2024 Volume 3 Issue 2 Pages 1
予防理学療法学とは「国民がいつまでも参加し続けられるために障害を引き起こす恐れのある疾病や老年症候群の発症予防・再発予防を含む身体活動について研究する学問」と日本予防理学療法学会によって定義された。ここで重要なことは用いる手段を理学療法に限定せず,予防に資する身体活動を広く対象としていることである。
こうした予防理学療法学の対象を考えると,理学療法が基盤としてきた治療学としての研究方法では限界があることは自明である。例えば,糖尿病の発症を予防するための地域のスポーツ活動啓発の効果を無作為化比較対照試験(RCT)で証明できるだろうか。社会的啓発を研究者が綿密に計画して実行したとしても,地域の様々なプレーヤーの意図していない働きがあって成功に結びつくことはよく経験される。すなわち計画通りに実行できる地域介入計画はありえないし,むしろ地域の一人ひとりの思いを積極的に計画に取り入れ変化させていくべきなのである。このような対象の特性を理解すると治療学で仮定する因果モデル y=ax+b(x: 介入,y: アウトカム ) には限界があると理解できるだろう。
とはいえ予防理学療法学は科学であるから,科学の基本となる再現性や普遍性が求められる。対象が特殊であるからと言って科学的検証から逃れることはできない。したがって例えば前述の式の xとyが入れ子になって変化していく新しい予防理学療法学モデルを作成するなど実験系から創造していくことが求められる。また,RCT が治療学で標準となったように,このモデルを標準化する学会の同意形成プロセスも重要である。完璧な実験系は存在しない故に,多様な意見を戦わせ共通項を見出す努力が求められるのである。
巻頭に当たって申し述べたいのは,日本予防理学療法学会会員のこうした未知へのチャレンジをお願いしたい。新しい科学は,新しい実験系を作り,多くの検証によって学問的な自己同一性を獲得していくのである。日本予防理学療法学会に所属する研究者の力によって予防理学療法学の自己同一性を構築しよう。
まずは思考実験として RCT を捨てることを提案する。もっと言えば従来の研究法のすべてを一旦捨ててはどうかと思う。すべての既成概念を取り去ったときに初めて予防理学療法学の本質が見えるであろう。これによって結論が再び RCT に戻っても構わない。研究のフレームワークを大事にしつつこの歩みを進められたらと思う。そしてこの日本予防理学療法学会雑誌が,こうした研究者のチャレンジの偉大な記録になることを願う。蛇足であるが,この記録は世界の研究者もきっと知りたいはずである。近年の AI の進化は言葉の壁を取り去った。一日も早く日本予防理学療法学会雑誌が英文誌となることを望んでいる。
失敗を恐れず,みんなで議論していこう。
令和 6 年2月 16 日
東京都健康長寿医療センター研究所
デジタル高齢社会研究テーマ研究部長
大渕 修一