Journal of Information Processing and Management
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46 Years since the Umesao's Shock
Koichi KABAYAMA
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2015 Volume 58 Issue 7 Pages 577-579

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たいそう有名になったこの本は,1969年7月の刊行である。ロングランが多い岩波新書の中でも,とびきりの長寿を誇るベストセラー。何せ初版から46年が経過して,いま第94刷。その間,ほぼ改訂もされていない。古典の部類に属する。いまさら,読書へのお誘いをするまでもないだろうか。けれども,過去の情報処理法に言及しながら,46年間も読まれ続けたその秘密を問うのは,決して無駄ではないだろう。

確かに,この本が初めて世に出たときの驚きは,相当のものだったという。梅棹ショックと呼んでも構わないほどに。のっけから,「知識においては高度のものを身につけているくせに,研究の実践面においては,いちじるしく能力がひくい,というような研究者がでてくるのである」。こんなふうに指弾された研究者たちは,知的生産とか技術といった用語自体を好まなかっただろう。知とは,人間存在の深奥に座しており,思考の鍛錬によってじわじわと熟成していくもの。生産や技術などという経済学用語を振り向けるとは何事か。高度な思考を目指す知性とかけ離れた妄言といってよい。そんなふうに,唾棄(だき)されかねない。

思考や研究の成果としての質について議論するのであれば,誰もが信念に基づいて,相当の論拠を備えていよう。だが,ここでは研究の実践面,つまり具体的なやり方について,公の場で議論しようというのだ。しかもこともあろうに,文科系学者が一番苦手とする技術というタームを用いて。

もちろん,誰もが現実の場では,さまざまのレベルでその技を援用しているのだけれども,それは私事として秘されており,天下に向けて公言すべきものとは理解されていない。ことによると,それは名人技としてひっそりと秘蔵され珍重されてきた。梅棹さんは,その実用法を恥ずかしげもなく,公言する。知をその質において弁別するのではなく,その生産過程について吟味して公開し,公共の使用にも委ねた。知は開発者の個人的利用にのみ供されるのではなく,誰もがその断片までも共同利用が可能なものと看破した。

著者は,当時にあってとびきり著名な研究者だったわけではない。というよりは,動物生態学を故郷とする自然科学者であり,社会人類学への漕ぎ出しを試行する気鋭の「知的生産者」だった。その履歴と論法とが,梅棹ショックとして衝撃を招いたともいえようか。

実はこの本が話題となったのは,実用技法の1つとして著者が提案した,「京大カード」のおかげでもある。いまではまるでお伽話(とぎばなし)に聞こえるが,「知的生産法」の秘訣(ひけつ)として採用されたのが,1枚のやや大型の情報記入用カードだった。ただし,どんなカードでもいいわけではない。サイズや紙質,罫線の引き方,それに記入の要領。試行錯誤の全過程も含めて,この新書にはこまごまと記載されている。天下の岩波新書に,何という私事公開をと驚いた人も多かったろう。

梅棹さんは,むろん本気だったはず。その一部始終が,知的生産の成否を決定するのだから。しかも,カードは市販の品ではなく,注文生産であって,実際にも商品として店頭に並んだとのこと。ふつうならば,ただの趣味の域とけなされるところを,生真面目にも「知的生産」の技術と命名し,研究者の祭壇に供えたのだった。

もちろん,知的生産の技術はカードの制作にとどまらない。目次からもわかるとおり,新聞スクラップの処理法から,読書の仕方,手紙や日記や原稿の書き方など,梅棹流の秘技が披露される。手紙や日記などをふんだんに記すことが少なくなった今からみると,それなりの懐かしさが湧いてくるのも興趣(きょうしゅ)といえるだろうか。

このように,世の中によく知られた名著を話題にしてみて,結局のところ,一番印象的なのは,46年も昔の現実と現在との間の,あまりの落差をどう理解するかということ。何より,その46年前には,まだパソコンがなかった。それどころか,あらゆる情報機器が未開発であった。いまなら,知的生産の機器と呼んでいるものは,どれも存在しなかった。パソコンどころか,日本語ワープロもない。電子コピー機もまだ十分に普及していない。携帯電話もスマートフォンもない。電卓だって開発されたばかり。ようやく英文タイプライターが散見するばかり。かの京大カードはカーボン紙を挟んでタイプすれば,複写がとれると,梅棹さんは自慢したほどだった。

そんな時代にあって,梅棹さんは夢想する。「ややさきばしったいいかたになるかもしれないが,わたしは,たとえばコンピューターのプログラムのかきかたなどが,個人としてのもっとも基礎的な技能となる日が,意外にはやくくるのではないかとかんがえている」。そして,「コンピューターが家庭にまでいりこんで,それを操作することが人間としての最低の素養である,という時代がくるのは,もうすこしさきのことかもしれない」。その予言すら,ほとんど成就してしまった。そんな事情を考慮に入れると,それら機器の存在をまったく抜きにして,知的生産のための条件整備を発案した著者の慧眼(けいがん)は,恐るべきものといわねばなるまい。

さて,それではコンピューターなどの電子技術の登場によって,梅棹さんが苦心して開発した京大カードは無用の長物になったのだろうか。確かに,カードはもう無用となった。皆で大量に買い込んだカードの包みは,どこに行ったのかな。この本で提議されるあらましの知的生産技術は,代替されるか克服されてしまい,もうあまり参照の対象となりにくい。けれども,46年前の努力は,ことによるとまだ生々しい現実味を残しているかもしれない。それなくして,94版もの重版が実現するはずがないだろうに。

その理由をいろいろと詮議してみる。情報を全体の文脈から自由に切断して個別化し,それを目的に応じて離合集散させる。無限のものを有限の数に集約して,そのかぎりで整理・操作する。個性尊重の原則に違反した乱暴な手続きと非難されることを承知で。つまり豊かな無限を貧弱な有限に還元するという恐怖に打ち勝っても,具体の現場での現実的な整理法に固執しよう。だが,そのプロセスにあっては,梅棹さんの手法は,えらく具体的で個別の断片情報に対しての,優しい目配りが著しい。カードの1枚1枚を繰っていくときの目の優しさ。人類学のフィールドワーカーとしての心配りが,この本の端々に溢れかえっている。これなくして,情報の自由な整理は単なる放漫な整頓に陥ってしまうかのように。私たちは,現在の情報管理技術の原点もしくはその前夜にあって情報に立ち向かった,その姿勢の望ましい在り方を,ここにみる思いがきたしてならない。本書をお薦めするゆえんである。

結びに,少しだけこの本をめぐる私的な経験を語らせていただく。本書が,新書として刊行されたのは,1969年。歴史学を専攻する大学院生だった私は,その年の暮れに,京都大学の人文科学研究所に助手として職を得た。京都の東一条交差点にあった研究所には,梁山泊(りょうざんぱく)よろしく人文学諸分野の老泰斗(たいと)から駆け出しの助手に至るまで,あらゆる研究者が出入りしていた。50歳にも満たない梅棹忠夫さんも,そこに拠点を置いて,「知的生産」に励んでいた。若年の私は,専門分野も遠いゆえにはるかな末席に座していたのだが,いくつかのサークルで梅棹さんと同席するチャンスにめぐまれ,その肉声に接した。のちに文化勲章も受ける先輩の大学者を梅棹さんと親しげに呼ばせていただくのも,そのためである。

そんなわけだから,本稿のはじめに記した梅棹ショックは,実は書物からというよりは,京大人文研のミーティングルームで直接,目撃・体験したとする方が,正確なのかもしれない。そんな事情はともあれ,この46年間の時空を超え,本書を手にしてかの梅棹ショックを吟味し,いまなお同時代人とともにその意味を反芻(はんすう)したいと願う。どうかご理解のほどを。

『知的生産の技術』梅棹忠夫著 岩波新書,1969年,800円(税別) http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/41/0/4150930.html

執筆者略歴

  • 樺山 紘一(かばやま こういち)

1941年,東京生まれ。印刷博物館館長,東京大学名誉教授。1965年,東京大学文学部卒業。同大学院修士課程修了後,東京大学文学部教授,国立西洋美術館館長などを経て2005年から現職。2005年,紫綬褒章受章。専門は,西洋中世史,西洋文化史。おもな著作は,『地中海 人と町の肖像』『ルネサンスと地中海』『西洋学事始』『歴史の歴史』『ヨーロッパ近代文明の曙 描かれたオランダ黄金世紀』など。

 
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