日本労務学会誌
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第45回全国大会報告(統一論題シンポジウム)
企業による若年者の採用―労働経済学の視点から―
太田 聰一
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2016 年 17 巻 1 号 p. 104-113

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1. 問題意識

1990年代後半以降,日本の若年労働市場は他の世代の労働市場と同様に厳しい状況に陥った。労働力人口に占める求職者の割合を示す完全失業率は,2002年の段階で15−19歳は12.8%,20−24歳は9.3%,25−29歳は7.1%という高い水準を記録した。1990年のそれぞれの数字が6.6%,3.7%,2.7%であったことを考えると,いかに大きく上昇したかがわかる。

また,いわゆる「ニート」と呼ばれる無業の若年者が1992年から2002年にかけて67万人から85万人に急増した。この人たちは,「仕事を探してない」という点で失業者とは異なるために,「働く意欲のない若者」として批判の対象になることもあったが,むしろ不況期を通じて増えていったのは,「将来的に仕事をしたいと思っているけれども現在は仕事を探していない」若年者であった。こうした人々は,就職機会が低下したことで職探しの意欲を失った人々で,「求職意欲喪失者」と呼ばれる。

仕事をしている若年者でも非正社員の割合の急激な上昇という大きな変化が生じた。学校を卒業した後でもアルバイト等で働く「フリーター」が高卒者を中心に大幅に増え,1992年に101万人だった「フリーター」の数は2003年には217万人に達した。大学新卒者の一部も「フリーター」になり,「新卒者の大半は卒業後すぐに正規雇用される」という,従来の一般的な傾向が崩れることとなった。

しかしながら,最近では景気の回復に伴って若年労働市場の状況は大きく改善しつつある。こうした変化は,企業による若年者に対する労働需要こそが,若年労働市場のパフォーマンスを規定する重要な要素であることを如実に示しているものと思われる。したがって,若年労働市場の理解のためには,企業による若年者の採用行動を理解することがきわめて重要であると考えられる。以下では主に報告者自身の研究に則って若年労働需要の諸側面を論じたい。

次節では,企業の採用行動が若年労働市場に与えるインパクトを,いくつかの統計を用いて再確認する。第3節では,若年採用の決定要因を論じる。第4節は,結びに代えて,今後の若年労働市場について展望する。

2. 企業の採用行動の重要性

ここでは,労働市場の需給バランスが若年者の雇用に与える影響の大きさを公刊統計によって再確認しておきたい。若年雇用問題の要因の一つとして「若者の意識」(例えば就職意欲の欠如や大企業志向など)が取り上げられることがあるが,以下で示す統計は「雇用機会の多寡」が若年雇用問題の最も重要な規定要因であることを明らかにしている。

図1には,大卒就職率および大卒求人倍率の推移を1987年から示している。大卒就職率は,卒業者数に占める就職者数で定義している。この指標は1980年代後半から1990年代初頭まで高い水準にあったが,バブル崩壊後に急速に低下していった。2004~5年以降は回復に向かうが,その後リーマンショックによって一時的に低下し,最近では急激に上昇している。図から明らかなように,こうした動きは大卒求人倍率の動向とかなりの程度符合しており,ここから求人倍率の動きが就職率の大きな部分を規定していることがわかる。

図1 大卒就職率および大卒求人倍率

では,大卒求人倍率の動きは,何によって説明されるのであろうか。大卒求人倍率は新卒者への求人数を民間企業就職希望者数で除したものとして定義されている。図2では求人数,就職希望者数,そして求人倍率の動きを示している。明らかに,求人倍率の動きは分母である就職希望者数よりむしろ,求人数の動きによって規定されている。これらの図から,企業による求人数の動きが求人倍率の動きの大部分を左右しており,その求人倍率の動きが就職率の動きの大きな部分を左右していることから,企業の求人行動が就職率の決定に大きな影響を及ぼしていると結論づけることができる。

図2 大卒求人数,就職希望者数,大卒求人倍率の推移

では,いわゆる「ミスマッチ」はどのように考えればよいのだろうか。たしかに,若年求職者は有名企業や大企業を目指す傾向があり,逆に中小企業で若年の採用に困難をきたしているという事実は存在する。その意味で,就職希望の若年者に対して中小企業に目を向けさせることは重要な雇用対策となりうる。しかし,以下の事実は押さえておく必要があるように思われる。それは,「ミスマッチ」の動向も求人倍率(すなわち求人数)の動きに左右されており,しかも求人倍率が高まるとミスマッチが拡大する結果,就職率の高い時期にミスマッチが拡大するという事実である。

図3は,大学新卒者の企業規模間ミスマッチ指標と求人倍率の動きを示したものである。企業規模間ミスマッチの指標は,1,000人未満の求人が求人総数に占める割合から1,000人未満の企業への就職希望者数が全体の就職希望者数に占める割合を差し引いたものの絶対値として定義している。この指標はミスマッチがないときには0をとり,最大のミスマッチの場合には1をとる。図からわかるように,ミスマッチ指標は求人倍率が高くなれば上昇する傾向がある。これは,求人が増える時期には求職者はより規模の大きな企業を狙おうとするためにミスマッチが拡大するからだと考えられる。このように企業の求人動向はミスマッチの動向もある程度決定づけているのである。

図3 企業規模間ミスマッチ指標と大卒求人倍率の推移

実際に求人倍率の動向と規模の大きな企業への就職は関連しているのであろうか。図4は,20−24歳の大卒雇用者の勤続0年に占める大企業(1,000人以上)雇用者の割合を示している。これは,大卒若年者の新規採用総数のうちどれくらいの割合が大企業による採用であるかを示す指標となっている。この図から,大卒求人倍率が高いときには大企業比率も高い傾向にあることが判明する。逆に言えば,最近のように大卒求人倍率が高い時期には,若年者で大企業に採用される割合が高くなるために,中小企業は深刻な人材不足に直面しやすくなる。

企業の若年者の採用スタンスは近年変わってきているのであろうか。それを見るために,図5には,勤続0年の雇用者総数のうち15−24歳の若年者の割合の動向を示している。この新規採用全体に占める若年者の割合は,1980年代は53%前後で安定していた。すなわち企業による新規採用の半数以上が15−24歳の若年者で構成されていた。ところが,バブル崩壊後にこの指標は急速に低下して,最近では30%強となっている。ここから,企業の若年採用重視傾向は大きく揺らいだという見方があっても不思議ではない。

ただし,相対的に若年層の労働力が減少しているためにそうした傾向に見えるという側面があるかもしれない。単純な例で説明する。今,若年者と中高年者の労働力人口の構成が1:2であったとしよう。そして,新規の求人がこれらの労働力人口とランダムにマッチしたとすると,採用者の年齢構成も若年者と中高年者が1:2の割合になるはずである。ランダムなマッチではなくて,より若年者重視ならば,若年採用者と中高年採用者の比率は例えば1:1になるかもしれない。つまり,採用においてどれほど若年層が重視されているかは,若年者と中高年者の相対人数から切り離して考えることはできない。かりに,労働市場の年齢構成が変化して,若年者と中高年者が1:3となった場合にも,以前のように採用者数の構成比が1:2であるならば,採用者の構成比こそ以前とは変わらないが,より少なくなった若年者を以前と同様の比率で採用しているわけであるから,労働市場全体の採用において若年層重視傾向が強まったと判断すべきであろう。こうした観点からすれば,新たな若年層への採用集中の指標として,勤続0年のうちの15−24歳の割合を労働力人口に占める15−24歳の割合で除したものを考えることは理にかなっていると思われる1図5には,そうして得られた指標も示している。この図からは,労働力人口に占める若年者数で調整した若年者への採用集中の指標は1990年代から2000年代初頭にかけてやや低下したものの,むしろ最近ではやや上昇傾向が見られる。このように,労働市場の年齢構成を調整した指標で見れば,企業が若年者を重視する傾向は依然として顕著である。次節の課題は,若年採用のロジックを明らかにすることである。

図4 若年採用者(20-24歳大卒)の大企業比率と大卒求人倍率の推移
図5 若年者(15-24歳)への採用集中度指標

3. 若年採用の決定要因―投資財としての若年者―

企業が若年者を採用するときには,その雇用形態によって労働力としての扱いが大きく異なると考えられる。若年者で相対的に多い非正規雇用の場合には,かならずしも長期的な視点からの育成は考えられていない。その一方で,正規労働者として採用された若年者は企業にとって「直ちに活躍することは期待できない,長期的に育成していく対象」として遇されることになる。その意味で,生産要素としての「固定性」がきわめて高くなる。そうした状況下では,労働経済学における「動学的労働需要」(DynamicLaborDemand)の考え方が適応しうる。その観点から,特定企業の若年正社員の採用に影響を及ぼす可能性のあるいくつかの要因を推測すれば,以下のようなものが挙げられよう(以下は太田(2013)の記述に多くを負う)。

  • ① 将来の企業環境に対する明るい見通し:若年者は教育訓練の対象であり,将来時点で活躍することが期待される。よって,将来の経営環境に明るさを見出している企業は,若年正規雇用者の採用を活発化させるであろう。
  • ② 企業特殊スキルの必要性:企業特殊な技能を身につけさせようとする企業ほど,訓練のために若年採用に力を入れる必要がある。汎用的なスキルしか必要でなければ,中途採用でまかなうことが可能である。
  • ③ 新技術の活用度合いが大きい:新しい技術が活用されやすい状況下では,旧来のスキルの陳腐化が進みやすい。その場合には,企業は労働者の再訓練を行う必要が生じるが,若年者は年齢の高い世代よりも新技術を低い心理的・金銭的コストで習得しやすい。よって,新技術の活動度会いが大きい企業ほど若年者の採用を重視すると考えられる。
  • ④ 訓練コストの低さ:採用する若年者の資質が向上したり,定着性が上昇したりして訓練コストの期待値が低下すれば,若年採用を行うメリットが大きくなり,若年採用に有利に働く。
  • ⑤ 予定採用者の多い企業:新卒採用には会社説明会開催などの固定費用がかかる。もともと大企業で多くの採用を見込んでいる企業は,それを新卒者に振り向けることで一人当たりのコストを低下させることが可能となる(就職後に参加規模の大きな研修が行われる場合でも一人当たり固定費用を低下させるだろう)。
  • ⑥ 中高年労働者との競合が生じにくい企業:若年者と中高年者が比較的似た業務を行う場合には,中高年者が企業内に数多くいると若年採用が進みにくくなる公算が大きい。

これらの経済ロジックに基づく推測は,どの程度実際のデータによってサポートされるのであろうか。①については,太田・安田(2010)によって比較的明確に確認されている。この研究では,2003年に実施された『若年者のキャリア形成に関する実態調査2003』の企業調査を用いて,新卒採用・中途採用それぞれについて3年前に比べた増減を被説明変数にした回帰分析を行った。その結果,過去3年間の業績の推移は新卒・中途採用双方の採用にプラスの影響を及ぼすが,3年後までの業績推移予想は新卒採用にのみプラスの関連が見出された。これは,新卒正社員の採用が企業にとって投資に他ならず,そうした投資が行われやすいためには,企業の業績見通しが明るい必要があることを示唆している。

太田・安田(2010)はさらに,②および⑤についてもサポートする結果を示している。②については,教育訓練を活発に行っており,かつ「30歳未満の正社員に対する積極的な人材投資は,人材流出と人材確保,どちらを促すものだとお考えですか」という問いに対して,「どちらかといえば,人材確保に資する」あるいは「人材確保に資する」と回答した企業を企業特殊スキルの程度の高い企業とみなし,この変数を採用人数の決定に際して説明変数として導入したところ,新卒採用に対してのみプラスで有意な影響が観察された。⑤に関しては,直接的な計測ではないが,企業規模変数が新卒者の採用数のみにプラスに影響しており,⑤の推測を裏付ける結果が得られている。

③に関しては,今のところ明確な検証結果は知らない。太田(2013)はJIPデータのIT資本ストックの伸びと若年労働者シェアの伸びとの関連を明らかにしようとしたが,IT資本シェア変化と強いプラスの相関関係を示すのは中年シェア(35歳以上50歳未満)変化であり,総じてIT化が進んだ部門では従業員の「中年化」が進んでいるとの結果が得られた。この分析からは,IT化は分析・判断業務等にたずさわる中年層の生産性を引き上げた可能性が示唆されるが,③の論点については別途個別企業のデータによって検証させるべき課題である。

④については,太田(2003)が,愛知県下の企業に対して行ったアンケート調査を集計することで,学力低下に伴う訓練費用の上昇と新卒者に対する採用意欲の関連を明らかにしている。489社の回答を集計したところ,学力低下による訓練費用の上昇を認識している企業ほど,新卒者よりも即戦力となる中途採用を重視する傾向が強くなることが判明した。こうしたアンケート調査がどこまで実際の企業行動を説明するかは不明であるが,少なくとも企業としては,若年者の資質低下によって訓練費用が上昇したならば,新卒者の採用を手控えて中途採用に代替する方向を考慮するのは間違いないように思われる。

また,労働政策研究・研修機構『新規学卒採用の現状と将来―高卒採用は回復するか―』(2005年)は企業対象のアンケート調査を用いた分析を行ったが,新規高卒者の質が低くなっていると考えている企業では,新規大卒者や非正規労働者や中途採用者などの新規高卒以外の他の労働力に代替していきたいという意向が強くなることが明らかにされている。この結果も,新卒者の訓練費用の上昇が中途採用者への代替を促す傾向を示唆している。

なお,離職率と若年採用の関係では,太田(2009)が「雇用動向調査」の公刊データ(産業別)を利用して,大企業シェアが高い産業で若年離職率が上昇すれば,採用に占める若年者割合(15−29歳)が低下する傾向があることを示している。したがって,訓練費用が高い傾向のある大企業で定着性が低い場合には,若年採用が抑制される可能性がある。ただし,訓練関連のデータを直接用いていないことから傍証の域を出ない。

最後に⑥であるが,とくに高齢者雇用との関係で議論がある。労働政策研究・研修機構『今後の企業経営と雇用のあり方に関する調査』(2012年)は,「高齢者を雇用延長すると若年新規採用を抑制せざるを得ない」という意見と「(年齢構成の是正や技能伝承のため)高齢者の雇用延長と若年新規採用は補完的な関係にある」という意見のどちらに近いかを企業にたずねている。その結果,「抑制せざるをえない」という回答は35%,「補完的な関係にある」が51%と回答が分かれている。

既存研究の結論も分かれている。玄田(2001)は,1998年の「雇用管理調査」(厚生労働省)の個票データを使って,一律定年制が新卒採用に及ぼす影響を検討した。その結果,60歳での一律定年制を実施している企業に比べて,61歳以上の一律定年制を採用している企業や,その導入を検討している企業では,高卒および大卒の新卒採用を例年していない割合が高くなることがわかった。また,若年採用によって雇用を満たすことができないから定年延長に踏み切るという逆因果関係を制御するために,新卒採用の今後の計画を被説明変数にした分析も行ったが,やはり,61歳以上の定年制を採用している企業ほど,今後も新卒採用の予定のない割合が高いことが判明した。ただし,中途採用ではこうした傾向は明確ではなく,また,同じ60歳定年制企業でも再雇用制度がある場合には新卒採用の抑制傾向は顕著ではなかった。

この研究のように定年制などの制度要因を説明変数にして,新卒採用を説明する分析としては,井嶋(2004)も挙げられる。ここでは,労働政策研究・研修機構が2004年に実施した『企業による今後の中高年活用に関する調査』で得られた1500社近くのデータが解析されている。正社員に占める新規学卒者の比率を被説明変数とする回帰分析を実施したところ,定年到達者比率がプラス,継続雇用者比率がマイナスの効果をもつことが判明した。継続雇用が若年採用を抑制する傾向が明確に示されている。

周(2012)は,労働政策研究・研修機構が2006年に実施した『高年齢者の継続雇用の実態に関する調査』の個票データを用いて従業員数,業種,組合有無などを制御しつつ新卒採用比率の推定を行った。その結果,やはり継続雇用措置の利用比率が高い企業や61歳以上の定年制を実施している企業では新卒採用が抑制される傾向があることを見出している。

太田(2012)では,『雇用動向調査』(厚生労働省)の産業中分類データを5年分(2004−2008年)プールしたデータを作成し,55歳以上の労働者数に占める60歳以上の割合(高齢化指標と呼ぶ)が若年採用に及ぼす影響を分析した。その結果,2006年以降では男性の高齢化指標の上昇が若年採用を抑制する傾向が一部に観察された。とりわけ,女性を中心とするパートタイム労働者(新卒含む)の採用率との間に比較的強いマイナスの効果が見られた。また,男性では建設業において強い代替関係が検出された。

その一方で,永野(2014)Kondo(2016)は,『雇用動向調査』の個票を用いた分析を行って,高齢者と若年者との間の代替関係は弱いという結論を得ている。ただし,必ずしも鮮明な補完関係が検出されたわけでもない。世代間の代替関係については今後も検証が必要であろう。

ここまで若年正社員に対する労働需要について概観してきたが,1990年代後半における若年正社員採用の低迷の基本的な要因としては,企業による将来の業績予測が悲観的になったことが指摘されよう。それに加えて,不確実性の増大による非正社員への代替やIT化の進展,(メジャーな要因ではないかもしれないが)若年者の資質の低下が疑われたこと,さらには高齢者の就業が進んだことも若干の影響を与えている可能性がある。その一方で,解明されていない論点も多く残されている。

第1に,IT技術などのスキル偏向的な技術変化が若年正社員の採用に及ぼした影響については,相反する効果があるために詳細な分析は容易ではない。新たな手法やデータによって,それぞれの効果の厳密な把握が望まれる。

第2に,正社員の解雇のしにくさと若年正社員採用の抑制の関連も,十分に明らかにされたとは言い難い。解雇規制が強ければ,将来余剰人員が発生することを恐れて,新規の正社員採用を抑制するという理論的な可能性はあるが,解雇規制はすべての日本企業に一律に適用されることから,その効果をデータから判別することは容易ではない。

第3に,教育訓練による若年者の資質向上が,どれほど企業による若年労働需要にプラスの影響を及ぼすかという点は,学校教育にも関わる重要な論点であるが,ここでも蓄積された研究は限定されている。現在,社会人基礎力の養成,数学教育による論理能力の向上,グローバル人材の育成などが若年者に対する教育の課題とされているおり,こうした問題意識は重要性を増すであろう。

第4に,求人の年齢制限への政策的対応や高年齢者雇用安定法の改正などの効果を確定する作業は現時点でも十分になされていない。政策効果を正確に測定するためには,用いるデータや手法に高い水準が求められる。この点でも今後の研究の蓄積が期待される。

4. 労働市場メカニズムは変わったのか―結びに代えて―

以上,主に報告者の研究に基づいて若年採用の経済学的な分析を概観した。最後に,日本において採用が若年者(特に新卒者)に傾斜するメカニズムについて触れておきたい。先に述べたように,日本企業では社内での人材育成によって企業特殊的人的資本形成が行われる傾向が強い。その結果,投資の回収期間の長い若年者に需要が集中しがちになると考えられる。ただ,なぜ若年者一般ではなく,新卒採用が重視されるのかについては付随的な理由があるものと考えられる。この点については,以下のような理由が考えられる。

第1に,単に若いだけでなく,他企業によって雇用されたことのない新卒者は,企業にとってどのような色にも染めることが容易な「白い布」であり,訓練投資の効率がさらに高くなるという考え方がある。そのため,人材を自社内で育成する傾向が強い日本企業では,新卒者の採用を重視することになって不思議ではない。

第2に,新規学卒採用はそれ自身を持続させるような性質をもっている。多くの日本企業にとって労働者の年齢構成を保つことは重要である。適切な年齢構成を維持することで,企業は将来にわたってスキルを切れ目なく確保することができる。企業にすでに雇われた人材は毎年1歳ずつ年齢が高くなるので,年齢構成をキープするためには,最も若い層を確保することが必要となる。

第3に,新卒者は潜在能力の高い人材が数多く含まれているので,企業にとってそうした人材を確保するためには,新卒段階での採用が魅力的となる。他企業も同様のことを考えて行動すれば,新卒者の採用競争が生じる。そして,その段階で就職できなかった新卒者は,多くの企業の採用対象にならなかったということから,「能力の低い人材」と見なされやすくなる(烙印効果)。そのため,新卒無業者はまだ十分に若いにもかかわらず,卒業予定者に比べてやや不利な立場に置かれやすくなる。

以上のように,労働者にとって魅力的な求人が新卒段階に集中していれば,新卒段階での就職競争が厳しくなるとともに,その段階で採用されなかった労働者にとっては,その後の仕事上のキャリアに大きな影響が生じる。とりわけ,たまたま学校を卒業する時点の労働市場が厳しかった世代は,その後に無業になる確率が高くなったり,仕事についてもフルタイムの仕事を得ることが困難になったり,規模の小さい企業への就職を余儀なくされたりする。その結果として,比較的長期間にわたって所得面でロスが生じる。1990年代後半の不況期に学校を卒業した「氷河期世代」は,まさにそうした世代と言える。

現在,日本の新卒労働市場はひっ迫しており,若年者の雇用環境は以前に比べて大きく改善している。しかし,これはあくまで景気要因であり,労働市場のメカニズムが大きく変わって若年者が有利になったことによるわけでないように思われる。したがって,何らかの大きなマイナスのショックが生じた際には,再び若年者にとっての状況が悪化する可能性が否定できない。今後再び「氷河期世代」を生み出さないために,引き続き労働市場の機能を強化する取り組みが求められる。

同時に,最近では中小企業の採用難が問題視されている。実際,太田(2015)で示されているように,中小企業の新卒充足率は当該企業の経営動向の悪化のみならず労働市場の需給のひっ迫によって深刻化する。その一方で,採用予定者数が少ない企業や定着性が高い企業では充足率が高い傾向にあった。よって若年者を採用したい中小企業においては,若年者にとって自社がより魅力的になるように労働条件面や雇用管理面での改善の取り組みが必要となっている。こうした方向に進むことは,若年者の雇用環境改善にとって好ましいものと考える。

【注】
1  求人とマッチするのは求職者なので,労働力人口の年齢構成よりもむしろ求職者の年齢構成で調整すべきだという考え方もあり得よう。その場合でも,かりに労働力人口に占める求職者割合が年齢階層ごとに比較的安定しているならば,本稿でのアプローチは一次近似として許容されよう。

参考文献
  •   井嶋俊幸(2004)「企業における今後の中高年者勝つように関する調査」,『中高年齢者の活躍の場についての将来展望―就業者数の将来推計と企業調査より』,第4章,労働政策研究報告書No.L6.
  •   太田聰一(2003)「若者の就業機会の減少と労力低下問題」,伊藤隆敏・西村和雄編著,『教育改革の経済学』,日本経済新聞社,pp.151-188.
  •   ――――(2009)「労働需要の年齢構造―理論と実証」,大橋勇雄編著,『労働需要の経済学』,ミネルヴァ書房,pp.74-106.
  •   ――――(2010)『若年者就業の経済学』,日本経済新聞出版社.
  •   ――――(2012)「雇用の場における若年者と高齢者―競合関係の再検討」,『日本労働研究雑誌』,No.626,pp.60-74.
  •   ――――(2013)「経済学的アプローチによる若年雇用研究の論点」,樋口美雄・財務省財務総合政策研究所編著『若年者の雇用問題を考える―就職支援・政策対応はどうあるべきか』日本経済評論社,pp.33-58.
  •   ――――(2015)「中小企業における新卒採用の実証分析―どのような企業が採用難に直面しているのか―」,『季刊社会保障研究』,Vol.15,No.1pp53-70.
  •   ――――・安田宏樹(2010)「内部労働市場と新規学卒者採用―中途採用との比較から」,慶應義塾大学ディスカッションペーパー,No.10-14.
  •   玄田有史(2005)『仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在―』,中央公論新社.
  •   周燕飛(2012)「高齢者は若者の職を奪っているのか―『ペア就労』の可能性―」,『高齢者雇用の現状と課題』第5章,労働政策研究・研修機構.
  •   永野仁(2014)「高齢層の雇用と他の年齢層の雇用―『雇用動向調査』事業所票個票データの分析」,『日本労働研究雑誌』,No.643,pp.49-57.
  •   Kondo, Ayako(2016)“Effects of Increased Elderly Employment on Other Workers’ Employmentand Elderly’s Earnings in Japan,” IZA Journal ofLabor Policy, 5:2 doi:10.1186/s40173-016-0063-z.
 
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