抄録
1985年に発見されたX線に生体障害作用という負の側面があることが指摘されると、突然変異作用が想定されたが実験的証明は困難であった。しかし、Muller (1927)はショウジョウバエで、Stadler (1928)は植物で特殊な検出系を用いてこれを証明した。そして、McClintok (1931)はいち早くこれが染色体異常によることを看破した。放射線細胞遺伝学の誕生である。1930年代に始まった放射線による染色体異常の研究は、その後の放射線生物作用の基本機構の基盤となり、Lea (1946)の標的理論、KellererとRossi (1972)の2損傷反応理論、Goodhead (1982)のしきい値エネルギー理論など重要な生物物理学的理論の源流となっている。また、古典的なSax (1938)の切断・再結合仮説、Revell (1958)の組換え理論、Neary (1965)の飛跡構造理論等は、その後の分子生物学、分析技術、線源開発、計算科学の進展とともに放射線生物影響の基礎的・数量化基盤として今日なお活発な議論の対象となっている。1960年代に入るとヒト細胞を使った研究が可能となり、放射線被ばくや治療の実際と融合し、研究は飛躍的に発展してきた。しかし、一方では研究の多様化と共に仮説の矛盾や新規モデルの提唱など論争もめまぐるしい。論争を別の視点から掘り下げてみた場合に統一的解釈は得られないか。先ず、放射線による染色体異常の出発点にDNAの二重鎖切断があることは間違いなかろう。放射線に対する染色体異常の反応特性、染色体DNAの複製サイクルとそれに伴う二重鎖切断の修復様式を切り口としてこれまでの論点を見直してみると、一元的理解の可能性が見えてくる。