抄録
水稲の多収品種育種において、収量それ自体を用いて行なう直接選抜とは別に、育種家は他の計量形質を用いて間接的に選抜効果を期待することが多い。しかし、この選抜効果と育種材料の栽培条件との関係については、まだほとんど検討されていない。本報告では、主として、多収品種選抜を目的とした間接選抜効果が、栽培環境、とくに栽植密度の相違によって、どのように変動するかを検討した。供試品種は、中国地方で栽培されうる品種の中から任意に抽出した20品種であり、それらで構成する品種集団を用いた。栽培条件として、3種の栽植密度、D3、D9、D30と、その他移植栽培T30の処理区を設けた(第1表)。遺伝力、遺伝相関係数は、分散、共分散分析法によって求めた。それらの値は栽植密度の相違にともない変動した(第2表、第3表)。収量と他形質との遺伝相関は、1000粒重との値を除いて、他の形質では、栽植密度の増加にともない、増加、あるいは減少の傾向を示した。収量に対する相対的選抜効率(R.S.E.)は、収量に関与している形質による間接選抜効果と、収量による直接選抜効果の比によって求めた(第4表)。R.E.S.も1000粒重による選抜効果を除いて、栽植密度の変動にともない一定の変動を示した。稈長と穂長による間接選抜では、栽植密度の増加にともないR.E.S.は増加した。すなわち、これらの形質は、密植条件下での収量選抜においては、重要な役割をすることを示す。逆に、穂数による選抜ではR.E.S.は減少し、密植条件下での収量選抜に対して、稈長、穂長とは逆の効果を示すものと考えられた。D30とT30の間では、栽植密度は同じであるにもかかわらず、いずれの測定形質による選抜においても、R.E.S.の符号は一致しなかった。これは、直播栽培と移植栽培による栽培条件の差が、水稲の形質発現に影響をおよぼしたものと考えられる。本実験の結果を総合すると、間接選抜による多収品種育種においては疎植条件下での選抜では、短稈多けつ型に着目した選抜が、また、我国の現行直播栽培条件に近いD3の密植条件下では、むしろ短稈穂重型に着目した選抜が望ましいものと考えられた。