日本歯科衛生学会雑誌
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総説
未来につなぐう蝕予防戦略として周産期からの母子保健の可能性を探る
仲井 雪絵
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2024 年 18 巻 2 号 p. 6-13

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はじめに

2019年の世界疾病負荷(Global burden of disease: GBD)研究1)によると,全369種類の傷病の中で有病者ランキング1位は「永久歯のう蝕(未処置)」であった。そして0~14歳児における有病者数は「乳歯のう蝕(未処置)」が第1位であった。過去のGBD研究2),3)を加味すると,数十年にわたり世界的に高いう蝕有病者率と個人・社会が抱える大きな経済的負担が続いている。感染症の視点に立てば,口腔感染症は世界的なパンデミック状態だと換言できる。また令和4年度歯科疾患実態調査の結果によると,わが国では小児期を含む若年齢層の有病者率は年々減少の傾向を示している。しかし他方では,成人期のう蝕有病者率は増加の一途をたどっている4)。宿主である子ども達にとって,周りにいる成人達のう蝕罹患が悪化し感染リスクが上昇している現実は,けっして対岸の火事ではない。わが国の小児におけるう蝕有病者率は,過去と比較すれば減少を認めるものの,他国との比較において優れているとは言い難く5),満足できる現況ではない。今後わが国の小児う蝕について地域格差の是正と共に国際的な水準の向上を目指すためには,保健指導や口腔衛生管理のターゲットを成人に拡充し,科学的エビデンスに裏打ちされた方法を用いて子ども達への感染リスクを低下させる必要があると考える。

う蝕のプロセスには感染症的側面と生活習慣病的側面がある。う蝕をnon-communicable diseases(NCDs:非感染性疾患,いわゆる生活習慣病)と位置付け,食事指導や刷掃指導に注力し生活習慣の改善を図り,フッ化物応用等の予防対策を実施することは重要である。世界保健機関による定義では,NCDsはがん,糖尿病,心血管疾患,呼吸器疾患などをはじめとする慢性疾患であり,NCDsの間の共通リスク因子(ショ糖摂取,喫煙,アルコール摂取,口腔清掃不良,その基盤となる社会的商業的決定要因など)にアプローチし,効率的に改善を図る考え方が着目されている6)。う蝕をNCDとして扱えば他のNCDsと包括的施策として統合的に展開できるため政策的には都合が良いといえる7)。また,う蝕を感染症ではなくNCDとして認識することを推奨する論文も散見する8)。う蝕発症のプロセスをライフステージに当てはめて俯瞰すると,感染症的側面に介入する期間よりも生活習慣病的側面に対峙する期間の方が圧倒的に長いため,う蝕をNCDと見なす動向は合理的なのかもしれない。

筆者は,う蝕プロセスにおける「川の上流(upstream)」9)たる感染症的側面にも対策を講じることにより,より一層の予防効果が期待できると考える。

本稿では,出生前から母親に対して実施する予防的介入が,子のう蝕原性細菌の獲得防止ならびに小児う蝕(early childhood caries: ECC)の発症予防に有効であるエビデンスを紹介すると共に,周産期からの母子保健の意義と今後の展望を述べたい。

ミュータンスレンサ球菌の伝播と生態学的プラーク仮説

平成初期の頃(1994年),う蝕はミュータンスレンサ球菌(mutans streptococci; MS菌)など特定の細菌種に引き起こされるのではなく,プラークを構成する細菌叢の不均衡によって発症するという「生態学的プラーク仮説(ecological plaque hypothesis)」10)が提唱され,近年は新たなカリオロジーとして認知されている。その機序として,まず頻繁なショ糖摂取が環境ストレスとなってプラーク中のpHが低下し酸性の環境に変化する。その環境が続くと次第にMS菌や乳酸桿菌(lactobacilli; LB菌)などの酸産生能および耐酸性能を有する細菌種が生存・増殖するのに有利となる。そしてプラーク中の生態系の均衡が破壊されう蝕原性の高い細菌叢にシフトし,やがてエナメル質に脱灰が生じる。要するに,食事因子が駆動力となりプラーク中の環境と生態系が変化することによってう蝕が発症する,という理論である。

ここで強調しておきたいこととして,う蝕が単一病原体による疾病ではないことは,生態学的プラーク仮説よりも以前から認知されており,特段の新知見ではない。MS菌は糖を基質として酸を産生するが,他にも酸を産生する口腔内細菌は多く存在する。MS菌は多量の不溶性グルカンを産生し歯表面への固着を強め,周囲の細菌を巻きこんでプラークを形成する。単独ではう蝕を誘発できない細菌でも,プラーク中に巻き込まれたまま酸を産生すればう蝕の発症や重症化に貢献する。LB菌はMS菌よりも強い酸を産生し耐酸性度も大きいが,不溶性グルカンを産生しないため,自浄作用が働く部位において単独でう蝕を誘発することは困難である。それゆえMS菌は主にう蝕の発症・進行に関係し,LB菌はう蝕の進行・重症化に関与するものとして認識されてきた11),12)。その理論を基盤とするカリオスタット試験(CAT)12)は,MS菌に特化せずプラーク内に含まれる細菌叢が高濃度(20%)のショ糖存在下で発揮する酸産生能を評価するう蝕活動性試験として,昭和50(1975)年頃わが国で誕生した。CATは単一の細菌種に着目した検査ではないため,微生物学的に根拠が薄弱だという批判が当時は少なくなかったが,CAT値は臨床的所見とよく整合し,その値の改善にはショ糖摂取を中心とした食習慣の改善が不可欠であることが臨床家の間で支持されてきた。近年の生態学的プラーク仮説に照合してCATの本質を鑑みると,プラーク検体に一定の負荷(高濃度ショ糖の存在下,37℃で2日間培養)をかけた条件下で生じうる環境変化(environmental change)を評価するものだと解釈できる。そう考えてみれば生態学的プラーク仮説は,わが国においては昭和の昔からCATに体現されており,われわれにとっては大変馴染みのある概念だといえる。

その生態学的プラーク仮説の舞台となるプラークはMS菌が産生する不溶性グルカンで構成されているため,同仮説の前提となる生態系にはMS菌が既存する。しかし,生まれたばかりの赤ちゃんの口腔内にMS菌は存在しない。したがって同仮説は,出生後に様々なプロセスを経て獲得された多種類の口腔細菌が群衆として宿主と均衡する関係性を構築した後,すなわち口腔細菌叢がclimax communityを形成した後に成立する事象だと考えられる。種々の細菌が口腔内に侵入してclimax communityを形成するまでの段階,すなわちMS菌等が獲得される時期に,感染源となりうる対象者に予防介入を行うことでECC予防の効果が得られるのも事実である。う蝕が感染症とNCDの性質を有するユニークな疾病である認識は変わらない。世界中の子ども達をう蝕から守るためには,理論を並べるだけではなく科学的に有効性が実証された具体的なう蝕予防法を1つずつでも提供することが,われわれ口腔保健学を研究する臨床家の責務であると考える。

小児う蝕(ECC)予防における母子保健の意義とprimary-primary prevention

先行研究によると,母と子それぞれに検出される口腔内細菌叢の類似性は高く13),母親の未処置う蝕やS. mutansが多いほど子のう蝕リスクは上昇する14),15)。また子の食事習慣や保健行動は,親・養育者の口腔衛生に関する知識・行動,考え方の影響を受ける16),17)。子が獲得する口腔内細菌,食習慣や刷掃習慣の形成ならびに定着化において母親の役割は明らかに重要である。Fisher-Owensら18)による小児う蝕の概念モデルに,母親が関連する可能性のある要因が強調された修正モデル19)を図1に示す。小児のう蝕発症に係る生物学的因子と環境因子の大部分は母親から影響を受けるため,母親に対する保健指導や口腔健康管理の意義を示唆している。

図1

小児の口腔健康に影響を及ぼす本人,家族,地域社会に関する要因(Fisher-Owens概念モデルの修正版) Xiao, et al, 201619)におけるFig.1.を筆者が和訳した。 アスタリスク()を付記した要因は,母親に関連する要因である。

北欧では,MS菌の母子伝播を予防するために妊娠期から母親に保健指導や予防処置を行うことを「プライマリー・プライマリー・プリベンション(primary-primary prevention)」と呼び,30年以上も前からECC予防の最先端戦術として知られている20)

ECC予防に寄与する要因を再考する

小児のう蝕有病者率が減少した要因は一体何であろうか?巷間言われているフッ化物含有歯磨剤の高い普及率も一因であるかもしれない。しかし,それでは成人う蝕の増加が説明できない。やはり1960年代の「むし歯の洪水」と呼ばれた時代から先人達によって自治体の乳幼児歯科健診や歯科医院における保健指導や口腔健康管理,また学校等における保健教育が長年繰り返され徐々に行きわたり,さらに早期から歯科医院を定期受診しフッ化物歯面塗布やリスクを考慮した予防処置を適切な時期に受療する環境が一般的になってきたこと等が考えられる。いわゆるう蝕プロセスの生活習慣病的側面に対する長年の取り組みが功を奏したといえる。今後ECCの地域格差の縮小と激減を目指すには,従前どおりの取り組みでは足りない。感染症プロセスに対処する予防対策にも注力する必要があるのではないか?筆者らの研究グループでは,ECCの発症抑制効果における感染症対策と生活習慣病的対策の寄与度を検証する必要があると考え,歯科医院を受診した3歳児を対象に症例対照研究を実施した21)。3歳時の「カリエスフリー(う蝕無し)」をアウトカム変数とするロジスティック回帰分析を実施したところ,「妊娠中の歯科保健指導」ならびに「フッ化物塗布を含む定期健診」の2項目が有意な関連性を示す説明変数として抽出された。3歳時のカリエスフリーに寄与した2項目の調整オッズ比(Adjusted Odds Ratio: AOR)を図2に示す。妊娠中に母が歯科保健指導を受けると,そうでない場合と比べて3.27倍カリエスフリーになりやすく,また,定期的に歯科受診をしている子は,そうでない子と比べて3.42倍カリエスフリーになりやすい。「妊娠中の歯科保健指導」ならびに「フッ化物塗布を含む定期健診」を,それぞれ「感染症」プロセス,あるいは「生活習慣病」プロセスへの介入と捉え,調整オッズ比の数値を「カリエスフリーをもたらす寄与度」と解釈すると,3歳時までのう蝕予防において感染症対策は生活習慣病対策とほぼ同程度の寄与度を有することが示唆された。ECC予防において,妊婦をターゲットとして感染症的側面に焦点を当てた予防介入を実施する意義は大きいと言える。

図2

カリエスフリー(3歳時)への寄与度 (Nakai, et al, 201621)より数値を引用し作成) 3歳時の「カリエスフリー(う蝕無し)」をアウトカム変数とするロジスティック回帰分析の結果,「妊娠中の歯科保健指導」ならびに「フッ化物塗布を含む定期健診」の2項目が有意な関連性を示す説明変数として抽出された。「妊娠中の歯科保健指導」ならびに「フッ化物塗布を含む定期健診」を,それぞれ「感染症」プロセス,あるいは「生活習慣病」プロセスへの介入と捉え,調整オッズ比の数値を「カリエスフリーをもたらす影響力(寄与度)」と考えると,感染症プロセスへの介入効果は小さいものではなく,生活習慣病としての予防介入とほぼ同程度の寄与度を有することが示唆された。

う蝕原性細菌の感染(伝播予防)対策とその困難性

MS菌の伝播予防に関する基本方針として,次の3つの軸が挙げられる22)

① 『感染源になりうる家族(特に母親)のMS菌数を減少させる。』セルフケアの指導に加え,定期的にプロフェッショナルケアを受療することを推奨する。

② 『感染経路を遮断する。』感染経路として,噛み与え,お箸・スプーンの共有,口へのキス等が認知されている。それらの行為を控えるよう指導する。

③ 『子にショ糖を与えるのを控える。』歯の萌出前でもショ糖はMS菌の定着促進因子として作用するため,ショ糖含有飲食物を子に与えないよう指導する。

筆者らの研究グループは,妊婦107名を対象とした介入研究23)の一環として妊娠中に小児歯科専門医より上記①②③を包摂する保健指導を受け,すでに知識を有している母親に対し,出産後1年6か月時に保健行動の実態を調査した。「現在お子さんとお食事される時,同じお箸やスプーンを共有されていますか?」の問いに対して「いいえ」と回答した者は2~3割であった(図322)。また「ジュースや清涼飲料水等お砂糖(ショ糖)の入った飲み物をお子さんに与えたことがありますか?」の問いに対して「いいえ」と回答したのは2割未満,さらに「アメやクッキー等お砂糖(ショ糖)の入った食べ物をお子さんに与えたことがありますか?」に対して「いいえ」と回答したのは1割未満と極めて少数であった(図422)。本調査結果より,出産前から「感染経路を断つ」「宿主(子)にショ糖を与えない」のが望ましい行動だと理解していても,多くの母親にとって実践と継続は極めて困難だと推察される。つまり感染経路の遮断等にこだわっていては,得られる成果は限定的なのである。そこで,実践可能で成果を得る確度の高い介入方法が求められる。

図3

感染経路の遮断は容易では無い (仲井22)より引用) 妊娠中の保健指導によって知識をすでに有している母親に対し,出産後1年6か月時に「現在お子さんとお食事される時,同じお箸やスプーンを共有されていますか?」と質問した。「いいえ」(望ましい行為)と回答した者は2~3割であった。すなわち大部分(7~8割)の者は,してはならないと理解していてもお箸等を共有してしまったのである。

図4

ショ糖の制限は容易では無い (仲井22)より引用) 出産前から「宿主(子)にショ糖を与えない」のが望ましいと理解していても,大多数の母親にとってその実践は極めて困難だと推察される。

出生前の介入とMS菌の母子伝播予防,ECC予防に関するエビデンスの現状

これまで多くの研究により,母親に対する様々な介入方法について,子の口腔健康の獲得に有効であるかどうか検証されてきた。ここでは,これまでの臨床研究を広く収集し,エビデンスを公平にまとめ上げたシステマティック・レビュー3編を紹介する。第一に,出生前介入のMS菌母子伝播予防効果を検証した最初のシステマティック・レビュー(SR)を挙げたい24)。このSRの目的は,妊娠期にフッ化物,クロルヘキシジンならびにキシリトールを応用した口腔健康管理の有効性を文献的に評価することであった。系統的な検索によってスクリーニングされた1078編のうち,最終的に選択された研究はキシリトール配合ガム23)およびフッ化物・クロルヘキシジン洗口剤25)を介入方法とした2編であった(表1)。第二に,MS菌の母子伝播予防に対するキシリトール配合ガムの効果に関するSR26)を挙げる。抽出された212編のうち最終的にメタアナリシスに組み込まれた11編は,5つの研究から成る(表223),27),28),29),30),31),32),33),34),35),36)。メタアナリシスで示されたリスク比の値26)から,母親がキシリトールを摂取した群の子どものMS菌検出率は非摂取群よりも,生後6~9か月時において56%減,12~18か月時では46%減,24か月時は40%減,36か月時は44%減,そして60か月時は39%減であった。MS菌の定着防止においてキシリトールは有効であり,その効果は比較的長期間持続することが示された。第三に,出生前に母親に実施した口腔健康管理・予防介入がMS菌の母子伝播のみならずECC発症を予防する効果を検証したSR19)を挙げる。抽出された4026編のうち,ECCをアウトカムとしてメタアナリシスに組み込まれたのは4編であった(表3)。介入方法の相違にかかわらず,出生前に母親が予防介入を受けた群の子どもは,受けなかった群の子どもよりECCの有病者率が低かった。特にGünay38),Plutzer39),Nakai21)の研究では,ECC発症が有意に低く抑制された。そして,これら3つのSRに本邦の研究が選択されていることを特筆したい。

表1

出生前介入のMS菌母子伝播予防効果を検証したシステマティック・レビューで選択された2研究の概要(Muthu, et al, 201524)をもとに作成)


表2

MS菌の母子伝播予防におけるキシリトール配合ガムの有効性に関する11編(5研究)の概要(Lin, et al, 201626)をもとに作成)


表3

母親が妊娠中に口腔衛生管理・予防介入をうけた子どものう蝕発症のオッズ比(Xiao, et al, 201619)をもとに作成)


以上のSRとメタアナリシスにより,母親に対する出生前の口腔健康管理によってECC発症リスクを制御できることが示唆された。この結果は,う蝕が世代間でcommunicableな特性を有している事実とプライマリー・プライマリー・プリベンションの意義をわれわれに確認させてくれるものである。

おわりに

プライマリー・プライマリー・プリベンションの対象者を妊婦(母親)だけに限定するのではなく,「家族」さらに「地域社会」に拡大し,家族構成員や地域住民が同じコミュニティに生きる子ども達の口腔健康のために自分自身の口腔健康維持・改善を目指す考え方を「マイナス1歳からはじめるむし歯予防」22)として筆者は啓発している。「皆は一人のために」「一人は皆のために」。自分にとって大切な人の口腔健康のために,まず自身の口腔を健康にしよう,という発想である。また妊娠する前から学校教育やプレコンセプションケアに包摂し,次世代に口腔と全身の健康をつなぐ意識を醸成し継承にみちびく視座が重要だと考える。

本論文は,日本歯科衛生学会第18回学術大会(2023年9月18日)における教育講演「未来につなぐ齲蝕予防戦略として周産期口腔保健の可能性を探索するーマイナス1歳からはじめるむし歯予防ー」の講演内容に基づく。

本論文の内容に関して,開示すべき利益相反関係にある企業などはない。

References
 
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