抄録
放射線の生物影響は、被ばく線量に依存して現れる。これまでの様々な研究によって、一時的な放射線被ばくに対する影響については、非常に多くの知見が得られてきた。その一方、恒常的な放射線被ばくに対する生物影響については、未だ明らかにされていない部分が多い。我々は、恒常的な放射線被ばくが生体に与える影響を明らかにする事を目的として、単位時間あたりの放射線の照射線量率が異なる環境で、様々なヒト細胞を培養し、線量率に依存して現れる細胞応答現象とその分子機構について解析を行った。
137Csを線源とした異なる線量率(0.007-0.694 mGy/min)のγ線照射条件下で、正常ヒト二倍体線維芽細胞、hTERTで不死化したヒト二倍体線維芽細胞、異なる組織由来のがん細胞株を培養し、照射線量率に依存した細胞増殖や生存率に対する放射線影響とストレス応答因子の動態について解析した。その結果、0.0694 mGy/min以上のγ線照射下で培養されたヒト線維芽細胞は線量率依存的に細胞増殖が有意に阻害され、DNA損傷応答因子群の活性化及び局在変化などが検出された。また、γ線照射された細胞の生存率をコロニー形成法で解析した結果、0.347 mGy/min以下の線量率で144時間までの培養では生存率の低下はほとんど見られなかったが、0.694 mGy/min以上では48時間以降で顕著に生存率が低下する事が明らかとなった。また、γ線照射線量率に依存した細胞内因子の動態変化を網羅的に解析する事を目的として、次世代シーケンサを用いて、γ線照射下のヒト正常二倍体線維芽細胞の遺伝子発現量を解析し、線量率間で比較検討した。その結果、実験条件中で最も低い線量率である0.007 mGy/minにおいても、24時間で多数の遺伝子発現に変化が検出される事が明らかとなった。特に、p53経路の活性化が照射24時間で線量率依存的に顕著に確認された。