Japanese Journal of Visual Science
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2019 Volume 40 Issue 1 Pages 12-15

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1. はじめに

近年,関連団体の取り組みにより,日本における交通事故は減少傾向にある。平成30年中の交通事故による死者数は,3,532人(前年比−162人,−4.4%)で,昭和23年以降の統計で最小となっている(図11)。しかし,交通事故の発生件数は,430,345件と未だ高い水準であり,1件でも事故を減らす取り組みは重要と思われる。

図1

交通事故死者数の推移(文献1より引用改変)

交通事故の原因は,人が94.6%,車0.2%,道路環境5.2%とされ,人の占める割合が高い2)。加えてこの人的原因は,ハンドル操作やブレーキ・アクセル操作等の操作不適,安全不確認,漫然運転等の内在的前方不注意,脇見等の外在的前方不注意,判断の誤りとされている。統計上は調書などからこのような分類がなされてしまうが,その背景には,危険対象への認知の遅れにより,判断や操作までの時間の短さが関与している可能性もあり,視覚の関与も大きいと思われる。実際,1秒認知が速ければ90%の交通事故は回避できるとされる3)

2. 視力や視野と交通安全

視力は,どの程度運転能力や交通事故に影響しているだろうか。視力と交通事故の因果関係が小さいとする既報もあるが4),眼鏡度数ずれと交通事故に関する既報5,6),屈折ずれと運転能力の低下7),白内障による交通事故リスクの増加8),眼内レンズ挿入による動体視力の向上9),運転免許取得に視力の基準や眼鏡装用の必要性の項目があることからも,視力や屈折は,交通事故に関与していると考えられる。0.5 Dのdefocusで運転能力が低下する報告もある7)。また,屈折度数ずれが大きくなることで縦方向の動体視力kinetic visual acuity(KVA)が悪化し,既報でも運転能力と歩行者認知能力の低下が指摘されている1012。したがって,少なくとも屈折は,しっかりと遠方矯正して危険対象物を素早く認知できるように対処することは,重要と思われる。

視野は,視力と同等かそれ以上に重要と考えられる。視野と交通事故との関係性については,緑内障による交通事故リスクの増加13)や視野異常によりドライビングシミュレータで事故数の増加が報告されており14),視野欠損や感度低下が危険対象の認知の遅れにつながる可能性がある。また,眼科において静的視野計や動的視野計を用いて患者の視野範囲を確認することは当然重要であるが,自動車運転においては,まっすぐ前を見て運転しながら周辺から入る危険対象を素早く認知するという側面において有効視野も重要である。有効視野は,その定義や計測法が様々であるが,中心視しながら同時に情報処理を行える領域とされ,水平で約30度,垂直で約20度とされる。たとえば,右折時に対向車を見ていたら,横から通ってきた自転車に気づかなかったなどが有効視野の関与にあたる。既報では視力よりもこの有効視野が交通事故との因果関係が高いと報告されている4)。有効視野は,都市部のような混雑な状況下や加齢,疲労により低下することが知られている15)

3. 運転時に視覚が低下する環境

環境照度の低下は,交通事故の発生に関与している可能性がある。対車両事故における死者数の時間帯別月変動データは,9月から3月くらいまで死者数の増加を示している(図216)。幼児から中学生においても,時間帯別の交通事故負傷者数が16時から18時にピークを示している17)。これは,交通量が多くなる帰宅時間帯に,暗くなるために起こると考えられる。薄暮の照度は,昼の直射日光と比べて1000分の1から10000分の1程度まで減少する。その結果,危険対象物の視認性が低下し,また錐体の機能低下が起こる。さらに網膜照度の低下に伴い,散瞳し,収差が増加することで網膜像の質も低下する(図3)。

図2

月別の人対車両事故における死者数(文献16より引用改変)

図3

昼間と薄暮における網膜像シミュレーション画像

4. 年齢と交通事故

子どもにおいては,歩行中の交通事故死傷者数は,7歳児がピークであり,平日の日中に集中している18)。特徴としては,信号のない交差点における飛び出しによる事故が多い。また,男児の死傷者数は,女児の約2倍であり,発達の特性が考えられる。視覚系の関与については,推測の域をでないが,子どもは,幅広く周囲を確認するというよりも眼の前の路面に注意が向きやすく,有効視野が狭くなっている可能性があり,危険予知のトレーニングも不十分なことも一因と思われる。

高齢者における交通事故防止も重要な課題である。近年,交通事故は減少傾向にあるが,高齢者の構成率は増加している(高齢者は他の世代に比べて減少率が小さい)19)。これには視機能の低下も影響しているかもしれない。高齢者は,収差の増加など眼球光学系伝達特性の低下と網膜・神経系伝達特性の低下によるコントラスト感度の低下が起こる。さらに白内障などで眼鏡度数が変化しやすく,暗順応における感度低下,順応時間の延長,羞明の増加なども起こる20)。視機能に個人差が大きいことも特徴であるが,視機能低下を自覚していないことも問題である。著者らの研究でも白内障眼に対し自動車運転に関するアンケート調査を行ったところ,白内障手術を視野に入れるまで視機能が低下しているにも関わらず,自動車運転を続けている症例は多く,特に男性は運転する割合が高かった(川守田ら,第57回日本白内障学会総会・第45回水晶体研究会,2018;川守田ら,第60回 日本産業・労働・交通眼科学会,2018)。男女ともにVFQ運転スコアと視機能との関係はなく,視機能が低下していても自動車の運転を難しいと自覚している割合は,少なかった。さらには,認知機能の低下と交通安全など高齢者と交通事故に関連する課題は多い。

5. 眼から交通安全対策を考える

5-1.  眼科的アプローチ

一般的な視覚を有する方への眼科的なアプローチとしては,屈折矯正や収差補正が重要と思われる。屈折ずれによる標識の視認性の低下は,視認時間の延長により,重要な注視対象物の見逃しや認知の遅れにつながる可能性がある。白内障に関しては,上述したように眼内レンズ矯正が動体視力(図4)や運転能力を向上させるという既報からも8,9),現状においてもかなり交通事故低減に寄与しているものと予想される。レンズの種類に関しては,眼内レンズの非球面形状により認知時間が短縮したという既報(Con Mosphegov, 2007)もあることから収差特性により運転に向くレンズも存在することになる。眼鏡においては,強い日光や濡れた路面から反射する光による煩わしいぎらつきを偏光フィルターで低減したり,分光透過率を制御することで羞明を低減したりすることができる。

図4

白内障手術前後の縦方向の動体視力9)

5-2.  先進技術によるアプローチ

最先端デバイスからできるアプローチも考えてみたい。最近自動車の先進技術の発展は,目覚ましく,ヘッドアップディスプレイ(head up display: HUD)などは,かなり普及が進んでいる。このHUDは,フロントガラスやコンバイナーといわれる半透明のガラスに虚像を遠方に投影することから,従来型のカーナビに比べて,視認時間が約半減し(図5),必要な調節力も数分の1で済む21)。したがって,ナビゲーションに必要な情報を素早く得ることができ,高齢者にも向くデバイスである。さらには最近では3D表示も可能になっており,HUDの場合,物理的に焦点位置が固定される3D TVと違い実像の表示器に遮蔽されることがないことから,3D TVで欠点の一つであった輻湊・調節矛盾が発生しにくい(Takeda K, Kawamorita T et al. Society of Automotive Engineers World Congress Experience, 2018)。

図5

ヘッドアップディスプレイと視認時間(画像提供:パイオニア株式会社)

最近,ルームミラーやスピードメーターが電子ディスプレイに置き換わった車種も増加している。国土交通省による道路運送車両の保安基準が改定されたことにより,従来車外設置されている光学サイドミラーが車内に設置される電子ミラーに置き換わり,夜間での視認性が向上するなどミラーレス化が進むこともトピックの一つである。物理的な距離がとれる光学ミラーと比べて電子ミラー化することで老視の影響も懸念されるが,車内はより先進性を増し,人をサポートし続けると思われる。

5-3.  人のつながりによるアプローチ

視認時間を短縮させるアプローチに危険予知がある。予測が働くことで注視しなくてはならない対象に素早く反応することができる。眼の状態を知り対処すること,事故の統計やパターンを知り,予測することが必要である。そのためにも「知るしくみ」,「注意を高めるしくみ」をつくることが重要である。反射材および見られやすい服装の着用,ヘッドライト早期ライト点灯など,誰にでもできる対策もたくさんある。インターネットの検索を行えば,世界中で交通安全の啓発活動が行われていることがわかる。危険予知を高めるアプリケーション開発や啓発動画製作,地域交流の中での交通安全啓発イベントなど,一歩一歩かつ継続的な活動が求められる。さらには視覚機能に関する交通事故がどの程度発生しているのか詳細に分析できるシステムや個人が危機管理できるしくみ,事故情報のビッグデータ分析により,交通安全対策はさらに前進するように思われる。現在,完全な自動運転化に向けた技術がフォーカスされているが,コンピュータやカメラ,あるいはそれに代わる技術が人の視覚を超えるのは必然で,将来的には交通事故はさらに減っていくことが予想される。しかし,事故件数がゼロになるまで人のつながりによるアプローチは,有効と思われる。多様なアプローチにより,交通事故が1件でも減ればと切に願う。

謝辞

本研究の一部は,北里大学学術奨励研究(2017-2018, T.K.)助成により補助を受けた。

文献
 
© 2019 The Japanese Society of Ophthalmological Optics
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