抄録
樹木(木本植物)は、二次木部(材)を形成し肥大生長する陸生の高等植物の総称である。樹木は固着した場所から移動できず、多年生・長寿命であるために、長年月にわたり生育環境からのストレスにさらされることから、様々な環境ストレス耐性機構を発達させている。電離放射線もそのような環境ストレスの一種と考えられ、樹木の成長阻害や形態異常、枯死、突然変異などを引き起こすことが、原爆放射線の影響調査や、国内外のガンマフィールドにおける照射実験、チェルノブイリ原子力発電所の事故後の調査により報告されている。また、ゲノムサイズの大きな針葉樹(裸子植物)の方が、広葉樹(被子植物)よりも放射線感受性が高いとされている。しかし、電離放射線に対する樹木の防御機構については、不明なままであった。シロイヌナズナやイネなどの草本植物では、ガンマ線に発現応答するDNA修復遺伝子などの存在が明らかにされていることから、樹木も同様な、あるいは特有の電離放射線に対する防御機構を備えていると考えられる。
我々は、モデル実験樹木であるポプラ(Populus nigra var. italica)を材料として、ガンマ線の影響およびガンマ線に対する防御機構の解明に取り組んでいる。ポプラにガンマ線を照射すると、線量に依存して、成長阻害、枯死、葉の形や色の異常、節間の短縮、根の細胞死、核DNAの損傷などが観察された。ガンマ線による障害に対する分子防御機構を解明するために、DNAマイクロアレイを用いて、ガンマ線照射前後のポプラの茎葉部の遺伝子発現変動を解析した。ガンマ線照射により発現量が増加した遺伝子群には、DNA修復に関わるDNAリガーゼIVやXRCC4、RAD17、また、活性酸素や過酸化物の消去に関わるペルオキシダーゼやチトクロムP450、グルタチオン代謝関連遺伝子などが含まれていた。これらの結果は、ガンマ線の直接作用および間接作用に対する防御機構をポプラが持っていることを示唆している。