There has been an increasing interest in the question of how to enhance the effectiveness of the training program through a smooth transfer of the contents of Off-JT to the workplace. While the literature identifies several factors that contribute positively to the training effect, they have not been empirically validated and little is known about the transmission channels through which these factors enhance the training effect. Based on the questionnaire survey on participants in four training programs, this study empirically validates that those factors do have a positive impact on the training effect, and identifies the transmission channels. Specifically, we find that all ten factors identified in the literature ('learning readiness', 'personal match with the content and timing of training', 'training environment', 'quality of peers', 'post-training interaction', 'practice readiness', 'willpower', 'supervisor support', 'workplace climate' and 'motivation to grow') positively contribute to the training effect, and also make the following findings: (1) a causal relationship exists among some of those factors ('learning readiness' → 'personal match' → 'practice readiness' → 'willpower'); (2) 'supervisor support' and 'working climate' positively influence 'learning readiness', but 'motivation' does not affect 'learning readiness'; (3) 'training environment' and 'peer quality' have a direct positive impact on 'personal match', while 'personal match' is indirectly affected by 'supervisor support' through 'peer quality', by 'workplace climate' through 'training environment', and by 'motivation' through 'training environment' and 'peer quality'; (4) 'motivation' and 'post-training interaction' have a direct positive impact on 'willpower', while 'supervisor support' and 'workplace climate' have an indirect positive impact on 'willpower' through 'post-training interaction'; (5) there exists a positive correlation among 'supervisor support', 'workplace climate', and 'growth will'.
人材の優劣が企業経営を左右するということに異論を唱える人は少ないであろう。およそ半世紀前にBass & Vaughan(1966)が技術の進歩,複雑化する組織などを理由に産業における訓練はますます重要になっていると述べているように,企業が環境変化に適応し,経営を維持発展させるために,人材育成が重要であることは今も変わりない。しかし,近年,グローバル化やIT技術の進展により,業務スピードが半世紀前と比較できないほど速くなっており,「業務のスピード,世の中の変化のスピードに,人材開発が追いついていない」(中原,2010)という人材育成に関する悩みが深刻化している。
企業で行われる人材育成には,大きくOJT(On the Job Training),Off-JT(Off the Job Training),自己啓発の三つの方法がある。OJTとは,上司や先輩の指導の下で,職場で働きながら行われる訓練であり,Off-JTは仕事から離れて行う訓練で,教室等で行われる集合研修がその典型である。自己啓発は,本を読む,通信教育を受けるなどして自分で勉強する方法である。これまで多くの企業では,OJTは職場,Off-JTは人材開発部門の管轄といった形で,それぞれ別々に行われており,Off-JTで学んだことの職場での実践の方法やその効果については疑問がもたれている1。労務行政研究所(2011)が行った「企業の教育研修に関する実態調査」においても,教育・能力開発の課題として「研修効果の測定」「費用対効果の難しさ」が挙げられており,その対策として,「実効ある教育研修の実施」が挙げられている。
そういった中,近年どうすればOff-JTの内容を職場に転移させることができるのか,つまり研修効果をどうすれば高めることができるのかといったことが注目されてきている。研修効果について,一般に研修直後の満足度アンケートを取ることは多いが,満足しても実践の場に活かさなければ真に研修効果があるとは言えない。中原(2012a)によれば「どのような要因が研修効果に大きな影響を与えるか,その教育効果測定とはどのようなツールを用い,どのように測定するべきかについて様々な論文が投稿されるに至っている」状況であるが,それらの研究は多くが海外のもので,日本においての実証研究2は少なく,研究は始まったばかりである。また,これまでの先行研究は,どのような要因が研修効果にプラスの影響を与えるのかに焦点を当てているが,それらの要因が研修前から研修後までどのように影響しているのかという関係性は筆者らが調べる限り明らかにされていない。
そこで本研究では,まずこれまでの研修効果について行われてきた研究について整理し,本研究における研修効果の定義を行う。次に研修効果を高めるための様々な要因を明らかにし,それらの要因が研修前から研修後に,さらに受講生と上司を含めた職場環境を含めてどのような関係にあるのか,そのフローを明らかにしたい。以下,2章にて研修効果について先行研究を行い,研修効果の定義と研修効果に影響を与える10要因を整理する。それに基づいて3章で本研究の仮説2つを構築する。4章では,仮説に基づいて企業4社約180名に行ったアンケート調査により分析を行い,仮説の検証を行い,5章で研究をまとめる。
まず,研修効果にはどのようなものがあるかについて整理する。永野(1984)は,人的資本理論に従い,研修の効果は,研修を受けた個人の限界生産力の変化として現れるという個人の限界生産力に対する効果とそれ以外の効果とに分類している。個人の限界生産力の効果として,研修を受けることによる受講生個人の賃金や生産性,能力の上昇を挙げ,それ以外の効果として,研修を受けることによる受講生個人の自信や活力の増大といった態度変化や研修で他受講生と知り合うことによる他部門の理解や今後の情報交換といった組織の生産性向上,研修を受けた個人が受けていない個人に研修内容を伝授することにより発生する波及効果などを挙げている。
次に,Kirkpatric & Kirkpatric(2005)は研修効果の測定レベルとして,レベル1からレベル4の4段階に分けている。レベル1は研修後の受講生の反応を見るもので,アンケート等で研修内容について「満足した」「役に立った」という印象を測定し,それを効果としている。レベル2は研修で学習した知識やスキルの習得状態を,理解度テストや実技テストなどで測定し,その習得度合いを効果とし,レベル3は研修後の受講生の日常業務での行動や態度がどのように変化したのかを本人や上司にアンケートやインタビューを行い,その行動及び態度変容を効果とする。そして,レベル4は研修の業績貢献度を測るというものであり,営業部門での研修では販売実績,製造部門での研修であれば,生産性向上などを効果としている。Kirkpatric &Kirkpatricによる研修効果の分類は,日本でもPhilips(邦訳1999)や堤(2007)で紹介されているように広く認知されている。
最後に,Philips(邦訳1999)は,測定するデータの種類について言及し,データには,生産性やコストといった数量的に測定することができるハードデータと態度やスキルといった数量を直接測定することが困難なソフトデータに分類できるとしている。
永野の分類は,Kirkpatric & Kirkpatricでのレベル3(行動・態度変容),レベル4(業績貢献度)の範疇にあり,その2つをPhilipsの分類で整理すると概ね表1のようになる。
次に,永野の分類を用いて,研修効果を測定したこれまでの研究を整理する。限界生産力の効果に該当するものとしては,梅谷ら(1996)の賃金の変化により研修効果を測定した研究,小杉ら(2006),黒澤ら(2007)による賃金と生産性の変化により研修効果を測定した研究,原(2010)による賃金と能力の変化により研修効果を測定した研究,権ら(2012)による生産性の変化により研修効果を測定した研究がある。限界生産力以外の効果に該当するものとしては,佐野ら(1978)と奥田(2012)が能力と態度の変化により研修効果を測定,浅海(2005)が態度の変化を測定し,永野(1984)が組織の生産性への効果と研修を受けていない個人の生産性への効果を測定した研究がある。
また,海外での能力や態度における研修効果の研究では,測定対象である能力や態度に変化があったか否かだけを測るのではなく,受講生の学ぶ意欲や受講生が属している職場の環境といった能力や態度の変化に影響を与える要因についても研究範囲とし,どのような要因が研修効果である能力・態度の変化に影響を与えるのかについて研究し,研修効果に影響を与える要因についても注意を払う必要性を主張している(Holton Ⅲ,1996:Yamnil & McLean,2001)。
日本では,先述の浅海(2005)が,製造業で行われた中堅社員研修の効果を行動変容と業績向上の視点から測定した際に,受講生の職種,研修後に取り組む職場実践課題の種類,上司と部下の問題認識の共有といった要因が研修効果である行動変容に影響を与えるといったことを指摘している。また,奥田(2012)は,医療法人で実施されたマネジメント研修をマネジメント能力と行動変容の視点で効果測定した際に,上司からの働きかけ,受講生の自主的活動,周囲の反応,研修の必要性や重要性の認識,研修前の心構えの5要因がどのように影響しているかを分析し,マネジメント能力の向上には受講生の自主的活動,新しいことへの取組姿勢といった行動変容には研修前の心構えの要因が影響を与えていることがわかった。
以上,研修効果の分類と研修効果についてどのような研究がなされてきたのかについての整理を行い,その中で能力・態度変容の研修効果の研究については,研修効果を測定するだけでなく,研修効果に影響を与える要因についても注目されてきていることについて言及した。
次項では,能力・態度における研修効果に影響を与える要因について整理する。
研修効果に影響を与えると提唱されている要因については,大きく受講生自身が研修を受講する際に辿るプロセスと各プロセスで受講生の学びに影響を与える要因とに分けることができる。
(1) 研修を受講する際に辿るプロセスに関する先行研究研修を受講する際に辿るプロセスに関する研究で,研修効果を上げる要因としては主に次の①~④の4つがある。
レディネスとは,「教育や学習による行動変容が効果的に行われるための発達素地を言う。子どもがある事象を学習する場合,それを習得するのに必要な諸種の準備的条件(一般的能力,興味など)を備えているかどうかは,学習が効率的に行えるかどうかを決定する上で重要であり,教育上重視されている」(安彦,2002)。
Off-JTを受講する対象は,生徒としての役割を持つ子どもではなく,労働者としての役割を持つ成人である。Knowles(邦訳2002)は,人間は成長するにつれて,依存的状態から自己決定性が増大していくので,学ぶ動機においても,子どもは学校で学ぶべきことをすべて学ぼうとするのに対し,成人は学習の必要性を実感したときに何かを学習しようとするように変化すると述べている。そのため,成人の場合,本人の学習の必要性を感じることが何より重要で,それ故に,成人教育者は,成人の学習ニーズを収集し,満たすだけでなく,成人の学習に方向づけを与える責任があることが指摘されている(Cranton,1992)。研修を受けて,その内容を修得しようというモチベーションは,個人の学習レディネスにより差がある(Holton Ⅲ,1996)ことが示唆されている。
これらのことから,受講した研修内容が受容され,行動に移されていくには,受講者自身がこれから受講する研修についての必要性を感じることが重要となる。
Knowles(邦訳2002)は,成人は実利的であるため,成人を教育する上では,研修は現実生活の課題や問題をよりうまく解決することにつながる内容であることが重要であるとし,Holton Ⅲ(1996)も,受講生が期待し,職場の業務遂行に関連した学習内容であると認識した時に学習意欲が高まると述べている。また,最近の調査研究では,子どもと同様に成人にも発達課題があり3,研修を受講する適切な時期も検討する必要性があるとし,発達課題を考慮したタイミングで研修を受講することが学びを促進すると述べられている(Knowles,邦訳2002)。
これらのことから,研修内容や受講する時期が受講する者にとって適切であることが研修効果を高める上で大きな要因であると言える。
研修で学んだことを職場で実践する,つまり学習を転移させるためには,学んだ知識やスキル,態度を理解,習得していることが前提となる。その上で,学んだ内容を転移し,どのように業務に貢献させるかという目標を,個々の学習者がそれぞれ自分の言葉で書き,個人的にやりがいを感じる内容にすることが重要である(Bruch & Ghoshal,2004)。また,職場で実践する際には,組織の構造やリソース(資源,資金,人員など),職場環境といったさまざまな要因が障害となる可能性がある(Willmore,邦訳2011:Robinson & Robinson,1995)。このような障害を乗り越え,学んだことを実践するには,緻密なデザインが必要になる(吉田,2006)。
このように研修で学んだことを職場で実践するには,研修終了時に研修内容を理解した上で,実践のための準備が整っている必要があり,そのために実践に移すための計画を立てる時間が研修カリキュラムに組み込まれていることが重要であると言える。
先述した通り,学んだことを職場で実践するにはさまざまな障害があり,それを乗り越えなければならない。中でも,受講生本人が抱える大きな要因として,仕事が忙しく,研修で学んだことや身につけたことを実践するのが困難であるという時間の問題が指摘されている(Cromwell & Kolb,2004:吉田,2006)。また,研修で新しいことを学び,習得したことを実践する機会が職場にあることも前提となる(Holton Ⅲ,1996)。
数多くの障害にも負けず,研修で学んだことを職場で実践するには,学んだことを実践するための時間や機会を作ろうという意志が重要であると考えられる。
以上,研修を受講する際に辿るプロセスとして,①学習レディネスから④実践意志までは時系列に移行するが,効果のないとされている研修の多くが,研修中よりも研修前や研修後の段階に問題があることが指摘されている(Brinkerhoff,2006)。
(2) 受講生の学びに影響を与える要因に関する先行研究受講生の学びに影響を与える要因に関する先行研究では,主に次の①~⑥の6つの要因が挙げられている。
研修内容を参加者の学習につなげるには,雰囲気として,研修会場の室温や設備,デザイン,レイアウトなどの物理的な環境,およびリラックスして積極的に参加できる,参加者同士が認め合っていると感じられるなどの心理的な環境を整えることが挙げられている(Knowles,邦訳2002)。
研修内容の習得における学習者に与える周囲の影響の大きさとして,最近接の発達領域という説がある。最近接の発達領域とは「一人でおこなう問題解決で測定される実際の発達水準と,大人の指導のもとでおこなう問題解決や,より優秀な仲間との協調による問題解決によって決定される潜在的な発達水準との差」(Barkley,2005)のことであり,受講生本人以外の講師の援助や研修参加者との協力が研修内容の習得度に影響を与えるといえる。
研修内容を職場で実践するには職場の環境が影響し,研修内容を実践することに協力的な職場では実践されやすい(Holton Ⅲ,1996:Cromwell & Kolb,2004:小薗,2008:奥田,2012)。それ故,吉田(2006)は,受講生は一人で参加するより,仲間や同僚,さらにはチームで参加した方が,研修後に実践する際に互いにサポートし合えるので効果的であると指摘しているが,実際に企業で行われる階層別研修や年次研修では,各部署一人ずつでの参加が多く,学んだことを共有できる人が身近にいないので,学んだことが活かしにくい状況にあるとも指摘している。
また,「個人の成長や能力向上には,組織や職場の学習風土が影響を与えて」(中原,2012b)おり,職場の環境が,受講生が研修内容を実践に移す上で大きな影響を与えることが推測される。
研修で学び,学んだことを職場で実践して学ぶ上では,受講生の上司の果たす役割も見逃せない。Robinson & Robinson(1995)は,学習したスキルが職場に定着することを阻害する要因の一つとして,直属上司の状況を指摘し,その例として,直属の上司が,受講生が学んだスキルを使うように奨励していない,実践することを快く思っていない,受講生がスキルを習得するのを支援しないなどを挙げている。
Noe(1992)は,研修を通じて,受講生が成長するプロセスの中で上司の存在が大きくなってきていることを指摘し,学習プロセスに上司も参加するなど積極的な関与の重要性を説いている。
また,奥田(2012),小薗(2008)もそれぞれの実証研究の結果,上司のサポートが研修で学び,学んだことを実践する上で重要な存在であることを述べている。
このように,受講生にとって,上司の存在は大きなものであり,研修内容を実践し,業務に活かすことができるかどうかに大きな影響を与えていると言える。
受講生の学びに影響を与える要因として,受講生本人の成長意欲も影響することが考えられる。松尾(2011)は成長している人材の特徴として,他者から認められたい,能力を高めたいという「自分への思い」と他者や社会の役に立ちたいという「他者への思い」の両方を持っていると指摘している。
職場環境の影響を考慮し,受講生は同じ職場の人と複数で参加することが望ましいが,それが可能でない場合は,サポートし合える仲間づくりを行い,研修後に受講生同士が相互に情報交換したり,励まし合う体制を作ることが効果的な方法(吉田,2006)と指摘されていることから,研修後の受講生同士での交流が研修で学んだことの実践に影響を与えることが推測される。
以上,筆者らが調べられる限りにおいて,先行研究では,研修効果にはどのようなものがあり,また,能力及び態度の向上といった研修効果に影響を与える要因として,学習レディネス,研修マッチング,実践レディネス,実践意志,受講環境,研修関係者,職場環境,上司支援,成長意欲,研修後交流の10要因があることが明らかになった。しかし,これらの10要因がどの程度,またはどのような関係で能力及び態度の向上といった研修効果に影響を与えるかについてはまだ明らかにされていない。そこで本研究では,研修効果を能力及び態度の向上と定義し,どのような要因がどの程度研修効果に影響を与えるのか,またどのような要因がどのような関係性を持ち,研修効果に影響を与えるのかを明らかにすることを狙いにして,仮説を2つ設定する。
1つ目の仮説は,どのような要因がどの程度研修効果に影響を与えているかに関するものである。先行研究から導き出された10の要因は,それぞれが高ければ研修効果も高くなると推測される。すなわち次の仮説を設ける。
学習レディネス,研修マッチング,実践レディネス,実践意志,受講環境,研修関係者,職場環境,上司支援,成長意欲,研修後交流の10要因は研修効果に正の影響を与える。
2つ目の仮説は,仮説1で取り上げた10要因それぞれがどのような関係を持ち,研修効果に影響を与えているかに関するものである。10要因は研修効果に対して個々に影響を与えるだけでなく,何らかの関係を持ち研修効果に結びつくことが推測される。先行研究を整理すると,受講生が研修を受講して,学んだことを実践に移し研修効果を実感している人は,研修を受講する前に学習の必要性を認識(学習レディネス)した上で研修に参加し,その結果,研修内容や受講時期が現在の自分に適していると感じ(研修マッチング),積極的に学ぶであろう。そして学んだ内容を実践に移すための計画を立て(実践レディネス),職場に戻り,強い意志のもとで実践に移し(実践意志),研修内容を業務に活かすという一連のプロセスを辿ることが考えられる。
また,積極的な上司支援,学習に理解ある職場環境,高い本人の成長意欲が,研修前から研修受講,研修後の実践に至るプロセス,つまり学習レディネス,研修マッチング,実践意志に正の影響を与える。一方,実践レディネスは緻密な計画を立てるという研修カリキュラムを通じて得られるものであるため,上司支援,職場環境,成長意欲の影響を受けないと考えられる。そして,物理的な環境が整い,リラックスした雰囲気で積極的に受講でき(受講環境),研修関係者が協力的であれば,研修マッチングに正の影響を与える。さらに,研修後の交流が活発であると実践意志に正の影響を与えることが考えられる。同時に,上司支援,職場環境,成長意欲は互いに影響を与え合っていることも考えられる。
これらをまとめると図1のようになる。
以上を2つ目の仮説とし,具体的に下記の通りに設定する。
研修効果が高い人は,図1のように,学びを促進する影響(上司支援,職場環境,成長意欲,受講環境,研修関係者,研修後交流)を受けながら,学習レディネス,研修マッチング,実践レディネス,実践意志というプロセスを経る。
以上2つの仮説の検証は,4社で行われた研修の受講者約180名に対して行ったアンケート調査の分析により次章にて行いたい。
アンケート調査は,2012年10月下旬から11月中旬にかけて行った。調査対象は,A社(製造業,従業員数:約1,000名),B社(サービス業,従業員数:約1,400名),C社(サービス業,従業員数:約150名),D社(医療法人,職員数:約1,200名)の階層別研修の受講者で,受講後6カ月~3年以内の方々である。受講後6カ月~3年以内としたのは,受講後一定期間経過していないと研修内容が実務に役立っているか判断することができず,また受講後時間が経過し過ぎていると研修内容を忘れてしまうということを推測したからである。上記の該当者185名にアンケート調査用紙を各社窓口である担当者に配布していただき,183名分をFAXおよび返信用封筒で回収した。無効回答を除いた179名が有効回答である。
(2) 質問項目質問項目は,前述した仮説を検証する上で適当な尺度がなかったため,先行研究を参考に新たに作成したもので,次の①~⑤から構成された計46問である。
「研修終了後,受講した研修で学んだことを実践した。」
「受講した研修で学んだ知識やスキルが,その後の業務遂行に役立った(役立っている)と思う。」
「受講した研修で学んだ業務をする上での考え方や態度のあり方がその後の業務遂行に役立った(役立っている)と思う。」
「受講した研修で築いたネットワークがその後の業務遂行に役立った(役立っている)と思う。」
「研修前に,研修を受講すれば得られるメリットを理解していた。」
「研修前に,これから受ける研修の必要性を感じていた。」など。
「研修を受講した当時,自分のキャリアにとっていいタイミングで受講していると思った。」
「研修には,積極的に参加できた。」
「研修中,一緒に参加した受講生と研修内容に関係する情報交換をした。」
「研修終了時には,研修内容をよく理解していた。」など。
「研修後,研修で学んだことを職場で実践するための時間を作ろうと努力した。」
「研修後,研修で学んだことの職場での実践状況を振り返る機会があった。」など。
「受講当時,直属上司は自分が受講する研修内容に好感を持っていた。」
「研修後,職場メンバーは,自分の研修内容の実践に協力してくれた。」
「研修後,他の受講生と研修内容に関係する情報交換をおこなった。」
「自分は,知識やスキルを習得したり,能力を高めて,成長したいと思っている。」など。
回答は,「とてもそう思う」「そう思う」「ややそう思う」「どちらとも言えない」「ややそう思わない」「そう思わない」「全くそう思わない」の7点リッカート尺度より測定した。
(3) 尺度構成まず初めに,目的変数となる研修効果を高める要因となる研修前,研修中,研修後,職場・研修関係者についての42項目の平均値,標準偏差を算出した。その結果,天井効果,フロア効果ともに見られなかったため42項目を使用し,主因子法・プロマックス回転による因子分析を行った。固有値の変化は,13.551,3.298,2.168,2.079,1.885,1.692,1.612,1.362,1.218,1.134というものであり,スクリープロットの結果から,10因子構造が妥当であると考えられたので,再度10因子を仮定して主因子法・プロマックス回転による因子分析を行った。その結果,因子負荷量の低かった5つの設問4を削除し,37項目で再度10因子,主因子法・プロマックス回転による因子分析を行った。プロマックス回転後の最終的な因子パターンと因子間相関を表2に示す。
第1因子は,4項目で構成されており,「研修前に,これから受ける研修の必要性を感じていた」「研修前に,これから受ける研修がその後の業務に役立つだろうと感じていた」など,研修前にこれから受講する研修に対しての姿勢を問う項目が高い負荷量を示していたので,「学習レディネス」因子と命名した。
第2因子は,5項目で構成され,「研修後,研修で学んだことを職場で実践する機会を作ろうと努力した」「研修後,研修で学んだことの職場での実践状況を振り返る機会があった」など,研修後に学んだことを実践に移そうという意志に関する項目が高い負荷量を示していたので,「実践意志」因子と命名した。
第3因子は,5項目で構成され,「受講当時,直属上司は自分が受講する研修内容を理解していた」「研修後,直属上司は自分が学んだことを実践するよう支援してくれた」など,上司が受講生が研修内容を実践するのを支援する上で必要な項目が高い負荷量を示したので,「上司支援」因子と命名した。
第4因子は,4項目で構成され,「研修中,一緒に参加した受講生から学んだことがあった」「研修中,一緒に参加した受講生と研修内容以外の情報交換をした」など,研修に一緒に参加したメンバーからの影響について問う項目が高い負荷量を示した。仮説では研修メンバー,講師,研修事務局を含めて「研修関係者」としたが,講師,研修事務局の項目が削除されたので「研修メンバー」因子と命名した。
第5因子は,3項目で構成され,「研修では,思っていることを自由に発言できる雰囲気であった」「研修には,リラックスして受講することができた」など,研修に緊張せずに参加できたかを問う項目が高い負荷量を示したので,「受講環境」因子と命名した。
第6因子は,4項目で構成され,「研修終了時には,研修内容をよく習得できていた」「研修終了時には,研修内容をよく理解していた」など,研修内容を実践する態勢ができているかを問う項目が高い負荷量を示したので,「実践レディネス」因子と命名した。
第7因子は,3項目で構成され,「自分は,顧客または社内の関連部署といった他者の役に立ちたいと思っている」「自分は,知識やスキルを習得したり,能力を高めて,成長したいと思っている」など,個人の成長意欲に関する項目が高い負荷量を示したので,「成長意欲」因子と命名した。
第8因子は,4項目で構成され,「研修を受講した当時,自分のキャリアにとっていいタイミングで受講していると思った」「受講していた当時,研修の難易度は自分に適したレベルだと思った」など,研修受講の時期やレベル,内容に関する項目が高い負荷量を示したので,「研修マッチング」因子と命名した。
第9因子は,3項目で構成され,「自分の職場では,日常から役に立ちそうな新しい知識・技能・技術・ノウハウなどを積極的に獲得しようとする雰囲気がある」「自分の職場では,職場メンバーが困っている時,お互いに助け合う雰囲気がある」など,職場環境に関する項目が高い負荷量を示したので,「職場環境」因子と命名した。
第10因子は,2項目で構成され,「研修後,他の受講生と研修内容に関係する情報交換をおこなった」「研修後,他の受講生と研修内容以外の情報交換をおこなった」で,研修後の他受講生との交流に関する項目が高い負荷量を示したので,「研修後交流」因子と命名した。
以上の「研修効果を高める要因」10因子に対して,信頼性分析をした結果,各因子のクロンバックのα係数は,第1因子「学習レディネス」(.892),第2因子「実践意志」(.869),第3因子「上司支援」(.862),第4因子「研修メンバー」(.830),第5因子「受講環境」(.853),第6因子「実践レディネス」(.795),第7因子「成長意欲」(.828),第8因子「研修マッチング」(.753),第9因子「職場環境」(.795),第10因子「研修後交流」(.725)であった。信頼性のα係数が高かったため,「研修効果を高める要因」37項目10因子を分析に使用することにした。
次に従属変数である研修効果に該当する研修を振り返ってみての質問4項目の平均値,標準偏差を算出した。その結果,天井効果,フロア効果ともに見られなかったため4項目を使用し,信頼性係数を算出したところ,設問「受講した研修で築いたネットワークがその後の業務遂行に役立った(役立っている)と思う。」を削除した方が信頼性係数が高まるので削除した。結果,信頼性係数は.846と高く,「研修効果」は3項目1因子とした。なお,この研修効果に関しては,受講生の自己評定(個人の知覚による自己評価データ)であることを付記しておく。
(4) 分析結果仮説1「研修効果に影響を与える要因(学習レディネス,研修マッチング,実践レディネス,実践意志,受講環境,研修メンバー,研修後交流,職場環境,上司支援,成長意欲)は研修効果に正の影響を持つ」を検証するために10要因を各平均値で高低2群にわけて独立変数とし,「研修効果」を従属変数に設定してt検定を行った。
その結果,各要因の高群の方が低群に比べて,10要因すべてにおいて研修効果が有意に高いことがわかった(図2)。学習レディネス:t(177)=3.486,p<.01,実践意志:t(177)=13.130,p<.001,上司支援:t(177)=3.948,p<.001,研修メンバー:t(177)=6.015,p<.001,受講環境:t(177)=4.682,p<.001,実践レディネス:t(177)=6.606,p<.001,成長意欲:t(177)=5.015,p<.001,研修マッチング:t(177)=5.507,p<.001,職場環境:t(177)=4.041,p<.001,研修後交流:t(177)=5.097,p<.001。
これらの結果から,研修効果に対して,学習レディネス,研修マッチング,実践レディネス,実践意志,受講環境,研修メンバー,職場環境,上司支援,成長意欲,研修後交流の10要因は正の影響を与えると言える。
次に,仮説2「研修効果が高い人は,学びを促進する影響(上司支援,職場環境など)を受けながら,学習レディネス,研修マッチング,実践レディネス,実践意志というプロセスを経る。」を検証する。そのために,学習レディネス→研修マッチング→実践レディネス→実践意志というプロセスに対し,受講環境,研修メンバー,職場環境,上司支援,成長意欲,研修後交流といった要因が影響を与えるという図1の仮説を共分散構造分析により分析した結果が図3である(GFI=.678,AGFI=.634,CFI=.761,RMSEA=.090)。
仮説モデル(図3)では要因間で有意でないパスがあるため,該当するパスを削除し,また適合度を改善するため,誤差共分散,標準化係数を参考に変数を選択し,修正したものが修正モデル1(図4)である(GFI=.833,AGFI=.774,CFI=.868,RMSEA=.091)。成長意欲,研修メンバー,研修後交流は観測変数である。
修正モデル1では,学習レディネス→研修マッチング→実践レディネス→実践意志というプロセスを経て,研修効果につながるということが確認できた。そして「上司支援」「職場環境」から「学習レディネス」へ,「成長意欲」から「実践意志」のパスが有意であり,「上司支援」「職場環境」「成長意欲」は互いに緩やかな正の相関関係にあった。
修正モデル1では,「上司支援」「職場環境」から「研修マッチング」「実践意志」,「成長意欲」から「研修マッチング」への直接的な影響はなかったが,それらの要因に影響を与えている要因,具体的には「研修マッチング」に影響を与えている「受講環境」「研修メンバー」,「実践意志」に影響を与えている「研修後交流」を通じて間接的な影響を与えているのではないかという仮説のもと,「上司支援」「職場環境」から各々「受講環境」「研修メンバー」「研修後交流」へ,「成長意欲」は「受講環境」「研修メンバー」へのパスを引き,有意なパスを残したモデルが修正モデル2(図5)である(GFI=.885,AGFI=.839,CFI=.932,RMSEA=.066)。
「上司支援」は「受講環境」,「職場環境」は「研修メンバー」へのパスが有意でなかったが,それ以外のパスは有意であり,適合度も修正モデル1より高く,修正モデル2の方が当てはまりがいいと考えられる。
本研究の分析から得られた知見の要点は,以下の通りである。
本研究の結果,先行研究で研修効果を高めると指摘されていた要因が実証されただけでなく,研修効果に結びつくまでのフローが明らかになった。
特筆すべきことは,個々の要因がそれぞれ独立して研修効果に影響を与えるだけでなく,学習レディネス,研修マッチング,受講環境,実践レディネス,実践意志,上司支援,職場環境,成長意欲,研修後交流といった要因が有機的に結びつき,研修効果にプラスの影響を与えているということである。これまで,先行研究にあるように,どのような要因が研修効果にプラスの影響を与えるのかということについては研究が行われてきたが,研修前から研修後,そして受講生と上司を含めた職場環境の関係から研修効果を見出そうとする実証的な研究は国内では見受けられない。本研究では,そのフローと関係を明らかにした点に新規性がある。
そのフローと関係図は,人材育成に携わる者が,業務に貢献する研修を提供しようとする際に,どのような点に留意すれば業務貢献に値する研修にできるかについてのポイントを提供するものとなりうる点で,実践的に意義のあるものである。
大事なことは,学習レディネス→研修マッチング→実践レディネス→実践意志という4つのプロセスのうちのいずれかのプロセスだけに力を注げばいいというわけではなく,すべてのプロセスに注力しなければならないということである。同時に上司や職場仲間から,研修での学びを業務に活かすような支援を得られる環境づくりや,社員一人ひとりの成長意欲を高める取組みも必要ということである。「個人が最も学習を進めるのは,日々,仕事をする現場であり,職場での業務を通じて,人は有能さを獲得していく」(中原,2012)のと同様に,研修で学んだことも職場での実践があって初めて修得される。とすれば,人材開発部門が提供する研修が組織内に存在する各職場で受け入れられる風土づくりに取り組むことが求められる。
しかし,実際には,これらの取り組みが十分になされておらず,職場に受け入れられる研修,言い換えれば,業務に貢献する研修を提供できていないように見受けられる。NTTコムリサーチが行った『社内研修に関するアンケート』調査では,社内研修の必要性を感じている人は8割以上にのぼっているが,「社内研修にいくらの価値があると思うか」という問に対しては,7割近くが5,000円以下(うち約4割が無料)と回答していることから,「社内研修は必要だが,受けている研修は満足できる内容になっていない」と指摘している。今回,個人の「成長意欲」が「学習レディネス」に影響を与えていないという結果は,このような認識の下,研修が業務に貢献する,あるいは自己の成長につながるという意識が低く,研修受講への関心が薄いことが主な原因のように考えられる。
一方,これらの取り組みの必要性を感じているが,そこまで手が回らないという人材育成担当者がいるかもしれない。産労総合研究所が行った『2012年人材開発部門の実態と育成理念に関する調査』によると,組織で人材育成を担当する人材開発部門が抱える現在の問題点として,「人不足による業務が多忙である」ことが「研修効果の測定が不十分」に次ぐ問題として挙げられている。このような状況にある人材育成担当者は,自らが一人ひとりの研修参加者に対して,先述した4つのプロセス全体をアプローチするのは困難である。ならば,その代替を職場の上司や同僚に担ってもらう環境作りがより一層必要となる。産業能率大学が行った『企業内人材育成に関する人材開発部門と他部門の連携状況』では,人材開発部門と他部門の関係性について,「自社の人材開発の方向性について,部門横断的に話し合う機関がある」とした企業が3割程度にとどまっている。このことは,人材開発部門が研修参加者をはじめ,職場の上司や同僚といったメンバーを十分に巻き込めていないことを示唆している
このようなことから,今後,人材開発部門が業務に貢献する研修を提供するには,研修を企画し,運営するだけでなく,研修が業務に貢献することを周知し,研修内容が職場で実践されるよう参加者を動機づけ,サポートするという認識の下,自らに代わり,研修参加者が学んだことを職場で実践するのを支援する上司や同僚を増やしていくための活動が必要である。そのためには,日常からの各職場への情報発信,対話が重要になってくると思われる。
5.2 今後の課題最後に,本研究の今後の課題を挙げる。本研究のアンケート調査は,研修効果及び研修効果に影響を与える要因について,受講生個人の認識を受講生個人の認識で説明する形で行っており,内生性の問題を抱えている。また,アンケート回答者の年齢,職種,企業の業種,規模といった属性の相違については反映されていない。そのため,今後の課題として,被説明変数に対して同時決定ではない外生変数,例えば,研修効果について自己の認識ではなく,他者の認識などのより客観的な指標を用いた,同時に属性を考慮した調査を行う必要性が感じられる。
本研究のために,ご多忙な中,質問票調査にご協力頂いた回答者及び事務局の皆様に深く感謝申し上げます。また,本稿執筆にあたり,貴重なアドバイスを頂戴した北居明教授,意見交換に多くの時間協力頂いた奥田陽子氏,3名の匿名査読の先生方からは大変貴重なコメントを頂きました。ここに記して深く感謝の意を表します。
(筆者=小薗 修/株式会社ワーク&ワークス 大内章子/関西学院大学経営戦略研究科准教授)