2024 年 83 巻 6 号 p. 503-508
In patients with vestibular disorder, unilateral damage of the peripheral vestibular function manifests as vertigo and disequilibrium; with recovery of the vestibular system (so-called vestibular compensation), the dizziness and disequilibrium gradually improve. However, there are cases of chronic peripheral vestibular dysfunction in which vestibular compensation is delayed and dizziness and disequilibrium persist. Chronic peripheral vestibular dysfunction does not respond to drug therapy, and vestibular rehabilitation is expected to become the major treatment modality.
Our team included physicians and physical therapists who worked together to evaluate the dizziness symptom, vestibulo-oculomotor function, balance function, gait function, and quality of life in patients presenting with dizziness and disequilibrium, in order to devise a vestibular rehabilitation program for patients with chronic dizziness. Herein, we present our vestibular rehabilitation program for patients with chronic peripheral vestibular dysfunction and its therapeutic effects, as well as our vestibular rehabilitation approach for persistent postural-perceptual dizziness.
めまい疾患により一側の末梢前庭機能が低下するとめまいや平衡障害が出現する。その後は末梢の前庭機能が回復しない場合でも中枢の前庭代償メカニズムが働き,めまいや平衡障害は次第に改善していくが,代償メカニズムが遅延してめまいや平衡障害が持続する例も少なくない。このような慢性化した末梢前庭障害に対する薬物治療による改善は限定的である1)。前庭リハビリテーションは,前庭障害患者に対する治療の新機軸として注目されている2)。当院はめまい相談医と臨床検査技師,看護師,臨床心理士,言語聴覚士が連携してめまい診療を行ってきた。2015年からは米国の先進事例に倣って,慢性期の前庭障害患者に対して理学療法士が参画し医師と協働して前庭リハビリテーションを実施してきた3)。本稿は当院の慢性期の末梢前庭障害に対する前庭リハビリテーションと治療成績,PPPD(持続性知覚性姿勢誘発めまい)患者に対する前庭リハビリテーションの取り組みを紹介する。
詳細な問診と外来ルーチン平衡機能検査により末梢前庭障害と初期診断したのち,温度刺激検査,ビデオヘッドインパルス検査(video head impulse test: vHIT),前庭誘発筋電位検査(vestibular evoked myogenic potential: VEMP)などの精密平衡機能検査を行い判定基準に基づいて確定診断する4)(図1)。
当院では一側末梢前庭障害の原因疾患として,前庭神経炎,ハント症候群,聴神経腫瘍術後,間歇期のメニエール病,めまいを伴う突発性難聴を対象としている。また原因不明の末梢前庭障害も対象としている。両側末梢前庭障害は,加齢性前庭障害,両側前庭機能障害などを対象としている。ルーチンで不安と抑うつテスト(Hospital Anxiety and Depression Scale: HADS)を用いた心理的側面,活動指標(Timed Up and Go test: TUG, Dynamic Gait Index: DGI, Functional Gait Assessment: FGA)や参加指標(Dizziness Handicap Inventory: DHI, Activities-specific Balance Confidence Scale: ABC Scale)を用いたADLやQOLの低下を評価している4)。65歳以上の対象者に対してはメディカルスタッフが認知機能やサルコペニア・フレイルをチェックしている5)6)。
医師は前庭リハビリテーションを行うに際して,患者に病状と前庭リハビリテーションの原理や期待される効果,反復運動訓練を継続することの重要性を伝える。前庭リハビリテーションを実施する上での留意点を把握する。
(1)医師と理学療法士の協働による前庭リハビリテーション当院では理学療法士と協働で前庭リハビリテーションを実施している。医師の外来診察では,毎回患者のその日の体調とめまい症状,平衡機能,血圧・脈拍数を確認している。診察時にBPPVの併発や片頭痛の自覚がある場合は前庭リハビリテーションを中止する。理学療法士による監督指導下の前庭リハビリテーションは1回あたり40~60分間,月2回から4回行い,ホームエクササイズと併せて2か月間を目途に実施している。
(2)医師のみによる前庭リハビリテーション遠方よりの来院など患者の事情により理学療法士による定期的な監督指導を受けられない場合は,医師が前庭リハビリテーションを直接指導している。日本めまい平衡医学会より提案された訓練に基づいて4),めまい症状や視線の不安定さ,バランスや歩行障害に応じて,頭部運動訓練(レベル1,レベル2),バランス訓練と歩行訓練(レベル1~3)の3つの訓練内容を組み合わせて段階的にレベルを上げていく。患者にはA4紙イラストを見せながら訓練内容を説明している。患者は付属のQRコードから手本となる訓練動画を閲覧できる。再診時に訓練が正しく行えているかを確認して,訓練レベル(難易度)を調整している。また,運動アドヒアランス向上のためにリハビリ日誌を付けてもらっている。
週1回の理学療法士の監督指導下にホームエクササイズを行った群(PT介入群)と,ホームエクササイズのみを行った群(ホームエクササイズ単独群)で訓練効果を比較したところ,PT介入群では1か月後にはDHIの総得点および下位尺度Physical,Emotional,歩行能力を反映するDGI,FGAにおいて有意な改善が認められた7)。一方,ホームエクササイズ単独群ではいずれの指標においても有意な改善はみられなかった7)。理学療法士が介入すると1か月間の前庭リハビリテーションで慢性期の末梢前庭障害患者のめまい症状の改善,バランスおよび歩行能力の向上,転倒リスクの低下の効果が得られることが分かった。心理的側面から転倒リスクを評価するABC Scaleのスコアが高いほどめまい症状は改善していた8)。訓練を実施する際にABC Scaleのスコアが低い場合は必要に応じて心理的アプローチの併用も検討すべきであろう。
初回1回のみの理学療法士の介入では1か月後の時点でDGI,FGAに明らかな改善は認められなかった9)。月1回毎に介入間隔を延ばした場合は,3か月後に重心動揺検査の閉眼ラバー条件下での外周面積と単位面積軌跡長,DGI,FGAで有意な改善が認められた10)11)。1か月間で訓練効果を得るためには週1回の理学療法士の介入が望ましいと考える。
(2)医師のみによる前庭リハビリテーションで効果を高めるための検討前庭リハビリテーションの運動アドヒアランスに関する報告では,訓練継続率は医師による説明のみでは54%,サポートなしに冊子を渡すのみでは37.5%と実施率が低く,治療効果が低くなることが指摘されている12)13)。我々のグループは,冊子を用いたホームエクササイズに理学療法士のアドバイスを組み合わせた段階的な前庭リハビリテーションの有効性を検討するRCTを行った14)。理学療法士が訓練の正確さの確認と段階的な訓練レベル調整を週1回約20分間かけて行った群(図2:ホームエクササイズ群,20例)と医師による通常医療群22例と比較したところ,DHI,DGI,FGAで有意な改善が認められた。ホームエクササイズ群の運動アドヒアランスは94.9%と良好であった。医療者が外来患者と向き合いエクササイズが正しく行われているかを確認して段階的に訓練レベルを上げていくことにより,患者は不安や恐怖が増大することなく適切な負荷量で訓練を継続できる。そして運動アドヒアランスが高く保たれることによりめまい症状の軽減と歩行機能の改善効果が得られたと考える14)。
平衡訓練/前庭リハビリテーションの基準2021年版では15),メカニズムに基づいた標準的な訓練方法が提案されている。さらに前庭リハビリテーションガイドライン2024年版では4),めまい症状や視線の不安定さ,バランスや歩行障害に応じて行う段階的な「頭部運動訓練法」「バランス訓練法」「歩行訓練法」がイラストで解説されている。また,QRコードから訓練動画が閲覧できる。多忙な日常外来診療ではあるが,医師が患者と真摯に向き合い訓練の正確さをチェックして冊子に基づいて訓練レベルを調整すると,運動アドヒアランスは向上してホームエクササイズ中心でも効果的な前庭リハビリテーションが実施できると考える。
(3)一側前庭障害と両側前庭障害での効果の比較我々のグループは慢性期の末梢前庭障害患者47例を対象として,週1回の理学療法士の監督指導40分間に1日3回,1日訓練量30分間のホームエクササイズを実施したところ,DHI,歩行能力の指標であるTUG,DGI,FGA,ABCスケールのすべての指標で有意な改善が認められた8)。しかし症例を一側例と両側例に分けて検討してみると,一側末梢前庭障害群ではすべての指標で高い効果が認められたが,両側末梢前庭障害群ではDGIやFGAは改善したが,DHI,TUG,ABCスケールのスコアはほぼ不変であった。1か月間の訓練では両側例に対して効果が限定的であることがわかった(表1)。
一側例(N = 36) | 両側例(N = 11) | |||||
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リハ前 | リハ後 | 変化率(%) | リハ前 | リハ後 | 変化率(%) | |
DHI | 41.8 ± 20.7 | 34.4 ± 20.8 | −21 ± 35.2 | 46.0 ± 28.1 | 47.6 ± 31.1 | 2.1 ± 58.5 |
TUG | 8.3 ± 1.6 | 7.5 ± 1.3 | −8.7 ± 10.3 | 10.3 ± 2.9 | 9.6 ± 2.4 | −4.9 ± 14.5 |
DGI | 20.4 ± 2.8 | 21.8 ± 2.2 | 7.9 ± 14.0 | 17.3 ± 4.4 | 18.6 ± 4.9 | 8.0 ± 12.7 |
FGA | 23.6 ± 4.3 | 25.6 ± 3.9 | 10.4 ± 19.4 | 18.8 ± 6.0 | 20.5 ± 6.9 | 8.1 ± 15.7 |
ABC scale | 71.2 ± 17.8 | 76.2 ± 17.3 | 8.7 ± 17.0 | 66.3 ± 19.1 | 66.8 ± 24.7 | 1.9 ± 28.2 |
両側末梢前庭障害患者では,DGIやFGAスコアは改善しているがDHIや,TUG,ABCスケールのスコアはほぼ不変で,1か月間の訓練では治療効果は限定的である。変化率:100×(リハ後-リハ前)/リハ前
現状,PPPD患者に対して前庭リハビリテーションは有効であるとの論文報告はあるもののエビデンスは十分ではない4)16)。我々のグループは理学療法士が患者の特性を踏まえた前庭リハビリテーションを実施しその有効性を検討している。家事や買い物,歩行,仕事,交通機関の利用など患者がどのような「活動」や「参加」の場面でめまいにより支障があるかを把握することで前庭リハビリテーションの治療目標を定める。立位姿勢,特定の方向や頭位に限らない能動的あるいは受動的な動き,動いているものあるいは複雑な視覚パターンでめまい症状は増悪するが,増悪する因子はPPPD患者により異なる17)(表2:項目B)。PPPDの発症要因や発症様式は多種多様である17)(表2:項目C)。PPPD患者43例を対象とした我々の調査では18),全体の約半数がめまい発作を経験していた(単発めまい発作3例,反復めまい発作18例)。また,14例(32.5%)は先行する末梢性前庭疾患を有していた18)。なかでも良性発作性頭位めまい症(BPPV)は最も頻度が高い先行前庭疾患であった。vHITとVEMPを実施したところ18),19例はVEMPのみの異常(耳石器単独障害群),4例はvHITのみの異常(半規管単独障害群),4例はvHITおよびVEMPの異常(半規管・耳石器障害群)であった。残る16名はvHIT,VEMPいずれも正常(前庭機能正常群)であった。前庭機能正常群のHADSスコアは耳石器単独障害群のスコアと比較して,不安が有意に高かった(8.6 ± 3.0 vs 6.4 ± 3.2)18)。PPPD患者はめまいや転倒に対する脅威,警戒,恐怖感に反応し,姿勢を固める,歩幅を小さくするなど高リスクの姿勢制御戦略をとり,前庭覚よりも視覚または体性感覚優位の姿勢制御に依存する傾向がある19)。
PPPDは以下の基準A~Eで定義される慢性の前庭症状を呈する疾患である。診断には5つの基準全てを満たすことが必要である。 |
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A.浮動感,不安定感,非回転性めまいのうち一つ以上が,3ヶ月以上にわたってほとんど毎日存在する。 |
1.症状は長い時間(時間単位)持続するが,症状の強さに増悪・軽減がみられることがある。 |
2.症状は1日中持続的に存在するとはかぎらない。 |
B.持続性の症状を引き起こす特異的な誘因はないが,以下の3つの因子で増悪する。 |
1.立位姿勢 |
2.特定の方向や頭位に限らない能動的あるいは受動的な動き |
3.動いているもの,あるいは複雑な視覚パターンを見たとき |
C.この疾患は,めまい,浮動感,不安定感を引き起こす病態,あるいは急性・発作性・慢性の前庭疾患,他の神経学的・内科的疾患,心理的ストレスによる平衡障害が先行して発症する。 |
1.急性または発作性の病態が先行する場合は,その先行病態が回復するにつれて症状は基準Aのパターンに定着する。しかし,症状は初めに間欠的に生じ,持続性の経過へと固定していくことがある。 |
2.慢性の疾患が先行する場合は,症状は緩徐に進行し,次第に悪化していくことがある。 |
D.症状は,顕著な苦痛あるいは機能障害を引き起こしている。 |
E.症状は,他の疾患や障害ではうまく説明できない。 |
文献17より抜粋。
前庭リハビリテーションにおける「慣れを誘導する訓練」は,視覚依存によって視覚に過敏になり生じた浮動感や不安定感に有効である可能性がある。また,「感覚代行を誘導する訓練」には,感覚情報の再重みづけを目的としたバランス訓練があり,前庭,視覚,体性感覚の情報処理を再構築することでPPPDに有効な介入手段となりうる4)。PPPD患者に対する前庭リハビリテーションは,めまいによる日常生活支障度,症状を強く引き起こす誘因,現存する前庭機能低下の有無,併存する精神疾患や不安・恐怖回避思考の有無を把握して,患者の特性に応じて傾聴,基本訓練,慣れを誘導する訓練を組み合わせて行える利点がある(図3)。症例を重ね,薬物治療,認知行動療法と組み合わせた層別化医療が有効であるかも検討をしたい。
患者の特性を把握することにより,患者に応じた訓練メニューを提供できる利点がある。
利益相反に該当する事項はない。
別刷請求先:伏木宏彰