Breeding Research
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ISSN-L : 1344-7629
Original Article (New Cultivar)
“Nanbukirari”, a new wheat cultivar suitable for the cold regions in Japan has resistance to wheat yellow mosaic virus and an excellent yellow noodle color
Sachiko Ikenaga Yoshinori TaniguchiHiroyuki ItoAkiko NakamaruToshiyuki TakayamaToshiki NakamuraEiko HimiGoro IshikawaTatsuya IkedaKazuhiro NakamuraMasato TairaHidekazu MaejimaMiwako ItoMika SaitoRyo Yoshikawa
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2024 Volume 26 Issue 1 Pages 23-30

Details
摘 要

東北地域で長く栽培されている「ナンブコムギ」は,コムギ縞萎縮病に弱く,長稈で倒伏しやすいため,これらの短所を改良した「ナンブキラリ」を育成した.「ナンブキラリ」は2002年5月にF1雑種「盛系C-130b-5-5//東北214号(後の「ゆきちから」)/東北207号/3/盛系C-B3423」を母本,「盛系C-B3423」を父本として人工交配(盛交W02-24)した組合せから派生系統育種法により日本麺用軟質小麦として育成した.2018年に品種登録出願を行い,2022年に品種登録された.稈長は「ナンブコムギ」より短く,倒伏しにくかった.平均収量が「ナンブコムギ」より1.4倍程度多かった.耐雪性は「ナンブコムギ」より劣るが,穂発芽はしにくかった.コムギ縞萎縮病に強く「ナンブコムギ」の短所が大幅に改善された.製粉歩留は「ナンブコムギ」より高く,製粉性に優れていた.Wx-B1欠のやや低アミロース品種で,アミログラムのブレークダウンが大きいため,めんの食感が優れていた.「ナンブキラリ」の小麦粉は「ナンブコムギ」と同様に黄色みが強く,「ナンブコムギ」より明度に優れていた.以上のことから「ナンブキラリ」は「ナンブコムギ」の短所であるコムギ縞萎縮病抵抗性,長稈,低収を改善し,長所である小麦粉の黄色みを有し明度に優れた品種として普及が期待される.

Translated Abstract

Tohoku Agricultural Research Center, NARO, has bred a new soft winter wheat cultivar, “Nanbukirari”, as a successor to “Nanbukomugi”. “Nanbukirari” was applied for variety registration at the seed and seeding section of MAFF in 2018. “Nanbukirari” is a Japanese noodle cultivar with a slightly low amylose content and excellent texture. “Nanbukirari” has improved on the disadvantages of “Nanbukomugi”, such as having a lower wheat yellow mosaic virus (WYMV) susceptibility, and a longer stem. It also has the advantage of producing a bright yellowish flour. The yield of “Nanbukirari” is about 1.4 times higher than that of “Nanbukomugi”. The snow mold resistance is inferior to that of “Nanbukomugi”, but it is less susceptible to pre-harvest sprouting. It is highly resistant to yellow mosaic virus, which is a significant improvement on “Nanbukomugi”. “Nanbukirari” has a higher milling yield than “Nanbukomugi”, and has excellent milling characteristics. As a slightly-low-amylose cultivar lacking Wx-B1, it has a large amylogram breakdown, which gives it a good noodle texture. “Nanbukirai” flour is yellowish like “Nanbukomugi”, and has better lightness than “Nanbukomugi”. Therefore, “Nanbukirari” is a cultivar that has improved on disadvantages (better yellow mosaic virus resistance and longer stem) and has an advantage (yellowish flour).

緒言

1951年に育成された「ナンブコムギ」(東北農業試験場栽培第2部作物第1研究室 1970)は,軟質小麦ながらタンパク質含量が多く,パン・中華麺用と日本麺用として両方に使用できることから堅調な需要があり,育成から70年以上経過した現在でも岩手県を中心とした寒冷地で栽培されている.「ナンブコムギ」は耐雪性が優れるが,コムギ縞萎縮病による減収が大きく,また長稈で倒伏しやすい.岩手県のコムギの平均収量(2015~2021年産のうち最高および最低を除いた5年間の平均収量)は205 kg/10 aで,都府県の平均収量341 kg/10 aより低い(農林水産省 2021).この要因の1つとして,岩手県で広く栽培されている「ナンブコムギ」がコムギ縞萎縮病に罹病し低収になっていることが推測される.コムギ縞萎縮病は,コムギ縞萎縮ウイルス(Wheat yellow mosaic virus)を病原とし,土壌中の原生動物Polymyxa graminis Ledinghamによって媒介され,岩手県以北では主にII型が分布している(大藤 2005, 大藤ら 2006).コムギ縞萎縮病の防除法として,遅播き,休作,深耕,使用機材の洗浄等が提唱されている(小川ら 1995, 渡辺ら 1995, 荻内ら 2006)が効果は充分でなく,被害回避には麦種変更か抵抗性品種の導入が必要である.既に岩手県では「ナンブコムギ」の用途のうち,パン・中華麺用途についてはコムギ縞萎縮病抵抗性品種の「ゆきちから」(2005年品種登録)や「銀河のちから」(2014年品種登録)への切り替えが進んできており収量向上が図られている.このため,生産者等からは日本麺用途でも抵抗性品種の普及が望まれている.

一方で,「ナンブコムギ」の胚乳は黄色みが強く(石川ら 2010),麺の色相に優れることから日本麺用での「ナンブコムギ」の後継品種として実需者に受け入れられるためには,小麦粉に黄色みを付与することが必須である.

以上のようなニーズを踏まえて,著者らは,コムギ縞萎縮病抵抗性と黄色みの強い小麦粉特性を有する寒冷地向け日本麺用コムギ新品種「ナンブキラリ」を育成したので,その育成経過と品種特性について報告する.

材料および方法

1. 育成経過

本育種は安定多収,耐寒雪性,耐病性,難穂発芽性,高製粉性,良粉色,高製麺適性を目標として実施した(図1).この系譜の中で,「盛系C-130b-5-5」は麺の粘弾性に優れる「関東107号」と硬質小麦「PaloDuro」の交配から作出された系統で,日本麺の食感に優れ,小麦粉のくすみが少ない.「東北214号」は,パン中華麺用系統であるが耐雪性に優れ小麦粉の明度が優れ,後に「ゆきちから」として品種登録された.「東北207号」は麺用小麦として普及していた「しゅんよう」と「タイセツコムギ」から育成され,多収で日本麺の色や粘弾性の評価が高い.また,「盛系C-B3423」は九州で作出された「GNF4-627」と「東北207号」から作出された系統で,短稈で倒伏しにくく,小麦粉の黄色みが強い特性を持つ.

図1.

「ナンブキラリ」の系譜.

WA-3はAg. glaucumに由来するさび病抵抗性遺伝子を有する系統.

GNF4-627は旧九州農業試験場で作出された高製麺適性系統.

本育種事業では,まず,「東北207号」と「東北214号」の交配を行い,そのF1に「盛系C-130b-5-5」を交配した.この交配で得られた植物を「盛系C-B3423」で交配し,さらに戻し交配した.2003年9月から2006年7月にかけて,この交配により得た22個体(F1)の後代から,早生,短稈等を基準に200穂を選抜した(F2~F4).2006年9月からは約400個体を点播し,早生,短稈,諸障害抵抗性,粒の外観品質等から7個体(F5)を選抜し,2007年9月にF6世代で派生系統に展開した.

2008,2009年9月に生産力検定予備試験およびコムギ縞萎縮病抵抗性等を調査するために特性検定試験に供試し,生産力検定予備試験等の収穫物の小麦粉色相とラピットビスコアナライザーによる糊化特性を分析した.

2. 病害抵抗性および穂発芽性の検定

耐雪性の検定は,東北農業研究センター内の圃場および岩手県二戸郡一戸町奥中山の積雪期間が異なる2カ所で実施し,コムギ縞萎縮病,赤さび病およびうどんこ病抵抗性は東北農業研究センター内の圃場で評価し,赤かび病抵抗性検定はハウス内で開花期頃からスプリンクラーで散水して行った.いずれも達観調査で被害程度を評価し,標準品種と比較して耐病性を極強から極弱の9段階で判定した.穂発芽性は,成熟期に10穂採取し5穂ずつ1日風乾および5日間風乾した後,流水中で1晩浸水し,気温15度,湿度90%以上に7日間静置し,発芽粒数から標準品種と比較して極難から極易の9段階に判定した.

3. 小麦粉色相,糊化特性の分析および製麺試験

収穫後,子実をビューラーテストミル(MLU-202)で製粉し,小麦粉の色相,糊化特性および製麺試験に供試した.小麦粉の色相は,食品総合研究所(1990)に準じて実施し,日本電色ZE6000で測定した.糊化特性は,食品総合研究所(1991)に準じて実施し,VISKOGRAPH-​Eで測定した.製麺試験およびうどんの官能評価は食品総合研究所(1985)に準じて実施した.

4. DNAマーカー分析

うどんの食感が優れるアミロース含量のタイプを選抜するため,F9でDNAマーカーを活用しデンプン合成酵素遺伝子座の遺伝子型(Wx-A1, Wx-B1)の判別をした(Nakamura et al. 2002).

5. 生産力検定試験および現地試験

生産力検定試験は,センター内の水田圃場で条間20 cm,6条のドリル播で実施した.播種量は250粒/m2で前作は水稲である.出穂期,成熟期,稈長,穂長,収量および収量構成要素を調査した.

現地試験は,岩手県一関市および矢巾町で行った.播種量は6~8 kg/10 aのドリル播とし,施肥量は窒素で一関市は9~11 kg/10 a,矢巾町は8~12 kg/10 a施用した.縞萎縮病の罹病程度を達観調査で評価し,成熟期に稈長,穂長,収量および収量構成要素を調査した.

結果

本育種事業によって育成された「ナンブキラリ」は,コムギ縞萎縮病に強く,粉の色相が良く,糊化特性が麺用として優れるとともに,多収,原粒の外観品質が良好な品種である.なお,本品種は,育成過程で,「厨系C-B210」,「盛系D-B033」,「東北232号」の系統名等が付けられ,2019年に「ナンブキラリ」として出願公表,2022年に登録された(登録番号29297).品種名「ナンブキラリ」は,小麦粉色相が明るい特徴を「キラリ」で表現し,「ナンブ」には寒冷地で長年親しまれている「ナンブコムギ」のように広く普及する願いを込めている.以下,品種特性の詳細について述べる.

1. 形態的・生態的特性

「ナンブキラリ」,「ネバリゴシ」および「ナンブコムギ」の株・穂・粒の形態を図2に,2009~2016年度の育成地水田圃場での栽培試験成績を表1に示す.

図2.

「ナンブキラリ」(左),「ネバリゴシ」(中),「ナンブコムギ」(右)の形態特性の比較.A:株,B:穂,C:粒

表1.

育成地における「ナンブキラリ」の生育および収穫物調査成績1)

品種名 秋播性程度2) 出穂期(月/日) 成熟期(月/日) 稈長(cm) 穂長(cm) 穂数(本/m2 倒伏程度3) 整粒収量4,5)(kg/a) 収量比(%) 整粒歩合5)(%) 容積重4,5)(g/L) 千粒重4,5)(g) 原粒
外観
品質6)
原粒
タンパク
含量7)(%)
原粒灰分
含量8)(%)
ナンブキラリ IV~V a9) 5/23 a 7/5 a 83.2 b 9.6 b 504 a 0.5 a 53.2 a 128 99.0 a 845 a 42.2 a 5.3 a 10.6 b 1.5 b
ネバリゴシ V a 5/22 a 7/2 a 78.1 b 8.6 c 513 a 0.6 a 41.7 b 100 97.8 b 833 a 35.8 b 5.1 a 10.3 b 1.4 c
ナンブコムギ V a 5/19 a 7/2 a 99.6 a 10.6 a 511 a 1.6 a 39.0 b 94 98.7 a 841 a 44.3 a 2.3 b 13.7 a 1.7 a

1) 農研機構東北農業研究センター内の水田圃場におけるドリル播栽培での2009~2016年度の試験成績の平均値.

2) 秋播性程度検定試験における判定結果.

3) 0:無~5:甚の6階級評価.

4) 水分12.5%換算値.

5) 2.2 mm篩で調整した子実での測定値.

6) 9:上の上,5:中の中,1:下の下の9段階評価.

7) 近赤外分光分析機(Infratec1241)で測定し,水分13.5%換算値.

8) 600°C,3時間燃焼による測定値.水分12.5%換算値.

9) 異なる文字を付した数値には5%水準で有意差あり(秋播性程度,倒伏程度,原粒外観品質はSteel-Dwass’s test,それ以外はTukey-Kramer’s HSD).

「ナンブキラリ」の秋播性程度は“IV~V”であった.「ナンブキラリ」の出穂期は5月23日で,「ナンブコムギ」の5月19日より4日遅く,種苗特性分類調査基準では寒冷地の基準で“中”,成熟期は「ネバリゴシ」,「ナンブコムギ」の7月2日より3日遅い7月5日で,寒冷地の基準で“中”であった.稈長は83 cmで,「ネバリゴシ」と同程度で「ナンブコムギ」より短く“中”,倒伏の発生程度が無~微で「ナンブコムギ」の微~少より少ない傾向がみられ,耐倒伏性は“やや強”であった.穂数は「ネバリゴシ」,「ナンブコムギ」と同程度で,「ナンブキラリ」の収量は53.2 kg/aで「ネバリゴシ」,「ナンブコムギ」と比較して有意に多く,「ナンブコムギ」対比では136%の多収であり,収量性は「ナンブコムギ」の“やや少”に対して「ナンブキラリ」は3段階大きい“多”であった.容積重は845 g/Lで“やや大”,千粒重は42.2 gで“中”であった.外観品質は5.3の“中の中”で「ネバリゴシ」と同程度,「ナンブコムギ」の2.3の“下の中”より良い評価であった.原粒タンパク質含量は10.6%,原粒灰分含量は1.5%と「ナンブコムギ」より有意に低く,いずれも品質ランク区分の基準値に入るものであった.

2. 病害抵抗性・障害耐性

「ナンブキラリ」の病害抵抗性および障害耐性を表2に示す.「ナンブキラリ」の耐雪性は寒冷地の調査基準で「ナンブコムギ」,「ネバリゴシ」より劣る“やや弱”であった.穂発芽性は,「ネバリゴシ」,「ナンブコムギ」と同程度の“難”であった.コムギ縞萎縮病抵抗性は“強”と「ナンブコムギ」の“弱”から大幅に改善されていた.赤かび病抵抗性は“中”,うどんこ病抵抗性は“中”,赤さび病抵抗性は“やや強”であった.

表2.

「ナンブキラリ」の病害抵抗性と障害抵抗性1)

品種名 耐雪性 穂発芽性 コムギ縞萎縮病 赤かび病 うどんこ病 赤さび病
ナンブキラリ やや弱 やや強
ネバリゴシ やや弱
ナンブコムギ やや強 やや強 やや弱

1) 2008~2016年の間で8~9年間実施した検定結果から総合判定.

3. 製粉性・小麦粉品質

「ナンブキラリ」の製粉性を表3に示す.「ナンブキラリ」の製粉歩留は70.3%と「ナンブコムギ」の63.5%より高く,「ナンブコムギ」の“やや低”に対して,ナンブキラリは“やや高”であった.BM率は45.0%,セモリナ生成率は58.4%で,「ナンブコムギ」と同程度であった.セモリナ粉砕率は83.1%,灰分移行率は52.0%,ミリングスコアは85.2%で「ナンブコムギ」より高かった.これらの結果から,「ナンブキラリ」は「ナンブコムギ」より製粉性が優れることが明らかとなった.

表3.

「ナンブキラリ」の製粉性試験結果1,2)

品種名 製粉歩留(%) BM率(%) セモリナ生成率(%) セモリナ粉砕率(%) 灰分移行率(%) ミリングスコア
ナンブキラリ 70.3 b3) 45.0 a 58.4 b 83.1 b 52.0 a 85.2 a
ネバリゴシ 67.8 c 42.3 a 59.7 b 80.1 b 49.3 b 83.3 a
ナンブコムギ 63.5 d 44.2 a 59.5 b 74.1 c 48.2 b 77.9 b
ASW 73.1 a 24.7 b 65.3 a 89.8 a 45.5 c 83.0 a

1) 農研機構東北農業研究センター内の水田圃場におけるドリル播栽培での2009~2016年度の試験成績の平均値.

2) ビューラーテストミル(MLU-202)で製粉した.

3) 異なる文字を付した数値には5%水準で有意差あり(Tukey-Kramer’s HSD).

「ナンブキラリ」の60%粉のタンパク質含量,灰分含量,色および糊化特性を表4に示す.「ナンブキラリ」のタンパク質含量は8.8%で,「ナンブコムギ」の12.2%より有意に低く,「ネバリゴシ」の8.8%や「ASW」の9.1%と同程度であった.小麦粉の色相に影響を与える小麦粉灰分含量は,「ナンブキラリ」が「ASW」より有意に低く,「ナンブコムギ」,「ネバリゴシ」とは有意差はないものの低い傾向があった.「ナンブキラリ」の粉のL*値(明るさ)は88.3で「ナンブコムギ」の87.4より高く,明るさが優れていた.a*値(赤み)は−0.41で「ナンブコムギ」の−0.02より低く,「ネバリゴシ」,「ASW」と同程度であった.b*値(黄色み)は16.3と「ナンブコムギ」の16.7と同程度に高かった.以上のことから「ナンブキラリ」の小麦粉は「ナンブコムギ」と同様に黄色みが強く,「ナンブコムギ」より明度に優れた特性を有していることが示された.

表4.

「ナンブキラリ」の60%粉タンパク含量,灰分含量,色,糊化特性およびWx遺伝子1)

品種名 タンパク
含量2)
(%)
灰分含量
(%)
粉の色3) アミログラム4) Wx遺伝子
明るさ(L*) 赤み(a*) 黄色み(b*) 白さ(W) GT(°C) MVT(B.U) MV(B.U) BD(B.U) Wx-A1 Wx-B1 Wx-D1
ナンブキラリ 8.8 b5) 0.37 b 88.3 a –0.41 b 16.3 a 79.9 bc 60.1 a 87.6 b 1252 a 477 a a b a
ネバリゴシ 8.8 b 0.38 b 87.8 b –0.24 b 15.5 ab 80.3 b 60.7 a 87.0 b 1150 a 525 a b b a
ナンブコムギ 12.2 a 0.40 b 87.4 b –0.02 a 16.7 a 79.1 c 60.0 a 90.3 a 952 b 282 b a a a
ASW 9.1 b 0.48 a 88.3 a –0.32 b 14.6 b 81.3 a 58.6 b 86.7 b 781 c 246 b

1) 農研機構東北農業研究センター内の水田圃場におけるドリル播栽培での2009~2016年度の試験成績の平均値.

2) 近赤外分光分析機(Infratec1241)で測定し,水分13.5%換算値.

3) 日本電色ZE6000で測定した.Wは,100 − ((100 − L*)2 + a*2 + b*2)0.5で算出した.

4) VISKOGRAPH-Eで測定し,GT:糊化開始温度,MVT:最高粘度時の温度,MV:最高粘度,BD:ブレークダウンを示す.

5) 異なる文字を付した数値には5%水準で有意差あり(Tukey-Kramer’s HSD).

「ナンブキラリ」のアミログラムの糊化開始温度は「ASW」より高く,「ネバリゴシ」,「ナンブコムギ」と同程度であった.最高粘度(MV)は「ナンブコムギ」,「ASW」より大きく,「ネバリゴシ」と同程度であった.従って,「ナンブキラリ」は低アミロにはなっておらず,穂発芽による小麦粉品質の低下はない.ブレークダウン(BD)は「ナンブコムギ」,「ASW」より大きく,低アミロース品種である「ネバリゴシ」と同程度だった.アミログラムの特性値はWx遺伝子型を反映していると考えられ,「ナンブキラリ」は「ナンブコムギ」より最高粘度,ブレークダウンが大きく,やや低アミロースコムギの特徴を示した.

4. 製麺適性

「ナンブキラリ」のうどんの官能検査結果を表5に示す.「ナンブコムギ」と比較すると麺の色,粘弾性,なめらかさ,食味の評点が高く,合計点も「ナンブコムギ」より有意に高かった.一方,低アミロース品種である「ネバリゴシ」と比較すると,かたさの評点が高く,その他の評価項目の評点と合計点は同程度であった.

表5.

「ナンブキラリ」のうどんの官能評価結果1,2)

品種名 色(20) 外観(15) 食感 食味(15) 合計(100)
かたさ(10) 粘弾性(25) なめらかさ(15)
ナンブキラリ 14.4 ab3) 11.1 a 7.2 ab 19.4 a 12.2 a 11.1 a 76.3 a
ネバリゴシ 13.2 bc 10.9 a 6.7 c 19.2 a 12.2 a 10.8 ab 73.4 a
ナンブコムギ 12.2 c 10.5 a 6.9 bc 17.0 c 10.7 b 10.3 c 67.7 b
ASW 14.5 a 11.3 a 7.3 a 18.1 b 11.1 b 10.6 bc 73.1 a

1) 農研機構東北農業研究センター内の水田圃場におけるドリル播栽培での2009~2016年度の試験成績の平均値.

2) 「小麦の品質評価法―官能検査によるめん適性―」食品総合研究所(1985)に準じ一部改良して試験を実施した.

( )内の数値は満点を示す.

3) 異なる文字を付した数値には5%水準で有意差あり(Steel-Dwass’s test).

「ナンブキラリ」の麺帯の色相の測定結果を表6に示す.「ナンブキラリ」の麺帯の色相を「ナンブコムギ」と比較すると,製麺直後0 hは明るさと黄色みは同程度で,赤みは弱かった.5°Cで24時間静置後と常温で24時間静置後の麺帯の色相は「ナンブコムギ」より明るく,赤みが弱く,黄色みは同程度であった.従って,「ナンブキラリ」の麺帯は「ナンブコムギ」と比較して明るく,赤みは弱い一方で,黄色みは同程度あることが明らかとなった.

表6.

「ナンブキラリ」の麺帯の色1,2)

0 h2) 24 h(5°C)2) 24 h(常温)2)
明るさ(L*) 赤み(a*) 黄色み(b*) 明るさ(L*) 赤み(a*) 黄色み(b*) 明るさ(L*) 赤み(a*) 黄色み(b*)
ナンブキラリ 83.7 a3) −3.2 c 20.8 ab 81.5 a −3.0 b 20.9 ab 79.9 a −2.6 c 20.4 ab
ネバリゴシ 81.7 a −2.3 ab 19.2 b 79.7 ab −2.0 a 19.9 b 78.0 ab −1.9 b 19.9 ab
ナンブコムギ 81.4 a −1.7 a 22.4 a 78.9 b −1.4 a 22.9 a 77.3 b −0.9 a 22.4 a
ASW 82.8 a −3.1 bc 19.4 b 80.3 ab −2.9 b 19.5 b 78.7 ab −2.5 c 19.4 b

1) 農研機構東北農業研究センター内の水田圃場におけるドリル播栽培での2011~2016年度の試験成績の平均値.

2) 東北製粉協同組合に製麺試験を委託した.0 hが製麺直後,24 h(5°C)が製麺後5°Cで24時間静置,

24 h(常温)が製麺後常温で24時間静置後測定したことを示す.

3) 異なる文字を付した数値には5%水準で有意差あり(Tukey-Kramer’s HSD).

5. 現地圃場における収穫物調査結果と穂の形態

岩手県内2カ所で実施した現地圃場における「ナンブキラリ」の収穫物調査の結果を表7に示す.一関市および矢巾町ともに,稈長,穂長,容積重および千粒重に関して,「ナンブキラリ」と「ナンブコムギ」の間に有意差はなかった.穂数は一関市では「ナンブキラリ」が「ナンブコムギ」より有意に多かった.収量は,一関市では「ナンブキラリ」が「ナンブコムギ」より有意に高く,矢巾町では有意差はなかったが,「ナンブキラリ」が「ナンブコムギ」より高くなる傾向がみられた.コムギ縞萎縮病罹病程度は,2地点とも「ナンブコムギ」では罹病程度が4の“多”に対し,「ナンブキラリ」は罹病が確認されなかった.

表7.

現地圃場における「ナンブキラリ」の収穫物調査成績1)

品種名 稈長(cm) 穂長(cm) 穂数(本/m2 整粒収量2)
(kg/a)
容積重2)(g/L) 千粒重2)(g) 縞萎縮病罹病程度4)
一関市
ナンブキラリ 85.0 a3) 9.8 a 445 a 54.4 a 806 a 40.9 a 0.0
ネバリゴシ 77.6 a 9.4 a 397 ab 46.3 ab 797 a 35.1 b 0.0
ナンブコムギ 75.6 a 9.8 a 317 b 29.1 b 792 a 40.2 ab 4.0
矢巾町
ナンブキラリ 75.4 a 9.1 a 377 a 52.8 a 813 a 42.7 a 0.0
ネバリゴシ 67.8 a 8.9 a 382 a 38.8 a 805 a 35.9 a 0.0
ナンブコムギ 76.6 a 9.9 a 297 a 30.8 a 792 a 41.3 a 4.3

1) 2014~2016年度の試験成績の平均値.

2) 2.2 mm篩で調整した子実での測定値.水分12.5%換算値.

3) 異なる文字を付した数値には5%水準で有意差あり(Tukey-Kramer’s HSD).

4) 0:無~5:甚の6階級評価.

8に「ナンブキラリ」と「ゆきちから」の穂の形態的特性を示す.「ナンブキラリ」は「ゆきちから」より穂長が長く,小穂数は少ないが一小穂粒数が多いことから一穂粒数が多く,一粒重が大きかった.

表8.

「ナンブキラリ」の穂の形態特性1)

品種名 穂長(cm) 一穂粒数(個/本) 一粒重2)(mg) 小穂数(個/本) 一小穂粒数(個/小穂)
ナンブキラリ 10.4 57.7 41.8 19.9 2.9
ゆきちから 9.8 46.3 38.8 21.0 2.2
t-test3) * * * * *

1) 農研機構東北農業研究センター内の水田圃場におけるドリル播栽培での2020~2022年度の試験成績の平均値.生育が中庸な株の主茎穂を10個体調査.

2) 72時間80°Cで通風乾燥した絶乾重.

3) *は品種間に5%水準で有意差あり(t-test).

考察

「ナンブキラリ」は,岩手県で2023年に奨励品種に採用された.今後,コムギ縞萎縮病抵抗性である「ナンブキラリ」の普及が進むことによって,日本麺用途についても岩手県を始めとする寒冷地の平均収量が向上することが期待される.

「ナンブキラリ」の特性のうち多収性について考察を進める.「ナンブコムギ」は,コムギ縞萎縮病に罹病して減収するが,罹病しなかった場合は,稈長が非常に長くなり,倒伏が発生して減収となる.「ナンブキラリ」の稈長は前述のとおり短く,倒伏しにくいことから,コムギ縞萎縮病に次いで「ナンブコムギ」の減収要因である倒伏をある程度克服できたと考えられる.育成地よりコムギ縞萎縮病の発生程度が大きい現地圃場では,「ナンブコムギ」はコムギ縞萎縮病の被害を受けて表1の稈長より短く,生育が抑制された(表7).矢巾町では有意差がなかったが,現地圃場では「ナンブキラリ」の収量が「ナンブコムギ」の1.8倍前後となったことから,「ナンブコムギ」から「ナンブキラリ」に置き換わることで寒冷地の平均収量が向上すると考えられる.

寒地・寒冷地の多収性品種として「きたほなみ」がある(柳沢ら 2007).「きたほなみ」の多収要因として一穂粒数が多く,千粒重が重く,シンク容量が多いことであると報告されている(笠島ら 2016).さらに,「きたほなみ」は,小花稔性を制御する重要な因子であるGrain Number Increase 1GNI1)について,小穂あたりの穀粒数が増加する105Y型アリルを持つことが明らかとなっており(Sakuma et al. 2019, 佐久間 2020),寒地・寒冷地において小穂あたりの穀粒数や一穂粒数の増加が収量性を改善する重要な特性の1つと考えられる.「ナンブキラリ」の穂の形態を育成地での収量性が“中”である「ゆきちから」(吉川ら 2009)と比較すると,「ナンブキラリ」は「ゆきちから」と比較して穂長が長く,小穂数は少ないが一小穂粒数が多く,一穂粒数が多かった(表8).また,一粒重が大きかった.このように,「きたほなみ」の多収要因である一穂粒数の増加と大きな千粒重が「ナンブキラリ」でも認められた.今後,「きたほなみ」と「ナンブキラリ」で示されたこれらの多収要因を導入することで,寒地・寒冷地向けコムギの多収化を図ることが可能と考えられた.

岩手県を始めとした東北地域で長く親しまれている「ナンブコムギ」の粉色は,「ASW」と比較して明るさ(L*)が低く,赤み(a*)が大きく,黄色み(b*)が高く(表4),くすんだ粉色をしている.しかし,「ナンブコムギ」は小麦粉の色みのうち特に黄色み(b*)を評価する実需者が多く,日本麺用の後継品種を育成する際には「ナンブコムギ」と同程度の黄色みを持つことが必須となっていた.「ナンブキラリ」の系譜にある系統のうち,「しゅんよう」は60%粉の黄色みが高く(牛山ら 1996),「タイセツコムギ」は胚乳粉色の黄色みが高い(小綿ら 1999).「盛系C-B3423」は,育成中に取得したデータから粉色の黄色みが高いことが示されており,「しゅんよう」と「タイセツコムギ」を交配した「東北207号」を親に持つことから,「ナンブキラリ」の黄色みは「しゅうよう」や「タイセツコムギ」から導入された可能性が示唆された.「ナンブキラリ」の粉色のb*値は16.0と「ナンブコムギ」の16.7と同程度であり,実需の要望する値を満たしていた.加えて「ナンブキラリ」は,麺帯の色が「ナンブコムギ」と比較して明るく,赤みが弱い一方で,黄色みは同程度であり(表6),うどんの官能評価における色の評価点が高くなったと考えられた.現在,この明るく黄色みが強い麺帯の色や食感を活かして「ナンブキラリ」の乾麺や生麺等の利用が拡大しつつあり,岩手県内の一部の学校給食でうどんの提供が行われている.

謝 辞

「ナンブキラリ」の育成にあたり,農研機構東北農業研究センターの技術支援センター職員各位並びに契約職員各位には多大なるご支援をいただいた.また,各種特性検定試験および奨励品種決定調査等においては岩手県を始めとした関係県のご協力を得た.ここに記して深謝する.

引用文献
 
© 2024 Japanese Society of Breeding
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