2025 年 84 巻 4 号 p. 231-234
症例:80代女性
主訴:浮動性めまい
既往歴:高血圧,大動脈弁閉鎖不全による弁置換術後,感染性心内膜炎,乳癌術後,C型肝炎治療後
現病歴:X − 1年にA病院循環器内科にてブドウ球菌に起因する感染性心内膜炎に対しガイドラインに準じてセファゾリン1日6 g/分3を30日,ゲンタマイシン1日80 mg/分1を15日間投与され加療された(体重43 kg,明らかな腎機能障害なし)。加療の甲斐あり感染性心内膜炎は治癒したが浮動性めまいや歩行時の動揺視が生じ,A病院耳鼻咽喉科を受診した。A病院では明らかな異常指摘されず抗めまい薬等処方されたが改善せず,以降数か所耳鼻咽喉科や脳神経外科を受診したものの原因不明とされ,精査加療目的にX年当科紹介受診となった。
〈初診時所見〉
耳内所見異常なし。聴力検査では4分法で右35 dB,左56.3 dBにて軽度から中等度の難聴を認めた。歩行は家族に支えられながら何とか可能といった状態であり,両脚直立検査では開眼での起立は可能であったものの閉眼では不可であった。初診時DHIは54点だった。注視眼振,自発眼振,頭位眼振,頭位変換眼振検査では明らかな眼振は見られなかった。Video Head Impulse Testにて両側とも外側半規管のVOR gainの著明な低下(右0.29,左0.33)とCatch up saccadeがみられ(図1a),前庭誘発頸筋電図(cVEMP)では両側とも反応消失が見られた。(図1b)。

a vHIT所見 両側ともVORgain低下(右0.29,左0.33)と著明なcatch up saccadeを認める。
b cVEMP所見 両側とも再現性ある波形は認められない。
〈臨床経過〉
以上の所見よりアミノグリコシド系抗菌薬による両側前庭機能低下と診断し,本人および家族に対し難治性であることを説明した上で,当院に2週間入院の上前庭リハビリを施行した。内容に関しては前庭リハビリのガイドライン等に基づき① 視線安定化訓練 ② 姿勢の安定化訓練 ③ 頭部運動によるめまい感に対する慣れの訓練 を導入した。リハビリにより歩行やADLは著明に改善し,退院後3か月の時点でDHIなど再評価を行う予定であったが再診されず,詳細な評価は行えていない。
めまいを訴える患者に対応する際は眼振の有無を評価することが必須である。良性発作性頭位めまい,メニエール病,前庭神経炎などは発作時に眼振が確認できるため診断は比較的容易であるが,持続性知覚性姿勢誘発性めまい,起立性調節障害や今回のような両側前庭機能低下の場合には眼振がみられないため,めまい診療に慣れていないと異常なしと診断する可能性がある。簡易検査で所見がない,経過の長いめまいは詳細な問診にて原因疾患を推測し適切な対応をすることが望まれるが,診断や対応が困難であると考えた際にはめまい相談医への紹介を検討してほしい。
2)両側前庭機能低下について両側前庭機能低下は持続するふらつき,体動時の動揺視などの症状が慢性的にみられる疾患であり,本邦の調査では有病率が10万人あたり0.84人,年間発生率が0.32人とされている1)。両側前庭機能低下を来す要因として耳毒性の薬剤によるものは全体の3%と指摘されており,他に遺伝性疾患や中枢疾患,両側メニエール病,免疫疾患など原因は多岐にわたるが原因不明のものも多い1)2)。診断基準(表1)がバラニー学会により提唱されており3),症状の問診とともに温度刺激検査やvHITが必要である。本症例で提示したvHITが簡便であり診断上有用であるが検査機器が必要となるため,一般診療所で診断する際にはbedside HITが有用である。筆者もかつてbedside HITの有用性について報告4)し,bedside HITにて両側前庭機能低下の診断がついた症例を経験したことがある。治療には前庭リハビリ,感覚代行,人工前庭など報告されている5)ものの前庭リハビリが最も簡便に施行でき汎用性が高く,ガイドラインでも推奨されているため6)治療の第一選択として適用することが望ましいと考える。
| Definite |
| A.次のような症状のある慢性的な前庭症状がある |
| 1.起立時あるいは歩行時に不安定感がありかつ次の2か3の少なくとも一方を認める |
| 2.歩行時あるいは急速な頭部/身体運動時の視界のぼやけあるいは動揺視 |
| 3.暗所あるいは不安定な地面での不安定感の増悪 |
| B.静止した状態での座位あるいは臥位では症状がない |
| C.両側性に減弱したVOR(前庭眼反射)の次の方法による証明 |
| 1.vHITあるいはサーチコイル法でのHITの両側の外側半規管VORgainが0.6未満 |
| 2.温度眼振の減弱(冷温交互法で各側の最大緩徐相速度の和が6°/sec未満) |
| 3.回転椅子での振子様刺激(0.1 Hz Vmax = 50°/sec)での外側半規管VORgain <0.1でphase lead >68°(time constant <5 sec) |
| D.他の疾患で説明できない |
| Probable |
| A.次のような症状のある慢性的な前庭症状がある |
| 1.起立時あるいは歩行時に不安定感がありかつ次の2か3の少なくとも一方を認める |
| 2.歩行時あるいは急速な頭部/身体運動時の視界のぼやけあるいは動揺視 |
| 3.暗所あるいは不安定な地面での不安定感の増悪 |
| B.静止した状態での座位あるいは臥位では症状がない |
| C.両側で外側半規管のbedside HIT(定性的なHIT)が陽性 |
| D.他の疾患で説明できない |
文献3)から引用,翻訳した
薬剤による内耳障害,薬剤性めまいについては表2の通り種々の報告があるが,両側前庭機能低下を来すものとして① シスプラチン製剤 ② アミノグリコシド系抗菌薬 ③ サリチル酸製剤 ④ ループ利尿薬 などが報告されており2)7),中枢障害を来すものとしてリチウム製剤8)やカルバマゼピン9)などが近年本学会誌で報告されている。めまいを訴える患者で既知の疾患概念に該当しない場合,これらの薬剤の服用歴がないかを問診で押さえておきたいところである。本症例で投与されていたアミノグリコシド系抗菌薬は内耳障害を生じる代表的薬剤であり,感染性心内膜炎や結核の加療などで用いられているが,投与方法,投与量,投与期間などに左右されず一定の割合で耳毒性を生じる可能性がこれまで報告されている10)ため,使用にあたってはこまめな問診などで耳毒性の出現に注意し,病状に応じて短期間の使用にとどめることが望ましいと考える。
| 内耳障害によるもの | アミノグリコシド系抗菌薬 |
| シスプラチン製剤 | |
| ループ利尿薬(フロセミド) | |
| サリチル酸製剤(アスピリン) | |
| 脳循環不全によるもの | 利尿薬,降圧薬,狭心症治療薬 |
| 中枢神経抑制によるもの | 抗てんかん薬(カルバマゼピンなど) |
| 抗不安薬,催眠・鎮静薬(ベンゾジアゼピン系など) | |
| 抗うつ薬,抗精神病薬(リチウム製剤など) | |
| 抗ヒスタミン薬 | |
| 抗不整脈薬 | |
| 抗パーキンソン薬 など |
文献7)から引用
めまいの診断は時に困難であるが,典型的疾患の特徴や診断基準,めまい疾患の疫学をある程度念頭に置き,典型的疾患に該当するか否かを検討してほしい。また,本症例のような非典型的・慢性めまいに遭遇した場合にはいつも以上にめまいの経過を問診で確認し,原因を探ることが望ましいと考える。眼振の有無を確認するのはめまい診療の第一歩であるが,“眼振がないから異常はない”という考えは危険であることを強調したい。そして,この報告が読者の皆様のめまい診療の参考となれば幸いである。
利益相反に該当する事項はない。