2019 Volume 21 Issue 1 Pages 11-19
サツマイモ「兼六」は塊根にβ-カロテンを含む特徴がある良食味品種で,1930年代に石川県農事試験場で選抜された.苗条および塊根の形態的特徴が「安納いも」のそれらと酷似していたため,「安納いも」5品種・系統と「兼六」の比較を試みた.「兼六」,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」の成葉はいずれも波・歯状心臓形で,新梢頂葉にはアントシアニンが蓄積し紫色を呈していたが,「安納イモ1」の成葉は複欠刻深裂で頂葉は緑色だった.「兼六」,「安納3号」,「安納紅」の塊根皮色は紅であったのに対し「安納イモ4」と「安納こがね」は白であったが,これら5品種・系統の塊根にはβ-カロテンの蓄積が認められた.一方「安納イモ1」の塊根皮色は赤紫で条溝が多かったほか塊根にβ-カロテンは含まれていなかった.27の識別断片を用いたCleaved Amplified Polymorphic Sequence(CAPS)法によるDNA品種識別では「兼六」と「兼六」を交配親に作出された「泉13号」および「クリマサリ」さらにその後代品種「ベニアズマ」の識別はできたものの,「兼六」と「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」の識別はできなかった.45の識別断片を用いたRandom Amplified Polymorphic DNA(RAPD)法によるDNA品種識別では「兼六」と「泉13号」,「クリマサリ」,「ベニアズマ」だけでなく「安納イモ4」および「安納こがね」の識別も可能となったが,「兼六」と「安納3号」,「安納紅」の識別はできなかった.以上の結果と「安納いも」が戦後の種子島で見出された在来系統であった経緯を考え合わせると,「安納いも」のルーツはかつて全国に普及していたとされる「兼六」ではないかと結論づけられた.
Sweet potato ‘Kenroku’ is a palatable orange-fleshed cultivar, which was selected by Ishikawa Agricultural Experimental Station in the 1930’s. Because morphology of the shoot and storage root of ‘Kenroku’ resembled those of the so-called ‘Annou-imo’, we compared ‘Kenroku’ with five ‘Annou-imo’ landraces and cultivars. Morphology of mature leaves was indistinguishable among ‘Kenroku’, ‘Annou 3’, ‘Annou-imo 4’, ‘Annou-beni’, and ‘Annou-kogane’; their immature tip-leaves were purple and contained anthocyanins. Skin of the storage root was red in ‘Kenroku’, ‘Annou 3’, and ‘Annou-beni’, and white in ‘Annou-imo 4’ and ‘Annou-kogane’; all of them contained β-carotene in their flesh. The above characteristics of the leaf and storage root of ‘Annou-imo 1’ differed considerably from those of ‘Kenroku’ and the four ‘Annou-imo’ landraces and cultivars described above. Cleaved amplified polymorphic sequence analysis with 27 polymorphic marker fragments distinguished ‘Kenroku’ from ‘Izumi 13’ or ‘Kurimasari’ (progenies of crosses with ‘Kenroku’), but it could not distinguish ‘Kenroku’ from ‘Annou 3’, ‘Annou-imo 4’, ‘Annou-beni’, or ‘Annou-kogane’. Random amplified polymorphic DNA analysis with 45 polymorphic marker fragments distinguished ‘Kenroku’ from ‘Izumi 13’, ‘Kurimasari’, Annou-imo 4’, and ‘Annou-kogane’, but not from ‘Annou 3’ or ‘Annou-beni’. Because ‘Annou-imo’ landraces including ‘Annou 3’ were collected in Tanegashima for some time after World War II, and the cultivar ‘Annou-beni’ was selected from ‘Annou 3’, the above results strongly indicate that ‘Annou-imo’ landraces in Tanegashima originate from ‘Kenroku’, which spread throughout Japan just after World War II.
石川県におけるサツマイモ栽培は1700年代に始まり,近年ではスイカ,トマト,ダイコンと並ぶ主要な畑作物となっている.現在は県西部の砂丘地帯を中心に「高系14号」の派生系統が栽培されており,特に金沢市五郎島地区では350 tの定温貯蔵が可能なキュアリング貯蔵施設を備えることで周年供給を可能とし「五郎島金時」の名称でブランド化に成功している(西沢 2010,萬谷 2010).一方サツマイモ品種「兼六」は農林省の甘藷生産改良増殖試験の一環として1930年代に沖縄県で交配され,石川県の指定試験地において選抜された優良品種の1つである(泉 1964).「兼六」は塊根にβ-カロテンを含む特徴があり,粘質で甘みが強く,食味がよい(熊谷 2010)ことから一時は全国にも栽培が広まったとされるが,生育および収量ともやや不良であった(梅村 1989)こともあり,戦中戦後の食糧難時代に多収品種へと置き換わって以降,石川県内での栽培は途絶えていた.ところが「兼六」を用いて作られた蒸切干(干しいも)は鮮やかな橙色を呈し食味も良かったことから,石川県では「兼六」を加工用品種として再活用し,特産化を目指す試みが始まっている.
β-カロテンを含む品種は現在までに多数育成,栽培されているが,なかでも「安納いも」は糖度も高く,特にその焼きいもは蜜が出るほどの独特の甘みとしっとりとした食感が高く評価され,種子島の特産品としてブランドの確立に成功している(長谷 2015).塊根にβ-カロテンを含み,粘質で甘みが強いという特徴は「兼六」と類似することから,「兼六」の品種特性を理解し,新たな利用方法を開発する上で「安納いも」は最適な比較対照になり得ると考えられた.そこで「安納いも」の栽培を試験的に始めたところ,塊根の品質以外にも苗条や塊根の形態が「兼六」と酷似しているように感じられた.
「安納いも」は種子島の在来品種とされ,戦後インドネシア・スマトラ島北部のセルダンから復員兵が持ち帰った系統に由来すると伝わっている(長谷 2015).現在広く栽培されている「安納いも」はそこから選抜された系統「安納3号」が主で,1998年にはさらに2つの選抜系統が「安納紅」,「安納こがね」の名称で品種登録されている(上妻ら 2003,長谷 2015,Katayama et al. 2017).また農業生物資源ジーンバンク(https://www.gene. affrc.go.jp)には「安納イモ1」と「安納イモ4」の2系統も登録・公開されていた.そこで本研究では「兼六」とその両親品種である「ナンシーホール」,「赤元気」および上記の「安納いも」5品種・系統の比較を試みた.さらにDNA品種識別では「兼六」を交配親に作出された「泉13号」と「クリマサリ」およびその後代品種「ベニアズマ」を含む13品種・系統を用いた(図1).これらの結果から「兼六」と「安納いも」の類縁性について考察した.
供試品種の系譜.
「兼六」は石川県農林総合研究センター砂丘地農業研究センターから,「ナンシーホール」,「赤元気」,「安納イモ1」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」,「農林2号」,「農林7号」,「泉13号」および「クリマサリ」は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構遺伝資源センターから種芋の配付を受けた.「安納3号」と「隼人藷」は上山種苗(鹿児島県)から苗を入手し,「ベニアズマ」と「アヤムラサキ」は石川県立大学附属農場で保存されている系統を用いた.栽培は同農場で行い,畝頭間1.5 m,畝幅50 cm,畝高20 cm,株間30 cmとし,挿苗前にN:P2O5:K2O = 5:10:12 kg/10 aを施用してからシルバーマルチで被覆した.各品種・系統の苗12本を2018年5月23日に挿苗し,10月31日(挿苗23週後)に塊根を収穫した.
2. アントシアニン分析8月14日(挿苗12週後)に0.5~7.2 cmの頂葉を各品種・系統につき5枚採取し,液体窒素で凍結後,凍結乾燥して粉砕した.この試料10 mgを測り取り500 μLの50%酢酸を用いて4℃,一晩の条件でアントシアニンを抽出した.抽出液に等量のエタノールを加えて混合し,遠心分離(14,000 rpm,5分,4℃)した上清の520 nmにおける吸光度をマイクロプレートリーダー(SPECTRA max Plus 384, Molecular Devices)により測定し,cyanidin-3-monoglucoside(Cy3G)当量で全アントシアニン含量を算出した.さらに片山(池上)ら(2017)の方法に基づき,上記抽出液をC18 Inertsil ODS-2カラム(粒子径5 μm,250 mm×6.0 mm,GL Science)を装着したProminence LC20A(島津製作所)を用いて逆相高速液体クロマトグラフ(HPLC)により解析した.分析は35℃,流速0.8 mL/分,検出波長520 nmの条件で行った.溶出液としてA液(1.5%リン酸)およびB液(1.5%リン酸,20%酢酸,25%アセトニトリル)を用い,サンプル注入後40分間でB液の濃度を25%から85%まで直線的に増加するように濃度勾配を設定した.
3. β-カロテンおよび糖分析収穫した塊根は12℃に設定したバイオメディカルクーラ(UKS-5410DHC,日本フリーザー)で2週間貯蔵した後,各品種・系統につき5塊根ずつ蒸熱してβ-カロテンおよび糖含量の分析に供試した.β-カロテンの抽出と分析はNorris et al.(1995)の方法に基づき,C18カラム(Spherisorb 5 μm ODS2 4.6 × 250 mm, Waters)を装着し,PDA検出器(SPD-M20A)を備えたHPLC(Prominence LC20A,島津製作所)を用いて測定した.分析は35℃,流速1.0 mL/分,検出波長440 nmの条件で行った.溶出液としてA液(90%アセトニトリル,1%トリエチルアミン)およびB液(酢酸エチル)を用意し,サンプル注入後20分間でB液の割合が0%から100%へ直線的に増加するように濃度勾配を設定した.カロテノイドの同定はβ-カロテン標準品(和光純薬)との保持時間およびスペクトラムの照合のほか,渡辺ら(1999)のHPLCクロマトグラフを参考とした.糖の抽出と分析はSakamoto et al.(2014)の方法に基づき,アミノカラム(Asahipak NH2P-50, Shodex)を装着したHPLC(LXC-10ADvp,島津製作所)を用いてグルコース,フルクトース,スクロース,マルトース含量を測定した.分析は40℃,流速0.5 mL/分の条件で行い,溶出液には75%アセトニトリルを用いた.
4. DNA品種識別DNA品種識別ではCleaved Amplified Polymorphic Sequence(CAPS)法とRandom Amplified Polymorphic DNA(RAPD)法を試みた.ゲノムDNAはWagner et al.(1987)の方法に基づき各品種・系統独立に3回抽出し以下の解析に用いた.
CAPS法ではTanaka et al.(2010)の方法に基づき13種のDNA断片を増幅した.PCRはゲノムDNA 25 ng,TaKaRa Taq DNAポリメラーゼ(タカラバイオ)0.5 U,2種のプライマー(各1 μM)を含む25 μLの容量とし,増幅条件は最初に94℃ 3分,続いて94℃ 15秒,64℃ 30秒,72℃ 30秒を30サイクル,最後に72℃ 5分とした.制限酵素処理は増副産物5 μLを含む20 μLの容量とし,37℃で3時間行った.制限酵素はAfaI,AluI,HaeIII,HapII,MboI,XspI(以上タカラバイオ)またはNlaIII(New England Biolabs)を用いた.反応産物は全量を2%アガロースゲルで電気泳動し,エチジウムブロマイド染色後にUV照射下で検出した.
RAPD法ではまず「兼六」の両親品種である「ナンシーホール」と「赤元気」間で多型を生じるプライマーをスクリーニングし,その後13品種・系統を用いた解析を行った.プライマーはA-01~A-20,B-01~B-20およびC-01~C-20(Eurofins Genomics)の10塩基プライマー60種を検討した.PCRはゲノムDNA 25 ng,TaKaRa Ex Taq DNAポリメラーゼ(タカラバイオ)0.5 U,0.2 μMプライマーを含む25 μLの容量とし,増幅条件は最初に94℃ 3分,続いて94℃ 30秒,35℃ 30秒,72℃ 2分を45サイクル,最後に72℃ 5分とした.反応産物は全量を1%アガロースゲルで電気泳動し,エチジウムブロマイド染色後にUV照射下で検出した.
5. 統計解析新梢頂葉のアントシアニン分析は各品種・系統ごとに独立に採取した5試料を用いて5反復とした.塊根のβ-カロテンおよび糖分析は各品種・系統ごとに異なる株から採取した5塊根を用いて5反復とした.Tukeyの多重比較検定には統計解析ソフトウェア(IBM SPSS Statistics 25, IBM)を用いた.
「兼六」の頂葉色は紫であったのに対し,その両親品種である「ナンシーホール」と「赤元気」の頂葉色は緑であった(図2A–C).一方「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」および「安納こがね」の頂葉色は「兼六」と同様に紫であったのに対し,「安納イモ1」の頂葉色は緑であった(図2D–H).
新梢と成葉の形態.
(A)「ナンシーホール」,(B)「赤元気」,(C)「兼六」,(D)「安納3号」,(E)「安納イモ1」,(F)「安納イモ4」,(G)「安納紅」,(H)「安納こがね」,(I)「アヤムラサキ」.各パネル左は新梢,右は成葉.スケールバーは10 cm.
成葉はいずれの品種・系統も緑色となったが,葉形には違いが認められた.「兼六」,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」および「安納こがね」は波・歯状心臓形であったのに対し,「ナンシーホール」は複欠刻浅裂,「赤元気」は単欠刻浅裂,「安納イモ1」は複欠刻深裂であった(図2A–H).
頂葉が紫色を呈した5品種・系統はアントシアニンを蓄積し,緑色を呈した3品種・系統は蓄積していないと考えられたことから,アントシアニンを含むことが知られている「アヤムラサキ」(図2I)を対照として上記8品種・系統の頂葉に含まれるアントシアニンを比較した(図3).「兼六」,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」および「アヤムラサキ」の頂葉に含まれる全アントシアニン含量は「ナンシーホール」,「赤元気」,「安納イモ1」と比べ有意に高かった.「兼六」,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」および「アヤムラサキ」の間では全アントシアニン含量に有意差は認められなかったが,HPLCクロマトグラフには差が認められ,「兼六」,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」では保持時間約19.6分と約28.6分のピークが相対的に大きく,それらのピーク面積は総ピーク面積のそれぞれ13%および45%前後であったのに対し,「アヤムラサキ」では3.5%および34%であった.一方「アヤムラサキ」では保持時間約31.0分と約31.6分のピークが相対的に大きく,それらの面積は総ピーク面積のそれぞれ18%および11%であったのに対し,「兼六」,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」ではそれぞれ15%および4%前後であった.
アントシアニン分析.
(A)「ナンシーホール」,(B)「赤元気」,(C)「兼六」,(D)「安納3号」,(E)「安納イモ1」,(F)「安納イモ4」,(G)「安納紅」,(H)「安納こがね」,(I)「アヤムラサキ」.各パネル中の数値は全アントシアニン含量(μmol/g D.W.)の平均値と標準偏差(5反復).異なるアルファベットを付した平均値間には5%水準で有意差があることを示す(Tukey法).
「兼六」の塊根は紡錘形で皮色は紅,条溝は微で蒸熱後の肉色は橙であったのに対し,その両親品種である「ナンシーホール」の塊根は紡錘形で皮色は白,条溝は微で蒸熱後の肉色は淡黄白,「赤元気」の塊根は紡錘形で皮色は赤紫,条溝は多く一部は瘤状の隆起となり蒸熱後の肉色は淡黄とそれぞれ大きく異なった(図4A–C).「安納いも」5品種・系統のうち「安納3号」と「安納紅」の塊根は紡錘形で皮色は紅,条溝は微で蒸熱後の肉色は「兼六」よりやや淡い橙であったのに対し(図4D,G),「安納イモ4」と「安納こがね」の塊根は紡錘形で皮色は白,条溝は微で蒸熱後の肉色は「安納3号」と「安納紅」よりも黄に近い橙であった(図4F,H).一方「安納イモ1」の塊根は紡錘形で皮色は赤紫,条溝は多く一部は瘤状の隆起となり蒸熱後の肉色は淡黄白であった(図4E).
塊根の形態.
(A)「ナンシーホール」,(B)「赤元気」,(C)「兼六」,(D)「安納3号」,(E)「安納イモ1」,(F)「安納イモ4」,(G)「安納紅」,(H)「安納こがね」,(I)「隼人藷」.各パネル左は蒸熱前外観,右は蒸熱後断面.スケールバーは10 cm.
「兼六」と「安納いも」は塊根にβ-カロテンを含むことが特徴であることから,米国より導入されたカロテン品種「隼人藷」(図4I)を対照として塊根に含まれるカロテノイドを比較したところ,橙色を示した6品種・系統のHPLCクロマトグラフの形状に明確な差が認められず,いずれもall-trans-β-カロテンと13-cis + 15-cis-β-カロテンを主成分としていた(データ略).しかしその含量には有意差が認められ,all-trans-β-カロテンと13-cis + 15-cis-β-カロテンともに「隼人藷」が最も高く,「兼六」がそれに続いた(図5A).「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」では両成分ともさらに低い含量を示し,有意差こそなかったものの「安納イモ4」と「安納こがね」でやや低くなる傾向があった.一方all-trans-β-カロテンと13-cis+15-cis-β-カロテンの量比はこれら6品種・系統でいずれも約3:1であった.
塊根の成分分析.
(A)β-カロテン含量,(B)乾物割合,(C)糖含量.各パネル下部の数字は品種・系統を表す.1:「ナンシーホール」,2:「赤元気」,3:「兼六」,4:「安納3号」,5:「安納イモ1」,6:「安納イモ4」,7:「安納紅」,8:「安納こがね」,9:「隼人藷」.値は5塊根の平均値,エラーバーは標準偏差.n.d.は不検出.異なるアルファベットを付した品種・系統の平均値間には5%水準で有意差があることを示す(Tukey法).
蒸熱後塊根の乾物割合は「ナンシーホール」,「兼六」,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」では有意差が認められなかったが,「赤元気」と「安納イモ1」はそれらより有意に低い値を示した(図5B).
サツマイモ塊根には主に4種の遊離糖が含まれるが,「兼六」ではグルコースとフルクトースが同程度で最も低く,スクロース,マルトースの順に含量が高くなっていた(図5C).「兼六」の両親品種のうち「ナンシーホール」は「兼六」と比較してグルコース,フルクトース,マルトース含量がいずれも有意に低かったが,「赤元気」はグルコースとフルクトース含量が有意に高くスクロースとマルトース含量が有意に低かった.一方「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」は「兼六」とよく似た蓄積傾向を示し,「安納イモ1」はグルコースとフルクトースが有意に高くなった反面マルトース含量が有意に低かった.
3. CAPS法およびRAPD法による品種識別DNA品種識別は「兼六」を交配親に作出された「泉13号」と交配相手である「農林2号」,「クリマサリ」と交配相手の「農林7号」,および「クリマサリ」の後代品種「ベニアズマ」を加えた13品種・系統を用いた(図1).
まずTanaka et al.(2010)の方法に基づいたCAPS法を試み,主要な国内登録品種を含む103品種・系統を相互に識別できた27の多型について識別断片の出現パターンを解析した(図6).「兼六」のパターンを基準にすると,両親品種の「ナンシーホール」と「赤元気」は6および7識別断片が「兼六」と異なった.「泉13号」と「クリマサリ」はそれぞれ2および5識別断片が異なり,「ベニアズマ」では10識別断片が異なった.「兼六」と「安納イモ1」は10識別断片が異なっていた一方で「兼六」と「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」は同一のパターンを示した.
CAPS法によるDNA品種識別.
(A)既報の27多型について,識別断片の有無をそれぞれ黒と白で表示.(B)代表的な多型の電気泳動像.多型に相当する識別断片を白丸で示した.各パネル上部の数字は品種・系統を表す.1:「ナンシーホール」,2:「赤元気」,3:「兼六」,4:「安納3号」,5:「安納イモ1」,6:「安納イモ4」,7:「安納紅」,8:「安納こがね」,9:「農林2号」,10:「泉13号」,11:「農林7号」,12:「クリマサリ」,13:「ベニアズマ」.
CAPS法では「兼六」と「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」の識別ができなかったことから,より高い識別性が期待できるRAPD法を試みた.「ナンシーホール」と「赤元気」では供試した60種の10塩基プライマーのうち24種のプライマーで多型が認められ,合計45の識別断片が得られた.それらの出現パターンを解析したところ,「ナンシーホール」と「赤元気」ではそれぞれ15および30識別断片のパターンが「兼六」と異なった(図7).「泉13号」と「クリマサリ」はそれぞれ11および12識別断片が「兼六」と異なり,「ベニアズマ」では16識別断片が異なった.「兼六」と「安納イモ1」では32識別断片が異なっていた一方で「兼六」と「安納3号」,「安納紅」は同一のパターンを示した.CAPS法では識別できなかった「兼六」と「安納イモ4」は1識別断片(A-09の約2.0 kb)で,「兼六」と「安納こがね」は2識別断片(A-09の約2.0 kbとC-15の約1.9 kb)でパターンが異なった(図7B).
RAPD法によるDNA品種識別.
(A)24種のプライマーで認められた45の識別断片についてその有無をそれぞれ黒と白で表示.(B)代表的な識別断片の電気泳動像.識別断片に相当する断片を白丸で示した.各パネル上部の数字は品種・系統を表す.1:「ナンシーホール」,2:「赤元気」,3:「兼六」,4:「安納3号」,5:「安納イモ1」,6:「安納イモ4」,7:「安納紅」,8:「安納こがね」,9:「農林2号」,10:「泉13号」,11:「農林7号」,12:「クリマサリ」,13:「ベニアズマ」.
供試した「安納いも」5品種・系統のうち「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」および「安納こがね」は共通して紫色の頂葉と波・歯状心臓形の成葉を持ち,栽培期間中の地上部からは「兼六」と見分けがつかなかった.アントシアニンはアグリコンである数種のアントシアニジンとそれに結合する糖や有機酸の組み合わせによって400種以上が発見されている.サツマイモ塊根に含まれるアントシアニン分析の報告例は複数あるが(宮崎 1992,Montilla et al. 2011,Grace et al. 2014,Gras et al. 2017),頂葉についての分析例は見つけることができなかったため,本研究では各ピークに相当する化合物の同定には至らなかったが,少なくとも「兼六」と「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」の頂葉に含まれるアントシアニン組成はよく似ていることが確認できた.一方「安納3号」と「安納紅」の塊根皮色は紅で「兼六」と同じであったのに対し,「安納イモ4」と「安納こがね」の塊根皮色は白で明確に区別することができた.サツマイモ塊根の皮色は突然変異により紅から白に変化することが報告されており(Otani et al. 2006),「安納こがね」は皮色が紅の在来系統の変異個体であることが確認されている(上妻ら 2003).これら5品種・系統の塊根はいずれもβ-カロテンを含んでいたが,その含量には差があり,蒸熱後の肉色が濃い橙色を示した「兼六」,やや淡い橙色を示した「安納3号」と「安納紅」,黄に近い橙色を示した「安納イモ4」と「安納こがね」の順に少なくなっていた.橙色を呈するサツマイモは黄色の品種と比べ13-cis+15-cis-β-caroteneを多く含んでいることが報告されている(渡辺ら 1999)が,「兼六」と「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」および「安納こがね」のall-trans-β-カロテンと13-cis+15-cis-β-カロテンの量比は同じであったことから,これら品種・系統が示した肉色の違いは含まれるカロテノイドの質的な違いではなく量的な違いに起因していると考えられた.以上の結果から「安納いも」のなかでも「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」,「安納こがね」は極めて近縁であることが推測され,特に「兼六」と「安納3号」,「安納紅」には塊根のβ-カロテン含量以外に違いが認められなかった.
品種あるいは個体の識別方法としてDNA多型解析は非常に有効な手法であり,植物のDNA品種識別についてはガイドラインも示されている(DNA品種識別技術検討会 2003).CAPS法は高い識別性と再現性を兼ね備えており,本研究で用いた27識別断片は主要な国内登録品種の識別に利用できている(Tanaka et al. 2010)が,「兼六」と「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」および「安納こがね」を相互に識別することはできなかった.さらに高い識別性を求めて実施したRAPD法は,独立に抽出したDNAを用いて反復実験を行うなど再現性に配慮することでDNA品種識別にも適応できるとされており(Scott et al. 1992),サツマイモにおける適用例も数多い(Connolly et al. 1994, Thompson et al. 1997, Gichuki et al. 2003, He et al. 2006, Moulin et al. 2012, Monden and Tahara 2017).本研究で用いた45識別断片によるRAPD法はCAPS法で検出できなかった品種間多型を検出することができ,塊根皮色が紅の「兼六」,「安納3号」,「安納紅」と皮色が白の「安納イモ4」および「安納こがね」を識別することができたが,この結果は紅から白への塊根皮色変化が突然変異によって起こるとする既報(上妻ら 2003,Otani et al. 2006)と矛盾しない.一方「兼六」を交配親に作出された「泉13号」と「クリマサリ」およびその後代である「ベニアズマ」の3品種はRAPD法のみならずCAPS法でも容易に「兼六」と識別することができた.これらの結果は「兼六」を交配親に持つ「泉13号」と「クリマサリ」より,「安納3号」,「安納イモ4」,「安納紅」および「安納こがね」の方が遺伝的により「兼六」に近いことを示している.さらに今回用いたDNA品種識別法では「兼六」と「安納3号」および「安納紅」を識別できなかったが,「安納紅」は種子島の在来系統であった「安納3号」から選抜された(上妻ら 2003)ことからも,「安納3号」と「安納紅」は「兼六」の品種内変異として捉えることができると考えられた.
1930年代に石川県立農事試験場で選抜された「兼六」は良食味であったことから「泉13号」や「クリマサリ」の育成に用いられた(小野田ら 1970,熊谷 2010)ばかりでなく一時は全国に栽培が広まったとされ,実際にカロテンを含む品種や高糖系の品種として用いられた研究が散見される(平井 1953,桑田・山本 1956,川合ら 1958,蟹江ら 1970,渡辺ら 1999)ほか,現在でも蒸切干用に茨城県や静岡県,三重県などで栽培されている(塩谷 2010).一方で「安納いも」は種子島の在来品種として戦後収集されたが,由来については諸説あるものの正確な記録が残っておらず(上妻ら 2003,長谷 2015),その歴史を戦前まで遡ることはできない.こうした経緯と本研究の結果から,良食味優良品種の1つとして種子島に持ち込まれた「兼六」が,戦後に同島で収集された「安納いも」在来系統の原品種になったのではないかと考えられた.遠く離れた石川と種子島で恐らく70年に渡り独立に栽培,維持されてきた「兼六」と「安納いも」は,その間にβ-カロテン含量などに差が生じた傍ら,片や栽培が途絶えた幻の品種となり,片やその品質が高く評価されるブランド品種に育て上げられたことになる.したがって「兼六」を加工用品種として再活用し特産化するためには,「安納いも」の成功例を範としつつも,「安納いも」との差別化を意識したブランド化戦略が必要になると考えられた.
本研究の一部は平成30年度石川県立大学地域貢献プロジェクトの助成を受けて実施した.供試品種・系統の一部は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構遺伝資源センターから配付を受けた.ここに深く感謝致します.