Breeding Research
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Research Paper
Development and characterization of wheat yellow mosaic virus-resistant lines carrying Q.Ymym, breaking off the tightly-linked high-activity allele of the polyphenol oxidase gene in the Japanese wheat variety ‘Yumechikara’
Fuminori KobayashiHisayo KojimaGoro IshikawaChikako Kiribuchi-OtobeMasaya FujitaToshiki Nakamura
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2020 Volume 22 Issue 1 Pages 1-10

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摘 要

北海道の超強力秋播きコムギ品種の「ゆめちから」は,コムギ縞萎縮病に対して高度な抵抗性を示し,抵抗性に関与するQTLのQ.Ymymを保有する.Q.Ymymは2D染色体長腕に座乗し,麺色に影響を与える高活性型のポリフェノール酸化酵素(PPO)遺伝子(Ppo-D1b)と強連鎖関係にある.そのため,罹病性品種へのQ.Ymymの導入にはPpo-D1bが伴い,麺の色相低下が問題となっている.本研究は,Ppo-D1bQ.Ymymの強連鎖を解消し,麺の色相が改善され且つコムギ縞萎縮病抵抗性を持つ系統の開発を目的とした.参照ゲノム配列情報を用いた物理地図と解析に用いたDNAマーカーの位置より,Ppo-D1Q.Ymymとの距離は約19.7 Mbであり,組換え型の取得が可能な距離と推定された.そこで,「ゆめちから」と罹病性品種の「タマイズミ」との連続戻し交雑系統から,Ppo-D1Q.Ymymとの間で遺伝的組換えが生じた個体のDNAマーカー選抜を行った結果,低活性型のPPO遺伝子(Ppo-D1a)とQ.Ymymを持つ系統(Ppo-D1a/Q.Ymym系統)が選抜できた.同系統はコムギ縞萎縮病汚染圃場(I型,III型)において明らかに抵抗性を示した.また,フェノール反応試験においても,Ppo-D1bを持つ系統に比べて低いPPO活性を示した.さらに中華麺色相評価では,Ppo-D1bを持つ系統に比べて色相の劣化が抑えられており,その差は明瞭であった.以上のことから,Ppo-D1a/Q.Ymym系統を母本に用いることでQ.Ymymの導入の際に懸念される品質面での問題点が解決できると期待される.また,同系統とこれまでに開発されたPpo-D1aおよびQ.Ymymの選抜マーカーを組合せることで,縞萎縮病抵抗性育種の効率化が図られる.

Abstract

The Japanese winter wheat variety Yumechikara shows resistance to wheat yellow mosaic virus (WYMV). A single major QTL for WYMV resistance, Q.Ymym, has been identified in Yumechikara. Q.Ymym is tightly linked with the high-activity allele of the polyphenol oxidase (PPO) gene, Ppo-D1b, on the long arm of chromosome 2D. The introduction of Q.Ymym into susceptible varieties results in a time-dependent discoloration of wheat end products, especially in noodles, by the cointroduction of Ppo-D1b. The objective of our current study was to break off the tight linkage between Ppo-D1b and Q.Ymym. In this study, we clarified the positional relationship between Ppo-D1 and Q.Ymym. Linkage analysis indicated that Ppo-D1 was mapped on the Q.Ymym region, whereas the reference genome sequence of chromosome 2D showed that the physical distance was 19.7 Mb between Ppo-D1 and Q.Ymym. One recombinant between Ppo-D1 and Q.Ymym could be identified from recurrent back crossed lines between Yumechikara and the susceptible variety Tamaizumi. We successfully developed a line carrying the low-activity Ppo-D1a allele and Q.Ymym from its progenies. The Ppo-D1a/Q.Ymym lines showed resistance to WYMV and low PPO activity. We made noodle sheets of yellow alkaline noodles from the Ppo-D1a/Q.Ymym and Ppo-D1b/Q.Ymym lines and assessed their time-dependent discoloration. The raw noodle sheet discoloration in the Ppo-D1a/Q.Ymym lines was suppressed in comparison to that in the Ppo-D1b/Q.Ymym lines. The Ppo-D1a/Q.Ymym line can solve the problem of noodle discoloration caused by the introduction of Q.Ymym. DNA markers for the selection of Ppo-D1a and Q.Ymym have been developed in previous studies. Breeding for WYMV resistance is expected to improve by combining the Ppo-D1a/Q.Ymym line and DNA markers in marker-assisted selection.

緒言

コムギ縞萎縮病はコムギ縞萎縮ウイルス(wheat yellow mosaic virus: WYMV)によって引き起こされる土壌伝染性の病害である.本病の発生は,日本と中国で報告されており(Inouye 1969, Han et al. 2000),秋播きコムギの生産に影響する.日本国内のWYMVの病原型はI~III型に分類され,I型は関東以南,II型は北日本,III型は福岡県にそれぞれ分布する(大藤 2006Ohki et al. 2014).本病への対策としては,生産コストの面からも抵抗性品種の作付けが最も有効な手段とされ(Kanyuka et al. 2003, Chen 2005, Kühne 2009),そのためにWYMVの抵抗性に関わるQTL解析や(Liu et al. 2005, Nishio et al. 2010, Zhu et al. 2012, Kojima et al. 2015, Suzuki et al. 2015, Xiao et al. 2016),最近では2D,3B,5A染色体上の3つの抵抗性QTLと病原型との関係性も調査された(Kojima et al. 2019).

北海道の超強力秋播きコムギ品種の「ゆめちから」は,タンパク質含量が高いなどの様々な優れた特性を持つ(田引ら 2011).特にコムギ縞萎縮病に対する高度な抵抗性を有し,これまでの抵抗性試験からは,WYMV-I型,II型,III型に対して安定的な抵抗性を示した(Kojima et al. 2015田引ら 2011,西尾善太 私信).「ゆめちから」が保有するQ.Ymymは,WYMV-I型に対する抵抗性QTLとして同定された(Kojima et al. 2015).Q.Ymymは,2D染色体長腕の末端部で31個のDNAマーカーと強連鎖していたが,参照ゲノム配列情報(IWGSC RefSeq v1.0; IWGSC 2018)によると,そのゲノム領域は68.5 Mbであると推定された(Kobayashi et al. 2020).Q.Ymym領域のDNA配列や遺伝子型の調査からは,当該領域が特徴的なハプロタイプブロックを形成しており,このことが強連鎖の要因の一つと考えられた(Nishio et al. 2010, Kobayashi et al. 2020).この特性を利用して,コムギ縞萎縮病への罹病が問題となっていた白粒の中華麺・醤油用硬質コムギ品種「タマイズミ」(藤田ら 2004)に,強連鎖マーカー(wmc41, wmc181, TNAC1139)によってQ.Ymymが導入され,コムギ縞萎縮病抵抗性の「タマイズミR」が育成された(乙部ら 2019).

Q.Ymymは,ポリフェノール酸化酵素(PPO)をコードするPpo-D1遺伝子と2D染色体長腕上で強連鎖関係にあることが示された(Ikeda et al. 2018).PPO活性は麺生地の経時的な変色に影響することが知られているが,一般的に麺の色は明るい方が好まれるため,育種においてもPPO活性を低くする試みがされている(Siah and Quail 2018).PPO遺伝子は多重遺伝子族を形成しており,2Aおよび2D染色体に座乗するPpo-A1およびPpo-D1が主働遺伝子としてPPO活性に大きく作用し(Martin et al. 2011),Ppo-A1aおよびPpo-D1bが高活性型アリル,Ppo-A1bおよびPpo-D1aが低活性型アリルとされた(Wang et al. 2009).「ゆめちから」と「タマイズミ」との交配から得られたQ.Ymymを保有する系統は,いずれも高活性型のPpo-D1bを持ち,麺色の色相低下が観察された(高山ら 2016).「タマイズミR」においてもQ.Ymymと共にPpo-D1bが導入され,経時的な麺色の劣化(LAB色空間におけるL*値の低下,a*値の増大)が「タマイズミ」に比べて大きかった(乙部ら 2019).また,「ゆめちから」と罹病性で北海道の秋播き品種「きたほなみ」(柳沢ら 2007)との交配から作成された倍加半数体(doubled haploid: DH)集団においては,低活性型のPpo-D1aを持つ系統で縞萎縮病の発病度が高い.一方,抵抗性を示す系統では強連鎖関係にあるPpo-D1bが同時に導入され,PPO活性が高くなることが示された(伊藤ら 2016).このように,「ゆめちから」は高活性型のPpo-D1bアリルを持つため,Q.Ymymの導入には同時にPpo-D1bが導入され,それによりPPO活性が高くなり麺色の劣化を引き起こすことが示された.

Q.Ymymを育種利用していくためには,Ppo-D1bとの強連鎖を解消し,育種にとって使いやすい材料を開発することが求められる.そこで本研究では,ゲノム配列情報を活用し,Ppo-D1Q.Ymymの位置関係を明確にし,DNAマーカーを用いて強連鎖関係にあるPpo-D1bQ.Ymymを組換えた系統を選抜した.また,得られた組換え系統の形質評価を行うと同時に,今後の品種開発への利用に関しても考察を行った.

材料および方法

1. 材料

農研機構北海道農業研究センターで育成された「ゆめちから」と「きたほなみ」との交配から作出したDH集団(245系統;Kojima et al. 2015)を,Ppo-D1遺伝子の遺伝解析に用いた.Ppo-D1/Q.Ymym間の遺伝的組換え個体の選抜には,「タマイズミR」(乙部ら 2019)の育成過程で派生した「タマイズミ」/「ゆめちから」//4*「タマイズミ」のBC4F2の自殖後代(BC4F3)を用いた.また遺伝子型調査と形質評価には,その自殖後代のBC4F4,BC4F5,BC4F6を用いた.

2. 遺伝子型調査

材料の全DNA抽出は,DNeasy Plant Mini Kit(Qiagen, Hilden,ドイツ)により行った.Ppo-D1の遺伝子型調査には,低活性型のPpo-D1aを判定できるSTS01マーカー(Wang et al. 2008),高活性型のPpo-D1bを判定できるPPO29マーカー(He et al. 2007)を用いた.Ppo-A1の遺伝子型調査には,PPO18マーカー(He et al. 2007)を用いた.その他の2D染色体上の各種DNAマーカーは,Kobayashi et al.(2020)に記載されているものを利用した(各DNAマーカーのプライマー配列は付表1に記載).PCRは,T100サーマルサイクラー(Bio Rad, Hercules,米国)を用い,15 μlの反応系[DNA 20 ng,プライマー 各3 μM,GoTaq Green Master Mix(Promega, Madison,米国)を含む]で行った.反応条件は,各DNAマーカーの引用文献に従った.PCR産物は,2%アガロースゲル電気泳動により分画され,臭化エチジウム溶液により染色した.

3. 連鎖地図および物理地図の作製

「ゆめちから」/「きたほなみ」DH集団のPpo-D1遺伝子型を調査し,その結果をKobayashi et al.(2020)により作製された連鎖地図に統合した.物理地図の作製では,Ppo-D1aの遺伝子配列(GenBank accession number EF070149)をIWGSC RefSeq v1.0(IWGSC 2018)に対してBLAST検索(Altschul et al. 1997)を行い,2D染色体のpseudomolecule上の位置を特定した.得られた結果を,Kobayashi et al.(2020)で作製された2D染色体長腕の物理地図に統合し,Ppo-D1と他のDNAマーカーから構成される物理地図を作製した.

4. コムギ縞萎縮病抵抗性試験

コムギ縞萎縮病検定試験は,栃木県宇都宮市のWYMV-I型発生圃場と福岡県柳川市のWYMV-III型発生圃場(Ohki et al. 2014, Kojima et al. 2019)で実施した.試験は2017–2018年と2018–2019年の2か年実施し,いずれも10粒/区,2反復で材料を供試した.2017–2018年は,宇都宮では11月上旬に播種,3月中旬に調査と葉の採取,柳川では11月上旬に播種,3月上旬に調査と葉の採取を実施した.2018–2019年は,宇都宮では10月中旬に播種,2月下旬に調査と葉の採取,柳川では11月上旬に播種,3月上旬に調査と葉の採取を実施した.

WYMV感染の有無については二重抗体法(DAS-ELISA,以下ELISAとする)により評価した.WYMVに対する抗血清は宇杉・斎藤(1976)が作成したものを用いた.抗血清からの1次抗体(IgG)の精製にはIgG Purification kit - A(コスモバイオ,東京)を使用し,2次抗体(酵素標識抗体)の作成にはAlkaline Phosphatase Labeling Kit - SH(コスモバイオ,東京)を使用した.各試験区あたり約5 mm四方の葉を5枚採種した後にPBST(Phosphate-buffered Saline with Tween)500 μl中で破砕し,高速冷却遠心機Model 6200(KUBOTA,東京)により1,000 × gで5分間遠心分離して得られた上清を抗原液として使用した.なお,温室で培養土を用いて栽培した健全葉を同様に破砕,遠心して得られた上清をネガティブコントロールとした.ELISAの手順については根津ら(2011)の方法に準拠した.405 nmの波長での吸光値をプレートリーダーiMark(Bio Rad, Hercules,米国)で測定し,吸光値の対ネガティブコントロール比をELISA値とした.高橋(1988)の判定に従いELISA値が2以上のものを陽性とした.

5. フェノール反応試験

種子のPPO活性を調査するために,Wrigley(1976)に準拠してフェノール反応試験を行った.16時間吸水させたコムギ種子を1%フェノール溶液に20℃で4時間浸漬し,種子の色を比較した.

6. 中華麺帯の色相測定

2017–2018年に次世代作物開発研究センター内の試験圃場(つくば市観音台)で栽培したコムギ材料の収穫物を小型テストミルクォドルマットジュニア(Brabender GmbH & Co. KG, Duisburg,ドイツ)で製粉した.目標水分16.0%に調整したコムギ原粒を0.35 g/秒の速度で製粉し,72GGの篩を通したA粉(粉容器の手前半分に落ちる低灰分の粉)を中華麺帯(以下麺帯)作成に用いた.麺帯の作製は「小麦の品質評価法」(農林水産省食品総合研究所 1980)に準拠し,材料の量は全て50分の1に縮小して実施した.ミキソグラフ(TMCO Inc, Lincoln,米国)のピンミキサーにより2分間混捏してそぼろ状にした生地を製麺機YD6型(用田麺機製作所,藤岡)によりロール間隙を段階的に狭めて圧延し,最終的な厚さが1.1 mmになるように麺帯を作製した.作製した麺帯は4℃で保存し,作製直後(0時間後),3時間後,6時間後,24時間後,72時間後,120時間後に分光色彩計SD7000(日本電色工業,東京)により光源D65,視野10度で生地色を測定した.生地色はL*,a*,b*により評価され,L*は生地色の明るさ,a*は赤み,b*は黄色みを示す.

結果

1.Ppo-D1Q.Ymymの位置関係

Q.YmymのQTL解析では,「ゆめちから」/「きたほなみ」のDH集団(245系統)を用いて,2D染色体長腕のXcfd233Xgwm349間にQ.Ymymが位置づけられた(図1A,Kojima et al. 2015).この245系統について,低活性型Ppo-D1a(「きたほなみ」型)および高活性型Ppo-D1b(「ゆめちから」型)を識別するDNAマーカー(He et al. 2007Wang et al. 2008)による遺伝子型を調査した結果,Xcfd233Xgwm349間のQ.Ymym領域にマップされた31個のDNAマーカー(図1A,Kobayashi et al. 2020)と共分離した.このことから,Ppo-D1はこれら31個のDNAマーカーと同一の遺伝子座に座乗し,Xcfd233Xgwm349間の強連鎖領域に含まれることが示された(図1A).

図1.

2D染色体上のPpo-D1Q.Ymymとの位置関係.

(A)「ゆめちから」/「きたほなみ」のDH集団による連鎖地図.(B)IWGSC RefSeq v1.0に基づく物理地図.Q.Ymym候補遺伝子領域は,Kobayashi et al.(2020)による.*印は,組換え個体の選抜に使用したDNAマーカーを示す.

次に,コムギ遺伝学標準品種の「Chinese Spring」のRefSeq v1.0(IWGSC 2018)を使ってこれらのDNAマーカーの位置関係を調査したところ,Xcfd233Xgwm349間にマップされた31マーカー(TNAC8409TNAC8407)から約4.4 Mbセントロメア側にPpo-D1が位置した(図1B).これまでの調査から,Q.Ymym候補遺伝子領域は,Xcfd233Xgwm349間の強連鎖領域のテロメア側(TNAC1217TNAC8407)に位置することが明らかになっている(図1B,Kobayashi et al. 2020).従って,Ppo-D1Q.Ymym候補遺伝子領域には含まれず,両者の間(Ppo-D1TNAC1217)は約19.7 Mb離れていた.

2.Ppo-D1/Q.Ymym間の遺伝的組換え個体の選抜

「タマイズミR」の育成過程から派生した「タマイズミ」/「ゆめちから」//4*「タマイズミ」のBC4F2(603個体)について,Xcfd233Xgwm349間の領域がヘテロ接合性を示した307個体から任意の48個体を選定し,その自殖後代BC4F3(合計940個体)を組換え個体選抜の材料とした.強連鎖領域内のPpo-D1TNAC1139TNAC3152TNAC3149の4マーカー(DNAマーカーの位置関係は図1Bを参照)による選抜の結果,Ppo-D1およびTNAC1139をヘテロ接合型,Q.Ymym領域内のTNAC3152およびTNAC3149を「ゆめちから」型アリルでホモ接合型に持つ組換え個体が1個体(TY714)選抜された.この結果は,TY714はヘテロ接合型のPpo-D1および「ゆめちから」型のQ.Ymym領域を持つことを示唆した.そこで,その自殖後代(BC4F4)の20個体(TY714-01~-20)についてPpo-D1の遺伝子型を調査した.その結果,Ppo-D1a型(「タマイズミ」型),ヘテロ接合型,Ppo-D1b型(「ゆめちから」型)がそれぞれ5個体,10個体,5個体であり(図2),Ppo-D1aを持つ個体を得ることができた.

図2.

TY714(BC4F4)におけるPpo-D1の遺伝子型判定.

低活性型Ppo-D1a(560 bp),高活性型Ppo-D1b(490 bp)を識別するDNAマーカー(それぞれSTS01PPO29)によるPCR産物の電気泳動像.泳動像の下側に各個体の遺伝子型(a:低活性型,b:高活性型,H:ヘテロ接合型)を示す.「タマイズミ」はPpo-D1a,「タマイズミR」と「ゆめちから」はPpo-D1bを持つ.

Ppo-D1aを持つ5個体およびPpo-D1bを持つ5個体について,Xcfd233Xgwm349間のDNAマーカー(Kobayashi et al. 2020)を用いて遺伝子型を調査した.その結果,Ppo-D1aを持つ個体では,Xcfd233TNAC1145は「タマイズミ」型,TNAC1218Xgwm349は「ゆめちから」型を示した(図3).Ppo-D1bを持つ個体は,Xcfd233Xgwm349が「ゆめちから」型を示した.Q.Ymym候補遺伝子領域であるTNAC1217TNAC8407Kobayashi et al. 2020)は,TNAC1218Xgwm349内に含まれる(図3).従って,Ppo-D1aを持つ5個体はQ.Ymymを持つと考えられた.

図3.

組換え個体のグラフ遺伝子型.

「ゆめちから」,「タマイズミ」,TY714-10(Ppo-D1a/Q.Ymym系統),TYBC4-TにおけるQ.Ymym領域について,「ゆめちから」型を灰色,「タマイズミ」型を白色で示した.左側は物理地図とQ.Ymym領域の位置関係,TYBC4-TはKobayashi et al.(2020)にて得られた組換え系統.

3. コムギ縞萎縮病抵抗性試験

以上より選抜されたPpo-D1aおよびQ.Ymymを持つ5個体(以下,Ppo-D1a/Q.Ymym)について,その自殖後代(BC4F5, BC4F6)を用いてコムギ縞萎縮病抵抗性試験を行った.栃木県宇都宮市(WYMV-I型)と福岡県柳川市(WYMV-III型)のコムギ縞萎縮病発生圃場で2カ年実施し,ELISA法により抵抗性を評価した.Ppo-D1a/Q.Ymym系統(TY714-07, -08, -10, -12, -16)では「ゆめちから」および「タマイズミR」と同様に,いずれの試験においてもELISA値が2未満だったため(表1),WYMV-I型およびIII型に対して抵抗性と判定した.また,Ppo-D1bを持つ系統(以下,Ppo-D1b/Q.Ymym)についてもPpo-D1a/Q.Ymym系統同様に抵抗性を示すことを確認した(データ省略).

表1. コムギ縞萎縮病抵抗性試験の結果
品種・系統名 宇都宮(WYMV-I型) 柳川(WYMV-III型)
2017–2018 2018–2019 2017–2018 2018–2019
反復1*) 反復2 反復1 反復2 反復1 反復2 反復1 反復2
ゆめちから 0.97 0.99 1.00 0.96 0.78 0.75 0.77 1.09
タマイズミ 14.51 17.03 20.85 20.51 16.14 15.22 23.28 26.12
タマイズミR 0.98 0.94 1.05 1.00 1.03 0.86 1.13 1.04
TY714-07 0.80 0.98 1.08 0.99 0.80 0.74 0.99 1.13
TY714-08 0.87 0.98 1.05 0.99 0.93 0.73 1.06 1.07
TY714-10 0.91 1.00 1.09 1.04 0.79 0.74 1.02 1.07
TY714-12 0.83 1.04 1.05 1.07 0.80 0.74 0.94 1.07
TY714-16 0.89 1.00 1.03 1.22 0.80 0.70 1.09 1.09

*)数値はELISA値(サンプルの吸光値の対ネガティブコントロール比)を示す.

4. PPO活性の調査

コムギにおいて,種子のPPO活性とフェノール反応による着色程度には相関があることが報告されている(Singh and Sheoran 1972, Morris 2018).そこで,Ppo-D1a/Q.Ymym系統およびPpo-D1b/Q.Ymym系統の種子のPPO活性をフェノール反応試験により評価した.評価に先立って,これらの系統における遺伝的背景の均一性を確認するために,Ppo-D1とともにPPO活性の主働遺伝子であるPpo-A1の遺伝子型(He et al. 2007)を調査した.その結果,全ての系統が「タマイズミ」由来のPpo-A1b(低活性型)を持つことがわかり,均一性が確認できた(図4A).フェノール反応試験により,種子(BC4F6)のPPO活性を評価したところ,Ppo-D1a/Q.Ymym系統ではPpo-D1b/Q.Ymym系統に比べて種皮の着色が抑えられており(図4B),PPO活性が低いことが示された.

図4.

PPO活性の評価.

(A)組換え系統におけるPpo-A1遺伝子のアリル判定結果.低活性型Ppo-A1b(876 bp),高活性型Ppo-A1a(685 bp)を識別するDNAマーカー(PPO18)によるPCR産物の電気泳動像.「タマイズミ」と「タマイズミR」はPpo-A1b,「ゆめちから」はPpo-A1aを持つ.(B)フェノール反応試験によるPPO活性の評価.PPO活性が高いほど種子が染色される.写真は,吸水させた種子を1%フェノール溶液に20℃で浸漬してから4時間後の様子.

5. 中華麺帯の色相の経時変化の調査

Ppo-D1a/Q.Ymym系統およびPpo-D1b/Q.Ymym系統について,それぞれ麺帯を作製し,一定期間保存した場合の生地の色相変化を調査した(図5).分光色彩計で測定した作製直後の麺帯のL*,a*,b*の値を100%とした時の,各測定時間における相対値をPpo-D1a/Q.Ymym系統(TY714-07, -08, -10, -12および-16の平均値)とPpo-D1b/Q.Ymym系統(TY714-01, -02, -14および-20の平均値)で比較した.その結果,両者は時間の経過に伴いL*値の相対値は低下したが,作成後24時間以降,Ppo-D1a/Q.Ymym系統ではPpo-D1b/Q.Ymym系統に比べてL*値の相対値が有意に高くなっていた(図6).a*値については,両系統とも作成後6時間までは作成直後より低い値となったが,作成後24時間以降は作成直後より高い値となった.作成後6時間で,一時的にPpo-D1a/Q.Ymym系統の方がa*値の相対値が有意に高くなった.作成後72時間以降は,Ppo-D1b/Q.Ymym系統の方でa*値の相対値が高い傾向にあったが,その差は有意ではなかった(図6).b*値については,Ppo-D1a/Q.Ymym系統では作成後120時間まで相対値の変化は僅かだったが,Ppo-D1b/Q.Ymym系統ではPpo-D1a/Q.Ymym系統と比較してb*値の相対値が有意に低くなった(図6).以上の結果から,Ppo-D1a/Q.Ymym系統ではPpo-D1b/Q.Ymym系統と比較して生地の明るさと黄色みが長時間維持されていることが示された(図6).

図5.

中華麺帯の色相の経時変化.

(A)作製直後,(B)作製120時間後(4℃保存)の麺帯の色相.

図6.

L*,a*,b*による麺帯の色相の経時変化.

麺帯作製直後のL*,a*,b*の測定値を100%とした時の,各時間における相対値の経時変化.Ppo-D1a/Q.Ymym系統(5系統の平均値)を実線,Ppo-D1b/Q.Ymym系統(4系統の平均値)を破線で示す.誤差範囲は標準偏差を示し,「*」,「***」はStudent t-testによる有意差(それぞれ5%水準,0.1%水準)を示す.

考察

「ゆめちから」を母本に用いたコムギ縞萎縮病の抵抗性育種においては,Q.Ymymの高度な抵抗性を導入することを目的としているが,強連鎖のため同時に導入されてしまうPpo-D1bによる色相面での問題が未解決であった.本研究で開発されたPpo-D1a/Q.Ymym系統は,Ppo-D1b/Q.Ymym系統と比較してPPO活性が低いことをフェノール反応試験の着色程度により評価した.Ppo-D1とともにPPO活性に大きな効果を持つPpo-A1遺伝子座について,これらの系統は全てPpo-A1b(低活性型)であったことから(図5A),この差はPpo-D1の遺伝子型の違いによるものと推察された.本研究で使用した系統は,主に中華麺用として利用されている「タマイズミ」を遺伝的背景としているため,色相については中華麺の麺帯により評価した.その結果,Ppo-D1a/Q.Ymym系統ではL*値とb*値の経時的な低下が有意に小さくなっていることが示された.L*値の結果についてはBaik et al.(1995)伊藤ら(2008)の報告と一致するものであったが,両報告ではb*値の経時的な変化とPPO活性に高い相関は認められなかったとしている.L*値の低下はb*値の低下をもたらす(Fuerst et al. 2010)という報告もあることから,Ppo-D1b/Q.Ymym系統でのb*値の低下はL*値の影響を受けている可能性も考えられた.a*値の相対値は作成後6時間で一時的にPpo-D1a/Q.Ymym系統の方が有意に高かった.作成後72時間以降は有意ではなかったもののPpo-D1b/Q.Ymym系統の方で高い傾向があり,Baik et al.(1995)伊藤ら(2008)の結果と一致するものであった(図7).以上の結果をまとめると,L*値の経時的な低下が小さいPpo-D1a/Q.Ymym系統は,麺色の明るさが重要な要素である日本麺および中華麺用の品種育成において,Q.Ymymの導入に伴う色相面の問題を解決する新規の育種素材と言える.すでに育種現場においては,Ppo-D1a/Q.Ymym系統は抵抗性導入のための母本として利用が始まっている.

図7.

Q.Ymym領域の共優性マーカーによる遺伝子型判定.

Q.Ymym候補遺伝子領域内で作製された共優性マーカー(TNAC1216CD, TNAC3149CD; Kobayashi et al. 2020)によるPCR産物の電気泳動像.

本研究では,栃木県宇都宮市と福岡県柳川市の圃場でコムギ縞萎縮病抵抗性試験を実施し,Ppo-D1a/Q.Ymym系統がWYMV-I型とIII型の両病原型に対して抵抗性を持つことが示され(表1),Xcfd233Xgwm349間のDNAマーカー(Kobayashi et al. 2020)による遺伝子型調査の結果(図3)を支持するものであった.また,Q.YmymはI型に対する抵抗性QTLとして同定されたが(Kojima et al. 2015),III型に対する抵抗性にも関与すると考えられる.このことは,2D染色体上に「ゆめちから」のような抵抗性品種と同じハプロタイプを持つ品種は,I型とIII型に対して抵抗性を示すという結果(Kojima et al. 2019)と一致する.従ってPpo-D1a/Q.Ymym系統は,関東から九州における抵抗性育種にとって有用な系統であると言える.また,上記の2D染色体のハプロタイプは,II型に対しても部分的ではあるが効果があると報告された(Kojima et al. 2019).今後の検証が必要ではあるが,Ppo-D1a/Q.Ymym系統が北海道や東北においても抵抗性の付与に貢献できる可能性がある.

この新規組換え個体の選抜に際しては,コムギの参照ゲノム配列情報(IWGSC 2018)を利用することで,Ppo-D1Q.Ymymの物理的な位置関係を明確にすることができた(図1B).これにより,Ppo-D1a/Q.Ymym系統の選抜を効率的に行うことができたと考える.イネにおいては,いもち病抵抗性遺伝子pi21の研究成果が有用形質と不良形質とを分離した成功例として知られる(Fukuoka et al. 2009).食味を悪くする遺伝子がpi21から僅か37 kbの範囲に位置することがゲノム情報により明らかにされ,DNAマーカーを用いて両者の連鎖が解消された.このような連鎖ひきずりに関わる遺伝子との位置関係を明らかにできるという点において,ゲノム情報が果たす役割は非常に大きい.このことは,ゲノム情報の整備と研究が進んだイネだけでなく,つい最近参照ゲノム配列が構築されたコムギでも本研究により実証された.現在までにQ.Ymym領域内の2箇所に共優性マーカー(TNAC1216CD, TNAC3149CD)が開発されている(図7Kobayashi et al. 2020).また,TNAC3152TNAC1216TNAC8408TNAC3149TNAC8402の各DNAマーカーの近傍には,「ゆめちから」型および罹病性型をPCRで判別できるそれぞれの優性マーカーも開発されている(Kobayashi et al. 2020).これらとPpo-D1マーカー(STS01, PPO29)を組み合わせることで,当該領域の有用アリルの導入および選抜の効率化を図ることができる.

コムギの全ゲノム解読によって,ゲノム全体の平均組換え頻度は0.26 cM/Mbであり,Dゲノムでは平均0.36 cM/Mbと報告された(IWGSC 2018).しかし,2D染色体長腕の強連鎖領域(Xcfd233Xgwm349)においては,染色体の末端部分であるにも関わらずその組換え頻度は0.11 cM/Mb(図1より,7.6 cM/68.5 Mb)と遺伝的組換えが非常に起きにくく,そのためにQ.Ymymの導入に伴いPpo-D1bも導入されていた.2D染色体長腕上にコムギ縞萎縮病抵抗性QTLを持つ「Ibis」,「Madsen」,Q.Ymymのソースである「KS831957」,抵抗性品種の「Jagger」は,Xcfd233Xgwm349領域が「ゆめちから」と同様のハプロタイプブロックを持つことが明らかとなった(Nishio et al. 2010, Kobayashi et al. 2020).「ゆめちから」のQ.Ymym領域に由来するDNA配列の調査からは,CSや罹病性品種の「きたほなみ」の2D染色体配列と比べて相同性が低く,Q.Ymym領域の配列構造が非常に特徴的であることがわかった(Kobayashi et al. 2020).最近,スイスのコムギ系統「CH Campala Lr22a」の2D染色体全体のゲノム配列情報が構築され(Thind et al. 2018),「ゆめちから」の配列との比較解析によって,「CH Campala Lr22a」も同じハプロタイプブロックを持つと考えられた(Kobayashi et al. 2020).「CH Campala Lr22a」とCSとの比較解析からは,当該領域の配列の相同性が崩壊していると報告された(Thind et al. 2018).このような特徴的な配列構造が,遺伝的組換えを抑制している原因の一つと考えられる.

先行研究では,「タマイズミ」/「ゆめちから」//4*「タマイズミ」の連続戻し交雑より,強連鎖領域内における2種類の組換え系統が得られた(Kobayashi et al. 2020).このうちTYBC4-T系統では,TNAC1218TNAC1217の間で組換えが起きており,高活性型Ppo-D1bを持ち,Q.Ymym領域は「タマイズミ」型であった(図3).これは,Q.Ymym候補遺伝子領域の絞り込みに有用であった(Kobayashi et al. 2020).本研究では,TNAC1145TNAC1218間で組換えが起きたTY714(BC4F3)が選抜された(図3).これらの結果は,頻度は低いものの当該領域では遺伝的組換えが起きることを示した.本研究で開発した組換え系統からPpo-D1a/Q.Ymymを導入していく以外にも,今後の品種育成ではPpo-D1aを持つ抵抗性個体が独立して得られる可能性は十分ある.TYBC4-TやTY714とは異なる位置で組換えが起きた場合には,Q.Ymym候補遺伝子領域の更なる絞り込みにとって有用である.本研究およびKobayashi et al.(2020)では,ゲノム配列情報を利用することで,これまで困難であったQ.Ymym領域の解析が進展し,得られた成果は育種の効率化に繋がると期待できる.実際にイネでは,ゲノム情報を駆使してpi21遺伝子の育種利用に成功し(Fukuoka et al. 2009),いもち病に強い良食味品種の「ともほなみ」の育成に繋がった(福岡・坂 2013).今後,解析に有用な新たな材料が派生した際には,これから充実していくコムギのゲノム情報を上手く組み合わせ,候補遺伝子の特定,さらにはより優良な新品種の育成へと発展するものと期待する.

電子付録

付表1.本研究で使用したDNAマーカーのプライマー配列

謝辞

コムギ縞萎縮病抵抗性試験では,農研機構次世代作物開発研究センター髙山敏之氏(現,東北農業研究センター),藤郷誠氏,農研機構九州沖縄農業研究センターの中村和弘氏,松中仁氏にご協力いただいた.組換え個体の選抜は,農研機構次世代作物開発研究センター・ゲノム育種推進室のゲノム育種支援(Project ID: 16-07)により行われた.なお本研究の一部は,科研費(JP16K18639)の支援を受けて実施した.ここに深く謝意を表す.

引用文献
 
© 2020 Japanese Society of Breeding
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