Equilibrium Research
Online ISSN : 1882-577X
Print ISSN : 0385-5716
ISSN-L : 0385-5716
原著
理学療法士による前庭リハビリテーションが有効であった聴覚障害と発話障害を有する両側前庭障害の1症例
川村 愛実浅井 友詞蒲谷 嘉代子小島 綾乃福島 諒奈寳來 慶勝見 さち代岩﨑 真一
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 84 巻 4 号 p. 189-196

詳細
Translated Abstract

Vestibular rehabilitation (VR) for patients with bilateral vestibular dysfunction is considered, in general, to be less effective as compared with that for those with unilateral vestibular dysfunction. Herein, we report the case of a patient with bilateral vestibular dysfunction in whom VR was associated with marked improvement of the vestibular symptoms.

The patient was a 67-year-old man who primarily communicated through writing because of severe bilateral sensorineural hearing loss and speech impairment since childhood. He presented with a 2-year history of dizziness and increasing unsteadiness, particularly during movements and in dark environments. Vestibular function testing led to the diagnosis of bilateral vestibular dysfunction, and VR was prescribed.

Over a three-month period, the patient underwent seven 40-minute VR sessions with a physical therapist and performed exercises at home for at least 20 minutes daily. The VR program included gaze stability exercises, habituation exercises, and substitution exercises. Since verbal communication was not possible, alternative communication strategies, such as instructions displayed on a tablet screen and gestures, were employed during the VR sessions. The patient successfully completed the three-month VR program without any adverse events.

The dizziness severity, as assessed by the Dizziness Handicap Inventory (DHI), improved, with the score decreasing from 24 to 12. Motion sensitivity, measured by the Motion Sensitivity Quotient (MSQ), improved, with a reduction of the score from 28.3 to 4.7. Gait function, evaluated by the Functional Gait Assessment (FGA), improved, with the score increasing from 22 to 27. Static balance, measured by total path length in the eyes-closed without rubber condition of posturography, improved, with decrease of the path length from 472 cm to 267 cm in 60 seconds. The patient continues to visit our otolaryngology department and is now able to carry out daily activities without difficulty.

Despite the patient being unable to communicate verbally, the implementation of alternative communication methods allowed effective VR to be implemented, leading to symptom improvement.

 はじめに

両側前庭機能障害は,有病率は人口10万人あたり0.84人,罹患率は0.32人1)と頻度は低い。症状は,体動時や立位・歩行時に動揺視,不安定感が生じる2)。発症後に50%の患者が転倒を経験し3),転倒リスクは健常者の31倍である4)など,生活の質が著しく低下する疾患である。前庭リハビリテーション(前庭リハ)は,一側の前庭機能障害の患者において,自覚症状の軽減,視線および姿勢安定性の向上,歩行機能の改善に効果があり,中等度から強いエビデンスが示されている3)5)6)。しかし,両側前庭機能障害では前庭代償が働きにくく,一側前庭機能障害と比較し前庭リハの効果は限定的であるとされている7)

今回,幼少時より両側重度感音難聴と発話障害のある両側前庭機能障害患者に対し,理学療法士(physical therapist: PT)が介入して前庭リハを行い,めまい症状の改善が得られた。前庭リハの介入時には,理学療法評価や動作指導などに多くのコミュニケーションが必要であり,聴覚言語障害のある本症例に対して行った工夫も含めて,報告する。

 症例

67歳,男性

主訴:浮動性めまい

現病歴:2年前より浮動性めまいを認め,動作時のゆれる感覚や閉眼での立位困難など,めまいを感じる頻度が増加し,日常生活に支障を来していた。立ち上がる時,歩行時に浮遊感を感じ動作を控えており,閉眼での立位姿勢や頭部を動かしながら歩行することに困難を感じていた。前医脳神経外科にて脳MRIでは異常を指摘されず,精査目的に当院耳鼻咽喉科を受診した。

既往歴:2歳頃に両側重度感音難聴に罹患。音声によるコミュニケーションは不可能で,筆談を利用している。

家族歴:特記すべきことなし。

初診時所見:純音聴力検査(4分法)は右103.8 dB,左105.0 dBであり,重度感音難聴を認めた。注視・頭位・頭位変換眼振検査では明らかな眼振を認めなかった。小脳症状を含め,中枢性めまいを示唆する所見は認めなかった。ロンベルグ試験は陽性,足踏み検査では偏倚はなかった。

平衡機能検査:温度刺激検査(氷水,2cc,20秒)における最大緩徐相速度は,右耳5.9°/sec,左耳0.0°/secであった(図1)。video Head Impulse Testは,瞳孔がとらえにくかったため,参考所見であるが,前庭動眼反射の利得は正常範囲内(右外側半規管1.13,右前半規管1.28,右後半規管0.83,左外側半規管0.82,左前半規管0.88,左後半規管1.09)で,両側外側半規管刺激時にcovert saccadeを認めた。前庭誘発頸筋電位検査は右正常,左無反応,前庭誘発眼筋電位検査は両側無反応であった(刺激は,いずれも500 Hzトーンバースト,4 msec,100 dBSPL)。視刺激検査は,追跡眼球運動検査,急速眼球運動検査,視運動性眼振検査ともに異常は認めなかった。

図1  温度刺激検査の結果

アミノグリコシドの使用など原因となる病歴がなく,特発性の両側前庭機能障害と診断され,耳鼻咽喉科医師より理学療法による前庭リハが処方された。

理学療法プロトコール:PTの介入は,週1回を5週連続と開始2か月後,3か月後の計7回行い(図2),介入前,1か月後,2か月後,3か月後に評価を実施した。

図2  前庭リハビリテーションのスケジュール

自覚症状の評価については,Dizziness Handicap Inventory(DHI)にて,めまいによる日常生活障害度を評価した。理学療法評価は,歩行機能をTimed Up and Go Test(TUG)8),10 m歩行テスト,Functional Gait Assessment(FGA)9)にて評価した。TUGは椅子から立ち上がり,3 m先の目印を回って,再び椅子に座るまでの時間を測定する検査で,自然な速さで歩く快適歩行と,できるだけ速く歩く努力歩行の条件で評価を行った。FGAは歩行時の課題要求の変化に対応して,歩行を修正する能力を評価する方法で,30点満点で低得点である程,歩行障害が大きいと見なされ,転倒リスクのカットオフ値が23点未満とされている。動きの感受性をMotion Sensitivity Quotient(MSQ)10)にて評価した。MSQは16種類の動作を行ってもらい,めまいの強度やめまいがおこっている時間を測定し,めまいの起こる苦手な動作を決定することができる方法である。静的バランスを重心動揺検査(グラビコーダGW5000®︎,アニマ社)にて,ラバーなし開眼・閉眼,ラバーあり開眼・閉眼の条件にて評価した。

前庭リハの内容はA)Gaze stability exercise,B)Habituation exercise,C)Substitution exerciseをパンフレット(図3)に沿って実施した。動作の難易度は,座位や遅い動作から開始し,動作の安定に合わせて徐々に難易度を調整した。患者が苦手な動作に基づいた訓練も実施した。介入期間中は毎日2回以上,合計20分以上の自宅での自主前庭リハ(Home前庭リハ)を行うよう指示し,Home前庭リハ進捗状況を日記にて管理した。

図3  前庭リハビリテーションのパンフレットの抜粋

A Gaze stability exercise

B Habituation exercise

C Substitution exercise

コミュニケーションの工夫(図4):本症例は,重度難聴と発話困難があり,音声以外でコミュニケーションを行う必要があった。視覚情報が使える時は,タブレット端末(iPad,Apple社)にあらかじめ実施予定の評価や動作について説明を準備しておき,画面を用いての動作説明を行った。追加内容は画面への書き込みや紙に記載するなどで伝達した。閉眼時や動作中など視覚情報で伝達できない状況では,動作開始や終了・動作の切り替えの合図は肩をたたく,また,たたく場所や回数も含め,PTと患者の間であらかじめ合図を共有した。細かな動作の指示については,PTを模倣したり,ジェスチャーを用いたりして,補足を行った。逆に,患者からの意思の表出は,本症例は普段より小さい紙とペンを持ち歩いており,紙に記載してもらうことで伝えてもらうとともに,MSQの評価時に必要となるめまい感が生じた際の意思表示は,めまい症状が出現と同時に挙手をするなどと合図を決めて行った。また,前庭リハ指導の40分を有効に使うため,できるだけ「はい(うなづく)」「いいえ(首を横に振る)」で回答可能な質問を多く用いるようにした。

図4  コミュニケーションの工夫 タブレット端末の画面例

あらかじめ準備しておいた画面に,適宜手書きで追記して指示を出した。MSQにおいては,本人からの意思表示の方法を手の上げ下げにて行うように指示をした。

経過:前庭リハのプロトコールを有害事象なく終了した。Home前庭リハの実施状況は,1か月経過時点で平均週7日,1日2回,1回あたり15分であり,3か月終了時点では平均週6日,1日2回,1回あたり20分であった。日記の自由記載欄は何も記載なかった。前庭リハ前後の評価(表1)について,DHIの合計は前庭リハ開始前が24点,3か月後が12点であった(図5)。DHIの下位項目では,Physicalは8点から6点,Emotionalは6点から6点,Functionalは10点から0点となり,特にFunctionalの項目が改善を示した。Physicalは「上を向くとめまいは悪化しますか?」,「頭をすばやく動かすと,めまいが増強しますか?」,「寝返りをすると,めまいが増強しますか?」,Emotionalは「めまいのために,ストレスを感じますか?」,「めまいのために,家族や友達との関係にストレスが生じていますか?」が3か月評価において0点に至らず残存した。歩行評価は,TUGでは快適歩行および努力歩行において時間の短縮を認めた。FGAはタンデム歩行と後ろ向き歩行の項目の点数が増加し,合計点が転倒リスクのカットオフ値(23点)未満の22点から,27点に増加した。また,MSQ scoreは28.3点(Moderate)から4.7点(Mild)へ改善を認めた(図5)。重心動揺検査では総軌跡長において,特に閉眼項目での改善を認めた。

表1 前庭リハビリテーション前後の評価

前庭リハ前 1か月 2か月 3か月
DHI(点)
 合計 24 16 18 12
 Physical 8 10 4 6
 Emotional 6 2 8 6
 Functional 10 4 6 0
TUG[右/左](秒)
 快適歩行 10.6/9.7 8.1/8.0 8.1/8.5 8.2/8.2
 努力歩行 7.8/7.9 6.8/6.6 6.7/6.5 7.0/6.8
10 m 歩行テスト(秒) 5.3 5.6 6.0 5.9
FGA(点) 22 26 25 27
MSQ score(点) 28.3 15.6 4.8 4.7
重心動揺検査,60秒,総軌跡長(cm)
 ラバーなし開眼 138.3 146.0 144.5 145.2
 ラバーなし閉眼 472.6 264.3 269.7 267.7
 ラバーあり開眼 150.7 130.4 125.2 140.5
 ラバーあり閉眼 499.9 532.2 532.4 462.1

DHI:dizziness handicap inventory,TUG:timed up and go test,FGA:functional gait assessment,MSQ:motion sensitivity quotient

図5  Dizziness Handicap Inventoryの合計点およびMotion Sensitivity Quotientの点数の変化

3か月経過後は,Home前庭リハを継続するよう指示し,PTによる介入を終了した。以後は,耳鼻咽喉科外来にて経過観察がされており,めまいのために生活に支障をきたすことなく過ごしている。

 考察

両側重度感音難聴と発話障害のある両側前庭機能障害患者に対して,PT介入前庭リハを施行した。本症例に対してPTが前庭リハに介入するうえでの問題点として,前庭リハの効果が一般的に限定的とされる両側前庭機能障害患者である点と,音声を用いたコミュニケーションが不可能である点が挙げられたが,十分なめまい症状の改善を得ることができた。

前庭リハの目的は前庭代償の促進,適応の誘導,感覚代行の誘導,慣れの誘導のメカニズムによって前庭障害における中枢神経系の代償を促進させる運動を主体とした介入である6)。一側前庭機能障害では前庭代償が働くことで,めまいや浮遊感などの平衡障害は徐々に軽減し,前庭リハが有効となりやすい。一方で,両側前庭機能障害は前庭代償が進行しにくいことから,前庭リハの効果は限定的となり,動作時のめまい症状やバランス機能障害などの症状が持続する5)7)。そのため,前庭リハビリテーションガイドラインでは両側前庭機能障害は,改善効果が得られるエビデンスレベルが十分でないことを理解したうえで,前庭リハを行うことを強く推奨するとされている6)。本症例については,温度刺激検査では機能低下を示したにも関わらず,vHITの外側半規管の検査において正常範囲の前庭動眼反射の利得が得られた。この理由については,corrective saccadeを認めたことを鑑みると本来はvHITについても異常を示すべき症例が,検査不良にて利得が大きく示された可能性,もしくは,両側前庭機能障害の原因として内リンパ水腫を背景とした病態があった可能性などが考えられた。いずれにしても,両側の前庭機能が低下していたものの廃絶に至っておらず,前庭代償の促進効果も期待できると考え,より積極的に前庭リハが勧められた。結果として,生活に支障のないレベルまで,自覚症状などが改善した。残存前庭機能を利用した前庭代償の促進が限定的に認められたと推察され,2年前からの浮動性めまいや歩行困難の症状の原因は両側前庭機能低下によって生じていたと考えられた。また,両側の前庭機能の廃絶の有無により前庭リハ効果に差があるかについては不明であるため,症例を重ね検討する必要がある。また,本症例は,Home前庭リハを指示通り毎日20分以上施行しており,アドヒアランスが非常に良好であった。ホームエクササイズのアドヒアランスが高い症例の方が治療効果が大きいとされており11),この点も本症例の症状が著明改善した一因と考えられた。

次に,前庭リハの実施方法として,本邦では多くはPTが関わることなく,医師の指導のもと自宅での自主トレーニングにて行われている12)。Home前庭リハのみでは,前庭リハの正確な動作や適切な頻度,さらに難易度の調整が実施されにくい可能性がある。当院では2021年より耳鼻咽喉科医師の診断後に,前庭リハが処方され,外来通院にてPTが介入して前庭リハを行っている。PTによって静的バランス,動作時のめまい感,ふらつきを評価し,パンフレットのイラストを確認しながら,PTが実際に動作を行い,続いて患者が実施するという形式で実施している。患者の動作を修正しながら正確な動作を獲得してもらい,症状に応じて適切な頻度や難易度を指示している。また,苦手な動作に合わせた訓練を追加するなど,個別での介入も行っている。前庭リハの際にPTが介入する上乗せ効果の報告は様々であるが,アドヒアランスには影響が出るとされている13)。持続性知覚性姿勢誘発めまいに対する自験例では,恐怖や不安感が阻害因子となっていたが,PTによる個別介入は前庭リハに取り組むきっかけとなり,継続のモチベーション維持につながっていた14)。また,毎回来院時に前庭リハの実施状況を確認することも,高いアドヒアランスにつながると考えられた。本症例の様に,医師の診察時のみでは前庭リハについて十分な指導が困難な症例においても,PTが関わることで時間をかけて治療することが可能となり,PTの介入効果が上乗せされたと考えた。

両側の末梢前庭が障害され,慢性化された際には視覚や体性感覚への依存度が高まるが,本症例では,長期間の重度難聴により,聴覚においても既に治療前に視覚依存している状態であった。視覚依存度の増えることがバランス能力や前庭リハの効果にどのように影響したかは不明であり,健聴者との比較やコミュニケーションなしとの比較検討が今後の課題と考える。

本症例は重度難聴,発話障害を有していたため,コミュニケーションに音声を用いることはできず,全て筆談やジェスチャーなどで行う必要があった。そのため,聴覚障害に対する工夫として,タブレット端末を用いた。リハビリテーション室内を移動しても簡単に持ち運べ,必要に応じて画面に加筆し,読みにくい場合は文字のサイズを大きくすることもでき,有用であった。一方で,動作中や閉眼時などには常にタブレット端末の画面を見続けることは困難であり,動作開始・切り替え・終了時には肩を叩くなどのボディタッチを利用し,視覚に頼らずにコミュニケーションをとる工夫も併せて行うことで,聴覚障害のない患者同様の治療が概ね可能となった。一方,発話障害に対する工夫として,MSQ評価時には動作をしながら意思表示が必要であることから,挙手をするというジェスチャーを合図として用いた。さらに,限られた時間内で介入を進めるために,「はい」と「いいえ」で回答できる質問を多く利用した。これらの工夫を行い,概ね予定通りに前庭リハと評価が実施できた。結果的に,症状も軽快に至り,患者本人は満足していた。聴覚障がい者が健診を受診する際に希望する言語媒体についてのアンケートにて,多い順に,筆談,ジェスチャー,口話,点滅などの電気合図,手話であり多様であったとされており15),また,聾唖の片麻痺に対するリハビリテーションの1症例報告では,筆談,口話,ジェスチャー,模倣,ボディタッチなどを利用し,訓練が進むにつれ適切な指示方法が明確となり,徐々に動作訓練が行いやすくなったとされている16)。本症例においても多様な方法を用い,徐々に前庭リハを進めやすくなった実感があり,個々に工夫するのが良いと考えられた。一方で,本症例は,他の発話障害のない患者と比較し症状や意思の表出量は少なく,紙に書かれる文も短いものが多く,日記の自由記載欄にも記載がなかった。そのため,自覚的な症状の変化や詳細の実施状況などの情報収集は不十分であった可能性は否定できない。今後また発話障害のある症例を治療する機会があれば,日記への自由記載例を示したり,事前に準備するタブレット端末の画面のバリエーションを多くそろえたりするなど,更なる工夫を行いたい。

 まとめ

両側重度感音難聴と発話障害のある両側前庭機能障害患者に対し,PTが介入し前庭リハを施行した。タブレット端末やジェスチャーなど音声以外でコミュニケーションをとるための工夫を行い,通常と同じプロトコールの前庭リハを実施でき,めまい症状の改善を得ることができた。

利益相反に該当する事項はない。

Notes

別刷請求先:浅井友詞

文献
 
© 2025 一般社団法人 日本めまい平衡医学会
feedback
Top