抄録
放射線は,その電離作用により一次的に,あるいは活性酸素種(ROS)の代謝系に作用することで二次的に,細胞内ROSの増加をもたらす。ROSはその酸化作用により標的分子の機能不全を引き起こすばかりでなく,細胞内および細胞間情報伝達系に影響することも知られている。我々の研究では細胞に対する放射線影響,特にDNA損傷に対するROSの関与に注目している。今回,DNA二本鎖切断(DSBs)への過酸化水素(H2O2)の関与を明らかにするために,ヒト大腸癌由来のHCT116細胞株からジーンターゲティング法により構築したXRCC4遺伝子欠損細胞株について,H2O2とX線に対する感受性を比較した。XRCC4はDSBsの主要な修復機構である非相同末端結合において,DNA結合反応を司る極めて重要な因子である。生存率および染色体異常の誘導に関して,XRCC4遺伝子欠損細胞はH2O2とX線の両方に対して親株よりも有意に高い感受性を示した。これはX線と同様H2O2によってもDSBsが誘導されることを示唆している。実際,H2O2に曝露された細胞において,DSBsのマーカーとされるγH2AXフォーカスが形成されることも確認された。ところが,X線によるγH2AXフォーカスの局在がATM[pS1981]フォーカスと極めてよく一致するのに対して,H2O2によるγH2AXフォーカスは必ずしもATM[pS1981]フォーカスと共局在しなかった。さらに,染色体異常が誘導される頻度の経時的変化についても,H2O2とX線ではその特性に顕著な相違が認められた。以上の事から,H2O2に曝露された細胞では,X線照射による場合とは異なる機構でDSBsが誘導される可能性が示された。