組織の人的資源管理として,社員一人ひとりの自主性を尊重しつつ,その特性や成果に応じて管理するという個別管理の必要性は以前から指摘されてきた。また,春闘の終焉がいわれるなか,社員を学歴などの属性や入社年次による層で一律に集団管理していた時代から大きく様変わりしてきた。これには,人材の多様化が進み,ダイバーシティ・マネジメントの必要性が高まってきたことも関係していよう。例えば,昇進管理における抜擢人事,能力開発における選抜型研修を行う企業が増えてきた。さらに,多くの職場で年下の上司,年長の部下が増え,働き方でも,特に,ワーク・ライフ・バランスの観点から必要な社員が在宅勤務を行う環境も少しずつ整ってきた。
このように現代の企業では,個別管理が広がってきているようであるが,まだまだ不十分であり,以下の二つの点にみられるようないくつかの解決すべき点があるようにみえる。
第一に,実質的な対象が限られているということである。現状の個別管理の対象は,選抜型研修にみられるように,まだまだハイパフォーマーや育児休業中の社員等に限られている。例えば,近年,「ローパー」と呼ばれる業績が思わしくない社員の存在が注目されている。彼らに対して,一律にリストラの対象にするなどの「集団」管理ではなく,一人ひとりの事情に配慮した個別管理は本当に行われているといえるだろうか。さらに,非正規社員である。正社員への登用を促す社会的要請や法律の改正もあり,企業によっては,契約社員を一律に正社員に登用する等の動きがみられる。しかし,構造的な人手不足がいわれるなか,非正規社員一人ひとりの能力等を把握した上で,彼らに合った職務に従事してもらう,ジョブローテ―ションを行い,新たな適性を発見してもらうなどの個別管理は行われているだろうか。多くの企業ではこれからというのが実状ではないだろうか。
第二が,個別管理の基本となる社員一人ひとりについての情報把握が不十分という点である。有効な「人的資源目録」が構築されていないと言い換えてもよい。
現在わが国の多くの企業の喫緊の課題として,グローバル化への対応があるだろう。現地法人の立ち上げ,現地での人的・物的資源の獲得などを行えるグローバル人材,またはその卵を社内で探していくには,有効な人的資源目録または人事データベースが必要になる。これは,タレントマネジメントを展開する上で必須のタレントプールの構築とも重なる。
筆者がこうした考えを強く持つに至ったのには,十年近く前,アメリカの大手IT企業のイギリス現地法人の人事部にインタビューを行った際の経験が影響している。そこでみせられたのは,社員一人ひとり(写真付き)の入社前,入社後の経歴,上司の評価,外部から把握できる限りの本人のキャリア目標等の情報が事細かにかつみやすく記されたデータベースであった。これをみた途端思い出したのが,以前は多くの人的資源管理論の教科書に記載されていた人的資源目録だったのである。ここまでやるのかと思い,つくった理由を尋ねたところ,近隣の別の大手IT企業の存在を教えてくれた。なぜか?社員を引き抜かれないためである。ライバル社に引き抜かれないためには,自社の社員一人ひとりのことをよく知っておきたい,それがリテンションの肝だという人事部門の意思を強く感じたのである。
しかし今後,データベースを整備していく上で壁となってくるのが,近年,人々が重視するようになってきた個人情報の保護である。確かにこれにより,企業が社員の情報を手に入れることが難しくなってきた側面がある。しかし,だからといって,企業が適切な個別管理を行うために,社員の能力や適性についての情報を獲得する努力を怠ってはならないだろう。近年キャリア自律の重要性が叫ばれるようになった。そして,人材公募制度や社内FA制度を取り入れる企業が増え,社員が自分の望むキャリアを手に入れるために自分で手を挙げ,そのためには必要な情報を開示するという傾向が強まってきた。しかし,グローバル化やIT化が進展し,競争が激化していく企業環境下では,そうした社員自身による自主的な情報提供だけでは不十分である。情報セキュリティが十分守られた上で,社員の能力,適性,興味等の全体を把握できる人的資源目録,データベースの構築が望まれる。
最後に,上記の個別管理と関連し,以前から学校の進路相談で実現すればよいと思っていることについて述べたい。それは小中高を一気通貫した本人に関するデータベースの構築である。生徒との面談を行う場合,教師が把握できるのはその学校への入学以降のデータだけである。しかし,将来の進路に関し,生徒が行ってきたこと,興味を持った活動等は入学以降に限られる訳ではない。つまり,進路相談を行う場合,学校ごとに輪切りにされないデータが大事だからである。しかし,社会人の場合はそうはいかない。人事部門が把握できるのは入社後のデータに限定されるからである。社会人は自分のキャリアデータを自分で把握し,必要に応じて振り返る必要があるということも付言しておきたい。

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