医化学シンポジウム
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T-1. SMOINとキノホルム
井形 昭弘豊倉 康夫
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1971 年 10 巻 p. 74-77

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抄録

SMONは昭和30年ころから我国に発生し始めた疾患で, 今や全国的にみられるが, その臨床像は特徴的で既知のいかなる疾患とも異なり, 病理学的には炎症所見を伴わない偽系統的な変性が, 脊髄及び末梢神経を中心に見られ, 中毒ないし代謝障害に際しみられる所見に類似している.
本症とキノホルムの関係が注目されたのは, 本症に特徴的とされていた緑色物質の解明が端緒となったものである. 我々は先ず本症においてしばしば緑色舌苔1) や緑色便2) がみられ, これがSMONの神経症状と並行していることに注目し, その本態の究明を続けていた矢先, たまたま緑舌, 緑便に加えて, 著明な緑色尿を呈したSMON患者2例を発見し3), その沈査の中に多量の針状結晶を認めた. 田村教授らの努力によって, この結品は非抱合型のキノホルムであり, 緑色色素はこのキノホルムと鉄 (III) とが結合した錯化合物であることが明らかにされ4), ここにキノホルムが注目をあびることとなった.
この分析結果から, キノホルムがSMONの原因に関与しているとの推定が生まれ, 椿教授は疫学的事実からキノホルムの使用中止を厚生省に要望したが, 我々もこの点について種々検討を加えた結果, この推定を支持する多くの成績を得た.
SMONのキノホルム説を支持する我々の成績は次のごとく要約される.
(1) SMON患者のほとんど全員が発症前にキノホルムを服用しており, 服用していない例は東大関係で60例中3例, 戸田・蕨地区で50例中4例であった. 都内1病院においては手術後多発していたSMON患者全員 (34例) はいずれもキノホルム内服後発症しており, 非服用者からの発症は1例もみられなかった5)(Fig. 1).
(2) 戸田・蕨地区の疫学調査で, 同地区のSMON患者が発症直前に受診していた医療機関を調査したところ, そのほとんどは特定の2病院に集中し, これらの病院では同地区の他の医療機関に比べキノホルム使川情況に差があり, 1日量が多く, 投与期間が長いことを確認した.
そこで, 同地区のN病院でキノホルムの全服用者について調査したところ, 多量に服用した群にSMONが高率に発症していることが明らかにされた (Fig. 2). この関係はその後戸田・蕨地区以外でも推定さ得た. 一方, 小児に対するキノホルム投与情況を調査したところ, その頻度が少なく, 且つ1週間以上投与する例はきわめてまれであることを認めた(Fig. 3). このことから, 小児にSMONが少ないのはキノホルム投与量が少ないことがその大きな原因であることが推定できた.
(3) 家兎にヒトの30~50mg/kgのキノホルムを静注ないし経口的に投与したところ, 3~5週で全例に下肢の麻痺が起こり, 又, 麻痺発症に前後して, 腹部自律神経障害によると思われる鼓腸, 軟便が出現した. 更に剖検ないし生検による末梢神経の組織像はSMONのそれときわめて類似していた8).
以上の成績から, これをSMONの実験モデルと考えることが可能である (Fig. 4).
又, キノホルム0.59/kg経口投与後18時間における肝ミクロゾームのUDP-transglucuronidaseは2~5倍に上昇するが, 予めキノホルムを慢性に投与した家兎では上昇がみられなかった. このことからキノホルムの長期投与は肝解毒能に影響をもつことが推定できる.
(4) SMONの腹部症状をキノホルム投与開始の前後で比較してみると, 投与前は一般多元的な胃腸症状であり, 投与開始後SMONに特徴的と考えられている腹部, 鼓腸, 軟便, イレウス様症状が出現している. 特にキノホルム投与前全く症状がなく, 単に予防的な意味でキノホルムを服用し, 腹部症状, 次いで神経症状に発展したケースが少なからず認められたことは重要な事実と考えられる.
(5) 従来外国にはSMONがないと考えられていたが, 詳しく調べると, 最近, キノホルム中毒としてSMON類似症例が少なからず報告されている. これらの報告中, キノホルムとの因果関係を明確に述べたのはKaeser9)らの論文で, 長期の投与及び1日1.5g以上の投与は神経症状を起こす可能性があると警告している. これらの点から, 外国にもキノホルム中毒によるSMON類似症例はかなり存在している可能性が強い.
(6) 本年9月キノホルムの使用が中止になって以後, 5病院を集計して1例もSMON発症をみていない(Fig. 5).
以上の点から, SMONの大部分はキノホルム中毒として説明が可能であると推論した.
キノホルムを服用しないSMONの問題については, 調査の精度や診断上のチェックを除けば, 臨床症状に基づく診断と, 病因に基づく診断との誤差として説明し得る可能性がある.
又, 岡山等でみられた感染症を疑う二, 三の疫学的事実は, キノホルムの面からの詳しい検討の上判断されるべきであるが, キノホルム投与を必要とした伝染性下痢が存在した可能性もあり得る.
この他にもキノホルム説にとってなお未解決の問題が二, 三残されており, 今後の解明に待たねばならないが, キノホルムがSMONの原因である可能性はきわめて大きいものと考えられる.

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© 日本臨床化学会
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