2015 Volume 58 Issue 4 Pages 271-285
本稿は,「忘れられる権利」をめぐる一連の議論から明らかになった論点と,今後の課題を論じることを目的とする。具体的には,グーグルに検索結果からのリンク削除を命じた欧州司法裁判所の判決,英国貴族院の報告書,第29条作業部会の指針,グーグルの諮問委員会意見書の概要,および日本のヤフーが公表した有識者会議報告書および同社の対応方針を取り上げた。欧州司法裁判所の判決は,EUと米国のプライバシー保護に関する対立軸の中で下されたものであり,権利者保護に偏った判断といわざるをえない。同判決の判断基準が日本の法解釈に大きな影響を与えるともいいがたい。また,過去の情報の暴露は古典的なプライバシー侵害の問題であり,「忘れられる権利」は過去の議論の延長線上の問題としてとらえるべきである。他方,本判決およびその後の一連の議論は,検索エンジン事業者に削除基準を検討させる契機を与えるとともに,表現の自由や知る権利との関係で,削除した旨をWebサイト管理者や検索エンジン利用者に通知すべきか否か等の問題を提起した点において意義が認められる。
本稿は,昨今話題を集めている「忘れられる権利」について,一連の議論から明らかになった論点と,今後の課題を論じることを目的とする。
「忘れられる権利」は,2009年11月6日に提出されたフランスの法案(droit à l'oubli)が起源といわれているほか注1),学界からも,近い時期にデジタル時代において忘れられることの価値を論じた書籍が出版されるなど1),2009年前後から注目を集め始めたようである。
EU(European Union,欧州連合)において,この権利は2012年1月25日に提出された一般データ保護規則提案(以下,規則提案)の中で登場した。規則提案は,現行の1995年EUデータ保護指令(以下,指令)を改正するものであり,その第17条「忘れられる権利及び削除権」は,取り扱い目的との関係でデータが必要でなくなった場合や,データ主体注2)が同意を撤回した場合等,一定の要件を満たす場合に,管理者注3)に対し,自らに関する個人データを削除させる権利,および,そのデータのさらなる拡散を停止させる権利をデータ主体に認めている(1項)。そして,管理者は,その個人データを公開していた場合,同じデータを取り扱う第三者に対して,データ主体の削除要請を通知するためのあらゆる合理的な措置を講じるよう義務付けられる(2項)。管理者にとっては重い負担を課す内容といえる。しかし,この権利は,2014年3月12日の欧州議会採択版によって,「削除権」に修正され,「忘れられる」という言葉は削除された。同採択版では,データ主体に対して,第三者からも,当該データのあらゆるリンク,コピーまたは複製の削除を得る権利を付与している。管理者のみならず第三者への削除権をも認めるという意味で,「削除権」に統一されたとみることもできる。
そのような中,「忘れられる権利」を承認したといわれる判決が登場した。欧州連合司法裁判所(Court of Justice of the European Union: CJEU)は,2014年5月13日,グーグル・スペインSL,グーグル・インク対スペインデータ保護庁(Agencia Española de Protección de Datos: AEPD),マリオ・コステハ・ゴンザレス事件(詳細は「2. CJEUの先行判決」参照)において,グーグル両社に対し,検索結果から個人に関する情報のリンクを削除すべきとする先行判決注4)を下した。しかし,この判決は,規則提案の「忘れられる権利」ではなく,あくまで現行指令の解釈によることに留意しなければならない。そして,「忘れられる権利」を削除権という文脈でとらえた場合,それは必ずしも新しい権利ではない2)。指令の第12条「アクセス権」は,加盟国において,すべてのデータ主体に対し,管理者から「特にデータの不完全又は不正確な性質のために,この指令の規定に従わないで取り扱われたデータの修正,削除又はブロック」を含む権利を得るよう保障しなければならない旨を定めている。第14条は,データ主体に対し,自己に関するデータの取り扱いに対する異議申立権を付与している。本判決は,指令の適用範囲とこれらの条文の解釈が問題となった事例である。
日本でも,サジェスト機能による表示の差し止めや注5),検索結果からの削除注6)が問題になると,特にメディアが「忘れられる権利」を取り上げるようになった。中でも,2014年10月9日に,グーグルの検索結果の削除命令を下した仮処分決定は,「忘れられる権利」との関連性を意識付ける契機を与えたといえる。
しかし,過去の情報の暴露は古典的なプライバシー侵害の問題である。米国のカリフォルニア州では,過去の知られたくない前歴を映画化された女性が,プライバシー侵害訴訟を提起し,州の最高裁判所がプライバシー権を承認した有名な事案がある注7)。日本でも,「逆転」事件の最高裁判決は,前科等の事実を実名公表する行為の違法性を認めており,重要なプライバシーに関するリーディングケースの1つである注8)。個人に関する情報の「削除」の是非についても,身上調査票の記載の抹消を人格権に基づき請求した事案がある注9)。
このように,昨今日本で話題になっている「忘れられる権利」は,過去の議論の延長線上の問題としてとらえるべきであり,言葉の物珍しさに惑わされるべきではない。他方,「忘れられる権利」をめぐる一連の議論は,検索エンジン事業者の削除義務およびその基準を検討する契機を与え,表現の自由や知る権利との問題をあらためて提起するなど,プライバシー論議を進展させることに寄与したといえる。
スペイン国民のマリオ・コステハ・ゴンザレス氏は,2010年3月5日,新聞社であるラ・バンガルディア・エディシオネスSL注11)ならびにグーグル・スペイン社および親会社であるグーグル・インクを相手取り,AEPDに苦情を申し立てた。利用者がグーグルサーチに同氏の氏名を入力すると,1998年1月19日と3月9日の同新聞の2ページにわたり,社会保障債務を回収する差押手続きを受けて開かれる不動産競売の公告が掲載されていた。同氏は,自身に関する差押手続きは完全に解決済みであり,それが参照されることはもはやまったく関連性がないと主張し,(1)同新聞には,当該ページを削除しまたは修正すること,(2)グーグル両社には,同氏に関する個人データを削除しまたは隠すことで,そのデータが検索結果に含まれず,同新聞へのリンクが表示されないよう命じることを求めた。
AEPDは,2010年7月30日,新聞社に対する苦情を退けた。当該情報の公開は,多くの入札者を確保するために競売の事実を周知する意図をもって,労働・社会問題省の命令に基づき行われたことから,適法であると判断された。
他方,グーグル両社に対する苦情は認められた。AEPDは,データの削除およびアクセスを不可能にする義務は,それが表示されるWebサイトから情報を削除することを要するものではなく,当該サイト上の情報を保有することが法律上正当化される場合を含め,検索エンジン事業者に直接課すことができると判断した。
グーグル両社は,AEPDおよびゴンザレス氏を相手取って,スペイン全国管区裁判所(Audiencia Nacional)に提訴し,AEPDの決定を取り消すように求めた。同裁判所は,2012年2月27日決定により,CJEUに本件を付託した。
本件の争点は,(1)検索エンジン事業者は指令の適用を受ける「管理者」か,(2)グーグル・スペイン社はグーグル・インクの「事業所」であり,指令の地理的適用範囲を満たすか,(3)データの削除権および異議申立権に基づく検索エンジン事業者の責任の範囲,(4)データ主体の権利の範囲である。
本判決に先立ち,CJEUは,2013年6月25日,法務官意見を公表し,検索エンジン事業者の活動は個人データの「取り扱い」に該当するが,削除義務に関しては,グーグルが管理者ではないことを理由に否定していた注12)。しかし,本判決によって法務官意見は覆され,グーグルの責任が認められることとなった。
2.2 各争点に対するCJEUの判決要旨検索エンジン事業者は,インデックス作成プログラムの枠組みの中で,当該データを「収集し(collect)」,「読み込み(retrieve)」,「記録し(record)」,「体系付け(organize)」,自らのサーバー上に「保存し(store)」,場合によっては,結果のリストの形で利用者に「提供し(disclose)」「入手できるようにする(make available)」。これらの作業は「取り扱い(processing)」に分類されなければならない。
Webサイト公開者による個人データの取り扱いは,インターネットのサイト上にそれらのデータを上げることにあるのに対し,検索エンジン事業者による取り扱いは,それとは区別され,かつ追加的なものである。検索エンジン事業者の活動は,データ主体の氏名に基づく検索を行うあらゆるインターネット利用者をして,Webサイト公開者のページにアクセスさせるものであり,それがなければデータが公開されたWebページを発見できなかったであろう点において,データの全般的な拡散に決定的な役割を果たしている。
指令の定める「個人データの取り扱い」および「管理者」は,次のような意味に解釈されるべきである。第1に,検索エンジン事業者の活動は,第三者がインターネット上に公開し,または置いた情報を発見し,自動的にインデックス化し,一時的に保存し,そして最終的には,特定の選好順序に沿ってインターネット利用者が入手できるようにすることにあり,当該情報に個人データが含まれる場合には,個人データの「取り扱い」として分類されなければならない。第2に,検索エンジン事業者は,当該取り扱いに関する「管理者」とみなされなければならない。
グーグルサーチのような検索エンジン事業者のサービス―事業体の運営は第三国で行われるが加盟国に事業所がある―のために個人データを取り扱うことは,当該エンジンの提供するサービスが利益を上げるように,後者(筆者注:加盟国の事業所)が当該加盟国内で検索エンジン事業者の提供する広告スペースの売り込みおよび販売をしようとし,加盟国内の居住者に向けた活動を志向している場合には,個人データの取り扱いは,当該加盟国の領域上で,管理者の事業所(establishment)が「活動する状況下で」行われている。
個人の氏名に基づき検索が行われるときは,検索エンジン事業者は,プライバシーと個人データ保護の基本的権利に重大な影響を与えることに責任を負う。なぜなら,事業者が行う個人データの取り扱いにより,インターネット利用者が個人名をもとに検索すれば,結果のリストを通じて,その者に関連するインターネット上の情報の体系的概要(structured overview)を入手できるからである。この情報は潜在的に,その者の私生活の多岐にわたる側面にかかわっており,検索エンジンがなければ,情報を相互に結び付けるのは不可能か,可能であっても大変な困難を伴うであろう。インターネット利用者はそれにより,検索した人物の多少なりとも詳細なプロフィールを確立できる。加えて,インターネットと検索エンジンが現代社会で重要な役割を果たし,結果のリストに含まれる情報がユビキタスになるため,データ主体の権利に干渉する効果が強まる。
削除権および異議申立権により保護されるデータ主体の権利は,原則的にインターネット利用者の利益に優先するが,この均衡は,個別事例では,問題となる情報の中身(nature),データ主体の私生活の機微性や,当該情報を得る公衆の利益―特に,データ主体が公的生活の中で果たす役割に応じて,差異が生じ得る利益―に左右される。
監督機関または司法機関は,検索エンジン事業者に対し,氏名に基づく検索を受けて表示される結果のリストから,当該人物に関する情報が含まれ,第三者が公開したWebページへのリンクを削除するよう命じることができる。そして,命令を有効にするための前提条件として,公開されたWebサイトから―公開者が自発的にまたはいずれかの機関の命令を受けて―氏名および情報を事前にまたは同時に削除する必要はない。
検索エンジン事業者とWebサイト公開者は,(1)取り扱いを正当化する適法な利益,(2)データ主体,特に,取り扱いによってその私生活にもたらす結果が必ずしも同じである必要はない。
これらのことから,検索エンジン管理者は,人の氏名に基づく検索を受けて表示された結果のリストから,第三者が公開し,その人物に関する情報が含まれるWebサイトへのリンクを削除する義務を負う。また,それらのWebサイトからその氏名または情報が事前にまたは同時に削除されない場合でも,そして,場合によっては,それらのWebサイト上に公開すること自体が適法であったとしても同様である。
データ主体において,当該情報が彼にとって偏見をもたらし,一定期間後に「忘れられる」(the "derecho al olvido"(the "right to be forgotten"))ように望んでいることを理由に,検索エンジン事業者に対し,Webサイトへのリンクを結果のリストから削除するよう求める権利を有するか否か。
データ主体の請求を評価する際には,とりわけ,データ主体が現時点で,氏名に基づく検索を受けて表示される結果のリストにより,自身の情報と氏名をもはや関連付けるべきでないとする権利を有しているか否かを審理すべきであり,当該権利を認めるためには,そのリストに問題の情報を含めることがデータ主体に不利益をもたらす必要はないという意味に解釈されるべきである。
データ主体は,EU基本権憲章第7条(私生活及び家庭生活の尊重)および第8条(個人データの保護)に基づく基本的権利に照らし,問題の情報を当該結果のリストに含め公衆が入手することを,もはやできないように請求できることから,これらの権利は,原則として,検索エンジン事業者の経済的利益のみならず,一般公衆がデータ主体の氏名に関連する検索による当該情報を発見する利益に優越する。しかし,公的生活においてデータ主体が果たす役割のような特別の理由により,一般公衆が問題の情報にアクセスするという優越的利益が基本的権利への干渉を正当化させる場合はこのかぎりではない。
結果のリストの表示に関して,データ主体の私生活にとって当該公告に含まれる情報が有する機微性,および,最初の公表が16年前に行われたという事実を考慮すると,データ主体は,当該情報はもはやそのようなリストによる同人の氏名と紐(ひも)付けられない権利が認められる。本件では,公衆が情報へアクセスするという優越的利益を裏付ける特別な理由はみられないようである。
CJEUはおおむね以上のような判断を下した。「忘れられる」という表現を用いたのは,スペインの国内裁判所であり,CJEUはその付託事項を引き継ぐ形で本判決を下している。
グーグルは,CJEUの先行判決を受け,2014年5月29日に削除申請フォームを設けた。初日で約1万2,000件,4日で約4万件の削除請求が出され,2015年5月31日現在,約26万件の請求が出されたとのことである注13)。しかし,グーグルが削除に応じたのは欧州のドメインのみであり,かつ,削除した旨をもとのWebサイト管理者に通知したことから,削除請求がかえって世間の耳目(じぼく)を集めるという事態が発生した。たとえば,スコティッシュ・プレミアリーグで審判を務め,虚偽の審判があったとして退任に至ったドーギー・マクドナルド氏の記事注14)が英国版グーグルから削除された事例や,サブプライムローンの関係で巨額の損失を出したメリルリンチ社の前会長スタンレー・オニール氏を取り上げたブログ記事が削除された事例注15)などがある。
本判決を骨抜きにするようなグーグルの対応を問題視する声も上がる一方で,欧州内では本判決に批判的な立場もみられる。英国貴族院は,2014年7月30日,EUにかかわる問題を調査する内部委員会が取りまとめた報告書「EUデータ保護法:“忘れられる権利”?」を公表した注16)。この報告書は,本先行判決およびその影響等を検討したものであるが,グーグルに与える負担や「データ管理者」の広範な解釈などを理由に,議員や有識者等の証言を引きつつ裁決への疑問を述べている。その結論は次のようにまとめられている3)。
指令も,裁判所による指令の解釈も,詳細な個人情報への世界的アクセスが生活の一部となっている,通信サービス事業の現状を反映していないことは明らかである。
プライバシー権を根拠として,正確かつ適法に入手できるデータへのリンクを削除する権利をデータ主体に与えることは,もはや合理的とはいえず,可能ですらない。
われわれは,欧州委員会で提案され,欧州議会がより強い理由から修正を提案した「忘れられる権利」を削除しなければならないとする英国政府の見解に同意する。それは本質的に曖昧であり,実際の運用に耐えない。
われわれは,政府において,新規則(筆者注:規則提案)の「データ管理者」の定義が,検索エンジンの一般ユーザーを含まないことを明確にするよう修正すべきことを提言する。
検索エンジン事業者はデータ管理者に分類されるべきではないと主張する強力な論拠がある。われわれはそれらの論拠を反駁(はんばく)しがたい(compelling)と考える注17)。
われわれは,さらに,規則(筆者注:規則提案)では,欧州委員会のいう「忘れられる権利」や欧州議会のいう「削除権」に沿ったあらゆる規定をもはや含まないようにするという政府表明を保持すべきことを提言する。
これに対し,翌2014年7月31日,英国情報コミッショナー(データ保護の監督機関)であるクリストファー・グレアム氏は,本判決は十分機能するものであると反論しており,英国内では立場の相違がみられた。EUの欧州委員会は,2014年9月18日,「神話を打ち壊す:EU司法裁判所と『忘れられる権利』」と題するファクトシートを公表し,6つの神話―(1)判決は市民に何の効果も与えない,(2)判決はコンテンツの削除を必然的に伴う,(3)判決は表現の自由と矛盾する,(4)判決は検閲を容認する,(5)判決はインターネットが機能する態様を変更する,(6)判決はデータ保護改革を無為にする―は取るに足りない懸念であることを説明している注18)。その他,司法内務理事会も,規則提案を審議する過程において,2014年10月9~10日にかけて行われた第3336回会合で,本判決に関する政策論議を交わしている。
3.2 第29条作業部会指針指令は,第29条に「個人データの取り扱いに係る個人の保護に関する作業部会」の定めを置いている。同部会は,監督機関または各加盟国が指名した代表者,EUの機構等の代表者,欧州委員会の代表者で構成される助言機関である。通称「第29条作業部会」といわれており,同部会が発する文書は,EUのデータ保護に関する法解釈を示すものとして,強い影響力を有している。
第29条作業部会は,2014年11月26日,本判決を実施するための指針を公表した注19)。
第1部ではCJEUの先行判決の解釈として,「A. 管理者としての検索エンジンおよび法的根拠」,「B. 権利行使」,「C. 範囲」,「D. 第三者への通知」,「E. データ保護機関(Data Protection Authorities: DPAs)の役割」がそれぞれ説明され,第2部では,DPAsが苦情を処理するための共通基準の一覧が整理されている。ここでは本判決の解釈を示した第1部を取り上げる注20)。
Aでは,主に,(1)データ管理者としての検索エンジン事業者,(2)基本的権利および利益の公正な衡量,(3)情報へのアクセスに削除が与える限定的影響が説明されており,(1)と(2)は本判決の内容そのものが引用されている。(3)はおおむね次のように説明されている。
個人の権利を行使することが,もとの公開者および利用者の表現の自由に与える影響は,一般的に非常に限られているであろう。検索エンジンは,各請求をめぐる状況を評価する際に,情報へのアクセスを行う一般の利益を考慮に入れなければならない。しかし,特定の検索結果が削除される場合であっても,もとのWebサイトはいまだ利用可能であり,他の検索用語を用いることで,検索エンジンを通じた情報へのアクセスはいまだ可能である。
Bでは,個人は,検索エンジン事業者に対して自らの権利を行使するために,事前にまたは同時に,もとのWebサイトに接触する義務はない旨が記されている。
Cでは,(1)もとの情報源からは何らの情報も削除されないこと,(2)データ主体の削除請求権,(3)削除決定の地理的影響がそれぞれ検討されている。
(1)は,本人の氏名以外の検索には影響がないとの説明である。
先行判決によると,権利は個人の氏名により行われる検索について得られた結果にのみ影響を与えるのであって,決して検索エンジンのインデックスから完全にページを削除することが必要であることを示すものではない。ページは,他の検索用語を用いることでいまだアクセスできるべきである。判決は「氏名」という用語を用いており,さらなる特定はしていない。家族の氏名または異なるスペルも含め,権利は,ありうる他の氏名のバージョンに適用されると結論付けることができる。
(2)については,EU基本権憲章第8条が引き合いに出され,「何人(なんぴと)にも」保障されるデータ保護の権利などが取り上げられている。
(3)では,検索エンジンの提供する個人情報が世界的に拡散しアクセスできることの影響を考慮し,次のように説明されている。
具体的な結論は検索エンジンの内部組織及び構造によって異なりうるが,削除決定は,データ主体の権利の効果的かつ完全な保護を保障し,かつ,EU法を容易に回避できない方法で行われなければならない。その意味で,利用者が自国のドメインを通じて検索エンジンにアクセスする傾向があることを理由に,EUドメインに削除を制限するのは,判決に沿ってデータ主体の権利を満足に保障するための十分な手段であるとは考えられない。実際,このことは,いかなる場合でも,削除がドットコムを含むすべての関連ドメイン上でも有効であるべきことを意味する。
Dでは,特定のリンクを削除することに関する,(1)一般への通知および(2)Webマスターへの通知について,それぞれ考え方が示されている。
(1)の一般への通知について,指針は,極めて限定的な条件下でのみ受容できる実務であると主張している。
検索エンジン事業者の中には,利用者に対し,いくつかの検索結果が個人の請求に応じて削除された事実を意図的に通知する実務を展開してきたようである。もしこの情報が,ハイパーリンクが実際に削除された場合にのみ検索結果に表れるのであれば,判決の目的を強く損なうであろう。かかる実務は,特定の個人が自らに関する結果を削除するよう求めたという結論に,利用者がいかなる場合にも到達できないような方法で情報が提供された場合にのみ,受容することができる。
(2)のWebマスターへの通知について,指針は,かかる通知は,EUデータ保護法の下では何らの法的根拠も存在しないと批判している。
一方で,人名検索による検索結果内のハイパーリンクを削除することは,前記のとおり,限定的な影響しかもたない。他方で,通知は,管理者が何らの統制または影響を及ぼさない取扱業務に影響を与えることから,もとのWebマスターは,受領した通知を効果的に利用することができない。指針はこのように述べ,もとのWebマスターが通知を受領する利益に疑問を呈している。
ただし,特に難しい事案で,その状況について完全な理解を得るために必要なときには,検索エンジン事業者が,削除請求についての決定に先立ち,もとの公開者に連絡を取ることは適法かもしれない。そこで,指針は,このような事案では,検索エンジン事業者は,影響を受けるデータ主体の権利を適切に保護するために必要なすべての措置を講じるべきであると述べている。
そして,第29条作業部会は,検索エンジン事業者に対し,自身の削除基準を公開し,より詳細な統計を利用可能にするよう強く推奨している。
Eでは,DPAsは検索エンジン事業者による削除拒否を受けたデータ主体の苦情を,指令に基づく正式な苦情として取り扱うべきという考えが記されている。
第2部は,DPAsが苦情処理を行う際の共通基準(表1)に沿って,作業部会のコメントが付されている。
① | 検索結果が自然人に関連し,氏名を用いた検索結果であるか |
---|---|
② | データ主体は公的生活における役割を果たしているか,データ主体は公人か |
③ | データ主体は未成年か |
④ | データは正確か |
⑤ | データは関連性があり過剰ではないか(職務との関連,ヘイトスピーチ,中傷等の情報へのリンクか,個人的意見か検証された事実か) |
⑥ | 機微情報か |
⑦ | データは最新か |
⑧ | データの取り扱いがデータ主体に不利益を及ぼすか |
⑨ | 検索結果はデータ主体を危険に晒すか |
⑩ | 公開された情報の状況(データ主体が自発的に公開したか,公開を意図していたか) |
⑪ | もとの内容の公開は報道目的によるものか |
⑫ | データの公開者は個人データを公開する法的権限または法的義務を有するか |
⑬ | データは犯罪行為に関連するか |
※第29条作業部会指針
こうした欧州の立場に対し,2015年2月6日,グーグルの諮問委員会は,本判決に関する意見書を公表した注21)。諮問委員会のメンバーは,大学教授,前閣僚のほか,メディア,慈善団体,国際連合からの各代表,そしてAEPDの前委員長注22),グーグルの幹部2名である。報告書は,全5章および別添で構成されており,特に削除要請を判断するための基準(第4章)および手続的要素(第5章)が重要である。諮問委員会への参加は任意であり,委員の報酬は無償である。
第4章では,(1)公的生活におけるデータ主体の役割,(2)情報の性質,(3)情報源(source),(4)時の経過について,それぞれ考え方が整理された。
(1)の公的生活におけるデータ主体の役割については,公的生活での役割が明らかな者(政治家,CEO,著名人,宗教指導者,花形スポーツ選手,一流の芸術家等)は削除を正当化する見込みが低くなり,そうでない者は見込みが高くなる。公的生活での役割が限定的であるか,または状況による者(校長,公務員の一部,本人が管理できない事象により一般の関心を集める者,職業上特定のコミュニティーで公的役割を果たす者)は,掲載された特定の内容が重視されるため,削除を正当化する見込みが低いとも高いともいえない。
(2)の情報の性質は,個人の強力なプライバシーの利益があるとの判断に傾く情報,公益があるとの判断に傾く情報の2種類に分けて整理されている。
前者には,私生活または性生活,口座情報,個人の連絡先または識別情報(個人の電話番号,住所,政府のID番号,PIN(Personal Identification Number),暗証番号またはクレジットカード番号等),児童に関する私的情報,虚偽情報やデータ主体に被害をもたらす危険のある情報(なりすまし,またはストーカー等),画像または動画形式で表示される情報などがある。ただし,金融情報であっても,資産・所得に関するより一般的な情報(公務員の給与および資産や公営企業の株式保有など)は公益に当たる可能性がある。EUデータ保護法に基づきセンシティブとみなされる情報注23)は,データ主体の公的生活における役割と関係する場合は,氏名に基づく検索を通じたリンクへのアクセスに一般が強い関心を抱く場合がある。
後者のうち,政治的,宗教的または哲学的主張に関する情報や,公衆衛生および消費者保護に関する情報(一般公開される専門サービスのレビュー等),誰にも被害を与える危険のない事実・真実情報や,歴史的記録に不可欠な情報(歴史上の人物または事象),削除が学術研究を歪曲(わいきょく)させたり,内容が芸術的重要性をもつ場合(芸術的パロディーの中にデータ主体が描かれる場合など),一般の議論に貢献する情報(労使紛争や不正行為等)は,削除を否定する方向に強く傾く。犯罪情報は,特別法が明確な指針を示していればそれに従うべきであるが,何も適用されない場合は,犯罪の重大性,請求者が犯罪活動において果たした役割,情報の新しさや情報源,公の関心の程度など,状況に依存する。請求者が犯罪に加担した者であるか被害者であるかによって,公益の評価は異なる。人権侵害や無慈悲な犯罪は削除しない方向に働く。
(3)の情報源については,報道事業者が管理する情報源や,政府が公開したものである場合は,公益が認められやすい。認知されたブロガーや評判のいい個人著者であって,相当な信頼とリーダーシップを有する者が公表した情報は,公益が認められやすい。特にソーシャルネットワークへ投稿した場合など,データ主体が自身で公表し,または同意した情報は,削除しない方向に働く。
(4)時の経過の基準注24)は,犯罪問題にとりわけ関係する。無慈悲な犯罪のように,高い公的重要性をもつ場合には該当しない。何年も前に犯した軽微な犯罪のような場合は,犯罪の重大性および時の経過の双方が削除に有利に働く。データ主体が詐欺を働いた後に,新たに信頼される地位に就く場合や,性犯罪者が,住居に入ることを伴うような,教職または公的に信頼される職を求める可能性がある場合は,公益性が継続する。
時は,データ主体の公的生活における役割を決定する際にも重視される。政治家が公職を離れ,私人としての生活を求める場合や,CEOが辞任する場合であっても,在職中の情報は時が経過しても公益性をもち続ける。
この基準は,データ主体が児童であった頃の情報への削除要求を認める方向に働く。
第5章では,(1)情報削除要請,(2)Webマスターへの削除通知,(3)削除決定への異議,(4)削除の地理的範囲,(5)透明性が検討された。
(1)の情報削除要請について,データ主体は,検索エンジン事業者が適切に請求を評価できるようにするために十分な情報を提供すべきであり,かかる情報の取り扱いも同意しなければならない。その情報には,データ主体の氏名,国籍および居住国,代理人の場合は請求者との関係,請求の動機,請求ドメイン,削除を求める検索用語(典型的にはデータ主体の氏名),身元の証明,削除対象の固有識別子(典型的にはURL),連絡先等が含まれる。
(2)のWebマスターへの削除通知について,検索エンジン事業者は法が認める範囲で公開者に通知すべきである。実際の削除決定に先立ち,検索エンジンがWebマスターに通知することが適切な場合もあり,削除決定の正確性を高めうる。
(3)の削除決定への異議について,データ主体は,地域のDPAsまたは裁判所に対し,削除決定への異議を申し立てることができる。公開者側も異議申立て手段を有するべきである。
(4)の削除の地理的範囲は,会合を通じて難しい問題を提起した。多くの検索エンジン事業者は,ドイツの利用者にはgoogle.de,フランスの利用者にはgoogle.frのように,特定国の利用者に向けた異なるバージョンを運営している。欧州の利用者が「www.google.com」とブラウザに入力しても,自動的に,グーグルの検索エンジンの地域バージョンにリダイレクト(転送)されることが通常である。欧州発信の全クエリの95%以上は,検索エンジンの地域バージョンに関するものである。原則として,削除を欧州の検索バージョンに適用すれば,現在の状況および技術において,データ主体の権利は適切に守られると考える。
世界を含め,欧州諸国以外の利用者に向けた検索バージョンで削除をすれば,データ主体の権利をより完全に保障できるかもしれない。しかし,データ主体に与える追加的保護を上回る競合的利益(自国の法に基づき氏名に基づく検索を通じて情報にアクセスする欧州外の利用者側の利益)がある。また,欧州内の利用者が自国以外の検索バージョンにアクセスする競合的利益もある。
EU内でのグーグルの検索サービスに関して,国別バージョンからの削除は,現段階では本判決を実施する適切な手段であると結論付ける。
(5)の透明性について,検索結果が削除対象となった可能性があることを利用者に通知すべきか否かは,データ主体の権利が損なわれないかぎりにおいて,最終的には検索エンジン事業者が決定することである。
公衆に向けた通知は,一般的に,特定のデータ主体が削除を請求したという事実を明らかにすべきでない。統計および一般的方針は,法的制約とデータ主体のプライバシー保護の範囲内で,できるかぎり透明であるべきである。検索エンジン事業者は,削除請求を評価するための手順および基準も明らかにすべきである。データ主体の請求を退ける場合,決定に関する詳細な説明を示すことは最善の実務である。
日本では,ヤフー株式会社が,2015年3月30日,「検索結果とプライバシーに関する有識者会議」の報告書を公表し,「検索結果の非表示措置の申告を受けた場合のヤフー株式会社の対応方針について」を明らかにした注25)。対応方針では,(1)プライバシー侵害に関する判断,(2)検索結果の表示内容自体(Webサイトのタイトル,スニペット[要約])の非表示措置に関する判断,(3)プライバシー侵害とされる情報が掲載されているWebサイト(以下,リンク先ページ)へのリンク情報の非表示措置に関する判断に分けて整理が行われた。
(1)のプライバシー侵害に関する判断については,被害申告者の属性(公職者か否か,成年か未成年かなど),記載された情報の性質,当該情報の社会的意義・関心の程度,当該情報の掲載時からの時の経過等が考慮される。被害申告者の属性について,公職者(議員,一定の役職にある公務員等),企業や団体の代表・役員等,芸能人,著名人などは公益性の高い属性に該当し,未成年者はプライバシー保護の要請が高い属性に該当する。情報の性質について,性的画像,身体的事項(病歴等),過去の被害に関する情報(犯罪被害,いじめ被害)はプライバシー保護の要請が高い情報であり,過去の違法行為(前科・逮捕歴),処分等の履歴(懲戒処分等)は公益性の高い情報にあたる。出生やそれに伴う属性は,文脈等に依存する。
(2)の検索結果の表示内容自体の非表示措置に関する判断については,検索結果の表示内容自体から(リンク先ページの記載を見るまでもなく)権利侵害が明白に認められる場合は,当該権利侵害記載部分について非表示措置を講じるとされている(検索キーワードは被害申告者の名前等に限定する)。具体的には,特に理由なく一般人の氏名および住所や電話番号等が掲載されている場合,特に理由なく一般人の氏名および家庭に関する詳細な情報が掲載されている場合,一般人の氏名および秘匿の要請が強い情報(たとえば,病歴等)に関する情報が掲載されている場合(いずれも個人が特定でき,かつ非公開情報である場合に限る)があげられている。また,すでに長期間経過した過去の軽微な犯罪に関する情報が掲載されている場合も権利侵害が明白に認められる場合に含まれる。
(3)のリンク先ページについては,被害申告者からリンク先ページ管理者またはプロバイダーに対して削除を命じる裁判所の判決(または決定)の提出を受けた場合には,原則として非表示措置を講じるが,そうでない場合でも,リンク先ページの記載から権利侵害の明白性ならびに当該侵害の重大性または非表示措置の緊急性があるとヤフーにおいて認められる場合は,例外的に非表示措置を講じるとされている(検索キーワードの限定は行わない)。権利侵害の重大性,緊急性が認められる場合には,特定人の生命,身体に対する具体的・現実的危険を生じさせうる情報が掲載されているときや,第三者の閲覧を前提としていない私的な性的動画像が掲載されているときがあげられている。
ところで,上記有識者会議の報告書には「忘れられる権利」への言及がある。それによると,「いわゆる『忘れられる権利』は基本的に欧州の法制度に関する議論の文脈において語られてきたものであること,また,その言葉の意味するところは論者によって異なりうることに留意が必要である」との前提のもと,掲載時に適法だったWebサイトの情報が,一定期間の経過により,ある時点から違法な情報になりうるのかという問題は,既存のプライバシー侵害の枠組みで判断できる場合が多いのではないかとの見解が多く見られた。他方,掲載情報が適法な時点で,既存のプライバシー侵害の枠組みとは異なる観点から検索結果を非表示にすべきケースがありうるのか,という点については,そのような立論は難しいとの見解が多かったとのことである。そして,有識者会議は,いわゆる「忘れられる権利」については現時点で確定的な解釈を与えることは難しく,今後も議論と検討を重ねていくことが必要だという見解で一致したとの結論をまとめている。
本判決にはいくつかの注目すべき点がある。第1は,「取り扱い」および「管理者」の範囲を幅広く解釈し,指令の適用を認めたこと,第2は,もとの情報が適法であっても,問題の情報が「不適切で,無関係で,過剰」であれば削除できると判断したこと,第3は,権利の均衡を判断する際にデータ主体の基本的権利を重視し,検索エンジン事業者の削除義務を正面から肯定したことである。全体的にデータ主体の権利保護に偏った判断といえる。
本判決の背景には,EUと米国のプライバシー・データ保護に関する発想の違いや対立が存在するといえる。人権思想発祥の地といわれる欧州は,個人データ保護を基本的権利ないしは人権であるととらえており,EUの機能に関する条約やEU基本権憲章の中で,私的な家庭生活や個人データ保護の権利を定めている。そして,EUは,EU加盟国の個人情報に関する国内立法の調和,統一を図ることを目的に1995年に指令を採択し,個人データ保護の先進的な地域として高いデータ保護レベルを誇ってきた。その後17年を経過したところで,加盟国に直接適用される「規則」注26)を提案してさらに保護レベルを強化し,採択に向けた議論を進めている。このように,EUのデータ保護の要点は,人権保障,高い保護レベル,加盟国の統一的な規律であるといえる。これに対し,表現の自由を重視し,巨大インターネット事業者を数多く抱える米国は,自主規制を基本とし,民間部門には分野別の法規制を設けるという立法形式を堅持してきた注27)。本判決は,あえて「忘れられる」という表現を用い,かつ,人権保障を強調することで,毎日のように膨大な個人情報を世界から収集するグーグルに対する牽制(けんせい)を示したと見ることもできる。これに対し,グーグルは,削除した旨をWebサイト管理者に通知し,削除の範囲を欧州ドメインに限定するという対抗策を講じたことから,EU内で物議を醸すこととなった。
本判決は,このようなEUと米国の対立軸の中で下されたものであり,日本の法解釈にはなじまない点が多い。たとえば,過去の不動産競売情報は,本先行判決では機微性があるものとされ,その情報自体が適法であっても,不適切で関連性がなければ削除すべきであり,データ主体に不利益を及ぼすことは必要ないと判断されているが,日本でかかる法解釈が受け入れられるとは考えにくい。そして,本判決では,EU基本権憲章に照らして,削除権は原則的に検索エンジン事業者の経済的利益や一般公衆が情報へアクセスする利益に優越するが,アクセスの利益が優越的である場合は削除権の譲歩を認めるという,権利者偏向型の利益衡量がなされているが,日本では,表現の自由や知る権利に対してプライバシーを原則的に優先させるという価値判断はなされないはずである。
同様に,子会社が国内で活動していれば親会社にも指令が適用可能であるとの判断や,欧州以外のドメインにも削除命令の効果を及ぼすべきであるとの解釈が,日本にそのままなじむとは考えにくい。
他方,冒頭でも述べたように,本判決およびその後の一連の議論は,検索エンジン事業者に削除基準を検討させる契機を与えるとともに,表現の自由や知る権利との関係で,削除した旨をWebサイト管理者や検索エンジン利用者に通知すべきか否か等の問題を提起した点では意義があるといえる。グーグルの諮問委員会やヤフーの有識者会議を参考にすると,被害申告者の属性,情報の性質,時の経過,権利侵害の重大性・緊急性,情報源が主な基準となるようである。
最後に「忘れられる」の意味に触れておきたい。
3.1の英国貴族院報告書では,忘れられる権利は「せいぜい情報にアクセスしにくくする権利」に過ぎず,最悪の場合は,希望と反対の結果に至るかもしれないと指摘されており,この点は首肯(しゅこう)できる。本判決の射程に限っていえば,検索エンジンから情報を削除することは,「忘れられる」ではなく,情報へのアクセスを困難にすることによって「忘れやすくさせる」ことを意味する。高いシェアを誇るグーグルの検索エンジンが与える影響を重視すれば,プライバシーや名誉等を侵害する書き込みがあり,氏名に紐(ひも)付く検索結果からそのページへのリンクを削除させることは,情報へのアクセスの水際措置であり,効果的に「忘れやすくさせる」ための手段でもある。
他方,もとのWebサイトに削除の事実を通知し,検索結果に修正が加えられたことが利用者に知られると,かえって一般の好奇心を煽ることになりかねない。効果的に「忘れやすくさせる」ためには,リンクが削除された事実を他者に伝えるべきではないが,事業者が自己判断で削除を行い,当初から操作された検索結果を利用者に説明なく示すことは,表現の自由や知る権利の問題を生じさせる。本稿では深入りしないが,プライバシーと表現の自由・知る権利の調整は古典的問題であるとともに,プロバイダ責任制限法の適用場面で蓄積されてきた議論と共通しており注28),検索エンジン事業者の文脈では,前記「検索結果とプライバシーに関する有識者会議」報告書でも検討されている。今後は,プロバイダーと検索エンジン事業者,サジェスト機能と検索サービス,検索結果を自動的に表示する行為とリンクを意図的に張る行為の各違い等の論点を明確にしつつ,議論の一層の深化を図る必要がある注29)。
筑波大学図書館情報メディア系准教授。弁護士,企業法務,情報セキュリティ大学院大学講師,准教授等を経て現職。主著に,『個人情報保護法の理念と現代的課題―プライバシー権の歴史と国際的視点』(勁草書房,2008年),『個人情報保護法の現在と未来-世界的潮流と日本の将来像』(勁草書房,2014年)など。
判決内容については,主に以下を参照。
・山口いつ子「EU法における『忘れられる権利』と検索エンジン事業者の個人データ削除義務―グーグル・スペイン社事件EU司法裁判所2014年5月13日先行判決を手掛かりにして」別冊NBL『情報通信法制の論点分析』(近刊)。
・今岡直子「『忘れられる権利』をめぐる動向」国立国会図書館「調査と情報」第854号1-15頁(2015年3月)(http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9055526_po_0854.pdf?contentNo=1)。
・森亮二, 神田知宏, 石井夏生利「鼎談 検索結果削除の仮処分決定と企業を含むネット情報の削除実務」NBL第1044号7-24頁(2015年2月)。
・中西優美子「GoogleとEUの『忘れられる権利(削除権)』自治研究第90巻9号96-107頁(2014年9月)。
・中島美香「Googleの検索サジェスト機能をめぐる訴訟の動向と影響について」InfoCom REVIEW第63号58-71頁(2014年8月)。
・石井夏生利・牧山嘉道「海外の個人情報・プライバシー保護に関する法制度~最新の国際的動向~〔2〕」国際商事法務第42巻6号901-912頁(2014年6月)。