2025 年 84 巻 4 号 p. 182-188
We report a case of a 79-year-old man who presented with positional vertigo and spontaneous downbeat nystagmus and was diagnosed as having vertebrobasilar insufficiency. Magnetic resonance angiography (MRA) and ultrasonographic evaluation of the vertebral artery revealed hypoplasia of the left vertebral artery. Caloric testing did not reveal canal paresis, but visual suppression was weakened, suggesting the presence of cerebellar and brainstem dysfunction. The video head impulse test revealed increased vestibulo-ocular reflex (VOR) gain in the anterior canal and decreased VOR gain in the left posterior canal, which was thought to be due to disinhibition of the VOR of the anterior canal due to damage to the floccules, and impairment of the VOR of the posterior canal due to damage to the pons. This led to hyperfunctioning of the anterior canal, with formation of an upward slow phase followed by a downward fast phase, resulting in the appearance of spontaneous downbeat nystagmus. The downbeat nystagmus was observed in the right lateral decubitus position in the absence of cervical twisting, but disappeared during the supine roll test in the right-head-down position with cervical twisting. This disappearance was due to a decrease in blood flow in the left vertebral artery caused by rightward twisting of the neck, which led to dysfunction of the midbrain-pontine junction and disappearance of hyperfunctioning of the VOR of the anterior canal.
椎骨脳底動脈循環不全(vertebrobasilar insufficiency,以下VBI)は脳幹,小脳,後頭葉などの脳の後部に血液を供給する主要な動脈である椎骨脳底動脈の血流低下によりその支配領域の機能障害が起こり,めまいや麻痺,失神,視覚異常などの症状が出現する疾患である1)。脳幹,小脳などの前庭動眼反射に関与する部位の機能障害により病的眼振が出現することがあるが,眼振の出方は複雑であり,特徴的なものは存在しない。今回,我々は椎骨動脈低形成に起因すると考えられる,側臥位で消失する下眼瞼向き垂直性自発眼振を認めたVBI症例を経験したので報告する。
患者:79歳,男性
主訴:頭位変換時の浮動性めまい
既往歴:非結核性抗酸菌症,不整脈,高血圧,高尿酸血症,高脂血症
アレルギー:なし
家族歴:特記すべきことなし
嗜好歴:喫煙20本/日 20年(20~40歳),飲酒ビール350ml/日 60年
内服歴:バルサルタン,カルベジロール,フェブキソスタット,フルニトラゼパム,ロスバスタチンカルシウム
現病歴:X年1月ごろから頭位変換時に浮動性めまいを自覚するようになり前医の内科,脳神経外科を受診した。垂直性眼振が認められたため,中枢性疾患が疑われ精査が行われたが,それが否定的と判断された。めまいと垂直性眼振の精査加療目的でX年8月に当科紹介受診となった。
検査所見
鼓膜所見:両側とも異常所見なし
純音聴力検査:明らかな左右差を認めず(図1)

左右差は認めなかった。
眼振検査:座位にて下眼瞼向きの垂直性自発眼振を認めた(図2A)。Supine roll testにて臥位正面,臥位左下頭位(頸部捻転を伴う)で下眼瞼向きの垂直性眼振を認めた。臥位右下頭位では病的眼振を認めなかったが(図2B),この時には頸部捻転をしていたので,頸部捻転を行わず,体ごと右側臥位にした時には下眼瞼向きの垂直性眼振を認めた(図2C)。眼振の解析には我々のシステムを用いた2)。眼振検査時にめまい症状の増強や,他の神経症状を訴えることはなかった。

(A)暗所座位
下眼瞼向き垂直性自発眼振を認めた。
(B)暗所臥位右向き(頸部捻転あり)
病的眼振を認めなかった。
(C)暗所右側臥位(頸部捻転なし)
下眼瞼向き垂直性眼振を認めた。
視標追跡検査:Over shootを認めた(図3最上段の図 黒矢印)

視標追跡眼球運動検査時に左右方向の視標の動きを追跡した際,overshootを認めた(最上段の図 黒矢印)。視運動性眼振検査では利得の低下を認めた(中段,最下段の図)。
視運動性眼振検査:左刺激時には利得の低下を認め,右刺激時には刺激速度の速い場合に視標を追随できていなかった(図3中段,最下段の図)。
カロリックテスト(少量注水法,20°Cの冷水5 ml):最大緩徐相速度 右刺激時 19.9°/秒 左刺激時 19.8°/秒(図4)

VS:Visual suppression
半規管麻痺は認めなかった。Visual suppression検査時にVS%の著明な低下を認めた。
VS%(Visual suppression test):右耳刺激時8%,左耳刺激時15%(図4)
Video head impulse test(vHIT):前庭動眼反射利得 右前半規管1.29,右外側半規管1.10,右後半規管0.74,左前半規管1.33,左外側半規管1.18,左後半規管0.35(図5)

両側の前半規管の利得の上昇,左の後半規管の利得の低下を認めた。
前庭誘発筋電位検査(Vestibular Evoked Myogenic Potential, VEMP)AR%(asymmetry ratio):cVEMP 10.0%,oVEMP 7.0%
側頭骨CT:左内頸動脈に動脈硬化性変化あり。頸椎の狭窄や骨棘は認めず。
頭部Magnetic resonance imaging(MRI):Magnetic resonance angiography(MRA)にて左椎骨動脈の起始部は描出されていたが(図6A白矢印),脳底動脈側の描出は不良であった(図6B白矢印)。両椎骨動脈とも蛇行や屈曲は認めず。造影MRIにて内リンパ水腫なし。

(A)左椎骨動脈の起始部は描出されていた(白矢印)。
(B)左椎骨動脈の低形成を認めた(白矢印)。
神経学的所見:構音障害なし,嚥下障害なし,回内回外試験 正常,ロンベルク兆候 陰性,指鼻試験 正常,バレー兆候 陰性,マン検査 不可
Vascular Access超音波検査:椎骨動脈の拡張末期血流速度 右:13 cm/sec,左:8.2 cm/sec。椎骨動脈の血管径 右4.6 mm,左3.3 mm。右頸部回旋位にて左椎骨動脈の拡張期血流の消失および収縮期血流の漸減は認めなかった。左頚部回旋位にて右椎骨動脈の拡張期血流および収縮期血流はわずかに増加した。Vascular Access超音波検査は仰臥位にて頸を伸展させ行い,椎骨動脈の血流速度の評価しやすい高さで計測を行った。頚部捻転時,捻転側とは反対側のみの計測を行った。
下眼瞼向きの垂直性自発眼振を含む以上の結果から左椎骨動脈の低形成に起因するVBIと診断した。治療として狭窄した左椎骨動脈に対するステント留置術や血行再建術を考慮したが,一過性脳虚血発作(transit ischemic attack,以下TIA)や脳梗塞がなく,神経症状がめまいのみであることから高血圧や高脂血症などの危険因子に対する治療を継続し,めまいへの不安に対してタンドスピロンクエン酸塩の処方を行うこととした。X年12月の再診時,めまい症状や眼振所見の変化は認めなかった。
下眼瞼向きの垂直性自発眼振を示したVBI症例を経験した。VBIは椎骨脳底動脈系の一過性の脳血流低下により同領域に関連する脳神経症状が出現する,脳梗塞などの器質的異常は存在しない疾患である1)。現在,学会が策定したVBIの診断基準はないが,山中が提唱したものが存在する(表1)1)。これに従うとMRAでの左椎骨動脈描写不良(図6B),Vasucular Access超音波検査での左椎骨動脈の血管径の狭小化と拡張末期血流速度の低下により,Aの項目を満たしており,画像上,梗塞巣等の器質的病変を認めないので,B(2)の項目を満たしていることから,当症例は左椎骨動脈の低形成により脳血流低下が生じたVBI症例と診断できる。バラニー学会が作成したVascular vertigo and dizziness: Diagnostic criteriaに山中が提唱したVBIに近い(Probable)Transient vascular vertigo/dizzinessがあるが3),この診断には虚血や出血の画像所見,もしくは局所的な中枢神経症状および徴候が必須なので,この症例はこれには該当しない。
| A めまいの原因となる椎骨脳底動脈系の循環障害の存在 |
| B (1)臨床症状 |
| 24時間以内に消失する,椎骨脳底動脈系の脳虚血によるめまいと脳神経症状 |
| (2)画像所見 |
| 画像上,梗塞巣等の器質的病変なし |
| *AかBのいずれかの条件を満たす場合にVBIと考える |
視標追跡眼球運動検査でのovershootや視運動性眼振検査での利得の低下を認め(図3),カロリック検査にて半規管麻痺は認められないが,Visual suppression testにて固視抑制が弱かったことより(図4),小脳や脳幹の障害が存在することが示唆され4)~6),それがめまいや垂直性自発眼振の原因であると考えらる。椎骨動脈の外径の左右差を剖検例にて調べた報告にて25%(251/1017)で一方の外径が他方の2倍以上であることが報告されていることから一側の椎骨動脈の低形成は稀な所見ではないが,椎骨動脈の形成が悪く,脳底動脈の血流に関与していないと考えられるものは0.7%(7/1017)に過ぎないと述べられている7)。
下眼瞼向きの垂直性自発眼振は小脳片葉,もしくは橋の障害により解発される8)。小脳片葉により前半規管眼反射が抑制されているため,小脳片葉の障害により,前半規管由来の眼球を上転させる前庭動眼反射の中枢路の脱抑制で眼位がゆっくりと上方へ変化し(緩徐相),下眼瞼向きの急速相により眼位が元に戻され,下眼瞼向きの垂直性眼振が解発される(図7A太い黒矢印)8)。橋は後半規管眼反射に関与しているため,橋の障害により,眼位がゆっくりと上方へと変化する緩徐相と眼位を元へ戻すための下眼瞼向きの急速相が出現することにより,下眼瞼向きの垂直性眼振が解発される(図7A細い黒矢印)8)。今回の症例ではvHITにて両側の前半規管の前庭動眼反射利得の上昇,左後半規管の前庭動眼反射利得の低下を認めた(図5)。赤毛ザルの小脳破壊にて温度眼振の緩徐相速度が増強することが報告されていることから9),前半規管の機能亢進は小脳片葉の障害により生じたと考えられ,左後半規管の機能障害は橋の障害により生じたと考えれるので,この症例ではこれら両者の機能障害が存在し,そのために下眼瞼向きの垂直性自発眼振が解発されていた可能性を考えた(図7A)。この下眼瞼向き眼振は頸部捻転を伴わない側臥位では認められたが(図2C)supine roll test時の頸部捻転を伴う右向き時には消失した(図2B)。超音波検査では右頸部回旋位に明らかな左椎骨動脈の血流低下は認めなかったが,右への頸部捻転により超音波検査では検出できず,めまい症状を示さない程度の左椎骨動脈の血流低下が生じ,前半規管眼反射に関与する中脳橋移行部の機能障害が起こり,下眼瞼向き眼振を形成していた上眼瞼向きの緩徐相が解発されず,また,元々下眼瞼向きの緩徐相を形成する左後半規管眼反射の経路も障害されており下眼瞼向きの緩徐相も解発されないので,垂直方向の緩徐相が解発されず,下眼瞼向きの垂直性眼振が消失したのかもしれない(図7B)。ただし,当症例は,VBIではない可能性も否定はできない。例えば,当症例の下眼瞼向き眼振を伴うめまいの原因が,脊髄小脳変性症などによる軽微な小脳障害だと仮定しても,座位やsupine roll testでの下眼瞼向き眼振は十分説明できる。頸部の右捻転時のみ眼振が目立たなくなったのは,頸部の右捻転が右椎骨動脈の僅かな血流低下を招き,結果として生じた延髄機能低下による下眼瞼向き眼球偏倚傾向が上眼瞼向き眼球偏倚傾向に変化し,下眼瞼向き眼振を目立たなくしたのかもしれない。

(A)下眼瞼向きの垂直性自発眼振の機序
上眼瞼向きの緩徐相を形成する前半規管眼反射は小脳による抑制制御を受けているので,小脳の障害によりこの経路が増強され(太い黒矢印),上眼瞼向きの緩徐相が出現する。また,下眼瞼向きの緩徐相を形成する左後半規管眼反射の経路が障害されており(細い黒矢印),相対的に上眼瞼向きの緩徐相が出現する。これら2つにより上眼瞼向きの緩徐相,およびそれに引き続く下眼瞼向きの急速相が出現することにより下眼瞼向きの垂直性自発眼振が解発される。
(B)臥位右向き(頸部捻転あり)で下眼瞼向きの垂直性眼振が消失する機序
頸部を捻転させ,右を向くと左椎骨動脈の血流が減少する。その結果,前半規管眼反射の経路が障害され,上眼瞼向きの緩徐相が消失する。下眼瞼向きの緩徐相を形成する左後半規管眼反射の経路は元から障害されているので,下眼瞼向きの緩徐相が出現することはない。それらの結果,垂直方向の緩徐相は出現しないので,下眼瞼向きの垂直性眼振は消失する。
椎骨動脈の狭窄に対し,ステントの留置による拡張術や血行再建術が行われることがあるが10)11),当症例では脳梗塞がなく,脳神経症状はめまいのみであることから,侵襲的な治療は行わないことにした。VBIに対する治療はTIAに準じたものである1)。高血圧,高脂血症などのTIAのリスクファクターが認められた場合はそれらへの加療を行うが,当症例ではすでにそれらに対する治療が行われていたため,それを継続することとした。めまいへの不安に対してタンドスピロンクエン酸塩を追加したが,めまい症状の改善は認めなかった。
下眼瞼向きの垂直性自発眼振を示す左椎骨動脈の低形成によるVBI症例を経験した。左椎骨脳底動脈の循環不全による小脳片葉,橋の機能障害のため,前半規管眼反射に対する抑制の脱抑制による前半規管眼反射の機能亢進,および後半規管眼反射の障害が生じ,それらの結果,上眼瞼向きの緩徐相が解発され,当症例にて下眼瞼向きの垂直性自発眼振が観察されたと考えた。Supine roll testでの右下頭位時にはこの眼振は消失した。その理由は頸部捻転を伴う右下頭位時に左椎骨動脈の血流がさらに低下し,中脳橋移行部の機能障害が生じ前半規管眼反射の機能亢進が抑制されたためと考えた。
利益相反に該当する事項はない。
別刷請求先:今井貴夫