Japan Journal of Human Resource Management
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Print ISSN : 1881-3828
The 46th Annual Conference at Doshisha University
Diversification of Regular Employees and Employment Portfolio
Mitsutoshi HIRANO
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2017 Volume 18 Issue 1 Pages 77-79

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 シンポジウムの趣旨と構成

日本経営者団体連盟(略称は日経連)が『新時代の「日本的経営」―挑戦すべき方向とその具体策―』(1995)において雇用ポートフォリオというコンセプトを提示してから20 年余り経った。当時,日経連は,日本的雇用の基本方針,つまり長期的視点に立った人間尊重の経営は堅持するものの,雇用調整と賃金の高止まりへの対応を不可欠と捉え,長期雇用と短期雇用を組み合わせた雇用ポートフォリオを,これからの日本の雇用システムの方向として示した。しかし,現実には,中間形態の雇用区分の高度専門能力活用型グループは一向に増えず,一方で雇用柔軟型(短期雇用)グループが著しく増加したことから,正社員と非正規の処遇格差が社会問題となった。

それゆえ最近の法改正や国の雇用政策では,雇用の安定確保と公正な処遇が盛んに議論されている。たとえば,公正な処遇のための法改正としては「パートタイム労働法」があり,雇用の安定の確保という面では「労働契約法の一部を改正する法律」(改正労働契約法)がある。さらに安倍政権は働き方改革の一環として同一労働同一賃金のガイドライン(案)を示した。今後は労働者から「不当な扱いがあった」と主張された場合,そうでないことを証明する説明責任が経営者に強く求められることになる。

こういった政策を踏まえて,多くの企業が,非正規と正社員の業務の見直し,無期雇用であるが働き方に一定の制約を認める限定正社員の新設,さらに非正規から限定正社員への登用制度など,新しい雇用区分と雇用区分間の転換ルールを備えた雇用ポートフォリオの編成に取り組み始めている。しかし,こうした取り組みの「意図せざる結果」として,むしろ雇用の硬直性や人件費の固定費化を嫌う企業が,有期雇用の5年以内の雇い止めを増やすかもしれない。かえって非正規の雇用を不安定にする可能性がある。

こうした社会の変化とニーズに学術はどのような知見を提供してきたのか。たしかに,この四半世紀は非正規の研究が盛んに行われ,雇用ポートフォリオのモデルもいくつか提案された。しかしその嚆矢となった人材アーキテクチャ論,すなわち取引費用や人事の経済学などを援用し,人材の現在価値を静態的に捉える雇用ポートフォリオの理論モデルは,長期雇用・内部育成を重視する日本企業では,いざ実務に応用しようとすると,新人のキャリア開発や雇用区分毎の要員算定などの面で役に立たない。今まさに理論的でありながら実務に役立つ雇用ポートフォリオが求められている。また正社員の多様化の行方も重要なテーマである。

シンポジウムでは,理論と実践を架橋する雇用ポートフォリオの在り方について,人的資源管理論,労使関係論,労働法の分野から下記の3名の報告者に登壇してもらった。続いて3 名をパネリストとし,特別講演をお願いした二宮大祐氏(イオンリテール㈱ 執行役員 人事・総務本部長)も加わってもらいパネル・ディスカッションを行った。

  • 守島基博氏(一橋大学)「正社員ポートフォリオの展開と人事管理の未来」
  • 中村圭介氏(法政大学)「雇用ポートフォリオの編成原理―事例研究からモデルを―」
  • 大内伸哉氏(神戸大学)「労働法の改正が雇用ポートフォリオに与えるインパクト」

    ※パネリストの所属は大会当時のもの

 シンポジウムで議論されたこと

3名の報告者からはデータ等に基づく現状分析と問題提起が行われた。それぞれの報告の論点は下記のとおりである。詳しくは執筆された原稿ないし資料が大会報告論集に掲載されているので参照されたい。

まず守島氏は,雇用形態の多様化と非正規から正社員への転換の内実を俯瞰したうえで,現下の人事管理の課題とその未来を予測する。そこに通底する視座は公平性と納得性である。これまで日本企業は正社員区分については,長期雇用保障や遅い昇進と僅かな差といった雇用慣行をベースにして一定レベルの公平性や納得性を確保することに成功してきた。しかし,これからは人材区分が細分化され,また区分間の処遇格差等が大きくなる。また区分を超えた転換制度などは逆に格差を明確にする。したがって,人事管理の区分を細かく分けた状況で正社員の公平性と納得性をいかに確保するか,ということが人事のチャレンジとなる。具体的には職務主義的な人事管理,成果主義的な評価制度,個人の選択に委ねる配置転換,公平性・納得性確保施策(手続きの公平性など)といった人事施策の進展を予想する。

続いて,中村氏は,人材アーキテクチャ論の雇用ポートフォリオモデルに対する疑義から議論を開始する。人材をタイプ別に分けただけではポートフォリオを編成することはできない。雇用ポートフォリオの編成においては要員算定が重要なのである。そこでパートと正社員の要員算定の実際が,小売業のスーパーの事例のもとに報告された。あわせて雇用ポートフォリオに対する研究上の方法論の問題にも言及された。すなわち演繹的にモデルを導出するのではなく,現実から帰納的にモデルを導出し検証していく方法の有効性である。新たなモデルの構築は量的よりむしろ質的アプローチのほうが適しているという主張は,日本労務学会全体に投げかけられた方法論上の問題提起でもある。

最後に,大内氏は労働法学者の立場から,この二十年余りの労働法の改正の状況を振り返り,近年は規制緩和から規制強化の流れにあると述べた。パート労働法の改正,有期から無期への転換(労契法第18 条),労働者派遣法の改正(有期雇用派遣に対する保護規制),同一労働同一賃金の議論などはその具体例である。そのうえで非正規をバッファー・ストックとして活用する企業行動は解雇規制の厳格化と補完的関係にあるとみる。解雇回避努力に対する厳格性や金銭解決の欠如といった硬直性が日本の法制にある限り,企業は非正規のバッファー・ストック機能を手放さないと予測する。

続くパネル・ディスカッションでは,次の3点が論点としてとりあげられた。①同一労働同一賃金に対する見解(意見)と,それが雇用ポートフォリオにいかなる影響を与えるか。②正社員の多様化に応じて雇用保障(終身雇用)慣行はどのように変化するか。③雇用ポートフォリオの新展開は働く人々のwell-being やhappiness にどのように作用するか。もとより限られたシンポジウムの時間内に結論に辿り着けるわけではない。しかし,シンポジウムを通して分かったことは,雇用システムの新展開の本丸は雇用ポートフォリオの編成と正社員の再定義であるということであった。イオンリテールの二宮氏が締めくくりに述べた「正社員って何だ?」「非正規って何だ?」という問いかけ,および「フェア」と「チャレンジ」というキーワードは,日本の企業全体が共有する人事の課題である。われわれ日本労務学会会員は,実務と学術を架橋しつつ,現場で踏み込んだ質的研究を行い,そこに意義ある知見を見出していかなければならない,という思いを強くしたシンポジウムであった。

(筆者=神戸大学大学院経営学研究科教授)

 
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