2015 Volume 17 Issue 2 Pages 45-54
ハス(Genus Nelumbo)はアジア系のハス(N. nucifera)とアメリカ原産のキバナハス(N. lutea)に大別される.観賞用ハス品種は花蓮と呼ばれ,国内に約1000品種知られているが,それらの類縁関係はほとんど解明されていない.特に,京都府南部の巨椋池およびその干拓地から採取された巨椋池系品種は,来歴や品種間の類縁関係の多くが不明である.本研究では,巨椋池系品種94系統を含む国内の代表的花蓮品種173系統の類縁関係を,ハスSimple Sequence Repeat(SSR)マーカー25遺伝子座の遺伝的変異に基づいて解析した.前報で解析した47系統のデータを加えた合計220系統についてSSRの遺伝子型を基に近隣接合樹を作成した結果,供試系統は5つのグループ(I:キバナハス品種グループ,II:キバナハスとの種間雑種グループ,III:斑蓮を含むグループ,IV:古代蓮を多く含むグループ,V:その他のグループ)に分類された.巨椋池系品種はグループIII~Vに分布し,この品種群が遺伝的に多様な系統を含むことが示された.一方,巨椋池系品種どうしが一つのクラスターを形成する場合もあり,これらの品種は巨椋池にかつて自生していた遺伝的に近縁な集団に由来すると推察される.本研究のデータは,花蓮品種の類縁関係を整理する際の指標として,特に巨椋池系品種の花蓮品種全体における関係を示す有用な情報となり得る.
ハスはハス科ハス属(Genus Nelumbo)に属する植物で,アジア系(東洋産)のハス(Sacred or Indian Lotus, N. nucifera)とキバナハス(American Lotus, N. lutea)の2種に大別される.前者はアジア温帯~亜熱帯地域を含むカスピ海以東のユーラシア大陸,およびオーストラリア温帯地域に分布し,後者は北アメリカ大陸に自生する(尾崎 2013).両者は花弁の色(N. nuciferaが赤色や白色に対してN. luteaは黄色)や植物体の形態(N. luteaはN. nuciferaに比べて植物体が小さく,葉はほぼ円形,花弁先端部が丸みを帯びる等)に差異が認められるが容易に交雑する(Wang and Zhang 2005).ハスは一般に虫媒による他殖を行うため遺伝子のヘテロ性が高く,自家交配・他家交配に関わりなく得られる種子の遺伝子型は種子親とは異なる.一方,ハスは種子繁殖に加えて根茎による栄養繁殖も可能で,この場合は遺伝的に同一系統が維持される.このような2種類の繁殖様式によって,ハスは古来からの品種が維持されつつ,新品種が育成されてきた.
ハスの根茎はレンコンとして食用にされるが,観賞用品種の多くは食用(レンコン)とは別品種で“花蓮”と呼ばれている.わが国における花蓮の品種数は江戸期には約50種類,明治期の盛衰を経て約100品種であったが,中国や日本における最近の積極的な育種の結果,現在,それぞれの国で約1000種類の品種名が記録されている(Wang and Zhang 2005,京都花蓮研究会 2012).しかし品種名の混乱が散見され,例えば外観が酷似する異名品種や外観が明確に異なる同名品種が知られる.これは,花蓮品種のほとんどが種苗登録や商標登録を取っておらず,命名の制約がないことが理由の一つである.近年,品種数が増加する中で,日本国内の花蓮品種を把握・整理する活動が行われつつあり,それに当たって客観的な品種識別の基準が必要とされている.
花蓮の品種識別は,これまで主に外観(花色,花弁の条線の有無,花弁数,花托の形態,葉表面の粗滑,花や植物体の大きさ等)に基づいて行われてきた.花色については,紅色から桃色,白色の単色に加えて,白色花弁の先端部に紅色の着色を示す“爪紅(つまべに)”や花弁の周囲に不規則な紅紫色の着色を生じる“斑蓮”といったバリエーションがアジア系の品種に見られる.一方,キバナハスはいずれも黄色単色の花弁を持つ.両種の種間雑種では,黄色と紅色や白色が混合した花色(黄紅および黄白)を示す場合が多い.花色は外観上の大きな特徴で多様な変異を示すことから分類の指標として用いられているが,花色の濃淡は環境や個体の生育状態,開花後日数に大きく影響を受ける.このため,色調が良く似た品種を正確に識別することが困難な場合がある.これは他の外観上の特徴についても同様である.
この他,数値化した花弁の輪郭データ(鄭・田村 2005),アントシアニン組成やカロテン含量,アイソザイムのような生化学的マーカー(香取ら 2002,Tian et al. 2008b)も品種識別に利用されたが,最近はRandom Amplified Polymorphic DNA(RAPD),Restriction Fragment Length Polymorphism(RFLP),Amplified Fragment Length Polymorphism(AFLP),Internal Transcribed Spacer(ITS),Inter-Simple Sequence Repeat(ISSR),Simple Sequence Repeat(SSR)などのDNAマーカーに基づく分類が多数報告されている(Kanazawa et al. 1998, 黄ら 2003, 香取ら 2003, Guo et al. 2007, Han et al. 2007, Chen et al. 2008, Tian et al. 2008b, Kubo et al. 2009b, Li et al. 2010, Pan et al. 2010, 2012, Fu et al. 2011, Hu et al. 2012, Yang et al. 2012).DNAマーカーのうちSSRは1-6塩基を単位とする反復配列の一種で,真核生物のゲノムDNAに多数散在する.SSRは検出が容易で再現性が高い,異なる材料間や研究グループ間での転用が可能,多型性が高い,共優性マーカーである等の特徴から,遺伝子型の判別に広く利用されている(Jones et al. 2009).一方,SSRの開発には反復配列周辺の塩基配列情報が必要なため,ハスでは他植物と比べてSSRの報告は限定的であったが,最近になって多くのSSR領域が報告されている(Pan et al. 2007, 2010, Tian et al. 2008a, Kubo et al. 2009a, 2009b).また,ごく最近ハスの全ゲノムが報告され(Ming et al. 2013, Wang et al. 2013),SSRを含むDNAマーカーの開発は今後容易になると考えられる.
花蓮におけるDNAレベルの分類の多くは中国の栽培品種や野生集団における解析が多く,日本国内における類縁関係はあまり解明されていない.国内における花蓮自生地の中でも,京都市伏見区~宇治市,久御山町にまたがる京都府南部に存在していた巨椋池は,古来から花蓮の名所であった.現在では干拓地となっているが,干拓前後に篤農家によって採取された品種群は“巨椋池系品種”と呼ばれている(金子 2002,内田 2006).現在約100品種から構成される巨椋池系品種は国内品種の1割を占め,また多様な外観を有するため,花蓮品種の類縁関係を理解する上で重要な位置を占める.しかしながら,それらの品種内や他の花蓮品種との類縁関係はほとんど明らかになっていない.
これまでに著者らは,ハスからSSRを単離し,巨椋池系品種の一部を含む花蓮品種の分類を行った(Kubo et al. 2009a, 2009b).本研究では,巨椋池系品種のほぼ全て(94系統)を含む国内の代表的花蓮品種173系統を解析した.これと前報のデータとを合わせた計220系統について,ハスSSRマーカーの遺伝子型に基づき樹状図を作成し,類縁関係を調査した.
表1に示す220系統を解析に使用した.これらのうち153系統については,内田花蓮園(京都市伏見区)において維持栽培中の系統から2010年7月に葉を採取し冷蔵保存した.「近江妙蓮[田中]」については,近江妙蓮保存会の田中米三氏(守山市)の維持系統から2013年8月に採取した.その他の採取地,各系統の外観上の特徴および来歴はSupplemental Table 1の通りである.173系統の試料各100 mgからDNeasy Plant Mini Kit(Qiagen, Valencia)を用いてゲノムDNAを抽出した.また,前報(Kubo et al. 2009b)で解析した47系統(表1,星印)の遺伝子型データを解析の際に追加した.
区分 | 系統名2) | 区分 | 系統名2) | 区分 | 系統名2) |
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キバナバスおよびその雑種 | 75 | 白花緑あり豊円 | 144 | 依水園* | |
1 | アメリカ黄蓮 | 76 | 白一重-東V | 145 | 伊勢神宮蓮 |
2 | ウイスコンシン蓮 | 77 | 新久保 | 146 | 入江爪紅茶碗 |
3 | キバナハスE-No. 1 | 78 | 東北観世 | 147 | 印度デリー大学 |
4 | 立花キバナハス | 79 | ドウマ池 | 148 | インド蓮白* |
5 | バージニア蓮 | 80 | 中内池 | 149 | 桜蓮(白川紅蓮) |
6 | 宇藤 | 81 | 中遊田白花[榎本] | 150 | 大鳥井* |
7 | 黄玉杯 | 82 | 中遊田紅[観音堂]* | 151 | 巨椋斑実生* |
8 | オハイオ蓮* | 83 | ニギリメシ | 152 | 艶陽天* |
9 | 黒谷白蓮* | 84 | 西池,東池,釣池 | 153 | 嘉祥蓮* |
10 | 修学院離宮蓮 | 85 | 西鴨巣 | 154 | 韓国景福宮蓮 |
11 | 白小鳩 | 86 | 西村の白花 | 155 | 漢蓮* |
12 | 遠江 | 87 | 二の丸池(白一重) | 156 | 京都御所 |
13 | 富の宝 | 88 | 二本柳 | 157 | 玉繍蓮* |
14 | 美中紅* | 89 | 濃赤-東IV | 158 | 漁山紅蓮 |
15 | 古幡王子蓮 | 90 | 濃紅チューリップ咲 | 159 | 錦旗* |
16 | 舞妃蓮* | 91 | 濃紅有条大型-東IV | 160 | 錦蕊蓮* |
17 | マントバ | 92 | 東観世白花 | 161 | 梔池白蓮 |
18 | ミセス・スローカム | 93 | 東観世紅[榎本] | 162 | 皇居和蓮 |
19 | アメリカ白蓮* | 94 | 東観世紅[東京大学] | 163 | 後楽園蓮 |
20 | 輪王蓮* | 95 | ヒラキネール型 | 164 | 黒龍江紅蓮 |
96 | 福田農場白 | 165 | 御所桜* | ||
巨椋池系品種 | 97 | 福田農場紅[榎本] | 166 | 金輪蓮 | |
21 | 荒川道西北 | 98 | ヘリ基地 | 167 | 西円寺青蓮 |
22 | 市田石橋 | 99 | 槇島白花 | 168 | 西福寺白花 |
23 | 市田北浦 | 100 | 三栖赤 | 169 | 篠山城蓮* |
24 | 請所 | 101 | 三栖自生 | 170 | サタ・ブット |
25 | 請所の本紅 | 102 | 南大内 | 171 | 詩仙堂西湖蓮* |
26 | 薄桃色一重-西Ⅸ | 103 | 南大内 中央倉庫 | 172 | 浄台蓮 |
27 | 大内池赤 | 104 | 南観世 | 173 | 蜀紅蓮(西福寺観世) |
28 | 大内池白花 | 105 | 南遊田紅 | 174 | 蜀紅蓮[唐招提寺] |
29 | 大内池桃花 | 106 | 宮西 | 175 | 白君子小蓮* |
30 | 大島先[東京大学] | 107 | 宮横(白花良型) | 176 | 白茶碗(神原氏白花) |
31 | 大島先H15 | 108 | 妙蓮寺 | 177 | 真如蓮 |
32 | 大島先白 | 109 | 向島新田 | 178 | 酔君子 |
33 | 巨椋大池 | 110 | 目川西 | 179 | 瑞光蓮 |
34 | 巨椋白花大型 | 111 | 目川東 | 180 | 酔妃蓮* |
35 | 巨椋西南部 | 112 | モタレ | 181 | 清月蓮 |
36 | 巨椋清平 | 113 | 桃色無条-西Ⅷ | 182 | 青菱紅蓮* |
37 | 巨椋大黒 | 114 | 有条爪紅淡色-西II | 183 | 孫文蓮 |
38 | 巨椋超大型 | 184 | 大紅袍* | ||
39 | 小倉西 | 斑蓮(巨椋斑を除く) | 185 | 大日蓮華26号 | |
40 | 巨椋の曙 | 115 | 一天四海[東京大学] | 186 | 立田蓮* |
41 | 巨椋の香 | 116 | 一天四海(斑多)[観音堂]* | 187 | 中国食実蓮* |
42 | 巨椋の輝 | 117 | 伎倍ノ斑 | 188 | 中日友誼蓮 |
43 | 巨椋の紅輝 | 118 | 金華山 | 189 | 辻井白八重 |
44 | 巨椋の彩雨 | 119 | 湖山池大名蓮 | 190 | 爪紅茶碗 |
45 | 巨椋の瑞光 | 120 | 不忍池斑蓮 | 191 | 天宝ノ堤* |
46 | 巨椋の白鳥 | 121 | 城州斑 | 192 | 藤壺蓮 |
47 | 巨椋の蓮池 | 122 | 小灑錦 | 193 | 南米ブラジル |
48 | 巨椋の華 | 123 | 女皇 | 194 | ネール蓮* |
49 | 巨椋の炎 | 124 | 大灑錦* | 195 | 白万万* |
50 | 巨椋の稔 | 125 | 天竺斑蓮* | 196 | 白万葉* |
51 | 巨椋ヒラキ | 126 | 八潮路 | 197 | バリ島蓮* |
52 | 巨椋紅霞 | 198 | 彦根城蓮* | ||
53 | 巨椋斑 | 古代蓮 | 199 | 姫万里 | |
54 | 相島大木ノ下 | 127 | 青森和蓮(津軽和蓮) | 200 | 平等院 |
55 | 相島白花 | 128 | 大賀蓮[阪本] | 201 | 白光蓮 |
56 | 春日森 | 129 | 大賀蓮[千葉県] | 202 | 二俣城* |
57 | 観世橋又又 | 130 | 大賀蓮[弁天池] | 203 | ブッタ蓮 |
58 | 観世橋又又瑞光型 | 131 | 大阪水走出土古代蓮 | 204 | 芙美ノ華* |
59 | 祇園田 | 132 | 原始蓮* | 205 | 碧台蓮 |
60 | 京滋バイパス巨椋ランプ南 | 133 | 中国古代蓮 | 206 | ベトナム(白) |
61 | 国道24号 | 134 | 中尊寺蓮 | 207 | 紅がに* |
62 | 黒坊の鬼紅 | 135 | 日本古代蓮 | 208 | 紅蜀紅蓮 |
63 | 黒坊の白花 | 136 | ものつくり大学自生古代蓮 | 209 | 紅碗蓮* |
64 | 黒坊東II | 210 | 宝鏡寺 | ||
65 | 黒坊東IV | 千弁蓮 | 211 | 法華蓮* | |
66 | 黒坊東-西XIII | 137 | 近江妙蓮[田中] | 212 | 毎葉蓮(華台寺紅) |
67 | 黒坊東-東III | 138 | 門真の驚蜂 | 213 | 毎葉蓮[東京大学] |
68 | 五丁田(白) | 139 | 玉泉寺千弁蓮 | 214 | 誠蓮* |
69 | 五丁田下(赤) | 140 | 宜良千弁 | 215 | 宮之華 |
70 | 佐古外屋敷 | 141 | 妙蓮[北村] | 216 | 明光蓮 |
71 | 佐野清一郎氏の田 | 142 | 妙蓮[唐招提寺] | 217 | 陽山紅* |
72 | 白蓮の白花 | 218 | 淀姫* | ||
73 | 白蓮東 | その他 | 219 | ローズプレナ* | |
74 | 白花-東III | 143 | 赤蓮* | 220 | 若狭又五郎蓮* |
1) 各系統における花弁形態や来歴の情報はSupplemental Table 1参照.
2) *はKubo et al.(2009b)の遺伝子型データを引用.
抽出したDNAを鋳型に用いて,既報のハスSSRマーカーのうち明瞭な多型を示した25種類(NSh02, NS001R, NS012, NS020, NS034, NS049, NS077, NS080, NS092, NS124, NS139, NS149, NS160, NS169, NS219, NS224, NS227, NS262, NS292, NS294, NSe01, NSe03, Nelumbo-06, Nelumbo-14, PR09)(Pan et al. 2007, Tian et al. 2008a, Kubo et al. 2009a, 2009b)を選びPCRを行った.PCR反応は,5′-末端を蛍光色素で標識したプライマー(Sigma-Aldrich, St Louis)を用いて既報(Kubo et al. 2009a)に従って行った.AFLPは,Tsuro et al.(2005)に従って以下の通り行った.ハスのゲノムDNA(50 ng)をEcoRIとMseIで切断し,アダプター配列(Vos et al. 1995)と連結した.その反応液の10倍希釈液を鋳型に用いてPCRによる予備増幅を行った.その後,予備増幅産物の20倍希釈液を鋳型にして,3′-末端に3塩基を付加したプライマー(Vos et al. 1995)を用いて選択的PCR増幅を行った.増幅産物は,キャピラリーDNAシーケンサーCEQ8800XL(Beckman Coulter, Fullerton)でDNA断片長を測定し,遺伝子型データとした.
3. 遺伝子型データの処理と樹状図の作成遺伝子型データからCervus 3.03(Kalinowski et al. 2007)を用いて対立遺伝子数(NA),ヘテロ接合度の観測値(HO)および期待値(HE),Polymorphism information content(PIC)を算出した.また,Microsat 1.5(Minch et al. 1998)を用いて系統間の遺伝距離Dps’: proportion of shared alleles(Bowcock et al. 1994)を算出した.外群には前報(Kubo et al. 2009b)と同様,「アメリカ黄蓮」を用いた.得られた距離行列から,Phylip 3.67(Felsenstein 2007)を用いて近隣接合法により樹状図を作成した.樹状図の各ノードの信頼度は,ブートストラップ法1000回試行で評価した.
使用した25遺伝子座のSSRマーカー情報から,Supplemental Table 2に示すNA, HO, HE, PICを算出した.それぞれの平均値はNA = 8.6, HO = 0.4246, HE = 0.5770, PIC = 0.5211で,NAが大きい以外は前報(Kubo et al. 2009b)とほぼ同様であった.一般にNAは解析集団の大きさに依存するので,今回NAの平均値が大きくなったのは本研究の解析系統数(n = 220)が前報の系統数(n = 98)より多くなったためであると推測される.
2. SSRマーカーの遺伝子型に基づく近隣接合樹の作成解析系統は,近隣接合法によって作製した樹状図上で5グループ(図1,グループI~V)に大別可能であった.キバナハス以外の系統では,樹状図の末端で高いブートストラップ値を示すノードが多数存在したが,50%以上のブートストラップ値で支持される大きなグループは認められなかった.これは,アジア系の花蓮品種どうしが近縁であることと育種過程においてグループ間での交雑が行われたことが原因であると推察される.
SSRマーカー25遺伝子座に基づく花蓮品種の近隣接合樹.
橙色,赤色,緑色,青色,紫色,桃色,茶色字は,キバナハス品種,キバナハスとアジア系品種の種間交雑品種,古代蓮品種,巨椋池系品種,斑蓮品種,千弁蓮,キバナハスとの種間交雑に疑いのある品種をそれぞれ示す.樹状図のノード付近の数値はブートストラップ値(>50%).樹状図右側のローマ数字は,推定された5つのグループ(I–V)を示す.最下部のスケールバーは遺伝距離.
各グループに含まれる系統の関係は以下に述べる通りである.
1) グループI(キバナハス品種グループ)今回,5系統のキバナハス品種を解析に使用した(図1,橙色字).それらのうち外群の「アメリカ黄蓮」を除く4系統は,他の解析系統とは独立したグループ(グループI)を形成した.グループIとそれ以外のグループとの分離は99.7%のブートストラップ値で支持され,他の花蓮と明確に区別された.この結果は,以前の報告(黄ら 2003,香取ら 2003,Han et al. 2007, Tian et al. 2008b, Kubo et al. 2009a, 2009b, Li et al. 2010)と同様であった.これは,キバナハスとアジア系ハスの両種が遺伝的に大きく異なることを強く示唆する.前述のように両種の分布域は重ならないため,地理的隔離が,観察された遺伝的差異を生じさせた一因であると推察される.ただし両種は交雑可能であるため,生殖隔離に至るほどの差異ではないと考えられる.
2) グループII(キバナハスとアジア系品種との種間雑種グループ)キバナハスとアジア系ハスは容易に交雑し後代にも稔性があることから,これまでに種間雑種が多数育成されている.本研究では15系統の種間雑種由来の品種を解析に使用した.これらのうち13系統は,キバナハス品種(グループI)およびアジア系品種(グループIII~V)と分離し,両者の中間に位置する別グループ(グループII)を形成した(図1,赤字).ただしその分離は50%以上のブートストラップ値では支持されなかった.これはグループIIがキバナハスとアジア系のハスの遺伝子型を複雑に併せ持った結果であるためと推察される.
グループIIには,両種のF1品種とその後代の品種が含まれる.後者のうち「宇藤」と「白小鳩」,「遠江」,「富の宝」はF1をアジア系品種と交雑した後代であるため,キバナハスの遺伝的背景が理論上1/4に減少しているが,それにも関らずアジア系品種とは別グループに位置した.これとは対照的に,「アメリカ白蓮」と「輪王蓮」はアジア系品種のグループに位置した(図1,グループIII上端部およびグループV下部,茶色字).これら2系統にはKubo et al.(2009b)で認められたキバナハス特異的な遺伝子型が全く検出されなかった.また,これらの系統は,白花・一重咲きのアジア系品種と比べると外観上の違いが見当たらないか,あるいは,白色花弁の基部に黄色みがある程度で,キバナハスに由来すると考えられる特徴が認められなかった(データ省略).以上のことから,両系統では交雑ミスあるいはアジア系品種の別系統との混同が生じた可能性がある.
3) グループIII(斑蓮を含むグループ)斑蓮品種では,「一天四海[東京大学]」,「一天四海(斑多)[観音堂]」,「巨椋斑」,「金華山」,「湖山池大名蓮」,「不忍池斑蓮」,「城州斑」,「女皇」,「天竺斑蓮」の9系統が単一クラスターを形成した(図1,グループIII上部,紫色字).これらの品種には「篠山城蓮」と,「西円寺青蓮」-「白万万」-「辻井白八重」からなるクラスターが隣接した.一方,残りの斑蓮品種(「伎倍ノ斑」,「小灑錦」,「大灑錦」,「八潮路」)は,同じグループ内で別クラスターを形成した(図1,グループIII下端部,紫色字).斑蓮の各クラスターはいずれも100%のブートストラップ値で支持された.以上のことから,国内の斑蓮品種には,遺伝的背景の異なる2つのグループが存在することが強く示唆される.これは,「一天四海[東京大学]」を含むグループが一重咲き,「大灑錦」を含むグループが八重咲きであり,各グループの形質と合致する.
4) グループIV(古代蓮を多く含むグループ)「大賀蓮」を始め,日本各地の地層や遺跡などからハスの種子が発掘され,古代蓮と総称されている(榎本ら2004).今回,「大賀蓮」3系統(「大賀蓮[千葉県]」,「大賀蓮[弁天池]」,「大賀蓮[阪本]」)と他の古代蓮6系統(「青森和蓮(津軽和蓮)」,「大阪水走出土古代蓮」,「原始蓮」,「中国古代蓮[内田]」,「日本古代蓮」,「ものつくり大学自生古代蓮」)を解析した.これらのうち「大賀蓮」3系統と「中国古代蓮」は,「バリ島蓮」と「桃色無条-西Ⅷ」と共に単一クラスターを形成した(図1,グループIV中央部,緑色字).「大賀蓮」の系統と「中国古代蓮」が樹状図上で近接した結果は,他グループによる以前の報告(Kanazawa et al. 1998, Han et al. 2007, Yang et al. 2012)と一致した.「青森和蓮(津軽和蓮)」,「日本古代蓮」,「ものつくり大学自生古代蓮」は,「大賀蓮」を含むクラスターには含まれなかったが,同じくグループIV内に位置した(図1,グループIV下部,緑色字).一方,「大阪水走出土古代蓮」と「原始蓮」は別グループの別クラスタ-に含まれた(図1,グループV上部,緑色字).
「大賀蓮」は,弥生時代の地層から発掘された単一種子に由来する品種で,絶滅防止のため複数に分根された(北村・藤川 1974).今回供試した3系統の「大賀蓮」は,NS149とNS169,NS224の3箇所で遺伝子型が異なっていた(Supplemental Table 3,水色ハイライト).これ以外の22箇所の遺伝子型は全てホモ接合型で,3系統間で差異は認められなかった.阪本(2014)は,「大賀蓮」の自殖後代には親系統と比べて大きな形質の差がないため,遺伝的な固定が進んだ状態にあると推測した.そのため,本品種は栄養繁殖だけでなく,種子繁殖による系統維持もなされてきた可能性が考えられる.今回のSSR分析の結果は,この可能性を強く支持している.このことから,後代においても遺伝子型がほとんど変わらず,オリジナルの「大賀蓮」と実生由来の後代との区別が困難なため,混入が生じた後に同一栄養系として同一名称が付けられてしまった可能性が推察される.
5) グループV(その他)このグループには合計78系統が含まれ,グループIVと他とほぼ同じ大きさのグループを形成した.本グループの半数以上(49系統)が巨椋池系品種であった(図1,グループV,青色字).
3. 品種間の類縁関係表2に示す系統間で,調査した25箇所のSSRで同一または極めて近い遺伝子型が認められた.逆に,同一遺伝子型にも関わらず,同名異品種とされているケースも認められた.
区分 | 系統名 | 形質 | 遺伝子型の同一性1) | グループ2) | ||
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斑蓮 | ||||||
一天四海[東京大学],一天四海(斑多)[観音堂],巨椋斑,金華山,湖山池大名蓮,不忍池斑蓮,城州斑,女皇,天竺斑蓮 | 斑蓮・一重 | 完全に同一 | III | |||
伎倍ノ斑,八潮路 | 斑蓮・八重 | 完全に同一 | III | |||
小灑錦,大灑錦 | 斑蓮・八重 | それぞれ1箇所以外 上記と同一 |
III | |||
千弁蓮 | ||||||
門真の驚蜂,妙蓮[北村] | 桃,淡紅白・千弁 | 完全に同一 | IV | |||
近江妙蓮[田中],宜良千弁 | 紅,桃・千弁 | 完全に同一 | V | |||
玉泉寺千弁蓮 | 桃・千弁 | 1箇所以外上記と同一 | V | |||
白色系 | ||||||
荒川道西北,大島先白,相島白花,白蓮の白花,孫文蓮,ドウマ池,中内池,日本古代蓮,モタレ | 白・一重 (紅,桃色を一部含む) |
完全に同一 | IV | |||
祇園田 | 白・一重 | 1箇所以外上記と同一 | IV | |||
白一重-東V,宮西 | 白・一重 | 完全に同一 | V | |||
西福寺白花,白茶碗(神原氏白花),真如蓮 | 白・一重 | 完全に同一 | V | |||
西村の白花,二の丸池(白一重) | 白・一重 | 完全に同一 | V | |||
アメリカ白蓮,ベトナム(白) | 白・一重 | 1箇所以外同一 | III | |||
碧台蓮,白万葉 | 白・八重 | 完全に同一 | III | |||
詩仙堂西湖蓮 | 白・八重 | 1箇所以外上記と同一 | III | |||
辻井白八重,白万万 | 白・八重 | 1箇所以外同一 | III | |||
爪紅 | ||||||
入江爪紅茶碗,韓国景福宮蓮 | 爪紅・一重 | 完全に同一 | IV | |||
金輪蓮,大日蓮華26号 | 爪紅・一重 | 完全に同一 | V | |||
爪紅茶碗,宝鏡寺 | 爪紅・一重 | 完全に同一 | V | |||
紅,桃色系 | ||||||
薄桃色一重-西Ⅸ,巨椋清平,巨椋の蓮池,観世橋又又,京滋バイパス巨椋ランプ南,国道24号,佐野清一郎氏の田,白蓮東,ニギリメシ,西鴨巣,南観世,向島新田,目川東 | 桃・一重 | 完全に同一 | IV | |||
桜蓮(白川紅蓮),漁山紅蓮,浄台蓮,藤壺蓮,福田農場紅[榎本],毎葉蓮[東京大学] | 紅,桃・一重 | 完全に同一 | IV | |||
巨椋西南部,佐古外屋敷 | 桃・一重 | 完全に同一 | V | |||
中遊田紅[観音堂],東観世紅[榎本] | 桃・一重 | 完全に同一 | V | |||
バリ島蓮,桃色無条-西Ⅷ | 紅,桃・一重 | 完全に同一 | IV | |||
ものつくり大学自生古代蓮 | 桃・一重 | 1箇所以外下記と同一 | ![]() |
各系統群 の間で,1 箇所以外 同一 |
IV | |
市田北浦,南大内 | 桃・一重 | 完全に同一 | IV | |||
大内池桃花,南大内 中央倉庫 | 桃・一重 | 完全に同一 | IV | |||
西池,東池,釣池 | 桃・一重 | 1箇所以外下記と同一 | IV | |||
皇居和蓮,三栖赤 | 桃・一重 | 完全に同一 | IV | |||
黒坊の鬼紅,黒坊東-西XIII | 桃・一重 | 1箇所以外同一 | V |
1) データの詳細はSupplemental Table 3参照.
2) グループ名は図1参照.
前述のように,斑蓮品種9系統(「一天四海[東京大学]」,「一天四海(斑多)[観音堂]」,「巨椋斑」,「金華山」,「湖山池大名蓮」,「不忍池斑蓮」,「城州斑」,「女皇」,「天竺斑蓮」)は,SSRの遺伝子型が同一で樹状図上において単一クラスターを形成した.一方,金子(2012)は,斑蓮品種の間には花弁における紅紫色素の着色程度に差異が観察され,着色が多い品種と少ない品種に2分されること,この区分に応じて花托や種子の形態も2分されることを報告している.つまり,斑蓮には,SSRによる解析では区別できないものの,外部形態に差異が見られる系統が存在する.そこで,SSRよりも一度に多数のバンドを比較可能なDNAマーカーであるAFLPを用いて,遺伝子型をさらに調査した.上記9系統のうち7系統を用いて,24プライマー組み合わせから得られた明瞭なバンド557個を系統間で比較した.しかしながら,差異は認められなかった(データ省略).SSRおよびAFLPの結果から,少なくとも解析した斑蓮7系統間にはDNAレベルの差は全く検出されなかった.
花色に関する色素のうち,アントシアニンの発現は温度や光条件などの環境要因による影響を受けることが広く知られている(Chalker-Scott 1999).一方,花弁色素はしばしば可逆的な制御を受けることがアサガオやペチュニア等で報告されている(Nakayama 2011).これらの植物種では,トランスポゾンの挿入やRNA干渉によって色素の生合成に関わる遺伝子の発現が阻害されることで花弁色に変化が生じる.この阻害は系統によっては不安定で,抑制が部分的に解除されることがある.ハスにおいて遺伝子レベルでの類似の報告は知る限りないが,斑蓮品種には“染め分け”と呼ばれる花弁色の変異が生じることが知られている(金子 2012).これは,単一の花が持つ花弁のうち数枚~5割程度の枚数において,本来は花弁先端部にしか生じない色素が花弁全体に及ぶ変異である.この知見は,機構は不明であるが,斑蓮品種における花弁の着色程度が可逆的である可能性を示唆する.
2) 千弁蓮花蓮品種のうち千弁蓮は,雄蕊と雌蕊が花弁化し2000枚以上の花弁を持つ品種の総称である.千弁蓮からは種子も花粉もできないため,交雑後代を得ることができない.このため,千弁蓮は栄養繁殖によってのみ維持される.Zhang and Wang(2013)によれば,千弁蓮は中国の玉泉寺(湖北省当陽)と亭林公園(江蘇省昆山),雲南省宜良県の3箇所に由来する.国内に存在する千弁蓮のうち「近江妙蓮」は,7世紀に中国から伝来したと記録されている(中川原 2002).本研究では6系統の千弁蓮(「近江妙蓮[田中]」,「門真の驚蜂」,「玉泉寺千弁蓮」,「宜良千弁」,「妙蓮[北村]」,「妙蓮[唐招提寺]」)を解析した.なお,「門真の驚蜂」は,門真市でレンコン用に栽培されている品種から,千弁蓮タイプの形質を示す系統を分離したものである(山本 2014).
解析の結果,「門真の驚蜂」-「妙蓮[北村]」,および,「近江妙蓮[田中]」-「玉泉寺千弁蓮」-「宜良千弁」の組み合わせで,それぞれ遺伝子型が完全またはほぼ同一で,樹状図上でクラスターを形成した.前者は「妙蓮[唐招提寺]」と共にグループIV,後者はグループVに含まれた(図1,グループIV中央部およびグループV上端部,桃色字).結果として,今回解析した千弁蓮は,樹状図上で3箇所に分離した.
3) 白花品種および爪紅品種巨椋池系品種のうち白花・一重咲きの特徴を持つ5系統(「相島白花」,「祗園田」,「ドウマ池」,「ヘリ基地」,「モタレ」)は外観が類似している(金子 2002).これらのうち,「相島白花」と「祇園田」,「ドウマ池」,「モタレ」は,他の6系統(表2)と共に,完全またはほぼ同一の遺伝子型であった.一方,「ヘリ基地」は,「ドウマ池」等とは遺伝子型の同一性が低かった.また,白花・八重咲きの系統では,「碧台蓮」と「白万葉」が同一遺伝子型を示した(図1,グループIII中央部).これら以外にも類似の遺伝子型を持つ白花・一重咲きの組み合わせが多数認められた(表2).
爪紅品種のうち,「入江爪紅茶碗」-「韓国景福宮」,「金輪蓮」-「大日蓮華26号」,「爪紅茶碗」-「宝鏡寺」のグループは,それぞれ同一遺伝子型で,樹状図上においてクラスターを形成した(図1,グループIV中央部およびグループV下部).
4) 紅花品種「毎葉蓮」は,関東と関西で形質が異なり,同名異品種の可能性が花蓮園芸家の間で指摘されていた.解析の結果,関東の系統「毎葉蓮[東京大学]」は,「桜蓮(白川紅蓮)」や「漁山紅蓮」,「浄台蓮」,「藤壺蓮」,「福田農場紅」と同一遺伝子型で,98.4%のブートストラップ値で支持される単一クラスターを形成した(図1,グループIV上部).一方,関西の系統「毎葉蓮(華台寺紅)」は,「毎葉蓮[東京大学]」等と21箇所で遺伝子型が異なり,樹状図上でも別のグループに位置した(図1,グループV下端部).これらの結果から,2つの「毎葉蓮」は別系統の同名異品種であることが明らかになった.
巨椋池系品種のうち,「東観世紅[榎本]」と「東観世紅[東京大学]」は,25箇所中11箇所で遺伝子型が異なっていた.ただし,各SSRにおける対立遺伝子対の一方を常に共有していたので,類縁関係にあると推察される.両者は樹状図上に隣接した(図1,グループV中央部).「東観世紅[榎本]」は「中遊田紅[観音堂]」と同一遺伝子型で,樹状図上でクラスターを形成した.
4. 巨椋池系品種の分布巨椋池系品種はグループIII~Vに分布し(図1,青字),この品種群が遺伝的に多様な系統を含むことが示された.グループ内における分布は,グループIIIでは4系統(「巨椋超大型」,「巨椋の輝」,「巨椋の紅輝」,「巨椋斑」)と極端に少なかった.一方,グループVでは,グループ内に49系統の巨椋池系品種が散在した.グループIVでは,41系統の巨椋池系品種が,グループ内に散在するものと,「ドウマ池」~「モタレ」や「南観世」~「白蓮東」のように多数の系統とクラスターを形成するものとに分かれた(図1,グループIV下端部,青字).これら2つのクラスターを構成する系統は,それぞれ同一遺伝子型で各遺伝子座が全てホモ接合型であった(Supplemental Table 3).後者のクラスターは形質も桃色花・一重で共通だが,前者のクラスターは白花と紅色~桃色系の花を持つ系統が混在した(表2).
三木(1927)は,干拓前の巨椋池における植生を調査し,池の水深が浅い箇所にハスの植物体が広く分布することを報告した.この分布は,干拓前後における篤農家による巨椋池系品種の採取地とおおむね一致する(金子 2002).巨椋池系品種の多くは干拓後の水田から出芽した幼芽や耕起時に掘り起こされた種子を回収したものであり,これらは干拓前に自生していた系統の実生後代に相当する(なお,干拓は基本的に池の水を排水し,部分的な整地が行われただけであったため,巨椋池系品種の回収箇所は,かつての自生地との間に大きな地理的齟齬はないと推測される).上記において緊密なクラスターを形成した系統群は,そのホモ接合度から,干拓前に自生していた遺伝的に均一な集団に由来すると推察される.クラスター内に異なる花色が混在していた系統群(「ドウマ池」~「モタレ」)については,(干拓前に自生していた系統の形質や遺伝子型が不明なため断定できないが)かつての集団が持っていた花色の形質が後代において分離したためかも知れない.
樹状図上に散在したその他の巨椋池系品種の系統については,干拓前の集団が持っていた形質が後代で分離したことが推察されるが,以下の知見から,巨椋池には元々複数種類の異なる形質を持ったハスの系統が存在していたことが知られている.巨椋池には古代(6世紀頃)からハスが自生していたとされ,干拓前には,池岸やや内部と中央部の10箇所以上にハスが広範囲に分布していた(三木 1927).また,過去の観蓮会の記録では,少なくとも2~5種類の花色のハスが自生していたと記されている(金子 2002).巨椋池系品種の多様性の理由としては,元来自生していた系統に加えて,近隣の篤農家によって他地域から食用や観賞用としての形質が優れた系統が持ち込まれた可能性が指摘されている(内田 2006).例えば「巨椋斑」と「一天四海」の関係のような,特定の既存品種と緊密な類縁関係を示す巨椋池系品種は,このような由来にあるのかも知れない.干拓前の巨椋池に自生していた花蓮の多様性を直接確認する方法は現在ではないが,巨椋池系品種が樹状図において,偏りはあるものの,アジア系品種のグループ全体に広く分布することから,この品種群が様々な遺伝的背景を持つ複数の系統に由来することが強く示唆される.
本研究では,主要な国内花蓮品種220系統について,SSRマーカーに基づく類縁関係を明らかにした.今回の供試系統数は,著者らが知る限り最多の国内花蓮品種を含む.樹状図上における各系統の配置は,以前の国内品種における報告(Kanazawa et al. 1998, 香取ら 2003)と一致しない場合も認められるが,これは解析系統の種類および数と使用したマーカーが異なるためであると推察される.本研究のいくつかの事例で示されたように,SSRを用いたDNAレベルの解析は,全体的な類縁関係の解明に加えて,これまで異名同品種や同名異品種,来歴が疑われていた品種の識別に有効なツールである.現在,園芸家によって新たな花蓮品種が育成され続けている.本研究のデータは,花蓮品種の類縁関係を整理する際の指標として,特に巨椋池系品種の花蓮品種全体における関係を示す有用な情報となり得る.加えて,今後の花蓮新品種の育種や品種の維持にも有益な情報を提供するであろう.
本研究を遂行するにあたり試料を提供戴いた東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構緑地植物実験地,中川原正美氏・田中米三氏,花蓮品種の維持に携わった京都花蓮研究会および日本花蓮協会(当時)会員,実験補助を担当した笠岡寿子氏に感謝の意を表する.本研究は,平成22–23年度京都府立大学地域貢献型特別研究(ACTR)の助成を受けて行われた.