抄録
タバコにおける花粉からの不定胚発生の誘導過程を,GHANDIMATHI(1982)およびIMAMURA et al.(1982)によって報告された花粉の直接培養法を用いて研究した. 1細胞期後期から2細胞期中期までの発育段階にある花粉は,蔗糖を添加しない培地で数日間培養した後NITSCH(1974)の培地に移植することによって,不定胚発生を経て,発芽個体へと発育した.花粉を直接蔗糖を添加した培地で培養すると,花粉における澱粉粒の蓄積,発芽,生殖核のみへの3H-thymidineのとりこみなどが観察され,生存花粉では正常な発育が進行していることが明らかとなった.一方,花粉を蔗糖を添加しない培地で培養すると,花粉の正常発育は完全に停止した.これらの結果から,花粉からの不定胚発生の誘導過程における最初の段階は,花粉の正常発育の停止であり,この段階は糖飢餓によって効果的に進行するものと考えられた.さらに,3H-thymidineのとりこみの結果から,花粉は糖飢餓下において,不定胚発生に向うものと考えられる栄養核におけるDNA合成を行なっていることが明らかとなった.培養細胞は通常,糖飢餓下においては新たたDNA合成期にははいらたいことが知られている(VAN'T H0F 1974).従って,タバコの花粉は糖飢餓下において,正常発育の停止にひきつづいて,新たなDNAを合成し得る特殊な生理的条件をそなえていたものと考えられた. 以上の結果から,タバコにおける花粉からの不定胚発生の誘導過程は,糖飢餓によってひきおこされる正常発育の停止と,花粉の内生的な条件に依存して進行する不定胚発生への新たたDNA合成との2つの段階から成ると結論された.