Equilibrium Research
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原著
めまいを主訴とした反復音暴露による限局性恐怖症例
青海 瑞穂瀬尾 徹菅原 一晃釼持 新小池 遥介四戸 達也肥塚 泉小森 学
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2024 年 83 巻 2 号 p. 88-93

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Translated Abstract

It is well known that anxiety causes dizziness and/or vertigo. Herein, we report a rare case of vertigo caused by a specific phobia associated with repetitive sounds. The patient was a 26-year-old man who worked as a nurse. Ever since he had been around 10 years old, he had suffered from dizziness when he heard repetitive sounds, such as the sounds of train joints. When he was 26 years old, he heard an electrocardiogram alarm at work and became dizzy; he was unable to continue working and visited our clinic. Before the dizziness, he had experienced anxiety and sweating. He had no gaze or positional nystagmus, and the audiogram showed no hearing loss. The calorie test, cVEMP, and oVEMP showed no significant abnormalities. Brain MRI and ear CT showed no abnormalities. Although his total score on the dizziness handicap inventory (DHI) was not high (24 points), the emotional score was high (18 points). The Hospital Anxiety and Depression Scale (HADS) score was 11 points for anxiety and 9 points for depression. We diagnosed the vertigo as having been caused by a specific phobia associated with repeated sound stimulation. The patient was then explained the etiology and received sound exposure therapy. After three months, the dizziness resolved, and the patient was able to work again.

 はじめに

精神疾患がめまいの発症に関連することは,心因性めまいとしてよく知られている。耳鼻咽喉科を受診するめまい患者の10~30%は心因性めまいであるとされている1)。心因性めまいには精神疾患が原因で発症する狭義の心因性めまいと,既往にある精神疾患が前庭機能障害を増悪させることで発症する広義の心因性めまいがある。前庭障害をもたない狭義の心因性めまいは,検査所見で異常を示さず,診断に注意が必要である。アメリカ精神医学会による精神疾患の診断マニュアルであるDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 5th edition)によると,このような心因性めまいを引き起こす精神神経疾患には,大うつ病性障害,不安障害,身体症状症が挙げられている2)。今回,不安障害の中でもまれな反復音暴露によりめまいを呈した限局性恐怖症例を経験したので報告する。

症例26歳,男性

主訴:めまい

現病歴:10歳頃より,電車の走行音(ガタンゴトン)など,繰り返す大きな音を聞くとめまいをきたしていたが,そのまま放置していた。X年4月に新卒の看護師として就職し,仕事で心電図のモニターのアラーム音を聞くとめまいが生じるようになり,勤務継続が困難となった。同年6月に精査目的で当科を受診した。めまいの性状は,回転など運動感を伴うものではなく,漠然としたふわふわとした感じで,動悸をともない,持続時間は数分程度であるという。めまいは,心電図のアラーム,電車の走行音など,大きな繰り返し音によるものが顕著であった。単に大きな音(たとえばベルやブザーなど)ではめまいは生じない。まためまいに先行し,強い不安感や気分不良を伴っていた。職場の人間関係や労働環境に対してストレスは感じていなかった。

既往歴:なし

生活歴:8歳頃,いじめの被害者であった。

職業:医療職

初診時現症:耳鼻咽喉に明らかな異常を認めなかった。

純音聴力検査:右16.3 dB,左15.0 dB(4分法)左右差を認めなかった(図1)。

図1  純音聴力検査

左右差を認めない

眼振所見:注視・自発・頭位・頭位変換眼振は認めなかった。

両脚直立検査:開眼・閉眼とも著明な動揺は認めなかった。

ロンベルグ現象:陰性であった。

瘻孔現象:ポリッツェル球で外耳道の加圧・減圧により眼振を認めなかった。

側頭骨CT・頭部MRI所見:内耳道内,頭蓋内に病変は認めず,上半規管裂隙症候群を疑う所見はなかった。

温度刺激検査(冷風15°C,6 L/分,60秒刺激):半規管麻痺は認めなかった。

DHI(Dizziness Handicap Inventory):24点(身体面0点,感情面18点,機能面6点)

HADS(Hospital Anxiety Depression Scale):不安尺度11点,うつ尺度9点

cVEMP(cervical Vestibular Evoked Myogenic Potential):AR(asymmetry ratio:左右差率)は5.3%と正常範囲であった(図2)。

図2  cVEMPとoVEMP

上段は左耳刺激,下段は右耳刺激を示す。cVEMPのp13-n23頂点間振幅は,左耳163 μV(補正後1.53),右耳173 μV(補正後1.70)で,ARは5.3%となり正常範囲である(500 Hzトーンバースト刺激)。oVEMPのNI-PI頂点間振幅は右耳3.3 μV,左耳2.7 μVで,ARは10.0%となり正常範囲である(500 Hzトーンバースト刺激)。図中▼は音刺激開始時を示す。

oVEMP(ocular Vestibular Evoked Myogenic Potential):ARは10.0%と正常範囲であった(図2)。

血液検査:血算・生化学に明らかな異常なし,梅毒血清反応(TPHA)陰性

経過:本症例は音により誘発されるめまいであることから,まずTullio現象を考えた。Tullio現象をきたす疾患として外リンパ瘻,上半規管裂隙症候群,真珠腫性中耳炎,内耳梅毒などがある3)。本症例では血液検査,耳科学的検査,画像検査でこれらを疑う所見は認めなかった。また症状は音の強さに依存するのではなく,誘因が繰り返し音に限定されること,意識が音に集中するときにのみ生じ,Tullio現象とは異なるものと考えた。また,オージオメーターを用い,左右それぞれの耳に対し125 Hz,250 Hz,500 Hz,1000 Hz,2000 Hz,4000 Hz,8000 Hzの各周波数で80 dB(125 Hzは70 dB)の純音刺激を加えた際の眼振を赤外線CCDカメラ下に観察したが,いずれにおいてもめまいの訴えや眼振は認めなかった。てんかんも鑑別に挙げられるが,脳波検査は実施していないものの意識消失等のエピソードを伴っていないこと4),めまいの発症に先行しアラーム音の聴取というあきらかな誘因が存在することより否定的と考えた。中枢性疾患については,画像検査上で明らかな異常がないことから否定的であった。以上,明らかな耳科・神経耳科病変,中枢性病変を認めず,めまい感に先行し強い不安感があることより,当院精神科医師と協議し,繰り返し音が刺激となる限局性恐怖症によるめまいと診断した。

本症例では,電車の走行音によりめまいをきたしていたが,友人との会話や読書など,意識的に音から気をそらすことでめまいを抑制することもできたという。このことより意識を音から遠ざけることで,めまいを抑制できると考え,患者に病態を説明の上,次のような暴露療法を行った。患者はこれまで病棟ナースステーションで心電図アラーム音が鳴った時はめまいが起こる前にすぐ部屋から退出していた。しかし,まずモニターからなるべく遠くに着席し,アラーム音が鳴っても業務に集中することを心がけさせた。その際,不安感,めまい感が出現しそうになれば退室するようにさせた。2か月後には,アラームが鳴ってもめまいが起こらないようになり,次に着席位置をモニターの近くにさせ,3か月後にはめまいは消失し,仕事も通常通り可能となった。その後16か月経過したが再発は認めていない。

 考察

限局性恐怖症とは特定の状況や対象に限定され,著しい恐怖または不安が出現する不安障害のひとつである。診断基準を表1に示す。代表的なものとして,動物恐怖症や高所恐怖症が知られる。生涯有病率は3~15%とされており,決してまれではないとされている5)。限局性恐怖症をひきおこす対象は,文化や生活環境の影響が大きいものの,動物や先端(注射針,鉛筆の芯)など視覚によるものが多いとされ,本症例のような聴覚によるものはまれとされる6)~8)。渉猟した限りその理由を説明した文献はみられなかったが,視覚は聴覚や触覚と比較して感覚のイメージがつきやすいため,視覚によるものが多いのかも知れない9)。限局性恐怖症によるめまいとして有名なものとして高所恐怖によるめまいがあるが,限局性恐怖症におけるめまいの頻度については,文献を渉猟した範囲では確認できなかった。

表1 DSM-5の限局性恐怖症の診断基準7)

A. 特定の対象または状況(例:飛行すること,高所,動物,注射されること,血をみること)への顕著な恐怖と不安
注:子どもでは,恐怖や不安は,泣く,かんしゃくを起こす,凍りつく,または,まといつく,などで表されることがある。
B. その恐怖の対象または状況がほとんどいつも,即時,恐怖や不安を誘発する。
C. その恐怖の対象または状況は,積極的に避けられる,または,強い恐怖や不安を感じながら耐え忍ばれている。
D. その恐怖または不安は,特定の対象や状況によって引き起こされる実際の危険性や社会文化的状況に釣り合わない。
E. その恐怖,不安,または回避は持続的であり,典型的には6ヶ月以上続いている。
F. その恐怖,不安,または回避が,臨床的に意味のある苦痛,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
G. その障害は,(広場恐怖症に見られるような)パニック様症状または他の耐えがたい症状;(強迫症に見られるような)強迫観念と関連した対象または状況;(心的外傷後ストレス障害に見られるような)心的外傷的出来事を想起させるもの;(分離不安症に見られるような)家または愛着を持っている人物からの分離;(社交不安症に見られるような)社会的場面,などに関係している状況への恐怖,不安,および回避などを含む,他の精神疾患の症状ではうまく説明されない。

本症例は10歳時に発症した音に対する限局性恐怖症と考えるが,受診時までは音によるめまい症状が出現する時に意識的にその音から回避していたことで発作を未然に防いでいた。しかし,就職することで心電図のアラーム音は職務上無視することのできないので,めまい症状が顕著に出現したものと考える。

本症例におけるめまいの出現機序について考察する。本症例では反復音暴露に引き続き不安感が出現,数分以内にピークを認める動悸を伴うめまい発作を訴えたが,これはパニック発作の症状ととらえることができる。パニック発作とは様々な精神神経疾患により生じる動悸,呼吸困難,不安,めまいなどを訴える発作を指し,誘因なくパニック発作が生じるパニック症(パニック障害)とは異なるものである。パニック発作では,89%に動悸が,49%にめまいがみられるとされ10),本症例のめまいは限局性恐怖症の症状としてのパニック発作によるものと考えた11)。不安や恐怖という情動反応からパニック発作の種々の症状が出現する神経機構として,動物モデルにより次のような知見が得られている。海馬に記憶された恐怖情報が直接扁桃体に伝えられ,青斑核に伝えられノルアドレナリンの放出により血圧上昇,心拍数上昇,中脳中心灰白領域に伝わり防御行動,すくみ姿勢,結合腕傍核に伝えられ過換気が生じると考えられている12)。本症例でも,これらの一連の症状がめまい感として知覚された可能性がある。

主訴がめまいの不安障害を見落とさないためには,不安感の存在を聞きだすことが重要であるが,耳鼻咽喉科の日常診療では必ずしも容易ではない。そのためにはDHIやHADSなどの問診票が有用とされている13)14)。五島らはDHIの総得点が46点以上で精神医学的介入が望ましいと述べている15)。本症例ではDHIの総得点は24点と決して高くなかったものの,感情面のみが18点と高値を示していた。DHIの感情面は不安と相関することが知られている13)。またHADSも不安尺度が11点(カットオフ値11点)であったことよりも不安の存在を示している14)。本例ではDHI,HADSにより不安の存在を疑うことができた。改めて問診票の有用性を認識した。

限局性恐怖症の発症機序として,恐怖条件付けが想定されている8)。たとえば恐怖を感じる電気刺激(嫌悪刺激)と同時に光刺激(無害刺激)を与えていると,光刺激のみで恐怖反応が生じるようになると考えられている。これはパブロフの犬に代表される古典的条件付けに該当するものである。発症の環境因子として,否定的感情,行動抑制といった気質要因,過保護,親の喪失,虐待,心的外傷などの経験がある6)11)。本症例では,いじめに引き続き電車の音によるめまいが発症するようになった。この点に注目すると,いじめを嫌悪刺激,電車走行音を無害刺激として考えることができるかも知れない。つまり本症例では電車の走行音が聞こえる場所で繰り返しいじめが行われたことで,恐怖条件付けが成立したのかも知れない。しかし一般的にこのような負の記憶に対しては健忘が働き,後に恐怖条件付けがなされた経緯について聞き出すことが困難なことが多いとされており11),本症例でも,必ずしもそのようないじめの状況は確認することはできなかった。なお,本症例を小児期のいじめに続発するめまいと考えると,心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)も鑑別に挙げられる。DSM-5によるPTSDの診断基準では,(1)心的外傷的出来事の反復的,不随意的,および侵入的で苦痛な記憶,(2)夢の内容と情動またはそのいずれかが心的外傷的出来事に関連している。反復的で苦痛な夢,(3)心的外傷的出来事が再び起こっているように感じる,またはそのように行動する解離症状(例:フラッシュバック)のうちひとつ以上の存在が必要であるが16),本症例は該当しない。

限局性恐怖症の治療には暴露療法と薬物療法が知られている11)。認知行動療法の1つである暴露療法は限局性恐怖症のもっとも確実な治療法として知られ,その有効性は73~92%である5)17)。暴露療法は,患者が自らの意思で段階的に恐怖刺激に直面し,その間の不安感の減少を自覚することで条件刺激への接触に自信をもたせ,さらにこの成功体験を反復練習することで,恐怖刺激への馴化を生じさせるものである。具体的には,たとえば犬恐怖症の場合だと,犬の絵や写真,動画をみせることから始め,それが大丈夫だと思えたら窓越しに犬を見せる,少し開けたドアから犬を見せる,そして最終的に部屋に犬が入ってきても回避行動をとらない状況を目指す治療である11)。すなわち低刺激より開始し,反応を確認しながら徐々に刺激を高めてゆくことであるので,単に刺激を与えつづけるというものではない。暴露療法を含めた認知行動療法は,患者のもっている気質や性格を変化させるものではなく,刺激に対する認知の歪みを修正することで疾患を治療する方法である。一般には医療者が暴露を呈示するというセッションを複数回繰り返すことで実施される。1回のセッションが20分の場合から数時間に及ぶ場合,またセッションの回数も単回の場合や10回程度反復する場合など様々であるが,3か月程度要するのが一般的である。そのため,現実には治療者不足,治療者・患者双方の時間的・心理的負担から実施は簡単ではない11)。本症例では,患者が医療関係者であり治療内容を理解し協力的であったことより,日常勤務の中で徐々に心電図モニターに近づいてゆき,回避行動をとらないよう指導することで実施された。

一般的に限局性恐怖症は通常小児期早期に発症し,成人期まで持続したものは難治で寛解しない傾向があるとされる7)。本症例における症状は10歳代に発症し,成人にいたるまで持続したものの寛解した。本症例で治療が奏功した理由として,患者が協力的であったことが挙げられるが,以前より音に意識を集中させなければめまいは生じないということを経験的に知っており,すでに暴露療法の初期段階を実践されてきたことも大きいと思われる。

限局性恐怖症の薬物療法には選択的セロトニン受容体再取り込み阻害薬(SSRI)やベンゾジアゼピン系抗不安薬が使用されるが,そのエビデンスは乏しい11)17)18)。ベンゾジアゼピン系抗不安薬は,たとえば高所恐怖や閉所恐怖など,発症が予測される場合に事前に服用することで発症を抑制できるとされているが,本症例のようにいつ生じるか予測がつかない場合は効果が期待できず,SSRIが適応となる。その場合は6~8週の投与が必要とされている18)。本症例では薬物療法は実施せず暴露療法のみで症状が軽快した。

前述のように,限局性恐怖症は短期的には暴露療法が有効とされているものの,長期的には再発が問題となり,1年後には半数程度が再発するとされている5)17)。本症例は16か月が経過しているが,再発はみられていない。再発時は,再度暴露療法を実施し,改善困難であれば内服治療を追加検討するべきと考える。

 まとめ

限局性恐怖症において比較的稀な音刺激によるめまいの1例を報告した。小児期のいじめの経験が,発症に関与している可能性がある。認知行動療法の1つである暴露療法を実施し,症状は軽快した。

利益相反に該当する事項はない。

 文献
 
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