2017 Volume 60 Issue 7 Pages 493-501
現在,全国の地方公共団体は観光分野に力を入れている。観光客や訪日外国人の傾向,人の流れを把握し分析するために,携帯電話やスマートフォンを用いたビッグデータ分析が注目されている。本稿では,NTTドコモが提供する「モバイル空間統計」による「動態人口」をテーマに取り上げ,これまでの国勢調査等による静的な人口把握を概観しながら,動的な人口の見方,「アウェイ人口」という考え方を提示する。具体的に,静岡県,東京都府中市,埼玉県の例を挙げ,「アウェイ人口」を把握することの意義と可能性,今後の行政運営の中での活用に向けた提言を行う。
昨今の地方創生ブーム,そして2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会開催に向けて,全国各地の地方公共団体は観光分野に力を入れている。観光客や訪日外国人の傾向,人の流れを把握し分析するために,携帯電話やスマートフォンを用いたビッグデータ分析が注目されている。
本稿は,NTTドコモが提供する「モバイル空間統計」による「動態人口」をテーマに扱う。これまでの国勢調査等による静的な人口把握を概観しながら,動的な人口の見方,「アウェイ人口」という考え方を提示する。「アウェイ人口」を把握することの意義と可能性,今後の行政運営の中での活用に向けた提言を行う。
日本には,人口に関係するいくつかの制度が併存している。子どもの誕生,結婚や離婚,死亡時には,「戸籍」の届け出が必要になる。また,1951(昭和26)年に制定された住民登録制度により,居住する地方公共団体に「住民票の届け出」が義務づけられている。
そして,人口の把握そのものを目的としているのが「国勢調査」である。現在の国勢調査は,統計法の基幹統計調査として総務省統計局が実施する。最も古い国勢調査は,1920(大正9)年であり,以降,第2次世界大戦前後の特殊事情を除き,5年に1度の頻度で実施されている。2020年に実施予定の次回の国勢調査は,誕生からちょうど100周年という区切りの調査となる。
佐藤1)によると,戦時中には(国勢というだけあって)家畜や農具の数までをも把握しようと計画されたこともあった。現在の国勢調査は,(1)選挙の議員定数や地方交付税の交付額の算定等の行政運営の基礎を成す情報基盤としての役割,(2)企業の需要予測や大学・研究機関の実証研究等の国民や企業の活動を支える情報基盤としての役割,(3)将来の人口予測や国民経済計算等の公的統計の作成・推計の基礎としての役割,を担っており,「氏名」「男女の別」「出生年月日」「配偶関係」「世帯主との続柄」「世帯の種類」「国籍」「就業状態」「従業地・通学地」等の項目が調査される。
住民基本台帳に基づく人口は,地方公共団体により把握され,国勢調査に比べ,更新の頻度は高い。ただ,国勢調査の方が,エリア内の人々の居住者をより実態に近い形で把握している(たとえば,親元を離れ,下宿先に住む大学生は,地元から住民票を移さないこともあるが,国勢調査では,在留外国人を含め,基準日の居住者の実態を調査対象とする)。
定住人口を基本とした「静的人口」に対し,交流人口を基本とした「動的人口」の把握について考えてみたい。国勢調査では「従業地・通学地」が調査されていて,そこから自治体ごとの昼夜間人口が求められる。国を1つのエリアとするならば,空路や海路に設けられた「出入国審査場」の通過数をもって,把握することが可能だ。コンサート会場や,博物館,日本の鉄道のように,出入口が限定的であれば,その関所の流量を計測することで把握しうる。
では,特に入場ゲートなどが設けられていないような,祭りやイベントに訪れる人々の数は,どのように把握されているのだろう。今から約10年前の新聞記事2)によると,たとえば岩手県の「さんさ踊り」では,
この新聞記事から10年近くたった今でも,ほとんどの観光地では同じような運用が行われているのが実態である。これらの計測方法を用いた結果が,エリア内の人口実態を正確に反映しているとは言い難い注1)。
その一方で,スマートフォンや携帯電話の高い普及率を背景として,アプリケーション(アプリ),Wi-Fiの信号,携帯の基地局情報など,携帯電話の情報を拾い上げ,これをビッグデータとして取り扱うことにより,今までとは違う新たな人口の見え方が可能になっている。
スマートフォンのアプリを活用したものには,「Location Trends」注2)(au系列),「Agoop」注3)(ソフトバンク系列)といったサービスが提供されている。街中での人々の導線をGPSにより追いかけることで,人流を可視化するサービスもある(NTTアド社のJapan Travel Guide注4))。これらのサービスで把握できるのは,アプリをダウンロードしたユーザーのみであるため,域内の傾向は大づかみで把握できるものの,母数はかなり少ない。
ウォークインサイト社注5)では,店舗内に小型のセンサーを設置し,スマートフォン端末が発するWi-Fiの信号をセンサーが取得することで,店舗や施設,店の前の歩道を通り過ぎる人々の流量の動態把握分析を行っている。定点観測することで,曜日や時間帯ごとの歩行者の動態傾向や,新規/リピーターの比率を把握することが可能となる。また大規模店舗の中に設置すれば,人々の導線を把握することもできる。この技術は,2016年11月の韓国ソウル市光化門広場の大統領退陣を要求するデモの参加者数を推計するのに用いられ,主催者発表60万人,警察発表17万人に対し,デモ参加者が所有する携帯電話から発する電波をもとに「74万人の人出があった」ことを発表し,話題になった3)。
NTTドコモの「モバイル空間統計」は,ユーザーの基地局情報を活用し,「人口そのもの」を推計することが可能である。国内人口であれば,約7,500万台の運用データに基づき,日本全国の任意のエリアについて,1時間ごとの人口分布を,24時間365日の単位で,性別・年齢層別・居住地域別の把握が可能である(図1)。
たとえば,「東京都A区」の40代男性のドコモの携帯・スマートフォン普及率(域内の契約者数÷住民基本台帳に基づく人口)が40%だったと仮定する。そのことを基に,1人の「東京都A区40代男性」のもつ携帯電話1台は,「東京都A区40代男性」2.5人(台)分の人口を背負っていると見立てる(2.5=1÷0.4)。このことを踏まえて,ある時間帯に「東京都B区内で『東京都A区40代男性』の携帯電話10台を確認」できた場合,同時間帯には,東京都B区内には25人の「東京都A区40代男性」がいる,という推測が成り立つ。人口は1時間単位で推計されるが,滞在時間が考慮される(B区内に45分間だけ滞在したデータは,0.75倍される)。これらがすべて足し合わされ,エリア内の「1時間おき」の人口総数を居住地,性別,年齢といった属性付きで把握することができる注6)。
訪日外国人については,約500万台の運用データに基づき,各国・地域キャリア間のローミング利用者数を把握することで,国・地域別の人口構成の把握が可能となる。
なお,モバイル空間統計とプライバシー保護の観点では,集計結果に小人数エリアの数値が含まれないようにする秘匿処理や,ユーザーからの申し出により,モバイル空間統計上の運用データの利用を取り消す手続きも可能である4)。
モバイル空間統計が示す,新しい人口の見方は,私たちにどんな気づきをもたらしてくれるのだろうか。一言でいえば,エリア内の「ホーム」と「アウェイ」の人口の把握が可能になることだ,と筆者は考える。
任意のエリア(=以後,「対象地」と呼ぶ)内にいる人々を「本拠地からの距離」「移動の日常度」という2つの軸に分けて考える(表1,図2)。「本拠地からの距離」は,もともとの本拠地(居住の拠点)と対象地との距離によって決まる。本拠地と対象地が同一,あるいは,近ければ近いほど,土地の事情に明るく,遠ければ遠いほど土地に疎い。一方,「移動の日常度」は,対象地にいる理由が,居住,通勤通学といった日常的な営みの一環なのか,もしくは出張や旅行等,イレギュラーな出来事が起因となっているかというような,「日常/非日常」に関する尺度と考える。
この2軸の尺度は,厳密に数値化できるものではない。「ホーム」と「アウェイ」の線をどこに引くか(市町村と市町村外,都道府県と都道府県外,国内と外国など)によって,それぞれの範囲も変わってくるため,ここではあくまで,相対的な概念としてとらえたい。
第1象限に属する「本拠地から近い」「日常度が高い」人々は,対象地に住む住民,もしくは,近隣のエリアからの通勤通学者を指す。第2象限の「本拠地から遠い」「日常度が高い」人々は,もともとの本拠地は別の地域であるが,仕事の都合や学業的事情により,有期で対象地に居住する下宿生や単身赴任者,また,外国人であれば,留学生や在留資格をもった人々を指す。第3象限の「本拠地から遠い」「日常度が低い(非日常度が高い)」人々は,日常的ではないイレギュラーな事情により,遠方から(宿泊を伴って)訪れる人々であり,出張者や旅行者が該当する。第4象限の「本拠地から近い」「日常度が低い(非日常度が高い)」人々は,自宅からそう離れてはいないが,非日常的な目的で滞在する人,たとえば,入院患者や長期療養者,災害時の避難所での滞在者が該当する。それ以外にも,第1象限と第4象限の間には,たとえば,近隣レジャー,ショッピングや飲食等を楽しむ人々がいる。また,その対象地には目的をもたないが,他地域への「移動中」の人が,一定程度存在する。
本拠地からの距離 | 移動の日常度 | 主な「アウェイ人口」対象例 | |
---|---|---|---|
第1象限 | 近い | 日常的 | 他エリアからの通勤通学 |
第2象限 | 遠い | 日常的 | 単身赴任,留学生 |
第3象限 | 遠い | 非日常的 | 出張者,旅行者 |
第4象限 | 近い | 非日常的 | 入院,長期療養,避難所 |
第2章でみたように,国勢調査で確認できる人口は,住民,在留外国人,留学生,他エリアからの通勤通学,長期療養等,日常生活の延長の行動までであった。これに対し,モバイル空間統計を活用することにより把握可能な「アウェイ人口」は,下記の2つの新規性をもつ。
モバイル空間統計では,基地局の設置間隔により,500m(都市部)~数km(郊外)メッシュ区切りでの人口把握が可能となる5)。自治体全域,特定の繁華街や施設にフォーカスを当てることも可能だ。たとえば,「都心のコンサート会場でのイベント開催時」の様子をとらえることも可能である(この場合,アウェイ人口の率はほぼ100%に近いものとなるだろう)。
エリア内で人は絶えず動いている。そのため,対象地内の様子を,時間の流れに沿って観察すれば,アウェイ人口も変化する。1日の尺で考えれば,昼と夜の変化(たとえば,対象地への通勤通学による変化など)が1時間ごとに把握できる。また,レジャー・観光地であれば,曜日や天候,シーズンのオン・オフによる人口の多寡の推移が確認できる。対象地の施設の特徴(住宅地,繁華街商業施設,宿泊施設,企業や学校,レジャー施設等の有無)によって,人の動きも大きく変わってこよう。
留意すべき点としては,滞在・訪問目的の具体の内訳まではわからない,ということがある。特定のエリアを構成する人々の「年齢,性別,居住地」までは把握することは可能だが,滞在・移動目的までを,モバイル空間統計の情報だけで把握することはできない。たとえば8月のお盆の時期や年末年始に,多くの来訪者が確認できたとしても,ここには,域外に住む当地の出身者が帰省で実家を訪れたもの,観光客増によるもの,ビジネス起因によるもの等,あらゆる可能性を含んでいる。アウェイ人口の滞在・移動目的の把握には,モバイル空間統計以外の手段(アンケート調査など)を並行して実施する必要があるものの,上記で示した2つの点,「任意のエリア」における「時間ごと/基本属性ごとの人数の多寡」という,今まで「目視」や「人力」で確認していたような情報を,科学的に推測できるようになった意義は極めて大きい。
現在,全国でDMOと呼ばれる組織の設立が盛んに行われている。DMO注7)とは,Destination Management Organizationの略で,地域の多様な関係者の意見を取りまとめながら,マーケティング等の手法を用いて観光地域づくりを担う法人である。地方公共団体やDMOがもくろむ観光のターゲットでいえば,第3象限の「国内旅行者や訪日外国人旅行者」である。観光の対象者を広げて,MICE施策注8)のようなビジネスイベント展開をも視野に入れるならば,ビジネスでの来訪者も対象となる。
一方,防災・減災に目を向けるならば,第1象限の,住民に近い「通勤通学者」「近隣レジャー客」「買い物・飲食などを楽しむ人々」は,災害が起きて,交通手段が寸断されてしまうような場合,帰宅困難者になる可能性が高い。また,第3象限の観光客,とりわけ訪日外国人は,文化や言語,災害に対する情報や知識は乏しい。国内のあらゆる地域で災害が起こりうる実態から考えると,観光客を呼び込めば呼び込むほど,同時に,災害弱者への対応を考える必要がある。
「アウェイ人口」――住民「以外」の人々の動態――を把握する極めて有効なシーンとして,「観光(と防災)」「帰宅困難者対策」の観点から,いくつかの団体の取り組みを紹介し,モバイル空間統計の活用可能性を探る。
静岡県は,2013(平成25)年度に,静岡県内の観光地としての信頼・価値向上を目的として,観光の危機管理に関する県内の総点検を行っている(「観光地防災対応力緊急点検事業」)6)。この調査では,自治体,観光協会,事業者に対するアンケート調査により,「観光ピークシーズン時の最大観光客数の把握」について,表2のような状況となっている。
現状として,旅行者・観光客向けの災害対策への取り組みは,必ずしも高いとはいえず,とりわけ,観光協会の取り組みは低いことがうかがえる。自治体(市町)においても,半分以上が,観光のピークシーズンの人数を十分に把握できていない。観光客の人数を把握していない以上,その先の対策を行うことも難しいという実態がある。
東京都府中市では,東日本大震災の際には,1,440人の帰宅困難者が発生しており,このことを受けて,2014(平成26)年,「府中市避難所管理運営マニュアル策定ガイドライン」注9)が改定されている。
府中市には,東京競馬場,多摩川競艇場の2つのレジャー施設がある。特に東京競馬場は,米国インディアナ州インディアナポリスのサーキット場に次ぐ世界第2位の収容人数(最大22.3万人)を誇るスポーツ競技場である7)。過去の動員実績をみてみると,1990(平成2)年の日本ダービーでは,19.7万人もの観客が記録されている8)。2017(平成29)年5月に行われた直近の日本ダービーでも,12.4万人もの集客があった9)。2015(平成27)年国勢調査での府中市の人口が26.0万人10)であるから,実に市民の50%~最大で75%にも匹敵する人数が市内に集まる計算になる。
同市の最新の地域防災計画11)では,「市の現状把握」として,国勢調査から得られた昼夜間人口に依拠し,
「国勢調査によれば,夜間人口が255,506人に対して昼間人口が246,380人と昼間と夜間の人口の差は少ない。昼間と夜間で防災計画上の想定人数を大きく変える必要はなく,地域防災計画では住民基本台帳を基本とした人口に対しての防災対策を講じる」
ここに,モバイル空間統計を活用した「アウェイ人口」による人口把握の可能性がある。競馬やボートの興業も含め,時間ごとの人のボリューム,本拠地を把握することが,災害時のより詳細な対策,スムーズな避難誘導につながる,と考えられる。折しも,競馬場が,単なるギャンブルの場としてだけでなく,若年層や子連れファミリーへの魅力づくりにも一役買っていこうとしている時代の中注10),集う人々の災害・防災面の配慮も,同様に考えていくべきだろう。
埼玉県では2012(平成24)年,帰宅困難者対策として,(1)埼玉県内で発生する帰宅困難者数,(2)県内主要5駅の帰宅困難者数,について,NTTドコモのモバイル空間統計を用いて調査している12)。この調査で,埼玉県は,県内で発生する帰宅困難者数が,74.7万人(平日12時)であると算出した。また,県内の帰宅困難者の発生地として,さいたま市14.2万人,川越市4.4万人,川口市3.2万人など,モバイル空間統計から具体的な人数を算出している。これまでの推計値が大きく変わるものではない,としながらも,「区市町村別,年齢別や駅周辺の帰宅困難者数などの詳細なデータが得られた」とし,市町村や交通機関などの防災関係機関とも情報共有し,今後,よりきめ細かい対策(一斉帰宅の抑制,備蓄の推進,一時滞在施設の確保など)を講じる,としている13)。
自治体(n=33) | 観光協会(n=18) | 観光関連事業者(n=242) | |
---|---|---|---|
把握している | 48% | 33% | 80.2% |
把握していない | 52% | 67% | 19.8% |
※「静岡県 平成25年度 観光地防災対応力緊急点検事業 報告書」6)の内容から,筆者が作成
有事を意識した「アウェイ人口」の把握の実態は,自治体によっても温度差がある。埼玉県では,帰宅困難者の推計を行うために,モバイル空間統計が活用されている。一方で,静岡県内の自治体や,巨大レジャー施設を抱える府中市の実態などをみると,これから取り組むべき課題であることもわかった。
日本の災害対策における基礎自治体の責務は,「当該市町村の地域並びに当該市町村の住民の生命,身体及び財産を災害から保護する」とされており14),住民「外」の人々は対象となっていない,という制度上の本質的な課題もあるが,2020年に向けての「攻め」の施策として,観光客や訪日外国人を呼び込む以上,いつ起きてもおかしくない災害に対する「守り」の検討も併せて考えていく必要がある。盤石な危機管理体制を築き上げることが,観光客にとっての安心・安全を高めるのみならず,万一のときの万全の対応が,むしろリピーターの確保につながる,「戦略的な視座の延長上にある」という認識のもと,その人流の量や傾向をきちんと把握するという「初めの一歩」が肝要である。
大学卒業後,NTT,国土庁調査員(現・国土交通省)を経て,社会公共分野のリサーチ・コンサルティングに従事。行政情報化・地域情報化,電子投票,情報教育・モラル,防災,ユニバーサルデザイン,近年では,地方創生(人口ビジョン,地方版総合戦略策定),観光ビッグデータなど広範にわたりプロジェクトに参画。