2025 年 60 巻 4 号 p. 195-198
One argulid specimen was collected from the caudal fin of a juvenile Japanese amberjack Seriola quinqueradiata cultured in coastal Pacific waters off Sukumo, Kochi Prefecture, western Japan. The specimen was identified as Argulus matuii based on morphological characters such as six streaks of yellow fringed with dark brown pigments on the dorsal surface of the carapace and foot-shaped natatory lobes on the fourth pair of legs. This species was previously reported from bastard halibut Paralichthys olivaceus farmed in Japan. Thus, the present collection of A. matuii represents its second record in the Japanese mariculture.
エラオ類は魚類の体表に寄生する甲殻類の一群であり,わが国の海水魚に寄生する種としてチョウ科チョウ属に属する次の6種が知られている:ウミチョウ Argulus scutiformis,ホソウミチョウA. caecus,オノダウミチョウA. onodai,マツイウミチョウA. matuii,クサフグウミチョウA. kusafugu,ヘカブイウミチョウA. quadristriatus(西村,1995;長澤,2009; Nagasawa, 2011; Uyeno et al., 2017)。インドで新種記載されたヘカブイウミチョウを除いて,他5種はわが国の野生海水魚から採取された標本に基づいて新種記載されたものである。これら日本産6種のうち,ウミチョウ,クサフグウミチョウ,マツイウミチョウの3種は野生魚ばかりでなく飼育魚からも記録がある。ウミチョウは愛知県にあった東京大学農学部の水族館で飼育されていたトラフグTakifugu rubripes(原著ではSpheroides rubripes)と瀬戸内海沿岸の陸上海水池で蓄養トラフグへの寄生(Yamaguti and Yamasu, 1959;江草,1978),クサフグウミチョウは同じ東京大学の水族館飼育のクサフグT. niphobles(原著ではS. niphobles)への寄生が知られている(Yamaguti and Yamasu, 1959)。また,マツイウミチョウは千葉県の水族館で飼育されていた海水魚3種(シマアジPseudocaranx dentex,原著ではCaranx delicatissimus;ムツScombrops boops;マダイPagrus major,原著ではPagrosomus major)と大分県の養殖ヒラメParalichthys olivaceusに寄生した例がある(Sikama, 1938; Nagasawa and Fukuda, 2009)。なお,福井県の養殖トラフグに寄生したチョウ属エラオ類は原著(瀧,1962)では種同定されなかったが,長澤(2009)はそれをウミチョウとみなした。
本論文の筆者は,日本産海水魚に寄生するチョウ属エラオ類の分類と生態に関する研究を進めており,今回,高知県で養殖されていたブリSeriola quinqueradiata稚魚から採取されたエラオ類標本を観察する機会を得て,マツイウミチョウに同定した。上記したように,マツイウミチョウの養殖海水魚への寄生は大分県産養殖ヒラメで知られているに過ぎない。本論文では,わが国の養殖海水魚におけるマツイウミチョウの第2寄生例として,採取されたマツイウミチョウの形態を簡潔に報告するとともに,感染場所等に関する考察を行う。また,標本採取後,70%エタノール液中で長期間保存されたマツイウミチョウの体色変化についても報告する。
2012年6月15日,高知県宿毛市沿岸域で養殖ブリ稚魚に水産用ワクチンを接種中に,作業者が1尾の尾鰭に見慣れない寄生虫を見つけて写真撮影するとともに,専門家に同定を依頼するために,寄生虫を採取して10%ホルマリン液で固定した。後日,この標本は東広島市にある広島大学の水産増殖学研究室に送付され,筆者がその体色を観察し写真撮影後,70%エタノール液中に移した。その後,静岡市にある水族寄生虫研究室において,筆者が標本の全長(背甲前端から腹部後端までの長さ)と体幅(背甲最大幅)を 0.1 mm単位で測定するとともに,実体顕微鏡(Olympus SZX10)と生物顕微鏡(Olympus BX51)を用いて,体各部を観察してマツイウミチョウに同定した。このとき,標本の体色も観察し,写真撮影を行った。また,第1小顎外縁部にある支条数を知るために,標本をラクトフェノール液で透徹して支条数のカウントを試みたが,標本の状態が悪くデータを得ることができなかった。マツイウミチョウの標本は現在,茨城県つくば市にある国立科学博物館筑波研究施設の甲殻類コレクションに収蔵されている(NSMT-Cr 32972)。本論文で述べる魚類の学名と和名は本村(2025)に従う。また,マツイウミチョウの形態用語は基本的に長澤・谷口(2021)に従うが,そのなかで用いた「第1小顎吸盤縁部」を使用せず,本論文では「第1小顎外縁部」を用いる[長澤・小畑(2025)を参照]。
マツイウミチョウ1個体が,ブリ稚魚(全長130 mm)の尾鰭に,体を前方に向けて寄生していた(Fig. 1A)。ワクチン接種のために,極めて多数のブリ稚魚が短時間で処理されたため,寄生率は不明。

標本は成体雌で,全長と体幅はそれぞれ 13.6 mmと 6.5 mm。体は扁平で,背甲は楕円形,前側縁の湾入はやや深く,背甲前域は前方に少し突出し,前縁は円い(Fig. 1B, D, E)。背甲は後部から前方に深く湾入して,中央部から左右1対の側葉となり,後方で一部が重なり,側葉後端は円い。背甲前部に1対の複眼,その後方の正中線上に1個のノープリウス眼がある。背甲側葉は,第1胸肢,第2胸肢の底節・基節,第3~4胸肢の底節を覆う。背甲前部腹面に各1対の第1触角と第2触角がある。第2触角の後方に,吸盤状の1対の第1小顎,さらに強固な1対の第2小顎が続く。胸部は4節で,各節に1対の胸肢を左右に有する。第4胸肢底節は足形の遊泳葉に変形する(Fig. 1F)。腹部は左右の腹葉に分かれ,各腹葉はやや長く後端は尖る(ただし,片方の腹葉後端は変形して円い)。
色彩:背甲と腹部の背面はほぼ白色,背甲背面には6条(各側葉には3条)の黄土色の縦縞があり,それらは暗褐色色素で縁取られる。腹部の背面中央部には1対の不定形の褐色斑があり,各腹葉では2本の暗褐色色素が縦走する.複眼とノープリウス眼は黒色(Fig. 1B, C,2012年6月15日に標本を10%ホルマリン液で固定し4日後の6月19日に観察)。その後,標本は70%エタノール液中に移され約12年11カ月後には,背甲と腹部はほぼ白色か薄黄色,背甲背面にあった縦縞は消え,縦走する暗褐色色素を微かに確認。各腹葉の側面に沿って1本の暗褐色色素が前後に走る。複眼とノープリウス眼は黒色(Fig. 1D, E,2025年5月13日に観察)。
マツイウミチョウは,千葉県旧太美村(現在の鴨川市南部)産イサキParapristipoma trilineatumから採取された標本に基づき,1938年に新種として記載された(Sikama, 1938)。その後,神奈川県相模湾産シマアジと愛媛県宇和島市産キチヌAcanthopagrus latusから採取された標本を用いて,成体雌が再記載された(齋藤・長澤,2010; Nagasawa and Mizuno, 2022)。本研究で観察したエラオ類標本は,全長 13.6 mmの成体雌で,上記の形態学的特徴を示し,特に10%ホルマリン液で固定4日後でも背甲背面に6条の黄土色の縦縞模様と各縦縞を縁取る暗褐色色素が見られた。この模様は,過去にマツイウミチョウで報じられた模様(Sikama, 1938; Nagasawa and Fukuda, 2009;齋藤・長澤,2010;平林,2020;長澤ら,2021; Nagasawa and Mizuno, 2022; Nagasawa and Shirakashi, 2022;長澤,2025)と同じであった。生鮮個体を用いてマツイウミチョウの体色や模様を詳細に調べた長澤ら(2021)によれば,わが国の海産チョウ属エラオ類6種のなかで,マツイウミチョウのみが背甲背面に独特の縦縞模様を有し,他5種と区別できるという。また,Sikama(1938)はマツイウミチョウの鮮やかな縦縞模様は,10%ホルマリン液中でも約2年間保持されたと述べている。したがって,今回,養殖ブリ稚魚から採取されたエラオ類標本は,背甲に見られた独特の縦縞模様を大きな根拠とし,また上記した形態学的特徴(例えば,足形を呈する遊泳葉)に基づき,マツイウミチョウに同定できる。
いっぽう,マツイウミチョウの生鮮個体に見られた縦縞模様は,70%エタノール液中で時間の経過とともに色褪せることが知られている(Nagasawa and Mizuno, 2022; Nagasawa and Shirakashi, 2022;長澤,2025)。今回のマツイウミチョウ標本は2012年6月15日に採取され,まず10%ホルマリン液で固定後,70%エタノール液に移し替えられた。そして,約12年11カ月後の2025年5月13日に観察した標本では,背甲背面の縦縞模様は消えていた。この標本に限らず,博物館等でエタノール液中に長期間に保存されたエラオ類標本でも,色褪せた状態になると考えられる。それら標本の同定には,Nagasawa and Mizuno(2022)が述べているように,詳細な形態観察が不可欠であることは言うまでもない。
今回,マツイウミチョウは養殖ブリ稚魚から採取された。本論文のはじめに記したように,マツイウミチョウは大分県の養殖ヒラメからの報告があり(Nagasawa and Fukuda, 2009),今回の事例はわが国の養殖海水魚におけるマツイウミチョウの第2記録となるとともに,養殖ブリからは初記録である。
マツイウミチョウの標本を採取し養殖業者によると,マツイウミチョウの寄生を受けていたブリ稚魚は,2012年5月上旬に宮崎県の日向灘沖で採捕された天然種苗(モジャコ)を延岡市鯛名町地先の飼育施設で約1カ月間中間育成した後,同年6月上旬に活魚輸送船で高知県宿毛市沿岸の養殖地に移送し,約1週間飼育した魚群の1尾であったという。この採捕・飼育履歴に基づけば,マツイウミチョウはブリ稚魚の海洋生活期,中間育成期,養殖期のいずれかに起きたと考えられるが,高知県での養殖期間が僅か1週間であり,採取されたマツイウミチョウが 13.6 mmにまで成長した成体であったことを考えると,ブリ稚魚への感染は海洋生活期か中間育成期に起きたと考えるのが自然であろう。この点に関して,2020年6月6日に和歌山県串本町田原地先の定置網で漁獲されたブリ(体長不明)からマツイウミチョウの成体雌(全長 14.6 mm)が採取されており,定置網内での他魚種からの再感染を完全に否定できないものの,この寄生虫の野生ブリへの寄生が報告されている(平林,2020)。ただ,海洋生活期のブリ稚魚(モジャコ)からは,ウオジラミ科カイアシ類2種(モジャコウオジラミCaligus lalandeiとブリウオジラミC. spinosus)の寄生は知られているものの(Ho et al., 2001),マツイウミチョウの記録はこれまでにない。いっぽう,今回,マツイウミチョウが寄生していたブリ稚魚は,高知県での養殖開始前に,宮崎県延岡市鯛名町沿岸で約1カ月間中間育成されていた。鯛名町沿岸は,養殖ヒラメにマツイウミチョウの寄生が認められた大分県佐伯湾(Nagasawa and Fukuda, 2009)から直線距離で約 70 kmしか離れていない。このため,マツイウミチョウが両県の沿岸魚を宿主として生活環を維持しているならば,中間育成期間中にこの寄生虫がブリ稚魚に寄生した可能性がある。
これまでにマツイウミチョウの分布が確認された県は,千葉県,神奈川県,三重県,和歌山県,愛媛県,大分県の6県(Sikama, 1938; Nagasawa and Fukuda, 2009;齋藤・長澤,2010;平林,2020;長澤ら,2021; Nagasawa and Mizuno, 2022; Nagasawa and Shirakashi, 2022;長澤,2025)であり,高知県からは初記録である。
筆者にマツイウミチョウの標本を提供してくださったブリ養殖関係者,また本論文の原稿に有用なコメントをくださった査読者に深く感謝する。