Journal of Occupational Safety and Health
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2025 Volume 18 Issue 1 Pages 1-2

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近年,出版物離れが著しいと言われている.出版物とは元々は紙媒体を用いる出版物のことでしかあり得なかったが,最近ではそれの電子化物,すなわち電子書籍や新聞の紙面ビューアー画面などをも含めた広い意味での出版物も普及してきている.そしてそれらが,全体的に読まれなくなっているものと思われる.それに対して,いわゆるSNS等を通じての発信すなわち情報伝達が増加していることは確かである.SNSには長文のもの,画像や動画を含む物もあるが,短文形式のものが広く普及しているように思う.私としては,論理的に精緻な記述を必要とする学術論文などにSNSはなじまない(それは私の無知や偏見かもしれない)ように思うが,最近になって出現した新しい“電子媒体”を利用するものであるSNSでは,その形式の自由度は大きく,印刷物同様の形式を含む,より一般的な形態であると捉えるべきなのかもしれない.

これまで紙によって,すなわち文字あるいは画像でしか伝えられなかったことが,こういった新たな媒体を通じて伝えることで,我々は情報の伝達手段を拡張して使えるようになっているのである.その伝達手段とは,具体的には音声及び動画である.人間にはその他にも嗅覚や味覚,触覚といった五感があり,更には重力や姿勢の感覚等々も存在するが,これらは限られた大規模設備中の施設を除けば,現在のところ電子媒体を用いても伝えることはできない感覚である.それでも文字と画像だけで伝えた時代からすれば,音声や動画を使えることは大きな進歩であって,たとえば楽譜では伝えられなかった演奏をいつでも聞くことができるようにはなったのである.それは単に情緒的な内容だけでなく,世界中のニュースや講義,講演,解説,主張等にも及んでいる.

それでは,これらの動画や音声を用いて伝える方法は従来の文字と画像(静止画)のみを用いる方法より絶対的に優れているのであろうか.決してそうではないというのが私の,そしておそらく一般の人の結論である.

その理由の一つは,書き物が持つ情報の伝達の速さ(遠方に届く速さのことではなく,受け手の読み込み速度)である.昔のあるSF映画の一シーンに,テレパシーによって意思疎通をはかる未来人が,高速で質問を投げかけてくるのでそれを受け止め切れずに苦しむというものがあった.言葉を音声で伝える現代人に比べて未来人はすごい(映画だから当然か)と感心したが,実は我々も言葉を発しそれを聞いて理解するより遙かに高速に意思を伝える手段を持っている.それが書物である.通常,話す速度は300字/分,読む速度は500字/分程度であるそうだ.つまり,単位時間に話して伝わる内容は,書いたものを読むのに比べて半分程度ということになる.これはスピーチの原稿が想像以上に短いことを経験された方ならおわかりと思う.

そして,速読という技術も存在する.本1ページを5秒程度で読むことが可能というが,音声を使っては到底達成できない速度である.ただし,読まれる文章を作成するには多くの時間を要する.最近はタイピング技術や漢字変換精度も上がって,話すより速く文章を作成できる人も居るが,きちんとした文章を作成するにはやはりかなりの時間がかかるのは仕方がない.しかし,先人たちの膨大な知識や思想を自分の中に“入力”するには,文字等で書かれた出版物を“読む”のが効率的である.人類は,これまで多くの知識を積み重ねて進歩してきており,これからは更に多くの情報を集積していかねばならない.このため,より少ない時間でより多くの情報の伝達が可能な,書物による方法は必須である.

また,正確な情報伝達が可能であることも書き物の利点である.これは,音声にしても動画にしても,時間とともに順序だてられて伝えられる,いわゆるシーケンシャルに伝えられる情報であることにもよるのだろう.確認や参照のためには,順を追って巻き戻しや早送りをしなくてはならない.これに対して書物の場合,一応は順序づけられているが,確認や参照のため任意の場所に飛ぶことが容易で,つまりランダムアクセスを許す媒体に相当する.これが高速の入力を可能にする理由で,先ほどの速読,あるいは“斜め読み”も,一つ一つの言葉を順に追っているのではないということにその特徴がある.

さて,将来の論文誌の形態について考えてみる.これまで数百年の間,論文とは紙媒体に作られたものであり,その形式には物理的制約があった.音声や動きを直接に表現することはできないし,紙面に多量の生データを載せることもしない.しかし,現在は電子媒体上への記録が可能であり,紙上への表記に限定するとの制約を離れれば,より多様な形式を使用することも可能である.その場合どのようなメリットが考えられるだろうか.

衝突や振動,拡散現象など,動画を見せることで現象を正確に伝達できるであろう.現に多くの研究発表の場では動画によるプレゼンも行われている.また,複雑な形状の構造物については,三次元の図を示したり,更には読者がその視点や角度を変化させて表示させられれば,これも正確な理解につながる.実験結果などをデータとして保存しておけば後に読者が再解析することも不可能ではない.ただし,データ再利用のためにはデータ形式の共通フォーマット策定が不可欠で,それはまた別の問題解決が要求されるところではある.なお,これら紙への印刷を超えるコンテンツ作成には,多大の手間を要することが予想されるので,多くの論文は相変わらず旧来の形態のものとなるとは思う.しかしいずれにせよ,単なる紙媒体で使われた形式の電子化にとどまらず,諸々の形態にチャレンジし,より有益で活用可能な論文形式が開発・推進されていくことを期待したいと思う.

 
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