Breeding Research
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Research Paper
Evaluation of the genetic effect of nine yield-related alleles using near-isogenic lines in the genetic backgrounds of Japanese rice cultivars
Tadamasa UedaKen IshimaruAkitoshi GotoTakashi IkkaKatsuhiko KondoKazuki MatsubaraTakeshi HayashiToshio YamamotoJunichi Tanaka
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2021 Volume 23 Issue 1 Pages 16-27

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摘 要

イネでは,毎年多くの収量関連遺伝子単離の論文が公表されるが,実際の育種に応用されているものは必ずしも多くない.そこで,日本のイネ品種を遺伝的背景とした収量に関連する9の対立遺伝子について,準同質遺伝子系統を収集・作出し,背景品種との比較試験を実施した.粗玄米重の増加が確認されたものは「コシヒカリ」の遺伝的背景にqCTd11TakanariSD1DGWGTGW6KasalathSD1DGWGの2つの対立遺伝子を導入した系統および「あきだわら」の遺伝的背景にDEP1Ballilaを導入した系統であった.これらの対立遺伝子やQTLは,遺伝的背景が日本の品種の場合でも収量を向上させるポテンシャルが期待できる.一方で,「コシヒカリ」の遺伝的背景にqLIA3TakanariGPSTakanariGS3OochikaraGW2BG1およびGN1ATakanariを導入した系統では粗玄米重の増加が確認できなかった.これらの対立遺伝子やQTLは,単独ではその効果が小さかったり,シンク容量が大きくなりすぎてソース能が不十分である等の可能性が示唆された.また,「コシヒカリ」を遺伝的背景とした複数の準同質遺伝子系統を用いた試験では,穂重と穂数の負の相関が検出された.これは,シンク容量の増加が期待されたGW2BG1およびGS3Oochikara(粒大の増加)やGN1ATakanari(粒数の増加)の多収化の効果が確認できなかった主要な要因と推察された.シンク容量の増加だけでは多収化は達成できず,qCTd11Takanariのように単位葉面積あたりの光合成能力の向上に繋がる対立遺伝子や,sd1DGWGDEP1Ballilaなどのような群落構造を大きく変化させる対立遺伝子を組合せて利用するなど,ソース能の向上と並行して取組む必要があると考察された.

Abstract

Many papers about rice genes related to yield are published every year, but few of these genes have been used in practical rice breeding. Therefore, we generated or received near-isogenic lines (NILs) of nine alleles related to yield in the genetic backgrounds of Japanese rice cultivars, and performed simultaneous comparative cultivation tests. Significant increases in brown rice yield were detected in the NILs for qCTd11Takanari, SD1DGWG, and a combination of TGW6Kasalath and SD1DGWG in the genetic background of ‘Koshihikari’ and a NIL for DEP1Ballila in the genetic background of ‘Akidawara’. These alleles and QTLs may have the genetic potential to improve rice yield, even in the genetic background of Japanese cultivars. On the other hand, an increase in the brown rice yield of NILs for qLIA3Takanari, GPSTakanari, GS3Oochikara, GW2BG1, and GN1ATakanari was not detected in the ‘Koshihikari’ genetic background probably due to small direct effects to increase sink size by these alleles and QTLs or a relative reduction of their source abilities to the total sink sizes increased in these NILs. In addition, analysis using multiple NILs in the ‘Koshihikari’ genetic background showed a negative correlation between panicle weight and panicle number. This indicated that an increase in the number of panicles did not subsequently increase yield because of the tradeoff to reduce the weight of one panicle and the thousand grain weight; this was considered the main reason why GW2BG1, GS3Oochikara, and GN1ATakanari, which were expected to increase sink capacity, did not increase yield. We considered that the alleles increasing sink capacity are not sufficient to increase yield in the genetic background of Japanese cultivars and need to be combined with alleles, such as qCTd11Takanari, expected to improve the source ability by increasing photosynthesis per unit leaf area or alleles to improve canopy structure including SD1DGWG and DEP1Ballila.

緒言

イネ科のイネ(Oryza sativa),コムギ(Triticum aestivum),トウモロコシ(Zea mays)は人類の主要な食用作物であり,イネは特にアジアにおいて歴史的に主食として利用されてきた.世界の人口は2050年には90億人に達し,特にアジア,アフリカでその増加が顕著であることが見込まれる(www.population.un.org)ことから,イネの収量の増加は喫緊の課題である.イネはその農業上の重要性に加えて,ゲノムサイズが他のイネ科植物に比べ小さいこと等の理由により,シロイヌナズナに次ぐゲノム解読の対象植物となり,2005年にジャポニカ品種「日本晴」の全ゲノム配列が解読・公開された(International Rice Genome Sequencing Project 2005).公開された全ゲノム配列は,効率的なマーカー開発やマップベースクローニングの基盤となり,様々な形質に関与する遺伝子が単離・報告されている.全ゲノム配列を基盤とする遺伝子単離は,当初,遺伝様式が明瞭で評価が容易な耐病性や突然変異遺伝子などが対象であったが,それが一巡した現在では,収量関連形質など,評価が困難な量的形質が対象となっている.

作物学的には,イネの収量性はシンク容量とソース能およびそれらのバランスにより決定されると解される.このため,これまでに単離された収量性に関与する遺伝子についても,シンク容量とソース能の側面から整理することが可能である.シンク容量に関する遺伝子については,籾数に関わる遺伝子としてGn1aAshikari et al. 2005),APO1Ikeda et al. 2005),DEP1Huang et al. 2009, Wang et al. 2009),IPA1/WFPJiao et al. 2010, Miura et al. 2010)等が,また粒の大きさや重さに関する遺伝子としてGW2Song et al. 2007),GS3Fan et al. 2006),qGL3Hu et al. 2012, Zhang et al. 2012),qSW5/GW5Shomura et al. 2008, Weng et al. 2008),GS5Li et al. 2011),TGW6Ishimaru et al. 2013),GW7Wang et al. 2015),GW8Wang et al. 2012)等が単離されてきた.一方,ソース能力に関しては,「単位葉面積あたりの光合成能力(個葉光合成)」に関する遺伝子と,「葉を群落内でどのように配置するか」すなわち群落構造に関する遺伝子に大別できる.個葉光合成に関わる遺伝子としては,インディカ品種である「タカナリ」由来のGPSTakai et ‍al. 2013)およびそのきょうだい品種である「ハバタキ」由来のCAR8Adachi et al. 2017)が報告されている.群落構造についてはsd1Sasaki et al. 2002)などが想定される.また最近では「タカナリ」由来の葉身傾斜角を変えるQTLとしてqLIA3San et al. 2018)が報告され,葉面温度を低下させ単位葉面積あたりの光合成能力を向上させるQTLとしてqCTd11Fukuda et al. 2018)報告されている.

これら収量関連遺伝子は主に多収品種から単離された‍ものであり,ファインマッピングの際に準同質遺伝子系統(NILs: near isogenic lines)等が作出・評価されてきた.しかし,その栽培評価方法がポット試験や小規模な圃場試験であることが多く,育種現場における評価とは異なる場合も少なくなかった.これらのことから,イネの育種の現場からは,これらの遺伝子の日本の実用品種の遺伝的背景での有用性(収量の増大に繋がる対立遺伝‍子の有効性)に対し,疑問の声も多かった.事実,「収量性に関わる遺伝子を単離した」とする学術論文は年に何本も公表されるが,有用性が報告された対立遺伝子やQTLが実際に品種育成に利用され,多収効果を発揮して‍いる事例は多くないのが現状である.一方,有用とされた対立遺伝子やQTLの効果を,日本のイネ品種の遺伝‍的背景で育種的に精緻に評価・検討されたものはsd1SD1Dee-Goo-Woo-Gen(DGWG))以外にはほとんど見られず,実際に有用であっても,未利用のまま見過ごされている可能性も想定される.

そこで,日本のイネ品種の遺伝的背景に,収量に関連するとされた対立遺伝子やQTLを導入した準同質遺伝子系統(NILs)を収集・開発し,それらを対象に育種事業における生産力検定試験に準じた栽培条件下で同時に比較栽培試験を実施することで,これらの対立遺伝子が各形質に与える遺伝的効果を定量的に評価した.更に遺伝的背景を「コシヒカリ」に統一した複数のNILsを同時に栽培して得られた情報から,シンク容量とソース能のトレードオフの関係を明確にしようとした.本試験により今後の収量関連遺伝子の育種利用について重要な知見を得たので報告する.

材料と方法

1. 植物材料とその育成情報

本論文では遺伝子座(locus)と対立遺伝子(allele)の表記をCGSNL(Committee on Gene Symbolization, Nomenclature and Linkage, Rice Genetics Cooperative)による遺伝子表記法の国際同意(McCouch et al. 2008)や他の文献を参考に,遺伝子座名を大文字で,対立遺伝子名を遺伝子座名に上付き文字でドナー名を加える形で記述した.各収量関連遺伝子(QTL)の特性と効果を評価するための材料として,「コシヒカリ」の遺伝的背景に,単一の対立遺伝子qLIA3TakanariqCTd11TakanariGPSTakanariSD1DGWGGS3OochikaraGW2BG1およびGN1ATakanariを導入した7系統とTGW6KasalathSD1DGWGの2つの対立遺伝子を導入した1系統の計8系統のNILs,および「あきだわら」の遺伝的背景にDEP1Ballilaを導入したNILsをそれぞれの遺伝的背景品種とともに供試した.「あきだわら」は,多収性と良食味を両立させた2009年育成の近代品種である(安東ら 2011).供試したNILsの詳細を表1に示す.なお,本論文においては,NILsの名称を「(遺伝子・QTL名)(背景品種名)」で示した.2遺伝子の集積系統の場合は,「(遺伝子名+遺伝子名)(背景品種)」とした.

表1. 本研究で供試した準同質遺伝子系統
IL名 QTL・対立遺伝子名 QTL・遺伝子名の効果 対象遺伝子 背景品種 供与親(アクセッション番号) 残存領域 選抜マーカーまたはその出典
qLIA3コシヒカリ qLIA3Takanari 葉身傾斜角の上昇(立葉) 未単離 コシヒカリ タカナリ chr03:25.1M~28.1M付近 San et al. (2018)
qCTd11コシヒカリ qCTd11Takanari 葉面温度低下 未単離 コシヒカリ タカナリ chr11:3.0M~10.0M付近 Fukuda et al. (2018)
GPSコシヒカリ GPSTakanari 個葉光合成活性上昇 Os04g0615000, chr04:31205267..31214632 コシヒカリ タカナリ chr04:26.3M~35.3M付近 RM17261, RM17699
SD1コシヒカリ(コシヒカリつくばSD1号) SD1DGWG 半矮性 Os01g0883800, chr01:38382385..38385469 コシヒカリ IR24 chr01:37.8M~38.7M付近 PGC0090,表野ら(2013)
TGW6+SD1コシヒカリ SD1DGWG 半矮性 Os01g0883800, chr01:38382385..38385469 コシヒカリ タナカリ chr01:37.8M~長腕末端付近 RM1977, RM1978
TGW6Kasalath 千粒重増加 Os06g0623700, chr06:25093242..25094294 Kasalath(JP 205306) chr06:25.4M~28.7M付近 Ishimaru et al. (2013)
GS3コシヒカリ GS3Oochikara 粒形(長粒化) Os03g0407400, chr03:16729501..16735109 コシヒカリ オオチカラ(JP 54075) chr03:16.7M~17.1M付近 シーケンス
GW2コシヒカリ GW2BG1 粒大(大粒化) Os02g0244100, chr02:8115223..8121651 コシヒカリ BG1 chr02:7.8M~8.6M付近 RM12813, RM12856
GN1Aコシヒカリ GN1ATakanari 粒数 Os01g0197700, chr01:5270449..5275585 コシヒカリ タカナリ chr01:5.2M~5.3M付近 TKID1_5275137
DEP1あきだわら DEP1Ballila 密穗,立穂 Os09g0441900, chr09:16411151..16415851 あきだわら Ballila28(JP ‍14390) chr09: 15.8M~16.6M付近 Dep1M(表2参照)

なお,本研究で対象とした対立遺伝子やQTLはインディカ型などの海外品種由来であり,日本の良食味を目的としたイネの系譜を辿る限り,それらの対立遺伝子はほぼ未利用と想定される.唯一の例外がSD1DGWGであり,最近の一部の品種で利用されている(Hori et al. 2021).

GS3コシヒカリ」,「GW2コシヒカリ」,「GN1Aコシヒカリ」,「DEP1あきだわら」は,本研究のために新たに開発したNILsである.「DEP1あきだわら」については高速世代促進法(Tanaka et al. 2016)を用いて2年以下の期間で育成した(付図1).それら以外のNILsについては,報告論文著者等から分譲を受けた(王ら 2005Takai et al. 2013Fukuda et al. 2018San et al. 2018).各NILの目的の対立遺伝子・領域の検出に用いたDNAマーカー等の情報を表2に示す.

表2. 準同質遺伝子系統育成において,対象対立遺伝子の選抜に用いたPCRマーカー
対立遺伝子名 マーカー名 座乗染色体 Forwardプライマーの配列 Reverseプライマーの配列 PCR条件 増幅産物の長さ(bp)
供与親 連続親
GW2BG1 RM12813 2 TATTATGCAAGGGAGGGAGTACATGC GTTGCTTGACTCGTTGACACTCC アニーリング温度65℃ 約120 185
RM12856 2 AAATGCCACGTGGTGATCTAGG CAAGGACTACGGAACAAAGGAATAGG アニーリング温度65℃ 約250 264
GN1ATakanari TKID1_5275137 1 CTGACCTGCTCTTGCTTCATTA CGTCAGCACACAAACTACACAA アニーリング温度65℃ 131 147
DEP1Ballila Dep1M 9 CTTCTTGCTGCAAACCGAAC AGCAAAAGTCCTCGCGAAA 2 Step PCR,アニーリング温度68℃ 420 1045

なお,本研究で用いた「SD1コシヒカリ」は「コシヒカリつくばSD1号」(王ら 2005)であり,「IR24」経由で「低脚烏尖」由来のSD1DGWGを導入して育成された品種である.品種の特性として,短稈化の他に千粒重の増加が報告されている(王ら 2005表野ら 2013).一方で「TGW6+SD1コシヒカリ」の遺伝子集積に用いられた「コシヒカリ」の遺伝的背景にSD1DGWGを導入した系統は,対立遺伝子の供与元は同じく「低脚烏尖」ではあるものの,「タカナリ」経由で同じ対立遺伝子が導入されている.

2. 栽培条件

2017年,2018年に,「コシヒカリ」,「あきだわら」およびそれらを遺伝的背景とするNILsを農研機構谷和原水田圃場(茨城県つくばみらい市,36°01′N,140°02′E)において栽培した.同地における月平均気温は,2017年6月,7月,8月がそれぞれ21.4℃,26.7℃,25.4℃と比較的冷涼であったのに対し,2018年はそれぞれ22.0℃,27.7℃,27.0℃であり,特に7月後半が猛暑であった.両年ともに激しい倒伏をきたす台風の襲来はなかった.2017年,2018年はそれぞれ4月24日,4月25日に播種‍し,5月24日,5月25日にに本田に原則1本植え,一部3本植えで移植した.1列あたり株間15 cmで34株,畦間30 cm,4列を1試験区,4反復とした.基肥には被‍覆肥料LPコートSS入り複合444-D80号(N:P:K = 14:14:14,ジェイカムアグリ株式会社,東京)を各成分8 kg/10 aで施用し,追肥は行わなかった.

3. 形質調査

主な評価項目を表3および表4に,関連する詳細項目を付表1および2に示す.調査には各試験区4列のうち内側の2列のみを対象とした.稈長,穂長,穂数は,出穂2週間後に各系統10個体について調査した.「コシヒカリ」の遺伝的背景を持つNILsは出穂日から積算温度1,000℃,「あきだわら」の遺伝的背景を持つNILは,荒井ら(2020)の知見に基づき出穂日から積算温度1,200℃に達した日を目安に各品種・系統の成熟期を判断した.成熟期に各系統20個体を株元から刈取り,風乾の後,全重,穂重,粗籾重を測定した.一穂重は穂重と穂数から算出した.一方,一穂籾数は4反復中の1反復から10個体を刈取り計測した.一穂籾数はそれぞれの株の最長穂の籾数とした.2018年の栽培についてはこれらに加えて,粗玄米重(水分14%)を測定し,1.8 mmの篩いにかけた後,穀粒判別機(RGQI 90,(株)サタケ,東広島市)を用いて整粒歩合等の玄米形質を調査するとともに,千粒重を算出した.

表3. 「コシヒカリ」を遺伝背景とする準同質遺伝子系統(NILs)の主要な形質測定値
品種系統名 調査年 移植法 出穂日 稈長(cm) 穂長(cm) 穂数(本) 一穂籾数 成熟期全重(kg/a) 粗籾重(kg/a) 一穂重(g) 粗玄米重(kg/a) 整粒歩合(%) 千粒重(g)
qLIA3コシヒカリ 2017 1本植え 8/8 109.3 (103) 19.7 (103) 15.2 (99) 133 (91) 168 (101) 67.9 (96) 43.8 (98)
2018 1本植え 7/31 97.3 (100) 20.8 (102) 16.1 (106) 125 (102) 164 (103) 72.8 (104) 43.0 (99) 53.3 (102) 59.6 (105) 21.0 (100)
qCTd11コシヒカリ 2017 1本植え 8/5 105.4 (99) 18.7 (97) 15.8 (103) 140 (96) 169 (102) 75.2 (106) 45.8 (102)
2018 1本植え 7/29 99.4 (102) 19.2 (94) 17.7 (116) 119 (97) 174 (110) 75.8 (109) 39.9 (92) 57.5 (110) 73.8 (130) 21.2 (100)
* ***
GPSコシヒカリ 2017 1本植え 8/6 103.1 (97) 19.2 (100) 16.4 (107) 107 (74) 164 (98) 70.7 (100) 39.8 (89)
2018 1本植え 7/30 96.5 (99) 20.1 (98) 17.2 (113) 103 (84) 168 (106) 70.7 (101) 39.0 (90) 54.7 (105) 63.8 (112) 22.1 (105)
* *** * ***
SD1コシヒカリ 2017 1本植え 8/8 86.3 (81) 18.7 (97) 17.0 (110) 126 (86) 165 (99) 75.0 (106) 43.0 (96)
2018 1本植え 7/30 80.6 (83) 20.0 (98) 17.6 (116) 108 (89) 165 (104) 75.3 (108) 39.9 (92) 57.6 (110) 57.1 (101) 22.1 (105)
*** * ** * * ***
TGW6+SD1コシヒカリ 2017 1本植え 8/9 100.6 (95) 19.1 (100) 16.2 (105) 128 (88) 166 (100) 73.3 (103) 44.7 (100)
2018 1本植え 7/30 87.3 (90) 19.7 (96) 17.7 (116) 108 (88) 173 (109) 81.0 (116) 43.1 (99) 62.6 (120) 47.7 (84) 22.1 (105)
*** ** ** *** ***
GS3コシヒカリ 2017 1本植え 8/7 100.6 (95) 20.0 (104) 16.5 (107) 109 (75) 161 (97) 68.5 (97) 43.2 (97)
2018 1本植え 7/30 93.8 (97) 21.1 (103) 16.8 (111) 111 (91) 166 (105) 73.9 (106) 41.6 (96) 57.0 (109) 61.3 (108) 23.5 (111)
*** ***
GW2コシヒカリ 2017 1本植え 8/8 102.7 (97) 19.0 (99) 12.9 (84) 119 (82) 157 (94) 62.4 (88) 48.0 (107)
2018 1本植え 7/31 96.3 (99) 20.3 (99) 14.0 (92) 93 (76) 165 (104) 67.6 (97) 46.1 (106) 52.8 (101) 35.7 (63) 24.3 (115)
* *** * * *** ***
GN1Aコシヒカリ 2017 1本植え 8/7 104.6 (99) 20.4 (106) 14.3 (93) 157 (108) 173 (104) 72.4 (102) 49.1 (109)
2018 1本植え 7/30 96.8 (100) 21.7 (106) 15.0 (99) 133 (109) 172 (109) 74.7 (107) 47.1 (108) 55.4 (106) 58.5 (103) 21.1 (100)
** * *
コシヒカリ 2017 1本植え 8/7 106.1 19.2 15.4 145 167 71.0 44.7
2018 1本植え 7/31 97.2 20.5 15.2 122 159 70.0 43.4 52.2 56.8 21.1
qCTd11コシヒカリ 2018 3本植え 7/29 96.4 (101) 18.2 (95) 21.9 (107) 91 (92) 171 (101) 73.0 (101) 34.2 (100) 56.5 (106) 71.8 (114) 21.3 (100)
**
TGW6+SD1コシヒカリ 2018 3本植え 7/30 85.9 (90) 20.2 (106) 20.6 (100) 98 (99) 177 (105) 79.3 (109) 34.4 (101) 61.0 (114) 50.3 (80) 22.2 (105)
*** * * ** *** **
コシヒカリ 2018 3本植え 7/31 95.5 19.1 20.5 99 169 72.6 34.1 53.5 62.9

表中の***,**,*はそれぞれ0.1%,1%,5%水準で有意な差が検出されたことを示す.

括弧内の数値は遺伝背景となった品種(コシヒカリ)を100とした場合の相対値を示す.

表4. 「あきだわら」を遺伝背景とする準同質遺伝子系統(NILs)の主要な形質測定値
品種系統名 調査年 移植法 出穂日 稈長(cm) 穂長(cm) 穂数(本) 一穂籾数 成熟期全重(kg/a) 粗籾重(kg/a) 粗玄米重(kg/a) 整粒歩合(%) 千粒重(g)
DEP1あきだわら 2017 1本植え 8/19 72.8 (83) 16.1 (78) 14.3 (105) 166 (98) 172 (97) 73.3 (109)
2018 1本植え 8/11 72.0 (83) 17.3 (79) 16.0 (112) 143 (91) 191 (97) 84.2 (106) 64.0 (104) 34.8 (81) 21.0 (98)
あきだわら 2017 1本植え 8/20 87.6 20.7 13.6 170 178 67.4
2018 1本植え 8/12 86.7 21.8 14.2 157 197 79.8 61.6 43.3 21.3
DEP1あきだわら 2017 3本植え 8/14 71.9 (82) 15.2 (78) 17.4 (113) 156 (144) 185 (104) 81.6 (120)
2018 3本植え 8/11 70.3 (82) 16.9 (80) 17.5 (107) 140 (103) 197 (102) 87.4 (113) 66.1 (110) 34.3 (83) 21.0 (99)
あきだわら 2017 3本植え 8/14 88.1 19.6 15.4 108 179 67.7
2018 3本植え 8/11 85.4 21.2 16.4 136 194 77.6 59.8 41.4 21.1
*** *** ** *** *** * **

表中の***,**,*はそれぞれ0.1%,1%,5%水準で有意な差が検出されたことを示す.

括弧内の数値は遺伝背景となった品種(あきだわら)を100とした場合の相対値を示す.

4. 統計解析

1) 系統間差異の検定

測定した各形質の系統間の差を,1本植えと3本植えそれぞれの場合について個別に検定した.「コシヒカリ」の遺伝的背景を持つ複数のNILsについては,各NILと「コシヒカリ」との比較を行った.その際,「コシヒカリ」の形質値を基準として,各NILの形質値との対比較を繰り返し行うことになるため,年次の効果を考慮した上でDunnettの多重検定法を適用した.また,「あきだわら」とその遺伝的背景を持つ1系統のNILとの形質値の比較は,年次の効果を含めた通常の分散分析を用いて行った.これらの統計解析は統計ソフトR(R Core Team 2018)により行い,特にDunnettの多重検定についてはパッケージmultcomp(Hothorn et al. 2008)を用いた.

2) 形質間相関

「コシヒカリ」とその8系統のNILsの1本植えで得られた形質データを用いて,形質間の表現型相関を算出した.すなわち「コシヒカリ」も含めた全部で9系統における2つの年次,4反復のデータを用いて,形質間の表現型相関を計算した.相関係数の算出およびその有意性検定はRのパッケージpsych(Revelle 2018)を,相関行列の可視化にはパッケージcorrplot(Wei and Simko 2017)をそれぞれ用いて行った.

5. 穂重型指数の算出

各対立遺伝子が草型に与える影響を評価するため,一穂籾数の穂数に対する割合を計算し,背景品種を1.0となるように補正した値を,導入した対立遺伝子を含む導入断片の「穂重型指数」と定義した.数値が1より大きければ背景品種よりも穂重型,逆に1よりも小さければ穂数型だったことを示す.なお,3本植えの試験区は1本植えとは別に,3本植えの背景品種と比較した値を同様に算出した.

結果

1. 各NILの特性

栽培試験による各NILの主要な形質測定値を表3および表4に,詳細を付表1および付表2に示す.供試したNILs中に極端な稔実率の低下が認められたものはなかった.以下に各NILの栽培試験結果について,遺伝的背景となった背景品種との比較して記す.

1) qLIA3コシヒカリ

葉身傾斜角については達観で「コシヒカリ」と比較して若干の立葉化が確認されたが,調査した項目については有意な差は認められなかった.穂重型指数は2017年が1.00,2018年が0.93であった.

2) qCTd11コシヒカリ

一株1本植えの栽培条件において,有意とはならなかったが,「コシヒカリ」と比較して一穂籾数が減少し,穂数が増加した.千粒重には差が認められなかった.粗玄米重(2018年のみ調査)の有意な増加(10%)が確認され,整粒歩合(2018年のみ調査)が30%向上した.穂重型指数は2017年が1.00,2018年が0.79であった.

2018年に実施した一株3本植えの試験区では,穂数・一穂籾数・千粒重に有意な差は認められなかった.粗籾重・粗玄米重などの収量にも有意な差は検出できなかったが,整粒歩合(2018年のみ調査)は14%向上した.3本植えでの穂重型指数は1.01であった.

3) GPSコシヒカリ

葉が細くなる特性が達観で観察され,その差は明瞭であった.それぞれ,「コシヒカリ」と比較して2017年,2018年に穂数が7%,13%増加し,一穂籾数が2017年,2018年にそれぞれ26%,16%減少した.2018年の千粒重(2018年のみ調査)は5%増加していた.粗籾重(2017年,2018年)や粗玄米重(2018年のみ調査)などには有意な差は認められなかった.穂重型指数は2017年が0.82,2018年が0.79であった.

4) SD1コシヒカリ(「コシヒカリつくばSD1号」)

稈長が17%短くなり,葉が風になびきにくくなるなど,群落構造が大きく変化し(付図2),ほとんど倒伏が見られないことが特徴であった.これまで,SD1DGWGの導入は,バイオマスの低下に繋がると報告されてきた(Murai et al. 2002, Matsubara et al. 2016)が,本試験では成熟期の全重において「コシヒカリ」との差は検出されなかった.2017年,2018年それぞれ,「コシヒカリ」と比較して穂数が10%,16%増加し,一穂籾数が14%,11%減少し,2018年の千粒重は5%(1.1 g)増加した.粗籾重は有意な差はなかったが,粗玄米重(2018年のみ調査)は10%増加した.2017年,2018年の穂重型指数はそれぞれ0.89,0.81であった.

5) TGW6+SD1コシヒカリ

「コシヒカリ」と比較して稈長が2017年,2018年それぞれ5%,10%短くなり,葉が風になびきにくくなった.倒伏は見られなかったが,その稈長は「SD1コシヒカリ」と比べて2017年,2018年それぞれ17%,8%長く,「コシヒカリ」と「SD1コシヒカリ」の中間型であった.

穂数は「コシヒカリ」と比較して有意な差は認められず,2017年,2018年ともに一穂籾数が12%減少し,千粒重(2018年のみ調査)は5%(1.0 g)増加した.「IR24」経由でSD1DGWGを導入して育成された「SD1コシヒカリ」すなわち「コシヒカリつくばSD1号」と比べると,一穂籾数および千粒重(2018年のみ調査)には有意な差は検出されなかった.

「コシヒカリ」に比べると,2017年,2018年の粗籾重はそれぞれ3%,16%増加し,粗玄米重(2018年のみ調査)は20%増加した.整粒歩合(2018年のみ調査)は16%低下したが,有意差は検出されなかった.

SD1コシヒカリ」と比べると,粗籾重は2017年では2%の減少,2018年では8%増加した.粗玄米重(2018年のみ調査)は9%増加した.整粒歩合(2018年のみ調査)は16%減少した.

穂重型指数は2017年が0.97,2018年が0.87であった.2017年の試験において,収量増が認められたため,2018年に一株3本植えの試験区も設定した.同じく一株3本植えの「コシヒカリ」と比較して稈長は10%短くなり,穂長は6%長くなった.穂数・一穂籾数に有意差は認められなかった.千粒重は5%増加し,粗籾重は9%,粗玄米重は14%増加した.一方で,整粒歩合(2018年のみ調査)は20%低下した.なお,3本植えでの穂重型指数は0.93であった.

6) GS3コシヒカリ

「コシヒカリ」と比較して籾は達観で明らかに細長くなり,玄米の粒長について15%の増加が確認された(2018年のみ調査,付表1).その結果,千粒重は11%増加したが,一穂籾数は2017年,2018年それぞれ25%,9%減少した.穂数には有意な差は認められなかった.粗籾重・粗玄米重などの収量にも有意な差は認められなかった.穂重型指数は2017年が0.94,2018年が0.87であった.出穂後,「コシヒカリ」と比較して長い芒が目立った.

7) GW2コシヒカリ

「コシヒカリ」と比較して穂数が2017年,2018年それ‍ぞれ16%,8%減少し,一穂籾数が2017年,2018年それぞれ18%,24%減少した.達観で明らかな大粒化が‍確認でき,千粒重(2018年のみ調査)は15%増加し‍ていた.粗籾重は2017年,2018年それぞれ12%,3%‍の減少であった.粗玄米重には有意な差が認められなかったが,整粒歩合(2018年のみ調査)は37%減少していた.穂重型指数は2017年が1.27,2018年が1.16であった.

8) GN1Aコシヒカリ

「コシヒカリ」と比較して穂長が2017年,2018年ともに6%増加した.穂数に有意な差は認められず,一穂籾数は2017年,2018年それぞれ,8%,9%増加した.千粒重にも有意な差は認められなかった.粗籾重・粗玄米重は増加したが有意差は検出できなかった.整粒歩合(2018年のみ調査)の有意な変化は認められなかった.穂重型指数は2017年が1.17,2018年が1.11であった.

9) DEP1あきだわら

「あきだわら」と比較して稈長は2017年,2018年ともに17%短くなり,葉が極端に風になびきにくくなるなど,群落構造が大きく変化した.また,葉色が濃くなることが観察された(付図2).穂長は2017年,2018年それぞれ22%,21%減少し,一穂籾数は2%,9%減少した.穂数は2017年,2018年それぞれ5%,12%増加した.穂軸に着粒した状態で籾は明らかに短く見えたが,脱穀した状態では目立たず,玄米の粒形や千粒重に有意な差が検出できなかった.粗籾重は2017年,2018年それぞれ9%,6%増加し,粗玄米重(2018年のみ調査)は4%増加した.一方,整粒歩合(2018年のみ調査)は19%低下した.穂重型指数は2017年が0.96,2018年が0.89であった.

同系統については,2017,2018両年の試験において,一株3本植えの試験区を設定した.同試験区では,「あきだわら」と比較して稈長が2017年,2018年ともに18%短くなり,穂長はそれぞれ22%,20%短くなった.穂数は2017年,2018年それぞれ13%,7%増加した.一穂籾数は2017年,2018年それぞれ44%,3%増加し,千粒重には有意な差は認められなかった.粗籾重は「あきだわら」と比較して2017年,2018年それぞれ20%,13%増加し,粗玄米重(2018年のみ調査)は10%増加した.整粒歩合(2018年のみ調査)は17%低下した.穂重型指数は2017年が0.88,2018年が0.93であった.

2. 形質間相関

調査項目間の相関関係を解析した結果を図1に示す.いくつかの調査項目間で相関が認められたが,粗籾重と成熟期穂重などの直接の関連がある調査項目間が大半であった中,穂数と穂重との間には相関係数-0.85の強い負の相関が認められた.

図1.

「コシヒカリ」を遺伝的背景とする複数の準同質遺伝子系統の比較栽培における形質間相関.

青は正の相関,赤は負の相関,ドットの大きさと色の濃さは相関の強弱を示す.

考察

1. 各対立遺伝子・QTLの効果

本研究では,日本の品種を遺伝的背景としたNILsを,育種事業における生産力検定試験に準じた条件下の比較栽培試験に供試することで,対象の対立遺伝子やQTLの育種的価値の定量的評価を試みた.以下に各対立遺伝子・QTLについて,NILとその背景品種との間で有意差の認められた効果を概括の上,考察する.なお,比較栽培試験に供試した系統は,対象の対立遺伝子を含むゲノム領域(表1)を導入したものであり,背景品種との差は,近傍領域を含めた評価であることに留意する必要がある.

1) qLIA3コシヒカリ

葉身傾斜角度に影響を与えるQTLであったが(San et ‍al. 2018),調査項目についての有意な差は検出されなかった.確認された立葉化の程度も甚だしいものではなく,調査項目について有意差が検出されるほどの効果に至らなかったものと考察された.

2) qCTd11コシヒカリ

qCTd11は葉の蒸散が活発となり,葉面温度が低下し,個葉光合成速度が上昇するQTLとして報告されている(Fukuda et al. 2018).本研究では粗玄米重の有意な増加に加え,整粒歩合の上昇が確認された.また,「qCTd11コシヒカリ」の玄米はやや大型化していた.一般に大粒化はシンク容量の増大に繋がり,整粒歩合を低下させることはあっても上昇させるとは考えにくいので,整粒歩合の向上は粒形の影響ではないと考察された.QTLの効果とされる葉からの蒸散が増えて葉面温度を低下させる特性が,登熟期の光合成活性を上昇させてソース能を高め,粗玄米重の増加とともに,整粒歩合の上昇に繋がった可能性がある.このQTL領域の整粒歩合を高める効果は,インディカ品種「タカナリ」由来であり,多くのジャポニカ品種の遺伝的背景で同様の効果が期待できる.導入されたゲノム断片が大きいので,不良連鎖の有無を含めた更なる検討が必要と思われる.

3) GPSコシヒカリ

本対立遺伝子の効果で,葉肉細胞が増加して,葉の厚みが増加することにより,単位葉面積あたりの光合成速度が上昇し,また同時に細葉の表現型を示すことが知られている(Takai et al. 2013).穂数が増加したものの一穂籾数が減少し,籾重や粗玄米重の増加は確認できなかった.当試験の結果は同対立遺伝子を含むゲノム領域を「コシヒカリ」の背景に導入した染色体断片置換系統(CSSL)の収量試験(Takai et al. 2014)の結果ともよく合致した.同遺伝子はインディカ型の背景に熱帯ジャポニカ由来の対立遺伝子を導入した際の多収化への寄与が知られているが,温帯ジャポニカの背景にインディカ型の対立遺伝子を導入しても同様の効果は得られないのかもしれない.特に葉が細くなることは葉面積の減少を示唆しており,個葉光合成能は高まったとしても群落のソース能がコシヒカリと比べて向上していない可能性が考察された.対象遺伝子(Os04g0615000)の変異体も葉が細くなることが報告されており(Qi et al. 2008),またRiceXPro(Sato et al. 2011, 2013, http://ricexpro.dna.affrc.go.jp)を参照すると,ほぼ全身発現しており,一連の特徴的な形態の変化は近傍の領域に存在する他の遺伝子の効果よりも,同遺伝子の多面発現として植物体全体に形態的な影響が発現している可能性が高いと考察された.

4) SD1コシヒカリ(「コシヒカリつくばSD1号」)

同対立遺伝子の導入により,半矮性の表現型を示すことが報告されている(王ら 2005).これまで日本の品種の遺伝的背景にSD1DGWGを導入しても,穂長やバイオマスの減少を伴い,収量に大きな効果が得られないことが報告されてきた(Murai et al. 2002).本研究では,短稈化はしたものの成熟期の全重において「コシヒカリ」との差が検出されず,バイオマスの減少を伴わずに穂数が増加させたことが,粗玄米重の増加に繋がったものと思われる.また,葉が風になびきにくくなる特性は,強風下でも安定した受光体勢が維持されるなど,群落構造の改善を通してソース能が向上した可能性がある.

また,「SD1コシヒカリ」の千粒重が大きかったことについては,「低脚烏尖」由来のSD1DGWGそのものに千粒重を大きくする効果は知られておらず,また「タカナリ」経由でSD1DGWGを導入した他の系統では,同様の効果は認められていないので(未発表データ),SD1DGWGそのものの効果ではなく,連鎖する近傍のゲノム領域の効果か,残存する他の染色体断片上の領域の効果と考察された.

5) TGW6+SD1コシヒカリ

TGW6Kasalathの導入による千粒重の増加(Ishimaru et al. 2013)とSD1DGWGの導入による短稈化(王ら 2005)が予想された.群落構造はSD1コシヒカリに酷似していたが,稈長は「コシヒカリ」と「SD1コシヒカリ」の中間型を示し,SD1DGWGの短稈化効果がTGW6Kasalathを含むその近傍領域の長稈化の効果により部分的に相殺されているものと推定された.日本のイネ品種にSD1DGWGを導入するとバイオマスが小さくなりすぎて多収化に繋がりにくいことが指摘されていること(Murai et al. 2002)を考慮すると,2つの対立遺伝子の組合せは互いの欠点を補い合う効果があるのかもしれない.

一方,元来TGW6Kasalathの導入による予測された効果は,主に千粒重の増加であった.実際に「コシヒカリ」に対して5%の千粒重の増加が認められたが,これは上記の「SD1コシヒカリ(コシヒカリつくばSD1号)」の千粒重の増加とは別の要因であり,TGW6Kasalathの効果であろうと考察された.

6) GS3コシヒカリ

インディカ型の対立遺伝子の導入により長粒化することが報告されている(Fan et al. 2006).2018年の調査では11%の千粒重の増加が確認されたことは,導入した対立遺伝子の効果として期待された特性と一致した.一方で一穂籾数は2017年,2018年それぞれ25%,9%減少しており,千粒重と一穂籾数はトレードオフの関係にあると思われた.実際に穂重の増加は認められず,穂重型指数も1以下であり,長粒化しても穂の長さや大きさには大きな影響はなく,逆に粒数の減少で相殺され,シンク容量の増加効果もなかったものと考察された.玄米の粒幅や粒厚の増加は穂軸に対して垂直方向への拡大になり穂が太くなるのに対し,当対立遺伝子の効果として想定される粒長の伸長は穂軸に対して平行方向であるため,穂の太さを増すことにならず,穂長の増加がない限り穂重の増加に繋がりにくいのかもしれない.

7) GW2コシヒカリ

同対立遺伝子の導入効果として,粒幅と粒重の増加が報告されている(Song et al. 2007).本研究においても導入した対立遺伝子の期待された効果として,千粒重の増加が確認され,穂重型指数も2017年が1.27,2018年が1.16と穂重型化していた.GS3Oochikaraと異なり,GW2BG1の効果は大粒化であり,穂軸に対し垂直方向への拡大を伴うことから穂の太さが増したことによるものと思われた.一方で,ソース能の向上を伴わずにシンク容量が大きくなりすぎたことで,シンクとソースのバランスが崩れ,粗籾重,粗玄米重,整粒歩合の低下をきたしたと考察された.

8) GN1Aコシヒカリ

導入した対立遺伝子の効果として一穂籾数の増加が報告されている(Ashikari et al. 2005).穂重型指数は2017年が1.17,2018年が1.11と1を超え,期待された対立遺伝子の効果(一穂籾数の増加)が確認された.一方で有意とはならなかったものの穂数が減少しており,後述する穂数と穂重とのトレードオフの関係により,同対立遺伝子の導入が粗籾重や粗玄米重の有意な増加に繋がらなかったものと考察された.

9) DEP1あきだわら

同対立遺伝子についてのこれまでの報告(Wang et al. 2009, Huang et al. 2009)同様,本試験においても粗籾重や粗玄米重を増加させる効果が確認された.短稈化はしたものの成熟期の全重において「あきだわら」との差が検出されず,バイオマスの減少を伴わずに穂数が増加させた点でSD1DGWGに酷似しており,SD1DGWGと共通の多収化のメカニズムがあるのかもしれない.当初予想された形態的な変化は“密な直立穂”であった.しかし実際には短稈化,穂数型化,葉が極端に風になびきにくくなるなど,穂以外の組織への形態的な影響が大きかった.本研究で利用した対立遺伝子は,「Ballila28(JP 14390)」由来であり,中国東北部で広く利用され多収化に貢献している対立遺伝子が「Ballila」に由来する(Xu et al. 2016)ことや配列情報(625塩基の欠失)から,本研究で用いた対立遺伝子も同一のものであることが想定される.同対立遺伝子を含むゲノム領域の効果は,DEP(Dense and Erect Panicle)の名にもあるように穂の形態の変化が注目されることが多いが,短稈化・穂数型化・立葉化などの群落構造も大きく変化させることから,群落構造の変化による収量への影響を無視すべきでないと思われた.当対立遺伝子による多収化の効果は,ジャポニカ背景ではよく知られている(Huang et al. 2009, Wang et al. 2009)が,インディカ背景で認められなかったとする報告(Zhou et al. 2009)があるのは,両者の群落構造の違いに起因するものかもしれない.

また,圃場で籾が短粒化したように観察されたが,玄米の粒形の変化は本試験で有意な差が検出できるほどのものではなかった.一方で整粒歩合の低下が確認され,粒数の増加によるシンク容量の増大をソース能が補い切れていない可能性があり,我々はqCTd11Takanariとの集積による整粒歩合の改善効果を確認する予定である.

2. 形質間相関とトレードオフ

本研究では遺伝的背景を「コシヒカリ」に統一し,シンク容量等に影響を与える複数のゲノム断片を導入したNILsを同時に並行して栽培・比較した.遺伝的背景の違いによるばらつきを排除した結果が得られたため,複数の品種を用いた形質間相関に関するこれまでの報告(黒田ら 1999)よりも高い相関係数が検出されたものと考えられた.特に穂重と穂数の負の相関は顕著であった.両形質はいわゆる“トレードオフ”の関係にあり,穂数の増加は穂重やそれを構成する千粒重等の減少を招き,結果的にそれだけでは多収に結びつきにくいことを示していた.このトレードオフの関係は,シンク容量の増加が期待されたはずのGW2BG1およびGS3Oochikara(粒大の増加)やGN1ATakanari(粒数の増加)の多収化の効果が確認できなかった主要な要因と考察された.

シンク容量に関する対立遺伝子やQTLを導入したNILsにおいて,期待された多収化の効果が認められなかった.対立遺伝子の効果によりシンク容量が増大してポット試験で収量増が確認されても,実際の圃場栽培では空間,日射,CO2等において個体間の競合があり,シンク容量に応じたソース能力が確保できなかった可能性がある.一方,粗籾重おいて「TGW6+SD1コシヒカリ」と「DEP1あきだわら」が有意な増加が確認され,粗玄米重において「qCTd11コシヒカリ」,「SD1コシヒカリ」,「TGW6+SD1コシヒカリ」および「DEP1あきだわら」が有意な増加が確認された.これらの各対立遺伝子・QTLやその組合せは日本の品種を背景で収量を増大させる効果が期待できる.SD1DGWG,TGW6KasalathおよびDEP1Ballilaは,いずれも群落構造に大きな変化を引き起こした.群落構造が収量性に大きな影響を与えることは多くの作物で知られている(Donald 1968伊藤1985国分1988白川ら1994曹・礒田2008田中2011).群落構造は,NILsの背景の品種によっても異なるので,その効果は遺伝的背景となる品種との組合せにより異なる可能性があることに留意する必要があるが,これらの対立遺伝子に一定の効果が認められたことは,多収化に向けて群落構造の改善が鍵の一つであることを示していると考察された.シンク容量の拡大だけでは多収化は達成できず,SD1DGWGDEP1Ballilaなどのような群落構造を大きく変化させる対立遺伝子や,qCTd11Takanariのように単位葉面積あたりの光合成能力の向上に繋がる可能性のある対立遺伝子と組合せて利用するなど,ソース能の向上と並行して取組む必要があると考察された.

これまで多収化の要因として単離された遺伝子の多くはシンク容量に関するものであった.日本の多くのイネ品種と「タカナリ」等のインディカ型多収品種との間にはソース能に大きな差があるが,ソース能の差は,これまでに単離された遺伝子のみでは到底説明できないことが指摘されている(鐘ヶ江ら 2017).インディカ型多収品種には,ジャポニカ型品種のソース能を向上させる未発見の遺伝要因が隠されており,その発見と利用が期待される.

3. 有用対立遺伝子の育種利用に向けて

収量関連形質を支配する対立遺伝子について,準同質遺伝子系統の作出を通した育種利用が,特に日本の水稲育種において進んでこなかった理由として以下が想定される.

1)対立遺伝子の効果が大きすぎてシンク/ソースバランスが損なわれる

2)対立遺伝子の効果が大きくない

3)不良連鎖の解消が難しい

4)準同質遺伝子系統作出には時間とコストを要する

5)対立遺伝子が既に多くの品種で利用されている

1)は本研究においてGW2BG1GS3OochikaraおよびGN1ATakanariの効果が認められなかった理由であろう.これらの対立遺伝子は,シンク容量に与える効果が大きすぎる可能性が高く,実際の育成品種においては,ソース能とのバランスを乱さない程度に(以下「マイルドに」)シンク容量を増加させる対立遺伝子(他の遺伝子座の対立遺伝子を含む)の検出と利用が望まれる.日本の主食用のイネ品種の中にも,つきあかり(笹原ら 2018),ふくまる(岡本ら 2015)等に見られるように,一部に千粒重に関する一定の自然変異が認められるので,それらの遺伝子支配を明らかにすることで,よりマイルドにシンク容量を増加させる対立遺伝子利用の効率的な利用が可能が期待できる.また,DEP1BallilaqCTd11Takanariのように,群落の光合成能力を向上させることが期待できる対立遺伝子をシンク容量を増加させる対立遺伝子と組合せて利用することが期待される.

qLIA3Takanariの効果が検出できなかったのは2)に該当するのかもしれない.効果の小さな対立遺伝子の効果を検出するためには,一般的には反復数を増やすのが常道ではあるが,栽培試験はコストと労力を要するので,誤差を最小限に抑えた精度が高い栽培試験が必要であろう.

未利用の対立遺伝子を探索するために近縁野生種などを利用する方法もあるが,3)の不良連鎖が大きな課題となる.本研究で対象とした全ての対立遺伝子はいずれもOryza sativa種内由来であるが,それでも食味等の形質で不良連鎖がある可能性を否定できないことに留意する必要がある.

これまで準同質遺伝子系統作出には時間とコストを要してきた.一方,イネの年間最大4世代の実用的高速世代促進法としてsBBS(simplified Biotron Breeding System, Tanaka et al. 2016)が提案されている.この方法を用いれば,背景とする品種にもよるが任意の品種を遺伝的背景としたNILsを比較的短期間・低労力で育成することができる.事実,本試験で用いた「DEP1あきだわら」は,最初の交配から2年を待たずその遺伝子型が実現されている(付図1).これまでにも,複数の対立遺伝子やQTLを対象に同一品種の遺伝的背景のNILsを育成し,それらを起点に集積系統を育成することで遺伝的改良を進めようとする議論はなされてきたが,長い道のりと考えられてきた.実用的な高速世代促進法を利用することにより,4)の課題を克服することが期待できる.

Kato et al.(2020)は多くの多収遺伝子が多収品種では既に利用されており,育種家にとってそれほど大きな価値がないことを指摘している.本研究で扱ったSD1DGWGについては,日本の品種ではまだ保有しているものは限定的である(Hori et al. 2021)が,インディカ型の飼料稲品種ではその来歴上,既に保有しているものが大半と思われるので,上記5)に該当するのかもしれない.また近年盛んに行われているGWAS(genome-wide association study)は,集団中に一定以上の頻度で存在する対立遺伝子を検出する解析方法のため,原理的に育種家にとって魅力的な未利用の有用な対立遺伝子を見出すことは難しいであろう.

本研究の結果は少なくとも日本のイネの多収化にはシンク容量に関する遺伝要因だけでなく,ソース能に関する遺伝要因を組合せて利用する必要性を示していた.収量向上に有効な対立遺伝子を明らかにし,それらを利用して効率的にイネの生産性を高めてゆくためには,群落構造の大幅な改変など,ソース能の向上を実現できる新たなQTLsの着実な掘り起こしとともに,高速世代促進を利用したNILsの高速育成とシンク容量を適度に増加させる対立遺伝子とqCTd11などのソース能の向上させる対立遺伝子の集積等を効率よく進め,それらの効果と不良な連鎖を迅速に評価しながら品種の開発にフィードバックしてゆく必要がある.

謝辞

本研究で用いたNILsの供与親の一部は,農研機構農業生物資源ジーンバンクから分譲いただいたものである.東京農工大学農学部の平沢正名誉教授,国際農業研究センター国際農林水産業研究センターの高井俊之博士には,本研究の材料となった準同質遺伝子系統を分譲いただいた.本研究の遂行に当たり,研究栽培管理および形質調査を担った農研機構つくば技術支援センター谷和原業務第1科育種班の職員各位,形質調査を担った農研機構次世代作物開発研究センター稲形質評価ユニットおよび育種法開発ユニットの契約職員各位には多大なる貢献をいただいた.英文要約の作成には,上智大学の鈴木伸洋准教授に協力いただいた.関係各位に対し,ここに感謝の意を表する.またこの研究の一部は農研機構理事裁量経費の支援により遂行された.

電子付録

付表1.「コシヒカリ」を遺伝的背景とする準同質遺伝子系統の詳細形質測定値.

付表2.「あきだわら」を遺伝的背景とする準同質遺伝子系統の詳細形質測定値.

付図1.高速世代促進技術(sBBS)による「DEP1あきだわら」高速育成の概要.

付図2.準同質遺伝子系統の形態.

引用文献
 
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