Equilibrium Research
Online ISSN : 1882-577X
Print ISSN : 0385-5716
ISSN-L : 0385-5716
原著
めまい診断における包括的平衡機能検査の有用性とデータベース化の重要性
三輪 徹二見 駿平
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 84 巻 4 号 p. 197-203

詳細
Translated Abstract

The utility of balance function tests in the diagnosis of vertigo was retrospectively evaluated using paper-based data (1996–1998) and digitally collected data (2023–2024). Data of a total of 1,392 cases from the paper dataset and 182 cases from the digital dataset were analyzed by logistic multivariate analysis for major vertigo disorders. The diagnostic value of individual tests varied by disorder, and the incorporation of newer testing modalities appeared to enhance the diagnostic accuracy. While data entry from paper records was time-consuming, the digital dataset allowed for efficient data capture and reliable storage, underscoring its potential usefulness for the development of AI-based automated diagnostic systems.

 緒言

めまいの正確な診断は,めまい患者のケアにおいて非常に重要である。問診は重要な役割を果たすが,平衡機能検査の実施もまた重要である。しかしその有用性にもかかわらず,既存のほとんどの平衡機能検査は単独では決定的な診断を下せないことが多い1)。各々の疾患の診断に必要な特定の検査については多くの研究が行われているが,どの検査の組み合わせが診断に最も適切かなどの包括的な取り組みは依然として著しく不足している。さらに日常診療の制約内でそれらの平衡機能検査結果を統合するという課題は依然として残っている。最近では,診断の標準化や自動診断ツールの出現により,医療診断の状況にパラダイムシフトが起こっている2)3)。これには大規模言語モデルとディープラーニング手法,Artificial Intelligence(AI)の有望な統合も含まれる2)。この分野の進化に伴い,自動診断ツールがめまい診断に革命をもたらす可能性が徐々に認識されつつある。これにより,将来的には従来の診断アプローチよりも迅速な診断が可能になるかもしれない。この方向でのさらなる進歩を見越して,自動診断に既存のデータが適しているかどうかの予備評価を行うことが不可欠になっている。

これまで旧大阪市立大学耳鼻咽喉科では,1996年頃よりめまい検査シートを紙データとして各医師の診断と共に記録してきた。さらに2023年頃よりは大阪公立大学内で実装されているREDCap(Research Electronic Data Capture)を用いてデジタルデータを収集しデータベース化を進めている。REDCapはGood clinical practice(GCP)準拠の世界標準電子データ集積システムであり,世界標準臨床研究支援ツールである4)。Vanderbilt大学が開発し,使用する際には同大学との契約によりソースコードが提供される。電子カルテ上で運用が可能であり,患者ID対応表を用いればインターネットで多施設共同研究が可能である。我々は,効果的なめまい診断と治療計画に特化した自動化システムの構築において,現在のデータの適用可能性と信頼性を確認することが極めて重要であると考えている。そこで,本研究では,限られた時間内で有益な診断テストを実施し,医療スタッフと患者の負担を軽減し,めまい治療の将来の進歩への道筋をつけることを目的として,従来の診断アプローチおよび今日の診断アプローチと自動診断ツールの進化のギャップを埋めることを目指した。

 方法

紙データ:1996年4月から2008年3月の間に大阪市立大学耳鼻咽喉科で平衡機能能検査を受けた8698例のうち,結果をExcelに入力し得た1400人(1996年4月-1998年3月)の患者を対象とし後方視的に検討した。記録が不明瞭または区別できない患者は除外した。平衡機能検査としてMannテスト,片脚起立試験,足踏み試験,眼振検査(頭位,頭位変換眼振含む),Eye tracking test(ETT),Optokinetic nystagmus(OKN),冷温交互法の温度刺激検査,Schellong検査が行われた。さらに,心理テストとしてコーネル医学指数(CMI),聴力評価には標準純音聴力検査が行われていた。各々の検査方法,異常判定基準および診断は,当時の日本めまい平衡医学会基準に従った5)。Mannテストや片脚起立試験,足踏み試験,眼振,ETT,OKN,Schellong検査,CMIに関しては何らかの異常が認められれば異常とし,温度刺激検査はCP%を,聴力は患側耳の聴力気導閾値を6分法で用いた。

デジタルデータ:2023年4月より2024年3月までに大阪公立大学耳鼻咽喉科で平衡機能能検査を受けた182例のうち,結果をREDCapに入力した全例を対象とし後方視的に検討した。検査を施行し得なかった場合など,データ欠損があった場合には除外した。平衡機能検査としてラバー負荷重心動揺検査,フーラージュテスト6),眼振検査(頭位,頭位変換眼振を含む),ETT,OKN,冷温交互法の温度刺激検査,video head impulse test(vHIT),cervical vestibular evoked myogenic potential(cVEMP),ocular VEMP(oVEMP),Subjective visual vertical(SVV),Head up tilt試験(HUT)が用いられた。聴力評価には標準純音聴力検査が行われた。各々の検査方法,異常判定基準および診断は,日本めまい平衡医学会およびバラニー学会に従った7)8)。眼振やETT,HUTに関しては何らかの異常が認められれば異常とした。ラバー負荷重心動揺検査は閉眼時の単位軌跡長(前庭覚依存),速度ラバー比(体性感覚依存),速度ラバーロンベルグ率(視覚依存)を,フーラージュテストはFoulage test(FT)値の患側/健側比(FT比)を,OKNは患側/健側比を,温度刺激検査はCP%を,vHITは外側半規管のVOR gainの患側/健側比を,cVEMP,oVEMPはAsymmetry ratio(AR%)を,SVVはSlopeの患側/健側比の数値をそれぞれ用い,聴力は患側耳の聴力気導閾値を6分法で用いた。紙面の都合上,詳細な検査方法や異常判定基準,診断基準については割愛した。

検査の診断的有用性を決定するために,各疾患を目的変数として,ロジスティック多変量解析を行った。説明変数には,年齢,性別,検査結果を含めた。ロジスティック回帰モデルの複雑さとデータへの適合度を調整するために,Akaike情報量規準(AIC)を使用した。非収束データは解析から除外した。統計解析にはGraphPad Prism(Ver 9.5.0;GraphPad Software, Boston, MA, USA)を用い,p値は0.05未満を有意と判定した。

本研究は大阪市立大学倫理委員会の承認を受けた(承認番号:2020-82)。

なお今回の研究では紙面の都合上,紙およびデジタルデータにおいてメニエール病(MD),起立性調節障害(OD),前庭神経炎(VN),良性発作性頭位めまい症(BPPV),前庭性片頭痛(VM)の結果のみを示すこととした。

 結果

紙データをExcelに手動で入力するために,筆者と研究補助員の2人で総計198日を要した。紙データに関しては,判読不能な筆跡の8例を除外した結果,合計1392例の患者が対象となった。対象者の平均年齢は53.2 ± 15.8歳で,男性492例,女性900例であった。44%(n = 616)の患者に複数の診断が認められた。具体的な診断名としては,MDが134例,ODが726例,VNが30例,BPPVが138例,中耳炎が40例,聴神経腫瘍(AT)が83例,神経変性疾患が61例,心因性めまいが74例,末梢前庭障害が490例,薬剤誘発性めまいが8例,脳腫瘍が4例,ハント症候群が2例であった。

デジタルデータに関してはタブ式入力で検査直後に手動で入力し,Excel出力は数分で終了した。全192例のうち,欠損データがあった10例を除外し,合計182例を対象とした。対象者の平均年齢は51.5 ± 17.6歳で,男性61例,女性121例であった。50%(n = 91)の患者に複数の診断が認められた。具体的な診断としては,MDが37例,ODが77例,VNが23例,BPPVが65例,ATが1例,神経変性疾患が4例,心因性めまいが6例,両側末梢前庭障害が5例,一側末梢前庭障害が6例,ハント症候群が1例,梅毒が1例,めまいを伴う突発性難聴が4例,頸性めまいが2例,加齢性平衡障害が1例,持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)が43例,VMが31例,前庭性発作症が3例,原因不明が4例であった。

多変量解析データを表12に示した。MDに関して,紙データでは聴力検査での悪化(p < 0.001)が有用であるという結果であったが,デジタルデータではCP%の高値(p = 0.03),AR% cVEMPの高値(p = 0.01),ラバー比(体性感覚依存)の高値(p = 0.02),FT比の高値(p = 0.02)が有用という結果であった。半規管機能検査と耳石器機能検査および体平衡検査が重要である可能性が示唆された。ODは,紙データでは性別(女性,p = 0.04),足踏み検査の異常(p = 0.04),頭位眼振を認めない(p = 0.002),Schellong検査で異常(p < 0.001)が有用であると検出されたが,デジタルデータでは性別(男性,p = 0.03),頭位眼振を認めない(p = 0.006),AR% cVEMPの低値(p = 0.003),AR% oVEMPの低値(p = 0.03),SVVで低値(p = 0.001),HUTで異常あり(p = 0.02)が有用であると検出された。大まかには同じ傾向であったが,性差が反対の結果になった。VNは,紙データでは有意な検査が検出されなかったが,デジタルデータでは年齢(高齢,p = 0.04),CP%の高値(p < 0.001),vHIT(患側/健側比)での低値(p = 0.04)が有用であると検出され,半規管機能の障害が診断に重要であることが示された。BPPVは,紙データでは有用な検査は検出されなかったが,デジタルデータでは頭位変換眼振を認める(p = 0.04),SVVで高値(p < 0.001),ラバー比(体性感覚)の低値(p = 0.01),HUTで異常なし(p = 0.01)が有用であると検出され,耳石器機能検査との関連が示された。

表1 紙データによる多変量解析

目的変数 説明変数 オッズ比 95%信頼区間 P値
MD (Intercept) 0.03 0.009–0.09 <0.001
聴力検査 10.70 3.03–37.70 <0.001***
OD (Intercept) 0.00 0.00–0.05 0.00
性別 2.59 1.05–6.37 0.04*
足踏み検査 5.84 1.11–30.70 0.04*
頭位眼振 0.47 0.29–0.77 0.002**
頭位変換眼振 2.23 0.86–5.81 0.1
Schellong検査 420.00 42.10–4190.00 <0.001***
VN (Intercept) 3.4 × 10−10 0.00–Inf 1.00
自発眼振 5.90 0.51–68.50 0.16
BPPV (Intercept) 0.02 0.00–0.13 0.002**
自発眼振 2.74 0.96–7.88 0.06
Schellong検査 4.14 0.88–19.60 0.07
ETT 0.15 0.02–1.19 0.07
CMI 2.72 0.94–7.91 0.07

*:p < 0.05,**:p < 0.01,***:p < 0.001

表2 デジタルデータによる多変量解析

目的変数 説明変数 オッズ比 95%信頼区間 P値
MD (Intercept) 0.005 5.0 × 10−4–0.54 0.02*
CP% 1.02 1.00–1.04 0.03*
AR% cVEMP 1.03 1.01–1.06 0.01*
ラバー比(体性感覚) 4.15 1.19–14.50 0.02*
ラバーロンベルグ(視覚) 0.27 0.06–1.29 0.10
FT比 37.90 1.66–867.00 0.02*
OD (Intercept) 3280.00 71.40–1.5 × 103 <0.001***
年齢 0.98 0.94–1.01 0.12
性別 0.26 0.07–0.93 0.03*
頭位眼振 0.12 0.02–0.55 0.006**
AR% cVEMP 0.82 0.72–0.94 0.003**
AR% oVEMP 0.95 0.91–1.00 0.03*
SVV 0.67 0.53–0.85 0.001**
HUT 4.37 1.20–15.90 0.02*
VN (Intercept) 0.00 1.0 × 10−10–0.28 0.02*
年齢 1.16 1.00–1.34 0.04*
性別 0.20 0.02–1.55 0.12
CP% 1.07 1.03–1.10 <0.001***
vHIT 0.004 0.00001–0.97 0.04*
BPPV (Intercept) 0.01 2.0 × 10−3–4.05 0.13
頭位変換眼振 6.36 1.06–38.10 0.04*
AR% cVEMP 0.92 0.82–1.02 0.10
SVV 2.16 1.42–3.28 <0.001***
ラバー比(体性感覚) 0.04 0.004–0.43 0.01*
HUT 0.10 0.01– 0.01*
VM (Intercept) 133.00 0.20–9.1 × 103 0.14
年齢 0.87 0.79–0.96 0.007**
性別 28.80 1.53–542.00 0.02*
自発眼振 0.11 0.005–2.23 0.15
AR% cVEMP 1.07 0.98–1.17 0.12
FT比 364.00 0.28–478000.00 0.11

*:p < 0.05,**:p < 0.01,***:p < 0.001

また,紙データの当時では疾患概念がなかったVMでは,年齢(若年,p = 0.007)および性別(女性,p = 0.02)が検出された。

 考察

本研究では,紙データとデジタルデータを用いて解析を行うことで,様々な前庭障害の診断に有効な平衡機能検査を特定することに成功し,確立された診断方法の確認と課題の両面を明らかにした。また,機器および診断の進歩が,有用な検査方法の選択に寄与することも明らかとなった。さらに,データベース化を行う上で,デジタルデータでの記録の重要性についても再認識した。

疾患診断のための検査方法の特定は,既存の文献と概ね一致しており9),デジタルデータになるとさらにそれが正確となり,診断指標の信頼性を確認するものであった。紙データにおける聴力検査とMD診断,Schellong検査とOD診断との関連性は,過去の報告から明らかになっておりこれらの診断ツールの一貫性と信頼性を高めている9)。デジタルデータにおいては,cVEMPとMD診断,vHITとVNの関連性などが示す通り,耳石器機能検査や半規管機能検査の近年開発された検査が診断に強く寄与していることも示す結果であり,これらの定量的で客観的なデータが診断の正確性や信頼性を高めていると考えられた。旧検査時には疾患概念が存在しなかったVMについては,平衡機能検査の有用性は現在まで示されていないが,年齢や性別のみが有用な因子であると検出された。ただし,有意差は認めなかったもののFT比のオッズ比は高く,新規検査によるVM診断の可能性も示唆する結果となっていた。フーラージュテストは足踏み試験の定量検査であり,FT比は動的体平衡検査における視覚の影響を示すものである6)10)11)。片頭痛の前兆症状などには閃輝暗点などもあり視覚の関連も考えられることから,今後症例数を増加し検討を進めれば有用性が示される可能性がある。

ODの診断に関して,紙データとデジタルデータで男女が逆転していることがわかった。一般的にODは女性に多い傾向にあるとされているものの,18–20歳および75歳以上では男性の罹患率が高いとされている12)13)。今回の研究のデータを見直すと,18–20歳と75歳以上は紙データでは726人中52人(7.2%),デジタルデータでは33人中10人(30.3%)であったことから,コホートの違いにより男女の逆転が生じたものと考えた。

BPPVの診断に関して,紙データにおいては診断に重要と考えられる頭位・頭位変換眼振の因子は検出されなかった。検査当時には臨床症状のみからBPPVと診断されたか,あるいは1996年頃の半規管結石症の認知度の問題もあり,中枢性病変として診断されていた可能性も否めない14)。一方,デジタルデータでは頭位変換眼振が有用であると検出され,正確な診断がなされていることが示唆された。このことは診断の標準化が進んだことが寄与しているものと考えられる。さらに興味深いことに,SVVやラバー比(体性感覚)などの因子も有用であることが示され,BPPVに耳石器機能異常が関与する可能性や体性感覚異常が関与する可能性も示唆された。最近の知見では,BPPVが耳石器機能異常,体性感覚との関連も示されてきている15)16)ことから,今回の研究が疾患の特性の抽出に寄与する可能性を示唆している。

データの収集に関して,現代においてはAIによる診断が各分野で検討されており,正確な診断とするための大規模なデジタルデータが必要となる。今回の研究では,紙データからExcelに転記する作業はすべて手作業であり,膨大な時間と金銭を要した。さらに,労力不足と予算不足により8698例中1400例しか入力の試みができず,他は廃棄となった。この膨大な作業がなければそのまま廃棄されるデータであり,貴重なデータが失われる予定となっていた。一方,REDCapでのデータ収集はカルテ上で入力が可能で,検査を依頼した医師や検査技師がタブ式入力で簡便に入力できる。デジタルデータでありサーバー保存されていることから半永久的に残すことができる4)。これまでも渡辺らがめまい検査のデータベース化についての重要性について論じていた17)が,現実には検査機器や検査方法,ガイドラインは標準化されているものの,データベース化についてはいまだに進んでおらず各施設でばらばらな記録法が用いられている。疫学調査の際には人海戦術による紙データ提出の方法が蔓延っている。

今後,平衡機能検査を用いてめまい疾患のAI自動診断を行うことを目指すためには,診断基準を明瞭化した上で定量評価を行いデジタル化された問診票や入力表を用いてデータを蓄積する必要がある。このためには,学会や行政などが主導した画一したデータベースが必要不可欠であり,今後の動きが切望される。

本研究にはいくつか限界点がある。両方法とも問診データは利用できなかった。問診データの利用についてはいくつかの報告がある18)19)が,今後はデジタル化された問診票の利用により診断精度の向上が図られる必要があると考えられる。また,本研究は単一施設で実施された予備的研究であるため,今後の研究ではサンプルサイズを大きくするか,多施設でデータを前向きに調査する必要があると考えられる。

利益相反に該当する事項はない。

本研究は,第83回日本めまい平衡医学会学術講演会において座長推薦を受けた。

文献
 
© 2025 一般社団法人 日本めまい平衡医学会
feedback
Top