日本労務学会誌
Online ISSN : 2424-0788
Print ISSN : 1881-3828
論文
若年労働市場における学歴ミスマッチ ―教育過剰の発生とその賃金への影響―
平尾 智隆
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 17 巻 2 号 p. 4-18

詳細
ABSTRACT

In this paper, we analyze the negative impacts of overeducation on wages in the Japanese youth labor market. In addition, this study assesses empirically the validity of the Human Capital Theory and Job Competition Model within the context of overeducation and undereducation. Our study uses the data set of a web monitoring survey targeting Japanese youth aged 17 to 27; the survey was conducted in January 2012 by the Economic and Social Research Institute, Cabinet Office. The increasing trend of youth to enroll for longer educational courses and the relative scarcity of suitable job opportunities later results in overeducation. Overeducation is the mismatch that an individual has higher qualifications than required for their current jobs. This phenomenon leads to various negative outcomes. As expected, there is a negative relationship between overeducation and wages. Overeducated workers earn significantly lesser than their correctly placed colleagues, after controlling for ability and other potential bias. The occupational structure of the Japanese youth labor market lacks the capacity to absorb the rising number of educated workers into traditional occupations. Conversely, undereducated employees earn more than youth in jobs exactly matched to their qualifications. In terms of a theoretical framework, our findings imply that the Human Capital Theory is not valid within the context of overeducation and undereducation in the Japanese youth labor market.

1 はじめに

本研究の目的は,学歴ミスマッチ,特に教育過剰(overeducation)が賃金に与える影響を統計的に検証することにある。一般に教育過剰とは,個人の学歴がその個人が就いている仕事に必要とされる学歴よりも高い場合をいう。誤解を恐れずにいえば,高度な教育を受けたにもかかわらず,程度の低い仕事をしている状態と換言されるだろう。マクロ経済レベル,企業レベル,個人レベルのいずれでみても,教育過剰は多くのコストを支払うことになる非効率的な状態であり(McGuinness 2006),高学歴化の進行とともに議論される必要のある重要な社会問題である。

戦後日本の学校教育の歴史は,高学歴化の歴史でもあった。それは,統計的にも明確に確認される周知の事実である(図1)。文部科学省「学校基本調査」をみれば,高校進学率は1974年に90%を超え,以来95%程度の高い水準で推移している。また,4年制大学進学率は,1970年代中頃から90年代初頭までその伸びは停滞しているが,1990年代中頃以降,上昇を続け2009年には50%を突破した。大学院も拡大において例外ではない。同時期の大学院(修士課程)入学者数は一貫して増加している。高度経済成長期以後,労働市場に参入する労働力人口の高学歴化が進んできたことがうかがえる。

しかし,大学卒以上の高学歴者の就職が良好かというと,必ずしもそのような状況にはなっていない。濱中(2013)などが示すように,文系修士卒,博士卒の学卒時点での就職率は大学卒よりも低い。

人的資本理論の誕生以来,一国の経済成長,個人の所得や社会的地位の獲得に教育は有用な手段・投資として認識されてきた。しかし,現在の日本の労働市場の状況は,教育が経済的地位の獲得に有用に機能している場合ばかりではないのかもしれない。新規学卒者の厳しい就職状況は,バブル経済の崩壊以後,「失われた20年」の間,毎年のように繰り返し報告されてきた。また,ポスドクの就職問題も深刻である。たとえ就職できたとしても,専攻とは無関係の,そして,賃金・仕事内容ともに希望する水準からはかけ離れた仕事に就いていることも少なくない。高学歴者がその学歴に見合った仕事に就けないことの社会的な意味をどのように考えればいいのだろうか

本研究では,獲得された学歴と個人が就いている仕事に求められる学歴の差(学歴ミスマッチ)を捉え,その差が賃金に与える影響を計測することで,教育に投資を行ってもそれに見合った仕事が獲得できなければ,教育投資にロスが生じる場合があることを検証する。具体的には,同じ学歴を獲得したにもかかわらず,より低い学歴しか求められない仕事に就いた者(教育過剰)とその学歴に見合った仕事に就いた者(教育適当:required education)の賃金を比較する。さらに,より高い学歴が求められる仕事に就いた者(教育過少:undereducation)の賃金を教育適当者のそれと比較する。

続く2節では先行研究を概観し,3節では教育過剰の理論的背景を考察する。4節では実証分析で用いるデータについて記述し,5節で統計分析を行う。最終節はまとめである。

図1 高度経済成長期以後の高学歴化

2 先行研究

Dore(1976)小池・渡辺(1979)伊藤(1986)が指摘するように,教育過剰は洋の東西,時代の新旧を問わず,普遍性を持った深刻な社会問題として認識されてきた。経済学の分野では,1970年代にFreeman(1976)によって発表された高等教育の拡大(高学歴労働者の増大)が高等教育学歴の収益率を低下させているという研究がその端緒となっている。その後,個人レベルで教育過剰を捉え,賃金への影響を分析した研究がDuncan and Hoffman(1981)によって発表されたが,この分析枠組みを基にした教育過剰の実証研究は西欧を中心に枚挙に暇がないほど発表されてきた。

概して,教育過剰者の賃金や職務満足は教育適当者に比べて低いことが実証されてきたわけであるが,例えば,そのような実証分析を行った初期の研究として他には,Verdugo and Verdugo(1989)Tsang, Rumberger and Levin(1991)などが挙げられる

また,教育過剰が賃金や職務満足に与える影響を計測する研究のみならず,上記のように教育過剰が「負の影響」を与えていることが明らかになるにつれて,何が教育過剰を決定しているのかという関心からも研究が進められてきた。教育過剰の決定要因として,民族や専攻分野など調査対象者の様々な属性に注目した研究が行われてきた(例えば,Battu and Sloane 2002Dolton and Silles 2008など)。

マクロ経済レベル,企業レベル,個人レベルのいずれでみても潜在的に損失の大きいこの現象について,世界的には多くの研究が蓄積されてきたが,日本のデータを使った実証研究は少ない。特にDuncan and Hoffman(1981)のように個人のレベルで教育過剰を捉え,その賃金などへの影響を分析した研究は皆無である。バブル経済崩壊直後まで,一定の経済成長が高学歴者の労働需要を創出してきたことを考えれば,それは当然のことだったのかもしれない。あるいは,矢野(2001)が指摘するように,日本社会においては,学歴と経済的地位を関連づけて議論することがタブー視されてきた文化的背景があり,教育過剰が実証研究の課題として取り上げられる土壌がなかったということもできる。

日本社会における高学歴化と教育過剰を論じたものは,小池・渡辺(1979)伊藤(1986),経済理論研究として渡辺(1979)白石(1993),社会学的なサーベイとして山内(2008)が挙げられる程度である

以上から,高学歴化が進行しているにもかかわらず,教育過剰の実証分析が日本ではほとんど行われてこなかったことがわかる。本研究は,日本のデータを用いて分析を行うことで,この点についての先駆的な貢献を果たす。

3 理論的検討

(1) 教育過剰の測り方

個人が獲得した学歴(Acquirements:A)とある仕事に就くために必要とされる学歴(Requirements:R)の高低を数量的に把握できるとしたら両者の関係は,以下のように表すことができる。

A<R ならば 教育過少

A=R ならば 教育適当

A>R ならば 教育過剰

このように把握すれば,学歴の高い者(例えば大学院修了者)が教育過少(=A-Rの値が負)の状態におかれることは少なく,逆に学歴の低い者(例えば中学卒)が教育過剰(=A-Rの値が正)の状態におかれることも少ないとわかる。教育過剰は,総じて,高学歴者の問題であることが理解できる。

そして,教育過剰を把握する方法については,先行研究を概観すれば,いくつかの方法が試みられていることがわかる。それらは大きく主観的計測法(subjective measure)と客観的計測法(objective measure)に分けられる。両者はまたそれぞれ2つに細分化される。McGuinness(2006)表1のように整理を行っているので,それぞれの方法について,内容と限界を要約しておこう

主観的計測法の第1は,就いている職業(仕事)に最低限必要だと思う(あるいは求められた)学歴を調査対象者に聞き,それと本人の学歴とを比較して教育過剰かどうかを把握する方法である。第2は,調査対象者に今の状態は教育過剰かどうかを直接聞く方法である。ただし,これらの方法は,調査対象者に自身の仕事に無関心であるような者,自身の仕事に求められる学歴を知らない,あるいは基準がわからないというような者が多く含まれると計測に誤差が出る可能性があり,この点を限界として認識しておく必要がある。

次いで客観的計測法の第1は,職業分類の資料などを参考に職務分析を行い,ある職業に必要とされる学歴を確定し,それと同じ職業に就いている調査対象者の学歴を比較することで教育過剰かどうかを把握する方法である。この方法の限界は,同じ職業といえども,それは様々な仕事から構成されており,同じ職業に就いている個人が同じ仕事をしているわけではなく,仕事レベルでの学歴ミスマッチを必ずしも正確に測れていない可能性があることである。また,高学歴者の相対的な労働供給の変化によって,時代とともにある職業に求められる学歴も変化していくと考えられ,調査対象者の入職時期や年齢などを考慮して評価を行わなければならず,かなり複雑で多大な作業を要することになる。

客観的計測法の第2は,統計資料等からある職業(あるいは仕事)に就いている労働者の平均教育年数を計算し,同じ職業に就いている調査対象者の教育年数が平均教育年数の1標準偏差より大き(小さ)ければ教育過剰(教育過少)とする把握の方法である。この方法の限界は,カットポイントが任意の点にあることであり,その妥当性が十分でないと指摘されることである。また,ある職業に就いている者の教育年数の散らばりが正規分布している仮定をおくが,その想定は非現実的な側面もある。

表1 教育過剰の測り方

(2) 理論による解釈

では,教育過剰を既知の労働市場理論でどのように把握することが可能であろうか。本項では,McGuinness(2006)を参考に代表的な労働市場理論であるBecker(1964)の人的資本理論とThurow(1975)の仕事競争モデルから教育過剰がどのように捉えられるのかを記述しておこう

  • ① 人的資本理論

人的資本理論において,個々の労働者は,生産活動を行う上での自らの能力を高めるために教育に投資すると考えられる。教育を受けることによって,個人の知識や技能が向上し,生産性が高まると想定される。すなわち,学歴の高い者はそうでない者よりも生産性が高いということになる。

一方で,企業は利潤最大化のため,労働者に持てる生産性を最大限に発揮してもらえるよう,その生産に最適な人材配置を行う。この時,企業は生産性の高い労働者に高い賃金を,生産性の低い労働者に低い賃金を支払うだろう。労働者の賃金は生産性と一致する。

しかし,教育過剰は,何かしらの理由により学歴以下の仕事しか配分されていない状態であり,「学歴の高低=能力の高低=生産性の高低=賃金の高低」となるはずの理論の想定とは矛盾した状態が発生していることになる。自身の生産性を発揮できない(発揮してもそれに見合った十分な賃金が支払われない)状態は,発揮できる生産性と求められる生産性の間に乖離があることを意味し,その差分は教育投資のロスとなる。

それ故に,人的資本理論の前提に立てば,教育過剰は企業の生産調整や人材配置の調整,あるいは労働者の転職活動を通じて長期的には解消される短期的な労働市場の不均衡ということになる。

  • ② 仕事競争モデル

人的資本理論は,労働者の生産性と賃金が一致すると考えるが,企業が様々な要因から生産調整や人材配置の調整を行えない場合,あるいは労働者側に容易に労働移動できない要因が存在したら,労働市場の不均衡は簡単には解消しないだろう。この点について,賃金の決定要因は生産性のみではなく,就いている仕事とその能力を養うための訓練機会にあることを主張したのが仕事競争モデルである。

仕事競争モデルでは,企業は外部から遮断された組織であり,入職口は企業の中の低いポジションに限られ,企業内の高いポジションへはその低いポジションからの昇進によって行われるという考えが議論の根底にある。すなわち,採用された労働者は,企業内でOn the Job Training(OJT)を中心とする職業能力開発を受け,企業特殊的熟練を身につけることで昇進していくと考える。それ故,仕事競争モデルでは,外部労働市場は,能力とそれに見合った賃金の取引市場ではなく,入職口とその後の訓練機会の獲得競争を行う市場として取り扱われる。

仕事競争モデルでは,したがって,採用時に人的資本理論が想定する顕在的な能力の有無は問題にならない。それは,OJT(訓練機会の配分)を通じて企業内部において獲得されるものであるから,入職口では選抜の基準にはならないのである。より大切とされるのは,OJTや各種の訓練を効率よく吸収し,企業特殊的熟練を獲得できる潜在能力としての訓練可能性(trainability)である。

ただし,この訓練可能性は,潜在的であるが故に簡単に判定することができない。個々の労働者の訓練可能性を判断するために,企業は労働者の持つ様々な属性等の情報からそれを探ることになるが,この時最も有力な代理指標として浮上するのが学歴である。仕事競争モデルの想定でも,企業は学歴を基準に採用とその後の仕事の配分を行うことになる。仕事競争モデルでは,学歴の高い者ほど,自分が身につけている知識と技能を発揮しやすい仕事を獲得でき,またそのためのOJTの機会も潤沢に配分されることで,高学歴者の生産性はしだいにそうでない者よりも高くなっていくと考える。

すなわち,仕事競争モデルでは,賃金は個人が既に保有している生産性によって決まる以上に,獲得した仕事とそれに付随する訓練機会によって前もって決まっていると想定される。賃金決定においては,労働者の生産性よりも,仕事の特質や組織内(あるいは労働市場全体の中で)の個人の相対的な位置関係の重要性が強調されている。

では,仕事競争モデルで想定される個人が教育過剰状態におかれる誘因はどのようなものであろうか。入職口やその後の訓練機会の獲得が組織内や労働市場全体での相対的な位置に大きな意味を持つのならば,個人はより良いそれを獲得するために,防御的に訓練可能性の代理指標である学歴を高めようと考えるだろう。労働者にとっては,高学歴者の割合が増えれば増えるほど,より良い訓練機会を獲得したいならばより教育に投資することが不可避となる。結果として,過度な教育投資が行われることで,高学歴者の労働供給が増大し,高い学歴に見合うとされる仕事と訓練機会に恵まれない者,すなわち,教育過剰が発生することになる。

(3) 仮説の設定

以上の検討を踏まえ,次に実証分析のための仮説を導こう。人的資本理論の想定では生産性は賃金と一致するはずであるが,労働市場の短期的不均衡のため,保有する生産性と求められる生産性,すなわち,本来得られるはずの賃金と実際に支払われる賃金の間に乖離がある状態が発生し,特に得られた仕事において自身の生産性を発揮できない(発揮してもそれに見合った十分な賃金が支払われない)場合,教育過剰ということになる。

また,仕事競争モデルの想定では,賃金は本人が現有している生産性ではなく就いている仕事によって決まっており,高学歴化の影響を受けて,真に当人が保有している生産性(学歴が代理指標となる)に見合うとされる仕事と訓練機会に恵まれない者が発生することになり,上記同様,教育過剰状態では,本来の得られたはずの仕事(賃金)と実際に得られた仕事(賃金)の間に乖離があることになる。

両理論は,他の条件が同一ならば,教育過剰状態にある者の賃金は,教育適当状態にある者の賃金よりも低いことを示す。本研究の実証分析における仮説は次のとおりである。

  • 仮説1:教育過剰者は教育適当者に比べ賃金が低い。

ここでさらに,教育過少者の賃金についても言及しておこう。教育過少は,教育過剰とは逆の関係,すなわち,自身が保有する生産性以上の生産性を要求される仕事を獲得した場合として把握される。教育過少は,労働需要の増大などによって発生することが考えられるが,その状態におかれた労働者に支払われる賃金は,両理論の想定の違いにより,教育過剰の場合と異なってくる。

表2をみながら検討を加えていこう。今,ある労働者の保有する学歴の高さがA2だとして,就くのに求められる学歴の高さがR3~R1まで3段階の仕事があったとする。A2の者がR3の仕事に就いたら教育過少,R2の仕事に就いたら教育適当,R1の仕事に就いたら教育過剰とする。

人的資本理論においては,賃金の支払い基準は生産性である。表2の場合,教育適当者はA2まで生産性を発揮することができ,R2まで発揮することが期待されている。すなわち,教育適当者は自身の生産性に見合った賃金を受け取ることができる。

しかし,教育過剰者の場合,A2まで生産性を発揮することができるが,R1までしかそれを発揮することが期待されておらず,支払われる賃金はR1の仕事に就く者と同じになり,本来得られたであろうR2−R1分の賃金を逸することになる。

教育過少者の場合はどうであろうか。労働者はA2まで生産性を発揮することができるが,期待される生産性の高さはR3である。R3−R2分の差は未達の生産性であり,企業はこの差分に賃金を支払う理由を有しないだろう。すなわち,人的資本理論の想定では,教育過少者の賃金は,教育適当者の賃金と同じになる(Wu=Wr>Wo)。

一方,仕事競争モデルにおいては,賃金決定には労働者間の相対的位置関係が重要であると考えるため,賃金は就いている仕事のレベルによって決まる。それ故に,現有の生産性に関わりなく,教育過剰者はR1,教育適当者はR2,教育過少者はR3の賃金が支払われることになる(Wu=Wr>Wo)。

以上,両理論はともに教育過剰者の賃金の低さを説明するが,教育過少者については異なる結果を導く。実証分析において,教育適当者に比べ教育過少者の賃金が高いか等しいかを明らかにすることによって,人的資本理論と仕事競争モデルの現実妥当性を検証できる可能性がある。

  • 仮説2:教育過少者と教育適当者の賃金に差がなければ人的資本理論に現実妥当性があり,教育過少者の賃金が教育適当者の賃金よりも高ければ,仕事競争モデルに現実妥当性がある。

表2 学歴ミスマッチと賃金

4 データ

本研究では,内閣府経済社会総合研究所が2012年1月に実施した「東日本大震災の発生が若者のキャリアや賃金に与える影響に係るインターネット調査」で得られた個票データを用いる。この調査は,内閣府がインターネット調査会社と契約し,専用ウェブサイトを通じて調査会社のモニターとなっている全国の17歳から27歳の若者を対象に行ったものである。

このようなインターネット・モニター調査には,回答方法による測定誤差の問題,ランダム・サンプリングによる標本抽出ではなく調査会社がモニターとして抱える登録者を対象に調査を行うことによるサンプリング・バイアスの問題があることが指摘される(本多 2006など)。使用できる年齢区分などが整合的でないため正確な比較とはならないが,就業に関する代表的な公的統計である「就業構造基本調査」と比較して,本調査データのサンプルは,有業率が高く,賃金の分散も大きい傾向にある。それ故に,従来型の社会調査の方法から得られた計量データの代用として,本研究で用いるデータは,留保なしに是とはいえないだろう。

ただし,学歴ミスマッチの発生については,比較できる数少ない調査である国際成人力調査(Programme for the International Assessment of Adult Competencies, PIACC)の平均と比較しても,その発生状況には大差がない(表3)。また,何より本調査は,学歴に関わる意識的な質問がしにくい日本において,他の経済的変数とともに,教育過剰の主観的計測に関わる質問を行っている調査である。現時点で,日本の労働市場における教育過剰の実証分析を,主観的計測法,特に直接質問法を用いて行える希有な個票データであるといえるだろう。加えて,調査対象が若年世代に限られており,教育過剰感の世代差が一定程度コントロールされている点も利点である。

一定限界のあるデータでも分析を行うことで,社会的な議論に寄与する結果を発信し,さらなる研究を推し進める端緒になるだろう。その意味で,本研究では,このデータを分析することで先駆的な貢献を果たしたいと考えている。分析は,調査時点で在学中の者,無業の者,自営業者(自営の手伝いを含む)を除き,後に説明する変数に欠損値がない者を対象とした10

表3 学歴ミスマッチ発生状況の比較

5 実証分析

(1) 推定モデル

推定モデルは,賃金wage,教育年数edu,潜在経験年数exp,潜在経験年数の2乗exp2,その他の賃金決定要因χで示される以下のミンサー型賃金関数,

ln(wage)=α+β1edu+β2exp+β3exp2+β4χ+ε

に学歴ミスマッチ変数overedu,undereduを投入したものとなる。

ln(wage)=α+β1edu+β2exp+β3exp2+β4χ+β5overedu+β6underedu+ε

ここでovereduは教育適当を基準とした教育過剰ダミー変数,undereduは同じく教育適当を基準とした教育過少ダミー変数を表す。なお,両式のεは誤差項,αは定数項である。後述するが,調査で得られた賃金データは「閾値がわかるカテゴリー変数」になっているため,本研究では,通常の最小二乗法による回帰分析ではなく区間回帰分析(interval regression)を行う。

(2) 変数と記述統計量

以上の賃金関数を推定するために,調査で得られたデータから次のように変数の作成を行った。本研究の分析において重要な変数は,教育過剰ダミーと教育過少ダミーである。この変数は,現在の仕事と学歴についての質問項目から「学歴以上の高度な仕事をしている」を教育過少,「学歴相応の仕事をしている」を教育適当,「学歴以下の仕事をしている」を教育過剰として作成したものである。推定では,教育適当を基準にして教育過剰ダミーと教育過少ダミーを投入する。教育過剰ダミー変数の係数の符号が負であれば先に示した仮説1が実証できることになる。また,仮説2については,教育過少ダミー変数の係数の値に有意差がなければ人的資本理論の,正であれば仕事競争モデルの現実妥当性が示されることになる。

教育年数については次のように加工を行った。調査では最高学歴が質問されており,「高校」「1年制専門・専修学校」「2年制専門・専修学校」「2年制短期大学」「高等専門学校(商船学科含む)」「3年制専門・専修学校」「3年制短期大学」「4年制専門・専修学校」「4年制大学」「大学院修士課程」「医歯薬学部」「大学院博士課程」の学歴について,それぞれ標準教育年数の数値を与えた。最高学歴が卒業(修了)ではなく中退の場合は,一段下の学歴の標準教育年数に最高学歴段階の標準教育年数の半分を加えた数値を教育年数とした。

また,安井・佐野(2009)などにならい能力バイアスを除去するため,個人の生まれつきの能力を表すと考えられる代理変数(中学3年生当時の成績)を投入する。調査においては,中学3年生時の学年の中での成績が質問されている。「上の方」「やや上の方」「真ん中あたり」「やや下の方」「下の方」「わからない」の選択肢が用意されているが,「真ん中あたり」を基準にダミー変数化した。

その他,経験年数(=年齢-教育年数-6),経験年数2乗,性別,配偶者の有無,雇用形態(正規・非正規),就業地域,職業の各変数を説明変数として用いる。

被説明変数(賃金)には,2011年度の税引き前の見込み賃金(年収)を用いる。調査は2012年1月に行われており,2011年度の賃金は見込みで質問されている。調査では,2011年度の税引き前の見込み賃金を,「収入なしまたは50万円未満」から「1500万円以上」の15段階で回答を求めている。区間回帰分析ができるようにデータセットを作成し,この賃金変数については対数化した。分析に使用する変数の作成方法と記述統計量については表4を参照されたい。

表4 変数と記述統計量

(3) 学歴ミスマッチが賃金に与える影響

推定は,サンプル全体を使用した場合と男女別,正規・非正規別に行った。加えて,観測数が多く,理論的に教育過剰も教育過少も発生しやすいと思われる大学卒を取り出し,同じ学歴を得たにもかかわらず,学歴ミスマッチしている者(教育過剰と教育過少)の賃金をそうでない者(教育適当)の賃金と比較する分析を行っている11

分析の結果は表5に示されている。全ての推定において教育過剰ダミー変数の係数の値は負で有意となっている。得られた学歴が現在の仕事に求められる学歴を上回っていれば,得られた学歴と現在の仕事に求められる学歴が一致している場合より,すなわち,教育過剰者は教育適当者より賃金が低いことが明らかになった。仮説1は実証されたといってよいであろう。

また,男女別,正規・非正規別に行った推定結果をみると,教育過剰ダミー変数の係数の絶対値は,女性よりも男性において,正規従業員よりも非正規従業員において,大きい結果となっている。特に正規と非正規の差は大きく,教育過剰の「負の影響」は属性によって一様ではないことがわかる。

逆に,教育過少ダミー変数の係数の値は,表5の推定(3)以外の全ての推定において正で有意な結果を得た。得られた学歴が現在の仕事に求められる学歴を下回っていれば,得られた学歴と現在の仕事に求められる学歴が一致している場合より,すなわち,教育過少者は教育適当者より賃金が高い傾向にあることがわかる。仮説2は,教育過少者の賃金が教育適当者と差がなければ(両者の間に統計的に有意差がなければ),人的資本理論が現実妥当性を持ち,教育過少者の賃金が教育適当者の賃金よりも高ければ,仕事競争モデルが現実妥当性を持つというものであった。学歴ミスマッチ(特に教育過少)という視点からすれば,推定結果は仕事競争モデルの現実妥当性を支持する。

教育過少についても男女別,正規・非正規別に行った推定結果をみてみると教育過少ダミー変数の係数の絶対値は,男性よりも女性において,正規従業員よりも非正規従業員において,大きい結果となっている。男性を対象とした推定(3)において,教育過少ダミー変数の係数が有意ではないことに留意は必要であるが,教育過少の「正の影響」も属性によって一様ではないことがわかる。

表5 学歴ミスマッチが賃金に与える影響

6 おわりに

本研究で得られた知見をまとめると次のようになる。第1に,教育過剰者は教育適当者に比べて賃金が低いことが明らかになった。獲得した学歴と得られた仕事に求められる学歴との関係において,前者が後者を上回っていればその生産性を発揮することができず,賃金が低くなる(あるいは発揮しても賃金に反映されない)。

第2に,教育過少者の賃金は教育適当者のそれと比べて高い傾向にあることが明らかになった。獲得した学歴と得られた仕事に求められる学歴との関係において,前者が後者を下回っている場合,人的資本理論の想定においては生産性以上の賃金は支払われないはずであるから教育適当者と教育過少者との賃金差は確認されないはずである。しかし,実証分析の結果は,教育過少者の賃金が教育適当者のそれより高いというものであった。この場合,賃金決定には労働者間の相対的位置関係がより重要であり,賃金は就いている仕事によって決まると想定する仕事競争モデルに現実的な妥当性があるといえよう12

しかし,第3に,学歴ミスマッチの正負の影響は属性によって,その大きさが異なることも明らかになった。特に,男性に比して女性の教育過少の「正の影響」が大きく,また,正規に比して非正規の教育過少の「正の影響」および教育過剰の「負の影響」が大きい。前者は,女性が男性より数少ない条件のよい仕事にとどまることで,そのbonusが相対的に上昇していくと解釈することができるだろう。後者の「正の影響」も同じく,非正規ながら数少ない条件のよい仕事に就くことのbonusであろう。逆に,後者の「負の影響」は,非正規故に条件のよくない仕事に就かざるを得ない結果発生するpenaltyということになろう。

表5の推定結果をみると,教育年数は正で有意であることから,教育を受けることそれ自体は,能力や生産性を高め賃金に正の効果を持っていることがわかる13。しかし,それ以外に学歴に見合った仕事が獲得できるか否かという労働市場におけるジョブ・マッチングの問題が賃金決定には重要であることを本研究の分析結果は示している。

若年期,換言すれば,キャリアの初期段階で教育過剰に陥り,その影響がキャリアを通じて続けば,個人的なロスは極めて大きくなるだろう。景気後退期,すなわち,労働市場の需給状況が悪い時に就職活動を行った人(世代)ほど教育過剰になりやすい可能性がある。逆に,労働市場の需給状況が求職者にとってよい時に就職活動を行った人(世代)ほど教育過少になりやすいともいえるが,先行研究によって景気後退期に労働市場に参入した人(世代)は,賃金や雇用形態など長期にわたって不利な状況におかれることが明らかにされており(Genda, Kondo, Ohta 2010),高学歴化の進展の中で,今後わが国においてもこの社会的・企業的・個人的ロスを解消していく手立てを検討していくことが必要になってくるだろう14

最後に残された課題を示し,本研究の結語としたい。第1に,学歴ミスマッチの計測法に関して,主観的計測法を採用しているが,他の計測法でも同様の結果を得ることができるのかどうかを検証する必要があるだろう。今回の分析では,推定(3)のみ教育過少の係数が有意ではなく,教育過少の賃金への影響は教育過剰のように一貫したものではなかった。その意味では,学歴ミスマッチの客観的計測法による把握を通じて,本研究の仮説どおりの結果が一貫してみられるかどうか追加的な分析を試みなければならないだろう。具体的には,若年者だけでなく経験年数の長い(年齢の高い)者を含み,学歴と職業情報がともに得られる大規模サンプルのデータを利用して,分析を行うことが考えられる。この点については,該当する公的統計の個票データの入手などを行い,稿を改めて何らかのかたちで世に問いたいと考えている。

第2に,データがインターネット・モニター調査によって得られたクロスセクションデータであるため,いくらか信憑性の問題が残る。今後は,より批判の少ない社会調査方法を採用した上でのデータのパネル化が望まれる。教育過剰は長い人生の中では一時的な現象でしかない場合もあり,それは転職や担当業務の変更によって解決されうる可能性がある。さらに,主観的計測(特に直接質問法)の場合,心の持ちようによってその状態は変化する。その意味でも,より精緻な分析のためにパネルデータの構築が望まれる。

第3に,学歴ミスマッチ(教育過剰および教育過少)の決定要因の分析を行わなければならないだろう。教育過剰が生産性(賃金)に負の影響を与えるならば,それが何によって決まっているのかを把握して初めて政策的対応が可能となる。新たな調査の企画・実行を考えると同時に,紙幅の都合もあるので,この点については稿を改めて分析したい。

これらの残された研究課題については,今後も実証研究を積み重ねることで応えていきたいと考えている。

(筆者=愛媛大学教育・学生支援機構准教授)

【注】
2  Drucker(1969)は,知識経済の進行によって生み出される知識労働者をいかに管理するかが重要になること,すなわち,知識労働者(高学歴者)に知識職業(それに見合った職業)を与える必要性を述べている(訳書pp.368-369)。その意味では,教育過剰は外部労働市場における労働需給とマッチングの問題であるばかりでなく,内部労働市場における配置,いい換えれば,人的資源管理の問題でもある。また,いうまでもないが,個人の視点からすればそれはキャリア形成に関わる問題である。

3  教育過剰に関する包括的なサーベイ論文としては,例えばMcGuinness(2006)Levin and Oosterbeek(2011)がある。

4  この他に高学歴化による労働市場構造の変容については,潮木(1978)Kaneko(1992)小林・矢野(1992)などの研究がある。その他,日本のデータを用いて教育過剰の賃金や労働意欲に対する実証分析を行ったものは,管見の限り,国立教育政策研究所(2013)平尾(2014)があるのみである。

5  以下の記述は,McGuinness(2006, pp.395-396)の記述を筆者なりに要約したものである。

6  標準偏差法と同じく統計資料等からある職業の学歴分布を調べ,最頻値の学歴保有者を教育適当,それより上位(下位)の学歴保持者を教育過剰(教育過少)とする方法もある(最頻値法)。

7  3節2項および3項は,McGuinness(2006, pp.389-392)の記述を筆者なりに要約し,いくらかの加筆をしたものである。

8  この個票データは,SSJDA(東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター)において公開されている(調査番号0842)。

9  使用するデータの制約上,本研究では主観的計測法のうちの第2の方法(直接質問法)によって,教育過剰状態の把握を行うことになる。調査の質問項目については,表4を参照されたい。

10  自営業者は,自ら仕事の内容,やり方,労働時間等を決められる者であり,自らの意志と行動で学歴相応の仕事を創造できる可能性が大きいという意味で,分析対象を被雇用者に限定した。

11  説明変数となる職業について,サンプル全体の推定(1)(2)では10区分(9つのダミー変数)を使用したが,サンプルを分割した推定(3)~(7)では10区分では観測数が小さくなるダミー変数があり,3区分(2つのダミー変数)に統合したものを使用している。

12  本研究の推定結果の解釈と評価は単純にはいかない側面もある。なぜなら,小塩(2004)がいうとおり,人的資本理論と仕事競争モデルは「必ずしもお互いに排他的な関係にあるのではなく,矛盾なく同時に両立したり,どちらでも解釈できたりする面がある(p.82)」からである。その意味では,仮説2の実証にはさらなる分析が必要かもしれない。

13  推定(3)~(6)についても,推定(1)(2)と同じく中3の成績ダミー変数を投入しないモデルの推定を行った。その結果,投入しない場合より投入した場合の方が教育年数の係数が小さくなることが確認された。この結果から,能力バイアスについてはいくらかの制御がなされていると判断できる。

14  Tsang(1987)は,政府,企業,個人がそれぞれどのように教育過剰の「負の影響」を回避していけばよいのか戦略的な議論を行っている。例えば,政府は熟練労働者(skilled worker)を有効活用している企業へ税制の優遇を行うことで,また教育費の私的負担や補助金のあり方を変えることで「負の影響」を回避することを思慮している。さらに,企業は仕事の再設計や人的資源の配置の変化によって,個人は教育投資の量を変化させることによって,この「負の影響」を回避する戦略が議論されている。換言すれば,教育過剰の「負の影響」は,労働需給の変化に鑑みながら効率的な経済成長を果たすために,社会や個人の教育投資量を決める教育政策,最適な人的資源の配置を可能にするような労働政策に関係する問題といえるだろう。

 【謝辞】

本稿の作成にあたり,編集委員会および匿名の査読者から有益なコメントをいただきました。ここに記して感謝申し上げます。本研究はJSPS科研費16K03704の研究成果の一部です。

【参考文献】
  •   Battu, Harminder and Peter J. Sloane (2002) “To what extent are Ethnic Minorities in Britain Overeducated,” International Journal of Manpower , 23 (3), pp.192-207.
  •    Becker, Gary S. (1964) Human Capital: A Theoretical and Empirical Analysis, with Special Reference to Education, Columbia University Press, New York and London.
  •   Dolton, Peter J. and Mary A. Silles (2008) “The Effects of Over-education on Earnings in the Graduate Labour Market,”Economics of Education Review, 27 (2), pp.125-139.
  •   Dore, Ronald P. (1976) The Diploma Disease: Education, Qualification and Development, George Allen & Unwin Ltd., London, (=2008,松居弘道訳『学歴社会―新しい文明病』岩波書店).
  •   Drucker, Peter J. (1969) The Age of Discontinuity, Happer & Row Publisher Inc, New York, (=1969,林雄二郎訳『断絶の時代―来るべき知識社会の構想』ダイヤモンド社).
  •   Duncan, Greg J. and Saul D. Hoffman (1981)“The incidence and wage effects of overeducation,” Economics of Education Review, 1 (1),pp.75-86.
  •   Freeman, Richard B. (1976) The Overeducated American , Academic Press, New York,(=1977,小黒昌一訳『大学出の価値―教育過剰の時代』竹内書店新社).
  •   Genda, Yuji, Ayako Kondo and Souichi Ohta (2010)“Long-term effects of a recession at labor market entry in Japan and the United States,” Journal of Human Resources, 45 (1), pp.157-196.
  •   濱中淳子(2013)『検証・学歴の効用』勁草書房.
  •   平尾智隆(2014)「教育過剰が労働意欲に与える影響―高学歴社会のミスマッチ」『立命館経済学』第62巻第5・6号,pp.99-117.
  •   本多則恵(2006)「インターネット調査・モニター調査の特質―モニター型インターネット調査を活用するための課題」『日本労働研究雑誌』No.551,pp.32-41.
  •   伊藤彰浩(1986)「日露戦争後における教育過剰問題―『高等遊民』論を中心に」『名古屋大学教育学部紀要』第33巻,pp.189-201.
  •   Kaneko, Motohisa (1992) Higher Education and Employment in Japan, R.I.H.E, Hiroshima University.
  •   小林雅之・矢野眞和(1992)「男子大卒労働市場の構造変動分析」『修大論集』第33巻第1号,pp.25-54.
  •   小池和男・渡辺行郎(1979)『学歴社会の虚像』東洋経済新報社.
  •   国立教育政策研究所編(2013)『成人スキルの国際比較―OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書』明石書店.
  •   国立教育政策研究所・日本物理学会キャリア支援センター編(2009)『ポストドクター問題―科学技術人材のキャリア形成と展望』世界思想社.
  •   Levin, Edwin and Hessel Oosterbeek (2011)“Overeducation and Mismatch in the Labor Market,” in Hanushek, Eric A., Stephan Machin and Ludger Woessmann eds. Handbook of the Economics of Education, Vol.4, Elsevier Science & Technology, Amsterdam, pp.283-326.
  •   McGuinness, Séamus (2006) “Overeducation in the Labour Market,” Journal of Economic Surveys, 20 (3), pp.387-418.
  •   小塩隆士(2004)「書評:松繁寿和編著『大学教育効果の実証分析―ある国立大学卒業生たちのその後』」『日本労働研究雑誌』No.528,pp.80-82.
  •   白石弘幸(1993)「高学歴化と代替雇用」『信州大学経済学論集』第31号,pp.1-11.
  •   Thurow, Lester C. (1975) Generating Inequality: Mechanisms of Distribution in the US Economy, Basic Books, New York,(=1984,小池和男・脇坂明訳『不平等を生み出すもの』同文舘).
  •   Tsang, Mu Chiu (1987) “The Impact of Underutilization of Education on Productivity: A Case Study of the U.S. Bell Companies,”Economics of Education, 6 (3), pp.239-254.
  •   Tsang, Mun Chiu, Russell W. Rumberger and Henry M. Levin (1991)“The Impact of Surplus Schooling on Worker Productivity,” Industrial Relations, 30 (2), pp.209-228.
  •    潮木守一(1978)『学歴社会の転換』東京大学出版会.
  •    Verdugo, Richard R. and Naomi Turner Verdugo (1989)“The Impact of Surplus Schooling on Earnings: Some Additional Findings,” Journal of Human Resources, 24 (4), pp.629-643.
  •   渡辺行郎(1979)「進学過剰問題と代替雇用」『日本労働協会雑誌』第21巻第6号,pp.13-26.
  •   山内乾史(2008)「『教育過剰』再考―大学院について」山内乾史編著『教育から職業へのトランジション―若者の就労と進路職業選択の教育社会学』東信堂,pp.45-72.
  •   矢野眞和(2001)『教育社会の設計』東京大学出版会.
  •    安井健吾・佐野晋平(2009)「教育が賃金にもたらす因果的な効果について―手法のサーヴェイと新たな推定」『日本労働研究雑誌』No.588,pp.16-31.
 
© 2018 Japan Society of Human Resource Management
feedback
Top