2020 Volume 22 Issue 2 Pages 139-148
酒米の重要な特性である蒸米の酵素消化性は,澱粉の糊化温度が低い米において優れる.著者らは,代表的な酒造好適米を含む41品種・系統から,澱粉の糊化温度の指標となる粘度上昇開始温度が低い「秋田酒44号」を見出した.この系統のアミロペクチンの側鎖長分布を解析したところ,「あきたこまち」や「五百万石」等と比べ,重合度6から12の短鎖の比率が高く,重合度13から24の中鎖の比率が低かった.また,同系統は胚乳における澱粉代謝系酵素のひとつ,澱粉ホスホリラーゼ1の活性を欠損していた.一方,「秋田酒44号」とその系譜上にある品種・系統について,澱粉ホスホリラーゼ1の活性を調査したところ,活性の欠損は「秋田酒44号」以外には認められなかった.「秋田酒44号」は「58系3071」へのγ線照射によって育成されていることから,澱粉ホスホリラーゼ1活性欠損の原因は,このγ線照射による変異が原因と推定された.さらに,「秋田酒44号」の澱粉ホスホリラーゼ1遺伝子の塩基配列を決定し,同酵素活性を保持する「日本晴」の配列と比較したところ,第12エクソンにアミノ酸置換を伴う一塩基置換があることを確認した.この変異が「秋田酒44号」の澱粉ホスホリラーゼ1活性の欠損,ひいては澱粉糊化時の粘度上昇開始温度が低い原因であると考えられた.
The enzyme digestibility of steamed rice grains is an important characteristic for sake brewing and is higher when the pasting temperature is lower. On the basis of a low pasting temperature measured by a Rapid Visco Analyzer, we selected ‘Akitasake 44’ from among 41 improved cultivars and lines used in sake brewing. Analysis of its amylopectin chain length distribution shows that it is richer in short-length chains (degree of polymerization 6–12) and poorer in mid-length chains (degree of polymerization 13–24) than the commonly preferred cultivars ‘Akitakomachi’, ‘Gohyakumangoku’, and ‘Okuhomare’. ‘Akitasake 44’ lacked activity of phosphorylase 1, an enzyme related to starch metabolism in the endosperm. Although phosphorylase 1 activity was normal in its ancestry, ‘Akitasake 44’ was bred by gamma-irradiation of ‘58kei3071’. Sequence analysis revealed a single nucleotide substitution in the 12th exon of the phosphorylase 1 gene of ‘Akitasake 44’, which caused an amino acid substitution. This mutation is the likely cause of the lack of phosphorylase 1 activity, and consequently the lower pasting temperature of ‘Akitasake 44’.
近年,日本酒全体の出荷量は減少傾向にあるものの,製品当たりの米使用量が多い吟醸酒や純米酒等の特定名称酒が堅調に推移していることから酒造好適米(酒米)の使用量は増加している.酒米の使用量は2010年には6万5千トンだったが,2016年には約10万トンとなっている.一方,日本酒の輸出量は和食ブーム等を背景に近年増加傾向にあり,輸出金額は2017年までの10年間に約3倍の187億円となるなど,今後の需要の伸びも期待される(農林水産省 2019).茨城県では,2000年に育成された酒米品種「ひたち錦」がイネ縞葉枯病抵抗性遺伝子を持ち,いもち病に強く,倒れにくいなど栽培特性に優れる(須賀ら 2003)ことから,県奨励品種の中で最も作付けが多い酒米品種となっている.しかし,「ひたち錦」は玄米が硬質でとう精に時間を要するほか,醸造工程ではもろみの溶け具合,すなわち蒸米の酵素消化性が劣ることが難点とされ(吉浦・元木 2000, 2001),今後の酒米育成において酵素消化性の改善が求められている.
米澱粉はグルコース分子が直鎖状に結合したアミロースと分岐によって生じる側鎖の多いアミロペクチンから構成される.蒸米の酵素消化性の違いは,澱粉の性質の違いが主な要因となる.これまでにアミロース含有率およびアミロペクチン構造に特徴を持つ変異系統の分析により,アミロペクチンの短鎖比率と蒸米の酵素消化性との間に正の相関関係が報告されている(Okuda et al. 2005, 2009).さらに,清酒醸造に使用される日本産米136試料を用いて澱粉特性と酵素消化性を調べた結果,1)アミロペクチンの構造によって蒸米の酵素消化性が予測できること,2)アミロペクチンの短鎖/長鎖比と酵素消化性との間には高い正の相関関係が認められること,3)ラピッド・ビスコ・アナライザー(RVA)による粘度上昇開始温度(糊化開始温度)と酵素消化性との間には高い負の相関関係が認められることが報告されている(Okuda et al. 2009).したがってアミロペクチンの短鎖比率が高い,すなわち低温糊化性を示す品種・系統を見出せば,蒸米の酵素消化性の改善のための酒米育種素材として期待できる.なお,これまでRVAで計測されるpasting temperatureは「糊化開始温度」が慣用的に用いられてきたが,実際に測定されているのは「粘度」であり「糊化」ではないので,本論文では「粘度上昇開始温度」を用いる.
一方,アミロペクチンの短鎖/長鎖比は登熟期の気温の影響を受け,気温が高いと短鎖比率は低下することが知られている(Umemoto et al. 1999, Inouchi et al. 2000, Aoki et al. 2018).奥田ら(2010)は,同一品種でも産地間でアミロペクチン側鎖長分布に差がある場合は,登熟期の気温の違いが影響していること,登熟期の気温と示差走査熱量計による糊化温度との間に高い正の相関関係が認められることを報告している.また,高橋ら(2013)は異なる年次で栽培された酒米の鎖長分布パターンの違いから,高温登熟した米では澱粉枝作り酵素(SBE2b)の発現量が低下し,難消化性の澱粉分子構造に変化したことを報告している.世界の平均地上気温は,今世紀末までに0.3~4.8℃上昇することが予測されている(IPCC 2013).今後,気候温暖化が進行すると,蒸米の酵素消化性がさらに低下すると推定されることから,低温糊化性を持つ酒米品種の重要性は一層増すと考えられる.
本研究では酒米41品種・系統を供試し,Okuda et al.(2009)が清酒醸造における蒸米の酵素消化性の推定に用いたRVAの粘度上昇開始温度を指標とすることで,低温糊化性を有する系統「秋田酒44号」を見出した.同系統のアミロペクチン構造の特徴を明らかにするとともに,登熟期の胚乳において澱粉ホスホリラーゼ1(Pho1)の活性が欠損していること,同酵素遺伝子の一部にアミノ酸置換を引き起こす変異が生じていること等を見出した.さらに,この原因変異の有無を識別できる選抜用DNAマーカーを開発し,酒米育種素材としての効率的な利用を可能にしたので報告する.
新潟県農業総合研究所で保存されていた酒米37品種・系統(小林 2004)を参考にして,代表的な酒米を含む41品種・系統を供試した(付表1).
各供試品種・系統は茨城県農業総合センター農業研究所(茨城県水戸市)内の圃場で2006年および2007年に栽培し,分析材料を得た.移植日は5月下旬,1株1本植え,株間15 cm,畦間30 cm,基肥は窒素,リン酸,および,カリを10 a当たり成分で7 kgずつ施用し,追肥は施さなかった.その他は茨城県農業総合センター(2005)普通作物耕種概要(平成17年度版)に準じた.
粘度上昇開始温度の測定に供するため,各年産の玄米について精米歩合90%に調製した精米を,オートクラッシャー(サタケ社製AC1B型)で粉砕し,粒度74 μm以下の精米粉を得た.粘度上昇開始温度の測定は,一般的な粳米を分析する豊島ら(1997)の方法に従い行った.すなわち,精米粉3.5 gに蒸留水25 mLを加え,RVA(フォス社製RVA-3D型)に供した.
2. アミロペクチン側鎖長分布の解析材料には2009年産の「秋田酒44号」,および「秋田酒44号」に出穂期が近い品種として主食用品種「あきたこまち」,酒米「五百万石」および「おくほまれ」の計4品種・系統を供試した.耕種概要は1.と同じである.なお,分析サンプルは登熟期の気温等,環境条件の影響を抑えるため,8月6日に開花した籾に印を付け,完熟期に収穫し,印のついた頴果果物から調製した米粉をサンプルとした.
アミロペクチン側鎖長分布は,キャピラリー電気泳動法を用いO’Shea et al.(1998),Fujita et al.(2001)の方法により解析し,重合度(DP)6からDP54の側鎖のモル比率をデータとして用いた.品種・系統間比較のため,解析データをもとに「あきたこまち」を基準として,「秋田酒44号」,「五百万石」および「おくほまれ」における各重合度のアミロペクチン側鎖のモル比率の差分(「各品種・系統」-「あきたこまち」)を算出した.また,本研究では,Hanashiro et al.(1996)およびNakamura et al.(2002)に準じて,DP6からDP12のモル比率の合計をfa,DP13からDP24のモル比率の合計をfb1,DP25からDP36の合計をfb2,DP37からDP54の合計をfb3,ならびに,(DP10以下のモル比率の積算値)/(DP24以下のモル比率の積算値)をamylopectin chain ratio(以下,ACR)とし,それぞれについてTukeyの多重検定により統計解析した.
3. 澱粉代謝系酵素活性の検出材料には2010年産の「秋田酒44号」,その祖先品種「山田錦」,「ヨネシロ」,「兵系酒18号」,子孫品種「ぎんおとめ」,比較品種「おくほまれ」,「こころまち(東北141号)」を供試した.耕種概要は1.と同じである.
澱粉代謝系酵素として,可溶型澱粉合成酵素(SSS),澱粉枝付け酵素(SBE),澱粉ホスホリラーゼ(Pho)の活性について解析した.Native-PAGE活性染色はNishi et al.(2001)およびSatoh et al.(2003, 2008)の方法に従った.水田圃場で栽培した乳熟期後期の穎果を採取し,外穎,内穎,果皮,胚を除き,得られた5粒ないし6粒の胚乳から粗酵素液を抽出した.電気泳動により目的の酵素タンパク質を分離し,泳動用緩衝液を澱粉合成用緩衝液に置換した後,ゲル上で合成反応を行った.SBEおよびPhoの活性検出は30℃で4~6時間,SSSについては25℃で16時間反応させた.酵素反応により生成された澱粉を0.67%ヨード・3.33%ヨードカリウム溶液で染色し,検出した.
4.Pho1遺伝子のゲノムDNA塩基配列の解析2014年に栽培した「秋田酒44号」,「ヨネシロ」,「ぎんおとめ」,「こころまち」,「兵系酒18号」および「日本晴」を供試し,Pho1遺伝子(Os03g0758100)のゲノムDNA塩基配列を解析した.なお,「秋田酒44号」および「日本晴」についてはPho1遺伝子の全長ゲノムDNA塩基配列を,その他4品種・系統はPho1遺伝子の一部ゲノムDNA塩基配列を解析した.DNAの抽出はDoyle and Doyle(1990)の方法をスケールダウンし,0.1 gの新鮮葉から抽出した.抽出したゲノムDNAを鋳型に用い,付表2に示すプライマーによりPCR増幅した.PCR産物をExoSAP-IT(サーモフィッシャーサイエンティフィック ライフテクノロジーズジャパン社)を用いて精製した後,サンガー法により,塩基配列を決定した.シーケンサーには,ジェネティックアナライザー(サーモフィッシャーサイエンティフィック ライフテクノロジーズジャパン社製3500xl-250型または同社製3130xl型)を使用した.
5. dCAPsマーカーの開発材料には2014年に栽培した「秋田酒44号」,「山田錦」,「兵系酒18号」,「ヨネシロ」,「ぎんおとめ」,「こころまち」,「日本晴」,「マンゲツモチ」,ならびに,2015年に栽培した「ひたち錦」,「秋田酒44号」,および「ひたち錦」を母本,「秋田酒44号」を父本とした交雑から養成した無選抜のF2個体16株を供試した.
「秋田酒44号」に由来するPho1の一塩基多型を識別するために,Neff et al.(2002)の方法に従い,dCAPS(Derived Cleaved Amplified Polymorphic Sequences)マーカーを開発した.PCR反応には,前項と同様に抽出したゲノムDNA 1 μL(10 ng/μL)を鋳型とし,プライマー1 μL(フォワードプライマー,リバースプライマー,それぞれ10 pmol/μLを含む),KAPATaq HS ReadyMix with dye(日本ジェネティクス社)5 μL,滅菌水3 μLを加え,94℃ 30秒,62℃ 30秒,72℃ 30秒を35サイクル,最後に72℃ 30秒で行った.制限酵素によるPCR産物の分解は,PCR産物10 μL,滅菌蒸留水3.4 μL,10×K緩衝液1.5 μL,制限酵素XspI(タカラバイオ社)0.1 μL(1U)を混合し,37℃で24時間処理して行った.制限酵素処理による断片長多型は,3%アガロースゲルを用いた電気泳動によって検出した.
米澱粉の糊化特性は,出穂期から20日間の平均気温の影響を受ける(松江ら 2002)ことから,酒米41品種・系統の出穂期から20日間の平均気温と粘度上昇開始温度との関係を調査した.図1に示すとおり,2006年産では,平均気温は22.5℃から26.5℃,粘度上昇開始温度は68.6℃から73.5℃に分布した.2007年産は,平均気温は24.8℃から27.9℃に,粘度上昇開始温度は70.7℃から75.6℃に分布した.粘度上昇開始温度についての分散分析による要因分析から,F値は品種・系統17.88,年次246.92で,それぞれ0.1%水準で有意であり,粘度上昇開始温度は年次による影響の方がより大きかった.出穂期から20日間の平均気温と粘度上昇開始温度の間には両年とも正の相関関係(2006年:r = 0.833***,2007年:0.621***)が認められ,この傾向はAshida et al.(2013)の報告と一致し,平均気温が高いほど粘度上昇開始温度は高くなる傾向を示した(図1).また,出穂期から20日間の平均気温は2007年の方が高く,粘度上昇開始温度も2007年でほとんどの品種・系統において上昇した(図1).
代表的な酒造好適米を含む41品種・系統における出穂期から20日間の平均気温と粘度上昇開始温度との関係.
●:秋田酒44号,◆:出穂期が秋田酒44号と同じ品種・系統,〇:左記以外の品種系統.
(A)2006年 ◆:上から,美郷錦,出羽の里,山形酒60号,秋の精,出羽燦々,秋田酒こまち.
(B)2007年 ◆:上から,出羽燦々,金紋錦,出羽の里,美郷錦,秋田酒40号,秋の精,白妙錦,雪化粧.
RVAを用いて測定した米粉に含まれる澱粉糊化時の粘度上昇開始温度は,2006年産「秋田酒44号」が70.6℃であったのに対し,同一出穂期の6品種・系統においては72.2℃から73.5℃であった(図1).同様に,2007年産「秋田酒44号」の粘度上昇開始温度は71.5℃であったのに対し,同一出穂期8品種・系統の粘度上昇開始温度は73.1℃から74.1℃であり,同じ登熟条件でも「秋田酒44号」の粘度上昇開始温度は他の品種と比較して2ヶ年とも安定して低かった(図1).
3. 「秋田酒44号」のアミロペクチン側鎖長分布の特徴図2に「あきたこまち」と比較した「秋田酒44号」および熟期の近い酒米2品種(「五百万石」,「おくほまれ」)のアミロペクチン側鎖長分布を示す.「秋田酒44号」は「あきたこまち」に対し,DP6からDP12の短鎖の比率が高く,DP13からDP24の中鎖の比率が低かった.
「秋田酒44号」等のアミロペクチン側鎖長分布の差異.
各重合度のアミロペクチン側鎖のモル比率(%)の差分(「各品種・系統」-「あきたこまち」の値).「あきたこまち」の比率は0(X軸)とした.
●:秋田酒44号,□:おくほまれ,▲:五百万石.
また,方法に示したとおりアミロペクチン鎖長のモル比率を算出し,DP6からDP12の短鎖画分(fa),DP13からDP24の中鎖画分(fb1)などに区分し,側鎖長分布を比較した(表1).「秋田酒44号」のfaは「あきたこまち」と同等であったが,「五百万石」,「おくほまれ」よりも高かった.fb1については「秋田酒44号」が他の3品種よりも低く,fb2は「五百万石」よりも高く「あきたこまち」,「おくほまれ」と同等であった.また,fb3は「おくほまれ」よりも低く「あきたこまち」,「五百万石」と同等で,高重合度画分fb1+2+3は「あきたこまち」と同等だが,「五百万石」,「おくほまれ」よりも低かった.一方,短鎖と中鎖の比を算出すると,「秋田酒44号」のfb1/faは他の3品種よりも小さく,Nakamura et al.(2002)によるACRは他の3品種よりも大きいことから,「秋田酒44号」の短鎖比率は他の3品種に対して有意に高いことが示された(表1).
品種・系統名1) | グルコースの重合度 | 短鎖比 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
6–12 | 13–24 | 25–36 | 37–54 | |||||
fa | fb1 | fb2 | fb3 | fb1+2+3(%) | fb1/fa | ACR2) | ||
秋田酒44号 | 26.90 a3) | 47.72 b | 13.76 a | 11.61 b | 73.10 b | 1.77 b | 0.195 a | |
あきたこまち | 25.13 ab | 49.27 a | 13.03 ab | 12.56 ab | 74.87 ab | 1.96 a | 0.176 b | |
五百万石 | 25.03 b | 48.85 a | 12.89 b | 13.23 ab | 74.97 a | 1.95 a | 0.178 b | |
おくほまれ | 24.56 b | 48.86 a | 13.16 ab | 13.42 a | 75.44 a | 1.99 a | 0.176 b |
1) 分析には,2009年8月6日に開花し,登熟条件がそろった種子を用いた.
2) 測定したアミロペクチン鎖長のうち,重合度(DP)6~54の鎖長を基に以下の値を算出した.
ACR: amylopectin chain ratio(DP10以下の側鎖長比率の総和/DP24以下の側鎖長比率の総和).
3) 異なるアルファベット間には,Tukeyの多重検定により5%水準で有意差あり.
図3に登熟期の胚乳における澱粉代謝系酵素の解析結果を示した.Native-PAGE活性染色により,SBEについてはSBE1,SBE2a,SBE2b,ホスホリラーゼについてはPho1の活性が検出された.「おくほまれ」,「秋田酒44号」の祖先品種「山田錦」,子孫品種「ぎんおとめ」,父本「ヨネシロ」および母本「兵系酒18号」ではPho1活性が検出されたのに対し,「秋田酒44号」ではPho1活性を欠損していた(図3,4).「秋田酒44号」以外の供試品種では,SBE2bおよびPho1がゲル上で重なったため両酵素活性による濃いバンドが見られたが,「秋田酒44号」では,Pho1の活性を欠損していたため,SBE2b活性のみによる薄いバンドが検出された.一方で,いずれの品種・系統においてもSBE1およびSBE2aの活性の存在が確認された(図3).なお,SSSについては,図3の「秋田酒44号」を含む6品種・系統および「こころまち」のいずれにおいても,SSS1およびSSS3aの活性が検出された(データ省略).
胚乳における澱粉合成酵素活性の比較.
Native-PAGE活性染色はNishi et al.(2001)の方法に従った.A:上から,澱粉枝付け酵素1(SBE1),澱粉枝付け酵素2a(SBE2b)+澱粉ホスホリラーゼ1(Pho1),SBE2aの酵素活性.B:Satoh et al.(2003)の方法によるPho1単独の酵素活性.
「秋田酒44号」に関連する品種・系統の系譜図.
1)(+),(-):ホスホリラーゼ1活性の有無(野生型,欠損変異型)を示す.
「I・M-106」および「58系3071」は,種子が入手できずホスホリラーゼ活性は調査できなかった.
2)放射線照射により「農林8号」から育成された系統.
3)兵系酒18号×ヨネシロ由来の後代系統.
「秋田酒44号」にPho1活性が認められなかったことから,Pho1遺伝子に変異が生じている可能性が考えられた.そこで「秋田酒44号」および「日本晴」のPho1遺伝子のゲノムDNA塩基配列のシークエンシングを行い「日本晴」のリファレンス配列と比較した.Pho1遺伝子のゲノムDNA配列は15個のエクソンと14個のイントロンから構成されている(Satoh et al. 2008).Pho1遺伝子の翻訳開始コドンから終止コドンまでのイントロンを含めた領域,約6,800 bpのゲノムDNA塩基配列を比較した.図5に示すとおり,「秋田酒44号」の第12エクソンに1塩基の置換が検出された以外,エクソンおよびイントロンに変異は認められなかった(データ省略).さらに,「ヨネシロ」,「ぎんおとめ」,「こころまち」,「兵系酒18号」において,Pho1遺伝子のゲノムDNA配列の第12エクソンから第13エクソンの一部まで塩基配列のシークエンスを行ったが,変異は認められなかった(データ省略).この「秋田酒44号」のPho1遺伝子におけるグアニン(G)からアデニン(A)への置換は,Pho1タンパク質の798番目のアミノ酸をグルタミン酸(E)からリシン(K)への置換を生じさせるミスセンス変異であった(図5).
「dCAPS-Pho1」マーカーのプライマー配列,ホスホリラーゼ1(Pho1)遺伝子とのアニーリンング部位およびアミノ酸配列.
イネ澱粉ホスホリラーゼ1遺伝子の第11イントロンおよび第12エクソンの一部に対応するゲノムDNA塩基配列.「秋田酒44号」Pho1遺伝子および「日本晴」Pho1遺伝子の相同性がある塩基を*で示した.それぞれのマーカーの5'プライマーの制限酵素部位を付加するためにPho1遺伝子と相違する塩基を大サイズの文字で,対応するアミノ酸配列をその下に示した.また,「秋田酒44号」の変異アミノ酸(798番目)を白黒反転した.
主な植物についてNCBI(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein)から,イネのPho1と相同性が高い澱粉ホスホリラーゼのアミノ酸配列を抽出し,オオムギPho1の触媒領域(Ma et al. 2013)に対応するアミノ酸配列を比較した(図6).ウサギ筋肉のホスホリラーゼMの結晶構造解析から,この領域において活性部位と推定されるアミノ酸残基およびホスホリラーゼの補因子であるピリドキサールリン酸の結合部位と推定されるアミノ酸残基(Hudson et al. 1993, イネPho1(BAG49328)のPROSITEによる解析)は,いずれも「秋田酒44号」を含め比較した全ての植物で高い確率で保存されていた(図6).また,「秋田酒44号」において置換が推定されたアミノ酸(E798K)は,比較を行った全ての植物についてグルタミン酸(E)で保存されていた.さらに,このアミノ酸残基は,上記の活性部位ならびに補因子PLPの結合部位に極めて近い位置に存在した(図6).
主な植物におけるイネ澱粉ホスホリラーゼ1と相同性が高いホスホリラーゼのアミノ酸配列(一部).
(A)イネ澱粉ホスホリラーゼ1の遺伝子構造の模式図.太い黒線はエクソン,エクソンに挟まれた細線はイントロンを表す.数字はエクソンの番号.
(B)イネ澱粉ホスホリラーゼ1遺伝子の第12エクソンおよび第13エクソンの一部に対応するアミノ酸配列.「秋田酒44号」のPho1アミノ酸配列は,本研究のゲノムDNA配列から推定.各植物の配列情報のNCBIアクセッション番号は,イネ:BAG49328,トウモロコシ:NP_001296783,パンコムギ:ACC59201,オオムギ:AFP19106,バレイショ:P04045,カンショ:AAA63271,シロイヌナズナ:BAB02576.アミノ酸配列は,Clustal W(Larkin et al. 2007)を用いて整列させた.各行両端の数字は,各アクセッションのアミノ酸残基のN末端側からの番号を示す.「秋田酒44号」を除く各種植物のアミノ酸配列間で完全に保存されているアミノ酸残基はアスタリスク,強く保存されているアミノ酸残基はコロン,弱く保存されているアミノ酸残基はピリオドで示した(図の下から3行目).「秋田酒44号」の一塩基置換から推定される置換アミノ酸残基(E798K)を反転文字で示した.a:活性部位(グルコース結合部位),b:ピリドキサールリン酸結合部位(ウサギのホスホリラーゼMアイソザイムの解析結果に基づく(Hudson et al. 1993)).c:ピリドキサールリン酸結合部位816-828(PROSITE(Sigrist et al. 2013)によるイネのホスホリラーゼ(BAG49328)の解析結果に基づく).
「秋田酒44号」のPho1遺伝子が持つ1塩基置換を検出するためのDNAマーカーを開発した.すなわち,変異部位に隣接してミスマッチを持つプライマーを作成することでPCR産物に制限酵素認識部位を導入し,「秋田酒44号」の変異部位で切断されるdCAPSマーカーを作成した(フォワードプライマー「GCCCATAACAGAGGTCGTACCG」およびリバースプライマー「AATTCACTGGCAGGGATTAGCGCCC」,下線部は制限酵素認識のためのミスマッチ部位を示す).得られた214 bpのPCR産物はXspIで189 bpと25 bpとに切断される(図5).本マーカーの有効性を確認するため,供試品種のPho1活性の有無と1塩基多型の遺伝子型とを突き合せた.その結果,図7に示すとおり,「秋田酒44号」では制限酵素XspIにより切断されて短くなった断片が検出されたのに対し,「日本晴」を含む7品種・系統のPCR産物は切断されないことが確認された.さらに,Pho1活性を保持する「ひたち錦」(データ略)と「秋田酒44号」の交雑に由来するF2集団16個体についても,dCAPSマーカーによって判定した遺伝子型(図8A)とPho1活性(図8B)の有無は完全に一致し,本DNAマーカーの有用性が確認された.
開発したdCAPSマーカーによる「秋田酒44号」等のPho1変異の検出.
1)(+),(-):ホスホリラーゼ1活性の有無(野生型,欠損変異型)を示す.
ひたち錦×秋田酒44号のF2集団における dCAPSマーカー遺伝子型とホスホリラーゼ活性との関係.
(A)はdCAPSマーカーによる遺伝子型.A:秋田酒44号ホモ型,B:ひたち錦ホモ型,H:ヘテロ型.(B):ホスホリラーゼ活性.Native-PAGE活性染色,Satoh et al.(2008)の方法に従った.Pho1:プラスチド由来のホスホリラーゼ.
近年は気候温暖化により平均気温が上昇傾向にあるため,醸造工程における蒸米の溶解性が低下し,清酒の収率が低下することが問題となっている(奥田ら 2010, 2013).本研究にあたり,蒸米の溶解性に優れる品種,あるいは粘度上昇開始温度が低い変異系統を交雑の材料として利用することによって,蒸し米の溶解性を改良した酒米品種を育成できると考えた.そこで,RVA粘度上昇開始温度を指標として育種母本を探索し,「秋田酒44号」を見出した.さらに,澱粉代謝系酵素の解析から,「秋田酒44号」はPho1の活性が欠損していることを明らかにした.「秋田酒44号」は「58系3071」へのγ線照射によって育成されていることから,澱粉ホスホリラーゼ1活性欠損の原因は,このγ線照射による変異が原因と推定された.
全国の月別平均気温偏差と清酒製造全体の粕歩合との間には,8,9月において高い正の相関関係が認められ,夏期が高温年の場合は粕歩合が高く,清酒の収率が低下することが知られている(橋爪・奥田 2008,奥田ら 2013).さらに,夏期が高温で酒米のアミロペクチン長鎖比率が高く,澱粉糊化温度が高い年産の蒸米は,澱粉の老化が早まり,麹のアミラーゼによる消化が進みにくく,粕歩合が高く,製品の歩留まりが低くなることが報告されている(奥田ら 2013).加えて,Ashida et al.(2013)は,兵庫県産「山田錦」では,高温登熟による蒸米消化性の低下が問題化し,風味への影響も懸念されるため,清酒の風味に関わる窒素含有率,タンパク質組成,さらに蒸米消化性に関係する粘度上昇開始温度を解析した.その結果,出穂後11~20日の登熟中期の平均気温は,タンパク質組成との相関が最も強く,蒸米消化性に関わる粘度上昇開始温度とも高い相関関係が認められている.一方,田口ら(1989)は「秋田酒44号」の醸造適性を評価し,粕歩合が「山田錦」と比較して低いことを報告している.本研究において,「秋田酒44号」は,アミロペクチンの短鎖比率が高く,粘度上昇開始温度が低いことが明らかになり,この特性が同系統の粕歩合の低さの主な要因であると推定された.アミロペクチンの構造についてより詳細に見ると,「秋田酒44号」のACRは出穂期の近い「あきたこまち」,「五百万石」および「おくほまれ」よりも有意に大きく,fb1,fb1/faは有意に小さいこと,すなわち,アミロペクチン短鎖の比率が高いだけでなく,DP13からDP24の中鎖の比率が特徴的に低いことを明らかにした(表1).これらの結果から「秋田酒44号」は他の主要な酒米品種と比較して,アミロペクチンの分子構造が特異的に異なることが示唆された.また,「秋田酒44号」のアミロペクチンの鎖長分布は,Satoh et al.(2008)のPho1変異系統EM141,BMF10,さらにBMF134およびBMF136由来のpseudonormalやwhite-core grainの解析結果と似ていたが,shrunken grainとはDP7の比率が低く一致しなかった.
さらに,澱粉代謝系酵素活性の解析において,「秋田酒44号」がPho1活性を欠損していることを見出した.他のアミロペクチンの側鎖長分布への影響が知られているSBE1(Satoh et al. 2003)やSBE2b(Nishi et al. 2001)あるいはSBE2a(中村 2012)の活性やSSSの活性に大きな違いが認められなかったことから,「秋田酒44号」のPho1活性の欠損がアミロペクチン構造の特異性の主因と推察された(図3).これは,澱粉ホスホリラーゼのうち発達中のイネ胚乳では澱粉ホスホリラーゼ1(Pho1)が活発に働くとされること(Ohdan et al. 2005)と矛盾しない.一方,F2個体を用いた澱粉ホスホリラーゼ活性の検出において,Pho1活性を検出したゲルの上部に別の活性バンドが検出された(図8).この活性バンドの検出は,dCAPSマーカーによるPho1遺伝子の野生型(ひたち錦型)およびヘテロ型と対応することから,Satoh et al.(2008)の報告にある細胞質型澱粉ホスホリラーゼ(Pho2)活性ではなく,Hwang et al.(2016)の報告にあるようにPho1と不均化酵素が複合体を形成し,移動度が低下してゲル上部に活性が検出されたと考えられた.また,「秋田酒44号」の系譜上の品種・系統におけるPho1活性の有無は,この欠損変異が「58系3071」へのγ線照射により生じたことを示唆した(図4).ただし,本研究では「58系3071」の種子は入手できず,酵素活性やアミロペクチン側鎖長分布の確認は行えなかった.
以上のとおり,「秋田酒44号」はアミロペクチン短鎖比率が高く,Pho1活性を欠損し,玄米の心白発現率が高く,これらはSatoh et al.(2008)のPho1変異系統の特性とよく一致する.さらに,Satoh et al.(2008)は,Pho1変異系統では玄米が扁平のものや心白のものなど,様々な形態の玄米が出現すること,それらの形質は高温化で登熟した場合に疑似的に正常な表現型となるが,低温化で登熟した場合は扁平な玄米の割合が増加すると報告している.一方,2006年および2007年の「秋田酒44号」の玄米千粒重および厚みは,各年とも他の酒米40品種・系統の平均値と大差なく,玄米の心白は大きいものの,扁平な玄米は認められなかった(データ省略).これは,両年において出穂期から20日間の平均気温が高めだったからと推察された(付表1).
Satoh et al.(2008)が報告している人為突然変異によるPho1欠損変異は,第5エクソンと第5イントロンの接続部位,および第10エクソンの一塩基置換により生じたナンセンス突然変異であった.これに対し「秋田酒44号」の変異は第12エクソンの一塩基置換によるミスセンス突然変異で,798番目のアミノ酸がグルタミン酸(E)からリシン(K)へ置換されたものであった(図5).植物において澱粉ホスホリラーゼは,生体内での局在性からアミロプラストやクロロプラストに存在する顆粒型(Pho1)と細胞質型(Pho2)のアイソフォームに二分される(Nakano and Fukui 1986).両アイソフォームの遺伝子に共通した塩基配列の保存領域が3'末端側にあり,イネのPho1では第10から第12エクソンを含む領域にあたる(Ma et al. 2013).また,この保存領域はHudson et al.(1993)のウサギ筋肉のホスホリラーゼMの結晶解析から導き出されたグルコース結合部位およびピリドキサールリン酸結合部位に対応する(図6).さらに,Ma et al.(2013)はオオムギの澱粉ホスホリラーゼの結晶解析を行っている.その結果に拠れば,同酵素タンパク質の立体構造においてE746(イネのE798に対応)がアルファヘリックス構造を構成し,ホスホリラーゼの活性に必要な補因子のPLP結合部位の近くに位置する.一方,「秋田酒44号」の変異部位E798Kの近くにPLP結合部位としてM816~N828が存在する(図6).グルタミン酸(E)はアルファヘリックスを構成しやすいアミノ酸残基のひとつであり,E798がK798に変異した「秋田酒44号」のPho1ではアルファヘリックス構造が変化し,PLPが結合出来なくなったために失活した可能性がある.イネPho1のE798に対応するアミノ酸は,トウモロコシ,パンコムギ,オオムギ,バレイショ,カンショ,シロイヌナズナの顆粒型ホスホリラーゼにおいてもグルタミン酸で保存されていることも,このアミノ酸残基の重要性を示唆している.
著者らは,これまでに米加工品の開発や農家の6次産業化に役立つ素材を育成するため,澱粉変異を持つ品種を探索してきた(Okamoto et al. 2002, 2009, 2013).また,SBE1欠損変異の陸稲「旱不知D」およびPho1欠損変異の「秋田酒44号」等の粘度上昇開始温度の低い品種・系統は,米粉パンの硬化速度が遅くなることが報告されている(Aoki et al. 2015).このように「秋田酒44号」の変異は酒米だけでなく,米粉パンや粳米を原料とした菓子類への利用も期待される.一方,糯米はアミロペクチンのみから構成されるため,アミロペクチン構造の変化が,直接,餅生地の硬化性速度や粘度上昇開始温度に影響を与える(岡本・根本 1998,松江ら 2002,杉浦ら 2005).SBE1の欠損によりアミロペクチン側鎖長分布の短鎖比率が増加した場合,餅生地の硬化性速度は低下することから(Okamoto et al. 2013,鈴木ら 2019),「秋田酒44号」由来の変異も糯米の加工適性の改良にも役立つと考えられる.
本研究では今後の温暖化を踏まえ,低温糊化性酒米素材の検索から原因遺伝子を特定し,選抜マーカーを作成した.なお,「秋田酒44号」やその後代集団の生育から,この変異が低温糊化性とそれに付随する形質以外への重大な影響は認められないが,詳細な解析は残された課題である.近年,気候が温暖化していることから,Pho1欠損変異における玄米品質の低下は起こりにくくなっているが,注意深く見守る必要がある.現在,茨城県では温暖化にも対応可能で「ひたち錦」とは異なる酒質をもつ酒米の育成が求められており,「秋田酒44号」を育種素材として利用し,本研究で開発した選抜マーカー等を利用しながら選抜を進めてゆく予定である.
付表1.代表的な酒造好適米を含む41品種・系統.
付表2.ホスホリラーゼ1のシークエンス解析用プライマーの塩基配列.
茨城県農業総合センター生物工学研究所普通作育種研究室および農業研究所の研究員の皆様には本試験を進めるうえ多大な協力を頂いた.とくに,研究職員の秋田和則技師には,DNAマーカー関連について懇切丁寧な助言を頂いた.また,茨城県産業技術イノベーションセンターフード・ケミカルグループの武田文宣グループ長ならびに茨城県醸造組合の方々からは酒米に関する現状について貴重な情報を提供頂いた.加えて,秋田県農業試験場および各公設農試からは貴重な酒造好適米を分譲頂いた,併せてここに深謝致します.
なお,この研究の一部は特別電源所在県科学技術振興事業「デンプン変異を導入した硬くなりにくい米の開発」の一環として実施された.