育種学雑誌
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イネの遠縁交配におけるF1不稔性を支配する複対立遺伝子
池橋 宏荒木 均
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1988 年 38 巻 3 号 p. 283-291

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抄録
先に著者ら(1984)は、AusおよびBulu群を含む栽培稲80品種を、インド型(IR36もしくはIR50)と日本型(ニホンマサリもしくはアキヒカリ)の検定品種にそれぞれ交配してF1不稔性を検討し,、Ketan Nangka、Calotoc、CPSL0 17などが両種の検定親と正常稔性を示す「広親和性」品種(WCV)であることを報告した。この実験に供試したインドネシアのJavanica品種24のうち、15品種は、インド型検定品種とF1不稔性を示し、日本型とは稔性を示す群(Banten群)であり、6品種は、両者とF1不稔を示す群(Penuh Baru群)であった。しかし、これらのインドネシア品種群相互間のF1不稔性はよく分かっていなかったのでまずこれを調査した。Penuh Baru群とした4品種は、いずれもKetan Nangkaと稔性を示した。Banten群の代表としたBantenとGamahは、Penuh Baru群の品種と正常稔性を示した。また、Penuh Baru群相互間でも正常稔性がみられた。この結果からこれらインドネシア品種相互間のF1は不稔性を示さないと結論された。次に、Penuh Baru群としたものはインド型と日本型の双方とF1不稔性を示すので、これに関与する遺伝子座が既報(IKEHASHI and ARAKI、1986)の第1連鎖群に属するS-5座にあるかどうかを検討した。この群がら程先色のないPenuh Baru IIを選び、その品種のF1不稔性を、IKEHASHI and ARAKI(1986)の方法で分析した。すなわち、インド型の検定品種としてIR36とIR50を、広親和性品種(WCV)としてKetan Nangkaを用いて、WCV/penuh Baru II//IR品種とWCV/IR品種//Penuh Baru IIという一対の「三品種交配」を行った。ここで、はじめのF1は正常稔性を示す組合せである。これらの三品種交配の後代の種子稔性を個体別に調査したところ、稔性群と半稔群は大体区別され、稔性群ではKetan Nangkaに由来するC(〓尖着色)およびwx(糯性)の遺伝子を持つ個体が大部分を占め、これらの遺伝子と稔性遺伝子との連鎖を示した(Table 3)。もしKetan NangkaのPenuh Baru IIおよびIR品種とのF1稔性が、それぞれ独立の遺伝子により支配されるのであれば、その2遺伝子の効果は、三品種交配において最後に、Penu Baruh IIを交配するか、IR品種を交配するかによって、別の座の遺伝子の効果として識別されるはずである。実際には双方の三品種交配を通じて同一の稔性遺伝子がCと密接に連鎖していることが認められた。したがって、これらの交配で稔性を支配する遺伝子は、既報(IKEHASHI and ARAKI、1986)のKetan NangkaのS-5nによるものと推定された。Penuh Baru IIと日本品種の間のF1は不稔性を示したが、その不稔性はCおよびwxの分離とは無関係であり、またその近傍のalk遺伝子の分離も正常であった(Table 4)。さらに、Penuh Baru IIと稔性を示すBanten群の品種がF1不稔遺伝子の行動について、日本品種同様の行動を示すこと(IKEHASI and ARAKl、1986)を考慮すると、Penuh Baru IIもS-5座ではS-5jを持と推定され、その日本品種との不稔性は別の遺伝子によるものと考えられる。したがって、IR品種のS-5座の遺伝子を既報のようにS-5jとすると、今回の結果は、S-5n/S-5jは稔性となり、S-5i/S-5jは不稔となることを明瞭に示したものと考えられる。以上の結果から、S-5座においては、少なくとも三種の複対立遺伝子があり、S-5i/S-5jでは対立遺伝子間の相互作用により、S-5jを持つ雌性配偶子が排除されるため半不稔性を示すが、S-5nはこれら2つの複対立遺伝子に中立であると考えられる。今後ハイブリッド品種の育成、遠縁交配育種などにおいて、この不稔緩和遺伝子S-5nの応用が期待される。
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