Japanese Journal of Visual Science
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Review Articles
The basics and recent studies of motion perception
Rumi Hisakata
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2020 Volume 41 Issue 4 Pages 66-69

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要旨

運動視は,空間知覚の中でも特に時間的な変調・変化を捉える機能であり,外界物の運動を正しく捉え生活する上で必要不可欠な視覚機能である。ここでは最新の運動知覚研究を理解する上で必要となる,運動視に関わるこれまでの基本的な議論を概観したい。第2節目では局所運動検出についての基本的な知見と代表的な計算モデルを紹介し,第3節では運動統合処理とそれに関わる知覚現象を紹介する。

Abstract

Motion perception is a function that captures temporal modulation/change in spatial structure and is an indispensable visual function for detecting the movement of objects. In this paper, I will give an overview of the basic discussions related to visual motion, which are necessary for understanding the latest research on it. The first section introduces the basic knowledge and a typical computational model for local motion detection, and the second section introduces the motion integration process and various perceptual phenomena related to it.

1. はじめに

本論文では,視覚の中でも特に運動視の基本的な検出メカニズムやそれに関わる現象を取り上げる。運動視は,空間知覚の中でも特に時間的な変調・変化を捉える機能であり,その機能的な限界は初期検出器の時空間特性に大きく依存する。運動知覚の視覚情報処理においては,大きく分けて2段階が存在する。1段階目の処理は局所的な運動成分および方向を検出するレベル,2段階目はそれらの局所運動を統合し運動ベクトル和を求め,さらに視野全体の運動ベクトル場を検出する段階である。検出された運動ベクトル場は,網膜上に乗ってしまった自己運動由来の運動成分の検出とその補正処理,運動の発生源である物体形状の特定,あるいは奥行き的な重なりを持つ透明層(水など)の検出など,色・形・質感など他の属性の時間変化を特定するべく用いられる1)。ここでは最新の運動知覚研究の理解をめざして,運動視に関わるこれまでの基本的な議論を概観したい。第2節目では1段階目の局所運動検出についての基本的な知見と代表的な計算モデルを紹介し,第3節では運動統合処理とそれに関わるさまざまな知覚現象を紹介する。

2. 局所的な運動検出とその神経計算モデル

2.1  初期の輝度運動検出

運動検出の一番重要な要素は輝度の時間的変化である。これらの検出を担うのは,視覚処理の初期に存在する1次運動検出器である2)。Adelson and Bergen3)は,初期の運動検出について運動エネルギーモデルを提案している。運動エネルギーモデルでは,まずある特定の方位に対する空間受容野とある時間変化を検出する時間受容野を持つ初期運動検出器が存在する。初期運動検出器では,90度位相ずれのある時空間受容野のペアの出力の二乗和をもって運動エネルギーとする(図1)。この位相ずれペアの運動検出器があることにより,入力信号の位相依存性を排除し,どのような刺激が入力されても特定の方向の運動エネルギーを検出できる。さまざまな知覚現象とも対応する位相ずれペアの考え方だが,近年では90度位相差の運動検出器が必ずしも知覚現象や神経応答を説明する最適なものではなく,ある時間周波数チャネルごとに位相ずれ量が異なるモデルが最適であるという研究もある4)

図1

90度位相差ペアの運動エネルギーモデル。各時空間受容野は90度位相差を持ち,それらの二乗和をとることで位相依存性のない運動エネルギーが得られる。

2.2  2次運動の検出

知覚される運動は必ずしも輝度変調によって定義されるばかりではない。輝度変調以外の時間変化,例えばコントラスト変調のみが時空間的な傾きを持つ場合にも,人間は滑らかな運動を知覚することができる(図2)。このような,輝度変調以外で定義される運動を2次運動と呼ぶ58)。2次運動にはコントラスト変調の他に,色相の変調のみで定義される等輝度運動や,運動方向で定義される“motion-defined motion”などさまざまなものがある。コントラスト変調で定義される2次運動については,輝度運動検出とは別の経路で処理されていると示唆されている911)

図2

コントラスト変調運動の時空間プロットの例。画像のコントラスト値だけが時空間プロット上で傾きを持つ。

2.3  高次の運動検出

1次運動や2次運動の検出では小さい範囲の運動を検出することができる。しかし,仮現運動と呼ばれるような知覚現象では,1 deg以上,あるいは左右上下視野をまたぐような大きな距離を物体がジャンプしたとしても,物体の消失と出現に適切な時間間隔があれば滑らかな運動印象が得られる。このような広範囲の運動知覚には,特徴点を注意でトラッキングするような,より高次の認知的な処理が必要とされるとも言われている12,13)。しかし大きくジャンプする物体を追跡する運動検出の場合でも,広い受容野を持つ輝度運動検出器があれば可能であるとの考え方もある2)。現時点では,注意によるトラッキングメカニズムも広範囲に受容野を持つような運動検出システムもどちらも並列に存在し,それらが効率的に切り替わる,または1次運動検出システムに注意のトラッキングシステムの影響があるのではないかと考えられている14)

3. 統合運動検出

3.1  局所運動の統合

初期の1次運動検出器は受容野が小さく局所的な1次元の方向しか検出できない。この局所性は窓問題と呼ばれ,局所的な1次元の運動情報からは2次元の運動パターンを特定できないという不良設定問題となる(図3-a)。これを解決するためには,局所的に検出された複数の運動情報を統合する必要がある。Adelson and Movshon15)は,2つの異なる方位の正弦波を重畳させてそれぞれを運動させると,その2つの正弦波の運動ベクトル和の方向(type I),もしくは各運動ベクトルの制約線の交点へ向かうベクトル方向(type II)に運動が知覚されることを示した(図3-b)。このプラッド運動の運動方向がベクトル和の方向になるのか,制約線の交点(Interaction of Constraints, IOC)になるのかは各運動ベクトルの角度差,速度差,コントラストの差,窓枠の形などさまざまなパラメータに影響を受ける16,17)。プラッド運動では,初期視覚系において刺激が時空間周波数解析され,それぞれの構成正弦波による運動は初期では別々の運動成分として検出されていると考えられている。その運動がなぜ単純なベクトル和として統合されず,IOCのような一見複雑な統合が行われるのかについては,各運動成分のIOC方向が物体の剛体運動方向を示すからであると考えられている15)

図3

a)窓問題。全体の縞の運動方向が上側方向でも,その一部を窓から覗いて観察すると,縞のあり得る運動方向は無数にあるが,窓内から観察できる方位と直交した1次元の運動成分のみしか検出できない。b)点線矢印は要素の運動,実線矢印は知覚される統合運動を示す。type Iプラッドは要素の運動ベクトル和とIOCが一致するもの,type IIプラッドはベクトル和の予測とIOCからの予測が異なり,図中ではIOCから予測される知覚運動方向が示されている。c)空間的な重畳がない疑似プラッド。

空間的な重畳のない正弦波がまとまって周辺視に呈示されても,プラッド運動と同じように統合された1つの方向へ運動が知覚されることが知られている。これを擬似プラッド運動と呼ぶ(図3-c)18)。Amano et al.19)では,サイズが1 degほどの小さな要素刺激を,視野の広範囲に768個も呈示した。これは要素数が極端に多い疑似プラッド刺激であると言える。要素はガボールパッチ刺激(1次元運動;窓問題により1次元方向にのみ推定されるためこう呼んだ)と,プラッド刺激(2次元運動;要素がプラッド刺激であると局所的に運動が統合され推定できる運動方向が2次元に広がるため)の2種類があった。この刺激に対する知覚から,人は入力された刺激に依存して1次元運動と2次元運動の統合を適応的に切り替えることができることが発見された。2次元運動が局所的に検出できない場合,視覚系は局所の1次元運動をIOCルールに則って統合した。しかし2次元運動が検出される場合,それらの運動ベクトルを平均する形で統合した。このように,人の視覚系は入力刺激に応じて運動統合のルールを変更する,効率的な戦略を持っていることがわかった。

3.2  速度ベクトル場(オプティカルフロー)の活用

このようにして統合された運動情報は視野上で速度ベクトル場として定義され,さまざまな属性の運動成分の検出に利用される。画像工学的にはオプティカルフローは,画像中の速度ベクトル場をさすが,狭義には自己運動によって生じた網膜上の運動成分のことをオプティカルフローと呼ぶ20)。ここでは,網膜上の運動情報からどうにかして外界物の運動情報のみを取り出すことが課題となる。自己運動から予測されるオプティカルフローパターンに対して選択性を持つ神経細胞がサルのMST野に存在することがわかっている21)。MST野は後頭・頭頂連合野の一部であり,MT野からの入力を受けており,視野全体にわたる受容野を持ち,また前庭皮質からの入力があることが知られている22)。自己運動による網膜運動情報の補正にこのような脳部位が関与していると考えられる。

自己運動のオプティカルフローパターンの検出以外にも,統合された運動ベクトル場はさまざまな外界物の推定に使用される。Kawabe et al.23)は,静止画像に対して運動ベクトル場を加算し動的に画像を変形させただけで,透明な水の層を知覚することを明らかにした。また,運動する点の集合から生体的な運動印象を持つバイオロジカルモーションという現象も知られており24),歩行する人の身体の関節部分にマーカーをつけ,運動点だけが見える状態で観察したとしても,歩行形態や性別までも見分けることができると言われている25)。バイオロジカルモーションに対する感度は,マーカー点が多いほど高くなると言われ,その統合処理は局所的な運動情報を線形に統合するのではなく,生体運動の特徴に特化するように局所運動を統合しているのではないかと言われている26)。また,運動情報から物体の3次元形状を推定することもできる。3次元の物体は奥行き構造を持つので,観察視点が変化すると形状と奥行きによって異なる運動パターンが生み出されるため,それを利用して形状の推定を行うことができる。Krug et al.27)はシリンダー状の物体が回転するようなオプティカルフローを見せたときに,どちらの方向にシリンダーが回転しているかを答えさせると,知覚されるシリンダーの回転方向が一定期間を置いて切り替わることを報告した。さらにこの知覚スイッチの頻度は両眼立体視の感度などに影響される。単純な並進方向のオプティカルフローのみではシリンダー物体の奥行き方向を定義できないため刺激としては曖昧になるが,視覚系がそれをどのように解釈し,局所的な運動成分がどこから発生しているのかを推定するには,奥行きに対する感度などが重要であることを示唆している。

ここまで,統合された運動情報がどのように利用されるのか,その一部を示した。運動情報は他にもさまざまな視覚属性の推定に影響を与える。古くから知られる運動視差と呼ばれる情報は,奥行きの違いからくる網膜上の運動量の差が奥行き手がかりになりえることを示しているし28),物体の質感の知覚には刺激を少し運動させることで質感の見えが変わることがわかっている29,30)。これは,間接的に運動情報を利用して距離や物体形状の推定を行い,ひいてはそこから推定された形状情報から求められる反射特性から材質を推定する手がかりになっていると言える。

4. まとめ

運動知覚にはここで取り上げたもの以外にもさまざまな現象が知られている。例えば,静止画が動いて見える錯視郡など31),その処理メカニズムに示唆を与える現象はいくつもある。運動情報は,外界物または自己運動の時間変化を検出するために不可欠な視覚処理であり,必然的に他の視覚属性や他感覚情報との統合も考慮されなければならない。今後は,運動情報がどのように他属性の推定に利用されるのか,またそれらがどのように統合され統一的・意識的見えにつながっていくのかについて研究が進んでいくと思われる。

利益相反

利益相反公表基準に該当なし

文献
 
© 2020 The Japanese Society of Ophthalmological Optics
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