日本労務学会誌
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書評
『ヒト・仕事・職場のマネジメント ―人的資源管理の理論と展開―』
西村 孝史
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2017 年 18 巻 1 号 p. 66-69

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『ヒト・仕事・職場のマネジメント ―人的資源管理の理論と展開―』,澤田 幹・谷本 啓・橋場 俊展・山本 大造 著 ; ミネルヴァ書房 2016年10月 A5判・240頁

1. 本書の特徴

本書は,4名の著者による人的資源管理(以下,HRM)のテキストである。評者が読む限り,大きな特徴は,①公刊データを組み合わせて主にマクロ的な視座から日本企業のHRMの変遷を捉えていること,②北米流の(S)HRMがややもすると捨象してきた働く人へのインパクトに注目し,経営側ではなく働く人々への眼差しが注がれていることの2点である。

1つ目について,本書は,独自の調査データを用いた分析というよりも,厚生労働省をはじめ,総務省,労働政策研究・研修機構等の統計データを組み合わせることで日本企業の人事管理の変化について広く紹介している。2つ目について,本書全体で底流しているのが,働く人への温かい眼差しと,直接的には論じられていないが,いわゆる北米流のHRM,特に戦略的人的資源管理論(SHRM)への批判である。北米流のHRMやそれに影響を受けた日本のHRMが全人格的な存在として人間を尊重するような管理手法となっていない,ということがどの章を読んでも読み取れる。こうした2つの特徴を把握したうえで本書のアウトラインを見てみよう。

第1章から第3章までは,いわゆる管理論である。第1章ではマルクスをベースに管理が発生する過程や労働者が生み出した付加価値よりも安い対価を支払うことで企業が利益を確保していることが論じられる。第2章では,科学的管理法,ファヨールの管理の原則が述べられ,そこからクーンツやミンツバーグの管理職の役割が論じられている。第3章では,人事管理の変遷が論じられており,主としてPMからHRMへの変遷,そこからQWLとHPWS(高業績作業システム)について言及がなされている。

第4章から第8章までは各論である。具体的には雇用管理,教育訓練・能力開発,労働時間管理,賃金・処遇管理,労使関係管理といったHRMの諸機能別に各章が構成されている。第4章では,社員区分制度を中心に人材ポートフォリオに関する議論が展開されており,補論として限定正社員の議論がカバーされている。第5章は,能力開発に関してエンプロイアビリティと絡めながら自立的キャリアを形成するための方略として,1)社内公募制度・社内FA制度といった自発的な人材配置の仕組みづくり,2)正規雇用への転換制度の整備,3)自己啓発の支援,を挙げている。第6章は,労働時間に関する章で現状の労働時間の問題が,「個人の働き方の選択」というラベルにより個人の問題として追いやられ,問題の本質が,職場の業務量の問題とそれを捌く人員数の問題であることが看過されていると指摘している。第7章は,賃金管理と処遇に関する章で戦後の電産型賃金から職務給化の試みを経たうえでの職能給の定着,1990年代の成果主義導入から役割給といった流れがまとめられている。第8章は,労使関係の章である。日本の推定組織率が1949年の55.8%を最高に低下傾向にあることを示し,且つ国際的に見ても年間労働損失日数が極めて少ないにもかかわらず,労働者個人の個別労働紛争事案が増加しつつあることが丁寧に説明され,個別労働紛争を解決するための多様な紛争解決手段が紹介されている。

終章では,日本的人的資源管理論の行方として,ブラック企業の問題や技術者の海外企業への流出問題などに触れつつ,短期的(中期経営計画:3~5年)な経営戦略との適合性から労働者を配置転換することや処遇することは,労働者の持つ職業生活や人生設計を相対的に矮小化させる可能性があるとしている。そのため「ヒト」を経営戦略としての側面だけで判断するのではなく,意思と感情を持った人間としての側面から捉え直すことこそが,現代のHRMに求められるスタンスであると主張し,本書が締めくくられている。このあたりの記述は,守島(2010)岩出(2013)と同じであり,人的資源管理として「ヒト」を資源として扱うことによる功罪が論じられている。

本書は,テキストであるものの,近年発刊されている他のテキストと異なり,企業が労働者の生み出す価値を用いて利潤を蓄えていく過程をマルクスの資本論に依拠して説明している。こうしたいわばHRMの源流にまで遡った説明がなされているテキストは珍しく,特長の1つであると言える。

また,本書の第2の特長は,人事部の役割を見直す視点を提供している点である。本書には,いわゆる人事部の役割の議論はないが,本書を読むと人事部門の仕事が改めて従業員の人生に大きな影響を与えると共に,全人格的な配慮をしなければならないことが分かるであろう。昨今の人事部のBP(ビジネスパートナー)としての役割もとても重要であるが,本書は人事部門の過度な経営志向に警鐘を鳴らしている。

2. 若干のコメント

本書は,上記に述べたような優れた特徴を有しているが,評者のないものねだりであることを承知のうえで感想を3点ほど述べたい。

2-1. 読者は誰なのか

評者としてまず難しいのは,本書が,果たして教科書なのか,専門書なのか,あるいは報告書なのか,という点である。この問題は,本書が読者として誰を想定しているのかという点とも関わる。なぜなら本書をどのように位置づけるかによって本書の評価が変わるからである。ただ,はしがきを読むと,本書は島弘編著(2000)から15年が経過してHRMが変化したことから,その変化に関する考察を加える必要性があるということが上梓のきっかけであると述べられていることから,本書は教科書であると評者は考え,以下のコメントを述べたい。

第1に,内容についてである。本書はある程度の知識を持った者を前提として書かれているせいか,必ずしも教科書として必要な内容が網羅されているとは言えない。例えば,ダイナミック・ケイパビリティの議論が企業の持つ柔軟性の議論と合わせて第4章で言及されているが,そもそもHRMの中でWright and Snell(1998)から続く柔軟性の議論との接合をはかることやその後の実証研究等でどのように捉えられているのかなど追加的な説明が必要であろう。また,人材ポートフォリオの議論も中村(2015)が指摘するように,Lepak and Snell(1999)の枠組みでは,日本の要員管理・要員決定方式が説明できない点で少なくとも日本での適用が難しい点も言及しておくべきだろう。

同様に,成果主義に関する言及も相対的に少ない。1999年代後半から2000年代にかけて多くの研究者が成果主義に関する実証研究を行い,様々な知見を述べているが,そうした内容にほとんど言及されておらず,物足りなさを感じる。第2に,分担執筆ゆえの内容の分断である。例えば,限定正社員の議論(第4章)と労働時間管理(第6章)および同一価値労働同一賃金(第7章)の議論は,1箇所でまとめて議論してもよかったのではないか。特に転勤に関する意識の高まり(厚生労働省,2017)や労働契約法の改正による無期転換を考えると,これらをまとめて議論した章がある方が読者にとっても考えをまとめるうえで参考になったかもしれない。

2-2. 職場マネジメントの視点

本書のタイトルは,ヒト・仕事・職場のマネジメントの3つである。しかし,タイトルのうち,職場マネジメントを想起されるようなトピックスは,あまり記載されていないように見受けられた。確かにはしがきには「本書では,現代日本企業の人事労務管理の主要な機能について,実態面と理論面の両面から整理を行っている」(ⅲ)という記述があり,著者らの視点はあくまでもHRMにある。また,第6章の「労働時間管理の変化と働く人のニーズ」では,長時間労働の原因は,(管理職による)業務配分と人員配置によるとされており,職場マネジメントに若干触れている。しかし,タイトルから一般的に連想され,且つ期待される内容は,近年のジョブ・クラフティング,職場学習,上司のマネジメント,コーチング,TMXといった組織行動論的な知見から見た仕事もしくは職場マネジメントを交えたHRMのあり方であると評者は考える。HRMの研究でも何を以って人事施策と捉えるのかは議論が分かれており,日本でも特にWLBの観点や人材育成を中心に上司による施策の運用が,部下の満足度や職場モラール,人事評価の満足度に影響を与えることが指摘されている。タイトルにあるヒト・仕事・職場のマネジメントという3者構造がHRMによってどのようにつながり,3者の関係性を人事部門もしくは職場がどのようなパワーバランスで管理するのかといった議論があると本書の内容とタイトルに整合性が見られることになるだろう。

2-3. SHRMへの批判に対して

本書や多くの論者が指摘するようにSHRMは,最終的な従属変数として企業業績や生産性を指標とすることが多く,経営戦略や事業戦略の目的達成のための手段として「ヒト」が用いられる視点を持つことは,指摘の通りである。もちろんそうした「ヒト」の心理的側面を軽視する部分に我々は注意を払わなければならないが,ただ全てのSHRMがそうであるとは限らない。例えば,Jiang et al(2012)らはSHRM研究のメタ分析を行い,AMO理論(Ability, Motivation, Opportunity)に基づいてHPWSを,能力を高める施策群,やる気を高める施策群,機会を提供する施策群に分解している。これらの施策群を企業目的達成のためのインセンティブとして捉えるのか,それとも従業員の心理的側面に配慮した施策群であると捉えるのかによってもSHRMの見方は変わる。また,ヒトは,単独の人事施策から影響を受けるのではなく,自分に適用されている人事施策の束を総合的に判断して自分と勤務先とのかかわり方を捉えている。その意味で人事施策の束であるHPWSは,これまで以上にヒトの心理的側面を反映しているとも言える。

さらに学術的にも,実務的にも,ここ数年組織開発に話題が多い。守島(2004)は,HRMを個人の視点―企業の視点と長期–短期の軸で分けているが,本書が想定しているSHRMが企業の視点×短期だとしたら,組織開発は,企業の視点×長期と捉えることができるだろう。そのように考えると近年の組織開発への注目は,本書が言う「ヒト」の人間的側面を軽視したHRMへのゆり戻しとして起きている現象なのかもしれない。

様々なコメントを述べたが,著者らの分析力やカバーしている範囲の広さを踏まえればコメントのいくつかは出版のタイミングで盛り込めなかった可能性が高い。こうした点の一部でも次の版で追加されることを評者として期待したい。

今後,労働時間の問題や介護をしている従業員・病気の従業員の人事管理のあり方といった働き方改革,AIやITの発達による管理手法の変化など,これからもHRMが変化してくことが予想される中で本書に底流している「ヒト」への眼差しは,なくてはならないものである。その意味で研究者のみならず,実際に人事に携わる実務家にも広く読んでもらいたい1冊である。

(評者=首都大学東京大学院社会科学研究科准教授)

【参考文献】
 
© 2018 Japan Society of Human Resource Management
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