抄録
【背景と目的】
組織幹細胞は、幹細胞自身と分化移行細胞に非対称分裂することで、組織の階層性を保持している。その幹細胞集団中では選択的染色体分配を行う細胞があることが示されている。一方で、選択的染色体分配機能を失った細胞が発がんに関わる可能性もある。そこで本研究は、神経幹細胞を用いて、選択的染色体分配に対する放射線影響に着目し、放射線照射後、選択的染色体分配がみられる細胞について解析した。
【材料と方法】
14.5日齢のICRマウス胎児から線維芽細胞と神経幹細胞を含むニューロスフェア(Neurosphere;NS)細胞を分離した。これらの細胞に1 Gy、2 Gy、及び3 GyのX線を照射後、5-エチニル-2’デオシキウリジン(EdU)を培地に添加して48時間培養し、DNAをラベルした。その後、細胞質分裂を阻害して2核細胞を形成させ、それぞれの核のEdUラベルを蛍光量で比較して染色体の分配比率を解析することにより、選択的染色体分配がみられる細胞を検出した。
【結果と考察】
2つ核の蛍光強度が明らかに片寄っている場合、選択的染色体分配であると判断した。非照射NS細胞では、1.2%の細胞が選択的に染色体を分配していた。これに対し、線維芽細胞では選択的染色体分配がみられる細胞は観察されなかった。このことは、神経幹細胞において選択的染色体分配が行われていることを示唆している。一方、X線を1 Gy、2 Gy、及び3 Gy照射したNS細胞における選択染色体分配がみられる細胞の割合は、非照射細胞における値に比べて、それぞれ60%、45%、及び15%の値を示し、線量依存的に減少した。この結果は、放射線被ばくにより選択的染色体分配を行う幹細胞の割合が減少する可能性を示唆しており、組織の恒常性維持機構に対する放射線の影響を考える上で興味深い現象である。