2025 Volume 27 Issue 1 Pages 1-6
ゲノム編集技術をはじめ様々なゲノム改変技術が含まれる「新しい植物育種技術(New Plant Breeding Techniques, NPBT)」という出版物が,2011年にEuropean Commission, Joint Research Center(JRC)により取りまとめられた.ゲノム編集技術により,すでにゲノム編集ダイズやトマト,タイ,トラフグ等が開発され商業利用が始まっており,医療や農業等多方面で不可欠な技術となりつつある.NPBTで次に注目され得る技術として,シスジェネシスとイントラジェネシスがあげられる.本技術で利用できる遺伝資源は交雑及び胚培養等により雑種作出が可能な種(以下,「交雑可能な種」とする)に限られるが,シスジェネシスは,遺伝子組換え技術を用いて自然に存在する遺伝子のノーマルセンス方向の同一コピーを導入するため,交雑育種と同様の遺伝的改変を精密かつ迅速に行うことを可能とする.イントラジェネシスはプロモーター等の遺伝子配列を自由に組み合わせて利用できる点で作物改良にとってより大きな可能性を有している.果樹やジャガイモ等の栄養繁殖性作物や一世代が長くヘテロ性が高い等の理由により交雑育種が困難な植物種の研究開発に利用されている.シスジェネシスとイントラジェネシスは遺伝子組換え技術を利用する.本技術により改変された作物について,2012年に欧州食品安全機関(European Food Safety Authority, EFSA)により両技術の特徴やリスクの検証がなされ,その後2022年に再考察が行われた.また,本技術の取扱いについて,米国やカナダ,英国,フィリピン等,いくつかの国で規制方針が示されている.本稿では,シスジェネシスとイントラジェネシスの両技術の特徴と育種への利用の可能性を述べるとともに,今後,日本において本技術を用いるための規制方針について考察した.
New directions in the handling of genome editing technology are being established worldwide, with cisgenesis and intragenesis attracting attention as promising technologies. These new approaches introduce target genes into target crops by transformation techniques, although the donor nucleic acids are limited to crossable species. These are excellent methods for introducing beneficial traits into crops with high polyploidy and long generation cycles. In this context, the European Food Safety Authority (EFSA) has compiled regulations for cisgenesis and intragenesis. Advancing their applications in Japan will require the establishment of social infrastructures for handling policies as well as public understanding.
作物育種は,農業生産性の向上のみならず文明の発展にも寄与する重要な技術である.これまでの作物育種には,育種技術の進歩によるいくつかの大きな転換点があった.まず,人工交配技術の利用である.次いで有用形質を持つ変異体を効率的に作出する突然変異育種が登場し,1970年代になると遺伝子組換え技術が開発された.遺伝子組換え技術は,開発目的に合致する候補遺伝子が性的適合性に制限されないため,全生物が候補遺伝子の供与体になり得ることから品種改良の可能性を飛躍的に拡大できる.遺伝子組換え農作物の商業利用が1996年に開始されて,2024年で28年が経過する.2023年には世界の27か国で商業栽培され,栽培面積は2億600万haに達している(AgbioInvestor GM monitor 2024).日本においても遺伝子組換え作物に対する社会の受容状況は徐々に向上している(食品安全委員会 2022)とはいえ,一部に根強い懸念があり,行政や市場,農業者らがその影響を受けて国内栽培は行われていない(田部井 2024).その理由の一つとして,従来の育種技術では導入できない異種生物の遺伝子等が導入されることにより,生物多様性や食品・飼料安全への懸念につながっている可能性が考えられる.
近年,注目されている最新の育種技術としてゲノム編集技術がある.ゲノム編集技術は,その利用方法から大きく3種類(Zing Finger Nuclease (ZFN)-1, ZFN-2, ZFN-3)に大別される(Lusser et al. 2011).その後,ZFNと同等の機能を有するヌクレアーゼが報告されたことから,ZFNに代わって Site-Directed Nuclease(SDN)の名称が提案され使用されている(EFSA 2012b).現在のところ,改変したい形質に関連するDNA配列を切断し,その修復エラーにより変異を導入するSDN-1の利用が主流である.これにより,米国における高オレイン酸ダイズ(Demorest et al. 2016)に続き,日本では,γ-アミノ酪酸(Gamma-Amino Butyric Acid, GABA)高蓄積トマト(Nonaka et al. 2017)や肉厚マダイ(Kishimoto et al. 2018),成長の早いトラフグ(Kishimoto et al. 2019)等が開発されて商業利用されている.
次に注目される技術として,遺伝子組換え技術を用いるものの交雑可能な種のDNA配列を導入するシスジェネシスとイントラジェネシスがあげられる(表1).シスジェネシスは,交雑育種で可能な改変を効率的にできる技術であり,イントラジェネシスは,反復配列や逆位反復配列の導入や,遺伝子発現制御にも利用できる(EFSA 2012a).さらに,シスジェネシスとイントラジェネシスは,遺伝子組換え技術への消費者の懸念に応えることができ,受容されやすいNPBTであるとされている(Holme et al. 2013, Edenbrandt et al. 2017, Dayé et al. 2023).
用語説明
EFSAにより定義された技術の分類 | |
シスジェネシス1) | 交雑及び胚培養等により雑種作出が可能な種(以下,「交雑可能な種」とする)に存在する遺伝子と,プロモーター,イントロン,構造遺伝子,ターミネーターの全てを同一に含む遺伝子発現カセットを,遺伝子組換え技術によりノーマルセンス方向に同一コピーを導入する技術.交雑可能な種以外の核酸の導入は認められない. |
イントラジェネシス1) | 交雑可能な種の自然に存在する遺伝子と,プロモーター,イントロン,構造遺伝子,ターミネーターを自由に組み合わせて,遺伝子組換え技術で導入する技術.シスジェネシスと同様に,交雑可能な種以外の核酸の導入は認められない. |
日本の法令上の技術の分類 | |
セルフクローニング2) | 遺伝子組換え技術によって最終的に宿主に導入されたDNAが,宿主の当該細胞が由来する生物と同一の分類学上の種に属する生物の核酸のみを利用するもの. |
ナチュラルオカレンス2) | 遺伝子組換え技術によって最終的に宿主に導入されたDNAが,自然条件において宿主の当該細胞が由来する生物の属する分類学上の種との間で核酸を交換する種に属する生物の核酸のみ利用されたもの. |
1) EFSA(2012a)で示された定義を和訳し説明を補足した.
2) 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律 施行規則第二条一項」(財務省,文部科学省,厚生労働省,農林水産省,経済産業省,環境省 2022)にはセルフクローニング及びナチュラルオカレンスの定義が記載されているが,明示的にセルフクローニングまたはナチュラルオカレンスの用語を使用していない.これらの説明がセルフクローニング及びナチュラルオカレンスであることを明示している資料として「カルタヘナ法上のセルフクローニング及びナチュラルオカレンスに該当する微生物について」(農林水産省消費・安全局 2020)の情報を含めて補足した.
シスジェネシスとイントラジェネシスは,導入する核酸の由来を交雑可能な種とする制限があり作物改変の可能性が遺伝子組換え技術よりも限られる.また,シスジェニック及びイントラジェニック植物に異種生物のDNA配列が存在してはならないとされているため(Jacobsen and Schouten 2009, EFSA 2012b),アグロバクテリウムを介した形質転換を用いる場合,T-DNAのボーダー配列に植物由来の配列を用いることが必要となる(Conner et al. 2007, Rommens et al. 2004).また,ベクターの骨格配列が植物に移行する可能性があるため,ベクター骨格配列を交雑可能な種由来の配列にするか(Conner et al. 2007),遺伝子組換えに用いた微生物由来のベクター配列が含まれてない個体を選抜する必要がある.さらに微生物由来の抗生物質耐性遺伝子等をマーカーに使えないため,例えば,交雑可能な種由来の除草剤耐性遺伝子や色素合成遺伝子等の利用や,独立したゲノム上へ導入されたマーカー遺伝子を遺伝分離で除去する等,選抜に工夫が必要になる.
そのような制限があっても,シスジェネシスとイントラジェネシスの利用価値は高い.有用な遺伝資源が交雑可能な種にあっても,ヘテロ性が高く,一世代の生育に長期間を要するため交雑育種が困難な作物に対して,シスジェネシスを用いれば,有用遺伝子を短期間で導入することができる.さらに,目的遺伝子の極めて近傍に有害形質に関連する遺伝子がある場合,交雑育種ではそのリンケージを切ることが難しく,いわゆるリンケージドラッグが問題となるが,シスジェネシスでは有用遺伝子のみを導入するので,リンケージドラッグが生じない.さらに日本においては,遺伝子組換え技術を用いていても,セルフクローニングまたはナチュラルオカレンス(表1)に相当すると判断されれば,遺伝子組換え生物としての規制から除外される可能性がある.
シスジェネシスとイントラジェネシスの利用が検討された初期には,相同組換えにより目的のゲノム上に遺伝子を導入するアイディアはあったが,植物における相同組換えはシロイヌナズナやイネの成功例があるものの利用できる植物種が極めて限られており,果樹等への利用は不可能であった.遺伝子組換え技術を用いることで,シス遺伝子等を導入可能な植物種は飛躍的に増えるが,遺伝子組換え技術ではゲノム領域への遺伝子の挿入位置は制御できなかった.交配可能な種の遺伝子を用いるとはいえランダムに挿入されるより,本来座乗している染色体領域に導入されることが精密育種という点では望ましいと考えられる.そこで,ゲノム編集技術,特にClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats/CRISPR associated proteins(CRISPR/Cas)9によりゲノム編集効率が飛躍的に向上した現在では,標的領域に遺伝子配列を挿入できるSDN-3を使うことにより,より精密な育種が検討されている.
シスジェネシスを用いた事例として,ジャガイモ(Haverkort et al. 2009),リンゴ(Vanblaere et al. 2011),ブドウ(Dhekney et al. 2011),ポプラ(Han et al. 2011)等の栄養繁殖性作物へのデンプンの改変や耐病性遺伝子の導入,オオムギのフィターゼ活性向上(Holme et al. 2013)とデュラムコムギにおける焼成品質向上(Gadaleta et al. 2008)等がある.イントラジェネシスを用いた研究でも栄養繁殖性作物や樹木への適用例が多く,ジャガイモの顆粒結合デンプンシンターゼ(Granule-Bound Starch Synthase, GBSS)の遺伝子発現の抑制(de Vetten et al. 2003)や,リンゴの黒星病抵抗性(Joshi et al. 2011),イチゴ(Schaart et al. 2004)のうどんこ病抵抗性の付与が試みられている.
新しい技術開発がイノベーションを起こし社会実装されるためには,その実用化を支える社会基盤が不可欠である.遺伝子組換え生物の生物多様性への影響については「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」(CBD 2000)に基づいて管理されており,近代バイオテクノロジー由来の食品の安全性評価は「Principles for the Risk Analysis of Foods Derived from Modern Biotechnology(近代バイオテクノロジー応用食品のリスク分析に関する原則)」(Codex 2011)に基づいて各国の規制が定められている.ゲノム編集生物についても各国において規制方針が策定されつつあることが分かる(OECD 2024).
シスジェネシスとイントラジェネシスの規制方針に関する議論が開始されたのは,オランダがシスジェネシスとイントラジェネシスで作出されたリンゴの安全性に関する要望書を欧州委員会に提出したことに端を発する.欧州委員会の要請を受けて,2011年4月にEFSA GMO(Genetically Modified Organisms)パネルにおいてNPBTに関する作業部会が設置され,シスジェネシスとイントラジェネシスの検討が行われ,2012年に本技術の特徴やそれに伴うリスクについて取りまとめられた(EFSA 2012b).その後の分子生物学や育種技術の急速な発展の状況を考慮し,欧州委員会は2012年のEFSAの報告書の補足や修正の必要性について見直すことを作業部会に要請した.再検討の結果,2012年のレポートを修正する必要はないとする結論に達している(EFSA 2022).
現在(2024年10月)までに,いくつかの国・地域においてシスジェネシスとイントラジェネシスに関連する規制方針が示されており,その概要を表2にまとめた.各国政府の情報では実際の審査や承認についての詳細な手続きが不明なこともあり,規制方針の変更や規制当局の判断も変わり得ることがあるため,現時点の状況として参考としてもらいたい.なお,表2の情報に加えて以下に若干補足する.
シスジェネシスとイントラジェネシスに関する考え方及び規制法
管轄(国または地域) | 規制官庁 | 規制法 | シスジェネシスやイントラジェネシスに対する考え方や規制等の概要 |
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米国 | 農務省 | PART 340—MOVEMENT OF ORGANISMS MODIFIED OR PRODUCED THROUGH GENETIC ENGINEERING | 植物の遺伝子プールに存在する遺伝子として知られている遺伝子が導入されるか,またはそのような遺伝子の既知のアレルまたは遺伝子プールに存在する既知の構造的変異に対応する標的配列に変更が加えられる. |
環境保護庁 | Pesticides; Exemptions of Certain Plant-Incorporated Protectants (PIPs) Derived from Newer Technologies - Final Rule | 「交雑可能な植物から遺伝子工学によって作成された植物に関連した農薬成分」のカテゴリーに対する免除として,その遺伝物質が,その植物の交雑可能な植物集団に見られる在来遺伝子である限り,受容植物に新しい遺伝物質の挿入を認める. | |
カナダ | 保健省 | Guidelines for the Safety Assessment of Novel Foods. Appendix 1: Health Canada Guidance on the Novelty Interpretation of Products of Plant Breeding | 植物育種製品から得られた食品で,新規食品*ではないもの. 1)遺伝子組換え植物から得られた食品で,内在性タンパク質を変化させることなく,既知のアレルゲンまたはヒトの健康に関連する毒素と類似性を導入または増加させるものではないもの. 2)遺伝子組換え植物由来の食品で,既知の内因性アレルゲン,既知の内因性毒素,または既知の内因性抗栄養物質の含有量が,その植物種でこれらの分析対象物質について観察された文書化された範囲を超えて増加しないもの. 3)主要な栄養成分や代謝に影響を与えない遺伝子組換え植物由来の食品. 4)遺伝子組換え植物由来の食品で,その植物の用途を意図的に変更していないもの. 5)遺伝子組換え植物由来の食品で,最終的な植物製品に外来 DNAが混入しないもの. *新規食品とは,遺伝子組換えが行われている植物,動物,または微生物が,以前にその食品に適用されていない大きな変化をもたらし,または以前い観察されなかった特性を示し,1つ以上の特性が,予想範囲内に入らなくなったもの.さらに食品として安全に使用された履歴がない物質. |
カナダ 食品検査庁 |
Dirrective 2009-09: Plants with novel traits regulated under Part V of the Seeds Regulations: Guidelines for determining when to notify the CFIA (Canadian Food Inspection Agency) | 新規作物種及び新規用途は,本ガイダンスの適用範囲外である. 通常の育種方法ではその植物種に導入できない外来 DNA を含む植物や,外来DNAを含まないものの新規の商業的に利用可能な除草剤耐性形質を有する植物は常に認可が必要である. |
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欧州連合 | 欧州委員会 | REPORT on the proposal for a regulation of the European Parliament and of the Council on plants obtained by certain new genomic techniques and their food and feed, and amending Regulation (EU) 2017/625 (COM(2023)0411 – C9-0238/2023 – 2023/0226(COD)) | カテゴリー1 NGT(New Genomic Techniques)植物とは,自然発生または慣行育種技術によっても生産される可能性のある植物であり,自然にも生じ得る変異や伝統的な育種法で生み出される変異と同等と見なされる植物を指す.リスクが同等であることから,自然発生または慣行育種技術によって生産された植物として扱われるべきであり,遺伝子組換え関連要件から完全に免除される.なお,NGT植物が自然発生植物または慣行育種植物と同等であるかどうかを確認するための基準を定め,NGT植物またはNGT製品の上市または発売の前に,所轄官庁がそれらの基準の充足について検証し,決定を下すための手順を定めるべきである. |
英国 | 環境・食糧・農村地域省 | Technical guidance on using genetic technologies (such as gene-editing) for making ‘qualifying higher plants’ for research trials | シスジェニック植物は,その遺伝的組成がその種内で自然に,あるいは従来の技術によって生じる可能性のある遺伝的変異と一致しているためQHP*となる.イントラジェニック植物はQHPではないとしている. *QHP(Qualifying Higher Plants:適格高等植物)とは,従来の育種技術によって生産された可能性のある,または自然のプロセスを通じて生じた可能性のある遺伝子組換え植物の圃場試験に関するもの. |
フィリピン | 農務省 | RULES AND PROCEDURE TO EVALUATE AND DETERMINE WHEN PRODUCTS OF PLANT BREEDING INNOVATIONS (PBIs) ARE COVERED UNDER THE DOST-DA-DENR-DOH-DILG JOINT DEPARTMENT CIRCULAR NO. 1, SERIES OF 2021 (JDC1, s2021) BASED ON THE NCBP RESOLUTION NO. 1, SERIES OF 2020 | シスジェネシスとイントラジェネシスは,PBI(ケース1)*に分類される.さらに,交雑可能な植物由来の核酸を挿入するSDN3は,遺伝子材料の新組み合わせを含んでいないためPBI(ケース1)に分類される.PBI(ケース1)は遺伝子組換え生物としての規制対象外であり,非遺伝子組換え作物とみなされる. *PBI(Plant Breeding Innovations:植物育種イノベーション)(ケース1)は,Entine et al.(2021)で示される図1のNBT(Case 1)と同じ分類を意味する. |
ケニア | 国家バイオセーフティ委員会 | GUIDELINES FOR DETERMINING THE REGULATORY PROCESS OF GENOME EDITED ORGANISMS AND PRODUCTS IN KENYA | バイオセーフティ法では規制されないものとして: 交雑可能な種からの遺伝子を挿入し,調節要素(プロモーターとターミネーター)も同種からの遺伝子を挿入することによる全てのゲノム編集による改変. |
マラウイ | 遺伝資源・気候変動省 | GUIDELINES FOR DETERMINING THE REGULATORY PROCESS OF GENOME EDITED PLANT AND THEIR PRODUCTS IN MALAWI | バイオセーフティ法では規制されないものとして: 交雑可能な種から遺伝子を挿入し,制御要素(プロモーター及びターミネーター)も同じ種に由来するゲノム編集による改変.ゲノム編集の結果は,自然界または従来の育種技術の使用によって起こり得るものと同様のもの. |
米国農務省の記載内容から,「遺伝子プール」の範囲がイントラジェネシスにまで及んでいるかは明らかでなく,米国環境保護庁はイントラジェネシスを規制対象としていると思われる.カナダでは,保健省及び食品検査庁ともに,新規食品に当たらないという条件を満たせばシスジェネシスとイントラジェネシスともに規制対象外になると考えられる(Health Canada 2024).フィリピンは明確にシスジェネシスとイントラジェネシスは規制対象外としている.ケニア及びマラウイの指針から,シスジェネシスとイントラジェネシスともに規制対象外と理解できるが,イントラジェネシスを明確に区別した記述にはなっていない.
海外において,シスジェネシスとイントラジェネシスによる作物開発の研究が注目されているのは,果樹や林木等のヘテロ性が高い永年性作物や,ジャガイモやイチゴ等の栄養繁殖性で高次倍数性作物の育種技術としてであり,また欧州では遺伝子組換え作物の利用が極めて困難な状況にあるため,シスジェネシスとイントラジェネシスに活路を見出そうとしているようにも思える.また,シスジェネシスとイントラジェネシスにより開発された作物の社会的な受容は,遺伝子組換え作物より高いと報告されている(Holme et al. 2013, Edenbrandt et al. 2017, Dayé et al. 2023)ことも,利用を促進させていると思われる.
遺伝子組換え生物では,「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」が発効された後,各国で様々な規制が成立し世界的に混乱した.その上に,ゲノム編集技術の取扱い方針を検討すると,さらに混迷を深めるという懸念が示された(立川 2018).しかし,新しい遺伝的組み合わせ(外来DNA)を含んでないゲノム編集生物を規制対象外とする方針をアルゼンチンが示し(Whelan and Lema 2015),日本や豪州も含めて概ね同様の方針を取る国が主流となっている(Entine et al. 2021, OECD 2024).シスジェネシスとイントラジェネシスで遺伝子組換え技術を用いたとしても,本技術の条件が外来DNAを含まないことから,その取扱いの基本的な考え方はゲノム編集生物の取扱いと同様に考えられるのではないだろうか.
そのようななかで,シスジェネシスとイントラジェネシスの規制方針が,いくつかの国や国際機関から示された.EFSAは,シスジェニック植物は従来の育種やゲノム改変技術で得られた植物で考慮されているリスクと比較して新たなリスクは確認されない,すなわちシスジェニック植物は従来の植物育種から生じるハザードと同様と結論づけた.それに対し,イントラジェネニック植物については,さらなるハザードが生じる可能性があるとした(EFSA 2022).各国のシスジェネシスとイントラジェネシスの規制方針には,米国やカナダのように既存の規制のなかで解釈されるものもあれば,英国のように新たな通知を発行している国もある.フィリピンやケニア,マラウイ等はゲノム編集技術の規制のなかに,除外規定としてシスジェネシスとイントラジェネシスを加えている.
一方,日本の法令においては「セルフクローニング」や「ナチュラルオカレンス」という用語による定義がなされているが,海外の規制においてはこれらに対応する定義が見当たらない.海外ではシスジェネシスとイントラジェネシスが,日本におけるセルフクローニングやナチュラルオカレンスに相当し,さらに遺伝子組換え技術を用いて導入する技術まで,理解が拡大していると考えられる.米国農務省では,日本の遺伝子組換え生物の法律「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(以下,「カルタヘナ法」とする)や食品衛生法,飼料安全法において定義されているナチュラルオカレンスに相当するものとして,交雑可能な植物種の「遺伝子プール」に存在する配列を導入するものと定義して規制対象から免除している.
日本の遺伝子組換え生物の規制では,カルタヘナ法や食品衛生法,飼料安全法に基づき,必要な安全性確認を行った後に上市することが義務づけられている.カルタヘナ法施行規則第二条において定義されているセルフクローニングまたはナチュラルオカレンスに相当すると判断されれば,遺伝子組換え生物の規制対象外とされる.この解釈からすれば,シスジェネシスへの対応の基盤は整っているとも理解でき,ナイジェリアやマラウイと同様の立場となる.しかし,イントラジェネシスにまで対象を広げられるかは,EFSAや英国の例もあり慎重な検討が必要になると思われる.
一方,日本の食品衛生法や飼料安全法については,セルフクローニング及びナチュラルオカレンスが認められているのは微生物のみであり(食品安全委員会 2008, 農林水産省 2014),動植物は規制対象である.しかし,交雑可能で核酸の交換がなされる対象は微生物に限らない.生物間の遺伝子の導入やゲノム改変が動植物にも広がっている状況を踏まえると,カルタヘナ法と食品衛生法や飼料安全法の異なる取扱いが,将来的に遺伝子組換え技術等を用いた研究開発の推進の障害になると思われる.なお,「ゲノム編集技術を利用して得られた食品等の食品衛生上の取扱いについて」(厚生労働省 2019)において,「遺伝子組換えDNA技術も含めセルフクローニングやナチュラルオカレンスの取扱いについては,将来的な課題と考えられる」としている.
シスジェネシスとイントラジェネシスが有効な育種技術として期待できたとしても,その利用を推進するためには,規制方針や国民の理解に関する社会的基盤が整っていることが不可欠である.ゲノム編集技術については,「統合イノベーション戦略」(内閣府 2018)において,2018年度中にゲノム編集生物の生物多様性への影響とゲノム編集食品の食品としての取扱方針の道筋をつけるようにという日本政府の強力な方針が示され,日本が世界に先駆けて生物多様性,食品,飼料における取扱方針を整備した.海外において,すでにシスジェネシスとイントラジェネシスを用いた研究開発が進んでおり,その有用性を鑑みると,日本においても実用的な品種開発につながる有効な技術として利用されていく状況にあると思われる.そのためには,アカデミアや開発者が当該技術の利用を進め,行政のリーダーシップのもとに取扱い方針の策定が進められること,そしてアカデミアや関係者による国民的理解を深める努力により社会受容が醸成されることが必要である.将来的にシスジェネシスとイントラジェネシスが,日本においても新しい有用な育種技術として利用されるようになることを願う.