2025 年 84 巻 6 号 p. 533-538
The present case report documents the case of an 83-year-old female patient who was diagnosed as having spinocerebellar ataxia type 6 (SCA6). The patient was initially suspected as having cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome (CANVAS) due to the severe bilateral vestibular disorder. She had experienced unsteadiness and slurred speech for years. During the neurologist consultation, it was determined that she was exhibiting symptoms of cerebellar ataxia. The patient had a negative family history of cerebellar ataxia. A comprehensive clinical evaluation revealed the presence of gaze-evoked nystagmus, saccadic pursuit, and diminished vibration sense in the lower limbs. No spontaneous, positional, or positioning nystagmus was observed. The hearing test revealed only age-appropriate sensorineural hearing loss. Brain MRI revealed mild cerebellar atrophy. The video head impulse test (vHIT) showed decreased vestibulo-ocular reflex (VOR) gain in all semicircular canals on both sides. As the findings were possibly suggestive of CANVAS, genetic testing was performed, which revealed that the diagnosis was not CANVAS, but rather SCA6.
In cases of SCA6, cerebellar ataxia and any type of nystagmus are common, as seen in the CANVAS study, but bilateral vestibular disorder has never been reported. Our case underscores the need to bear in mind the possibility of vestibular disorders even in patients with SCA6.
Cerebellar ataxia with neuropathy and vestibular areflexia syndrome(CANVAS)は,両側前庭障害,小脳性運動失調,感覚神経障害の3つを主徴とするまれな疾患である1)。今回我々は,高度の両側前庭障害,小脳性運動失調に加えて両下肢振動覚低下を認めたことからCANVASを疑ったが,遺伝子検査の結果,最終的に脊髄小脳失調症6型(Spinocerebellar Ataxia Type 6: SCA6)と診断された症例を経験した。CANVASとSCA6の臨床像について文献的考察を加えて報告する。
【83歳 女性】
【主訴】ふらつき
【現病歴】3年前,椅子に上って洗濯物を干しているときにふらついて転倒し頭部を打撲するエピソードがあり,以降ふらつきを自覚するようになった。話しにくさも自覚していた。半年前に不安定歩行が出現したため杖歩行を開始した。同時期に書字困難も自覚するようになった。前医神経内科を受診したところ小脳性運動失調を指摘された。精査加療目的に当院神経内科へ紹介され,眼球運動および前庭機能の精査のため当科を紹介受診した。
【既往歴】子宮筋腫(子宮摘出後),白内障術後
【家族歴】神経筋疾患の家族歴なし
【診察所見】両側鼓膜に異常所見を認めなかった。鼻および咽喉頭にも異常所見なく,喉頭内視鏡検査にて声帯開大不全を認めなかった。神経学的陽性所見として,滑動性眼球運動障害,右側指鼻試験軽度拙劣,両側膝踵試験拙劣,両側下肢振動覚低下,不安定歩行,構音障害を認めた。
【検査所見】
赤外線CCDカメラによる観察において自発・頭位・頭位変換眼振を認めなかった。ビデオ眼振図検査では水平注視方向性眼振を認めた(図1a,b)。視標追跡検査では一部にsaccadic pursuitを認めた(図1c)。温度刺激検査(20°C,5ml,少量注水法)では右が無反応,左が最大緩徐相速度8.5°/秒と両側前庭機能低下が示唆された。Video head impulse test(vHIT)ではVOR gainが右水平半規管:0.55,右前半規管:0.65,右後半規管:0.33,左水平半規管:0.58,左前半規管:0.35,左後半規管:0.52と全ての半規管で低下を示し,左前半規管を除く5つの半規管でcatch up saccadeを認めた(図2)。cervical vestibular evoked myogenic potential(cVEMP)ではasymmetry ratio = 1%と左右差を認めなかった(図3)。ocular VEMP(oVEMP)では両側とも再現性のある波形を認めなかった。

右方注視時に右向き,左方注視時に左向きの注視方向性眼振を認めた。
赤外線CCDカメラによる自発・頭位・頭位変換眼振検査では眼振を認めなかった。



両側全ての半規管でVOR gainの低下を認めた。左前半規管を除く5つの半規管でCUSを伴っており,両側の前庭機能障害が示唆された。

cVEMPのp13-n23振幅は,右耳32.1 μV,左耳32.8 μV,AR = 1%と左右差を認めなかった。
標準聴力検査では右 47.5dB,左 45.0dB(4分法)と両側感音難聴を認めた(図4)。

頭部単純MRIでは,小脳上面に軽度の萎縮を認めた(図5)。

T1強調像にて小脳上面に軽度萎縮を認めた(矢印)。
神経内科にて神経伝導検査が施行されたが,正中神経・尺骨神経・脛骨神経・腓骨神経・腓腹神経において伝導速度は正常範囲内であり病的所見を認めなかった。
【経過】本症例は両側前庭障害,小脳性運動失調,両下肢振動覚の低下を認めたことからCANVASが疑われた。Szmulewiczらによる診断基準案2)では,①検査におけるVOR gainの低下,②小脳失調およびMRIでの小脳萎縮,③神経伝導検査における異常所見,④遺伝学的検査による脊髄小脳失調症3型(SCA3)とFriedreich失調症の除外の4点を満たすことが提唱されている。本症例では,VOR gainの低下およびMRIでの小脳萎縮を認めたが,音叉による振動覚検査にて両下肢振動覚の低下を認めたものの神経伝導検査では異常所見を認めなかった。診断および他疾患の除外目的に神経内科にて遺伝子検査を施行した。CANVASの原因であるRFC1遺伝子の異常伸長を認めなかったが,CACNA1A遺伝子の異常伸長を認めSCA6の診断となった。その他の遺伝子異常は指摘されなかった。神経内科にてタルチレリン10 mg(5 mg 1錠 1日2回)の内服を開始され1年が経過したが自覚症状や神経診察所見に大きな変化はない。
SCA6は遺伝性脊髄小脳変性症のサブタイプの一つで,緩徐進行性の小脳性運動失調と頭位変換時の下眼瞼向き眼振を特徴とする疾患である3)4)。病理学的には小脳皮質に限局してプルキンエ細胞が脱落することが知られている5)。本邦の遺伝性脊髄小脳変性症の中では比較的頻度が高い。めまいを訴える症例も多く,耳鼻咽喉科を受診することも少なくない。TakahashiらはSCA6の神経耳科学的所見について,水平性注視眼振が86%,頭位変換時の下眼瞼向き眼振が69%,滑動性眼球運動障害が100%,視運動性眼振の障害が100%の頻度でみられたと報告している6)。本症例の自覚症状および眼振所見はSCA6によるものと考えられる。
一方CANVASは比較的新しい疾患概念である。2011年,Szmulewicsらは両側前庭障害を伴う小脳失調症の患者18例において感覚神経障害との関連を報告し,両側前庭機能障害・小脳性運動失調・感覚神経障害の3つを主徴とする症候群をCANVASとして提唱した1)。2019年にはRafehiらによりRFC1遺伝子のリピート異常伸長の病原性が報告された7)。病理学的には小脳におけるプルキンエ細胞の脱落に加えて,前庭神経の萎縮,前庭神経節,顔面神経節および三叉神経節の細胞数減少,腓腹神経の軸索障害が報告されている8)9)。経過は緩徐進行性で8),三徴が完全に発現するまで10年以上かかる場合もある10)ため,本症例の臨床像はCANVASとしても矛盾はない。Wuらは下眼瞼向き眼振をCANVAS 26例中17例(65%)に認めたと報告しており,頻度の高い所見である11)。
CANVASとSCA6は経過,眼振所見,小脳性運動失調という点では類似しているが,SCA6において感覚神経障害や前庭機能障害は典型的ではない。本症例では温度刺激検査およびvHITにおいて両側前庭機能障害が示唆されたためにCANVASとの鑑別を要した。両疾患の前庭機能について考察する。Yacovinoらは診断基準案を満たしたCANVASの5症例について,温度刺激検査にて低反応または無反応,vHITにて全ての半規管におけるVOR gainの低下を全例で認めたと報告した12)。VEMPを実施できた4例中4例でoVEMPの反応消失を認めたが,cVEMPでは明らかな異常所見がなかった。Morenoらは診断基準案を満たすCANVASの5症例について,全例において温度刺激検査無反応とvHITでのVOR gain低下を認めたと報告した13)。cVEMP,oVEMPでは一貫性のある所見は得られなかった。Fernandezらは遺伝学的に診断されたCANVASの7症例について,回転刺激検査においてVOR gainの低下を認めたと報告した14)。これらの報告からCANVASでは両側の半規管機能障害を特徴とすることが窺える。
次に,SCA6の前庭機能について述べる。ButtnerらはSCA6の5症例について,回転刺激検査にてVOR gainは保たれていたがVOR視覚抑制の障害を認めたと報告した15)。TakeichiらはSCA6の5症例に回転刺激検査を施行し,VORおよびVOR視覚抑制について対照群と有意差を認めなかったと報告した16)。HuhらはSCA6の11症例に対して,回転刺激検査,温度刺激検査,HIT(サーチコイル)を施行した。回転刺激および温度刺激に対する前庭反応の低下を認めなかったが,HITにおいて水平半規管のVOR gainが軽症例では増加,重症例では低下しており強い相関を示した(R = −0.927)と報告している17)。KimらはSCA6の10症例に対してvHITを施行し,VOR gainが後半規管において有意に低下した(中央値 0.68)が,水平半規管と前半規管では保たれており,10例中8例でCUSを認めたと報告した18)。ChoiらはSCA6の4症例にVEMPを施行し,全例で異常所見を認めなかったと報告した19)。
このようにSCA6の前庭機能は報告によって一貫しない。本症例では温度刺激検査における両側反応低下およびvHITにおける全半規管のVOR gain低下を認めたが,これはいずれの先行報告とも一致しない所見である。他疾患の合併による末梢前庭機能低下の可能性を完全に否定することはできないが,障害の程度が両側対称性かつ高度であること,聴力が年齢相応であること,ふらつきと構音障害の出現および進行の経過が類似していることからSCA6による前庭機能障害と考えた。先述のHuhらの報告において進行したSCA6では小脳片葉の変性のため高周波数刺激に選択的にVOR障害を認める可能性が示唆されている17)が,本症例では低周波数刺激である温度刺激検査でも異常を認めた。SCA6の病理解剖において前庭神経核にグリオーシスを伴うニューロンの脱落を認めたと報告されており20),進行の程度によっては周波数特異性のないVOR障害を呈する可能性があると考えられた。また,これまでにvHIT等により定量的に前庭機能を評価されたSCA6の症例が少ないためその特徴を十分に捉えることができていない可能性も示唆され,今後の症例の集積が必要であると考えられた。
両側前庭機能低下および小脳失調を認めたためCANVASとの鑑別を要したSCA6の1例を経験した。SCA6においても両側前庭機能障害を生じる可能性が示唆された。SCA6の前庭機能についてより多くの症例で評価を行うことが必要であると考えられた。耳鼻咽喉科医が日常診療で神経変性疾患に遭遇する機会は多くはないが,ふらつきを主訴とする患者ではこのような症例がいることを念頭に神経診察および前庭機能検査を積極的に実施するべきである。
利益相反に該当する事項はない。