Breeding Research
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ISSN-L : 1344-7629
Original Article (New Cultivar)
New durum wheat cultivar ‘Setodure R5’ with good pasta making quality
Keita Kato Yusuke BanMiwako ItoKenji KawaguchiHideki OkusuTomoki TanakaHiroyuki KawakamiMasahiro YamaguchiKanenori TakataMikiko YanakaWakako Funatsuki
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2025 Volume 27 Issue 1 Pages 30-38

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摘 要

日本初のデュラムコムギ(Triticum turgidum ssp. durum (Desf.) Husn.)品種「セトデュール」はデュラムコムギの中では早生品種であるが,パンコムギに比べて穂発芽や赤かび病に弱いという欠点がある.そのため梅雨入り後の降雨に遭遇する前に収穫する必要があり,栽培適地は生育期間を通じて比較的降雨の少ない瀬戸内地域に限定されている.また,パスタの色や食感など,品質面でも改良すべき点がある.これらの改善に向けて育種選抜を進め,加工適性に優れるデュラムコムギ新品種「セトデュールR5」を育成した.「セトデュールR5」は「Mv-Pennedur」/「セトデュール」*2の組み合わせから派生系統育種法により育成し,2024年2月に品種登録出願公表された.「セトデュールR5」は「セトデュール」と同等の早生性および栽培性を有していた.収量は「セトデュール」より約1割少ないが原麦の蛋白質含有率が約1%高かった.穂発芽耐性,赤かび病抵抗性はそれぞれ“やや易”,“やや弱”で,「セトデュール」より向上していた.小麦粉の黄色色素量,パスタ加工後の乾麺および茹で麺の黄色味(b*値)は「セトデュール」より高かった.「セトデュールR5」の高分子量グルテニンの組成はGlu-A1cおよびGlu-B1hで低分子量グルテニンはLMW-2であり,茹で麺の破断強度が高く,「セトデュール」よりパスタ加工適性に優れていた.以上より「セトデュールR5」は「セトデュール」の後継品種として普及が期待される.

Translated Abstract

The first early-maturing Japanese durum wheat cultivar, ‘Setodure’, released in 2016, is grown in western Japan, where harvest precedes the seasonal rains in June. However, ‘Setodure’ has insufficient resistance to preharvest sprouting and Fusarium head blight, and lacks the desired yellowness and texture. The Western Region Agricultural Research Center, NARO, has bred a new durum wheat cultivar, ‘Setodure R5’, anticipated to be a successor to ‘Setodure’. Variety registration was applied for in 2023. ‘Setodure R5’ was bred by the derived line method from a Mv-Pennedur/Setodure//Setodure population. ‘Setodure R5’ has early maturity like ‘Setodure’, but with a 10% lower yield and a 1% higher seed protein content. Its resistance to preharvest sprouting and Fusarium head blight and its yellow pigment content are superior to those of ‘Setodure’. The higher pasta making quality with higher strength and preferable texture of the boiled pasta of ‘Setodure R5’ (with Glu-B1h and LMW-2) compared with ‘Setodure’ (with Glu-B1d and LMW-1) are associated with its glutenin composition.

緒言

デュラムコムギ(Triticum turgidum ssp. durum (Desf.) Husn.)は主に北アメリカや地中海沿岸地域で栽培され,パスタ製品の製造において原料になる重要な穀物の一つである.日本においてデュラムコムギ銘柄カナダ西部産アンバーデュラム(CWAD)が最も多く輸入され,年間約20万トンが国内でパスタ製品に加工されている(農林水産省 2024).さらに輸入パスタ製品と合わせると2020年では約29万トンのパスタ製品が国内に供給されている(日本パスタ協会 2024).しかし,デュラムコムギはパンコムギ(T. aestivum L.)と比較して成熟期が遅く,収穫期が梅雨の降雨と重なることがある.さらに赤かび病や穂発芽に非常に弱いため,国内への導入・生産は難しいと考えられてきた(安部ら 1966, 甲斐ら 1998).

2016年に品種登録出願公表,2018年に品種登録された日本初のデュラムコムギ品種「セトデュール」(品種登録番号第27073号)はデュラムコムギ特有の成熟期の遅れを改善した品種である.現在栽培されているパンコムギの中では晩生品種の「農林61号」と比較して,「セトデュール」の成熟期は1~3日遅いものの,デュラムコムギの中では早生品種である(谷中ら 2018).しかしながら,「セトデュール」は赤かび病に罹病しやすく穂発芽耐性が弱いため,麦の生育期間を通じて比較的降雨の少ない瀬戸内地域での栽培が適している(谷中ら 2018).現在,主に兵庫県で普及しており,2023年産の生産量は185 tとなっている(農林水産省 2023).

日本におけるデュラムコムギの更なる適地拡大と安定生産に向けて栽培性改善や加工適性の向上が望まれている.栽培性では赤かび病や穂発芽による被害を低減することが求められており,「セトデュール」の後継品種の育成においては梅雨入り後の降雨を避けるための早生化や品種自体の赤かび病抵抗性や穂発芽耐性向上が必要である.そこで著者らはこれまでにパンコムギで赤かび病抵抗性(加藤ら 2018)や穂発芽耐性(Ban et al. 2022, Kato et al. 2017)の向上が認められた有用な遺伝子やQTL領域をデュラムコムギに導入し,その効果の検証を行ってきており,これらの抵抗性が向上することを明らかにした.また「セトデュール」の加工適性については,商品価値に直結する黄色味の向上と食感の改善が実需者から求められている.黄色味についてはカロテノイド生合成遺伝子のPsy-A1がパスタ製品の黄色味に関与することが明らかとなっている(Kato et al. 2025).また食感に関して,低分子量グルテニン遺伝子LMW-2はパスタらしい優れた食感に寄与し(D’Ovidio and Porceddu 1996),高分子量グルテニンのGlu-A1aGlu-B1fまたはGlu-A1cGlu-B1dの組み合わせが,高品質なパスタ加工適性を有すると明らかになっている(Kroupina et al. 2023).農研機構西日本農業研究センターでは圃場での農業特性の選抜に加えDNAマーカー選抜を活用し,「セトデュール」の後継品種として栽培性やパスタ加工適性を改良したデュラムコムギ新品種「セトデュールR5」を育成したので,その育成経過と品種特性概要について報告する.

材料および方法

1. 育成の経過

1に「セトデュールR5」の系譜を示す.高品質なパスタ加工適性を有するデュラムコムギ品種を育成することを目標として,ハンガリーで育成されたパスタ加工適性に優れた「Mv-Pennedur」(https://martongenetics.com/wp-content/uploads/2021/05/MV-Pennedur_ENG.pdf)を母本,日本での栽培に適する早生の「セトデュール」を父本として交配したF1を母本に,「セトデュール」を花粉親として2015年1月に1回の戻し交配を行った.2015年3月にBC1F1世代を温室で養成後,2015年度(年度は育種年度とし10月から翌年の9月までとする.当該年度の11月に播種,翌年の6月に収穫)にBC1F2世代を集団養成,2016年度にBC1F3世代から65穂を穂選抜した.2017年度から派生系統育種法により選抜・固定を進めた.2019年度にBC1F6世代で生産力検定予備試験に供試し,低分子量グルテニン遺伝子LMWおよび黄色色素量に関わるPsy-A1遺伝子の遺伝子型を決定し,LMW-2およびPsy-A1lを保有する系統を選抜した.BC1F6世代から日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)にて品質面の評価を開始した.2020年度にBC1F7世代で「中系D20-06」の系統名を付し,生産力検定試験・特性検定試験・パスタ加工試験に供試した.2021年度 BC1F8世代および2022年度 BC1F9世代では生産力検定試験・特性検定試験・パスタ加工試験を継続した.それらの成績が良好であったため,2022年度BC1F9世代で高分子量グルテニン遺伝子の遺伝子型を決定し品種登録出願を行った(品種登録出願番号第37089号,2023年10月25日出願,2024年1月19日出願公表).品種名は「セトデュール」の後継として令和5年度に品種登録出願を行うことから「セトデュールR5」とした.

図1. 「セトデュールR5」の系譜.

2. 生産力検定試験,穂発芽耐性および赤かび病抵抗性試験

生産力検定試験,穂発芽耐性および赤かび病抵抗性試験は農研機構西日本農業研究センター(広島県福山市,北緯34度30分4秒,東経133度23分12秒)で実施した.生産力検定試験は1区5.0 m2,播種量は150粒/m2,播種幅0.7 mとして条播し,4反復設けた.施肥条件は窒素成分で元肥(10月中旬)–分げつ肥(2月上旬)–穂肥(3月中旬)–実肥(4月下旬)= 6.5-2.6-2.6-6.0 g/m2を施肥した.出穂期,成熟期,穂数,稈長,穂長,倒伏程度および収量を調査した.播種日および収穫日はそれぞれ2020年播では2020年11月11日,2021年6月7日,2021年播では2021年11月11日,2022年6月3日,2022年播では2022年11月7日,2023年6月5日とした.

穂発芽耐性検定試験は1区1.0 m2とし,播種量は100粒/m2,播種幅0.7 mとして条播した.施肥条件は窒素成分で元肥–分げつ肥–穂肥 = 6.5-2.6-2.6 g/m2とし,成熟期の倒伏を防ぐために実肥の施肥は行わなかった.試験方法はBan et al.(2022)に準じて行い,成熟期に収穫したサンプルおよびさらに7日間室内で追熟したサンプルを用意し,それぞれ成熟期,完熟期のサンプルとした.発芽試験は20°C暗条件のインキュベーター内で催芽させ,試験開始後7日目の発芽数から発芽率を算出した.同時に試験を実施したパンコムギの「せときらら」を“中”,「ミナミノカオリ」を“易”とし総合評価を行った.

赤かび病抵抗性検定試験はスプリンクラーを設置したビニールハウス 内に1区0.5 m2,20粒を6 cm間隔の二条点播として3反復設けた.施肥条件は窒素成分で元肥–分げつ肥–穂肥 = 5.5-3.0-3.0 g/m2を施用した.また,赤かび病を均一に誘発させるため,試験区全体を囲むようにスプレッダーである六条裸麦品種「イチバンボシ」を栽植した.供試材料への赤かび病の感染は,赤かび病罹病大麦法を用いた(Kubo et al. 2013).感染源としてFusarium graminearum種複合体のDON生産型であるH-3株(F. graminearum sensu stricto MAFF101551)を用いた.赤かび病罹病大麦を赤かび病検定用ビニールハウスに40 g/m2散布し,各年4月1日からスプリンクラーで6–18時の間に1時間ごとに2分間散水し,供試材料への赤かび病菌の感染を促した.散水は最後に開花した試験区の開花後28日目まで行い,罹病度は開花後21日目と28日目に達観で評価し,1(無)~9(甚)の9階級で評価した.同時に試験を実施したパンコムギの「農林61号」を“中”,「びわほなみ」を“極弱”とし総合評価を行った.

3. 種子特性の評価試験

容積重,蛋白質含有率は全粒穀物用近赤外分析装置IM9500(Perten Instruments,ストックホルム,スウェーデン)を使用した.硬度,千粒重は単穀粒評価システムSKCS4100(Perten Instruments)を使用した.灰分はAACC Method 08-02.01(AACC 2020)に準じて水分13.5%換算値を算出した.硝子率はハインスドルフ式穀粒横断器(Fujiwara Scientific,東京,日本)にて50粒を半切して算出した.黄色色素量はAACC 14-50.01(AACC 1999a)に準拠して算出した.

4. 製粉,60%粉の特性の評価およびパスタ加工試験

製粉はAACC 26-41.01(AACC 1999b)に準じて,製粉の8時間以上前に目標水分16%になるように加水・振盪し,Bühler Laboratory Mill MLU-202(Bühler,ウツヴィル,スイス)で実施し,製粉歩留,B/M率,セモリナ生成率,セモリナ粉砕率を算出し,60%粉を調整した.

60%粉の蛋白質含有率はAACC Method 46-30.01に準じて燃焼法(AACC 1999c),灰分はAACC Method 08-02.01に準じて燃焼法(AACC 2020),黄色色素は上記と同様の方法で分析した.粉色は分光光度計CM-5(Konica Minolta,東京,日本)にてC光源および2°視野の条件で測定した.糊化特性の最高温度,最高粘度の計測はAmylograph-E(BRABENDER,デュイスブルク,ドイツ)を使用した.ファリノグラムの吸水率,安定度,バロリメーターバリューはFarinograph-E(BRABENDER)を使用した.

5. パスタ加工試験

パスタ加工はAACC 66-42.01(AACC 1999d),茹で麺試験はAACC 66-50.01(AACC 1999e)に準じて行った.茹で麺の破断強度はTexture Analyzer TA XT plus(EKO INSTRUMENTS,東京,日本)で測定した.

6. 高分子量グルテニンGlu-A1Glu-B1,低分子量グルテニンLMWおよびPsy-A1遺伝子の遺伝子型の解析

高分子量グルテニン遺伝子Glu-B1の遺伝子型は農林水産植物種類別審査基準マカロニコムギに従いSDS-PAGEで解析した(https://www.maff.go.jp/j/shokusan/hinshu/info/kijun/1931.pdf).さらに高分子量グルテニン遺伝子Glu-A1北海道農業試験会議 2008),低分子量グルテニン遺伝子LMWD’Ovidio and Porceddu 1996)および黄色色素量に関与するPsy-A1遺伝子(Kato et al. 2025)の遺伝子型はPCR法で解析した.DNAは酢酸カリウム法(Dellaporta et al. 1983)で抽出し,PCRはHotStarTaq Plus polymerase(Qiagen,ヒルデン,ドイツ)を用いPCR Thermal Cycler Dice(TaKaRa Bio,滋賀,日本)で行った.PCRに用いたプライマーを付表1に示した.PCR産物はTAEアガロースゲルで電気泳動し,Gel Red(Biotium,フリーモント,アメリカ)で染色した.

7. 統計解析

広幅条播による試験結果は正規性についてShapiro–Wilk検定,分散性についてF検定行った後にStudent’s t-testを行った.解析はすべてR version 4.3.2を使用した(R Core Team 2023).

結果

1. 生育特性,収量および種子特性

1に生育特性および収量,表2に種子特性および図2に株,穂,種子の写真を示す.生育特性,種子特性において,「セトデュールR5」はいずれの形質においても「セトデュール」との間に有意な差はなかった.収量は「セトデュールR5」と「セトデュール」の間で有意な差はなかったものの調査したいずれの年においても「セトデュールR5」の方が低く,3か年の平均は「セトデュール」対比で89%であった.

表1.

「セトデュールR5」の生育特性および収量

播種年度 品種名 出穂期 成熟期 稈長(cm) 穂長(cm) 穂数(本/m2 倒伏程度2) 収量(kg/a) セトデュール対比(%)
(月/日) 播種日からの積算日数1) (月/日) 播種日からの積算日数1)
2020 セトデュールR5 4/06 146 5/31 201 85 7.0 410 0.0 52.9 97
セトデュール 4/08 148 5/31 201 84 7.5 364 0.0 54.7 100
2021 セトデュールR5 4/12 152 6/01 202 78 7.5 374 0.0 54.1 89
セトデュール 4/13 153 6/02 203 82 8.3 418 0.0 61.1 100
2022 セトデュールR5 4/04 148 6/01 206 79 6.8 425 1.0 49.2 81
セトデュール 4/05 149 6/04 209 80 8.9 463 0.8 60.6 100
平均 セトデュールR5 4/07 149 5/31 203 81 7.1 403 0.3 52.1 89
セトデュール 4/08 150 6/02 204 82 8.2 415 0.3 58.8 100
n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s.

1) 出穂期および成熟期は播種日からの積算日数をStudent’s t-testに使用した.

2) 倒伏程度は0(無)~5(甚)の6階級で評価した.

統計はStudent’s t-testを行い *は5%水準で有意であること,n.s.は有意差がないことを示す.―は統計処理を行っていない.

表2.

「セトデュールR5」の種子特性

播種年度 品種名 蛋白質含有率(%) 容積重(g/L) 硬度(HI) 千粒重(g) 灰分含有率(%) 外観品質1) 硝子率(%) 黄色色素(ppm)
2020 セトデュールR5 13.2 849 97 45.7 1.58 5.0 100 5.1
セトデュール 12.9 847 98 52.7 1.53 5.0 99 4.8
2021 セトデュールR5 12.7 865 95 50.3 1.57 5.3 98 4.9
セトデュール 11.2 865 93 52.7 1.48 5.0 100 4.6
2022 セトデュールR5 13.6 816 92 47.2 1.65 6.3 87 5.0
セトデュール 12.5 812 90 50.3 1.64 6.5 90 5.0
平均 セトデュールR5 13.2 843 95 47.7 1.60 5.5 95 5.0
セトデュール 12.2 841 94 51.9 1.55 5.5 96 4.7
n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s.

1) 外観品質は1(上上)~5(中中)~9(下下)の9階級で評価した.

統計はStudent’s t-testを行い *は5%水準で有意であること,n.s.は有意差がないことを示す.

図2. 「セトデュールR5」および「セトデュール」の比較.(a)株(b)穂と種子.

2. 病害・障害抵抗性

3に穂発芽耐性と赤かび病抵抗性の検定結果を示す.赤かび病抵抗性において,開花後21日目の罹病度は「セトデュールR5」と「セトデュール」との間で有意な差がなかったものの,開花後28日目の罹病度は「セトデュールR5」は「セトデュール」よりも有意に低く,総合評価は“やや弱”であった.穂発芽耐性は「セトデュールR5」と「セトデュール」との間で有意な差はなかったものの,「セトデュールR5」の発芽率が「セトデュール」に比べ低い傾向にあったため総合評価は“やや易”とした.完熟期の穂発芽試験において2022年度の完熟期の発芽率は収穫直前の降雨による穂発芽の影響が疑われ,2020,2021年度と比較して著しく低かったため,平均は2020・2021年度から算出し,統計処理は行わなかった.

表3.

「セトデュールR5」の穂発芽耐性と赤かび病抵抗性

播種年度 品種名 穂発芽耐性 赤かび病抵抗性
発芽率(%) 総合評価2) 罹病度2) 総合評価3)
成熟期 完熟期1) 開花後21日目 開花後28日目
2020 セトデュールR5 71 93 4.0 6.0 や弱
セトデュール 60 97 5.0 8.0 極弱
2021 セトデュールR5 45 81 やや易 5.3 5.6 や弱
セトデュール 68 86 6.6 7.0 極弱
2022 セトデュールR5 69 36 4.3 5.3
セトデュール 72 40 5.6 6.6 極弱
平均および総合評価4) セトデュールR5 62 87 やや易 4.5 5.6 やや弱
セトデュール 67 92 5.7 7.2 極弱
n.s. n.s. *

1) 2022年度の完熟期発芽率は穂発芽が疑われ,2020・2021年度と比較して著しく低かったため,平均は2020・2021年度から算出した.

2) 穂発芽耐性の総合評価は易~極強の6階級で評価した.

3) 赤かび病抵抗性の罹病度および総合評価は0(無)~9(甚)の9階級で評価した.

4) 総合評価に際し,穂発芽耐性は「せときらら」を“中”および「ミナミノカオリ」を“易”,赤かび病抵抗性は「農林61号」を“中”および「びわほなみ」を“極弱”を参考とした.

統計はStudent’s t-testを行い *は5%水準で有意であること,n.s.は有意差がないことを示す.

3. 製粉特性および60%粉の特性

4に製粉特性,表5に60%粉の品質特性結果を示す.製粉歩留,B/M率,セモリナ生成率およびセモリナ粉砕率は「セトデュールR5」と「セトデュール」との間に有意な差はなかった.「セトデュールR5」の黄色色素量は「セトデュール」より有意に高かった.一方で蛋白質含有率,灰分含有率,色相,糊化特性およびファリノグラムは「セトデュールR5」と「セトデュール」の間に有意な差はなかった.糊化特性おいて2022年度の最高粘度は収穫直前の降雨による穂発芽の影響が疑われ,2020,2021年度と比較して著しく低かったため,平均は2020・2021年度から算出し,統計処理は行わなかった.

表4.

「セトデュールR5」の製粉特性

播種年度 品種名 製粉歩留(%) B/M率(%) セモリナ生成率(%) セモリナ粉砕率(%)
2020 セトデュールR5 72.2 6.3 75.6 89.8
セトデュール 71.7 6.6 74.8 90.0
2021 セトデュールR5 73.6 5.6 76.3 91.3
セトデュール 73.1 5.6 75.5 91.8
2022 セトデュールR5 68.6 4.4 75.0 87.5
セトデュール 70.0 4.9 75.2 89.0
平均 セトデュールR5 72.9 6.0 76.0 90.6
セトデュール 72.4 6.1 75.2 90.9
n.s. n.s. n.s. n.s.

統計はStudent’s t-testを行い *は5%水準で有意であること,n.s.は有意差がないことを示す.

表5.

「セトデュールR5」の60%粉の特性

播種年度 品種名 蛋白質含有率(%) 灰分含有率(%) 黄色色素(ppm) 色相 糊化特性 ファリノグラム
L* a* b* 最高温度(°C) 最高粘度1)(B.U.) 吸水率(%) 安定度(分) バロリメーターバリュー
2020 セトデュールR5 12.5 0.76 4.0 90.5 −1.30 18.0 92.9 377 69 7.3 48
セトデュール 12.1 0.72 3.4 90.6 −1.11 16.6 82.1 297 70 3.4 47
2021 セトデュールR5 11.8 0.60 4.0 91.1 −1.47 18.6 83.0 424 68 5.9 49
セトデュール 10.7 0.71 3.6 91.1 −1.45 18.2 94.6 361 67 3.4 49
2022 セトデュールR5 12.8 0.88 3.9 89.5 −1.13 17.6 87.1 23 76 3.0 37
セトデュール 11.8 0.86 3.5 89.5 −1.03 16.3 86.1 28 73 2.4 34
平均 セトデュールR5 12.2 0.68 4.0 90.8 −1.39 18.3 88.0 401 71 5.4 45
セトデュール 11.4 0.72 3.5 90.9 −1.28 17.4 88.4 329 70 3.1 43
n.s. n.s. * n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s.

1) 2022年度の収穫物は穂発芽の影響が疑われ最高粘度は2020・2021年度と比較して著しく低かったため,平均は2020・2021年度から算出した.

統計はStudent’s t-testを行い *は5%水準で有意であること,n.s.は有意差がないことを示す.―は統計処理を行っていない.

4. 乾麺および茹で麺の特性

6にパスタ加工後の品質特性を示す.乾麺および茹で麺の麺色は「セトデュールR5」と「セトデュール」との間に有意な差はなかった.「セトデュールR5」の茹で麺の破断強度は「セトデュール」よりも有意に高かった.

表6.

「セトデュールR5」のパスタ加工試験

播種年度 品種名 色相 茹で麺の物性試験
乾麺 茹で麺 破断強度(g)
L* a* b* L* a* b*
2020 セトデュールR5 60.3 4.24 42.0 76.6 0.29 23.8 542
セトデュール 60.9 4.36 39.8 76.4 0.41 21.4 420
2021 セトデュールR5 61.0 3.60 43.7 75.6 −0.16 24.4 489
セトデュール 61.3 3.19 42.7 76.0 −0.31 24.6 352
2022 セトデュールR5 55.4 6.48 40.1 71.5 1.44 22.0 482
セトデュール 54.9 6.78 38.7 70.9 1.67 20.7 448
平均 セトデュールR5 60.7 3.92 42.9 76.1 0.07 24.1 516
セトデュール 61.1 3.78 41.3 76.2 0.05 23.0 386
n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. n.s. *

統計はStudent’s t-testを行い *は5%水準で有意であること,n.s.は有意差がないことを示す.

5. 主要な品質関連遺伝子の遺伝子型解析

7および付図1にパスタ製品品質に影響を及ぼす主要な品質関連遺伝子の遺伝子型を示す.高分子量グルテニン遺伝子Glu-A1の遺伝子型は「セトデュールR5」と交配母本の「セトデュール」および「Mv-Pennedur」はすべてGlu-A1cであった.高分子量グルテニン遺伝子Glu-B1および低分子量グルテニン遺伝子LMWの遺伝子型について,「セトデュールR5」は「Mv-Pennedur」と同一のGlu-B1hおよびLMW-2であった.黄色色素量に関与するPsy-A1遺伝子の遺伝子型について,「セトデュールR5」は「セトデュール」と同一のPsy-A1k(LC778135)であった.

表7.

「セトデュールR5」の品質に関わる主要な遺伝子の遺伝子型

品種名 高分子量グルテニン 低分子量グルテニン Psy-A1
Glu-A1 Glu-B1 LMW
セトデュールR5 c h 2 k
Mv-Pennedur c h 2 l
セトデュール c d 1 k

考察

「セトデュールR5」は「セトデュール」と同等の早生性および栽培性を有していたことから(表1),「セトデュール」と同様に温暖地西部の平坦地,特に瀬戸内海沿岸部が栽培適地であると考えられる.また「セトデュールR5」の収穫物の種子特性も「セトデュール」と同等であった(表2).以上のことから,「セトデュールR5」は現在栽培されている「セトデュール」の代替品種になりうると推察される.しかし,有意な差はないものの「セトデュールR5」は「セトデュール」よりも収量が約10%低く,蛋白質含有率が約1%高かった(表12).「セトデュールR5」が「セトデュール」よりも収量が低い要因は,「セトデュール」よりも穂長が短く,千粒重が小さいことに起因していると推察されるが,詳細な収量構成要素の調査が必要である.穀物の収量と蛋白質含有率はトレードオフの関係で両立しにくい形質であるが,パスタ製品の加工には種子の蛋白質含率量12–13%以上が適しているため,「セトデュールR5」は「セトデュール」よりもパスタ製品の加工に適していると考えられる(De Santis et al. 2017, Simmonds 1995, Sissons et al. 2021).高田ら(2020)は窒素成分で元肥(10月中旬)–分げつ肥(2月上旬)–止葉期(4月上中旬)に6.5-0.0-8.0-8.0 g/m2の後期重点施肥元肥では元肥–分げつ肥–穂肥–実肥(4月下旬)に6.5-2.6-2.6-6.0 g/m2の慣行の施肥体系より,有意に収量と蛋白質含有率の両方を高めることが可能であると報告した.施肥法の改良によって,「セトデュールR5」も「セトデュール」と同等の収量かつ高い蛋白質含有率を両立できる可能性がある.

穂発芽耐性試験では発芽率に有意な差はなかったものの,「セトデュールR5」の穂発芽耐性は “やや易”,「セトデュール」は“易”と判定した(表3).また,有意な差はなかったものの,「セトデュールR5」は「セトデュール」より成熟期が早い傾向があり(表1),梅雨入り後の降雨に遭遇する前に収穫が可能な早生性を有していると考えられる.これらのことから,「セトデュールR5」の穂発芽被害に対するリスクは「セトデュール」よりやや低い可能性が示唆された.デュラムコムギの穂発芽性の向上にはパンコムギ由来のMFTや変異型ABA-8ʹOHの導入が有効であるが(Ban et al. 2022, Kato et al. 2017),「セトデュールR5」および「セトデュール」は共にこれらの遺伝子は保有していない.そのためデュラムコムギの更なる穂発芽耐性の向上に向けてこれらの遺伝子の積極的な導入を行う必要がある.

赤かび病抵抗性検定試験では「セトデュールR5」は“やや弱”,「セトデュール」は“極弱”と判定した(表3).「セトデュールR5」の交配親の「Mv-Pennedur」は育成地のハンガリーでの赤かび病抵抗性は“中”で,西農研では“やや弱”の評価であった.これより「セトデュールR5」が「セトデュール」よりも赤かび病抵抗性が向上してい‍る要因は交配親である「Mv-Pennedur」に由来すると考‍えられるが,具体的な遺伝子・量的遺伝子座などは明‍らかになっていない.「Mv-Pennedur」は育成地のハンガリーでは開花期に2回殺菌剤の散布が推奨されている‍(https://martongenetics.com/wp-content/uploads/2021/05/MV-Pennedur_ENG.pdf).「セトデュール」も開花期に2回以上の殺菌剤の散布が推奨されている(https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/warc_setodure201804v1.2.pdf).「セトデュールR5」の赤かび病抵抗性は「セトデュール」よりもやや向上しているものの,「やや弱」レベルの抵抗性であるため,本品種の栽培に際しては開花期の殺菌剤散布は必須である.

パスタ製品の黄色味は製品の見た目に重要な要素であり,製粉した60%粉の品質において「セトデュールR5」は「セトデュール」よりも有意に黄色色素量が高かった(表5).有意な差はなかったものの,種子の黄色色素量およびパスタの乾麺・茹で麺のb*値も「セトデュールR5」は「セトデュール」より高かった(表25).デュラムコムギの黄色色素はカロテノイドのルテインが主成分であるため,その生合成酵素遺伝子に着目してクローニングが進められてきた.いくつかの遺伝子で複数の遺伝子型が発見されたが,実際の育種に実装されているものはPsy-A1遺伝子に限られている(Fratianni et al. 2005, Ficco et al. 2014Kato et al. 2025).しかし,「セトデュールR5」の黄色色素量を制御するPsy-A1遺伝子はPsy-A1kで「セトデュール」と同一の遺伝子型であった(表7).「セトデュールR5」の黄色色素量が「セトデュール」よりも高い要因は未解明であるため,これからのデュラムコムギ育種に向けて要因の解明が必要である.

蛋白質含有率やグルテンの組成はパスタの加工適性に‍影響を及ぼすことが知られており,さらにパスタの高‍い破断強度は高い調理特性や好ましい食感を示す(Sicignano et al. 2015).茹で麺の破断強度において「セトデュールR5」は「セトデュール」よりも有意に高かった(表6).「セトデュールR5」と「セトデュール」のGlu-A1の遺伝子型はGlu-A1cと共通していたが,Glu-B1の遺伝子型は「セトデュールR5」はGlu-B1h,「セトデュール」はGlu-B1dであった(表6).Glu-B1hは非常に稀な遺伝子型として報告されているため(Janni et al. 2018, Kroupina et al. 2023),他のGlu-B1の遺伝子型と比較例が‍少ない.Glu-B1hGlu-B1dと同様にグルテンが強く‍パスタ適性が高いこと,「Mv-Pennedur(Glu-A1cおよびGlu-B1h)」は「セトデュール」と同じ遺伝子型の品‍種・系統(Glu-A1cおよびGlu-B1d)よりパスタ品質が‍優れていることが報告されている(Kroupina et al. 2023, Pourmohammadi et al. 2023).また,低分子量グルテニンの遺伝子型は「セトデュールR5」はLMW-2,「セトデュール」はLMW-1であり(表6),LMW-2LMW-1よりも優れたパスタ加工特性を示すことが報告されており,近代品種の多くはLMW-2を保有している(D’Ovidio and Porceddu 1996, Payne et al. 1984, Pogna et al. 1990).「セトデュールR5」の茹で麵の破断強度が「セトデュール」よりも高かった理由はパスタ加工適性に優れる「Mv-Pennedur」と同様の高分子量グルテニンがGlu-B1hで低分子量グルテニンがLMW-2であることに起因していると推察される.しかしながら,どちらのグルテニン遺伝子が主要因であるのか,また相加効果や相乗効果の程度については明らかではないので,これからのデュラムコムギ育種に向けて詳細な検討が必要である.

デュラムコムギ育種において,優良母本の利用やパンコムギおよび近縁野生種からの遺伝子導入,それらの有用形質の集積が有効であることが報告されている(Haile et al. 2019, Sari et al. 2020).筆者らが現在国内で進めているデュラムコムギ育種でも,パンコムギ由来の赤かび病抵抗性(加藤ら 2018)および穂発芽耐性(Ban et al. 2022, Kato et al. 2017)に関与する有用な遺伝子やQTL領域に加え,海外品種由来の黄色味に関わるPsy-A1遺伝子(Kato et al. 2025)や加工適性に優れる低分子量グルテニンLMW遺伝子を対象に,DNAマーカー選抜を実施している.一方で,遺伝子集積が一穂粒数の低下を引き起こすこと(Ban et al. 2022)や,野生種由来のPsy1遺伝子が強い黄色味をもたらす一方で収量低下を伴うこと(Kato et al. 2025)も知られている.このため,DNAマーカー選抜と並行して各種形質調査を実施し,不良形質を排除しながら育種を進めている.

「セトデュールR5」は「セトデュール」よりも穂発芽耐性,赤かび病抵抗性およびパスタの加工適性が向上し,「セトデュール」と同等の早生性を有した品種である.そのため「セトデュールR5」は「セトデュール」の後継品種として十分なポテンシャルを有している.しかしながら,穂発芽耐性,赤かび病抵抗性については依然として改善の余地があるため,殺菌剤による赤かび病の適期防除や降雨に遭遇する前の適期収穫の必要があり,栽培適地は温暖地西部の平坦地である.またパスタ加工に適した蛋白質含有率にするため,開花期における追肥の必要がある.

謝辞

「セトデュールR5」の育成にあたり,農研機構西日本農業研究センターの技術支援センター職員各位並びに契約職員各位には多大なるご支援をいただいた.本研究は日本製粉株式会社(現:株式会社ニップン)との共同研究により資金提供を受け実施した.

電子付録

付表1.使用したプライマー配列.

付図1.「セトデュール R5」,「Mv-Pennedur」および「セトデュール」の品質に関わる主要な遺伝子の遺伝子型解析.

引用文献
 
© 2025 Japanese Society of Breeding
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