Equilibrium Research
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シリーズ教育講座「めまい診療 知っておくべき中枢疾患」
10.椎骨脳底動脈循環不全とめまい
山中 敏彰
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2024 年 83 巻 1 号 p. 1-10

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Translated Abstract

Vertebrobasilar insufficiency (VBI) is a brief episode of reversible neurological deficits caused by transient ischemia of the brainstem due to impairment of the vertebrobasilar arterial system.

The most common causes of VBI are atherosclerosis, which can block the posterior circulation supplying the brainstem, embolism arising from the heart and proximal vertebral and basilar arteries due to arrhythmias, as well as by hemodynamic disorder associated with changes of the blood pressure.

Patients with VBI frequently present with vertigo and disequilibrium as the primary symptoms, associated with neurologic symptoms and signs, including double vision, loss of vision, gait ataxia, face and limb numbness, weakness, dysarthria and oropharyngeal dysfunction. Posterior circulation strokes are often characterized by fluctuating symptoms and signs, depending on the area of the brain that is ischemic.

It is crucial to examine the pathological condition of the vessels in the vertebrobasilar system to evaluate the blood flow hemodynamics and vascular morphology in patients presenting with episodes of VBI by ultrasonography, magnetic resonance angiography, and CT angiography. VBI is usually treated with drugs that improve the cerebrovascular circulation and metabolism, antiplatelet agents, etc.

VBI should be considered in the differential diagnosis in patients presenting with recurrent vertigo, and early diagnosis is important. Patients with VBI might require careful follow-up and treatment for preventing the progression of vertigo and other neurological deficits in the vertebrobasilar arterial region. Further discussions are needed to consolidate the diagnostic criteria, as well as the concept and pathogenesis of VBI associated with vertigo in the future.

 1.はじめに

椎骨脳底動脈循環不全(Vertebrobasilar insufficiency: VBI)は椎骨脳底動脈系の一過性の脳血流低下により1)~3),同領域に関連する脳神経症状が出現し,責任部位に該当する脳梗塞などの器質的異常がみられないという臨床的特徴を有する疾患である4)5)。VBIは,めまいを主症状とすることが多く,めまい診療においてしばしば遭遇する疾患である。しかし,VBIにおけるめまいをどのように解釈しどのように評価するか明確に定まっていない部分もある。なかでも,めまい単独での発症の場合には,診断に難渋し,しばしば原因不明のめまいとして取り扱われている。本稿では,めまい発症VBIの病態と症候学的特徴,診断基準と診察法,さらにめまい単独症例に対する対応について解説する。

 2.定義と概念

VBIは,椎骨脳底動脈系の器質的あるいは機能的な異常により,脳幹や小脳を主体とした同支配領域に血流障害さらには虚血が生じる病態を表す総称である1)~3)。古くは1800年後半から脳幹で形態的な血管障害の存在が知られていたが6)7),その後1946年に,実際に椎骨・脳底動脈で血管障害のみられた症例(剖検例)でめまい,平衡障害をはじめ,脳幹性の多彩な神経症状が一過性に出現し,予後は決して悪くないという臨床的特徴が述べられている8)9)。この報告に端を発して,椎骨脳底動脈の循環不全がvertebral-basilar insufficiency:VBIと呼称され10)11),一つの疾患(症候群)単位として概念化されて12)世界的に広く認識されるようになった13)14)。このような歴史的経緯から,疾患としての概念は症候論的には一過性脳虚血発作(Transient ischemic attack: TIA)15)と合致するところが多いので,VBIの大部分を椎骨脳底動脈系のTIAとほぼ同じとみなすことができる4)16)17)。TIAは脳血管障害の一型ではあるが,脳梗塞巣を呈さないものと定義されているので,VBIも脳卒中には含まれない区別された疾患単位となる。但し,TIAの基準に該当しない場合でも,椎骨脳底動脈系の血流障害の存在が直接証明できれば,VBIとみなすことができる。

 3.病態・病因

VBIは,脳幹の血管障害が生じて一過性の可逆的な脳神経症状を引き起こす,症候ベースの疾患群であることから,様々な病態・病因が考えられている1)2)16)。いままでの歴史的な変遷のなかで,脳幹性の神経症状が生じる循環障害症例の剖検により脳底動脈の脳幹穿通枝においてアテローム性動脈硬化から起こる血栓と塞栓が確かめられた7)8)ことから,血管攣縮は否定され,椎骨脳底動脈における塞栓や血栓などの形態的な血管障害が病態・病因として考えられるようになった。その後,脳底動脈閉塞疾患に低血圧負荷をすると脳波異常を誘発したこと18)や真性多血症の血液粘性亢進がみられた症例でVBIが発症していることから19),血圧や血液粘性など血行力学的な循環障害が関与することが示唆されようになっている。一方で,VBIのなかに椎骨動脈のアンギオグラフィーにより頸椎の骨棘や変形による椎骨動脈の圧排像が確かめられ20)21),また,椎骨動脈起始部の奇形や前斜角筋の肥厚のため頸部の伸展・回旋時に椎骨動脈が圧迫を受けるPower症候群17)や大動脈炎症候群(高安病)が鎖骨下動脈盗血現象からVBIを引き起こすことも報告され22),椎骨動脈の物理的圧迫や血管自体の異常によりVBIに至ることも知られている。

以上のような椎骨脳底動脈系の支配領域に虚血を引き起こす病態から,①椎骨脳底動脈系の動脈硬化などによる狭窄・閉塞や②心原性/非心原性の塞栓,③血圧変動などによる血行力学的な異常,他にも,④椎骨動脈の器械的圧迫や⑤椎骨動脈の乖離,血管奇形,血管炎などの血管自体の異常が,VBIの病因とされている3)5)15)23)図1)。また,VBI発症の素因として 年齢,生活習慣,動脈硬化,低血圧,貧血,頸椎症などがあり,増悪因子として過労,疲労,抑うつ,狭心症などが挙げられている24)

図1  椎骨脳底動脈系とVBIの病因・病態

 4.臨床症状の特徴

 1)めまい症状

(1)時間:持続時間について診断基準では,各脳神経症状は24時間以内に消失とされているが,実際には60分以内のことが多く,そのほとんどが15分以内である25)26)。めまいが60分以内の症例はVBI全体の約85%に認められており,そのうち約9割が20分以内との報告がある5)16)

(2)頻度:めまいが発生する頻度はさまざまであるが,急性期には繰り返し発症することが多い25)。時間単位の発作反復が約20%,日単位が30%,週単位が約40%の症例にみられ,9割近くの症例が1か月の期間内でめまいを繰り返している調査もある5)16)

(3)誘因:頭位変換や頸部回転/捻転(左右,上下),起立により誘発されることが多いが,自発的にも生じる16)

 2)随伴症状

椎骨脳底動脈領域に関連した脳神経症状が随伴する。複視,霧視などの視覚異常,顔面,舌,上肢などのしびれ,味覚障害などの感覚障害,さらには構音障害,嚥下障害,片麻痺などの運動障害として出現する1)~5)。視覚症状が最も多く,感覚障害や構音障害がそれに次ぐ。失神性の意識障害のみではVBIとみなされない。聴覚障害の発症はVBIでは少ないとされているが,前庭系に隣接する蝸牛-蝸牛神経核が血流障害の影響を受けて,症状を発生させる可能性は多分にある。実際にVBIの約15–20%の症例に難聴を合併するという報告がある4)27)。このようなめまいと難聴の発症頻度の違いには虚血に対する前庭系と蝸牛系の脆弱性の違いが関係するとされている28)29)。蝸牛症状を伴うめまいでも脳血管障害に特徴的な性状であれば,VBIも鑑別の一つにあげることが大切である。

 5.診断基準

椎骨脳底動脈系の器質的な障害や血行力学的な異常など,病因がはっきりしている場合には,VBIとしての診断は容易である。しかし,そうでない場合には,椎骨脳底動脈系のTIAの診断基準に準じて症候学的に診断を行う。従来,TIAの診断基準には,椎骨脳底動脈由来の脳神経症状が出現して24時間以内に消失し,責任病巣に一致する器質的病変がみられないことが条件とされている30)31)表1)(表2)。近年,海外では,TIAの多くが1時間以内の発症であるという臨床的事実から,症状の時間制限を1時間未満に短縮している25)。その一方,1時間未満でも脳梗塞が見いだされるケースが数多く知られるようになってきていることから組織傷害の有無に基づく定義に変更することも提唱されている26)

表1 旧厚生省循環器病委託研究班による一過性脳虚血発作の診断基準30)

(1)臨床徴候
1.脳虚血による局所症状が出現するが,24時間以内(多くは1時間以内)に完全消失する。
2.症候は急激に完成し急速に緩解することが多い。
3.出現しうる症候は多彩であるが,内頸動脈系と椎骨動脈系に大別しうる。
a.内頸動脈系
a)片側性の運動麻痺,感覚障害が多い。
b)失語,失認などの大脳皮質症状をみることがある。
c)発作を反復する場合は同一症候のことが多い。
d)脳梗塞へ移行しやすい。
b.椎骨脳底動脈系
a)症候が片側性,両側性のいずれの場合もありうる。
b)脳神経症候(複視,めまい,嚥下障害など)を伴うことがある。
c)発作を反復する場合には症候の変動がみられる。
d)脳梗塞に移行することは少ない。
(2)CT所見
1.責任病巣に一致する器質的病変はみられない。
2.偶発的に器質的病変が認められるも症候発現と無関係であると判断しうる場合には「一過性脳虚血」と判断しうる。
(3)その他
1.脳血管撮影では頚部動脈の硬化性変化(狭窄,潰瘍形成)がみられる。
2.頚部エコー検査などにより,頚部動脈に壁在血栓を確認しうることあり。
表2 TIAと考えにくい症候31)

特徴的でない症候
a.意識障害(椎骨脳底動脈系の症候を伴わないもの)
b.強直性/間代性痙攣
c.全身の複数の領域に広がる症状
d.閃輝性暗点
単独ではTIAとみなされない症候
a.全身に広がる感覚障害
b.回転性めまい
c.浮動性めまい
d.嚥下障害
e.構音障害
f.複視
g.尿失禁、便失禁
h.意識障害を伴う視力障害
i.片頭痛に伴う神経巣症状
j.昏迷状態
k.記憶障害
l.脱力発作

本邦においては,近年の厚生労働科学研究費によるTIA研究班によって,画像所見に関しては,梗塞巣などの器質的病変の有無を問わないことに変更されていた32)。しかし,最近(2019年),日本脳卒中学会より,「局所脳または網膜の虚血に起因する神経機能障害の一過性のエピソードであり,急性梗塞の所見がないもの。神経機能障害のエピソードは,長くとも24時間以内に消失すること。」と提言され(一般社団法人日本脳卒中学会作成:TIAの定義について。https://www.jsts.gr.jp/img/tiateigi_201910.pdf(2019年10月12日版)),それを受けて2021年の脳卒中治療ガイドラインでも,この提言が補足事項として明記され,「梗塞巣のあるTIA」という概念はなくなっている33)。現在では,time(時間)ベースではなく,脳梗塞巣が否定できないとTIAとみなされないtissue(器質病変)ベースの診断基準となっている(表3)。

表3 TIAの新診断基準33)34)

(1)臨床症状
24時間以内に消失する,脳または網膜の虚血による一過性脳神経症状
(2)画像所見
画像上,梗塞巣などの器質的病変なし

この規定に準拠すると,めまい発症のVBIを診断する際にも,①24時間以内のめまいと1つ以上の脳神経症状,②画像上,脳梗塞の所見がないもの,の2項目から成る基準を提唱することができる(表4)。この改訂を受けて筆者の提唱するVBI診断要項5)34)もtissueベースにmodifyし,器質的評価を必要としている。

表4 TIAの新基準に基づく,めまい発症VBIの診断基準案(提案)

A めまいの原因となる椎骨脳底動脈系の循環障害の存在
B (1)臨床症状
24時間以内に消失する,椎骨脳底動脈系の脳虚血によるめまいと脳神経症状
(2)画像所見
画像上,梗塞巣等の器質的病変なし
*AかBのいずれかの条件を満たす場合にVBIと考える

 6.診察の手技と手順

 1)問診

めまいについては,発症時間,誘因条件,性状,頻度を詳細に問診し,VBIの特徴に合致するかを評価する。また,めまいに随伴する症状はVBI診断のキーポイントとなるので,椎骨脳底動脈系に由来する脳神経症状の有無を聴取する。筆者の経験上,視覚症状を新聞が読みつらい,構音障害を歌が歌いにくい,味覚障害を味付けがおかしい,嚥下困難を食事が遅くなった,と訴えることがあるので,聴取の仕方を工夫して随伴症状の探索に注力することが大切である。また,脳卒中のリスクファクターとされる併存症や既往症,嗜好歴も確認する。とくに,高血圧,脂質異常,糖尿病,不整脈などの心疾患,脳血管障害の併存や既往,喫煙歴,心理的ストレス,運動の有無を確認することは非常に重要である35)

 2)検査

(1)聴・平衡機能検査

末梢の前庭機能障害を除外するとともに,中枢前庭系の機能を調べて,VBI発症との関連性について評価する。

(2)血液検査

脂質異常や糖尿病,高フィブリン血症,血液凝固能亢進など血流異常に寄与する背景疾患を調べる。これらは直接VBIの診断につながらないが,リスクファクターとしてVBI発症への関与や予後の評価に役立つ36)37)

(3)心電図

塞栓の主な原因となる心臓内血栓を形成する病態(心房細動など)がないかをチェックする15)

(4)CT

急性期には頭部CTを行い,責任病巣に一致する器質的脳血管障害(脳出血など)がみられるか否かをチェックする。脳内の重篤病変のルールアウトに加え,VBIの診断に有用な検査である38)

(5)MRI

MRI拡散強調画像(DWI)により発症数時間内の急性梗塞像を検出することができる。施設的に可能であれば積極的に行うことが勧められる。新鮮病変が検出された場合,VBI/TIAは除外される15)。VBIの診断に必要な検査となる。

(6)Magnetic Resonance Angiography(MRA)/Computed Tomography Angiography(CTA)(図2

図2  VBIにおける椎骨脳底動脈のMRA(左図)と超音波ドップラー検査(右図)

A.正常所見

B.MRA:左椎骨-脳底動脈合流部の閉塞(矢印)

超音波ドップラー検査:椎骨動脈血流速度の低下

非侵襲的に椎骨脳底動脈の形態的異常を調べる。動脈内の狭窄や閉塞,走行異常など,VBIの診断に有益な情報を提供する。MRAは脳血管造影検査の結果との合致性が高いとされ,感度93.9%,特異度94.8%との報告もあり39),脳血管造影検査の有用な代替検査として用いられている。

(7)超音波(血流動態)検査

超音波検査は簡便かつ非侵襲的に血管評価を行うことができ,血管異常や塞栓源の検出にも有効である。超音波ドップラー検査は椎骨脳底動脈の血流動態(血流量,血流速度)を計測し,血行力学的なVBIの診断に役立つ(図22)40)

(8)血圧検査(起立検査)

VBIの発症リスクファクターのひとつである高血圧の有無を調べる。同時に胴囲測定値と血液検査のデータを併せてメタボリックシンドロームを合併しているかチェックする36)。また,起立検査により血流動態に影響を及ぼす血圧変動や脈拍変動を評価する41)。椎骨脳底動脈系の血流動態に影響する起立性低血圧や体位性頻脈症候群の診断に有益である42)

(9)脳血管(カテーテル)造影検査

椎骨脳底動脈の状態を正確に把握するのに最も適しており,より確定的な診断に貢献する。頸部の回転,・過伸展により椎骨動脈の狭窄や走行異常(屈曲kinking,coiling)などがないかチェックする。侵襲性の高い検査であるため最終手段として用いられているが,めまいが頻発するなど,重症化したVBIに対しては施行を検討する。

 3)診断手順

TIAの診断基準に則ると,梗塞などの器質的病変を伴わないことが条件とされていることから,VBIの診断には脳CT/MRI検査が必要となる。しかし,これらの検査を行える施設環境にない場合には,問診レベルで症状の聴取から症候学的にVBIを疑うことができる。

また,上記検査モダリティのうち血圧検査や血液検査,心電図検査により,高血圧,脂質異常,糖尿病,不整脈が確認できれば,VBIの可能性を考える。起立検査(シェロング検査)で起立性低血圧や体位性頻脈症候群があれば,血行動態性のVBIが示唆される。

 7.経過と予後

VBIの自然経過については,前向きに調査した報告がないことからもよく分かっていない。抗血栓療法を行っている,椎骨脳底動脈の頭蓋内狭窄をもつVBIでは,再発フリーの生存率が1年で86%,2年で81%と報告されているが43),めまい発症のVBIがこれと同様のリスクを有するかは不明である。耳鼻咽喉科を受診するVBIは軽症のことが多いが,なかには重症化するケースが存在する。TIAでは,リスク評価に使われるABCD2(A:年齢,B:血圧,C:臨床症候,D2:発症時間と糖尿病)の高スコア化で脳梗塞発症リスクが高くなること44)やVBIの発症頻度がメタボリックシンドロームの合併で上昇することが報告されていることから35)36),高齢(60歳以上)で高血圧,脂質異常,糖尿病を合併し,めまい発症時間が長く,数種の脳神経症状が随伴する場合には,VBIにおいても予後不良となることが予測される。

 8.治療

VBIはTIAと同様の病態と考えられる部分があるので,TIAに準じる治療が考慮される5)。TIAに関する治療ガイドライン33)では,椎骨脳底動脈系が特異的に区別されていないが,重症度が高く予後が不良と予測される場合には脳血管診療科による治療が必要となる5)15)。ここでは,耳鼻咽喉科医の診療範囲において,めまいを発症するVBIに対するひとつの治療手順について解説する。図3にVBIにおけるめまい発症機序のフローチャートと薬物の作用点を記す45)

図3  VBIによるめまいの発症アルゴリズムと薬物の作用点

 1)急性期

めまいの軽減と再発の予防が主な治療目的となる。めまいに随伴する脳神経症状が重篤(意識障害,けいれんなど)の場合には,脳血管障害そのものの治療が優先され,脳血管系の専門科へ早急のコンサルトが必要となるが,そうでない場合にはめまいを引き起こす病態に対しての治療が行われる。急性期には中枢前庭系の機能障害が急速に発生しているので,前庭系の機能改善維持薬(A:ビタミンB12,ATP)や脳神経保護薬(F:エダラボン),脳循環代謝改善薬(B:ニセルゴリン,イブジラスト,イフェンプロジル)を使用して,機能障害からの回復とその進行を防ぐ。同時に,めまいに対しての対症療法(H:ベータヒスチン,ジフェニドール,ベンゾジアゼピン系抗不安薬,ジフェンヒドラミン)も行う。脳卒中への移行リスクが高い症例に対しては,抗血小板薬(D:アスピリン,クロピドグレル,チクロピジン,シロスタゾール)や抗凝固薬(E:ワルファリン,ダビガトラン,リバーロキサバン)を用いての抗血栓療法を行うことが検討され,専門施設への紹介が勧められる。

 2)慢性期

めまい症状が主体となり,脳卒中への移行の危険性の低いVBIにおいて治療を検討する。めまい再発予防がこの時期の主な目的となり,めまいの発症しにくい環境を整える。椎骨脳底動脈系の血流保持に努めることが重要で,急性期に引き続いて前庭系の機能改善維持薬(A),脳循環代謝改善薬(B)を基本的に投薬し,自律神経機能調節障害を有すれば自律神経調整薬(C:ミドドリン,アメジニウム,トフィソパム)を用いる。また,VBIモデル実験では,PGE1が脳幹血流を改善させるとの報告があり46),今後,VBIに対する循環改善薬の新しい候補として期待される。めまいが頻発する難治症例であれば,脳血管の専門科にコンサルトして抗血小板薬(D)の投薬を考慮する。高血圧,脂質異常症,糖尿病などの危険因子を伴う場合には,それぞれの治療薬(G:降圧薬,脂質異常症治療薬,糖尿病治療薬など)を用いて各因子のコントロールを行う。同時に生活習慣の改善のための指導を行うことが重要である。さらにめまい再発作時の頓服として対症治療薬(H)を患者に携帯してもらうとめまいへの不安が解消され心理的側面からの再発防止にもつながる。

 9.VBIにおけるめまいの取り扱い(図4)
図4  めまい発症のVBIとTIAの疾患概念

VBIは,通常は脳神経症状を随伴するが,15–25%はめまいのみで発症するとの報告もあり47)48),めまい単独で発症する可能性が示唆されている2)49)。しかし,前述の診断基準に則ると,めまい単独では,症候学的にはVBIと診断できない。最近のTIA研究班の報告書でもめまい単独のVBIの取り扱いについては今後の課題とされており32),いまだめまい単独症例とVBIの関係は確立されていない。実臨床においては,めまい単独の場合には,原因不明のめまいとして取り扱われることが多く,果たしてどれくらいにVBIが含まれているのかは明らかではない。めまい単独症例の椎骨動脈を調べた研究によると約半数の症例に椎骨動脈の異常がみられたとされている50)。このめまいは頭位変換によるものが多く,脳卒中のリスクファクター(55歳以上,男性,脳卒中の既往,心疾患,高血圧,糖尿病,脂質異常症,喫煙歴,心理的ストレス,週4時間以下の運動)のうち少なくとも3項目を有する特徴があるとされており,脳卒中のリスクファクターを有するめまい単独症例ではVBIである可能性が高いことが確かめられている51)。実際,メタボリックシンドロームを合併する男性のめまい疾患のうちでもVBIが最も多く認められている36)。このことから,めまい単独症例にも一定数のVBIが潜在することが推察される。

VBIの病態でめまいのみがどのようなしくみで起こるのか明らかではないが,そのメカニズムの一つとして,脳幹の前庭神経核における限局的な虚血が考えられている52)。VBIの動物モデルでも,VAの閉塞により前庭神経核レベルの血流や機能が直接的な影響を受けることが示されている29)46)。しかし,臨床的には,脳幹における前庭神経核領域のみが虚血に陥るとは考えにくいことから,VBIにおけるめまい単独発症には,虚血に対する前庭神経系の高い脆弱性が関係しているのではないかと推察されている2)4)28)47)。その点を究明するために,脳幹の低酸素・虚血モデルで前庭神経核の神経活動を調べた実験があるが,虚血に対して前庭神経核が他の脳幹領域に比べて受傷性がより高いことが確かめられている2)53)。このことから,多くのVBI症例で,脳幹症状のうちめまいが初発症状として出現することが推測され,めまい単独のVBIが存在する可能性は多いにあると考えられる。

前述のようにめまい単独発症の場合,原因不明に陥っていることもあるが,めまいの直接的な病因がVBIの病態,すなわち椎骨脳底動脈系の血流障害によるものと証明できれば,VBIとみなすことができる。したがって,前庭・前庭神経病変を完全に除外したうえで,脳血管造影検査やMRA,超音波血流検査で椎骨脳底動脈に走行異常や狭窄,閉塞,さらには血流低下が認められれば,めまい単独でもVBIを疑うことが勧められる(表5)。また,TIAの発症リスクファクターとしてABCD2(A:高齢,B:高血圧,C:臨床的特徴,D:症状持続時間と糖尿病)スコア54)を用いることが推奨されており,それに加え,メタボリックシンドロームとVBIとの関係も示唆されている36)。これらの発症危険因子が重なる場合には,VBIの可能性を考えることが大切である(表5)。VBIの診断が症候学的基準に傾注される一方,めまい単独発症例に関しては,症候に加え,病因・病態の検出を条件に取り入れたアプローチが必要と考えられる。今後,VBIにおけるめまい単独症例の取り扱いについてさらなる検証が必要である。

表5 VBI疑い例(めまい単独発症)の診断条件(提案)

(1)臨床症状
24時間以内に消失するめまい
(2)画像所見
画像上,梗塞巣など器質的病変なし
(3)①前庭・前庭神経病変の除外
②MRA/CTAあるいは超音波血流検査で椎骨脳底動脈系の異常
③発症リスクファクター(高齢,高血圧,糖尿病,脂質異常,不整脈など)の併存,既往

利益相反に該当する事項はない。

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