魚病研究
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短報
水族館で確認されたミヤマナガクビムシSalmincola markewitschiの宿主特異性
長谷川 稜太 村上 玲央有賀 望佐藤 信洋中村 慎吾小泉 逸郎
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2024 年 59 巻 4 号 p. 139-142

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Abstract

Host specificity of the parasitic copepod Salmincola markewitschi was examined in the Sapporo Salmon Museum in Hokkaido, Japan. Of the ten salmonid species we examined, seven were infected with S. markewitschi. Particularly, three species(white-spotted charr, Salvelinus leucomaenis leucomaenis; Nikko charr, Salvelinus leucomaenis pluvius; brook trout, Salvelinus fontinalis)had high infection levels with prevalence of 30.3–56.7%, suggesting that this copepod species utilizes Salvelinus spp. as primary hosts.

ヤマメナガクビムシ属Salmincolaの寄生性カイアシ類は,淡水性サケ科魚類の主に鰓腔や口腔に寄生し(Kabata, 1969),これまでに世界中から22種が記載されている(長澤・石山,2021)。ヤマメナガクビムシ類は宿主組織を物理的に傷つけ,病変を引き起こし(Neal et al., 2021),二次感染を誘発するため(Nagasawa et al., 1995),サケ科魚類の増殖・飼育上,有害な寄生虫である。また,寄生された宿主では肥満度の低下(Hasegawa et al., 2022b; Hasegawa and Koizumi, 2024)や死亡率の上昇(Neal et al., 2021)が報告されている。

日本では,これまでに5種のヤマメナガクビムシ類が報告されている(長澤・石山,2021)。このうちミヤマナガクビムシSalmincola markewitschi(以下,本種)は,ロシア東部のアメマスSalvelinus leucomaenis leucomaenisの口腔から得られた標本に基づいて2002年に記載され,これまでにロシアの沿海州やシャンタル諸島,カムチャツカ州,サハリン(Shedko and Shedko, 2002; Shedko et al., 2023),北海道と本州における複数の河川や飼育施設から報告されている(Nagasawa, 2020, 2021長澤・石山,2021Nagasawa and Urawa, 2022; Hasegawa and Koizumi, 2024)。本種は主にイワナ属魚類Salvelinus spp.の口腔に寄生することが知られているが(Nagasawa, 2020, 2021),その宿主特異性などの生態については不明点も多い(Hasegawa and Koizumi, 2024)。著者らは最近,札幌市南区真駒内にある札幌市豊平川さけ科学館(以下,さけ科学館)にて,本種の発生状況を継続的に観察した。さけ科学館における本種の発生状況は,過去にも記載されているが(著者不明,1989高山ら,1997Nagasawa, 2021Hasegawa et al., 2022a),特定の時期に少数個体の宿主における情報のみであり,長期間,複数魚種を対象に本種の宿主特異性を調査した研究は,野外河川および屋内施設の両方においてない。本稿では本種の宿主特異性について,10魚種を対象に,さけ科学館で継続調査した結果を報告する。

材料および方法

さけ科学館では1984年の開館以来,交雑種を含め20種以上のサケ科魚類が展示されてきた(著者不明,1989高山ら,1997)。1985年,飼育されていたアメマスの口腔壁に寄生性カイアシ類が認められた(著者不明,1989)。当初このカイアシ類はヤマメナガクビムシSalmincola californiensisと同定されたものの(著者不明,1989),のちに形態観察およびDNA分析によりミヤマナガクビムシと再同定された(Nagasawa, 2021; Hasegawa et al., 2022a)。さけ科学館におけるサケ科魚類の展示は屋内水槽と屋外水槽の2つに大きく分けられ,本種の寄生は屋外水槽でのみ確認されている(有賀,未発表)。本種は,展示用に持ち込まれた北海道産アメマスと共に非意図的にさけ科学館に導入されたと推察されている(高山ら,1997Nagasawa, 2021)。

さけ科学館では,1990年代にオショロコマSalvelinus curilus(syn. Salvelinus malma krascheninnikovi)の鰓腔に特異的に寄生するオショロコマナガクビムシSalmincola edwardsiiも確認されていた(Nagasawa, 2021)。しかし,オショロコマの展示が2003年に終了したことで,この種はさけ科学館から消滅し,2020年の調査でも見られていない(Nagasawa, 2021)。またさけ科学館では,2003年から2022年4月にかけて,外部施設・河川から淡水性の寄生性カイアシ類の宿主となりうる展示魚を複数回導入しているが,その導入尾数は限られており(ヤマメとイワナの交雑魚1尾,ミヤベイワナ30尾,イトウ5尾),導入前・直後に大まかに肉眼で検査した限り,これらにカイアシ類の寄生は確認されていない(中村,未発表)。さらに,さけ科学館の飼育水には,常時揚水されている地下水(採水深度:50 m)が使用されており,河川水などは流入していないため,他種の寄生性カイアシの幼生や寄生魚が新たに侵入することはない。以上から,現在さけ科学館で発生しているカイアシ類はミヤマナガクビムシのみであると判断した。

2020年2月25日から2022年4月8日にかけて,計11回にわたって屋外水槽で同居飼育されていた以下10魚種を対象に寄生性カイアシ類の検査を行った(Table 1);イトウParahucho perryi,アメマス,ニッコウイワナSalvelinus leucomaenis pluvius,カワマスSalvelinus fontinalis,ミヤベイワナSalvelinus curilus miyabei,ヤマメOncorhynchus. masou masou,サツキマスO. masou ishikawae,ニジマスO. mykiss,カットスロートトラウトO. clarkii,ブラウントラウトSalmo trutta。調査では,手網で捕獲した展示魚をp - アミノ安息香酸エチルで麻酔処理したのち,尾叉長(FL; mm)を測定し,各個体の口腔および体表を目視で注意深く検査した。カイアシ類の寄生を認めた場合は,その数を記録した。また確認した虫体は全てピンセットで取り除いた。

Table 1. Summary of infection prevalence and intensity of Salmincola markewitschi on salmonid fishes reared in the Sapporo Salmon Museum.

Fish speciesTotal number of fish examinedFL range (mean) in mmInfection prevalenceIntensity range (mean)
White-spotted charr Salvelinus leucomaenis leucomaenis198243–487 (355.7)56.7%1–8 (2.8)
Nikko charr Salvelinus leucomaenis pluvius212112–500 (343.1)41.0%1–18 (4.3)
Brook trout Salvelinus fontinalis119110–395 (288.7)30.3%1–37 (4.7)
Miyabe charr Salvelinus curilus miyabei122163–400 (332.4)3.3%1–3 (2.3)
Masu salmon Oncorhynchus masou masou60132–217 (180.5)0%NA
Red-spotted masu salmon Oncorhynchus masou ishikawae4270–396 (353.5)0%NA
Rainbow trout Oncorhynchus mykiss330112–556 (340.3)0.6%1
Cutthroat trout Oncorhynchus clarkii43167–498 (301.5)2.3%2
Brown trout Salmo trutta107157–466 (304.8)0.9%1
Sakhalin taimen Parahucho perryi9427–559 (500.0)0%NA

Infection prevalence and intensity are given as the proportion of fish infected and the number of parasites among infected fish in each fish species. “FL” indicates the fish fork length. “NA” indicates that the variable was not applicable.

本種の寄生が認められた7魚種(Table 1;結果および考察を参照)を対象に魚種間で寄生率が異なるか,一般化線形モデル(generalized linear model, GLM)で比較した。応答変数には寄生率(寄生あり1,寄生なし0)を,説明変数にはFLおよび魚種を用いた。応答変数の誤差構造は二項分布を仮定した。さらに多重比較により魚種間の違いを調べた。なお,解析では寄生魚が全く認められなかった2020年2月25日のデータは除去した。全ての統計解析には,統計ソフトR(version 4.3.1; R Core Team, 2023)を,多重比較には,パッケージmultcompを用いた(version 1.4.9; Hothorn et al., 2016)。

本論文におけるヤマメナガクビムシ属カイアシ類の和名・学名は,長澤・石山(2021)に,カットスロートトラウトの学名はKershner et al.,(2019)に,他のサケ科魚類の和名・学名は細谷(2013)に従った。ただし,細谷(2013)ではオショロコマの学名にSalvelinus malma krascheninnikoviが用いられているが,この学名が用いられてきた日本・ロシア東部に生息するオショロコマは,S. malma種群とは異なる系統に属するため(Yamamoto et al., 2014),現在はS. curilusを用いることが多い(例えば,Dyldin and Orlov, 2016)。以上から,本稿ではオショロコマの学名としてSalvelinus curilus(syn. Salvelinus malma krascheninnikovi)を,オショロコマの亜種であるミヤベイワナの学名としてSalvelinus curilus miyabei(syn. Salvelinus malma miyabei)を用いた。また細谷(2013)ではイトウの学名としてHucho perryiが用いられているが,日本・ロシア東部に生息するイトウは系統・生態の違いから,Parahucho perryiを学名として用いることが適切であるため(Shedko et al., 1996),本研究ではこの学名を用いた。Bush et al.(1997)により提唱されている寄生率(prevalence),寄生強度(intensity),平均寄生強度(mean intensity)を宿主魚種ごとに算出した(Table 1)。

結果および考察

調査では合計1,204個体の展示魚を検査した(ただし複数回捕獲・検査した個体が含まれており,個体識別はしていない;Table 1)。カイアシ類の寄生が認められた魚種は7種であり,ヤマメ,サツキマス,イトウの3魚種には寄生は認められなかった(Table 1; Fig. 2)。アメマスおよびニッコウイワナより採集された虫体標本は,形態観察・DNA分析によりミヤマナガクビムシと同定された(Hasegawa et al., 2022a; Shedko et al., 2023; Fig. 1)。本種の寄生の大半は口腔に認められたが(Fig. 1),ごく一部の検査魚では鰓蓋外壁もしくは峡部外側に認められた。

Fig. 1. A: The parasitic copepods Salmincola markewitschi (arrowheads) infecting the bottom of the buccal cavity of brook trout Salvelinus fontinalis. B: An adult female of Salmincola markewitschi, ventrolateral view. Scale bars: A. 10 mm; B. 2 mm.

Fig. 2. A bar plot showing the infection prevalence (%) of Salmincola markewitschi on salmonid fishes reared in the Sapporo Salmon Museum. Different letters indicate statistically significant differences (p < 0.05) estimated by the generalized linear model (GLM) and subsequent multiple comparisons.

Abbreviations; WSC: White-spotted charr Salvelinus leucomaenis leucomaenis, NKC: Nikko charr S. leucomaenis pluvius, BT: Brook trout S. fontinalis, MYB: Miyabe charr S. curilus miyabei (syn. Salvelinus malma miyabei), CT: Cutthroat trout Oncorhynchus clarkii, BRT: Brown trout Salmo trutta, RT: Rainbow trout O. mykiss.

統計解析の結果,アメマス,ニッコウイワナ,カワマスは,他4魚種に比べて有意に寄生率が高かった(Fig. 2)。ニッコウイワナはアメマスに比べて有意に寄生率が低かった(GLM, z=-3.001, p=0.002; Fig. 2)。3魚種のうちカワマスの寄生が最も低かったが(Table 1; Fig. 2),GLMの解析結果では,アメマスおよびニッコウイワナの寄生率との間には有意差はなかった(アメマス vs. カワマス,z=-1.700, p=0.089;ニッコウイワナ vs. カワマス,z=-0.577, p=0.997; Fig. 2)。寄生率に対するFLの影響は有意だった(z=4.955, p<0.001)。

同一水槽内で飼育されていたにも関わらず,アメマス,ニッコウイワナ,カワマスにおける本種の寄生率は他の検査対象種より有意に高かった。この結果は,本種の好適な宿主がイワナ属魚類であることを示唆する。本種については,先行研究でも類似の宿主特異性が報告されている。ロシア東部ではアメマスに特異的に寄生し(Shedko and Shedko, 2002; Shedko et al., 2023),北海道の河川でもアメマスやカワマスにのみ寄生し,同所的に生息するヤマメやニジマスには寄生は認められない(Hasegawa and Koizumi, 2021; Nagasawa and Urawa, 2022)。一方,同じイワナ属魚類でもミヤベイワナにおける本種の寄生率は,前者3種に比較して有意に低かった(Table 1; Fig. 2)。ロシア東部でもミヤベイワナの亜種であるオショロコマには,本種の寄生はほとんど認められない(Shedko and Shedko, 2002)。以上の結果は,ミヤベイワナおよびオショロコマは,本種の宿主として適さないことを示唆する。

本研究で検査した全ての宿主魚類は同一の水槽・飼育水で飼育されていたため,どの宿主個体・種も同程度の確率でコペポディド幼生に曝されていたはずである。したがって寄生率が顕著に低かった魚種では,宿主の免疫応答などによって付着した幼生が脱落したり,発育不良が起きて成熟まで至らなかった可能性が高い。今後,宿主種ごとに本種の発育状況を詳細に記録していくことで,宿主特異性の詳細なメカニズムを明らかにできると考えられる。

カワマスとニッコウイワナ,アメマスの寄生率の間には有意差はなかった。北海道東部河川に生息する移入カワマスにも本種の寄生は普通に見られ,その寄生率はアメマスと同程度である(Nagasawa and Urawa, 2022)。本種はこれまで極東地域のみから報告されており,カワマスの自然分布域である北米からは報告されていない(Shedko and Shedko, 2002; Shedko et al., 2023)。したがって,本種の本来の宿主ではないカワマスでは,本種に対する免疫系などの抵抗性が進化しておらず,感受性が高いと考えられる。そのため,日本ではカワマスの移植が本種の個体群維持に大きく寄与している可能性がある。

謝辞

本研究を行うにあたり,札幌市豊平川さけ科学館の飼育員やボランティアの方々には非常に多くの援助を受けた。また北海道大学動物生態学コース小泉研究室のみなさまには,様々な場面で貴重な意見や指摘を頂いた。匿名の査読者2名のコメントによって,原稿を大きく改良することができた。厚く御礼申し上げる。

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© 2024 日本魚病学会
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