2020 Volume 1 Issue 1 Pages 1-2
バイオインフォマティクスは学際的な学問分野ですが、生物学や情報科学といった隣接分野からはその全体像を捉えるのは必ずしも容易ではありません。秋山泰博士による18年前のJSBiニュースレターの巻頭言では、その一因について以下のように考察しています:
「バイオインフォマティクスという複合的な学問には、大きな構造上の問題がある。問題というよりは性質と呼ぶべきだろうか。すなわち、縦糸としての膨大な分子生物学的な問題と、横糸としての多様な情報科学的な手法とがあり、その交点を深く掘り下げることで問題が解決していくという構図である。全ての縦糸と全ての横糸の知識を有する人間はまずいないが、できるだけ多くを知っておく必要がある。」(JSBiニュースレター No. 5, 2002年8月[1])
すなわち、縦糸側の生物学分野と横糸側の情報科学分野がそれぞれ多様であるため、現在どのような「交点」がどのくらいの「深さ」で掘り下げられているのかが、外からはなかなか見えづらいと考えられます。バイオインフォマティクスにおける「交点」の「深さ」、言い換えると、バイオインフォマティクス研究の最先端を把握するハードルを下げることができれば、隣接領域の学生や研究者がバイオインフォマティクスへ踏み出しやすくなるかもしれません。
これまで日本では、バイオインフォマティクスへと通じる様々な「高速道路」が作られてきました。例えば、バイオインフォマティクスの教科書は、古典的な内容を総合的あるいは専門的に学ぶことができ、バイオインフォマティクスを本腰を入れて学ぼうとする人にとって非常に有用です。また、有志の勉強会や学生・研究者個人のSNS投稿において、様々な粒度で個々の論文の内容紹介がなされています。さらに、バイオインフォマティクスの技術的側面、すなわち、ソフトウェアやウェブサービスとその使い方といったノウハウは、書籍・ウェブサイト・ブログ・講習会などを通じて積極的に発信されています。
一方で、バイオインフォマティクスの研究動向や潮流を俯瞰できる良質な日本語情報が、これまではありませんでした。そのため、バイオインフォマティクス研究者が今まさにどのような視座で世界を眺めているか、今後どのような発展が見込まれるかといったことが、隣接領域からなかなか見えづらいという状況がありました。
他の分野では、研究動向を俯瞰するための「場」として日本語総説の発信が精力的に行われています。例えば、日本生物物理学会では会員向け日本語総説誌『生物物理』を発行しています[2]。日本光合成学会では、学会誌『光合成研究』において解説記事として日本語総説を提供しています[3]。また、日本植物学会では、大会シンポジウムにおける先端的な講演内容をまとめ、植物科学の最新の話題を広く伝えるを目的とした和文総説集『植物科学の最前線(BSJ-Review)』を発行しています[4]。また、人工知能学会誌でも「私のブックマーク」というコーナーで、様々なテーマの日本語総説をウェブ公開しています[5]。さらに、現在は更新が終了しているものの、ライフサイエンス統合データベースセンター(DBCLS)による『ライフサイエンス新着論文レビュー』、『ライフサイエンス領域融合レビュー』は、細分化が進む生命科学の諸領域の研究成果や研究動向を分野外の人間にもわかりやすく伝えることを目指した意欲的な取り組みでした [6, 7]。
研究分野が細分化・複雑化する中、日本語総説は非専門分野の研究動向を把握するためのコストを下げることで、分野間の知的交流や越境を促し、分野の発展を推進できると期待できます。そこで、日本バイオインフォマティクス学会(JSBi)は、バイオインフォマティクスの研究動向を俯瞰する「場」として、日本語総説誌『JSBi Bioinformatics Review』を創刊しました。バイオインフォマティクス研究者の執筆した良質な日本語総説を発信することで、バイオインフォマティクス分野のみならず、生物学や情報科学といった隣接分野にバックグラウンドを持つ学生や若手研究者が、バイオインフォマティクスの「交点」やその「深さ」を垣間見る機会を提供します。分野外の人でも読みやすいように、図や用語説明が豊富に入っています。また、J-STAGEをシステムを利用し、パソコンや印刷体のみならずタブレットやスマホでも読みやすいように、PDFとHTMLで論文が読めるようになっています。『JSBi Bioinformatics Review』が、バイオインフォマティクスに興味を持つあらゆる立場の人にとって、その最先端に触れつつ、分野に足を踏み入れるきっかけになれば望外の喜びです。
『JSBi Bioinformatics Review』を立ち上げるにあたり、多くの方々に大変お世話になりました。特に、JSBi事務局(総務)の牛山絵美子氏、岩崎渉会長およびJSBi理事会・幹事会の方々、そして創刊号に論文を執筆いただいた齋藤裕博士、福永津嵩博士、そして査読者の方々にこの場を借りて感謝申し上げます。