Breeding Research
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Research Paper
Development of PCR markers to breed near-isogenic line of low-glutelin gene, Lgc1, in rice and effects of Lgc1 on basic agronomic characteristics
Takaaki MatsuiKazuhiko IshizakiNoriaki HashimotoSumiko NakamuraKenichi Ohtsubo
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2013 Volume 15 Issue 3 Pages 83-89

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摘 要

イネにおいて突然変異遺伝子であるLgc1遺伝子は,胚乳タンパク質の組成を変化させ,易消化性タンパク質であるグルテリンの低減を引き起こす.Lgc1によって低グルテリン化された米は,タンパク質の摂取制限が必要な腎臓病患者などの病態食として利用されている.一方でLgc1が胚乳タンパク質の組成以外に与える影響を検討した例は少なく,その生産物である米の食味や加工特性との直接的な関係が報告された例もわずかである.特定の遺伝子の多面的な働きを調査する場合,遺伝的背景を同一にした同質遺伝子系統間で比較することが有効である.本報告では,同質遺伝子系統の選抜において有効なPCRを用いたDNAマーカーを開発し,その有効性を確認した.さらに,これを用いて低グルテリン品種である「春陽」を1回親とし,通常のタンパク質組成を持つ「こしいぶき」を反復親とした戻し交配法によってLgc1に関する2組の準同質遺伝子系統対を作製した.また,この準同質遺伝子系統対を用いて基本的な農業形質を調査した結果,玄米千粒重では低グルテリン型が野生型を有意に上回った.また,玄米の外観品質においては低グルテリン型が野生型より優れた.しかし,到穂日数,登熟日数,稈長,穂数,精玄米重,玄米粒形,玄米タンパク質含有率において異なるタンパク質組成の準同質遺伝系統間で有意な差は認められなかった.これらのことから,今回作製した2組の準同質遺伝子系統対はLgc1の多面発現の検討において有効な素材となると判断された.

緒言

イネの一般品種の白米中にはタンパク質が約6.1%含まれている(文部科学省 2010).このタンパク質は溶解性により,アルブミン,グロブリン,グルテリン,プロラミンの4種に分類される.米のタンパク質はその大部分がプロテインボディーに局在するが(Tanaka et al. 1980, Ogawa et al. 1987),プロラミンは人体内では消化されず,体外に排出される(Tanaka et al. 1975).イネにおいて,Lgc1遺伝子を有する低グルテリン品種は,普通の米に比べて胚乳中のグルテリンが1/2から1/3に減少し,プロラミンおよびグロブリンが2倍前後に増加している(西村 2000).この結果,胚乳中の総タンパク質量は変化しないが,体内で消化吸収されるタンパク質は減少する.これらの品種は腎不全患者の病態食として,臨床的に有効であることが報告されている(西村 2000望月・原 2000上原ら 2002).低グルテリン品種の開発は継続的に行われているものの,炊飯米の食味に関しては,「コシヒカリ」等の良食味米に比べて未だに劣っている(飯田ら 2004).

一方,高橋ら(2009)は,低グルテリン品種が米粉パンの製造において有利な,高い比容積を示すことを報告している.近年,米の需要拡大を図る上で製パン特性の高い品種が求められており,低グルテリン品種の有効な利用法として注目される.

低グルテリン米の形質は単一の優性遺伝子であるLgc1によって支配される.Kusaba et al.(2003)Lgc1の構造と発現の様式を明らかにしている.野生型のイネでは,グルテリンをコードしている相同性の高い遺伝子GluB4GluB5が向かい合う形で並んでいるが,低グルテリン型のイネでは,2つの遺伝子の間に3.5 kbの欠失が生じている.この欠失よりGluB5の転写終結点が失われた結果,ヘアピン型のRNAが生産され,他のグルテリン遺伝子の発現に対してRNA干渉を引き起こすとされている.一方,Lgc1と米の食味や加工特性との直接的な関係が報告された例はない.特定の遺伝子の働きを調査する場合,遺伝的背景を同一にした同質遺伝子系統間で比較することが有効である.本報告では,同質遺伝子系統の作製において有効なPCRを用いたDNAマーカーを開発し,その有効性を検討すると共に,これを用いた準同質遺伝子系統対を作製した.さらに,この準同質遺伝子系統対を用いて,Lgc1の導入が基本的な農業形質に与える影響を検討した.

材料および方法

1. 選抜マーカーの作製および検証

低グルテリン系統の選抜にあたっては,Lgc1に関する既知の配列(AB093593)および野生型日本晴の遺伝子配列(AP005428)を参照してPCRプライマーを作製し,これを選抜マーカーLGCdおよびLGCwとした(表1).LGCdにおいて,設計したLGCd-FおよびLGCd-Rは,Lgc1において欠失した配列を挟むようにアニーリングし,1,047 bpの増幅産物を生産すると予測される.また,LGCwにおけるLGCw-F2は,Lgc1において欠失した配列の中に位置し,LGCw-R2とともに1,121 bpの増幅産物を生産すると予測される(図1).選抜マーカーとして作製したプライマーのうち,LGCd-FとLGCw-R2は同じ配列である.

表1. イネにおける低グルテリン型(Lgc1)および野生型選抜プライマーの配列
プライマー 配列(5'-3') 期待される
増幅産物の
塩基数(bp)
LGCd- F GGAAAATATGGCGTGCGGCC 1,047
R CGGGTAACAACAACAGGGAGC
LGCw- F2 TGGTGCTGTACCGGTTTGAGG 1,121
R2 GGAAAATATGGCGTGCGGCC
図1.

イネLgc1遺伝子の構造と選抜PCRプライマーによる増幅位置.

選抜マーカーの検証には,野生型(非低グルテリン型)の「こしいぶき」に低グルテリン系統である「春陽」を交配したF4種子を用いた.玄米を短軸方向に二分し,胚のある方よりDNAを抽出しPCRに用い,もう一方よりタンパク質を抽出しSDS-PAGEを用いて表現型を調査した.

2. 鋳型DNAの抽出およびRCR

玄米半粒を2.0 mlマイクロチューブに入れ,抽出バッファー(100 mM Tris-HCl, 10 mM EDTA, 1 M KCl, 2% CTAB, pH 8.0)を1 mlとシリコーン系消泡剤(消泡剤SI,和光純薬)を10 μl加え,ジルコニアボールと共にサンプル粉砕機(Tissue Lyser, QIAGEN)で粉砕した.19,000‍×gで5分間遠心分離を行った後,上清を取り出し,等量のクロロホルム/イソアミルアルコール24:1を加え,1時間転倒混和を行った.19,000×gで5分間遠心分離後上清を取り出し,等量のイソプロパノールを加えた.再度19,000×gで5分間遠心分離後,沈殿を回収した.回収した沈殿は0.1×TE溶液(1 mM Tris-HCl, 0.1 mM EDTA, pH 8.0)200 μlに溶解させ,これを鋳型DNA溶液とした.

PCRは2 μl鋳型DNA溶液,2 μl 10×ExTaq bufferあるいは10×Taq buffer(タカラバイオ),2 μl 25 mM dNTPs,3種の選抜プライマーそれぞれ10 pM,1U ExTaqあるいはTaq(タカラバイオ)を含む20 μlで行った.PCR条件は変性を95℃で30秒間,アニーリングを60℃で1分間,伸長を72℃で30秒とし,35回繰り返した.PCR産物は1.5%アガロースゲルで100 V,30分間泳動し,バンドパターンを確認した.

3. タンパク質の抽出および電気泳動

ペンチで潰した玄米半粒に抽出バッファー(4 M尿素,4% SDS,20%グリセロール,5% 2-メルカプトエタノールを含む0.5 M Tris-HCl, pH 6.8)を700 ml加え,混合した後,一晩室温で放置し,玄米中のタンパク質を抽出した.19,000×gで20分遠心分離し,上清を100℃で5分間処理し,SDS-PAGEの泳動サンプルとした.電気泳動は0.1%のSDSを含む15%のポリアクリルアミドゲル(0.375 M Tris pH 8.8)で行った(西尾 1995).染色はEzStain Aqua(ATTO)を用いて行った.

4. Lgc1準同質遺伝子系統対の作製

1) 育成経過

Lgc1準同質遺伝子系統対の育成にあたっては,2000年7月に「こしいぶき」を母本とし,「北陸183号(後の「春陽」)」を父本として交配を行った.2001にF1を養成し,2002年と2003年は1年に1世代ずつ無選抜で世代を進めた.2004年はLGCdマーカーのみを用いて「春陽」型の個体を選抜し,これを母本として「こしいぶき」を交配した.2005年~2006年にかけて,ほ場および温室内でLGCdマーカーとLGCwマーカーによってヘテロ型の個体を選抜し,これを母本として「こしいぶき」を3回戻し交配した.温室内で自殖させ,2007年春に得られた種子を同年ほ場に展開し,自殖させるとともに,DNAマーカーを使用した後代検定によりヘテロ型の個体を選抜した.2008年にDNAマーカーを使用した後代検定により,同一のB4F2個体より派生したこしいぶき型と春陽型のB4F3個体をそれぞれ選抜した.2009年B4F4を系統栽培し,達観で系統内の形質分離が見られないことを確認し,低グルテリン型と野生型それぞれ1系統からなる2組の準同質遺伝子系統対「NIL1-W/L」,「NIL2-W/L」を育成した(図2).NIL1-WおよびNIL2-Wは,今回作成した選抜マーカーを用いたPCRでは「こしいぶき」型を示し,胚乳のタンパク質組成は野生型を示す.一方,NIL1-LおよびNIL2-LはPCRにおいて「春陽」型を示し,タンパク質組成は低グルテリン型を示す(表2).

図2.

イネLgc1遺伝子に関する準同質遺伝子系統対の系譜.

[ ]:Lgc1遺伝子選抜マーカーのバンドタイプ.

表2. 育成したイネLgc1遺伝子準同質遺伝子系統対
品種・系統名 PCRマーカーバンドパターン1) 胚乳タンパク
表現型
LGCd LGCw
こしいぶき + 野生型
春陽 + 低グルテリン型
NIL1-W + 野生型
NIL1-L + 低グルテリン型
NIL2-W + 野生型
NIL2-L + 低グルテリン型

1) +バンド有,―バンド無

2) DNAマーカーによる選抜

鋳型DNAの抽出は,2004~2006年に行った個体選抜においては,幼植物より得た葉身1 cmを用い,2007年および2008年では,後代の種子5粒を発芽させて得た葉5 mm程度を混合して用いた.

乾燥させたサンプルに抽出バッファー(200 mM Tris-HCl, 10 mM EDTA, 250 mM NaCl, 0.5% SDS, pH 8.0)を400 μl加え,ペッスルで磨砕した後,19,000×gで5分間遠心した.上清300 μlを別のチューブに移し,等量のイソプロパノールを加えた後,19,000×gで5分間遠心した.上清を除去して得た沈殿を0.1×TE溶液(1 mM Tris-HCl, 0.1 mM EDTA, pH 8.0)100 μlに溶解させ,これを鋳型DNA溶液とした.PCRは前述と同一の条件で行った.

5. 農業形質の調査

2組の準同質遺伝子系統対および対照品種の「こしいぶき」と「春陽」は,新潟県農業総合研究所作物研究センター内の水田で栽培した.2010年は4月19日に播種,5月19日に移植し,2011年は4月14日に播種,5月18日に移植した.試験区は2反復とした.各品種・系統の試験区は1反復あたり6.6 m2とした.栽植密度は19.4本/m2の一株4本植えとした.施肥は基肥としてN,P2O5,K2Oをそれぞれ0.3 kg/a施し,穂肥として2010年は7月8日と7月15日に,2011年は7月7日と7月14日に,それぞれNを0.1 kg/aを施用した.出穂20日以降に各試験区につき5株の穂数と最長稈の稈長および穂長を測定した.成熟後各試験区につき40株を刈り取り精玄米重,玄米千粒重を測定した.また玄米タンパク質含有率は近赤外分光光度計(6250HON,ニレコ)で測定し,玄米の外観品質および粒長,粒幅,粒厚は穀粒判定器(RGQI10B,サタケ)で各試験区につき1000粒を3回測定し,平均値を求めた.

結果

1. 選抜マーカーの開発

「こしいぶき」と「春陽」のExTaqを用いて行ったPCRの増幅産物の泳動像を図3に示す.LGCdマーカーによるPCRでは,「春陽」において1 kb付近にバンドが認められた.一方,LGCwマーカーでは「こしいぶき」にのみ1 kbよりわずかに高分子側にバンドが認められた.また,LGCd-FおよびLGCd-RにLGCw-F2を加えて行ったマルチプレックスPCRでは,「こしいぶき」と「春陽」の双方にバンドが現れたが,「春陽」のほうがわずかに低分子側に認められ,両品種の区別は可能であった.また,3種のプライマーを用いたマルチプレックスPCRでは,「こしいぶき」において,2.5 kb付近のバンドが稀に認められた.

図3.

イネLgc1遺伝子に関する選抜プライマーによるPCR増幅産物の泳動像.

Ⅰ:LGCd-F, R.Ⅱ:LGCw-F2, R2.Ⅲ:LGCd-F, R, LGCw-F2.

M:200 bp ladder(タカラバイオ).KI:こしいぶき(野生型).SY:春陽(低グルテリン型).

「こしいぶき」と「春陽」を交配したF4世代について,前述した3種のプライマーを用いて,DNAポリメラーゼにTaqを使用したマルチプレックスPCRの増幅産物の泳動像とSDS-PAGEの泳動像を図4に示す.PCR産物の泳動像では,すべての個体において1.5 kb付近にバンドが認められたが,1.0 kb付近において,「こしいぶき」型のバンドを示すものと「春陽」型のバンドを示すもの,および双方のバンドを示すものの3パターンが認められた.種子タンパク質組成の表現型を示すSDS-PAGEの泳動像では,個体間で出現バンドの濃淡が見られたが,PCRによって「春陽」型のバンドを示すものは「こしいぶき」型を示すものに比べて37 kDaおよび22 kDaのグルテリンのバンドに対して13 kDaのプロラミンのバンドが濃く観察された.また,「こしいぶき」型,「春陽」型の双方のバンドを示すヘテロ型個体では「春陽」型と同じく37 kDaおよび22 kDaのグルテリンのバンドに対して,13 kDaのプロラミンのバンドが濃く観察された.

図4.

イネ品種間交雑,こしいぶき/春陽由来雑種分離世代(F4)におけるLgc1遺伝子選抜マーカーによるPCR増幅産物の泳動像と種子タンパク質のSDSポリアクリルアミド電気泳動像との比較.

KI:こしいぶき,SY:春陽.1) WW:こしいぶき型,LL:春陽型,WL:ヘテロ型.2) W:野生型,L:低グルテリン型.

2. 準同質遺伝子系統対の基本農業形質

基本的な農業形質と分散分析の結果を表3に示す.到穂日数は「NIL1-W/L」より「NIL2-W/L」が2日長く,系統対間で有意な差が認められた.また,年次間でも2010年より2011年の方が4日長く,有意な差が認められた.しかし,異なるタンパク質組成間に差はなかった.登熟日数では年次間でのみ有意な差が認められ,2011年の方が2日長かった.

稈長は系統対間で有意な差が認められ,「NIL1-W/L」に比べて「NIL2-W/L」が3 cm長かった.試験年次においては2010年のほうが3 cm有意に長かった.しかし,異なるタンパク質組成間では有意な差は認められなかった.穂長については系統対間,タンパク質組成間に有意な差は認められなかったが,年次間では2011年が1.2 cm短く,5%水準で有意な差となった.穂数は系統対間,タンパク質組成間,年次間での有意性は認められなかったが,系統対と年次の交互作用が5%水準で有意となった.

表3. イネLgc1準同質遺伝子系統対の基本農業形質
到穂
日数
登熟
日数
稈長
(cm)
穂長
(cm)
穂数
(本/m2
精玄
米重
(kg/10 a)
玄米
千粒重
(g)
玄米粒形 玄米
タンパク
(%)
整粒
歩合
(%)
粒長
(mm)
粒幅
(mm)
粒厚
(mm)
対照品種
 こしいぶき 103 38 82 19.4 388 558 21.4 5.07 2.73 2.00 6.82 61.2
 春陽 110 40 72 19.9 367 614 27.9 5.71 2.87 2.09 6.45  8.3
A 系統対1)
 NIL1-L/W 102 38 76 18.9 382 496 21.7 5.10 2.76 2.00 6.82 51.7
 NIL2-L/W 104 38 79 19.1 375 551 20.9 4.97 2.73 1.97 7.12 64.3
B タンパク質組成
 野生型 103 38 77 18.8 376 512 21.1 5.02 2.73 1.98 6.91 54.6
 低グルテリン型 103 38 78 19.2 381 535 21.5 5.05 2.76 1.98 7.04 61.4
C 年次
 2010 101 37 79 19.6 376 526 21.7 5.05 2.82 2.01 7.28 50.0
 2011 105 39 76 18.4 381 521 20.9 5.02 2.67 1.96 6.66 66.0
分散分析:有意性2)
 A *** n.s. *** n.s. n.s. *** *** *** * *** * ***
 B n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. ** n.s. n.s. n.s. n.s. **
 C *** *** ** * n.s. n.s. *** * *** *** *** ***
 A×C *

1)2および表2を参照.2) *,**,***はそれぞれ5,1,0.1%水準で有意,穂数以外の形質の交互作用は誤差にプーリング

精玄米重は系統対間でのみ有意な差が認められ,「NIL2-W/L」が55 kg/10 a多かった.玄米千粒重は系統対間で0.1%水準,タンパク質組成間で1%水準,年次間で0.1%水準の有意な差が認められた.それぞれの差は系統対間で0.8 g「NIL2-W/L」が軽く,タンパク質組成間では低グルテリン型が0.4 g重く,年次間では2011年が0.8 g軽かった.玄米の粒形において,粒長は系統対間で0.1%,年次間で5%水準の有意差が認められた.それぞれの差は,系統対間で0.13 mm「NIL2-W/L」が短く,年次間では2011年が0.03 mm短かった.粒幅は系統対間で5%,年次間で0.1%水準の有意差が認められた.それぞれの差は系統対間で0.03 mm 「NIL2-W/L」が短く,年次間では2011年が0.15 mm短かった.粒厚は系統対間と年次間で0.1%水準の有意差が認められた.それぞれの差は,系統対間では「NIL2-W/L」で0.03 mm短く,年次間では2011年が0.05 mm短かった.異なるタンパク質組成間では粒長,粒幅,粒厚とも有意な差は認められなかった.2組の準同質遺伝子系統対の玄米を図5に示した.生育期間を通じて系統対内での外観上の差異は認められなかった.

図5.

イネLgc1準同質遺伝子系統対1)の玄米.

1)2および表2を参照.

玄米タンパク含有率においては,系統対間で5%,年次間で0.1%水準の有意な差が認められた.それぞれの差は,系統対間では「NIL2-W/L」が0.30ポイント高く,年次間では2011年が0.62ポイント低かった.玄米の外観品質を示す整粒歩合においては系統対間で0.1%,タンパク質組成間で1%,年次間で0.1%水準の有意な差が認められた.

考察

1. 選抜マーカーの開発

同質遺伝子系統対の育成過程においては,目的とする遺伝子を逃さずに選抜することが要求される.また,ヘテロ型反復自殖法を用いる場合,目的とする遺伝子座についてヘテロである個体を選抜する必要がある.一方,Lgc1は種子貯蔵タンパク質中のグルテリンを低減し,プロラミンを増加させる優性遺伝子である(Iida et al. 1993).このため,選抜当代の表現型によってヘテロ個体を選抜することが不可能である.このような場合,DNAマーカーによる選抜は目的遺伝子の選抜に有効な手段となる.さらに,目的遺伝子座について共優性のDNAマーカーを使用することで,後代検定を省略し,育成期間の短縮や規模の縮小が可能となる.今回得られたPCR産物の泳動像では,1 kb付近にバンドが確認されるとともに,LGCdを用いたものよりもLGCwが高分子側に確認された.この結果は既知の配列より予想された増幅産物の分子量に適合する.一方,LGCd-Rの結合配列は,GluB5と相同的な配列を持つGluB4上にも存在する.野生型の塩基配列におけるLGCw-F2とLGCd-Rの間は約2.4 kbと推定される.このことより,マルチプレックスPCRを行った際に「こしいぶき」において観察される2.5 kb付近の増幅産物は,LGCw-F2とLGCd-Rに由来すると考えられた.

PCR産物の泳動像と表現型の比較(図4)の際,すべての個体において,図3とは異なる非特異的な高分子のバンドが1.5 kb付近に観察された.このバンドはDNAポリメラーゼにTaqを用いた時に観察されたため,PCRに使用する酵素によっては選抜の際,増幅産物分子量を確認することが求められ,PCR条件の更なる検討が課題として残された.一方,SDS-PAGEの泳動像の濃淡に個体間で差が見られた.これは抽出に用いた玄米の大きさが均等でなかったためと考えられる.このため,一見するとグルテリンの減少が明瞭でないものもあったが,13 kDaプロラミンおよび26 kDaグロブリンのバンドに対してグルテリンのバンドが薄くなっていることから,PCR産物の泳動像と表現型が一致すると判断できた.これらのことから,今回作製した選抜マーカーが有効なものであると考えられた.

実際の品種改良において,低グルテリンと同時に複数の形質が選抜目標となることから,大量のサンプルを調査する必要がある.このため,より簡便で安価な方法が求められ,複数のマーカーについて一回のPCRで結果が得られるマルチプレックスPCRは有用である.Morita et al.(2009)は4つのPCRプライマーからなるプライマーセットを用いてLgc1についての共優性マーカーを開発した.本報告で用いたプライマーLGCd-FとLGCw-R2は同一の配列であるため,3種類のプライマーを用いたマルチプレックスPCRによるヘテロ個体の判別が可能となる.1.5 kb付近に非特異的なバンドが出現することがあっても,野生型と低グルテリン型の識別は可能であり,実用上の問題とはならないと考えられた.

2. 準同質遺伝子系統対の基本農業形質

本報告で作製したLgc1に関する2つの準同質遺伝子系統対の基本的な農業形質は,反復親に用いた「こしいぶき」に近い.Iida et al.(1993)は,低グルテリン品種の「LGC-1」と遺伝的に極めて近い野生型のタンパク質組成を持つ「ニホンマサリ」の稈長に有意な差が認められたことを報告している.今回用いた準同質遺伝子系統対においては,異なるタンパク質組成間で稈長に有意な差は認められず,Lgc1は稈長に影響をあたえることはないと考えられる.

今回調査した形質において,異なるタンパク質組成間の玄米千粒重において有意な差が認められた.玄米の粒形について見ると,有意とは断定できないものの(P=0.053),粒長が比較的長くなっていたことから,タンパク質組成間における玄米千粒重の違いは粒長による影響が強いと推察される.しかし,実際の差は,玄米千粒重で0.4 g程度,粒長で0.03 mmと小さく,実質的に準同質遺伝子系統対として扱うことに問題がないと考えられる.

玄米の外観品質を示す整粒歩合では,タンパク質組成間で有意な差が認められた.Lgc1のドナーである「春陽」の整粒歩合は,「こしいぶき」の整粒歩合と比べて明らかに低かった.玄米千粒重の大きなものは,玄米の外観品質が劣る傾向があることが以前から指摘されている(武田・中嶋 1976).しかし,今回調査した準同質遺伝子系統においては,低グルテリン型の千粒重がわずかに重い傾向が見られた.これらのことから,Lgc1の極近傍に存在する遺伝子,あるいはLgc1そのものに玄米の外観品質を向上させる働きがあることが予測され,品種改良における遺伝資源としての活用が期待されると共に,その発現機序の解明は良質米生産の上で重要な意義を持つと思われる.

本報告で作製・調査したLgc1に関する2つの系統対は,低グルテリン型と野生型の間に玄米の千粒重や外観品質にわずかな違いが認められるものの,他の形質においては違いが認められず,遺伝的な背景は系統対内では概ね揃った準同質遺伝子系統対であると推察される.また,系統対間では各種形質において有意な違いが認められ,系統対間で異なる遺伝的背景を持つと推定される.2つの系統対を同時に評価することで,Lgc1の働きをより多面的に調査することが可能となると思われる.今後これらの系統対を用いて,食味関連形質や加工特性等を調査することで,低グルテリン米の有効な利用法を改めて検討していきたい.

引用文献
 
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