抄録
【目的】現代のがん治療や診断には放射線が幅広く用いられている。さらに、ヒトは生活環境中に存在する様々な発がん因子に常に曝露されている。よって、放射線被ばくによる発がんは、放射線と生活環境中の発がん因子との同時複合曝露の結果としてとらえる必要がある。しかし、同時複合曝露による発がんリスクやメカニズムに関する研究はほとんどなされていない。本研究ではX線とエチルニトロソウレア(ENU)を同時複合曝露しマウス胸腺リンパ腫(thymic lymphoma:TL)を誘発させ、TLの原因遺伝子であるIkaros、Notch1、p53とKrasの変異解析を行い、同時複合曝露の発がんメカニズムを明らかにすることを目的とした。
【材料・方法】4週齢のB6C3F1雌マウスにX線(0.8,1.0Gy)を1週間間隔で4回全身照射し、同時期にENU(100,200ppm)を飲料水として4週間投与してTLを誘発した。さらにTLの発生率とがん関連遺伝子の変異頻度と変異スペクトラムを調べた。
【結果】同時複合曝露では、各単独曝露と比べてTL発生率の相乗的増加と潜伏期間の有意な短縮が見られた。遺伝子変異解析の結果、同時複合曝露ではIkarosの変異頻度が各単独曝露に比べて有意に増加した(複合 50.9%, X線 25.8%, ENU 0%)。Ikarosの変異にはスプライシング異常、欠失・挿入変異と点突然変異が見られ、同時複合曝露では特に点突然変異頻度が各単独曝露に比べて有意に増加した(複合 47.2%, X線12.9%, ENU 0%, P<0.01)。同時複合曝露で見られたIkarosの点突然変異には、ヘテロ接合性の消失(loss of heterozygosity: LOH) を伴うX線タイプ(10/25: 40%)、LOHを伴わないENUタイプ(12/25: 48%)の2つのタイプがあり、さらに片側アリルに挿入やスプライシング異常を伴うタイプも見られた(3/25: 12%)。Notch1の変異頻度は全ての曝露条件で高く(~84.6%)、TLの発生に必須であることが示唆された。一方p53とKrasの変異頻度は低かった(~23%)。
【結論】同時複合曝露ではX線とENU両者の変異メカニズムが作用し、Ikarosの不活化を促進していた。よって、Ikarosは同時複合曝露における標的遺伝子であり、Ikarosの変異頻度の増加が複合曝露におけるTL発生率の相乗的増加に寄与していることが示唆された。