Japan Journal of Human Resource Management
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Book Review
Lynda Gratton and Andrew Scott The 100-Year Life : Living and Working in an Age of Longevity
Nobuyoshi OSO
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2017 Volume 18 Issue 1 Pages 70-73

Details

『ライフシフト―100 年時代の人生戦略―』,リンダ・グラットン/ アンドリュー・スコット 著池村 千秋 訳; 東洋経済新報社 2016年10月 四六判・416頁

1. はじめに

本書は,長寿化に伴う100年ライフにどのような人生を形成し,活動していく必要があるのかという知見を提供している。100年ライフにおいては,現在の教育,仕事,引退という3ステージの人生からマルチステージの人生へと変化する可能性が高く,それをいかに組み立てるのかという点を検討することが重要とされる。さらに,そうした変化に伴い,有形の資産と無形の資産のバランスを取りながら,いかにマルチステージの人生を実践する必要があるのかという点を検討することが重要とされる。これらの点に着目して本書は議論が展開されている。

2. 本書の概要

本書は序章・終章を含め11の章から構成されている。

序章では,本書の問題意識・全体像について議論がなされている。グローバル化の進展・テクノロジーの進化によって生き方や働き方が変化したように,長寿化によって生き方や働き方に変化が生じることに本書は着目している。長寿化により平均寿命が大幅に延びることで,増える時間をどのように利用し構成するのかという人生の組み立て方が重要になる。それに伴い,個人の生き方・働き方,さらに,企業や社会の仕組みにも変革が必要とされてくる。こうした変化にどのように対処するべきなのかという点に本書の問題意識がある。

第1章では,長寿化に関連する議論がなされている。平均寿命の推移や平均寿命の上昇の理由,そして平均寿命の上昇に伴い生じる変化について議論がなされている。

第2章では,様々な人生シナリオをもとに,老後の生活資金の問題が論じられている。今後,老後の生活資金の支えであった公的年金制度の受給などに関する問題が生じる可能性が高く,老後資金を確保する責任は個人へ移行する。そうなれば,多くの人々が65歳以降も働き続ける選択を行う可能性が高くなる。こうした点から,65歳で引退する3ステージ(教育→仕事→引退)からマルチステージの人生への変化が議論されるのである。

第3章では,雇用環境を左右する変化について議論がなされている。産業の変化,大企業の周囲に多くの中小企業や新興企業が集まるビジネスエコシステムの形成,スマート・シティの台頭による雇用機会の多様化が取り上げられている。さらに,ロボットや人工知能といったテクノロジーが雇用に与える影響についても議論されている。テクノロジーの観点から,ロボットなどが労働者を代替するという議論がなされている一方で,経済学の観点から,ロボットなどが労働力人口の縮小を補い,補完的業務を生み出すことで新たな雇用を創出するという議論もなされている。そのうえで,こうしたテクノロジーの進展の中で,創造性や共感,問題解決,身体的作業といった人間固有の能力を活かすことのできる仕事に従事することが重要だと論じられている。

第4章では,無形の資産に着目して議論が展開されている。長寿化社会において,貯蓄といった有形の資産を形成することが必要不可欠になるのであるが,そのために無形の資産が重要となり,また有形の資産が無形の資産の形成を支えるというように,両資産が相互補完的な関係となることの重要性が議論されている。無形の資産は,生産性資産,活力資産,変身資産に分類される。生産性資産は,スキル・知識,仲間,評判などとして捉えられている。活力資産は,肉体的・精神的な健康,幸福,友人やパートナー,家族との良好な人間関係などとして捉えられている。変身資産は,自分自身に対する知識,多様性に富んだ人的ネットワーク,新しい経験に対して開かれた姿勢などとして捉えられている。今後の社会において,「教育→仕事→引退」という3ステージの人生では有形の資産と無形の資産のバランスを取ることが難しいと考えられている。そのため,両資産のバランスを取るために教育期間が長くなり,勤労期間が細切れ化する可能性が高く,3ステージからマルチステージの人生を生きる必要性が高まると予測されている。そして,このマルチステージの人生を生きるうえで,無形の資産の中でも,新しいステージへの移行を成功させる意思と能力である変身資産の重要性が指摘されている。

第5章では,新たな人生のシナリオの必要性について議論がなされている。従来の3ステージの人生である3.0シナリオは,学生時代の投資を頼りに仕事に取り組み,65歳で引退するシナリオが想定されている。そして今後,3.0シナリオでは,無形の資産への投資が十分ではなく,また貯蓄が不十分になるという問題が生じるとされる。こうした課題を乗り越えるためには,意識的に変化を追求するシナリオを選択することが必要とされ,本書では4.0シナリオ,5.0シナリオといった新たなシナリオに着目し議論がなされている。こうしたシナリオは,無形の資産に投資し,リスクをとり,大きな変化と変身を経験するシナリオとして位置づけられている。生産性資産への投資といったリ・クリエーション(再創造)への取り組み,活力資産のマネジメント,変身資産を大幅に高めることが必要とされる。このように,生産性資産,活力資産,変身資産に対して絶えず投資し,活性化させることによって有形の資産と無形の資産のバランスを取り,マルチステージ化する100年ライフへ対応する重要性が指摘されている。

第6章では,新たな選択肢としてのマルチステージについて議論がなされている。新たな選択肢であるマルチステージとして,エクスプローラー,インディペンデント・プロデューサー,ポートフォリオ・ワーカーが議論されている。エクスプローラーのステージでは,様々な世界を探査し多様な経験をすることで自分自身の価値観などを深く考えることが重視される。インディペンデント・プロデューサーのステージでは,自分自身で職を生み出す人々に注目しており,ビジネスの活動を通して学習することが重視される。ポートフォリオ・ワーカーのステージでは,様々な活動に同時に取り組むことが重視される。こうしたマルチステージの人生へと変化することで,それぞれのステージへの移行回数が増えるため,ステージの移行期間には,エネルギーの充塡による活力資産への投資,知識・スキル,人的ネットワークといった生産性資産への投資の重要性が指摘されている。

第7章では,100年ライフにおけるお金の問題に着目した議論がなされている。100年ライフでのお金の問題を解決するためには,お金に関する自己効力感と自己主体感を備えることが必要とされている。特に,お金に関する知識・判断力といった金融リテラシーや,現在の行動と未来のニーズのバランスを取れるセルフ・コントロール(自己抑制)の重要性が指摘されている。

第8章では,長寿化によって増える時間の使い方に着目した議論がなされている。100年ライフにおいては,仕事時間の構成の多様性が高まり,企業は個々人に対して異なる時間の構成や職務内容を提供することが必要とされる。また,余暇時間の過ごし方としてレクリエーション(娯楽)ではなく無形の資産に投資する自己のリ・クリエーション(再創造)が必要とされる。

第9章では,長寿化によって私生活がどのように変化するのかという点について家庭や友人といった人間関係に着目して議論がなされている。

終章は,本書のまとめであり,100年ライフにおける個人,教育機関,企業,政府の課題について議論がなされている。

3. 本書の意義と若干の議論

本書の意義として,第1に,長寿化に伴う100年ライフによって生じる人生の変化について詳細な検討がなされている点があげられる。長寿化に伴い,教育,仕事,引退という従来の3ステージに加えて,エクスプローラー,インディペンデント・プロデューサー,ポートフォリオ・ワーカーといったマルチステージを考慮する必要性について詳細な検討がなされていた。こうした議論によって,100年ライフにおいて,どのように人生を形成し,活動する必要があるのかという指針を提供している点に本書の意義がある。

第2に,有形の資産と無形の資産の両資産に着目して,マルチステージの人生について詳細な検討がなされている点があげられる。100年ライフには,3ステージからマルチステージの人生へと変化することによって有形の資産であるお金の問題が重要となる。本書では,有形の資産を維持するうえでも,知識・スキルといった生産性資産,健康や幸福,友人関係といった活力資産,新たなステージに移行する意思と能力とされる変身資産からなる無形の資産の重要性が指摘されている。マルチステージの人生を歩むうえでも,有形の資産のみに着目するのではなく,無形の資産を同時に重視する必要性を論じ,さらに有形の資産と無形の資産の相互補完的な関係を考慮したマルチステージの人生を検討する必要性を指摘している点に本書の意義がある。

最後に,本書に関する若干の議論が必要だと思われる点をあげたい。

第1に,本書の予測したような100年ライフが,今後実際に展開されるのかという点に注視し議論することが必要になるであろう。本書は,今後迎える100年ライフにいかに対応していく必要があるのかという,予測に基づく議論が中心になされている。今後の課題として,本書が予測したように100年ライフが展開されるか否かという点,そして,100年ライフにおいて,実際にどのような変化が生じるのかといった点に注視し議論することは,今後の新たな予測や議論を行ううえでも必要になるであろう。

第2に,100年ライフの変化に対応するために必要となる企業の取り組みや施策について検討していくことが必要になるであろう。本書では,個人の視点を中心に,マルチステージの人生をいかに形成し活動していくのかという点が議論されており,企業の視点からの議論は必ずしも十分になされているわけではない。マルチステージの人生を良いものにするためにも,企業が,無形の資産の形成をいかにマネジメントしていくのかという点,画一的なマネジメントから個別に対応したマネジメントへいかに移行していくのかという点などを含めて,企業の視点からマルチステージの人生を支えるための具体的な取り組みや施策レベルの検討が必要になるであろう。

第3に,新たな人生シナリオを実現可能とするための仕組みを検討することが必要になるであろう。本書では,例えば,エクスプローラーからインディペンデント・プロデューサーのステージを経て会社勤めへと移行する人生シナリオや,会社勤めからポートフォリオ・ワーカーのステージへと移行する人生シナリオが議論されていた。3ステージの人生とは異なる,様々なステージを歩むマルチステージの人生シナリオが予測され,それらを実現可能とするためにも,従来の3ステージを支えてきた仕組みを変革することが必要になるであろう。そして,新たなステージへの移行を実現可能とする仕組みを構築するためにも,個人,家族,友人,企業,政府,教育機関などといった視点から個別に議論するのみならず,社会全体の課題として位置づけ,総合的に議論することが必要になるであろう。

第4に,本書の直接的な議論の対象ではないものの,日本企業や日本社会において本書の議論がどの程度当てはまり,重要になるのかを検討していくことが必要になるであろう。本書で示されていたエクスプローラー,インディペンデント・プロデューサー,ポートフォリオ・ワーカーといったマルチステージの人生が今後日本企業や日本社会において主流となるのか,また,日本独自のマルチステージが形成されるのか,海外と同様のマルチステージが形成されるのか,さらにマルチステージの人生への企業の対応が,日本と海外で異なるか否かといった点を議論することが,今後強く求められると思われる。そしてそのことは,日本の研究者にとっての課題であると考えられる。

(評者=名古屋経済大学経営学部准教授)

 
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