Equilibrium Research
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CASE 29 薬剤コンプライアンスの改善と環境調整が奏功した前庭性片頭痛症例
三輪 徹
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2025 年 84 巻 3 号 p. 165-168

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 症例呈示

34歳,女性,小学校教諭

【現病歴】半年前より浮動性めまいがあり,右低音域の感音難聴を繰り返すとのことで耳鼻咽喉科診療所より紹介され,大学病院を受診した。問診により頭痛も合併するとのことでメニエール病合併の前庭性片頭痛疑い1)として精査を行った。

【既往歴】特記事項無し

【検査結果】標準純音聴力検査(4分法):右13.4 dB HL,左8.8 dB HL

Caloric test(冷温交互法):CP% 25.96%(右CP),cVEMP,oVEMP:左右差なし

Head up tilt試験:遷延性起立性低血圧

めまい苦痛度スコアDHI P/E/F:20/12/12(cut off:合計36以上),苦痛度スコアVAS:100(100点満点,高値ほど苦痛度が高い),片頭痛スコアHIT6:61(50以上で頭痛により日常生活に影響あり),うつ不安スコアHADS-A/D:11/11(cut off:8以上),情動知能スコアEQS self/others/condition:55/55/55(260点満点,高値ほど高い能力あり)2),睡眠の質スコアPSQI:6(cut off:6以上),起立性調節障害スコアOD問診:5(cut off:5以上),動揺病スコアGraybiel’s motion sickness score:24(cut off:16以上)

【診断】Barany学会,日本めまい平衡医学会の診断基準3)により前庭性片頭痛と診断した。

【治療歴】まずは抗めまい薬の他にロメリジン塩酸塩,スマトリプタンを導入し,各種薬剤を試した。前医であなたのめまいは治らないと言われ,どうせ内服しても治らないんでしょなどの発言も見られた。薬剤コンプライアンスが悪く,効果も乏しかったため,皮下注射剤であるヒト化抗CGRPモノクローナル抗体製剤であるガルカネズマブ(CGRP)を導入したところ4)5),頭痛発作は激減した。それに伴いめまい発作回数も軽減し,ようやく小康状態となった(表1)。ところが,3か月ほど経過した際,ふらつきと頭痛の症状悪化を訴えるようになった。めまいや頭痛発作回数はさほど変化がなかったが,質問紙では苦痛度が上昇していた(表1)。何か心当たりはないかと尋ねると,小学校においてモンスターペアレントからのクレームが入ってその対応が原因かもしれないとのことであった。病気を治すためには職場異動も視野に入れた方がいいのではと環境調整の指導を行った。その後,実際に異動申請を行い,異動直後より速やかに改善を認め,CGRP導入後6か月の段階では寛解を認めている(表1)。ちなみに今回の診療経過では難聴発作は認めなかった。

表1 めまい・頭痛発作回数,苦痛度の経過

治療前 薬物治療後 CGRP導入
1か月後
CGRP導入
3か月後悪化時
CGRP導入
6か月後異動後
DHI_P/E/F 20/12/12 20/12/24 14/8/10 20/16/20 6/8/0
VAS 100 74 31 48 22
めまい発作回数 15 15 0 0 0
HIT6 61 59 52 54 50
頭痛発作回数 8 13 3 4 2
トリプタン使用回数 0 13 3 4 2

コラム
HIT6は,頭痛によってどの程度生活上支障をきたしているか評価するものである。1.疼痛,2.社会的機能,3.役割機能,4.活力/疲労,5.認知機能,6.精神的苦痛の項目から構成され,36–49点:ほとんど-全く日常生活影響なし,50–55点:中程度の影響,56–59点:かなりの影響,60–78点:重大な影響とされている。

 症例解説

本症例では,浮動性めまいと感音難聴,頭痛の組み合わせからメニエール病合併の前庭性片頭痛1)を疑い,薬物内服療法を行ったが,治療に対する意欲の問題から患者の薬剤コンプライアンスの悪さもあり,効果に乏しかった。そこでCGRP(皮下注射薬)を導入したことで症状改善が認められた。しかし,薬物治療のみならず,環境要因(今回の場合は職場でのストレス)の影響も大きく,環境調整(職場異動)の提案が奏功した点が特徴的である。医師としては,単に薬剤や手術による症状の改善だけでなく,患者が自ら「治る」という意識を持てるよう,励ましやカウンセリング,必要に応じた環境調整も行う姿勢が求められる。また,薬剤の選択も重要となる。患者との信頼関係を構築し,精神面も含めた全人的なアプローチが,めまい治療においては非常に重要となる。

 ピットフォール

診ている医師によってめまい患者の治り方が違う。しかしながら,これまでそういった科学的文献は見当たらない。めまい患者の治療アプローチは,担当する医師や診療環境によって大きく異なる点に留意すべきである。

 ―診療環境ごとの差異

診療所,市中病院,大学病院といった医療機関の種類や,めまい専門外来の有無などの診療環境や専門性によって,患者への対応は異なる6)。特に,紹介患者の場合,それまで「治らない」と言われ続けてきたケースが多く,患者の期待や不安にどのように対応するかが課題となる。さらに,今回のCGRPのように,施設基準を満たしていなければ使用できない薬剤も存在する。また,入院施設があることは,必要な際に入院治療が可能であるという安心感を患者に与える要素の一つとなる。

 ―「治らない」という言葉の影響と医師自身の心構え

自分の知識不足や未知の疾患については,正直に「分からない」と伝えることは必要かもしれないが,「治らない」と断定することは避けるべきである。めまい診療においては,患者の訴えが徐々に変化することがよく見られる。例えば,当初は回転性めまいのみであったものが,次第に浮動性めまい,気分不良,嘔気,耳鳴,不安,うつ,睡眠障害,その他の自律神経症状を伴うようになる場合がある。代表的な慢性化した病態として,続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)が挙げられる7)

「治る」という概念を「症状が完全に消失し,再発しない状態」と定義するならば,「治らない」と言えるかもしれない。しかし,主要な症状が抑えられ,再発のリスクや付随する症状が軽減されるのであれば,それを「治る≒寛解」と捉えてもよいのではないかと私は考える。したがって,「治らない」と断言するのではなく,希望を持たせ,治療へのコンプライアンスを高めるためにも「寛解の可能性」を伝えることが重要である。

 ―「病」だけでなく,「人」も診る

治療においては,疾患そのものだけでなく,患者の置かれている環境や生活状況にも目を向けることが重要である。五島らも,めまい患者の環境への配慮の必要性を指摘している8)。もしめまいの原因が環境要因にある場合は,それを避ける方法を検討することが必要である。例えば,アレルギー性鼻炎や結膜炎の治療でアレルゲンの回避が推奨されるように,めまいにおいてもストレスや過度な疲労を避ける指導が有効と考えられる。

環境の変化が患者にとって容易でないことは理解できるが,メリットとデメリットのバランスを考慮した上で,転職や転居を選択肢の一つとして提案することも考えられる。

具体的な要因が明確であれば対策は比較的容易かもしれないが,病気には必ず何らかの原因があると考えられるため,たとえ現時点で科学的に解明が難しい症状であっても,科学的視点に基づき丁寧に患者の話を傾聴し,共に問題解決を目指す姿勢が求められる。

 ―長期的な対応の必要性

これはめまい診療に限らず耳鳴治療に関する研究からも示唆される点であるが,初年度は治療や補助具(例:TRT,補聴器)の効果が現れても,長期的には教育的カウンセリングだけで同等の効果を示す場合がある9)。患者を見捨てず,治療のコンプライアンスを上げるために,医師としての一言や態度が与える影響を常に意識する必要がある。

総じて,めまい患者の診療においては,科学的根拠に基づく診断技術だけでなく,医師と患者の信頼関係,環境調整や心理面への配慮が治療成功の成功の鍵となる。

 略語

cVEMP:cervical Vestibular Evoked Myogenic Potentials

oVEMP:ocular Vestibular Evoked Myogenic Potentials

CP:Canal Paresis

DHI P/E/F:Dizziness Handicap Inventory Physical/Emotional/Functional

VAS:Visual Analogue Scale

HIT6:Headache Impact Test-6

HADS-A/D:Hospital Anxiety and Depression Scale-Anxiety/Depression

EQS:Emotional Intelligence Quotient Scale

PSQI:Pittsburgh Sleep Quality Index

OD:Orthostatic Dysregulation

CGRP:calcitonin Gene–Related Peptide

利益相反に該当する事項はない。

文献
 
© 2025 一般社団法人 日本めまい平衡医学会
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