Breeding Research
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Original Article (Research Paper)
Inheritance of anthocyanin coloration of root skin in the native radish ‘Akka’ from Iwate Prefecture
Nobuichi Tsubaki
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2024 Volume 26 Issue 2 Pages 113-123

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摘 要

ダイコン(Raphanus sativus L.)の在来種‘安家’は比較的雑駁な集団で,基本となる赤色の他に赤首や白色の根皮個体が出現する場合があり,根色が安定していない.そこで‘安家’のアントシアニン着色遺伝子に注目し,交雑試験による根皮色の遺伝様式の解明を試みた.‘安家’の自殖後代における分離比,検定交雑および固定系統を用いたF2世代を調査した結果,根皮色は顕性上位の2遺伝子による遺伝,すなわち赤色(R1---),赤首(r1r1R2-)および白色(r1r1r2r2)の遺伝様式によく適合した.アントシアニンにより根皮全体を赤く着色する顕性のR1遺伝子は,赤首を発現させるR2遺伝子より上位にあり,R2遺伝子の有無にかかわらず根皮全体を赤く着色させた.R2遺伝子はR1遺伝子が存在しない場合でのみ,アントシアニンにより赤首を発現させる顕性の遺伝子であった.両遺伝子が共に存在しない場合は根皮が着色することなく白色となった.このようにアントシアニンによる‘安家’根皮の着色には,2遺伝子座が関与していることが明らかになった.‘安家’と他の着色根品種とのF1に対する検定交雑結果および既知の研究結果を,Shirasawa and Kitashiba(2017)によるダイコン連鎖群の分類に当てはめると,R1遺伝子は中国系品種の‘紅心’(中国名‘心里美’)や日本の在来種‘平家’の着色遺伝子と同様に連鎖群Rs7に座乗し,R2遺伝子は西洋小ダイコン品種‘Comet’や日本の在来種‘大館’の着色遺伝子と同様に連鎖群Rs2に座乗すると推定された.‘安家’におけるR1遺伝子のホモ個体とヘテロ個体を比較すると,根皮でアントシアニン発現の強弱に差異がみられなかった一方,花茎,花弁および莢では,ホモ個体よりヘテロ個体の方が顕著にアントシアニンを多く発現していた.花弁色の赤みが強い個体や,莢色が赤い個体のほとんどはR1遺伝子がヘテロであった.これらのことから,‘安家’の花茎,花弁および莢にアントシアニンが少ない個体を選抜することが,早期のR1遺伝子ホモ個体獲得に繋がると考えられた.

Translated Abstract

The Japanese radish (Raphanus sativus L.) native variety ‘Akka’, with red root skin, is a fixed variety. In addition to the basic red color, individuals with red neck and white skin sometimes occur. In this study, we focused on the anthocyanin coloring gene of ‘Akka’ and elucidated the mode of inheritance through crossing tests. We investigated the segregation ratio of inbred progeny, test cross results, and the F2 generation using the fixed lines in ‘Akka’. Root skin pigmentation was well adapted to the inheritance of dominant epistasis involving two dominant genes: red (R1--), red neck (r1r1R2-), and white (r1r1r2r2). The dominant R1 gene, which causes the entire root skin to be colored red by anthocyanins, is epistatic to the R2 gene, which expresses the red neck, and was expressed regardless of the presence or absence of the R2 gene. The R2 gene is dominant and causes anthocyanin-induced red neck expression only in the absence of R1 gene. When both genes are absent, the roots do not show anthocyanin coloration, and appear white. The linkage groups on which the R genes are located were deduced from the results of crossing ‘Akka’ with other colored root cultivars, test cross results, and prior findings. The R1 gene is part of the linkage group Rs7 which is the same as the Chinese cultivar ‘Koshin’ (Chinese name ‘Xinlimei’), while the R2 gene is part of the linkage group Rs2 which is the same as the Western small radish cultivar ‘Comet’. Root skin color did not differ between individuals with heterozygous and homozygous R1 genotypes. However, in flower stems, petals, and pods, anthocyanins were more likely to be expressed in heterozygous than in homozygous conditions. Individuals with reddish petals and red pods were mostly heterozygous for R1 gene. Based on these findings, selecting individuals with less anthocyanin in flower stems, petals, and pods is thought to lead to immobilization of the R1 gene.

緒言

我が国に産するダイコン(Raphanus sativus L.)の在来種にはアントシアニンによって根皮が着色する品種がいくつか知られている.そのほとんどがシアニジンにより紫色に着色する中で,岩手県岩泉町の在来種‘安家’地ダイコンはぺラルゴニジンによる赤色の根皮が特徴の,全国的にも珍しいダイコンである.本品種は厚い根皮層全体が濃桃赤色を呈している一方中心部が白く,赤白のコントラストが際立つ特異な根の横断面を持つことが特徴である.さらに,貯蔵性が高いこと,山間地域の食文化との結びつきが深いことなどから,未来に残したい貴重な食材として(一社)日本スローフード協会の認定する「味の箱舟」に登録され,その生産が振興されている.

‘安家’は各農家の自家採種によって維持されてきたことから雑駁な性質を持ち,根皮色において,根全体が赤く着色する個体(赤色)の他に,根首部のみが着色する個体(赤首)や根全体が白色の個体が出現する場合があり,遺伝的浮動が関係しているとされている(本田 2015).根色が赤色のダイコンを育種するうえで‘安家’は数少ない貴重な遺伝資源であるが,着色に関わる遺伝子の数や対立遺伝子の数,それぞれの関係性などが明らかにされておらず,着色形質が不安定な原因は不明である.そこで,交雑試験を通じてアントシアニン着色に関わる遺伝様式の解明を試み,‘安家’を素材とした着色形質の安定した固定系統やF1品種を作成するための資料とする.

材料および方法

試験材料として導入した品種を表1に示した.‘安家’については,2005年10月上旬に岩手県下閉伊郡岩泉町の「道の駅いわいずみ」にて販売されていた「安家地大根」を購入して材料とした.直ちに秋田県農業試験場(秋田県秋田市)の無加温ガラス室において21 cmプラスチック鉢に鉢上げして越冬させ,翌2006年5月に抽苔,開花させたものにつぼみ受粉を行って自殖種子を得た.以降,8月下旬に株間6~25 cmで播種し,11月に収穫して,選抜個体を前述のように鉢上げして翌年採種する行程を繰り返した.また,圃場での栽培を経ずに世代促進のみを行う場合は12~3月に育苗箱に播種し,21 cmプラスチック鉢に鉢上げし,室温で低温に感応させて5~6月に開花させて採種した.いずれにおいても世代促進は年1回とした.また,自殖に限らず,交雑を行う場合であっても交配はすべてつぼみ受粉で行った.根皮色の調査は,生育初期では発色が不十分で判別しにくい場合があるため,十分成長した個体を用いた.すなわち,少なくとも,初生皮層が裂開して皮層が露出したのち皮層が十分に自然光にさらされた個体を調査した(付図1).

表1.

供試品種

品種名 主産地 入手先 入手
形態
入手年
‘安家’ 岩手県 道の駅いわいずみ 植物体 2005
‘Comet’ 欧州,日本 (株)トーホク 種子 2012
‘大館’ 秋田県 秋田県農業試験場 種子 1999
‘平家’ 熊本県 ふれあいセンター
いずみ
植物体 2013
‘紅心’ 日本,
中華人民共和国
タキイ種苗(株) 種子 2011

‘Comet’の日本名は‘赤丸はつか’.

‘紅心’の中国名は‘心里美’.

他品種との交雑用には,根皮部全体が赤色の西洋小ダイコン‘Comet’,秋田県の伝統野菜の一つで紫首の‘大館’,熊本県で栽培されている伝統野菜で赤色根の‘平家’および中国原産で根肉部が赤色の‘紅心’(中国名‘心里美’)といったアントシアニンにより根部が着色する品種を材料とした.

結果

1. 導入個体の自殖と後代分離比の調査

初めに導入した6個体の‘安家’のうち1個体は赤首で残りの5個体は根皮部全体が赤色であった.自殖第1世代(S1)の根皮色を表2に示した(表2以降,調査結果から推定される赤色の遺伝子型記号をR1,赤首の遺伝子型記号をR2と名付けて各表に記載した).赤首の‘Akka-1’のS1はすべて赤首であった.また赤色5系統(‘Akka-2’~‘Akka-6’)のS1においては,‘Akka-2’および‘Akka-6’のS1は赤色:赤首がおよそ3:1の割合で分離し,他の3系統はすべて赤色であった.

表2.

‘安家’後代の根皮色

系統名 導入時の
根皮色
世代 株数 観察値
根皮色
分離比 期待値
根皮色
χ2 P値 導入時の
推定される
遺伝子型
赤首 赤首
Akka-1 赤首 S1 14 14 r1r1 R2R2
Akka-2 S1 15 12 3 (3:1) 11.3 3.8 0.20 0.655 R1r1 R2R2
Akka-3 S1 13 13 R1R1 - -
Akka-4 S1 14 14 R1R1 - -
Akka-5 S1 14 14 R1R1 - -
Akka-6 S1 13 10 3 (3:1) 9.8 3.3 0.03 0.873 R1r1 R2R2
Akka-1-2 赤首 S2 7 7 r1r1 R2R2
Akka-1-2-2 赤首 S3 16 16 r1r1 R2R2
Akka-5-1 S2 7 7 R1R1 - -
Akka-5-1-5 S3 18 18 R1R1 - -

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

灰色の塗りつぶしは遺伝子型がヘテロ.

推定される遺伝子型の - は,R2遺伝子の有無が表現型に反映されないため遺伝子型が不明であることを意味する.

赤首の‘Akka-1’後代はS2およびS3世代もすべて赤首であった.また赤色の‘Akka-5’においてもS2およびS3世代の根皮色はすべて赤色であった.以上により,赤首の‘Akka-1’および赤色の‘Akka-5’はその表現型において固定していた.

‘Akka-1’ × ‘Akka-5’およびその逆交雑のF1は,すべて‘Akka-5’と同様の赤色であった(表3).しかし8系統のF2では,両親と同様の赤色あるいは赤首が分離した3系統の他に,5系統が両親のいずれとも異なり,着色しない白色個体が分離した.その場合の比率は,赤色と赤首のみが分離する系統の場合では単性雑種(一遺伝子雑種)の分離比3:1に適合し,白色が分離した系統の場合では,赤色:赤首:白色が,異なる遺伝子座間の相互作用のうち顕性上位を示す分離比12:3:1に適合した(表3).また,F1に‘Akka-white’(白色個体)を検定交雑した場合も,赤色と赤首のみが分離する場合では単性雑種の分離比1:1に適合し,白色も分離した場合では,赤色:赤首:白色が,異なる遺伝子座間の相互作用のうち顕性上位を示す分離比2:1:1に適合していた(表4).

表3.

F1およびF2世代の根皮色

系統名 世代 株数 観察値
根皮色
分離比 期待値
根皮色
χ2 P値 F2の推定される遺伝子型
赤首 赤首
Akka-1 × Akka-5 F1 16 16 16.0 R1r1 R2 -
Akka-5 × Akka-1 F1 20 20 20.0 R1r1 R2 -
Akka-1 × Akka-5-1 F2 154 116 34 4 (12:3:1) 115.5 28.9 9.6 4.20 0.123 R1r1 R2r2
-2 F2 167 123 32 12 (12:3:1) 125.3 31.3 10.4 0.29 0.865 R1r1 R2r2
-3 F2 120 90 30 (3:1) 90.0 30.0 0.00 1.000 R1r1 R2R2
-4 F2 183 125 51 7 (12:3:1) 137.3 34.3 11.4 10.93 0.004 R1r1 R2r2
Akka-5 × Akka-1-1 F2 149 109 29 11 (12:3:1) 111.8 27.9 9.3 0.41 0.813 R1r1 R2r2
-2 F2 172 119 35 18 (12:3:1) 129.0 32.3 10.8 5.90 0.052 R1r1 R2r2
-3 F2 136 110 26 (3:1) 102.0 34.0 2.51 0.113 R1r1 R2R2
-4 F2 152 112 40 (3:1) 114.0 38.0 0.14 0.708 R1r1 R2R2
Akka-1 × Akka-5
(Akka-5 × Akka-1)
(12:3:1) F2 825 592 181 52 (12:3:1) 618.8 154.7 51.6 5.64 0.060 R1r1 R2r2
(3:1)
F2 408 312 96 (3:1) 306.0 102.0 0.47 0.493 R1r1 R2R2

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

灰色の塗りつぶしは遺伝子型がヘテロ.

推定される遺伝子型の - は,R2遺伝子の有無が表現型に反映されないため遺伝子型が不明であることを意味する.

表4.

検定交雑世代の根皮色

交雑組合せ 株数 観察値
根皮色
分離比 期待値
根皮色
χ2 P値 F1の推定される
遺伝子型
赤首 赤首
(Akka-1 × Akka-5)  × Akka-white -1 31 17 14 (1:1) 15.5 15.5 0.29 0.590 R1r1 R2R2
-2 33 18 15 (1:1) 16.5 16.5 0.27 0.602 R1r1 R2R2
-3 33 20 13 (1:1) 16.5 16.5 1.48 0.223 R1r1 R2R2
-4 24 12 4 8 (2:1:1) 12.0 6.0 6.0 1.33 0.513 R1r1 R2r2
-5 47 21 26 (1:1) 23.5 23.5 0.53 0.466 R1r1 R2R2
-6 32 22 10 (1:1) 16.0 16.0 4.50 0.034 R1r1 R2R2
-7 28 14 14 (1:1) 14.0 14.0 0.00 1.000 R1r1 R2R2
-8 29 14 15 (1:1) 14.5 14.5 0.03 0.853 R1r1 R2R2
-9 32 20 12 (1:1) 16.0 16.0 2.00 0.157 R1r1 R2R2
(Akka-5 × Akka-1)  × Akka-white -1 33 15 18 (1:1) 16.5 16.5 0.27 0.602 R1r1 R2R2
-2 34 20 14 (1:1) 17.0 17.0 1.06 0.303 R1r1 R2R2
-3 32 16 16 (1:1) 16.0 16.0 0.00 1.000 R1r1 R2R2
-4 33 14 19 (1:1) 16.5 16.5 0.76 0.384 R1r1 R2R2
-5 45 25 14 6 (2:1:1) 22.5 11.3 11.3 3.40 0.183 R1r1 R2r2
-6 52 26 12 14 (2:1:1) 26.0 13.0 13.0 0.15 0.926 R1r1 R2r2
-7 32 16 10 6 (2:1:1) 16.0 8.0 8.0 1.00 0.607 R1r1 R2r2
-8 29 13 8 8 (2:1:1) 14.5 7.3 7.3 0.31 0.856 R1r1 R2r2
-9 31 17 14 (1:1) 15.5 15.5 0.29 0.590 R1r1 R2R2
-10 34 17 5 12 (2:1:1) 17.0 8.5 8.5 2.88 0.237 R1r1 R2r2
-11 37 18 19 (1:1) 18.5 18.5 0.03 0.869 R1r1 R2R2
(2:1:1) 216 109 53 54 (2:1:1) 108.0 54.0 54.0 0.03 0.986 R1r1 R2r2
(1:1) 465 246 219 (1:1) 232.5 232.5 1.57 0.211 R1r1 R2R2

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

灰色の塗りつぶしは遺伝子型がヘテロ.

検定交雑に用いた‘Akka-white’は,‘安家’から分離固定したアントシアニンによる着色のない系統.

2. 固定系統の育成とその特性

‘Akka-1’ × ‘Akka-5’のF2世代において,系統により2タイプの分離比が示されたことから,赤色に関与する遺伝子(R1)をホモに持ち表現型が赤色で固定している‘Akka-5’においても,赤首に関与する遺伝子(R2)についてはヘテロであったと推測されたため,赤色固定系統‘Akka-5’における赤首に関する遺伝子型の固定を図った.

はじめに‘Akka-1’ × ‘Akka-5’およびその逆交雑のF2世代の中で根皮色が赤色の個体(赤色の遺伝子を持っている)に‘Akka-white’(赤色および赤首の遺伝子を共に持っていない白色個体)を検定交雑した.その結果は表5に示すとおりである.検定交雑ですべて赤色となった12系統はF2世代で赤色に関与する遺伝子型がホモとなっており,赤首に関与する遺伝子の有無にかかわらず表現型が赤色で固定していた.赤色と赤首が1:1で分離した7系統は,F2の遺伝子型において赤色に関与する遺伝子をヘテロに持ち,赤首に関与する遺伝子がホモで固定していた.赤色と白色が1:1で分離した7系統は,F2の遺伝子型において赤色に関与する遺伝子がヘテロで,赤首に関与する遺伝子を持っていなかった.赤色と赤首と白色が2:1:1で分離した14系統は,F2において赤色および赤首に関与する遺伝子型が共にヘテロであった.

表5.

F2世代を用いた検定交雑世代の根皮色

交雑組合せ 分離型 系統数 株数 観察値
根皮色
分離比 期待値
根皮色
χ2 P値 F2
推定される
遺伝子型
赤首 赤首
(Akka-1 × Akka-5) 12 356 356 R1R1 - -
-F2 赤,赤首 7 207 106 101 (1:1) 103.5 103.5 0.66 0.728 R1r1 R2R2
× Akka-white 赤,白 7 212 109 103 (1:1) 106.0 106.0 1.02 0.680 R1r1 r2r2
逆交雑を含む 赤,赤首,白 14 481 235 127 119 (2:1:1) 240.5 120.3 120.3 0.35 0.772 R1r1 R2r2
40

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

灰色の塗りつぶしは遺伝子型がヘテロ.

検定交雑に用いた‘Akka-white’は,‘安家’から分離固定したアントシアニンによる着色のない系統.

推定される遺伝子型の - は,R2遺伝子の有無が表現型に反映されないため遺伝子型が不明であることを意味する.

次に,上記の結果からF2の遺伝子型において赤色に関与する遺伝子がヘテロで,赤首に関与する遺伝子はホモと推定された個体を自殖した.得られたF3世代は赤色:赤首が3:1に分離した(データ省略)ため,このうちの赤色個体に再度白色個体の検定交雑を行い,次代に赤首の分離しない系統を赤色と赤首両方の遺伝子をホモに持つ赤色固定系統とした.同様にして,F2の遺伝子型が赤色に関与する遺伝子がヘテロで赤首に関与する遺伝子を持たないと推定された個体を自殖した.F3世代は赤色:白色が3:1に分離した(データ省略)ため,このうちの赤色個体に再度白色個体の検定交雑を行い,白色の分離しない系統が赤色の遺伝子をホモに持ち赤首の遺伝子を持たない赤色固定系統であるとした.

遺伝子型で固定した赤色2系統と赤首1系統および白色1系統に系統名を付与し,それぞれの系統における遺伝子型記号,アントシアニン発現部位と発現程度を表6にまとめて示した.‘Akka-5’から固定された遺伝子型の異なる‘Ak-RDa’と‘Ak-RDb’の表現型は,生育全期間を通して差異がなかった.すなわち,両系統共に本葉に赤色色素を持ち,葉柄が濃赤色,首部を含めた根部表皮全体が赤色で,根の横断面では中心柱は色素がほとんどない白色だが,皮層は赤い.発芽直後の子葉および胚軸が赤く着色しており,初生皮層も赤い.以上のように両者の表現型のアントシアニン発現部位と発現程度に違いが認められなかったことから,赤首を現す遺伝子は赤色を現す遺伝子に完全に覆い隠されていた.

表6.

固定系統における各組織・器官のアントシアニン発現量

系統名 遺伝子型 子葉 本葉 胚軸
首部 根皮全体 皮層 中心柱
Ak-RDa R1R1 R2R2 ++ + ++ ++ ++ ++
Ak-RDb R1R1 r2r2 ++ + ++ ++ ++ ++
Ak-NC r1r1 R2R2 + ++
Ak-WT r1r1 r2r2 +

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

++:多く発現,+:少なく発現,−:発現なし.

‘Akka-1’から育成した‘Ak-NC’は本葉にアントシアニン色素がなく,葉柄の縁には若干赤い色素を持つ.抽根した根首部分が赤く着色するが地下部は白い.根の横断面は白く,首部の着色も表皮層のみに留まる.この系統は,収穫直後では抽根部のみ赤く着色しているが収穫後に光にあたると次第に根皮全体に淡赤色に着色してくる(付図2).すなわち光によって表皮が着色する性質がある.子葉は緑色で胚軸は淡い赤色で初生皮層も淡赤である.

‘Ak-WT’は本葉にアントシアニン色素がないが,葉柄の縁には‘Ak-NC’と同じく若干赤い色素を持つ.抽根しても根首部分は着色しないが葉柄に近い根肩部はわずかに赤く色素を持つ場合がある.根の横断面に着色は認められない.収穫後に自然光にさらされても根部が赤く着色することはない.発芽後,幼植物の期間は‘Ak-NC’と識別できず,子葉は緑色で胚軸は淡い赤色で初生皮層も淡赤である.初生皮層裂開後の根首色が白いことで初めて両者の識別が可能となる(付図1).

3. 固定系統を用いたF1,F2世代の根皮色

固定系統を用いたF1,F2世代の根皮色についての分離結果を表7,図1に示した.‘Ak-RDa’または‘Ak-RDb’を子房親に用いた場合,‘Ak-NC’および‘Ak-WT’を花粉親とするF1はすべて赤色となり,親の赤色固定系統とこれらF1の根皮色の濃淡に顕著な違いは認められなかった.‘Ak-NC’ × ‘Ak-WT’のF1は赤首であり,親の赤首固定系統(‘Ak-NC’)と根部発色の濃淡に違いは認められなかった.‘Ak-RDa’ × ‘Ak-NC’のF2は,赤色が244,赤首が75個体で,白色は分離しなかった.これは単性雑種の分離比3:1に適合していた.‘Ak-RDb’ × ‘Ak-NC’のF2は,赤色が251,赤首が61,白色が15個体分離し,顕性上位の両性雑種の分離比12:3:1に適合していた.同様に‘Ak-RDa’ × ‘Ak-WT’のF2は,赤色が245,赤首が66,白色が15個体であり,こちらも顕性上位の両性雑種の分離比12:3:1に適合していた.‘Ak-RDb’ × ‘Ak-WT’のF2は,赤色が244,白色は88個体で赤首は分離せず,単性雑種の分離比3:1に適合していた.‘Ak-NC’ × ‘Ak-WT’のF2では,赤色は分離せず,赤首が56,白色が25個体で単性雑種の分離比3:1に適合していた.

表7.

固定系統およびそのF1,F2世代の根皮色

系統名 遺伝子型 世代 株数 観察値
根皮色
分離比 期待値
根皮色
χ2 P値
赤首 赤首
Ak-RDa × Ak-NC R1r1 R2R2 F1 70 70
F2 319 244 75 (3:1) 239.3 79.8 0.38 0.539
Ak-RDb × Ak-NC R1r1 R2r2 F1 107 107
F2 327 251 61 15 (12:3:1) 245.3 61.3 20.4 1.58 0.453
Ak-RDa × Ak-WT R1r1 R2r2 F1 65 65
F2 326 245 66 15 (12:3:1) 244.5 61.1 20.4 1.81 0.405
Ak-RDb × Ak-WT R1r1 r2r2 F1 105 105
F2 307 219 88 (3:1) 230.3 76.8 2.20 0.138
Ak-NC × Ak-WT r1r1 R2r2 F1 15 15
F2 81 56 25 (3:1) 60.8 20.3 1.49 0.223
Ak-RDa R1R1 R2R2 P 117 117
Ak-RDb R1R1 r2r2 P 152 152
Ak-NC r1r1 R2R2 P 30 30
Ak-WT r1r1 r2r2 P 26 26

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

灰色の塗りつぶしは遺伝子型がヘテロ.

図1.

収穫直後の固定系統およびF1の根.

2020年11月17日,秋田市.bar = 10 cm.

4. ‘安家’赤色固定系統と赤色根他品種とのF1への検定交雑

‘安家’の赤色固定系統(‘Ak-RDa’,‘Ak-NC’)と,別の根色が赤いダイコン4品種との交雑F1に,白色固定系統(‘White’)を検定交雑した結果を表8に示した.‘Ak-NC’ × ‘Comet’の検定交雑では,すべてが赤色個体で白色個体は分離しなかった.‘大館’ × ‘Ak-NC’の検定交雑でも白色個体は分離しなかった.‘Ak-NC’ × ‘平家’の検定交雑で,アントシアニンによる着色が認められた46個体と,アントシアニンの着色が認められない19個体の割合は,3:1の分離比に適合していた.‘Ak-NC’ × ‘紅心’の検定交雑で,アントシアニンによる着色が認められた48個体と,アントシアニンの着色が認められない18個体の割合は,3:1の分離比に適合していた.‘Ak-RDa’と‘Comet’,‘大館’,‘平家’および‘紅心’を交配した4系統のF1についての検定交雑では,いずれの場合でも白色個体は出現しなかった.

表8.

固定系統と他品種との交雑F1を用いた検定交雑世代の根色

系統名・交雑組合せ 世代 株数 観察値
根のアントシアニン
分離比 期待値
根のアントシアニン
χ2 P値 固定系統または
F1世代の遺伝子型
+ +
(Ak-NC × Comet) × White 64 64 r1r1 R2R2
(大館 × Ak-NC) × White 64 64 r1r1 R2R2
(Ak-NC × 平家) × White 65 46 19 (3:1) 48.8 16.3 0.62 0.431 R1r1 R2r2
(Ak-NC × 紅心) × White 66 48 18 (3:1) 49.5 16.5 0.18 0.913 R1r1 R2r2
(Comet × Ak-RDa) × White 101 101 R1r1 R2R2
(Ak-RDa × 大館) × White 67 67 R1r1 R2R2
(Ak-RDa × 平家) × White 66 66 R1R1 R2r2
(紅心 × Ak-RDa) × White 66 66 R1R1 R2r2
Ak-NC P 21 21 r1r1 R2R2
Ak-RDa P 21 21 R1R1 R2R2
Comet P 19 19 r1r1 R2R2
大館 P 12 12 r1r1 R2R2
平家 P 24 24 R1R1 r2r2
紅心 P 22 22 R1R1 r2r2

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

灰色の塗りつぶしは遺伝子型がヘテロ.

検定交雑に用いた‘White’は,熊本県在来種‘赤ダイコン’から分離固定したアントシアニンによる着色のない系統.

‘Comet’は‘赤丸はつか’の別名.

‘紅心’の中国名は‘心里美’.

5. 赤色の根皮色に関与する遺伝子(R1)がホモの場合とヘテロの場合の花茎色,花色および莢色の違い

赤色根の‘Ak-RDa’および‘Ak-RDb’は,葉部もアントシアニンにより赤く着色していた(図1)が,春化後に抽苔が始まると,新葉や花茎にはアントシアニンがほとんど発現してこなかった.その一方で,‘Ak-RDa’ × ‘Ak-NC’および‘Ak-RDb’ × ‘Ak-WT’のF3世代の赤色根個体には,親の赤色固定系統より花茎色や花弁色が赤く,アントシアニンを多く蓄積している個体が多く出現した.そこで,個体別に花茎と花弁のアントシアニンの発現程度を記録すると共に,白色根の‘Ak-WT’を検定交雑してその後代の分離状況を調査することでF3世代の遺伝子型を推測し,花茎色,花弁色および莢色との関係を調べた.その結果は表9に示すとおりである.F3世代で根皮色が赤い36個体中,花茎にアントシアニンが認められたのは26個体,そのすべてで赤色根の遺伝子(R1)がヘテロであった.また,花茎にアントシアニンが認められなかった残り10個体すべてがホモであった.花弁のアントシアニンについては,アントシアニンが認められた28個体中93%にあたる26個体で赤色根の遺伝子(R1)がヘテロであった.花弁にアントシアニンが認めらなかった8個体すべてはホモであった.着色の度合いは系統によって多少異なるものの供試した5系統すべてで当てはまった.また,この結果に赤首に関与する遺伝子(R2)の有無は影響しなかった.

表9.

F3世代における花茎または花弁の着色と根皮の着色に関する遺伝子型の関係

系統名 個体番号 世代 根皮色 アントシアニン 検定交雑(×Ak-WT: r1r2
後代の根皮色別個体数
F3個体の遺伝子型
花茎 花弁
(R1-)
赤首
(r1R2)

(r1r2)
RR-2 1 F3 + ++ 7 3 R1r1 R2R2
2 F3 + ++ 2 8 R1r1 R2R2
3 F3 + + 3 7 R1r1 R2R2
4 F3 + + 3 7 R1r1 R2R2
5 F3 + 10 R1R1 R2R2
6 F3 + 10 R1R1 R2R2
RR-4 1 F3 ++ ++ 4 6 R1r1 R2R2
2 F3 ++ ++ 6 4 R1r1 R2R2
3 F3 ++ ++ 4 6 R1r1 R2R2
4 F3 ++ ++ 5 5 R1r1 R2R2
5 F3 10 R1R1 R2R2
6 F3 10 R1R1 R2R2
rr-2 1 F3 ++ + 5 5 R1r1 r2r2
2 F3 ++ + 6 4 R1r1 r2r2
3 F3 ++ + 6 4 R1r1 r2r2
4 F3 ++ + 5 5 R1r1 r2r2
5 F3 ++ + 5 5 R1r1 r2r2
6 F3 ++ + 5 5 R1r1 r2r2
7 F3 ++ + 5 5 R1r1 r2r2
8 F3 10 R1R1 r2r2
rr-3 1 F3 ++ + 5 5 R1r1 r2r2
2 F3 ++ + 5 5 R1r1 r2r2
3 F3 ++ + 6 4 R1r1 r2r2
4 F3 ++ + 8 2 R1r1 r2r2
5 F3 10 R1R1 r2r2
6 F3 10 R1R1 r2r2
7 F3 10 R1R1 r2r2
8 F3 10 R1R1 r2r2
rr-4 1 F3 ++ ++ 4 6 R1r1 r2r2
2 F3 ++ ++ 2 8 R1r1 r2r2
3 F3 ++ ++ 5 5 R1r1 r2r2
4 F3 ++ ++ 4 6 R1r1 r2r2
5 F3 ++ ++ 5 5 R1r1 r2r2
6 F3 ++ ++ 5 5 R1r1 r2r2
7 F3 ++ ++ 4 6 R1r1 r2r2
8 F3 10 R1R1 r2r2

R1は赤色根,R2は赤首根を発現させる遺伝子.

灰色の塗りつぶしは遺伝子型がヘテロ.

++:多く発現,+:少なく発現,−:発現なし.

RRで始まる系統は‘Ak-RDa’ × ‘Ak-NC’後代で赤首に関する遺伝子をホモで有する系統,rrは‘Ak-RDb’ × ‘Ak-WT’後代で赤首に関する遺伝子を持たない系統.

さらに,‘安家’固定系統(‘Ak-RDa’,‘Ak-RDb’,‘Ak-NC’および‘Ak-WT’)間のF1について,花茎,花弁および莢のアントシアニンについて調査した.根皮色が赤色の‘Ak-RDa’および‘Ak-RDb’は,新葉も含めて花茎には,ほとんどアントシアニンの着色がみられなかった.また,根皮色が赤首の‘Ak-NC’および根皮色が白色の‘Ak-WT’も花茎にはアントシアニンの着色はなかった.一方,‘Ak-RDa’および‘Ak-RDb’に‘Ak-NC’または‘Ak-WT’を交配したF1では,いずれも花茎にアントシアニンの着色が認められた(付図3 ).また,花弁においても同様に,固定系統はいずれもアントシアニンの着色がないか極微量であったのに対して,‘Ak-RDa’および‘Ak-RDb’に‘Ak-NC’または‘Ak-WT’を交配したF1では,花弁の先端部を中心にアントシアニンによる着色が強く認められた(図2).莢色でも同様に,固定系統はアントシアニンの着色がないか極微量であったのに対して,‘Ak-NC’または‘Ak-WT’を交配したF1では,アントシアニンによる着色が強く認められた(図3).ただし,本試験における親系統‘Ak-RDa’,‘Ak-RDb’およびそのF1に関しての発色の程度は絶対的なものではなかった.すなわち,開花時期によって発色の程度に差があり,同一個体にあっても開花初めの4月上旬の開花では花弁のアントシアニンは弱く,4月下旬になると強くなり,6月中旬では親系統を含めてほとんどの系統が着色するなど,開花期が遅くなるほど強く着色する傾向がみられた.しかし発色の程度が逆転することはなかった(データ省略).

図2.

固定系統およびF1の花弁.

2021年4月23日,秋田市.bar = 1 cm.

図3.

固定系統およびF1の若莢.

2021年5月25日,秋田市.bar = 3 cm.

考察

1. 根皮色の遺伝様式

本試験の結果から,‘安家’の在来集団に赤色,赤首および白色の根皮色個体が出現する現象は,広義のメンデル遺伝に属する顕性上位の遺伝様式で説明できる(図4).根皮部全体を赤く着色させる顕性遺伝子をR1,赤首を発現させる顕性遺伝子をR2とすると,遺伝子R1は遺伝子R2より上位にあり,R1遺伝子はR2遺伝子の有無にかかわらず働き,R2遺伝子はR1遺伝子が存在しない場合でのみ赤首を発現させる.両遺伝子が共に存在しない場合は根皮部がアントシアニンにより着色することなく白色となる.顕性上位の遺伝様式については,野菜では古くからカボチャの果皮色における遺伝様式が広く知られている(Sinnott and Durham 1922).カボチャでは果皮色を白色にする顕性のW遺伝子は果皮色を黄色くする顕性のY遺伝子より上位にあり,W遺伝子の存在下ではY遺伝子は働かない.両遺伝子の存在しない場合,すなわちwwyyの場合は,果皮色は茎葉と同様の緑色になる.ダイコンの根色において顕性上位の遺伝様式が適応されることは本論文が初めての報告である.

図4.

パネットスクエアによるF2における根皮色の表現型と遺伝子型の関係.

Ak-RDa(R1R1R2R2) × Ak-WT(r1r1r2r2)のF2

赤:赤首:白=12:3:1.顕性のR2遺伝子は,同じく顕性のR1遺伝子に覆い隠される(epistaic gene).

R1遺伝子がホモで固定されている集団では,R2遺伝子は表現型に現れることはないはずであるが,安家地区でのR2遺伝子による赤首個体発生頻度はかなり高く,直売所やPR写真にも頻繁に登場する.このことから,集団中に既にR1遺伝子のヘテロ個体がかなりの頻度で存在している状態にあると考えられる.また,産地から導入した個体由来の自殖系統間のF2世代において,白色個体が分離出現した(表2)ことから,R2遺伝子についても集団中にヘテロ個体が存在していると考えられる.いずれにせよ,‘安家’の在来集団でみられる赤首や白色個体の出現は,メンデル遺伝に基づく顕性上位の遺伝様式により説明でき,変異個体が発生するのは,集団内のR1およびR2遺伝子のヘテロ比率が高いことが原因であり,両遺伝子を固定することで,‘安家’を素材とした純度の高い固定系統やF1品種を作成することは十分可能であることが示唆された.

首部がアントシアニンによって着色するダイコンは我が国では‘安家’以外にもいくつか知られている.山形県の在来種‘肘折’など,‘大館’と同タイプの紫首品種も国内にいくつか存在し(西沢ら 2013),九州地方の‘平家’や‘五木赤’にも全体が着色する個体に交じって希に首部分のみ着色する個体や白色個体が出現する場合がある(付図4).また,ダイコンに限らず,カブについても,ダイコンと全く同様の発色パターンを示す品種が存在し,首部分のみが着色する‘津田’や‘日野菜’がある(佐藤 2021).山形県のカブ在来種‘長沢’は,皮層を含む根部全体が着色するが,希に首部分のみ着色する個体が分離出現する場合がある.これらのことからダイコンやカブには,皮層を含む根皮全体が着色する遺伝子と表皮層の根首部分が着色する遺伝子の2タイプのアントシアニン着色遺伝子が存在していると考えられる.また,根皮全体が着色する品種集団中に,根首部分のみ着色する個体が維持されている場合が何例も報告されており,起源を異にし,それぞれ単独でも根皮色を着色させることのできる顕性の遺伝子が,一つの品種内に同時に,しかも一方はマスキングされた状態で維持されてきたことは非常に興味深い現象である.

2. 根部着色遺伝子の遺伝子座

本試験の‘Ak-NC’(r1R2) × ‘Comet’での検定交雑で白色根個体が分離出現しなかったことから,‘Comet’由来の着色遺伝子は本試験でのR2と同一遺伝子座にあるものと考えられる.両者のアントシアニン発現部位を比較すると‘Comet’は光の届かない地下部を含めた根皮全体に発現し,‘Ak-NC’は光のあたる首部分のみ発現するなど光依存性の違いがあるが,発色が表皮層に留まることや,根の先端部が白く残るなどの共通する部分もある.Yang et al.(2017)は‘Ak-NC’と同様に首部がアントシアニンにより着色する‘津田’カブを材料に,メタンスルホン酸エチルを用いて変異を誘発し,光非依存性で根部全体が着色する変異個体を育成している.ダイコンにおいても,R2遺伝子に関係する光依存性については,発色部位に影響する別の遺伝子が存在している可能性がある.同様に‘大館’の首部がアントシアニンにより着色する遺伝子座もR2と同一遺伝子座にあると考えられるが,こちらは発色部位も同一で光依存性である.

‘Ak-NC’(r1R2) × ‘紅心’での検定交雑では,赤色根:白色根の割合が3:1で分離出現し,‘Ak-RDa’(R1R2) × ‘紅心’での検定交雑では白色根個体が分離出現しなかったことから,‘紅心’の持つアントシアニン着色遺伝子はR1と同一遺伝子座にあると推測された.同様に‘平家’の持つアントシアニン着色遺伝子もR1と同一遺伝子座にあると推測された.

ダイコンの根部着色に関係してHoshi et al.(1963)が提唱したR遺伝子(着色の有無に関係)およびE遺伝子(色の種類を決定)の染色体上の位置について,これまでいくつかの報告がある.筆者は‘紅心’由来のRおよびE遺伝子について,交雑試験の結果とShirasawa et al.(2011)が公開したDNAマーカーを用いたDNA分析の結果から,R遺伝子とE遺伝子は連鎖しており,Shirasawa and Kitashiba(2017)の分類に従うと連鎖群Rs7に20.5~49.2 cMの距離で座乗していることを示唆した(椿 2018).また,近年,中国と韓国でもダイコンのアントシアニン着色に関する論文がいくつか報告されている.Yi et al.(2018)は中国系赤皮品種‘Lian Yan No.1’のR遺伝子(RsMyb1)がRs7に座乗していること報告し,Liu et al.(2019)は,‘XYB36-2’ゲノム上の4つのR遺伝子(RsMYB1.1-1.4)を特定し,‘紅心’由来のR遺伝子RsMYB1.3と‘Lian Yan No.1’の由来のR遺伝子RsMYB1.4が共にRs7に隣接していることを明らかにした.Tao et al.(2022)が中国雲南地方の赤皮赤肉の在来種固定系統‘YAAS-RR1’を素材とした試験で,R遺伝子RsPiRsMYB1.3)は,E遺伝子RsPPRsF3’H)と共にRs7上にあるとした.以上により,本試験で新たにR1と命名された着色遺伝子は‘紅心’のR遺伝子と同様に連鎖群Rs7に座乗するものと考えられた.一方,本試験で新たに命名されたR2遺伝子は西洋小型ダイコン‘Comet’のR遺伝子と同一遺伝子座にあると考えられた.Liu et al.(2019)は,‘Comet’と同様に西洋小型ダイコンに属すると推定される品種と日本の白色ダイコンを交配したF2世代のQTL解析を行い,西洋小型ダイコンのR遺伝子RsMYB1.1は,連鎖群Rs2上にあるとしている.概に筆者が行った西洋小型ダイコン同士の交配試験では‘紅心’を由来とする素材を用いた場合とは異なり,R遺伝子とE遺伝子との間に連鎖は認められなかった(椿 2018).この結果は,西洋小型ダイコンを用いたHoshi et al.(1963)の試験でRE遺伝子の間に連鎖がなくF2世代における紫色:赤色:白色の分離比が9:3:4に正確に分かれたことをよく説明できる.以上のことを総合すると‘安家’のR2遺伝子は連鎖群Rs2上にあるものと考えられた.最近の研究で,遺伝子重複により生じたとされる3つのparalogous RsMYBRsMYB1-3)が提案された(Wang et al. 2024).RsMYB1RsMYB1.3と同じ)は‘紅心’タイプで根肉色を制御し,本試験のR1に相当すると考えられる.またRsMYB2RsMYB1.4と同じ)は東アジア大長型ダイコンタイプで根皮色を,RsMYB3RsMYB1.1と同じ)は西洋小型ダイコンの根皮色をそれぞれ制御し,後者は本試験のR2に相当する.しかし,RsMYB1RsMYB2は共に連鎖群Rs7上に連鎖しているとされることから,本試験の検定交雑の結果から直ちに‘安家’のR1遺伝子と‘紅心’のRsMYB1が同一遺伝子座にあるとは断定できず,隣接したRsMYB2である可能性もある.今後,‘安家’のR1遺伝子とR2遺伝子本体を特定する必要が残されている.

3. 根部着色遺伝子(R1)のヘテロ性と他器官の着色

‘安家’を用いた本試験では,R1遺伝子がホモであるより,ヘテロであるほうが,花茎色,花色および莢色にアントシアニンが発現しやすいことが観察された.さらに,‘安家’と同様に赤色根を基本色とし,赤首や白色個体が分離固定されている‘平家’でも,‘安家’と同様にR1遺伝子がホモの親系統よりF1で花茎色のアントシアニンが増加する系統が確認されており(付図4),ダイコンにおいて共通した現象かもしれない.Yi et al.(2018)はダイコンのアントシアニンについて,根皮色と胚軸,子葉および花弁色は一致しない場合も多いとしており,器官毎に着色に関わる別の調節遺伝子が存在していることを示唆している.他器官では,ヘテロでよりアントシアニンが発生するというこの現象は,着色に関わる品種育成の参考になると共に,アントシアニンに関する遺伝様式の複雑さも示している.

‘安家’の採種を行う場合,第一に根皮色の濃い個体を選んで母本とする.しかしこれにとどまらず,翌年,抽苔開花した時点で花弁色や莢色を見て,より赤い個体を二次選抜する可能性は十分にあり得る.本試験の結果から,花弁色の赤みが強い個体や,莢色が赤い個体はR1遺伝子がヘテロである場合が多く,このような個体を二次選抜することは,結果的に次世代に赤首や白色の個体を出現させることになってしまう.‘安家’の採種において,この点に留意することで早期に赤色の根皮色固定が可能となると考えられる.

本試験で得られたいくつかの表現型の遺伝様式の知見は,DNAレベルでのアントシアニン発現に関わる遺伝子の研究に役立つものと考えられる.

謝辞

本論文の執筆にあたりご校閲を賜った福島大学高橋秀和博士にお礼申し上げます.

電子付録

付図1.初生皮層裂開後の固定系統の根.

付図2.収穫5日後の固定系統の根.

付図3.固定系統およびF1の花茎.

付図4.‘平家’後代固定系統を用いたF1の根色と花茎色.

引用文献
 
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