Breeding Research
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Research Paper
Evaluation of hybridization between lettuce (Lactuca sativa L.) and its native species in Japan
Yoichi KawazuRyoi FujiyamaKatsunori HatakeyamaSatoru Matsumoto
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2017 Volume 19 Issue 2 Pages 77-84

Details
摘 要

日本において遺伝子組換えレタス(Lactuca sativa L.)の生物多様性影響評価を実施する場合,交雑性評価の対象となる在来近縁種として,L. indica(アキノノゲシ),L. raddeana(ヤマニガナ),L. sibirica(エゾムラサキニガナ),L. sororia(ムラサキニガナ),L. triangulata(ミヤマアキノノゲシ)の5種が知られている.本研究ではまず,これら5種とレタスとの雑種個体を判別することが可能なDNAマーカーを開発するため,既報のEST-SSRマーカーを利用して,各近縁種とレタスの間で多型のあるSSRマーカーをスクリーニングした.次に,交雑性については,L. indicaL. raddeanaはレタスと交雑しないことが報告されていることから,報告のない3種(L. sibiricaL. sororiaL. triangulata)について,交雑実験によりレタスとの交雑性を評価した.その結果,L. sororiaL. triangulataについてはレタスとの雑種個体は得られなかった.一方,L. sibiricaについてはレタスとの交配により雑種種子が得られることが明らかになった.しかし雑種個体はいずれも発芽後生長を停止した.以上の結果より,日本の自然界においてレタスと在来近縁種との交雑は起こらないか,雑種個体が得られても定着しないと考えられた.

緒言

レタス(Lactuca sativa L.)はキク科アキノノゲシ属の一年草で,主要な野菜の1つである.日本および海外において,これまでに遺伝子組換えレタスが商業栽培された例はないが,ウイルス抵抗性(Kawazu et al. 2008, 2016),糸状菌抵抗性(Dias et al. 2006),除草剤耐性(McCabe et al. 1999),塩および乾燥ストレス耐性(Park et al. 2005)を付与したレタス,鉄分やビタミンE等の成分を改変したレタス(Cho et al. 2005, Goto et al. 2000, Hirai et al. 2011)等,数多くの遺伝子組換えレタスが作出されている.遺伝子組換え技術は,従来の交雑育種では導入困難な有用形質の付与を可能とする技術であり,例えば,日本および海外のレタス産地で問題となっているレタスビッグベイン病について,交雑育種では困難な強度抵抗性のレタスが遺伝子組換え技術により作出されている(Kawazu et al. 2008, 2016).

こうした遺伝子組換え作物を商業栽培するためには,環境に対する安全性や食品としての安全性を事前に確認しておく必要があり,「隔離ほ場および一般圃場における生物多様性影響評価」,「食品・飼料としての安全性評価」を受けなければならない(農林水産技術会議 2016).

生物多様性影響評価における重要な項目の1つとして,「交雑性(近縁の野生植物と交雑し,法が対象とする技術により移入された核酸をそれらに伝達する性質)」が挙げられる(財務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・環境省2003).日本国内における遺伝子組換えレタスの交雑性を評価する場合には,日本に自生しているアキノノゲシ属植物のうち,在来植物との交雑性を明らかにする必要がある.日本に自生しているアキノノゲシ属植物としては,帰化植物5種,在来植物5種が知られている.帰化植物は,L. formosana(タイワンニガナ),L. sativa(チシャ),L. serriola(別名L. scariola,トゲチシャ),L. pulchella(アメリカニガナ),L. virosa(ラクツカリュームソウ)の5種が知られているが(日本生態学会 2002清水2003),帰化植物は生物多様性影響評価の対象外である.在来植物は,L. indica(アキノノゲシ),L. raddeana(ヤマニガナ),L. sibirica(エゾムラサキニガナ),L. sororia(ムラサキニガナ),L. triangulata(ミヤマアキノノゲシ)の5種が知られている(宮脇 1978北村ら 2002).この5種の在来植物のうち,L. indicaL. raddeanaはレタス(L. sativa)と交雑しないことが報告されている(Thompson et al. 1941).一方,残りの3種(L. sibiricaL. sororiaL. triangulata)については,レタスとの交雑性について報告がない.

そこで本研究では,組換えレタスを野外で栽培した場合に,花粉が飛散してこれら3種との交雑が起きる可能性について評価するため,レタスの花粉を在来植物に交配して交雑性を評価した.なお,アキノノゲシ属植物の花柱は花粉のつまった葯筒の中を伸びていくため,交雑実験において自殖種子の混入を完全に防ぐことはできない.そこで本研究では,在来近縁種3種とレタスとを区別することができるDNAマーカーを選定し,それらを利用して交雑性を調査した.また,将来,レタスとの交雑が疑われた場合の対応のため,他の在来近縁種2種(L. indicaおよびL. raddeana)についても,レタスと区別することができるDNAマーカーの選定を行った.

材料および方法

1. 供試材料

L. indicaL. raddeanaL. sororiaについては,岡山大学資源生物科学研究所野生植物グループより種子の分譲を受けた.L. sibiricaについては,北海道川上郡で植物体を採集し,人工気象室内(明期25℃-暗期20℃,16時間日長)で採種した.L. triangulataについては,長野県茅野市で種子を採集した.「Salinas」および「Pacific」は,米国農務省農業研究局(USDA ARS)で育成された玉レタスである(Ryder 1979, Ryder and Robinson 1991).「シスコ」および「Vレタス」は,それぞれタキイ種苗株式会社およびカネコ種苗株式会社で育成された玉レタスである.

2. 在来近縁種とレタスを区別可能なSSRマーカーの選定

DNeasy Plant Mini Kit(Qiagen)を用いて,在来近縁種およびレタスのゲノムDNA を抽出した.抽出したDNAを鋳型にし,Simko(2009)が報告している61個のレタスEST-SSRマーカー(SML-001~SML-061)を用いて,Quick Taq HS DyeMix(TOYOBO)によりPCRを行った.PCR条件は,最初に94℃ 3分,続いて94℃ 30秒,58℃ 30秒,72℃ 30秒を35サイクル,最後に72℃ 2分とした.増幅産物は,3~4%のAgarose SFR(AMRESCO)ゲルで電気泳動し,エチジウムブロマイドで染色してUV照射下で検出した.

3. 交雑実験

レタス近縁種およびレタスの栽培は人工気象室内(明期25℃-暗期20℃,16時間日長)で行った.除雄は,Ryder and Johnson(1974)が報告している方法に従って実施した.すなわち,レタス近縁種の花(集合花)に対して蒸留水の霧吹きで花粉を洗い流し,花に残った水をろ紙で吸い取った.これにレタス(「Vレタス」,「シスコ」,「Pacific」)または近縁種の花粉をつけ,袋掛けは行わず,後日,交配した花から生産された種子の数を調査した(処理区).花粉を洗い流した後,交配処理を行わない区を「無処理区」とした.花粉を洗い流さず交配処理も行わない区を「放任区」とした.種子が得られた場合,播種,栽培し,生育した葉のゲノムDNAを用いて,雑種性をSSRマーカーで判別した.

4. 交雑実験で得られた種子を用いた栽培

ろ紙を敷いたシャーレ(直径9 cm)に種子を入れ,蒸留水で湿らせた後,4℃の冷蔵庫に2週間置いた.その後,培養室(25℃一定,16時間日長)に約1ヶ月置き,この間に発芽した個体は順次,クレハ園芸培土を入れたセルトレイ(128穴,1穴の容量25 mL)に移植し,人工気象室内(明期25℃-暗期20℃,16時間日長)で栽培した.

5. 統計解析

各試験区(レタス品種との交配処理区,近縁種との交配処理区,無処理区,放任区)間において,1つの交配花あたりの全種子数および正常な種子数について,全ての組合せについて期待値と実測値を用いてχ2検定5%水準により有意差の検定を行った.

結果

1. 在来近縁種とレタスを区別可能なSSRマーカーの選定

Simko(2009)が報告している61種類のレタスEST-SSRマーカー(SML-001~SML-061)を用いて,在来近縁種のゲノムDNAについてPCRを行った.その結果,L. indica(アキノノゲシ),L. raddeana(ヤマニガナ),L. sibirica(エゾムラサキニガナ),L. sororia(ムラサキニガナ),L. triangulata(ミヤマアキノノゲシ)について,それぞれ37,35,47,25,35種類のマーカーで明確な増幅産物が得られた(表1).次に,これらのマーカーを用いてレタス「Salinas」と比較を行い,近縁種とレタスとの増幅断片長が異なり,アガロースゲルによりその断片長の違いを容易に確認できるマーカーを選定した(図1).また,全ての選定したマーカーについて,レタス品種「Vレタス」においても「Salinas」と同様の増幅断片が得られることを確認した(データ略).

表1. 各マーカーで得られたPCR増幅断片の数
マーカー名 L. indica L. raddeana L. sibirica L. sororia L. triangulata
SML-001 0 0 1 0 0
SML-002 1 1 1 0 1
SML-003 0 0 0 0 0
SML-004 2 0 0 0 1
SML-005 0 0 1 1 0
SML-006 0 0 0 0 0
SML-007 1 1 0 1 1
SML-008 1 1 1 1 1
SML-009 1 1 1 1 1
SML-010 1 1 1 1 1
SML-011 1 1 1 1 1
SML-012 1 0 1 0 0
SML-013 1 1 1 0 1
SML-014 0 0 1 1 0
SML-015 1 1 1 1 1
SML-016 0 0 0 0 0
SML-017 1 3 1 0 1
SML-018 1 0 1 1 0
SML-019 1 1 1 0 1
SML-020 0 0 1 1 0
SML-021 1 1 0 0 1
SML-022 1 1 1 1 1
SML-023 1 1 1 1 1
SML-024 1 3 1 0 1
SML-025 0 0 0 0 0
SML-026 1 1 1 0 1
SML-027 0 0 0 0 0
SML-028 1 1 1 0 1
SML-029 1 3 0 0 1
SML-030 1 0 1 1 0
SML-031 1 1 1 0 1
SML-032 0 0 0 0 0
SML-033 1 1 1 0 0
SML-034 0 0 0 1 0
SML-035 0 0 1 1 0
SML-036 0 0 1 1 1
SML-037 1 1 1 0 1
SML-038 0 0 1 0 0
SML-039 1 0 1 1 0
SML-040 1 1 1 1 1
SML-041 0 0 1 1 0
SML-042 1 2 1 0 2
SML-043 0 1 0 0 0
SML-044 0 1 0 0 0
SML-045 1 2 1 1 1
SML-046 1 1 1 1 1
SML-047 1 1 1 1 1
SML-048 1 1 1 0 1
SML-049 1 1 1 0 1
SML-050 0 0 1 1 1
SML-051 0 0 1 1 0
SML-052 0 0 0 0 1
SML-053 1 1 1 1 1
SML-054 0 0 1 0 0
SML-055 0 0 1 0 0
SML-056 0 0 1 0 0
SML-057 1 1 1 0 1
SML-058 0 1 1 0 0
SML-059 1 1 1 0 1
SML-060 1 1 1 0 1
SML-061 1 1 1 0 1
マーカー数1) 37 35 47 25 35

1) PCR増幅断片が得られたマーカーの数.

図1.

レタスと在来近縁種との間で多型のあるSSRマーカーを用いたPCR産物の電気泳動パターン.

AはL. sativa(「Salinas」),BはL. sibirica,CはL. sororia,DはL. triangulata,EはL. indica,FはL. raddeanaのゲノムDNAを用いたことを示している.各写真の一番上にマーカー名を示している.

2.L. triangulataとレタスの交雑性評価

放任区,処理区,無処理区を設定し,L. triangulataとレタスの交雑性を評価した(表2).放任区では22花から296粒の種子が得られ,そのうち38粒は「しいな」で,残り258粒(87.2%)が正常な種子であった.次に,交配処理を行わない無処理区では36花から441粒の種子が得られ,そのうち221粒(47.8%)が正常な種子であった.L. triangulataの花粉を交配した処理区では,48花から635粒中371粒(58.4%)の正常な種子が得られた.一方,「Vレタス」との交雑試験では,38花から得られた495粒の種子のうち正常な種子は148粒であり,その割合は29.9%であった.一花あたりの全種子数については,12.3~13.5と処理区に関わらず有意差は無かった(表2).一方,一つの花あたりの正常な種子数は,放任区で最も高く(11.7粒),L. triangulata交配処理区(7.7粒),無処理区(5.9粒),Vレタス交配処理区(3.9粒)の順であり,処理区間で有意差が認められた.自殖を避けるための洗浄処理後に交配を行わなかった無処理区で5.9粒であったことは,本試験で用いた処理方法では完全に花粉を洗い流すことができず,一花あたり6粒程度の正常な自殖種子が生産されたことを示している.花粉の洗い流し処理後に「Vレタス」との交配を行った処理区では,無処理区よりもさらに少ない3.9粒であった.このことから,L. triangulataとレタスの交配処理で得られた正常な種子は,L. triangulataとレタスの種間交雑ではなく自殖種子である可能性が高いと考えられた.そこで,「Vレタス」との交配処理で得られた正常な種子148粒を播種し,発芽した105個体について形態観察により雑種性を検討したが,形態的な特徴はL. triangulataと極めて良く似ており,レタスの特徴を示す個体はなかった(データ略).次に,103個体からDNAを抽出し,L. triangulataと「Vレタス」の区別が可能なマーカーSML-047を用いて,その雑種性を確認した.その結果,全ての個体においてL. triangulata特異的な断片長を有するDNAは検出されたが,「Vレタス」に特異的なDNA断片は検出されなかった.以上の結果より,得られた正常な種子は自殖種子であり,L. triangulataとレタスの交雑の可能性は極めて低いと考えられた.

表2. 近縁種とレタスの交雑実験結果
洗浄処理1) 種子親 花粉親 交配花数 全種子数2) 正常な種子数 正常な種子数/
全種子数(%)
全種子数/
交配花3)
正常な種子数/
交配花4)
L. triangulata Vレタス 38 495 148 29.9 13.0 3.9
L. triangulata L. triangulata 48 635 371 58.4 13.2 7.7
L. triangulata なし 36 441 211 47.8 12.3 5.9
L. triangulata 放任 22 296 258 87.2 13.5 11.7
L. sororia シスコ 29 376 33 8.7 13.0 1.1
L. sororia Pacific 39 568 70 12.3 14.6 1.8
L. sororia L. sororia 64 878 244 27.8 13.7 3.8
L. sororia なし 65 919 33 3.5 14.1 0.5
L. sororia 放任 91 1,283 648 50.5 14.1 7.1
L. sibirica Vレタス 89 1,972 94 4.7 22.2 1.1
L. sibirica L. sibirica 102 2,281 30 1.3 22.4 0.3ns
L. sibirica なし 56 1,241 1 0.1 22.2 0.0
L. sibirica 放任 105 2,371 30 1.3 22.6 0.3ns

1)「有」は交配前に種子親の花粉を水で洗い流す処理を行い,「無」はその処理を行わなかったことを示している.

2) 全種子数は,しいな種子と正常な種子を合わせた数を示している.

3) 種子親別のχ2検定の結果,1交配花あたりの全種子数では,全処理区間において5%水準で有意差は認められなかった.

4) 種子親別のχ2検定の結果,1交配花あたりの正常な種子数では,全処理区間において,nsで標記した2区間を除いて,5%水準で有意であった.

3.L. sororiaとレタスの交雑性評価

放任区では91花から1,283粒の種子が得られ,そのうち635粒は「しいな」で,残り648粒(50.5%)が正常な種子であった(表2).次に,交配処理を行わない無処理区では65花から919粒の種子が得られ,そのうち3.5%が正常な種子であった.L. sororiaの花粉を交配した処理区では,64花から878粒中244粒(27.8%)の正常な種子が得られた.一方,「シスコ」および「Pacific」との交雑試験では,それぞれ29花,39花から376粒,568粒の種子が得られ,そのうち正常な種子数は33粒(8.7%),70粒(12.3%)であった.一花あたりの全種子数については,13.0~14.6であり,5つの処理区の間に有意差は見られなかった.一方,一つの花あたりの正常な種子数は放任区で高く(7.1粒),L. sororia交配処理区(3.8粒),Pacific(1.8粒),シスコ(1.1粒),無処理区(0.5粒)の順で低く,処理区間で有意差が認められた.無処理区でわずかに自殖種子が生じたことは完全に花粉を洗い流すことができずに,一つの花あたり平均0.5粒の正常な自殖種子が生産されたことを示している.レタス品種「シスコ」や「Pacific」との交配処理区の値は,L. sororiaの花粉を交配した処理区よりも低いものの,無処理区よりもやや高かった.このことから,L. sororiaとレタスの交雑の可能性が示唆された.そこで次に,「シスコ」および「Pacific」との交配処理で得られた正常な種子をそれぞれ32および69粒播種し,発芽した31および63個体について形態観察により雑種性を検討したが,形態的な特徴はL. sororiaと極めて良く似ており,レタスの特徴を示す個体はなかった.次に,発芽個体25個および51個からDNAを抽出し,「シスコ」および「Pacific」とL. sororiaの区別が可能なSSRマーカーSML-047を用いて,その雑種性を確認した.その結果,全ての個体においてL. sororia特異的な断片長を有するDNAは検出されたが,レタス特異的なDNA断片は検出されなかった.以上の結果より,得られた正常な種子は自殖種子であると判断された.

4.L. sibiricaとレタスの交雑性評価

放任区では105花から2,371粒の種子が得られ,そのうち正常な種子は30粒(1.3%)と少ない数であった(表2).無処理区では56花から1,241粒の種子が得られ,そのうち1粒(0.1%)が正常な種子であった.L. sibiricaを交配した処理区では,102花から2,281粒の種子が得られ,30粒(1.3%)が正常種子であった.これに対してL. sibiricaと「Vレタス」を交配した結果,得られた1,972粒の種子の95%以上は「しいな」で,正常な種子と判定されたのは94粒(4.7%)であった(表2).この正常な種子の割合は,花粉を付けなかった無処理区の値(0.1%)およびL. sibiricaの花粉を用いた交配処理区の値(1.3%)よりも高かったことから,レタスと交雑した可能性が示唆された.次に,「Vレタス」との交配で得られた94粒の種子を播種した結果,24個体が発芽した(発芽率25.5%).これは,放任区で得られた種子の発芽率42.3%(33/78個体)よりも低い値だった.発芽した24個体のうち20個体は生育が著しく遅延し(図2上),4個体は正常に生育した(図2下).また,「Vレタス」との交配で得られた種子について,「播種した種子数」に対する「正常に生育した株数」の割合は4.3%(4/94個体)だった.これに対して,放任区で得られた種子は14.1%(11/78個体)が正常に生育し,この割合は交配区に対して有意に高かった(χ2=6.01,P=0.029).「Vレタス」との交配で得られた個体のうち,生育が著しく遅延した20個体は後に枯死に至ると判断し,これらの植物体を冷凍しDNAを抽出した.次に,DNA抽出に成功した19個体由来のDNAおよびL. sibiricaと「Vレタス」の区別が可能なSSRマーカーSML-010を用いて,その雑種性を確認した.その結果,19個体のうち1個体からはL. sibirica特異的な断片長を有するDNAのみが検出され,これは自殖個体と考えられた(図3,レーン17).一方,残りの18個体からはL. sibiricaに特異的なDNA断片と「Vレタス」に特異的なDNA断片の両方が検出され,これらは雑種個体と考えられた(図3,レーン1~16,18~19).一方,正常に生育した4個体はいずれもL. sibirica特異的なDNA断片は検出されたが,Vレタス特異的なDNAは検出されなかった.さらに,これらの4個体は形態的にもL. sibiricaと見分けがつかなかったことから,これらは自殖個体と考えられた(図2下).

図2.

L. sibiricaと「Vレタス」との交雑実験で得られた雑種個体.

L. sibiricaと「Vレタス」との交雑実験において得られた個体の中で生育が著しく遅延した個体(上)および正常に生育した個体(下).正常に生育した個体はSSRマーカーでの識別の結果,自殖個体と判断された.白色の横棒は1 cmの長さを示している.

図3.

L. sibiricaと「Vレタス」との交雑実験で得られた種子のSSRマーカーSML-010による雑種性の検出.

レーン1~19は交雑実験で得られた個体,レーン20はL. sibirica,レーン21は「Vレタス」.

以上の結果より,L. sibiricaとレタスの交配処理により雑種種子は得られるものの,その発芽率は低く,正常な生育はしない可能性が示された.

考察

レタスは,キク科(Asteraceae)タンポポ亜科(Cichorioideae)タンポポ族(Lactuceae)アキノノゲシ属(Lactuca)に属する.アキノノゲシ属は分類学上,7つの‍セクション(LactucaMulgediumPhaenixopusLactucopsisTuberosaeMicranthaeSororiae)と2つの地理的なグループ(African,North American)に分けられる(Lebeda et al. 2006).セクションLactucaについてはさらに2つのサブセクション(LactucaCyanicae)に分けられ,レタス(L. sativa L.)は,サブセクションLactucaに分類されている.これらの分類は,主に形態学的および細胞学的な特性に基づいているが,リボソームDNAのITS-1配列比較による系統樹の報告もあり,サブセクションLactucaに分類されている種どうしは近い位置にあり,セクションMulgediumPhaenixopusLactucopsisTuberosaeに分類されている種は,サブセクションLactucaとは離れた位置にあることが示されている(Koopman et al. 1998).レタスとの種間交雑性については,系統学的な位置と相関が見られ,同じサブセクションLactuca内でも,系統学的にレタスに近いL. serriolaL. dregenaL. altaicaL. aculeataはレタスと完全あるいはほぼ交雑可能であるが,比較的遠いL. salignaL. virosaで部分的に交雑可能である(Zohary 1991).セクションLactuca内には,レタスと全く交雑しない種も存在し,セクションLactucaとは別のセクションに属する種(例えばセクションTuberosaeに属するL. indicaや,セクションMulgediumに属するL. tatarica)とレタスの交雑は成功していない(Thompson et al. 1941).セクションMulgediumに属するL. tataricaとレタスで雑種が得られたという報告があるものの(Chupeau et al. 1994),交配によるものではなく体細胞雑種である.以上のことから,レタスと自然に交雑する可能性があるのはセクションLactuca内の種に限られると考えられる.

日本に自生している在来近縁種のうち,L. indicaL. raddeanaは,セクションTuberosaeに属しており,レタスとは交雑しないことが報告されている(Tompson et al. 1941).また,在来近縁種L. sororiaはセクションSororiaL. triangulataはセクションTuberosaeに属していることから,レタスと自然交雑しないことが予想されたが,交配実験から,雑種個体は得られずレタスとの交雑の可能性は極めて低いことが示された.L. sibiricaはセクションMulgediumに属していることから,これもレタスと自然交雑しないと予想された.L. sibiricaの交配実験においては,放任区で得られた種子のうち正常な種子は1.3%で,L. sibiricaの花粉を交配した区についても,得られた種子のうち正常な種子は1.3%と低いのが特徴的であった(表2).なお,本研究で使用したL. sibiricaの種子は同じ場所由来のものである.L. sibiricaは,根茎から栄養繁殖する植物であり,異なる流域由来の個体どうしを交配すると種子が得られたが,同じ流域由来の個体間の交配では種子が得られなかったという報告もあることから(Wennström et al. 1995),自殖種子が得られにくいのはL. sibiricaの特性と考えられた.L. sibiricaの交配実験では,レタスとの雑種種子が得られた.しかし,得られた雑種の生育は著しく遅延した.このように雑種が得られても正常に生育しない現象は,遠縁の交雑個体には観察されることであり(Thompson et al. 1941),両者間で自然に交雑が起きてもそれが定着する確率は極めて低いと言える.

遺伝子組換えレタスの生物多様性影響評価においては,在来近縁種との交雑性を検討する必要があるが,本研究の結果より,遺伝子組換えレタスが在来近縁種と交雑し,その雑種が,それまで自生していた近縁種と置き換わる,という可能性は極めて低いと考えられる.本論文が将来,日本国内で遺伝子組換えレタスの野外試験を実施するための基礎的資料となれば幸いである.

謝辞

本研究を遂行するにあたり種子を提供戴いた岡山大学資源生物科学研究所野生植物グループに感謝の意を表する.本研究の一部は,農林水産省の委託プロジェクト研究「遺伝子組換え生物の産業利用における安全性確保総合研究」によって実施された.

引用文献
 
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