンセンサスや個人の経験・直観のみから意思決定していたことを,大規模なデータを基にした統計学的なエビデンスを用いて判断するという方法論の転換が,社会のあらゆる場面で進行している。

最初に紹介する『その数学が戦略を決める』の著者はイエール大学の計量経済学者である。さまざまな分野における,エビデンスを使った意思決定の実例を示している。

冒頭のワインの品質を予測する方程式の有効性の話は,旧来の直観に基づく評価と新しい評価との対立と,新しい評価に対する社会的な受容の過程および限界を象徴しているようで興味深い。

また,オンラインの商品購入における無作為の価格テスト(同じ商品に最低価格か最高価格を表示し購入した顧客の特徴を分析),医師の盲点となる可能性のある病気を提示する診断支援ソフト,犯罪者の再犯リスクの診断,政策の有効性の検証(失業対策に求職支援指導をするのは有効か)等,大量データの要素間の相関関係の分析を基に意思決定する事例を示している。

『その数学が戦略を決める』イアン・エアーズ著;山形浩生訳 文春文庫,2010年,750円(税別) http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167651701

次に『ヤバい統計学』を紹介する。原題はNumbers Rule Your World(数が世界を支配する)であり,著者は統計学者である。個別のデータ・情報からどうやってエビデンスをつくるのかを理解させてくれる。

ディズニーランドの行列を短縮するための対策,腸管出血性大腸菌O157の感染源の検出,トップアスリートのドーピングの検証,宝くじの不正の証拠の発見等のエピソードは,まるで推理物のようであり,統計を駆使して社会的な課題の解決策を明らかにしてくれている。

中でも,待ち行列に関して「感覚的な待ち時間」と「実際の待ち時間」を区別し,前者を減らして効果を上げている事例は興味深い。これは統計分析に,意思決定における人間の不合理な振る舞いをも織り込めるということを示唆している。

『ヤバい統計学』カイザー・ファング著;矢羽野薫訳 阪急コミュニケーションズ,2011年,1,900円(税別) http://books.hankyu-com.co.jp/list/detail/771/

最後に紹介する『政策立案の技法』は,エビデンスを政策立案のプロセスにどう含めるのかについて教えてくれる。この本は政策立案の際の政策分析の実践的な手引きとして,カリフォルニア大学バークレー校の公共政策大学院で用いられている。

政策立案において,政策分析は政策の効果を予測するために実施される。その過程でエビデンスは収集され,意思決定に使われることになる。

米国でも政策立案は時間のプレッシャーに晒(さら)されることから,エビデンスの収集に関して「政策の問題に何らかの収穫をもたらす証拠となりうるデータに限って収集することが重要」と指摘されている。

しかし,政策分析に使えるエビデンスがそう都合よくあるだろうか。政策向けのエビデンスづくりは誰かが担っているはずである。いつか調べてみたい。

『政策立案の技法』ユージン・バーダック著;白石賢司,鍋島学,南津和広訳 東洋経済新報社,2012年,2,600円(税別) http://store.toyokeizai.net/books/9784492212004/

執筆者略歴

伊藤 裕子(いとう ゆうこ)

1992年千葉大学大学院薬学研究科博士課程修了。博士(薬学)。1994年通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所入所。米国NIHの癌研究所(NCI)および米国エネルギー省のローレンスバークレー国立研究所(LBNL)を経て,2002年から現所属機関。現在の専門は科学技術政策。

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© 2014 Japan Science and Technology Agency
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